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#navi(ゼロな提督)
「そうか、アルビオンの艦で、火災が…」
トリステインの真の支配者とも噂され、鳥の骨と呼ばれるマザリーニ枢機卿が城の廊下
を歩いている。彼の後方からは何人もの小姓や侍女、それに騎士がついてきている。
魔法衛士隊の制服の上にマンティコアの大きな刺繍が縫い込まれた黒いマントをまとっ
た騎士が報告を続けた。
「その後、両艦隊が挟み込み砲口を開くと『救助不要、自力消火可能』とだけ返答があっ
たとのことです」
「ふむ、砲門を向けられた事には何も言わず、か」
「はい。潔く奇襲作戦は中止したようです。ですが軍内部からは、みすみす勝利の好機を
逃したと不満の声が聞こえます」
騎士は羽根飾りの付いた帽子を手にしながら、不服げに問いかける。羽根飾りが付く帽
子は隊長職を示すものだ。
ぞろぞろと部下を引き連れた枢機卿は、しばし黙って廊下を歩き続ける。
廊下の壁や柱には様々なレリーフが施されている。一定の間隔で薔薇を模した金の燭台
が並び、アーチを描く天井には妖精や幻獣をモチーフにした絵画が描き込まれている。絵
画の周りを縁取る額縁を模したレリーフすらも微細で華麗な彫刻だ。
冷たく磨き上げられた石の廊下を沢山の足音が進んでいく。
青地の上に鍍金したブロンズで装飾された壷が置かれたコンソール(壁に取り付けられ
た机)の前で、枢機卿は足を止めた。
「ゼッサール、お主はどう思う?」
厳めしい髭面の男は、大きな体躯をちょっと縮めて考えを述べた。
「恐れながら、戦争を回避すべきという点は猊下と同意見です。
確かにゲルマニアとの同盟はなりましたが、それでもようやく艦艇数は同数。合同演習
も経ていない現状では連携も拙く、艦もアルビオンの最新鋭艦『ロイヤル・ソヴリン』級
に比べれば小型旧式」
枢機卿は壷に生けられた百合を愛でつつ、黙って騎士の言葉に耳を傾ける。
ゼッサールは話を続けた。
「確かに敵の奇襲に対し、さらに奇襲を仕掛ける事が出来れば、大打撃を与えた事は疑い
ありません。ですが、我らもただでは済みませぬ。相応の被害は避けられぬでしょう」
「そうだな…まぁ、軍事的にはそんな所だ」
「また、小官としても姫殿下の婚儀を血に染めるような事は望みません。この点について
は軍の主戦派でも意見が一致しています」
「そうか、それならよい。報告後苦労だった」
騎士は大きな体を90度近くまで折り曲げて礼をした。
マザリーニは窓から外をのぞく。
窓の向こうには朝日に照らされた城下町が見える。さすがに街の喧騒は届いてこない。
だが既に多くの人が大通りや中央広場に繰り出しているのが遠目にも分かる。
通りは色とりどりの布と花で飾られ、塔の上には一つ残らず旗が翻り、気の早い連中が
撒いた紙吹雪が風に乗って街の上を舞っている。
視線を下に向けて城内を見れば、グリフォン隊はじめ全騎士隊が、汚れ一つ無いマント
を纏って行進の準備をしている。城の侍女達も走り回り、ヴィンドボナまでのパレード準
備に大わらわだ。四頭のユニコーンに引かれるアンリエッタ姫専用馬車も輝かんばかりに
磨き上げられ、朝日にキラキラと輝いている。
その時、廊下の向こうから、一人の衛士が丸められた羊皮紙を片手に駆けてきた。
「失礼します!立った今、ウィンプフェン領より早馬にて緊急報告がなされました!」
「ほう、何事か?」
枢機卿の堂々とした声に敬礼で答え、衛士は羊皮紙を伸ばして内容を高らかに読み上げ
た。だが、その報告を読み上げるうちに、衛士の声はどんどん小さく自信のないものへと
変わっていった。
「今朝未明、ウィンプフェン領北西にて謎の落下物が多数発見されました!それは…え?
えと、…焼け焦げた、巨大な金属の壷や樽…の様なもの、とあります。その表面には解読
不能な文字と、意味不明の絵が多数記され、それらは恐らく一つの物体がバラバラにされ
て壊れたものと推測される、との事です。
あまりに巨大かつ信じがたい程の重量物のため、多数のメイジが『レビテーション』を
使用しても移動させる事は不能。ただ、それらをつなぎ合わせた場合、全長100メイル程
の金属製の筒のようなものになる、と想像される…。
枢機卿におかれましては、急ぎアカデミーによる調査を依頼したき所存。
…報告、以上であります!」
衛士は報告を終え、一礼した。
報告を聞いていた枢機卿とゼッサールは首を捻る。
「猊下、一体何なのでしょう?」
「ふむ、分からんな…ウィンプフェンには、婚儀が終了次第アカデミーより調査隊を派遣
するので現場を保存せよ、と伝えよ」
「はっ!承知致しました!」
衛士はもと来た方へ走っていった。
「何かは分からんが、まぁ、婚儀の後だ」
隊長は小さく頷いた。
マザリーニは窓の外へ視線を戻し、もうすぐ始まる婚礼パレードの準備が進む外の風景
を見渡す。
「戦争は誰も幸せにせぬ」
やせ細り老け込んだ男の小さな呟きは、周囲に控える誰の耳にも届かなかった。
第23話 ロイヤル・ウェディング
城の正門前、豪奢な馬車が次々やって来て、重々しく着飾った人々を吐き出していた。
ルイズ達が乗る馬車も赤絨毯の前に停車した。
「ふぅ~、やっと着いたわ」
ルイズは手足をうにぃ~っと伸ばす。
「さ、それでは参りましょう!」
シエスタはルイズのドレスや髪飾りを手早く整える。
「いやぁ、緊張するなぁ。ルイズのお母さんにお姉さん達か、失礼の無いよう気をつけな
いとね」
ヤンの言葉にデルフリンガーがツバをカチカチ鳴らす。
「まったくだぜ!おめーはちょっと抜けてる所あるからな、ピシッとしなよ!」
「そーね、デルの言うとおりだわ。気をつけなさいよ!」
「ふわぁ~い」
ヤンも着慣れぬ燕尾服に窮屈な思いをしつつデルフリンガーと荷物を手にする。
三人と長剣一本が馬車を降りると、赤絨毯の両脇にはズラリと衛兵が整列していた。
赤絨毯の向こう、城の中には華麗なドレスや煌びやかな宝石で着飾る婦人達が見える。
それをエスコートするのは豪華なマントをまとう美髯の紳士達だ。
衛兵達の後方で何十人もの楽団がクラシック調の音楽を奏で、来訪者を迎えている。
見上げれば城も、城壁には国旗が掲げられ、色とりどりの花が飾られ、そこかしこから
楽士の奏でる陽気なメロディが聞こえてくる。
朝靄が立ちこめる早朝、城から来た迎えの馬車に乗り込んだ一行。
同じくトリスタニアへ向かう人々の群れや、彼等を目当てにした露天商や、街道を警備
する兵士達を横目に見つつ、ようやく城へ到着した。何しろ国中から見物人の平民達や婚
儀に参加する貴族達と豪商の馬車が城と城下町へ向かう。警備もハンパではなく、街道は
大混雑だ。
道中ヤン達は「んもー!早く着かないと式典に遅れちゃうじゃない!」とカリカリする
ルイズをなだめっぱなしだった。
そんなルイズのお守りからようやく解放されたヤンは、ルイズの後ろをついてフカフカ
の絨毯を踏みしめて城の中へと歩いていく。
大きく頑丈そうな扉をくぐり城の中へ入ると、豪奢で優美な紳士淑女の方々が上品に歓
談していた。よく見ると魔法学院の生徒や教師もちらほらと見える。ヤンは壷や絵など、
城内の飾り付けに目が釘付けだ。
扉をくぐった正面玄関ホールの壁には、天井から大きな絵が幾つも下げられていた。
「…?」
天井から下げられている絵をジッと見るが、何か妙な感じがする。沢山の花で飾られた
額縁に入った絵なのだが、何かおかしい。現実味がない。
物珍しげに周囲へ目を奪われてるヤンに、ルイズが眉をしかめて振り返る。
「ちょっと、ヤン。何キョロキョロしてるの?」
「え?あ、うん。あの絵なんだけど、額縁が…あれ?」
ヤンの背の長剣がピョコッと飛び出た。
「おいおい、何言ってンだよ。ありゃ額に入った絵じゃねーよ。タペストリーだ」
「え?」
ヤンは足を止め、天井から下げられ壁を飾っている絵をよく見てみる。
それは馬に乗って猟場を進む騎士と貴婦人の絵で、その絵の周囲には額縁があり、額縁
周囲を花が飾っている…という絵が描かれた特大タペストリーだった。よく見ればその他
の天井から下がる絵も同じくタペストリー。
「へぇ~、絵と額縁と飾りの花束までが一つの絵なんだ」
「ええ、面白いでしょ?」
急に右から声をかけられた。
ヤンが横を見ると、ピンクの長い髪に鳶色の瞳を持つ女性がとろけそうな微笑みを浮か
べている。
「あれはフィヨー・ド・サン=マルタスの『猟場の伯爵夫人』、その横が『アモールの武
器を取り上げるレクジンスカ』。ここに下げられているのは全部で一つの連作なのよ」
「ちいねえさま!」
喜びに顔を輝かせたルイズが女性の胸に飛び込んだ。
ルイズそっくりながら、穏やかで優しい雰囲気と丸みを帯びた大人の女性の空気をまと
う女性がキャッキャとはしゃぎながらルイズを抱きしめる。
しばし抱き合っていた二人だが、ようやく女性がルイズを離しヤンとシエスタを見た。
「まぁまぁ二人とも、みっともない所をお見せしましたわ」
そしてヤンに寄ってくる。
ヤンは胸に手を当て恭しく礼をした。シエスタもメイド服のスカートをつまむ。
「初めまして、カトレアお嬢様。私はヤン・ウェンリーと申します」
「お初にお目にかかります。シエスタと申します。先日ミス・ヴァリエールにメイドとし
て雇用されました」
自己紹介をされたカトレアもスカートの裾をつまんで礼をした。貴族が平民に礼をする
という行為に、二人はギョッとしてしまう。
「初めまして。私はルイズの姉のカトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・
ラ・フォンティーヌです。妹がお世話になっておりますわ」
「フォンティーヌ?」
ヴァリエールじゃないの?と、ヤンの頭上にクエスチョンマークが飛び出た気がする。
ちょっと失礼な使い魔のリアクションにもカトレアはニッコリ笑って答えた。
「私は魔法もろくに使えないほど病弱で、ヴァリエール領からも出た事が無いの。領地を
出たのは今回が初めてよ。父さまは、そんな私を不憫に思って領地を分け与えて下さった
の。
だから正確にはヴァリエール家じゃなくて、フォンティーヌ家の当主になりますわ」
「それは、知らぬ事とはいえ失礼しました」
ルイズとは似ても似つかぬ穏和で寛容かつ謙虚な対応に、ヤンは心から恐縮して頭を下
げた。
カトレアは頭を下げるヤンに歩み寄り、優しく手を取った。
「そんなにかしこまらないで下さいな、先生」
「せん…せい?」
ヤンも、横で聞いてるルイズもシエスタもキョトンとしてしまった。
「あの、ちいねえさま。ヤンは先生じゃないんだけど」
カトレアはコロコロと楽しげに笑う。
「あらあら!もう話は広まっていますよ。ルイズが使い魔を呼ぼうとして、うっかり異国
の元帥にして軍最高司令官を教師兼軍師として召喚したって」
「げ、元帥って…」
ルイズとヤンは冷や汗をかいていた。シエスタはヤンの顔を黙ってジッと見る。
ルイズは、噂に尾ひれ背びれがついたわねぇ…と呆れて。
ヤンは、何故バレたんだ?自分の正確な地位や階級は誰も知らないはずなのに、もしか
してつい最近、他にも『迷い人』が現れたのか!?、と。
ヤンの階級は元帥。宇宙暦799年に同盟軍史上最年少の元帥に昇進している。地位は、
最終的にはエル・ファシル独立政府の革命軍司令官でありイゼルローン要塞司令官であり
イゼルローン駐留艦隊司令官。同盟軍所属時代は第13艦隊司令官であり、1艦隊の司令
官に過ぎない時期もあった。軍の正式な最高司令官になったのは、エル・ファシル独立政
府に所属して以降で宇宙暦799年の12月(文民統治の形式上、エル・ファシル政府主席
ロムスキー氏が軍事委員長という上官の地位にあったが)。
ちなみにハルケギニアでの現在の暦は宇宙歴換算だと、宇宙暦800年の8月辺り。もっ
とも、召喚による時空転移時に時間軸がずれた可能性もあるので、正確なところはヤンに
は分からないが。
つまり、ヤンが元帥であり軍最高司令官だと分かるには、少なくとも宇宙暦799年以降
にハルケギニアへ転移してこなければならない。
そんな期待と不安が入り交じるヤンの脳裏に、続けて別の女性からの声が届いた。
「あなたは先日、父さまに二つ名を名乗ったわね?『2秒スピーチ』と」
その棘のある女性の声に、ヤンは聞き覚えがあった。ルイズも緩んでいた頬が一瞬で引
き締まる。
「え、エレオノール姉さまも。お久しぶりです」
「久しぶりね、元気そうで何よりだわ」
そこには理知的かつ厳しそうな瞳に公爵と同じブロンドを持つ長身の女性、エレオノー
ルが歩いてきていた。
縮こまりながらも挨拶をするルイズに、エレオノールは一瞥をくれるのみ。
そしてメガネ越しに鋭い視線をヤンへ投げつける。
その刺すような目に、ヤンも腰がひけそうになるが、なんとかこらえて頭を下げる。
「お久しぶりにございます、エレオノール様。…確かに私は公爵に、かつて私が『2秒ス
ピーチのヤン』と呼ばれていた、と語りましたが、それが、な、に…か?」
ヤンは質問をしながら、自分が余計な事を言ってしまった事に気が付いた。二つ名が『2
秒スピーチ』とは、どういう事か。
まず、スピーチをしなければならない公的地位にある。
2秒でスピーチが終わるなんて通常有り得ない、非常識だから二つ名になる。
規律を重んじる軍で、しかも政府や軍の式典で、非常識なスピーチは普通できない。
非常識な事が出来るのは、当人を軍規や法規をもって諫める人物がいないということ。
つまり階級も地位も最高位か、それに匹敵する実力が必要。
そして、この二つ名は嘘やジョークにしては迂遠過ぎる。真実の可能性が高い。
規律ゼロの私兵集団の首領とかには見えない。それだけはない。荒くれ者を束ねるどこ
ろか、逆に締め上げられそうだ。
エレオノールがビシィッとヤンを指さした。
「…つまり!あなたは『ふりーぷらねっつ』とか言う国の、軍最高司令官ね!階級も最高
位の元帥!!」
ルイズとシエスタは一瞬呼吸が止まる。そしてヤンを見上げる。
小さな主のグータラ執事は、見ていて目を覆いたくなるくらいオタオタしていた。
「まぁまぁ。凄いんですねぇ」
カトレアは朗らかに手を叩いていた。
「おでれーたな!マジなのかよ、ヤン!」
長剣は鞘から飛び出さんばかりの勢いで飛び出した。
油を絞られるガマのようにダラダラと汗を流したあげく、ガックリと肩を落とした。こ
こまでの狼狽を見られてしまっては、白状したのと同じだと諦めるしかなかった。
「そ、そんな大層なモノじゃあ、無いんです…負け戦が続いて、国も滅んで、不正規隊と
いうか独立愚連隊というか、敗残兵を連れて逃げ回ってただけですから」
それでもヤンは、必死に『真実』を語る。
ハルケギニアでは『平民が最高司令官』なんて信じてもらえないと思っていた。第一、
故郷に帰れなくなってしまったが、ようやく軍から身を引いて平和な生活が出来そうでも
あった。せめてこのまま平穏な生活を続けたかった。うっかり再び軍に放り込まれては、
たまったものではない。
第一、負け戦だったのは本当だ。といっても、敗北が決定してから指揮権を譲渡された
り、ヤンが戦術的に勝利したが政府が戦略的に敗北した、という様な話なのだが。
そんなヤンの内心を知ってか知らずか、エレオノールは腕組みしてウンウン頷いた。
「当然だわ。その若さで、しかも覇気の欠片もない鈍そうな平民が指揮するとあっては、
負けて当然でしょう。『ふりーぷらねっつ』とやらも、大した国では無かったんでしょう
ね」
かなり酷い事を言われたヤンだが、怒るどころか「ええ、まぁそうなんです」と、情け
なく愛想笑い。その様にルイズもシエスタもデルフリンガーも「なーんだぁ」「うーん、
やっぱりそうですよね?」「はは、まぁそーだろーよ!」と呆れてしまった。カトレアだ
けは変わらぬ笑顔でヤンを見つめている。
「さて、そんな余談はよいのです。父さまも母さまもお待ちですわ。行きますわよ!」
毅然とした態度で先導するエレオノールに連れられ、一同は城の奥へ向かった。
そんなルイズ達を城の入り口から見つめている二対の青い瞳がある。
警備の兵士が青い瞳と青いドレスの二人組の所へ駆けてきて敬礼する。
「失礼致しました!ガリアからの大使と確認できましたので、お通り下さい!」
青いショートヘアの少女と青く長い髪の女性は城の中へと入っていた。
敬礼した兵士に、別の衛士が胡散臭げに小声で声をかける。
「おい、なんだい?あの二人組」
「ガリアの大使。ちゃんと招待状持ってた」
「…あれが?どうみてもお上りさんの田舎者と、その妹だよな」
「でも、あの青い髪はガリア王家の特徴だ」
そんな怪訝な視線を背中に受けつつ、青く長い髪の女性はキョロキョロとせわしなく周
囲を見回り、ウロウロしようとしたところを妹らしき人物に杖で叩かれていた。
国中の貴族とその配下達でごった返す城の中、ヴァリエール家には控え室が用意されて
いた。勢揃いしたヴァリエール家の面々を前に、執事のジェロームが式典の予定を説明し
ていた。
「・・・でして、これより正面ホールにて陛下が全貴族に対し詔が賜られます。
その後姫殿下はベアトリス殿下と共に、馬車にてブルドンネ街を通りまして、中央広場
のサン・レミ聖堂へ向かわれます。
聖堂で大司教より道中の安全祈願と婚礼への祝福を受けましてから、ゲルマニアへと向
かわれます」
上座の肘掛け椅子に鎮座する公爵と公爵夫人、そして三姉妹が和やかな空気の中で執事
の話を聞いていた。シエスタとヤンは他の執事や召使い達と共に壁際で立っている。白の
鎖編みで刺繍された青い布地と、金の装飾がなされた立派な肘掛け椅子に座る公爵夫妻。
その威厳は相当なものだ。他者を常に傅かせてきた支配者階級のオーラを全身に纏ってい
る。
特に公爵夫人のオーラが苛烈だ。
炯々とした光を湛える鋭い眼光を持つ、四十過ぎの女性。髪は桃色だが、纏うオーラの
色は桃色からはほど遠い。金色か、焼け付くような熱を帯びた白だろう。エレオノールを
遙かに上回る威圧感を放っている。
とはいえ、目出度い婚儀を前にして、さすがに夫妻の表情は柔らかかった。水辺で戯れ
る白鳥がデザインされた銀のワインクーラーで冷やされたワインをグラスに注がれ、ゆっ
たりとくつろいでいる。
「さて、式典の席の事だが」
公爵が低いバリトンの声を響かせた。
「残念ながら、トリステインの全貴族が出席出来るような広さは、城の大ホールにも聖堂
にもない。なので出席者は厳選せよとのお達しだ。それとカトレアは身体の事もあるし、
エレオノールはアカデミーの仕事がある。領地も空にはできん」
カトレアは僅かに頷く。エレオノールはクイとメガネをかけ直す。
「このため、大ホールにはエレオノールとカトレアが出席せよ。その後エレオノールはカ
トレアを屋敷へ送れ。後はアカデミーに戻るがよい」
「承知致しました」「エレオノール姉さま、お願いしますね」
年上の姉二人はすぃっと頭を下げる。
公爵は顔を見合わせる姉二人から、視線をルイズへ移す。
「聖堂へはわしとカリーヌ、それにルイズが出席する。その後はヴィンドボナまで馬車の
旅だ」
「分かりました。ゲルマニア旅行、楽しみですわ!」
はしゃぐルイズはカリーヌの峻烈な眼光に射抜かれ、即座にしゅん…となった。
次いで婦人の眼光はヤンを射抜く。
ヤンは一瞬で手に平に汗をかいてしまった。
「ウェンリー、とやら」
「は、はい」
背筋にも冷たい汗が流れるのを感じる。
「そなたのもたらしたダイヤの斧、見事な逸品でした」
「恐れ入ります…そういえば、アカデミーに送られてからはどうなりましたか?」
その言葉に、エレオノールが胸を張った。
ヤンの横に立つシエスタの目は、その胸が詰め物だと見抜いてしまったが、そんな事は
長女の知らぬ事。
「もちろんダイヤの取り外しに成功しましたわ!まったく、『ブレイド』ですら切れぬの
で苦労したわ。一ヶ月かけて、極微小の『錬金』で接合部を切り離しました。
彫金師に送った後の事は良く知らないのだけれど、確かティアラにしたとか」
自慢げに語るエレオノールだったが、あれが実際に血にまみれた斧だと知ってるヤンに
とっては複雑な想いだ。そんなものを頭上に戴いて不吉じゃないかなぁ、と。しかもその
血は麻薬で汚染された地球教徒のもののはず。
「まだ何か聞きたげだな?」
ヤンの様子に公爵が不審を感じたらしい。さて、まさか今頃になって血濡れのティアラ
です…とも言えない。別の事を聞く事にした。
「あ、いえ、実はアルビオンの親善艦隊はどうなったのか、と…」
「ふむ、それか。それなら・・・」
公爵は皆に先日のラ・ロシェール上空での一件を語った。内容は枢機卿が受けたものと
同様。
ヤンもルイズも真剣に話を聞く。
聞き終えたルイズは誇らしげに胸を張った。
「どうやら本当に奇襲をかけようとしていたようですね!礼砲で艦が撃沈だなんて、自作
自演にしても程度が低すぎるわ!」
ヴァリエール家の人々も、まったくですわね、お手柄ねぇルイズ、等にそれぞれの感想
を述べ合う。
そんな中、ヤンだけは顎に手を当てて考え込んでいた。
「あ…いえ、待って下さい」
末娘のお手柄を率直に褒めていた公爵夫妻も姉たちも、他のメイドや執事もヤンへ視線
を集中させた。
「彼等は、砲口を向けられた事について何も言わなかったんですね?その点を逆に非礼だ
と咎める事も出来たのに」
「うむ。奇襲作戦を中止する以上、奴等は単なる親善艦隊であり大使一行だ。外交関係を
こじらせないため当然の事と思うがな」
公爵の判断は、枢機卿と同一のものだ。特に不審な点はないように思える、と公爵婦人
も三姉妹も考えていた。
だが、ヤンはますます考え込んでしまう。
奇襲作戦のために不可侵条約締結を謀る連中。貴族ではないため名誉に拘らず、故に策
謀を躊躇わぬクロムウェル…。かの新皇帝の人となりから見て、僅かな矛盾を感じてしま
う。
「素直、過ぎませんか?」
「素直、過ぎる…とは?」
ヤンの質問に、公爵は質問で返した。
「はい。まるで、奇襲作戦を見抜かれている事が前提かのように、あっさりと手際よく作
戦を中止させています。そのわりに艦には火を放ってます。まるで、中途半端にこちらの
情報を得ていたかのようです」
「口を慎み給え」
ヤンを窘めたのは、ジェロームだった。
「君が言ってるのは、トリステイン城内に裏切り者がいる…という事だね?」
「はい」
何のためらいもなく肯定したヤンに、ジェロームの方がたじろいだ。
「し、新参者としての謙虚さが欠けるようだ。恐れ多くも城内に王家へ弓引く者がいるな
どと。しかも、単なる憶測ではないか!」
「ジェローム。あなたも口が過ぎますよ」
今度は公爵夫人がジェロームをたしなめた。恐縮して一礼する古執事から、飄々とした
態度を崩さない新執事へ視線を移す。
「ウェンリーよ。あなたもゆえなく他者を貶めるがごとき言葉、慎みなさい」
「失礼致しました」
ヤンも深々と頭を下げる。
だが、今度は公爵が髯を撫でながら考え込み始めた。
「ふむ…かのレコン・キスタは国境を越えた繋がりを持つ。始祖への信仰心から、いつま
で経っても『聖地奪還』に動かぬ王家に業を煮やした貴族や僧侶が…という事は十分考え
られる事だ。
それに、貴族の地位を剥奪され平民に堕とされたメイジや、家名が低く領地も無い故に
日々の糧にも事欠く下級貴族はトリステインにとて多い。金に目がくらんでも不思議はな
い」
ルイズもヤンもシエスタも、聖地奪還という言葉に眉をしかめる。聖地が厄災の元だと
知っているものの、それを公にする事も出来ないもどかしさを感じてしまう。
「まぁ、とはいえ、誰が裏切り者かまでは分からぬであろう?」
「はい、残念ながら。
それに諜報活動は政戦両略の基本です。城内かどうかはともかく、トリステイン国内に
もゲルマニアにもアルビオンの間者や協力者がいる事は当然でしょう」
「そうだな。
それに、既に危機は去ったのだ。もはや同盟はなり、ラ・ロシェールにはトリステイン
とゲルマニアの両艦隊がいる。両艦隊はゲルマニアへ行き、合同艦隊パレードをヴィンド
ボナ上空で繰り広げる予定だ。
アルビオン艦隊も大使のサー・ジョンストンを降ろして、すぐにアルビオンへ帰ってい
る。その大使とて、艦隊司令長官及び貴族議会議員の政治家ではあるが、貴族一人に警護
数名。伝令用の風竜を一騎連れているくらいだ。
この状況で、奴等に打つ手はなかろう。当面は我が国は安泰だ」
「そうですね…確かに、純軍事的にはアルビオンは手詰まりです。建国して間もなく、国
内も外交も急ぎ安定させねばならない時期ですから、しばらく軍事侵攻はないでしょう。
ですが、次の策略を既に考えてあるから、礼砲による撃沈という演技をあっさり諦めた
ということも考えられなくはないです」
次の手、と口にしたヤンにはさしたる意味は無かったかもしれない。単に可能性の問題
としてあげたのだろう。
が、ヴァリエール家の人々はそれぞれに多様な反応を示した。
カトレアは「あらあら、先生は心配性な人ですねぇ」と少し困った顔をする。
エレオノールは「ふん、よく舌のまわる狐だこと!」と露骨に嫌悪を現した。
公爵夫人は黙ってヤンを見つめている。射抜くような眼光はそのままに。
ルイズはちょっと頬を膨らませる。目出度い婚儀の席で余計な事言わないでよ、という
感じだ。
公爵は一言、「続けよ」と命じた。
ヤンが小さく一礼し、さらに話を続けようとしたところ、部屋の扉がノックされた。城
の侍女が「失礼します。時間ですので、正面玄関ホールへお越し下さい」と告げる。
公爵はゆっくりと優雅に立ち上がった。
「ふむ。興味深い話ではあったが、もう時間がない。ウェンリーよ、念のために聞くが、
おまえの懸念は切迫したものか?」
「いえ。可能性としては極めて低いものです」
「ならば、またにせよ。ともかく、姫殿下の婚儀だ!皆、粗相のないようにな!」
一同は公爵の号令を受け、貴族の威厳と風格をもって部屋をあとにした。
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