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「割れぬなら……-06」(2008/06/07 (土) 03:21:15) の最新版変更点
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#navi(割れぬなら……)
レコン・キスタの乱から一ヶ月。
トリステイン魔法学園に、ドスドスと漫画のような擬音と共に廊下を歩く一人の少女が居た。
少女……ルイズは不機嫌だった。
曹操がこの一ヶ月の間一度も姿を見せないからだ。
やれ遠乗りだ、鷹狩りだ、喧嘩だ、泥棒だといって、曹操はあまりルイズと一緒に居る事は少なかった。
少なかったが……流石に一ヶ月も帰らないなんていう事は初めての事だった。
「あらルイズ、ちょうど良かったわ」
角を曲がると、正面にキュルケの姿があった。
ちょうど良かった、こっちも聞きたい事がある。
時々、曹操はルイズを放っておいてキュルケとイチャついていた。
他にもメイドと遠乗りに出かけたり、厨房で鍋を振るっていたり、タバサと本を読んでいたり……
なんだか、さっきよりも眉間に力が入ったような気がした。
ルイズはイラついた感情をそのままに曹操の居場所を尋ねる。
「ソウソウが」「ダーリンが」
ルイズはさらに不機嫌に、キュルケは急にニヤニヤし始めた。
「あらぁ? とうとうルイズもダーリン争奪戦に参戦するつもりだったのかしら?」
「違うわよ!! ご主人さまに連絡も寄越さない駄犬にお灸をすえたいだけ。キュルケみたいな万年発情期とは違うの!」
ガーーーッ、とルイズは野獣のように吠えてみせる。
正直、あまり怖くない。
「連絡も寄越さない? あらあら……ダーリンも罪な人ねぇ。こんなにも恋慕している女を焦らさせるなんて」
「してないったら!」
心底癪に障るキュルケのニヤケ顔を見て、ルイズは自分が敵の術中に堕ちている事を悟る。
深呼吸……少しはマシになった。
とっとと用件だけを聞いてどこかへ行ってしまおう。
「ソウソウはどこ? 知ってるんでしょ?」
「今のダーリン、結構な有名人なのよ。王都じゃ知らない人なんて居ないんだから」
「……で、ソウソウはどこ?」
もうからかえないかと、キュルケは少しふて腐れるも、観念して自分の知っている事を話した。
「何日も前から王都北門警備隊長に任命されて、今だって職務に励んでいる筈よ」
「王都北門警備隊長?」
「それでね、一昨日にデュラン・ド・ラーケン伯爵とかいう人を殴り殺したとかいう噂よ」
「ラーケン伯爵を殴り殺したですってぇ!?」
……その日ルイズは、人間が驚愕で気を失える事を知った。
例の任務の報告を聞いたアンリエッタは、涙を浮かべて歓喜した。
……報酬は無いも同然だったが、密命なので仕方がない。(それはルイズも気にしていない)
それよりも彼女にとっては、ゲルマニア皇帝との婚約が解消された事の方が嬉しかった。
なにしろ、婚約の元凶だった反乱軍が空中分解してしまったのだ。
ゲルマニアの機嫌がほんの少~~~し悪くなるだろうが、たぶん大丈夫だろう。
前回曹操と主従の間柄となったワルドは、そのまま何事も無かったかのようにアンリエッタの元へ戻った。
内通の件がトリステイン本国に伝わる可能性は依然として高かったが、
その時は「戦争に流言はつきものです」とでも言い張るつもりだった。
後日、妙に具体的な内容のワルド内通説がトリステインに流れるのだが、アンリエッタ女王はその噂を真っ向から否定する。
……まあ、そんな事はどうでもいい。
曹操の話をしよう。
レコン・キスタの乱が終結してみると、曹操の名はハルゲニア全土に広まった。
あの日曹操が全軍に与えた衝撃はそう簡単に忘れ去れるものではなく、
またアルビオン軍が反攻作戦に際して、大々的に曹操の名を宣伝した事もその原因の一つである。
(なお、曹操がルイズの使い魔である事を知る者はごく僅かである。
おそらくはアルビオン軍が意図的にその事実を隠して宣伝したのが理由であろう)
さらにマスメディアの無いこの時代の噂には、必ず尾ひれがつくものである。
その尾ひれの内訳は……あまりにもバカバカしいので割愛するが、
とにかくハルゲニア全土、特にアルビオン国内に多数の曹操信望者が生まれたのだ。
……ただし、逆に曹操を危険視する者も数多く現われ、それが原因で後で苦労する事になる。
その意味では、曹操の風評こそがルイズにとって生涯の敵であったと言えるのだが……それは後々の話である。
曹操はその風評とワルドからの推薦を使い、王都北門警備隊長の職を得た。
爵位を持つ者達から見れば、ハッキリ言って下っ端役人である。
ワルドは「もっと上の位にも就けたのだがね」と、不思議がっていたが、
曹操は何故かこの官職を望んだ。
いろいろな紆余曲折の後、王都北門警備隊長に就任した曹操はすぐに行動を開始した。
『北部城内 夜中禁足 門中沈々 下馬禁刀 騒者打擲』
訳……王都北門は夜中は通行禁止です。
門を通る際は騒がしくしてはならず、また武器を抜いてはいけません。
場内で騒ぎを起こした者は棒打ちの刑に処されます。
王都の北部にある全ての城門に、上のような内容の立札が立てられた。
そして数日もしない内に宮中で少なからず発言権を持っていたラーケン伯爵が殴り殺されたのだ。
犯人はわかっている。曹操だ。
原因もわかっている。ラーケンが真夜中に城門を押し通ろうとした事だ。
宮中は大騒ぎになった。
罷免どころか処刑されかねない状況だったが、ワルドやアンリエッタが彼を庇った。
王都の民も大騒ぎをした。
多くの者が王国の権威を笠に威張り散らしていたラーケンを疎ましく感じており、
そういう者達は曹操に喝采を送った。
貴族さえも簡単に殴り殺すのでは、魔法の使えない平民はもっと簡単に殺すだろうと恐れた者もいた。
情けなく命乞いをするラーケンの姿を芝居仕立てにして上演する者まで現れた。
(もちろん、名前や時代などは適当に変えてある)
曹操はアルビオンを救った英雄の風評に加えて、北門の鬼隊長の風評も得たのだ。
そんな大騒ぎの中でも曹操は、顔色一つ変える事無く黙々と職務を遂行していた。
彼の元に桃髪の少女が怒鳴り込んできたのは、ある晴れた日の早朝の事だ。
#navi(割れぬなら……)
#navi(割れぬなら……)
ワルドは疲れていた、綿のように疲れていた。
何しろ今の彼は逃亡者なのだ。
この2日間で気の休まる瞬間は少しも無かった筈だ。
王党派による落ち武者狩りを常に警戒しなくてはならないが、かつて味方だった者でも容易に信用する事はできない。
どんなに善良そうな顔をしていても、どんなに熱く友情を誓いあったとしても、例え友情合体(勇者的な意味で)が可能な程の間柄であったとしても、
反乱軍に身を置いていた時点で限りなくクロに近いグレーであると言えよう。
仲間を売って自分だけが助かろうとした者は、ハルゲニアの歴史には数多い。
まして今のワルドの精神状態ならば、自分以外の人間は全てが敵に見えた事だろう。
これではどんなに疲れていても眠る事もできない。
本当なら港に近づくのもかなりの危険を伴った行為である。
何故なら国外逃亡を考えるのなら誰でも港を最初に連想する。
となれば当然、港に近づけば近づくほど落ち武者狩りに警戒しなくてはならなくなる。
しかしながら今まで酷使し続けてきたグリフォンに大陸間を渡る体力は残っておらず、
また時が経つにつれて王国軍が勢力を盛り返していく事を鑑みれば、次にアルビオンがハルゲニアに接近するのを待つ訳にもいかなかった。
さらに食糧は自生している果実等がわずかに手に入ったのみで、
そのわずかな食糧も空を飛ぶことで多くの体力を消耗するグリフォンに与えなければなかなかった。
結果、ワルドもルイズもこの2日間は水以外何も口にしていなかった。
以上の理由によってワルドは疲れ果て、空腹で、しかも睡眠不足だった。
彼の肉体や精神は既にボロボロと表現するのが適当であり、船室に身を隠すと緊張の糸が途切れてしまったのか、深い深い眠りについた。
ルイズは手足の他に口も封じられて、もぞもぞと身じろぎをするのがせいぜいであった。
ギーシュとキュルケが船室に現れたのはそんな時だ。
さて、読者の皆さんにも考えていただきたい。
縛られてもがく美少女(美が少ない女の子)と、その婚約者であるヒゲダンディー(擲弾兵にあらず。ロリ疑惑)。
さて、貴方ならばこの状況下で何を考えるだろうか?
ギーシュとキュルケの場合……
「縛りプレイ?」「放置プレイ?」
ズレているようで方向性はまったく同じであった。
ズレといっても着眼点の違いだけだ。
美少女とヒゲダンディーを見た場合、どちらが先に目に入るかの違いでしかない。
無論縛りプレイには性的な意味を多く含む。
まあ、正直に言ってこんな話は本筋とは全く関係が無い。
真面目な話に入る前の息抜きのようなものだ。
2人を見たルイズは怒るでもなく恥ずかしがるでもなく、しかし必死に戒めを解こうともがき始めた。
流石にこれは何か良くない事でも起きたのかと感じたギーシュはナイフを錬成し、ルイズの戒めを解く。
……さて、もう一度考えていただきたい。
貴方がルイズだったらどのような行動をとるだろうか?
ワルドが眠っている間に船から脱出し、後は野となれ山となれ。
脱出した後、近くの警備兵に通報する。
眠っているワルドを攻撃するというのも、下策ではあるが可なりだ。
しかし、ここしばらく一言も喋れなかったルイズは下策以上に論外な行動に出た。
「前回までのあらすじっ!!」
……文面通りに話した訳ではないが、概ねこのような内容を喋った。
大声で。
最後に一つだけ考えていただきたい。
眠っている人間の近くで大声をだすとどうなるだろうか?
おそらく、たいていの人間は目覚めるだろう。
優秀な軍人であるワルドは一瞬で自分の置かれた状況を理解し、素早く戦闘態勢に移った。
3人が初撃のエア・ニードルを防げたのは奇跡に近い。
偶然、キュルケの視界にワルドが入り、偶然、ギーシュが手にしていた青銅のナイフが刺突を防いだのだ。
そこから先は有無を言わせずに戦闘開始である。
ギーシュが7体のワルキューレを出現させ、ワルドと自分達の間に入らせる。
キュルケも得意の火術で応戦した。
ルイズは……杖が無いので見学。
対するワルドだが、前述したとおり彼は疲れ果て、空腹で、しかも睡眠不足である。
そんな状態で多量に精神力を消耗する大技……ライトニング・クラウドや偏在による連携攻撃を行おうとすれば、
5秒と保たずにブッ倒れてしまうような状態だった。
ワルドはそんな状態だったが、彼と3人(実質2人)との戦いはほぼ互角のまま続いていった。
尤も、満身創痍のヒゲダンディと若くて体力がある2人による戦いなので、先に息切れするのはワルドの方である。
ワルド本人もそんな事は重々承知なのだが、目が霞んで握力も弱まっているのではどうする事もできない。
よって、長期戦になる前に撤退するしかない……と、考えていた。
彼にとって幸いな事に、キュルケは火のメイジで、火術を使わざる得ない程度には戦力が拮抗していた。
この時代の船はごく一部の例外を除いて木製である。
では船室の中で火のメイジが戦うとどうなるだろうか?
答え……燃える。当然の話である。
先ほど長期戦はワルドに不利と書いたが、実はこの戦いは長期戦になりようがない。
もしも長期戦になれば4人とも焼け死んでしまうからである。
人が集まる事は本来ワルドにとって望むことではないが、逃げ出すのには有利である。
5分、10分と過ぎ、徐々に火がまわり、さらに人が騒ぎだしてきた。
「頃合いかな……」
と、ワルドが呟いた。
今ならこの連中を文字通り煙に巻ける。そう判断したのだろう。
そんな時だ。
燃え盛る炎の壁を突き破り、一匹の竜がその部屋に飛び込んできた。
「タバサ! 消火しろ!」
竜の背に乗る男が叫び、多数の氷塊が浮かび上がる。
同じく飛び込んできた少女が杖を振ると、空中の氷が次々と炎に激突していった。
「ソウソウ!?」
ルイズがいち早く乱入した男の名を呼んだ。
「ガンダールヴだと!?」
ワルドが青ざめる。
嫌でも2日前の悪夢が蘇ってしまう。
男……曹操がシルフィードの背から飛び降り、ワルキューレを押しのけ、一直線にワルドに向かう。
ワルドは瞬時に反応し、エア・ハンマーで迎撃を試みる。
「剣で!?」
……受け止めた。
ワルドは驚愕した。
彼の知る限り、剣で魔法を受け止めた者など存在しなかった。
曹操は少しも勢いを緩めず、一気に間合いを詰める。
「受け止め……」
……た。
彼の最後の言葉が発せられるより早く、曹操の剣がワルドの喉元に突きつけられた。
一瞬でも妙な動きを見せれば、死ぬ事になる。
レコン・キスタの乱最後の戦いが終結したのだ。
「ふぅ……最後まで出番が無いかと焦ったぜ」
「殺せ」
それはワルドの意地であり、名誉を守るための言葉であった。
しかし曹操はいともあっさりと剣を引き、鞘に納めた。
「おいっ! オレの出番これだけ……」
……もはや誰も聞いていない。
「姫殿下を見て、先が無いと感じたか?」
曹操が問う。
ワルドは何も答えない。
ルイズが何かを言いたそうにしているが、場の空気に圧されて何も言えない。
「官僚の腐敗に失望したのか?」
曹操が問う。
「そうだと言ったら……どうする?」
逆にワルドが曹操に問う。
「叛く事も、仕える事も、やる事は変わらない。しかしだ!」
ゆっくりとした口調であったが、ワルドは気圧されていた。
それは体調に起因するものではない。
その場にいた全員が曹操の言外の圧力に目を見開いていた。
「もしトリステイン王家が仕えるに足りないのであるならば。この曹操に仕えてみろ」
「何を言っているのアンタは!?」
ルイズがその言葉に反応する。
それは聞き方によっては謀反人ととられてしまう言い方だった。
ワルドも彼女と同じ事を考えた。
だが、その言葉がただの戯れであるとはどうしても思えなかった。
「……本気なのか?」
曹操は無言で肯定した。
ワルドは考える、実に様々な事を。
今後の身の置き方、自身の矜持、曹操の評価……その上で、
ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドはこの日、曹操と主従の誓いを結ぶのであった。
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