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#navi(ゼロと魔砲使い)
&setpagename(第15話 精霊)
朝。
モンモランシーが朝の支度を調えて階下に降りていくと、いたのはペルスランだけであった。
彼女の朝は早い方でも遅い方でもない。学院での経験からするとタバサとナノハは早起き、ルイズとキュルケは遅い方である。前二人は食事の前に出会ったことがあるが後二人はまず自分より前に席に着いていたためしがない。
なのでタバサくらいは起きているのではないかと思ったが、いささか予想が外れたようだ。
「おはようございます。ほかのみんなはまだですか?」
貴族の中には使用人に挨拶するなど口が穢れると思っているタイプも多いが、モンモランシーはそういう垣根の低い方である。というか貧乏貴族が偉ぶっていたら使用人のなり手がいなくなる。
ましてやここは他国の、王族(=自分より格上)の屋敷で、しかも自分たちはある意味押しかけてきている身である。執事といえどもこちらも礼を持って接するのは当たり前である。
朝の準備をしていたペルスランは、モンモランシーに気がつくと姿勢を改めて完璧な礼をした。
「おはようございます、モンモランシ様。朝餉の時間まではもう少し間がありますのでお待ちください。なにぶんにもこの屋敷には私のほかには雇い人が三人しかおりませぬので」
おそらくは料理人とメイド、後庭師だろうとモンモランシーは思った。この三つの職種がないと、屋敷は維持できない。不名誉印は打たれていても荒れ果てた様子がないのは、最低限の人手はあるということだ。
それでもこれだけの来客を迎えたら人手不足なのは明らかだ。執事が自らテーブルクロスを直しているなど、普通の貴族の屋敷ではあり得ない。
「後ほかの方々はまだ寝ておられます。詳しいことはお嬢様方から聞いた方が早いと思われますが、夜半に少々揉め事があったようでして」
「揉め事?」
「はい。なにがあったか少しでも知りたければ、館を出てまっすぐ裏手の方へいってみてください。何かがあったかはおわかりになると思います。丁度朝餉までのよい時間つぶしにもなると思われますし」
今ひとつ要領を得ない言葉だったが、気になったのでモンモランシーは朝の散歩としゃれ込むことにした。いわれた道を歩いていくと、庭のあちこちに咲いている花が目を楽しませてくれる。
さすがは没落しても王弟家、このくらいの余力はあるということか。
いや、あの執事、ペルスラン殿の実力なのだろう、とモンモランシーは思った。タバサ――シャルロットが学院に留学中で、母親は心を病んでいるというのなら、それ以外には考えられない。
彼女は実家の両親やそれを補佐する使用人のことを考えて、少し頭が痛くなった。
「だからこそあたしが頑張らないといけないんだけどね……ん?」
唐突に視界の先が開けた。そこに違和感を感じたのだ。
この屋敷の造りなら、目に飛び込んでくるのは離宮か裏門の筈である。なのに目に入ったのは。
「な、なによこれ。なんでこんな?」
そこは直径50メイルほどの円形をした砂場であった。よく見ると、砂場との境界に、花壇や家の土台のようなものが見え、支えを失って倒れた柱のようなものまで見える。
そう、まるで一定の範囲内が突然砂に変わってしまったかのような有様だった。
――詳しいことはお嬢様方が聞いた方が
先ほどのペルスランの言葉が脳裏によみがえる。
(タバサ、ルイズ、キュルケ、ナノハ、いったい夜中になにしてたのよあんた達は~っ!)
内心でそんな叫びを上げながら、モンモランシーは今来た道を引き返しはじめた。
来たときの三倍近い速さで。
そして朝食の席で、モンモランシーはなにがあったかを聞かされた。
聞いて目はまん丸、あごはカックンとなってしまったが。
「エルフと喧嘩して、勝ったあっ?」
「まあ、一応、そうなるかしら」
ルイズが何とも微妙な顔で答える。
「事情そのものは私にも判んないのよ。タバサがほら、昨日聞いたいけ好かない王様から、私となのはをそのエルフに会わせろ、っていう任務を押しつけられたらしいんだけど」
「ごめん」
そこに話が及んだとき、タバサが申し訳なさそうに頭を下げる。
「それはいいのよ……逆らえなかったんでしょ? それに結果としたらある意味命令に反抗させちゃったわけだし、あたし達を守ろうとしてくれたわけだし」
「え、それじゃひょっとして、増水の方は口実?」
モンモランシーはそっちのために必要な身の上だったので思わず確認してしまうが、タバサは今度は首を横に振った。
「いいえ、それはそれでちゃんとやらなければならないこと。上が本来必要なこの仕事にかこつけて、ルイズ達をどうにかしようとしただけ」
「あ、一石二鳥な仕事だったのね……あなたも大変ね。こんなやりたくなさそうな仕事押しつけられるなんて」
モンモランシーは心からタバサに同情していた。
「しかたありません。良きにつけ悪しきにつけ、それが組織っていうものだから」
なのはもそういった。言外に気にしないで、という言葉を含ませながら。
「ですがヴァリエール様……あなたの使い魔であるなのは嬢は恐るべきお方ですな。エルフを相手にして打ち勝ってしまうなどとは」
そこにさりげなく言葉を差し込むペルスラン。さすが一流の執事は話題を変えるのも巧みだ。
「ほんとよね。多少は運もあったかも知れないけど、この事は内緒にしていた方がいいわねルイズ」
「当たり前でしょ。いくら使い魔自慢といっても、こんなこと知られたら馬鹿にされるか注目を集めすぎるかのどっちかよ。そりゃあたしだって自慢はしたいけどいくら何でも限度っていうものがあるわ」
すかさずペルスランの言葉に乗ったキュルケにルイズが何とも微妙な表情のまま言葉を返す。自慢だし、自慢したい。だが内容がちょっとまずかった。
その辺の空気を感じて、なのはもちょっと微妙な感じて質問する。
「あの、ご主人様……エルフと戦って勝ったって、そういうものなんですか?」
「そういうものよ」
ばっさりと切り捨てるような豪快さで即答するルイズ。
「なのは、これは覚えておいて。このハルケギニアで、エルフとメイジが戦うときには、相手の十倍の数をそろえるのが常識よ。エルフっていうのはそのくらい強い相手だって認識されているの」
「じゅ、十倍ですか」
さすがになのはも自分のやったことがとんでもないことだと認識できた。
「あたしだってエルフを見たのも、ましてや戦ったのも初めてだけど、伝え聞く話が嘘じゃないのは嫌っていうほどわかったわ。ていうかむしろあれね。自分たちの弱さをごまかしてるほどね」
「五百人のエルフに五千人の軍隊が負けたっていうのは知ってたけど、あの話も話を半分にするべきね。人間の方を」
ルイズとキュルケが、そろって言った。昨日のことを思い出しているのだろう。
「すごいのは判ったわ。何せその舞台があんなになっちゃうくらいだし。エルフってすごいのね……あら?」
モンモランシーがその話題を振ったとたん、何故かほかのみんなが硬直し、一瞬視線がなのはに集まっていた。そのわざとらしさにさすがにモンモランシーにもピンと来るものがあった。
「あのさ、ひょっとして……」
一同が黙り込む。ルイズとなのはあたりは冷や汗がたれているような気がする。
「あの砂場……原因はこっちにあり? 特にナノハあたりに」
「……はい」
観念したようになのはが肯定した。
「相手の守りを打ち破れる魔法を使ったら、その余波というか副作用で」
「そういえばあれはいったい何だったの? 判るのかしら」
モンモランシーにもばれたということでか、キュルケが聞いてくる。
「一応は。あれはご主人様の『爆発』と同じ現象です」
「あたしのあれと?」
ルイズが驚いたように突っ込む。
「はい。ご主人様の爆発は急速な魔力剥奪の反動ですが、私のあの魔法も、似たような現象を引き起こすんです。ただ、ご主人様の場合と違って、私の場合はゆっくりと魔力を分離・集束するんです。ですので爆発はしませんが、魔力を奪われた物質は安定を失って……」
「砂になっちゃう、って訳ね」
ルイズが納得したように頷く。キュルケとタバサも思わず頷いている。が。
「ねえみんな」
一人蚊帳の外だったモンモランシーが、一同をねめつけるかのような凶悪な目つきで睨んでいた。
「なんか随分と突っ込んだ勉強してたみたいね。出来ればあたしにも判るように説明してほしいんだけど」
普段なら気にせず無視するところである。だがこの後に、絶対的に彼女の力を必要とするイベントが待っている。
代表するようにタバサが白旗を揚げた。
「知りたければ教える。でも時間が掛かるしかなり高度」
「それでも。気になったままじゃ精霊との交渉に、落ち着いた心で赴けないわ」
結果午前中がつぶれる羽目になった。
「まとめて報告したら間違いなく特例で学院卒業、そのままお迎えが来るわよ」
「そ、それは気がつかなかったわ……ありがとう、モンモランシー」
なんとかモンモランシーに今までのことを説明し終えた一行が湖畔へと向かう中、モンモランシーは肩をすくめながらルイズに忠告していた。
裕福で身分も高いルイズと違い、モンモランシーはこの先自分の実力と才覚で身を立てなければならない。当然そのための手段は複数模索していた。
もともとモンモランシーは特製の香水を調合できるくらい実践的な技術に長けている。実家の実態なども考えれば、政治ではなく、技術によって領地を支えていくタイプの貴族にならざるをえない。
その辺がルイズとは違う点であった。
ヴァリエール家のような大貴族は、当人がどれほど優れたメイジであっても、実際にその魔力を振るうのは戦争が起きた時くらいであり、それ以外はカリスマ性の一環でしかない。
これはルイズも気がついていないことだが、もしルイズがこのまま系統魔法を使うことが出来ずに最低の成績で学院を卒業した場合、将来待っているのは恥と共に行われる政略結婚ではなく、領内での飼い殺しである。
但し、『飼い殺し』の意味するものはその内容とは大きく違っている。魔法を使えないため、人の上に立つカリスマ性がルイズには大きく欠けることになる。だが、それ以外の能力は、おそらくヴァリエール家の三姉妹の中で、もっとも統治者に向いている。
真面目な努力家で、魔法実技以外はトップクラスの常連なのだから当然ともいえる。
長女のエレオノールは研究者肌の上、性格が激しやすくまた男を寄せ付けない面がある。
次女のカトレアは病弱の上、すでに分家しているため家督を継ぐことは出来ない。
こうなると実質的に公爵の跡を継いで領地を治めることが出来るのはルイズしかいない。
もちろん一番いいのはエレオノールが婿を取ってその人物が統治することである。だが困ったことに釣り合う相手がいない。本来なら王家の次男のような、身分はあっても継承権のいない人物を迎え入れるのがふさわしいのだが、王家も子供は姫一人である。
その上婚約者に婚約破棄されたとなると、もはや結婚は絶望的ともいえる。
結果としてルイズは『魔法の才のない貴族』として領内に留め置かれ、いずれ『公爵家にふさわしい魔法の力を持った』人物を婿として迎え入れたのち、その人物を表に立てて妻として領内の統治を担う、ということになる。
この場合夫に統治の才が必要とされないという点が大きい。それだけ選択肢が広がるということなのだから。
現在婚約中のワルド子爵などはそういう意味で間違いなく最優良の婿になるはずである。
領地は隣で併合も可能、身分は公爵家より低いが実力は折り紙付き。ルイズがこのままならまさに理想の婿である。ルイズの婚約が今でも維持されているのには、こういう深謀遠慮があるのは間違いないであろう。
話を戻すが、こういう事が言えるのはあくまでも裕福な一部の大貴族のみである。モンモランシ家のような経営に失敗している貴族は、領地の維持のためにその魔法を大車輪で使う必要がある。
元々貴族はその魔法の力で君臨している。そのためにはぶっちゃけていえば役に立つ面を見せないと統治が覚束ないことになる。領民に対して魔法の力を還元しないと経営が成り立たない貴族は多かったりする。
必ずしも武力だけというわけではないのだ。
そのためモンモランシーは『役に立つ』魔法の技術を磨くことに余念がない。水系統の魔法は戦闘よりも治療などの支援に向く系統である。自分が作っている香水のように、ある意味化学・薬学に通じる点でも研究は欠かせない。
そういう意味では、モンモランシーはアカデミックな話には造詣も興味もあった。
そんな彼女の前にある意味『魔法の根源に迫る』話題が振られたのである。気にならないわけがない。
そして聞いてみたら……予想を上回るとんでもなさだった。冗談抜きでアカデミークラスだ。しかも架空の理論ではなく、ある意味でそれをタバサが証明してしまっている。
モンモランシーの見たところ、その意味することをきちんと理解しているのはキュルケだけだ。彼女は判っていて黙っている。ゲルマニアという国の性格を考えれば、今は黙っていて、故国で一旗揚げるために役立てようとするのは明白だ。
タバサは明らかにそういう方面には関心がない。彼女にとって魔法は『実用品』だ。
ルイズはこの方面に関しては完璧なまでに世間知らずのお嬢様である。
ナノハはそもそも貴族社会との繋がりがない。
ついでにギーシュは……理解できないのは明らかだった。良くも悪くも彼の思考は女の子にしかない。ついでに実家も軍人気質。タバサと一緒で魔法は実用品だ。
そういった意味で、ナノハが調べまとめた魔法に関する研究の持っている、トリステインにおける危険な側面を理解できた人物は、モンモランシーが初めてであった。
それ故彼女はルイズに忠告した。
「すごい研究ね。あんた、ゼロの癖してとてつもない使い魔引き当てたわね」
言葉に刺はあるものの馬鹿にした様子はない。ルイズも以前とは違い、その違いを見抜けるくらいにはなっていた。
「まあね。ただこうなると自分とのギャップが……」
こんな自虐的な言葉は絶対に言えなかっただろう。モンモランシーもさすがに少し驚いた。
「たいした余裕ね。でもね、今教えてくれたこと、これ、出来るだけ秘密にしておいた方がいいわよ」
「なんで? あたしが自慢する事じゃないけど、すごいと思うけど」
「馬鹿ね。これがまだルイズ、あなたが見いだしたことならそんなこと言わないわ。むしろゼロであるあなたが立身するための武器になるとも言えるわ」
そういわれてルイズも理解した。この研究はルイズではなく、その『使い魔』が成し遂げたことなのだ。
トリステインに限らず、ハルケギニアにおいて使い魔に『人権』などというものはない。なのはの場合普通に扱われているが、あくまでも私的なものだ。その気になったら扱いは平民以下、いや奴隷以下となる。
「まあ実力もあるからそう無体なことはされないと思うけど、ルイズ、あなたこの事がばれたらたぶんアカデミーからスカウトが来て、そのまま飼い殺しにされるわよ」
「うげ」
アカデミーの一言に、ルイズの脳裏に浮かんだのは長姉の姿だった。
そしてモンモランシーの言葉は冒頭に繋がる。ルイズは心底からモンモランシーに感謝した。
「でも、魔力、ね……。いいこと聞いたわ。私もいろいろ思うことはあるから、今までの研究や勉強を見直してみる。ねえルイズ」
「なに、モンモランシー」
「あんたの使い魔に、判らないことがあったら質問とかしに行っていいかしら」
ルイズはなのはの顔を見て、すぐさま答えを返した。
「いいわよ。使い魔じゃなく、なのはってきちんと名前を呼んでくれるのならね。ついでだからタバサ達も習ってるテクニックとか、念話とかについても教えてあげましょうか? どうせほっといてもいずれギーシュから漏れたと思うけど」
ちなみにこれは誤解である。軍人家系のギーシュはああ見えても話すべき事とそうでないことの違いはわきまえている。女に甘い馬鹿ではあっても公私混同はしないタイプだ。
「念話?」
「やって見せた方が早いわね。なのは」
ルイズがそういうと、なのははモンモランシーの手を取った。次の瞬間、
「え、嘘、なにこれ!」
そう叫んだままモンモランシーは黙り込む。覚えのあるキュルケやタバサはにやにやしながらそんなモンモランシーの様子を見守っている。
少ししてなのはが手を離すと同時に、モンモランシーはルイズの方をにらみつけた。
「とんでもない隠し球ね。使い方によってはものすごい武器になるじゃない。それに使い魔を通じてもいけるんですって?」
そういいつつ、腰の袋を開けるモンモランシー。中から鮮やかな黄色に黒い斑点が浮かぶ、小さな蛙が出てきた。
「この子があたしの使い魔、ロビンよ」
「うわ」
一瞬なのはが嫌そうな顔をする。だがそこは大人の余裕で押し込み、そっと蛙に触れる。
ちなみにルイズは見た瞬間後ろを向いた。彼女は蛙が苦手だったのだ。しかも話の流れからして、次に起こることは簡単に予想ができる。そんなモノは見たくなかった。
と、多少の嫌悪感がありつつもなのはが使い魔であるロビンに触れて、フレイムやヴェルダンデにやったのと同じ事をすると、モンモランシーもしっかり狂乱した。
おかげで湖畔に着いたときには、太陽は中天に達していた。
「すっかり遅くなっちゃったわね。これじゃ今日中に学院に帰れないわ。タバサ、もう一泊しても大丈夫かしら」
申し訳なさそうにルイズがタバサに聞く。タバサは表情を変えないまま、首を縦に振りつつ言う。
「それはかまわない。明日休むことになるけど。ただ」
「ただ?」
「明日の夜はフリッグの舞踏会。準備する時間が厳しいかも」
「ああ、それを忘れてたわ!」
キュルケも今になって慌てだした。
「こっちを翌朝出ても、着くのは夕方よね。本当にぎりぎりだわ」
「手遅れ」
淡々と言うタバサを、ルイズとキュルケがにらみつけていた。
ちなみにモンモランシーは使い魔との交信状態に入ったままだ。この辺ギーシュとそっくりだった。
そんなモンモランシーを、ルイズは容赦なく蹴飛ばした。
「ちょっと、そろそろ正気に返ってよ。あなたが頼りなんだから」
「痛いわねルイズ、でもまあいいわ」
とろけきった顔で答えるモンモランシー。ああ、お似合いだったのか、と、今はここにいない男の顔を思い浮かべる残りの面々であった。
「でもまさかロビンと日常会話することも将来は可能だなんて。ギーシュったらこんなことを秘密にしてるだなんて、覚えてなさいよ!」
逆恨みでボコられるギーシュの命運を思って、再び瞑目する一同。
「そうそう、それより本題を済ませないと」
みんなの目つきに気がついたのか、モンモランシーは慌てて取り繕うように言うと、取り出した針で指先をつつき、出てきた血をひとしずく、ロビンに呑ませる。
彼女がロビンに水の精霊を呼んでくるように命じると、ロビンはそのまま湖の中へと飛び込んでいった。
「後は相手がこちらを覚えていてくれれば、姿を見せてくれるはずよ。まあ誓約の水精霊が忘れているはずはないと思うけど、実家が失礼なことをしでかしているから、怒って出てきてくれない可能性はあるわね」
「情けないわねえ」
ルイズか突っ込んだものの、その心配は杞憂だったようであった。程なくして水面があり得ない形に歪み、盛り上がりはじめた。
やがてアメーバーかスライムを思わせるような形で、水面が盛り上がったままになった。その部分は光の反射率が変わるのか、宝石を思わせる七色の輝きに満ちている。
それを確認したモンモランシーが、そちらに向かって声を掛けた。
「私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、古き盟約の一員の家系よ。蛙につけた血に覚えはおありかしら。覚えていたら、私たちに判るやり方と言葉で返事をちょうだい」
するとその言葉に反応するかのように、水の精霊は再びうごめきはじめた。うねるように振動したかと思うと、その一部が天に伸び上がってくる。
やがて一同の目の前に、身長二メイルほどの、七色にきらめく裸のモンモランシーが出現した。
それは見事な芸術品とも言えたが、ルイズ達の第一声は違った。
「ギーシュ、来なくて正解だったわね」
「同感」
「言えてるわね」
「ご主人様、それはかわいそうでは」
なのはすらも口ではそういっていたが、内心が同じなのは表情から丸わかりであった。
人型を取った水の精霊は、しばらくその姿をいろいろ試しているかのようだった。みんなの見ている前で、表情がめまぐるしく変わる。泣き顔、笑い顔、怒り顔など、一連の感情表現の後、無表情になったところで言葉を発した。
「覚えている。単なる者よ。貴様の体を流れる体液を、我は覚えている。貴様に最後にあってから、月が五十一回交差した」
それを聞いて、モンモランシーがほっとしたように力を抜いた。
「水の精霊よ、ここにいるのは我が友。彼女らの言葉は我の言葉、そう思って聞いてほしい」
「了承した、単なる者よ」
モンモランシーは、ルイズ達の方に向き直った。
「これで大丈夫。後は普通に言葉が通じるはずよ」
それを聞いて、タバサが一歩前に出た。
「水の精霊、何故あなたは湖の水を増やしているの? そのせいで湖畔に住む者達が困っている。出来れば止めてほしい」
「それは出来ぬ」
あっさりと水の精霊は言った。
「何故? 水の精霊、きちんと理由を教えて」
そうタバサが言うと、水の精霊は少し静止し、そして言った。
「水を増やすは我が秘宝を取り戻すため。それ以外の意味はない」
「秘宝?」
その言葉にキュルケが反応した。
「そう、我が遙か昔より守り続けてきたもの。それが月が三十ほど交差する前、おまえ達と同じ単なる者によって奪われた。我が水を増やすのはそれを取り戻すため」
「? なんで水を増やすと秘宝が取り戻せるの?」
疑問に思ったルイズが問い掛ける。その答えはルイズの予想を超えていた。
「水は我が体、我が一部。故に我が触れている水が秘宝に触れれば我はそれが判る」
「それってつまり……」
「全世界を水で覆い尽くせば、自ずから秘宝の位置が判る、と」
ルイズの言葉に、なのはが答えた。
「ずいぶん悠長なのね」
「我の時の概念は貴様達とは違う、単なる者よ」
キュルケのツッコミに答える水の精霊。
「我にとって個は全、全は個。時もまた然り、我は常に存在する。一瞬も悠久も、我にとっては等しく単なる時である」
「時間の概念が違いすぎるのね」
なのはがそれを聞いて言った。モンモランシーも続けて言う。
「まとめると水の精霊は二年半前くらいに秘宝を盗まれて、それを取り戻すために水かさを増してるのね。全世界を水没させるまで」
「ほんとに悠長だわ」
呆れたように言うキュルケ。
「でもそれなら」
タバサが水の精霊を見て言った。
「私たちが秘宝を取り返したら、増水を止めてくれるの?」
「もしこの場に秘宝が帰ってくるのなら、それはやぶさかではない」
水の精霊も無表情のまま答える。
「だが増水を止めることは出来ない。そなた達が秘宝を持ち帰るという保証はない」
それを聞いてさすがに困る一同。
その時、なのはが動いた。
「保証は出来ない。不可能かも知れない。でもこの増水のせいで、あなたの言う『単なる者』が大勢困っているの。そのせいであなたに対する敬意を憎悪が上回りかけてる」
水の精霊の視線が、なのはの方を向いた気がした。
「だから約束するわ。私たちがあなたの求める秘宝を探しに行く。この場を動けないあなたの代わりに。だからその間、水位を二年前に戻して。それでは駄目?」
「なのは!」
ルイズがなのはの手を引っ張った。
「水の精霊!」
そして割り込むように叫ぶ。
「つ、使い魔の言動の責任は主人にあるわ! つまり今の言葉は私の言葉。この使い魔はいずれその任務を続行できなくなるわ! だからあたしがそれを受ける。あんたの探している秘宝、我が名にかけて取り返してやるわ!」
「ご主人様……」
なのはがちょっと呆然として言う。
「なのは」
ルイズはなのはのことを睨むと、怒濤のように言葉を浴びせかけた。
「気持ちは判るけど、あんたはいずれあの子のところへ帰らなきゃいけないんでしょ! こんないつまで掛かるか判らない任務を受けるんじゃないの! そういうのは私たち、地元民の仕事よ!」
「……すみません、ご主人様」
素直になのはも頭を下げる。うつむいたその目に水が浮いていたのは気のせいか。
「水の精霊」
その脇でタバサが前に出る。
「彼女の言葉は本当。このまま水が増え続けると、私たちはあなたを討たなければならなくなる。それはどちらにとっても不幸なこと」
「それは確かに不幸だ」
水の精霊も同意したようだった。
「だから信じてほしい。秘宝は私たちが探す。探し出して、あなたに返す。だから、増水を止めてほしい」
水の精霊からの返事はなかった。光が不自然にきらめくところを見ると、長考に入っているのかも知れなかった。
その様子を見て、一同は相談に入った。
「ねね、どうおもう?」
「聞く耳はあるみたいね」
ルイズの疑問にキュルケが答える。
「理解はしているはず」
タバサが冷静に意見を述べる。
「だけど、初対面の私たちを信頼し切れていない」
「家の実家も馬鹿やっているしね」
モンモランシーも肩をすくめた。
「要は私たちのことを理解していただければいいんですよね」
「そうね。キュルケ、たとえばあんたなら私たちにこう言うこと頼んで平気かどうか判るでしょ」
なのはの言葉からルイズはキュルケに微妙な含みのある言葉をぶつける。
「なんか成長したわねルイズ。確かにそれが一番よ」
「だったら簡単な解決方法がありますね」
なのははそういうと立ち上がった。
そのまま湖岸に歩いていき、ぎりぎりの点で立ち止まる。
そして服を脱ぎはじめた。
何事かと思っているうちに、彼女はためらいもなく湖に身を浸しはじめた。
さすがになにをする気なのかが一同の頭にたたき込まれた。
「なのは!」
叫ぶルイズを無視して、なのはは全裸のまま湖の中を泳いでいく。
「うう、冷たい……でも我慢。水の精霊! 今私はあなたに触れているわ! 今のあなたなら、私の心の内などすべて手に取るように判るはず! お願い、私たちを信じて!」
彼女がそう叫んだとたん、突然水面が盛り上がり、なのはは湖岸へとたたき出された。
「なのは!」
「無茶するわね……ほら」
「無謀」
「あっきれた……ルイズ、あんたの使い魔、時々馬鹿ね」
ルイズにひっぱたかれ、キュルケの魔法で体を乾燥させられ、タバサとモンモランシーからはあきれ果てた目で見られているなのはだった。
「水の精霊に触れるっていうのは、命を明け渡すようなものなのよ」
「でもこちらは相手に害意ないですし、水の精霊も私たちを殺す理由なんかはないですから」
平然と答えるなのは。そしてそれにあわせたかのように。
「確かに。なのはと名乗るものよ。そなたの心、確かに受け取った」
水の精霊が、その姿を崩した。そして再び人の姿を取り始める。
「だが意外であった。なのはと名乗る者、そなたがあの者の知り合いであったとは」
水の精霊は、二十代後半と思われる、大人の女性の姿を取っていた。美人だが、それ以上に妙に迫力のある女性であった。そしてその姿を見たとたん、なのはが絶句した。
「なのは?」
ルイズの言葉も耳に入っていないようだ。
一方モンモランシーは、別の点に引っかかって絶句していた。
「嘘、水の精霊が、名前を呼んでる。それに、『そなた』なんて……」
「それがどうかしたの?」
「キュルケ達は知らないでしょうけど、水の精霊って結構傲慢なの。こっちのことは『単なる者』か『貴様』としか呼ばないのよ。名前を呼んだなんて、記録にもないわ。あるのは『名前を呼んでもくれない』っていう記録ばっかりなんだから」
「鍵はあの女性」
タバサはじっと水の精霊となのはを見つめていた。
そして、なのはの口から、言葉がこぼれ落ちた。
「プレシアさん……なの?」
「然り。彼女はプレシア・テスタロッサと名乗った」
水の精霊は、なのはを見つめながら言葉を続けた。
「知りたいのか。ならば教えよう、なのはと名乗る者よ」
ぶんぶんと首を縦に振るなのは。
その姿があまりにも子供っぽくて、ルイズ達もちょっと意外なものを見た気がした。
「それは遙か昔。月が七万回以上交差した昔の話」
七万の言葉に、ルイズ達が仰天した。
「七万回って……」
「五六千年近く前よ。下手すれば始祖の時代だわ」
「しっ、黙って」
モンモランシーがルイズ達の口をふさぐ。
水の精霊は気にもせずに言葉を続けた。
「我の元に、一人の冒険者が訪れた。名をプレシア・テスタロッサと名乗り、我が秘宝を求めてこの地に来た、と語った。
我は秘宝を守るのが定め。冒険者の望みといえども、秘宝を渡すことは出来ぬ。だが冒険者の望みには、出来るだけ応えるのも我が定め。よって我は試練を課した。
試練を果たせば、譲ることは出来ぬが、貸すことは叶うと。
彼女はその試練を見事に果たし、自らの力を証明した。
そして彼女は、悠久なる時の中で唯一、我が秘宝を一時とはいえ所有することを許された。
そして再び月が交差する頃、彼女は約束通り我に秘宝を返却した。
娘が救われた、との礼の言葉と共に」
なのはは呆然としていた。心当たりがありすぎた。
目の前に浮かぶのは十年前、自分が魔導師になったあの事件。
今は親友となったあの子と競い、そして次元の間で元凶を追った日。
そして……親友の目の前で、自らの作り出した次元の間、虚数空間へと消えていったあの人。
フェイトちゃんは言ってた。『すべてを取り戻す』と言い残して、あの人は実の娘の死体を収めたカプセルと共に、虚数空間へ落ちた、と。
私が彼女をその場から救出した時には、もう見えなかったけど。
もちろん、矛盾もある。
プレシアさんはもう少し年上だった。その上体を病んでいて、動くのもつらそうだった。
冒険なんか出来る体じゃなかった。
でも。
彼女なら出来たはず。
私がフェイトちゃんとの決着をつけようと戦ったあの日。
プレシアさんは私がスターライトブレイカーを放って彼女に勝った、その直後に攻撃を掛けてきた。
つまりそれは、彼女があの戦いを見ていたと言うこと。
プレシアさんほどの魔導師なら、私が感覚で組んだ魔法を再現するくらい、たぶん簡単。
もし、あのエルフさん、ビダーシャルさんが言っていた『テスタロッサ』がプレシアさんなら。
スターライトブレイカーを使うのは、不可能じゃないんだ……
でも、なんで?
なんで、『秘宝』を?
なのはは顔を上げ、水の精霊に問い掛けた。
「お聞きします……プレシアさんは何故、あなたの秘宝をほしがったんですか? あなたの秘宝には、どんな力があったんですか?」
水の精霊は、なのはの記憶にあるものより若々しいプレシアの顔で頷いて応えた。
「我が秘宝の名は『アンドバリ』。アンドバリの指輪という。その力は偽りの命を死者に与え、与えたものに従わせる指輪。かつて大いなる者が作り、我にその管理を託したるもの。特別の令無き限り、我が手にあらねばならぬもの」
繋がった。なのはの中で、プレシアと親友の顔が浮かぶ。
プレシアが望んでいたことはただ一つ。実の娘、アリシア・テスタロッサの蘇生。
親友のフェイトは、アリシアの代替として生み出されたクローンだった。
そこから生まれた一連の悲劇には、もう決着が付いている。
だけど。
彼女は死んでいなかった。何故若々しかったのか、その辺は判らない。でも、おそらく……
彼女は乗り越えた。本来の目的地ではなかったかも知れないけど、流れ着いたこの地で、目的としたものを見いだした。
そしておそらく、果たしたのだ。アンドバリの指輪、その力を使い、娘を--アリシアを復活させることに成功したのだ。
その後なにがあったのかは判らない。何故彼女がエルフと戦ったのかなんかまるで判らない。
ひょっとしたらプレシアさんじゃないのかも知れない。
混乱するなのはに、水の精霊が声を掛けた。
「なのはと名乗る者よ。もし詳しいことが知りたいのならば、『始まりの門』へとゆくがよい」
「始まりの門?」
「単なる者の言葉では『聖地』と呼ばれる場所だ」
「聖地……」
「そこにはすべてがある。そなたの知りたいことはすべて得られるであろう」
そして水の精霊は、さっきから口を挟むことも出来なくなっていたルイズ達に向かっていった。
「単なる者よ。古き友を持つものを信じて、貴様らの望み、受け入れよう。水位は元に戻す。貴様らは必ず我が秘宝を取り戻し、我に返すがよい」
「い、いつまでですか?」
必死になってルイズが言葉を振り絞る。
「貴様の寿命が尽きるまでに」
それを聞いて、一気に全員の気が抜けた。
「ず、ずいぶん悠長ね……」
「水の精霊にとって、時間の長短は関係ないのね。私たちが生きてる間なら、そんなにかわりはないって事ね」
「死なない者に時間は無意味」
「でも驚いたわ。ルイズの使い魔って、どこまでコネがあるのよ」
何とか全員が復帰すると、
「では頼んだぞ、単なる者よ、そしてなのはを名乗る者よ」
水の精霊は、そう言い残すと水の中に消えていった。
「なんかとんでもないことになっちゃったわね」
ルイズはため息を一つつくと、なのはに向かって言った。
「ほら、いつまでも呆けてないで、早く服を着たら? それに事情の方は、これからたっぷりと説明してもらうわよ。幸いというかなんというか、もう一晩泊まることになったから、時間はたっぷりあるしね」
なのはは服を着ながら、十年前のPT事件のことをどう説明したものかと、頭を抱えるのであった。
結局のところ、なのははPT事件のあらましをルイズ達に逐一説明することになった。
ルイズ達にして見れば、それはよくできたおとぎ話を聞くのに近かったかも知れない。
事件を説明するのに、なのはの世界の背景を説明する必要がなかったのも大きい。
管理局に関しては多少説明する必要があったが、『世界の治安を維持する軍隊みたいなもの』で充分通じた。
「すごいお話ね。で、なのははその主役をする羽目になったのね」
モンモランシーがわずかな興奮と共に感想を述べる。
「異界の技術、ね。あなたが魔法の解析とか出来るわけ、判ったわ」
「おおっぴらに言わないでよ」
「言うわけないでしょ」
睨むルイズをいなすモンモランシー。
「でもよくよく考えてみると、なのはってある意味、呼ばれるべくしてここに来たのかもね」
キュルケがおもしろいものを見つけたような表情を浮かべて言う。
「どういう意味ですか?」
不思議そうに聞き返すなのはに、キュルケは少し上を見つめ、いろいろなことを思い出しつつ答える。
「ほら、確か始祖の肖像画が、あなたの親友で、今聞いた事件で知り合った人なんでしょ? で、そのお母さんと思われる人物が、死んだ実の娘とここに流れ着いて、で、お母さんは水の精霊の秘宝で娘をよみがえらせたっぽい」
「そしてエルフの宿敵も同じテスタロッサ。本人か、子孫かは判らないけど、無関係の筈がない」
タバサが後を継いで言う。
「使った魔法もなのはのと同じ。この魔法は私たちには使えないっていうのはなのはが言ったこと」
「そうなのよね。こちらの系統魔法使える人には、使えないのよね」
なのははため息をついていった。
「あ、そういえば一つ聞きたいことがあったの」
「なに、なのは」
「『シャイターン』って、どういう意味なんですか?ビダーシャルさんが、私のことをそういってましたけど」
答えたのはタバサだった。
「古い物語で読んだことがある。本来はエルフの言葉で、意味は『悪魔』の筈」
それを聞いたとたん、なのはががっくりと落ち込んだ。文字通り『orz』というポーズになっている。
「どうしたの、なのは」
心配そうにルイズが声を掛ける。なのはは、
「はは……また、言われちゃった」
どことなくうつろな目で、そう返すばかりであった。
「敗れたようだな、ビダーシャル」
ガリアの王は、誰もいない執務室で、そう独りごちた。
エルフは約束を違えない。その彼が今ここにいないと言うことは、結論は一つだった。
そして王は言葉を口にする。自分自身に語りかけるように。
「おもしろい、おもしろすぎるぞ、タカマチナノハ。悪魔と呼ばれる娘よ。そしてそれを呼んだのはおそらく俺と同じ『虚無』の使い手」
そういいつつガリア王ジョゼフは、書斎の本棚の仕掛けを作動させる。この手のものは魔法を使うとデテクトマジックであっさり露見するため、こういう機械式の場合が多い。
ぽっかりと口を開けた隠し通路を通り、彼は目的地……秘密の書斎へとたどり着いた。
本棚の一角に目をやる。そこにはわずかな本しかない。だが、もし知識のあるものが見たら目をむいたであろう。特に敬虔な信徒だったら。
そこにあるのはほとんどが教会から『禁書』『魔書』と言われ、所持することすら禁じられ、発見されたら直ちに焚書されるという曰く付きのものばかりであった。
その中の一冊に目を通す。タイトルに書かれた文字はこう読める。
『プレシア語録』と。
由来は不明、作者も不明なこの書物は、始祖の時代の前後に存在した、プレシアという大賢者の言葉を拾ったものだという。内容は多岐にわたり、この『ハルケギニア』という世界すべてに対して鋭い意見を述べたものだった。
禁書と言われているが、そこに含まれる含蓄は高度にして味わい深く、それどころかジョゼフが無能と言われながらも現実には強い権力を握っている事実の一端を成していた。
彼が情報を重視するのもこの本より学んだことであり、その他いくつもの知恵をここから学んでいる。
何度も読み返したその本を手に取り、敗れたエルフに思いをはせる。そしてその口元が、皮肉な笑みに歪む。
そしてまた、誰もいないこの場に、王の言葉がこぼれる。今はここにいないエルフに語りかけるかのように。
「ビダーシャルよ……おまえはエルフが世界の管理者だと言ったな。この書にもそう書かれている。だがな……」
そこでジョゼフは置きっぱなしになっていたワイン瓶の栓を抜き、中身を不作法にも直接瓶から飲み干す。
元々わずかしか残っていなかった中身は、すぐに空になった。
「同時にこの書にはこうも書かれている。この世は『大いなる者の遊戯場』だと。そう、おまえ達が讃える大いなる者からすれば、ここは単なる遊び場に過ぎないのだとな。だとしたら、俺が遊んではいけないのか? 大いなる者とやら」
ジョゼフの笑い声が、狭い室内に響いていた。
#navi(ゼロと魔砲使い)
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&setpagename(第15話 精霊)
朝。
モンモランシーが朝の支度を調えて階下に降りていくと、いたのはペルスランだけであった。
彼女の朝は早い方でも遅い方でもない。学院での経験からするとタバサとナノハは早起き、ルイズとキュルケは遅い方である。前二人は食事の前に出会ったことがあるが後二人はまず自分より前に席に着いていたためしがない。
なのでタバサくらいは起きているのではないかと思ったが、いささか予想が外れたようだ。
「おはようございます。ほかのみんなはまだですか?」
貴族の中には使用人に挨拶するなど口が穢れると思っているタイプも多いが、モンモランシーはそういう垣根の低い方である。というか貧乏貴族が偉ぶっていたら使用人のなり手がいなくなる。
ましてやここは他国の、王族(=自分より格上)の屋敷で、しかも自分たちはある意味押しかけてきている身である。執事といえどもこちらも礼を持って接するのは当たり前である。
朝の準備をしていたペルスランは、モンモランシーに気がつくと姿勢を改めて完璧な礼をした。
「おはようございます、モンモランシ様。朝餉の時間まではもう少し間がありますのでお待ちください。なにぶんにもこの屋敷には私のほかには雇い人が三人しかおりませぬので」
おそらくは料理人とメイド、後庭師だろうとモンモランシーは思った。この三つの職種がないと、屋敷は維持できない。不名誉印は打たれていても荒れ果てた様子がないのは、最低限の人手はあるということだ。
それでもこれだけの来客を迎えたら人手不足なのは明らかだ。執事が自らテーブルクロスを直しているなど、普通の貴族の屋敷ではあり得ない。
「後ほかの方々はまだ寝ておられます。詳しいことはお嬢様方から聞いた方が早いと思われますが、夜半に少々揉め事があったようでして」
「揉め事?」
「はい。なにがあったか少しでも知りたければ、館を出てまっすぐ裏手の方へいってみてください。何かがあったかはおわかりになると思います。丁度朝餉までのよい時間つぶしにもなると思われますし」
今ひとつ要領を得ない言葉だったが、気になったのでモンモランシーは朝の散歩としゃれ込むことにした。いわれた道を歩いていくと、庭のあちこちに咲いている花が目を楽しませてくれる。
さすがは没落しても王弟家、このくらいの余力はあるということか。
いや、あの執事、ペルスラン殿の実力なのだろう、とモンモランシーは思った。タバサ――シャルロットが学院に留学中で、母親は心を病んでいるというのなら、それ以外には考えられない。
彼女は実家の両親やそれを補佐する使用人のことを考えて、少し頭が痛くなった。
「だからこそあたしが頑張らないといけないんだけどね……ん?」
唐突に視界の先が開けた。そこに違和感を感じたのだ。
この屋敷の造りなら、目に飛び込んでくるのは離宮か裏門の筈である。なのに目に入ったのは。
「な、なによこれ。なんでこんな?」
そこは直径50メイルほどの円形をした砂場であった。よく見ると、砂場との境界に、花壇や家の土台のようなものが見え、支えを失って倒れた柱のようなものまで見える。
そう、まるで一定の範囲内が突然砂に変わってしまったかのような有様だった。
――詳しいことはお嬢様方が聞いた方が
先ほどのペルスランの言葉が脳裏によみがえる。
(タバサ、ルイズ、キュルケ、ナノハ、いったい夜中になにしてたのよあんた達は~っ!)
内心でそんな叫びを上げながら、モンモランシーは今来た道を引き返しはじめた。
来たときの三倍近い速さで。
そして朝食の席で、モンモランシーはなにがあったかを聞かされた。
聞いて目はまん丸、あごはカックンとなってしまったが。
「エルフと喧嘩して、勝ったあっ?」
「まあ、一応、そうなるかしら」
ルイズが何とも微妙な顔で答える。
「事情そのものは私にも判んないのよ。タバサがほら、昨日聞いたいけ好かない王様から、私となのはをそのエルフに会わせろ、っていう任務を押しつけられたらしいんだけど」
「ごめん」
そこに話が及んだとき、タバサが申し訳なさそうに頭を下げる。
「それはいいのよ……逆らえなかったんでしょ? それに結果としたらある意味命令に反抗させちゃったわけだし、あたし達を守ろうとしてくれたわけだし」
「え、それじゃひょっとして、増水の方は口実?」
モンモランシーはそっちのために必要な身の上だったので思わず確認してしまうが、タバサは今度は首を横に振った。
「いいえ、それはそれでちゃんとやらなければならないこと。上が本来必要なこの仕事にかこつけて、ルイズ達をどうにかしようとしただけ」
「あ、一石二鳥な仕事だったのね……あなたも大変ね。こんなやりたくなさそうな仕事押しつけられるなんて」
モンモランシーは心からタバサに同情していた。
「しかたありません。良きにつけ悪しきにつけ、それが組織っていうものだから」
なのはもそういった。言外に気にしないで、という言葉を含ませながら。
「ですがヴァリエール様……あなたの使い魔であるなのは嬢は恐るべきお方ですな。エルフを相手にして打ち勝ってしまうなどとは」
そこにさりげなく言葉を差し込むペルスラン。さすが一流の執事は話題を変えるのも巧みだ。
「ほんとよね。多少は運もあったかも知れないけど、この事は内緒にしていた方がいいわねルイズ」
「当たり前でしょ。いくら使い魔自慢といっても、こんなこと知られたら馬鹿にされるか注目を集めすぎるかのどっちかよ。そりゃあたしだって自慢はしたいけどいくら何でも限度っていうものがあるわ」
すかさずペルスランの言葉に乗ったキュルケにルイズが何とも微妙な表情のまま言葉を返す。自慢だし、自慢したい。だが内容がちょっとまずかった。
その辺の空気を感じて、なのはもちょっと微妙な感じて質問する。
「あの、ご主人様……エルフと戦って勝ったって、そういうものなんですか?」
「そういうものよ」
ばっさりと切り捨てるような豪快さで即答するルイズ。
「なのは、これは覚えておいて。このハルケギニアで、エルフとメイジが戦うときには、相手の十倍の数をそろえるのが常識よ。エルフっていうのはそのくらい強い相手だって認識されているの」
「じゅ、十倍ですか」
さすがになのはも自分のやったことがとんでもないことだと認識できた。
「あたしだってエルフを見たのも、ましてや戦ったのも初めてだけど、伝え聞く話が嘘じゃないのは嫌っていうほどわかったわ。ていうかむしろあれね。自分たちの弱さをごまかしてるほどね」
「五百人のエルフに五千人の軍隊が負けたっていうのは知ってたけど、あの話も話を半分にするべきね。人間の方を」
ルイズとキュルケが、そろって言った。昨日のことを思い出しているのだろう。
「すごいのは判ったわ。何せその舞台があんなになっちゃうくらいだし。エルフってすごいのね……あら?」
モンモランシーがその話題を振ったとたん、何故かほかのみんなが硬直し、一瞬視線がなのはに集まっていた。そのわざとらしさにさすがにモンモランシーにもピンと来るものがあった。
「あのさ、ひょっとして……」
一同が黙り込む。ルイズとなのはあたりは冷や汗がたれているような気がする。
「あの砂場……原因はこっちにあり? 特にナノハあたりに」
「……はい」
観念したようになのはが肯定した。
「相手の守りを打ち破れる魔法を使ったら、その余波というか副作用で」
「そういえばあれはいったい何だったの? 判るのかしら」
モンモランシーにもばれたということでか、キュルケが聞いてくる。
「一応は。あれはご主人様の『爆発』と同じ現象です」
「あたしのあれと?」
ルイズが驚いたように突っ込む。
「はい。ご主人様の爆発は急速な魔力剥奪の反動ですが、私のあの魔法も、似たような現象を引き起こすんです。ただ、ご主人様の場合と違って、私の場合はゆっくりと魔力を分離・集束するんです。ですので爆発はしませんが、魔力を奪われた物質は安定を失って……」
「砂になっちゃう、って訳ね」
ルイズが納得したように頷く。キュルケとタバサも思わず頷いている。が。
「ねえみんな」
一人蚊帳の外だったモンモランシーが、一同をねめつけるかのような凶悪な目つきで睨んでいた。
「なんか随分と突っ込んだ勉強してたみたいね。出来ればあたしにも判るように説明してほしいんだけど」
普段なら気にせず無視するところである。だがこの後に、絶対的に彼女の力を必要とするイベントが待っている。
代表するようにタバサが白旗を揚げた。
「知りたければ教える。でも時間が掛かるしかなり高度」
「それでも。気になったままじゃ精霊との交渉に、落ち着いた心で赴けないわ」
結果午前中がつぶれる羽目になった。
「まとめて報告したら間違いなく特例で学院卒業、そのままお迎えが来るわよ」
「そ、それは気がつかなかったわ……ありがとう、モンモランシー」
なんとかモンモランシーに今までのことを説明し終えた一行が湖畔へと向かう中、モンモランシーは肩をすくめながらルイズに忠告していた。
裕福で身分も高いルイズと違い、モンモランシーはこの先自分の実力と才覚で身を立てなければならない。当然そのための手段は複数模索していた。
もともとモンモランシーは特製の香水を調合できるくらい実践的な技術に長けている。実家の実態なども考えれば、政治ではなく、技術によって領地を支えていくタイプの貴族にならざるをえない。
その辺がルイズとは違う点であった。
ヴァリエール家のような大貴族は、当人がどれほど優れたメイジであっても、実際にその魔力を振るうのは戦争が起きた時くらいであり、それ以外はカリスマ性の一環でしかない。
これはルイズも気がついていないことだが、もしルイズがこのまま系統魔法を使うことが出来ずに最低の成績で学院を卒業した場合、将来待っているのは恥と共に行われる政略結婚ではなく、領内での飼い殺しである。
但し、『飼い殺し』の意味するものはその内容とは大きく違っている。魔法を使えないため、人の上に立つカリスマ性がルイズには大きく欠けることになる。だが、それ以外の能力は、おそらくヴァリエール家の三姉妹の中で、もっとも統治者に向いている。
真面目な努力家で、魔法実技以外はトップクラスの常連なのだから当然ともいえる。
長女のエレオノールは研究者肌の上、性格が激しやすくまた男を寄せ付けない面がある。
次女のカトレアは病弱の上、すでに分家しているため家督を継ぐことは出来ない。
こうなると実質的に公爵の跡を継いで領地を治めることが出来るのはルイズしかいない。
もちろん一番いいのはエレオノールが婿を取ってその人物が統治することである。だが困ったことに釣り合う相手がいない。本来なら王家の次男のような、身分はあっても継承権のいない人物を迎え入れるのがふさわしいのだが、王家も子供は姫一人である。
その上婚約者に婚約破棄されたとなると、もはや結婚は絶望的ともいえる。
結果としてルイズは『魔法の才のない貴族』として領内に留め置かれ、いずれ『公爵家にふさわしい魔法の力を持った』人物を婿として迎え入れたのち、その人物を表に立てて妻として領内の統治を担う、ということになる。
この場合夫に統治の才が必要とされないという点が大きい。それだけ選択肢が広がるということなのだから。
現在婚約中のワルド子爵などはそういう意味で間違いなく最優良の婿になるはずである。
領地は隣で併合も可能、身分は公爵家より低いが実力は折り紙付き。ルイズがこのままならまさに理想の婿である。ルイズの婚約が今でも維持されているのには、こういう深謀遠慮があるのは間違いないであろう。
話を戻すが、こういう事が言えるのはあくまでも裕福な一部の大貴族のみである。モンモランシ家のような経営に失敗している貴族は、領地の維持のためにその魔法を大車輪で使う必要がある。
元々貴族はその魔法の力で君臨している。そのためにはぶっちゃけていえば役に立つ面を見せないと統治が覚束ないことになる。領民に対して魔法の力を還元しないと経営が成り立たない貴族は多かったりする。
必ずしも武力だけというわけではないのだ。
そのためモンモランシーは『役に立つ』魔法の技術を磨くことに余念がない。水系統の魔法は戦闘よりも治療などの支援に向く系統である。自分が作っている香水のように、ある意味化学・薬学に通じる点でも研究は欠かせない。
そういう意味では、モンモランシーはアカデミックな話には造詣も興味もあった。
そんな彼女の前にある意味『魔法の根源に迫る』話題が振られたのである。気にならないわけがない。
そして聞いてみたら……予想を上回るとんでもなさだった。冗談抜きでアカデミークラスだ。しかも架空の理論ではなく、ある意味でそれをタバサが証明してしまっている。
モンモランシーの見たところ、その意味することをきちんと理解しているのはキュルケだけだ。彼女は判っていて黙っている。ゲルマニアという国の性格を考えれば、今は黙っていて、故国で一旗揚げるために役立てようとするのは明白だ。
タバサは明らかにそういう方面には関心がない。彼女にとって魔法は『実用品』だ。
ルイズはこの方面に関しては完璧なまでに世間知らずのお嬢様である。
ナノハはそもそも貴族社会との繋がりがない。
ついでにギーシュは……理解できないのは明らかだった。良くも悪くも彼の思考は女の子にしかない。ついでに実家も軍人気質。タバサと一緒で魔法は実用品だ。
そういった意味で、ナノハが調べまとめた魔法に関する研究の持っている、トリステインにおける危険な側面を理解できた人物は、モンモランシーが初めてであった。
それ故彼女はルイズに忠告した。
「すごい研究ね。あんた、ゼロの癖してとてつもない使い魔引き当てたわね」
言葉に刺はあるものの馬鹿にした様子はない。ルイズも以前とは違い、その違いを見抜けるくらいにはなっていた。
「まあね。ただこうなると自分とのギャップが……」
こんな自虐的な言葉は絶対に言えなかっただろう。モンモランシーもさすがに少し驚いた。
「たいした余裕ね。でもね、今教えてくれたこと、これ、出来るだけ秘密にしておいた方がいいわよ」
「なんで? あたしが自慢する事じゃないけど、すごいと思うけど」
「馬鹿ね。これがまだルイズ、あなたが見いだしたことならそんなこと言わないわ。むしろゼロであるあなたが立身するための武器になるとも言えるわ」
そういわれてルイズも理解した。この研究はルイズではなく、その『使い魔』が成し遂げたことなのだ。
トリステインに限らず、ハルケギニアにおいて使い魔に『人権』などというものはない。なのはの場合普通に扱われているが、あくまでも私的なものだ。その気になったら扱いは平民以下、いや奴隷以下となる。
「まあ実力もあるからそう無体なことはされないと思うけど、ルイズ、あなたこの事がばれたらたぶんアカデミーからスカウトが来て、そのまま飼い殺しにされるわよ」
「うげ」
アカデミーの一言に、ルイズの脳裏に浮かんだのは長姉の姿だった。
そしてモンモランシーの言葉は冒頭に繋がる。ルイズは心底からモンモランシーに感謝した。
「でも、魔力、ね……。いいこと聞いたわ。私もいろいろ思うことはあるから、今までの研究や勉強を見直してみる。ねえルイズ」
「なに、モンモランシー」
「あんたの使い魔に、判らないことがあったら質問とかしに行っていいかしら」
ルイズはなのはの顔を見て、すぐさま答えを返した。
「いいわよ。使い魔じゃなく、なのはってきちんと名前を呼んでくれるのならね。ついでだからタバサ達も習ってるテクニックとか、念話とかについても教えてあげましょうか? どうせほっといてもいずれギーシュから漏れたと思うけど」
ちなみにこれは誤解である。軍人家系のギーシュはああ見えても話すべき事とそうでないことの違いはわきまえている。女に甘い馬鹿ではあっても公私混同はしないタイプだ。
「念話?」
「やって見せた方が早いわね。なのは」
ルイズがそういうと、なのははモンモランシーの手を取った。次の瞬間、
「え、嘘、なにこれ!」
そう叫んだままモンモランシーは黙り込む。覚えのあるキュルケやタバサはにやにやしながらそんなモンモランシーの様子を見守っている。
少ししてなのはが手を離すと同時に、モンモランシーはルイズの方をにらみつけた。
「とんでもない隠し球ね。使い方によってはものすごい武器になるじゃない。それに使い魔を通じてもいけるんですって?」
そういいつつ、腰の袋を開けるモンモランシー。中から鮮やかな黄色に黒い斑点が浮かぶ、小さな蛙が出てきた。
「この子があたしの使い魔、ロビンよ」
「うわ」
一瞬なのはが嫌そうな顔をする。だがそこは大人の余裕で押し込み、そっと蛙に触れる。
ちなみにルイズは見た瞬間後ろを向いた。彼女は蛙が苦手だったのだ。しかも話の流れからして、次に起こることは簡単に予想ができる。そんなモノは見たくなかった。
と、多少の嫌悪感がありつつもなのはが使い魔であるロビンに触れて、フレイムやヴェルダンデにやったのと同じ事をすると、モンモランシーもしっかり狂乱した。
おかげで湖畔に着いたときには、太陽は中天に達していた。
「すっかり遅くなっちゃったわね。これじゃ今日中に学院に帰れないわ。タバサ、もう一泊しても大丈夫かしら」
申し訳なさそうにルイズがタバサに聞く。タバサは表情を変えないまま、首を縦に振りつつ言う。
「それはかまわない。明日休むことになるけど。ただ」
「ただ?」
「明日の夜はフリッグの舞踏会。準備する時間が厳しいかも」
「ああ、それを忘れてたわ!」
キュルケも今になって慌てだした。
「こっちを翌朝出ても、着くのは夕方よね。本当にぎりぎりだわ」
「手遅れ」
淡々と言うタバサを、ルイズとキュルケがにらみつけていた。
ちなみにモンモランシーは使い魔との交信状態に入ったままだ。この辺ギーシュとそっくりだった。
そんなモンモランシーを、ルイズは容赦なく蹴飛ばした。
「ちょっと、そろそろ正気に返ってよ。あなたが頼りなんだから」
「痛いわねルイズ、でもまあいいわ」
とろけきった顔で答えるモンモランシー。ああ、お似合いだったのか、と、今はここにいない男の顔を思い浮かべる残りの面々であった。
「でもまさかロビンと日常会話することも将来は可能だなんて。ギーシュったらこんなことを秘密にしてるだなんて、覚えてなさいよ!」
逆恨みでボコられるギーシュの命運を思って、再び瞑目する一同。
「そうそう、それより本題を済ませないと」
みんなの目つきに気がついたのか、モンモランシーは慌てて取り繕うように言うと、取り出した針で指先をつつき、出てきた血をひとしずく、ロビンに呑ませる。
彼女がロビンに水の精霊を呼んでくるように命じると、ロビンはそのまま湖の中へと飛び込んでいった。
「後は相手がこちらを覚えていてくれれば、姿を見せてくれるはずよ。まあ誓約の水精霊が忘れているはずはないと思うけど、実家が失礼なことをしでかしているから、怒って出てきてくれない可能性はあるわね」
「情けないわねえ」
ルイズか突っ込んだものの、その心配は杞憂だったようであった。程なくして水面があり得ない形に歪み、盛り上がりはじめた。
やがてアメーバーかスライムを思わせるような形で、水面が盛り上がったままになった。その部分は光の反射率が変わるのか、宝石を思わせる七色の輝きに満ちている。
それを確認したモンモランシーが、そちらに向かって声を掛けた。
「私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、古き盟約の一員の家系よ。蛙につけた血に覚えはおありかしら。覚えていたら、私たちに判るやり方と言葉で返事をちょうだい」
するとその言葉に反応するかのように、水の精霊は再びうごめきはじめた。うねるように振動したかと思うと、その一部が天に伸び上がってくる。
やがて一同の目の前に、身長二メイルほどの、七色にきらめく裸のモンモランシーが出現した。
それは見事な芸術品とも言えたが、ルイズ達の第一声は違った。
「ギーシュ、来なくて正解だったわね」
「同感」
「言えてるわね」
「ご主人様、それはかわいそうでは」
なのはすらも口ではそういっていたが、内心が同じなのは表情から丸わかりであった。
人型を取った水の精霊は、しばらくその姿をいろいろ試しているかのようだった。みんなの見ている前で、表情がめまぐるしく変わる。泣き顔、笑い顔、怒り顔など、一連の感情表現の後、無表情になったところで言葉を発した。
「覚えている。単なる者よ。貴様の体を流れる体液を、我は覚えている。貴様に最後にあってから、月が五十一回交差した」
それを聞いて、モンモランシーがほっとしたように力を抜いた。
「水の精霊よ、ここにいるのは我が友。彼女らの言葉は我の言葉、そう思って聞いてほしい」
「了承した、単なる者よ」
モンモランシーは、ルイズ達の方に向き直った。
「これで大丈夫。後は普通に言葉が通じるはずよ」
それを聞いて、タバサが一歩前に出た。
「水の精霊、何故あなたは湖の水を増やしているの? そのせいで湖畔に住む者達が困っている。出来れば止めてほしい」
「それは出来ぬ」
あっさりと水の精霊は言った。
「何故? 水の精霊、きちんと理由を教えて」
そうタバサが言うと、水の精霊は少し静止し、そして言った。
「水を増やすは我が秘宝を取り戻すため。それ以外の意味はない」
「秘宝?」
その言葉にキュルケが反応した。
「そう、我が遙か昔より守り続けてきたもの。それが月が三十ほど交差する前、おまえ達と同じ単なる者によって奪われた。我が水を増やすのはそれを取り戻すため」
「? なんで水を増やすと秘宝が取り戻せるの?」
疑問に思ったルイズが問い掛ける。その答えはルイズの予想を超えていた。
「水は我が体、我が一部。故に我が触れている水が秘宝に触れれば我はそれが判る」
「それってつまり……」
「全世界を水で覆い尽くせば、自ずから秘宝の位置が判る、と」
ルイズの言葉に、なのはが答えた。
「ずいぶん悠長なのね」
「我の時の概念は貴様達とは違う、単なる者よ」
キュルケのツッコミに答える水の精霊。
「我にとって個は全、全は個。時もまた然り、我は常に存在する。一瞬も悠久も、我にとっては等しく単なる時である」
「時間の概念が違いすぎるのね」
なのはがそれを聞いて言った。モンモランシーも続けて言う。
「まとめると水の精霊は二年半前くらいに秘宝を盗まれて、それを取り戻すために水かさを増してるのね。全世界を水没させるまで」
「ほんとに悠長だわ」
呆れたように言うキュルケ。
「でもそれなら」
タバサが水の精霊を見て言った。
「私たちが秘宝を取り返したら、増水を止めてくれるの?」
「もしこの場に秘宝が帰ってくるのなら、それはやぶさかではない」
水の精霊も無表情のまま答える。
「だが増水を止めることは出来ない。そなた達が秘宝を持ち帰るという保証はない」
それを聞いてさすがに困る一同。
その時、なのはが動いた。
「保証は出来ない。不可能かも知れない。でもこの増水のせいで、あなたの言う『単なる者』が大勢困っているの。そのせいであなたに対する敬意を憎悪が上回りかけてる」
水の精霊の視線が、なのはの方を向いた気がした。
「だから約束するわ。私たちがあなたの求める秘宝を探しに行く。この場を動けないあなたの代わりに。だからその間、水位を二年前に戻して。それでは駄目?」
「なのは!」
ルイズがなのはの手を引っ張った。
「水の精霊!」
そして割り込むように叫ぶ。
「つ、使い魔の言動の責任は主人にあるわ! つまり今の言葉は私の言葉。この使い魔はいずれその任務を続行できなくなるわ! だからあたしがそれを受ける。あんたの探している秘宝、我が名にかけて取り返してやるわ!」
「ご主人様……」
なのはがちょっと呆然として言う。
「なのは」
ルイズはなのはのことを睨むと、怒濤のように言葉を浴びせかけた。
「気持ちは判るけど、あんたはいずれあの子のところへ帰らなきゃいけないんでしょ! こんないつまで掛かるか判らない任務を受けるんじゃないの! そういうのは私たち、地元民の仕事よ!」
「……すみません、ご主人様」
素直になのはも頭を下げる。うつむいたその目に水が浮いていたのは気のせいか。
「水の精霊」
その脇でタバサが前に出る。
「彼女の言葉は本当。このまま水が増え続けると、私たちはあなたを討たなければならなくなる。それはどちらにとっても不幸なこと」
「それは確かに不幸だ」
水の精霊も同意したようだった。
「だから信じてほしい。秘宝は私たちが探す。探し出して、あなたに返す。だから、増水を止めてほしい」
水の精霊からの返事はなかった。光が不自然にきらめくところを見ると、長考に入っているのかも知れなかった。
その様子を見て、一同は相談に入った。
「ねね、どうおもう?」
「聞く耳はあるみたいね」
ルイズの疑問にキュルケが答える。
「理解はしているはず」
タバサが冷静に意見を述べる。
「だけど、初対面の私たちを信頼し切れていない」
「家の実家も馬鹿やっているしね」
モンモランシーも肩をすくめた。
「要は私たちのことを理解していただければいいんですよね」
「そうね。キュルケ、たとえばあんたなら私たちにこう言うこと頼んで平気かどうか判るでしょ」
なのはの言葉からルイズはキュルケに微妙な含みのある言葉をぶつける。
「なんか成長したわねルイズ。確かにそれが一番よ」
「だったら簡単な解決方法がありますね」
なのははそういうと立ち上がった。
そのまま湖岸に歩いていき、ぎりぎりの点で立ち止まる。
そして服を脱ぎはじめた。
何事かと思っているうちに、彼女はためらいもなく湖に身を浸しはじめた。
さすがになにをする気なのかが一同の頭にたたき込まれた。
「なのは!」
叫ぶルイズを無視して、なのはは全裸のまま湖の中を泳いでいく。
「うう、冷たい……でも我慢。水の精霊! 今私はあなたに触れているわ! 今のあなたなら、私の心の内などすべて手に取るように判るはず! お願い、私たちを信じて!」
彼女がそう叫んだとたん、突然水面が盛り上がり、なのはは湖岸へとたたき出された。
「なのは!」
「無茶するわね……ほら」
「無謀」
「あっきれた……ルイズ、あんたの使い魔、時々馬鹿ね」
ルイズにひっぱたかれ、キュルケの魔法で体を乾燥させられ、タバサとモンモランシーからはあきれ果てた目で見られているなのはだった。
「水の精霊に触れるっていうのは、命を明け渡すようなものなのよ」
「でもこちらは相手に害意ないですし、水の精霊も私たちを殺す理由なんかはないですから」
平然と答えるなのは。そしてそれにあわせたかのように。
「確かに。なのはと名乗るものよ。そなたの心、確かに受け取った」
水の精霊が、その姿を崩した。そして再び人の姿を取り始める。
「だが意外であった。なのはと名乗る者、そなたがあの者の知り合いであったとは」
水の精霊は、二十代後半と思われる、大人の女性の姿を取っていた。美人だが、それ以上に妙に迫力のある女性であった。そしてその姿を見たとたん、なのはが絶句した。
「なのは?」
ルイズの言葉も耳に入っていないようだ。
一方モンモランシーは、別の点に引っかかって絶句していた。
「嘘、水の精霊が、名前を呼んでる。それに、『そなた』なんて……」
「それがどうかしたの?」
「キュルケ達は知らないでしょうけど、水の精霊って結構傲慢なの。こっちのことは『単なる者』か『貴様』としか呼ばないのよ。名前を呼んだなんて、記録にもないわ。あるのは『名前を呼んでもくれない』っていう記録ばっかりなんだから」
「鍵はあの女性」
タバサはじっと水の精霊となのはを見つめていた。
そして、なのはの口から、言葉がこぼれ落ちた。
「プレシアさん……なの?」
「然り。彼女はプレシア・テスタロッサと名乗った」
水の精霊は、なのはを見つめながら言葉を続けた。
「知りたいのか。ならば教えよう、なのはと名乗る者よ」
ぶんぶんと首を縦に振るなのは。
その姿があまりにも子供っぽくて、ルイズ達もちょっと意外なものを見た気がした。
「それは遙か昔。月が七万回以上交差した昔の話」
七万の言葉に、ルイズ達が仰天した。
「七万回って……」
「五六千年近く前よ。下手すれば始祖の時代だわ」
「しっ、黙って」
モンモランシーがルイズ達の口をふさぐ。
水の精霊は気にもせずに言葉を続けた。
「我の元に、一人の冒険者が訪れた。名をプレシア・テスタロッサと名乗り、我が秘宝を求めてこの地に来た、と語った。
我は秘宝を守るのが定め。冒険者の望みといえども、秘宝を渡すことは出来ぬ。だが冒険者の望みには、出来るだけ応えるのも我が定め。よって我は試練を課した。
試練を果たせば、譲ることは出来ぬが、貸すことは叶うと。
彼女はその試練を見事に果たし、自らの力を証明した。
そして彼女は、悠久なる時の中で唯一、我が秘宝を一時とはいえ所有することを許された。
そして再び月が交差する頃、彼女は約束通り我に秘宝を返却した。
娘が救われた、との礼の言葉と共に」
なのはは呆然としていた。心当たりがありすぎた。
目の前に浮かぶのは十年前、自分が魔導師になったあの事件。
今は親友となったあの子と競い、そして次元の間で元凶を追った日。
そして……親友の目の前で、自らの作り出した次元の間、虚数空間へと消えていったあの人。
フェイトちゃんは言ってた。『すべてを取り戻す』と言い残して、あの人は実の娘の死体を収めたカプセルと共に、虚数空間へ落ちた、と。
私が彼女をその場から救出した時には、もう見えなかったけど。
もちろん、矛盾もある。
プレシアさんはもう少し年上だった。その上体を病んでいて、動くのもつらそうだった。
冒険なんか出来る体じゃなかった。
でも。
彼女なら出来たはず。
私がフェイトちゃんとの決着をつけようと戦ったあの日。
プレシアさんは私がスターライトブレイカーを放って彼女に勝った、その直後に攻撃を掛けてきた。
つまりそれは、彼女があの戦いを見ていたと言うこと。
プレシアさんほどの魔導師なら、私が感覚で組んだ魔法を再現するくらい、たぶん簡単。
もし、あのエルフさん、ビダーシャルさんが言っていた『テスタロッサ』がプレシアさんなら。
スターライトブレイカーを使うのは、不可能じゃないんだ……
でも、なんで?
なんで、『秘宝』を?
なのはは顔を上げ、水の精霊に問い掛けた。
「お聞きします……プレシアさんは何故、あなたの秘宝をほしがったんですか? あなたの秘宝には、どんな力があったんですか?」
水の精霊は、なのはの記憶にあるものより若々しいプレシアの顔で頷いて応えた。
「我が秘宝の名は『アンドバリ』。アンドバリの指輪という。その力は偽りの命を死者に与え、与えたものに従わせる指輪。かつて大いなる者が作り、我にその管理を託したるもの。特別の令無き限り、我が手にあらねばならぬもの」
繋がった。なのはの中で、プレシアと親友の顔が浮かぶ。
プレシアが望んでいたことはただ一つ。実の娘、アリシア・テスタロッサの蘇生。
親友のフェイトは、アリシアの代替として生み出されたクローンだった。
そこから生まれた一連の悲劇には、もう決着が付いている。
だけど。
彼女は死んでいなかった。何故若々しかったのか、その辺は判らない。でも、おそらく……
彼女は乗り越えた。本来の目的地ではなかったかも知れないけど、流れ着いたこの地で、目的としたものを見いだした。
そしておそらく、果たしたのだ。アンドバリの指輪、その力を使い、娘を--アリシアを復活させることに成功したのだ。
その後なにがあったのかは判らない。何故彼女がエルフと戦ったのかなんかまるで判らない。
ひょっとしたらプレシアさんじゃないのかも知れない。
混乱するなのはに、水の精霊が声を掛けた。
「なのはと名乗る者よ。もし詳しいことが知りたいのならば、『始まりの門』へとゆくがよい」
「始まりの門?」
「単なる者の言葉では『聖地』と呼ばれる場所だ」
「聖地……」
「そこにはすべてがある。そなたの知りたいことはすべて得られるであろう」
そして水の精霊は、さっきから口を挟むことも出来なくなっていたルイズ達に向かっていった。
「単なる者よ。古き友を持つものを信じて、貴様らの望み、受け入れよう。水位は元に戻す。貴様らは必ず我が秘宝を取り戻し、我に返すがよい」
「い、いつまでですか?」
必死になってルイズが言葉を振り絞る。
「貴様の寿命が尽きるまでに」
それを聞いて、一気に全員の気が抜けた。
「ず、ずいぶん悠長ね……」
「水の精霊にとって、時間の長短は関係ないのね。私たちが生きてる間なら、そんなにかわりはないって事ね」
「死なない者に時間は無意味」
「でも驚いたわ。ルイズの使い魔って、どこまでコネがあるのよ」
何とか全員が復帰すると、
「では頼んだぞ、単なる者よ、そしてなのはを名乗る者よ」
水の精霊は、そう言い残すと水の中に消えていった。
「なんかとんでもないことになっちゃったわね」
ルイズはため息を一つつくと、なのはに向かって言った。
「ほら、いつまでも呆けてないで、早く服を着たら? それに事情の方は、これからたっぷりと説明してもらうわよ。幸いというかなんというか、もう一晩泊まることになったから、時間はたっぷりあるしね」
なのはは服を着ながら、十年前のPT事件のことをどう説明したものかと、頭を抱えるのであった。
結局のところ、なのははPT事件のあらましをルイズ達に逐一説明することになった。
ルイズ達にして見れば、それはよくできたおとぎ話を聞くのに近かったかも知れない。
事件を説明するのに、なのはの世界の背景を説明する必要がなかったのも大きい。
管理局に関しては多少説明する必要があったが、『世界の治安を維持する軍隊みたいなもの』で充分通じた。
「すごいお話ね。で、なのははその主役をする羽目になったのね」
モンモランシーがわずかな興奮と共に感想を述べる。
「異界の技術、ね。あなたが魔法の解析とか出来るわけ、判ったわ」
「おおっぴらに言わないでよ」
「言うわけないでしょ」
睨むルイズをいなすモンモランシー。
「でもよくよく考えてみると、なのはってある意味、呼ばれるべくしてここに来たのかもね」
キュルケがおもしろいものを見つけたような表情を浮かべて言う。
「どういう意味ですか?」
不思議そうに聞き返すなのはに、キュルケは少し上を見つめ、いろいろなことを思い出しつつ答える。
「ほら、確か始祖の肖像画が、あなたの親友で、今聞いた事件で知り合った人なんでしょ? で、そのお母さんと思われる人物が、死んだ実の娘とここに流れ着いて、で、お母さんは水の精霊の秘宝で娘をよみがえらせたっぽい」
「そしてエルフの宿敵も同じテスタロッサ。本人か、子孫かは判らないけど、無関係の筈がない」
タバサが後を継いで言う。
「使った魔法もなのはのと同じ。この魔法は私たちには使えないっていうのはなのはが言ったこと」
「そうなのよね。こちらの系統魔法使える人には、使えないのよね」
なのははため息をついていった。
「あ、そういえば一つ聞きたいことがあったの」
「なに、なのは」
「『シャイターン』って、どういう意味なんですか?ビダーシャルさんが、私のことをそういってましたけど」
答えたのはタバサだった。
「古い物語で読んだことがある。本来はエルフの言葉で、意味は『悪魔』の筈」
それを聞いたとたん、なのはががっくりと落ち込んだ。文字通り『orz』というポーズになっている。
「どうしたの、なのは」
心配そうにルイズが声を掛ける。なのはは、
「はは……また、言われちゃった」
どことなくうつろな目で、そう返すばかりであった。
「敗れたようだな、ビダーシャル」
ガリアの王は、誰もいない執務室で、そう独りごちた。
エルフは約束を違えない。その彼が今ここにいないと言うことは、結論は一つだった。
そして王は言葉を口にする。自分自身に語りかけるように。
「おもしろい、おもしろすぎるぞ、タカマチナノハ。悪魔と呼ばれる娘よ。そしてそれを呼んだのはおそらく俺と同じ『虚無』の使い手」
そういいつつガリア王ジョゼフは、書斎の本棚の仕掛けを作動させる。この手のものは魔法を使うとディテクトマジックであっさり露見するため、こういう機械式の場合が多い。
ぽっかりと口を開けた隠し通路を通り、彼は目的地……秘密の書斎へとたどり着いた。
本棚の一角に目をやる。そこにはわずかな本しかない。だが、もし知識のあるものが見たら目をむいたであろう。特に敬虔な信徒だったら。
そこにあるのはほとんどが教会から『禁書』『魔書』と言われ、所持することすら禁じられ、発見されたら直ちに焚書されるという曰く付きのものばかりであった。
その中の一冊に目を通す。タイトルに書かれた文字はこう読める。
『プレシア語録』と。
由来は不明、作者も不明なこの書物は、始祖の時代の前後に存在した、プレシアという大賢者の言葉を拾ったものだという。内容は多岐にわたり、この『ハルケギニア』という世界すべてに対して鋭い意見を述べたものだった。
禁書と言われているが、そこに含まれる含蓄は高度にして味わい深く、それどころかジョゼフが無能と言われながらも現実には強い権力を握っている事実の一端を成していた。
彼が情報を重視するのもこの本より学んだことであり、その他いくつもの知恵をここから学んでいる。
何度も読み返したその本を手に取り、敗れたエルフに思いをはせる。そしてその口元が、皮肉な笑みに歪む。
そしてまた、誰もいないこの場に、王の言葉がこぼれる。今はここにいないエルフに語りかけるかのように。
「ビダーシャルよ……おまえはエルフが世界の管理者だと言ったな。この書にもそう書かれている。だがな……」
そこでジョゼフは置きっぱなしになっていたワイン瓶の栓を抜き、中身を不作法にも直接瓶から飲み干す。
元々わずかしか残っていなかった中身は、すぐに空になった。
「同時にこの書にはこうも書かれている。この世は『大いなる者の遊戯場』だと。そう、おまえ達が讃える大いなる者からすれば、ここは単なる遊び場に過ぎないのだとな。だとしたら、俺が遊んではいけないのか? 大いなる者とやら」
ジョゼフの笑い声が、狭い室内に響いていた。
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