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#navi(ゼロな提督)
ハルケギニアを、今日も朝日が照らし出す。
いつもと同じようにゆっくり顔を出す太陽。森には早起きな鳥たちの歌声。朝靄は木の
葉の上で雫へと変わっていく。生々流転する世の理は変わらならい。
だが、『歴史は繰り返す』という言葉はあるが、実際には一日たりとも同じ事をしていな
い人間達。今日も今日とていつもと違う事をしようと頑張っていた。
特にトリステイン上空では頑張りすぎてる人たちがいた。
第22話 嵐の前後
ウルの月、第四週ティワズ、イングの曜日。
ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世と、トリステイン王女アンリエッタの結婚式は、ゲル
マニアの首府、ヴィンドボナで行われる運びであった。式の日取りは、来月…、三日後の
ニューイの月の一日に行われる。
そして本日、トリステイン艦隊旗艦の『メルカトール』号は新生アルビオン政府の客を
迎えるために、艦隊を率いてラ・ロシェールの上空に停泊していた。
後甲板では、艦隊司令長官のラ・ラメー伯爵が、国賓を迎えるために正装して居住まい
を正している。その隣には、艦長のフェヴィスが口ひげをいじっていた。
アルビオン艦隊は、約束の刻限をとうに過ぎている。
「やつらは遅いではないか、艦長」
イライラしたような様子で、ラ・ラメーは呟いた。
「自らの王を手にかけたアルビオンの犬共は、犬共なりに着飾っているのでしょうな」
そうアルビオン嫌いの艦長が呟くと、鐘楼に登った見張りの水平が、大声で艦隊の接近
を告げた。
「右上方より、艦隊!」
なるほどそちらを見やると、雲と見まごうばかりの巨艦を戦闘に、アルビオン艦隊が静
静と降下してくるところであった。
「ふむ、あれがアルビオンの『ロイヤル・ソヴリン』級か…」
感極まった声で、ラ・ラメーが呟いた。あの艦隊が、姫と皇帝の結婚式に出席する大使
を乗せているはずであった。
アルビオン艦隊旗艦『レキシントン』号の後甲板で、艦長のボーウッドは、左舷の向こ
うのトリステイン艦隊を見つめていた。隣では、艦隊司令長官及び貴族議会議員である政
治家サー・ジョンストンの姿が見える。
「艦長…」
心配そうな声で、ジョンストンは傍らのボーウッドに話しかけた。
「サー?」
「例の仕込みは、どうなっているかね?」
「ああ、あれでしたら…」
つまらなそうに答えるボーウッドは、無意識に『ホバート』号へと視線を向けた。
艦隊最後尾の旧型艦『ホバート』号内部では、準備に忙しかった。
乗組員達が脱出用ボートに『フライ』をかけ、総員脱出の準備をしている。艦の各所で
火薬樽への点火も用意されていた。
「連中がこちらの礼砲に答えるのに合わせ、自爆と脱出が行えます。その後、速やかに砲
撃戦へと移行します…予定通りなら、ですが」
「…そうだね。当初の予定通りに行くなら、だがね」
二人は左舷下方に列をなすトリステイン艦隊を見やる。
事前の情報通り、トリステインの艦艇数はアルビオン艦隊の半分しかない。最新鋭の巨
艦『レキシントン』号に比べれば、どれも旧型で小さく、大砲の射程も短い。
彼等の当初の予定は、トリステイン艦隊の答砲と共に『ホバート』号を自爆させ、トリ
ステイン側の実弾による砲撃を自作自演すること。これを口実としてトリステインへ奇襲
をかける、というものだ
両艦隊は高度を揃え、並走する形になった。
「とにかく、まずは旗流信号を送りましょう」
ボーウッドの言葉を控えた士官が復唱し、マストに旗流信号が掲げられる。
ほどなくして、『メルカトール』号のマストにも旗流信号が掲げられた。
『貴艦隊ノ来訪ヲ心ヨリ歓迎ス。トリステイン艦隊司令長官』
特に独創性も怪しい点もない、普通の返信だ。
ボーウッドは緊張した面持ちで次の指示を出した。
「よし、礼砲だ!準備でき次第、撃ち方始め!」
どん! どん! どん! とアルビオン艦隊から大砲が放たれた。
空砲ではあるが、巨艦『レキシントン』号が撃っただけで、辺りの空気が震える。
しばらくして、空の向こうから、轟音が轟いてきた。
トリステイン艦隊の答砲は、『レキシントン』号後甲板にも聞こえている。
『ホバート』号乗員は火種に火をつけた。
だが、サー・ジョンストンもボーウッドも、何も言わなかった。
トリステイン艦隊へ奇襲をかけるなら、砲撃戦を準備しなければならない。だが、二人
とも、その命は下さなかった。艦隊最後尾の『ホバート』号は既に火の手が上がってる。
計画では、そのまま艦内の火薬にも火を放ち、自沈するはずだ。
しかし他のアルビオン艦は、全く動かなかった。火をあげている当の『ホバート』号で
すら、火薬庫に火を放っていなかった。
「艦長…今のは?」
クロムウェルの腰巾着と陰口を叩かれる政治家は、信じられないという様子だ。
「答砲、ですな」
ボーウッドは、落ち着いていた。
だがその冷静さが質問者の神経に障った。
「答砲なのは分かっている!だが、今のは…」
「ええ、14発分の音でしたな。左舷に並ぶトリステイン艦隊は、7発しか撃っていない
にも関わらず」
「だから、そんなことは分かってるんだ!しかし、最上級の貴族でも11発しか撃たない
んだ!しかも、後半七発の音は…」
「我らアルビオン艦隊の、右舷上方から、でしたな」
艦長はヒョイと右側を見た。
艦隊司令長官も、ギギギ…と音を立てるかのようにぎこちなく右へ向く。
アルビオン艦隊右舷、上空の雲の中から、戦列艦が降下してきていた。
艦列中、一番大きな艦の舷側大砲から7本の煙が上がっている。答砲7発分だ。
数はトリステイン艦隊とほぼ同数。
いまだ黒い煙が消えきらない艦のマストに旗流信号が掲げられる。
ボーウッドは、その内容を淡々と読み上げた。
「貴艦隊の来訪を心より歓迎す。ゲルマニア艦隊司令長官」
更に続けてもう一本の旗流信号も掲げられた。
「貴艦隊最後尾艦より火災発生。事故と確認。当方、救助の準備在り」
ゲルマニア艦隊の甲板上では、確かに救命ボートが準備されていた。
だが同時に、全艦艇の舷側は砲口が開かれ、大砲がアルビオン艦隊に向けられていた。
左舷ではいつのまにか、トリステイン艦隊も同じく砲門を向けている。
アルビオン艦隊司令長官は、力が抜けたかのように椅子へドスッと腰掛けた。
「ゲルマニア艦隊が…同盟国だが、条約締結したばかり…しかも他国領土内を堂々と…。
やはり、読まれていたな」
「そのようですな、作戦は失敗です。『ホバート』号へ消火指示を出します。『救助不要、
自力消火可能』とだけ返答しておきましょう。それで納得するはずです」
ボーウッドは全くの事務的な態度で周囲の士官に作戦中止と消火命令を下した。
ゲルマニア艦隊旗艦の後甲板では、角付き鉄兜にカイゼル髯の貴族が、悔しそうにアル
ビオン艦隊を睨んでいる。
「くそ…我らが答砲などしなければ、あのまま奴等は砲撃戦に入ったろうに!アルビオン
艦隊を壊滅させる千載一遇のチャンスを、むざむざと!」
隣に立つ恰幅の良い貴族も忌々しげに同意した。
「全くですな!いくら婚儀を血で穢すわけにはいかないとはいえ…口惜しい。命令ではや
むを得ないですが…!」
二人とも拳を握りしめ、逃がした大戦果と手に入れ得たはずの立身出世を力の限りに惜
しんだ。
右舷上方より降下してきたゲルマニア艦隊はアルビオン艦隊の右側に高度を揃えて並走
を始めた。
その様子に、ボーウッド艦長は嬉しげに頷く。
「事前に『トリステインが奇襲を見抜いている』という情報が来て無ければ、我らは両艦
隊に挟撃され敗北していました。作戦は失敗ですが、同時に全滅の危機も回避しました」
腰巾着の艦隊司令長官は肩を落として、だが重責から解放されて安心したように何度も
頷く。
「そして我が国は、『卑劣な条約破りの国』という悪名を轟かさずに済んだのです」
アルビオン親善艦隊は左のトリステイン艦隊と右のゲルマニア艦隊に挟まれるようにし
て、朝日に照らされたラ・ロシェール港、丘の上にある世界樹の枯れ木へと降下を開始し
た。
ヤンの献策に始まり、マチルダのもたらした情報により備えられた迎撃体勢。そしてワ
ルドからの情報漏洩による奇襲作戦中止。
平民と泥棒と裏切り者により今日のハルケギニアは平和を守られた、という事実が歴史
書に載る事はない。
その頃、トリステイン学院でも朝日が校舎を照らしている。
だが、ほとんどの者は既に起床していた。学院で働く下男やメイド、コック達が日の出
前から起きているのはいつものこと。加えて今日は学生も教師も多くが起き出している。
明日の朝には学院の多くの貴族達が婚礼の儀へ出席するためヴィンドボナへ出立する。だ
から朝から準備に余念がない。
驚くべき事にルイズの使い魔も、デルフリンガーに起こされる前に目が覚めていた。た
だし、グータラ執事が勤勉に目覚めたとか、年をとったので朝が早くなったとか言う理由
ではなかったが。
「あのさ…ルイズ?」
ヤンに名を呼ばれても、ルイズはすやすやと寝息を立てていた。
「こら、ルイズ」
プニプニとほっぺたをつついてみる。だけど彼女は、むぅ~…と不満げな声を漏らして
ますます丸まってしまう。
ヤンは主の左耳をキュ~ッと引っ張った。
「 ・ ・ ・・・、…?…ちょっと、ヤン。何してんのよ」
ようやく目覚めたルイズが、目の前の執事に文句をつける。
「それはこっちのセリフだよ。何故に君が僕の布団の中にいるんだい?」
ヤンは呆れて見ていた。自分の布団の中で丸まっている主を。
ついさっき、寝ていた自分から掛け布団を奪い取ってくれた少女を。
ヤンはルイズのベッドの横に布団を敷いて寝ていた。布団といっても厚手の毛布を二枚
敷いただけだが。もちろん昨夜も布団をかぶって眠りについた。ルイズだってベッドで寝
ていた。
が、何故か今朝は掛け布団を失い、クシャミと共に寒い思いで目が覚めた。自分の布団
はどこに行ったかと左を見れば、ルイズが自分の布団の中で、小さく丸まり寝ている。幸
せそうな顔をヤンに向けて、彼の左腕を枕にして。
そして今、二人はおでこがひっつきそうな距離で向かい合っていた。
鳶色の目をパチクリさせて、え~っと…と呟く。だが答えは出てこない。
「…何故かしら?」
「目撃者に聞いてみようか」
ちらりと壁に立てかけられたデルフリンガーを見る。ヒョコッと鞘から飛び出して、朝
日に刃を煌めかせた。
「俺っちも声かけたんだけどよ。トイレから戻ってきてヤンの布団に入り込んで、そのま
まグーグー寝ちまって、全然起きなかったんだよ」
ふ~ん、という感じで聞いていたルイズは、目の前のヤンに視線を戻す。
「で、そのまま寝てたら、寝ぼけて布団をとっちゃったみたいね」
「そのようだね。じゃ、返してくれるかい?」
「もちろん。どーぞ」
といってルイズはヤンの体に、ふぁさっと掛け布団をかけ直した。半分だけ。
残り半分は、相変わらず自分が被ったままだ。
おまけに身体をヤンにすり寄せてくる。
「おいおい、ルイズ…」
「起きるのも面倒だもん。もうちょっとくらい良いでしょ?」
「ダーメ。またマチルダに怒られたら困るからね」
ヤンは左腕をヒョイと引き抜く。とたんにルイズの頭がポテッと落ちた。
むっくりと上半身を起こし、両腕を天に向けてウーンと伸びをする。
「ぶー。ケチんぼ」
ちょっと頬を膨らませたルイズも渋々布団から顔を出す。
二人が起き出したのを見て、デルフリンガーも元気にカチカチつばを鳴らした。
「ま、そろそろ起きとけよ!今日はノンビリ寝てられねーんだろ?」
「そういえばそうだったわね。んじゃ、起きましょっか!」
掛け布団を跳ね飛ばし、ルイズは元気に飛び上がった。
一気に脱ぎはなったネグリジェもフワフワと宙に舞う。
二人が寮塔を出ると、学院玄関に何台かの馬車が並んでいるのが見えた。御者や執事や
メイド風の人たちが、大きなバッグやトランクを積み込んでいる。
食堂ではいつものように朝食の準備が進んでいた。ただ違うのは、早朝にもかかわらず
食堂周囲に貴族達が姿を見せていた事だろう。そして何人かは新調したドレスやマントを
身にまとい、盛んに自慢し合い褒めあっていた。
「みんな明日にはヴィンドボナへ出発なんだね」
ヤンの言葉に背中の長剣もツバを鳴らす。
「まったく、よっぽど楽しみなんだなぁ。こんな朝から一張羅を着て歩き回るたぁよ!」
ルイズはヤレヤレという感じで肩をすくめる。
「当然でしょ?姫さまの婚儀に出席出来るのは貴族の誉れよ。それに出席出来る学院の生
徒は、みんな名のある貴族だもの。気合いも入るわよ」
「ゲルマニア旅行も出来るしねぇ!」
そういうヤンも、みるからにワクワクしている。ゲルマニアを見れるのを遠足前の子供
のように楽しみにしていた。
「そーゆー事!特に私とヤンはゲルマニアの偵察も兼ねてるんだからね!浮かれてんじゃ
ないわよ!?」
「おいおい娘ッコよぉ。そんな任務は受けてねーだろ?」
「何言ってンの!このルイズ様ともあろうものが、お気楽に旅行なんか・・・」
そんな話をしながら、二人と長剣は食堂に入っていった。
二人が朝食から戻ってくると、荷物を持ったキュルケが向かいの部屋から出てくるとこ
ろだった。
朝食から戻ってきた二人を見つけ、にこやかに笑顔を向けた。
「あっらー、珍しく二人とも早いじゃないのぉ」
「お早う、キュルケ…もしかして、もう出発するの?」
ルイズはキュルケの旅装と大荷物に目を向ける。
「ええ。トリステイン貴族は結婚式に出るだけだから、お姫さまと一緒にいくでしょうけ
ど、あたしはもともとゲルマニア貴族だもの。一度実家に顔を出してからになるわ」
「ああ、なるほどね」
納得と頷くルイズの横で、ヤンが周囲を見回した。デルフリンガーがヒョコッと鞘から
飛び出す。
「ん~、ヤンよ。誰か探してるのか?」
「いや、タバサさんを見ないな、と思ってね」
扉に鍵をかけ、荷物に『レビテーション』をかけながらキュルケが答えた。
「ああタバサなら、またどこかいっちゃったわよ。じゃ、ヴィンドボナで会いましょ!」
「オーケー、またねー」「はい、それでは良い旅を」「ねーちゃん、またなー」
キュルケはヤンに投げキッスをして、荷物をフワフワ浮かしながら出て行った。
本塔最上階、学院長室ではロングビルがメモを読み上げていた。
「・・・というわけでして、明日からは一週間、学院は休校となります。式の予定は以下
の通りです。
学院生徒と教員は今日夕方から明日早朝にかけて、順次出発します。迎えの馬車は学院
正門外に停留所を設けておきましたので、そちらに誘導して停めて頂くよう下男達には伝
えてあります。
明日の昼前、大聖堂にて大司教が出立の儀を執り行います。まず陛下が城で詔を述べた
後、サン・レミ聖堂まで行進。そこで大司教が旅の安全と婚儀の祝福を、アンリエッタ姫
とベアトリス殿下へ捧げられます。聖堂や城のホールも席に限りがありますので、これに
出席するのは要人のみですわ。
その後、トリスタニアを馬車にてパレードです。主立った貴族も連れての大行列ですわ
ね。三日間のヴィンドボナまでの道中、ずっとお祭り騒ぎが続く事でしょう。
最後に、ヴィンドボナにて正式な婚儀が執り行われます。この婚儀が終わり次第、オー
ルド・オスマン始め学院生徒はほとんどが学院に戻ります。ミス・ツェルプストーは実家
によるので遅れるとの事です」
「ん、では荷物の準備をお願いするぞい」
「承知致しました。では出発前に、こちらの書類全部にサインをしておいてください」
ロングビルは書類の束を机の上に置いた。
デスクでは学院長が髯を撫でながら秘書の報告と予定を聞いていた。
杖を取り出し書類の上を滑らせ、魔法でサインをしていく。
どすっ
突然ロングビルの足下から鈍い音が響いた。とたんにハツカネズミがちゅうちゅうと悲
鳴を上げて逃げていく。
「相変わらずですわね、学院長」
秘書は物腰柔らかく、床にめり込みそうなヒールをゆっくり元の位置に戻した。
オスマン氏は溜め息をついた。深く、苦悩が刻まれた溜め息であった。
「下着を覗かれたくらいでカッカしなさんな。はぁ~、昔はお尻を撫でても怒らなかった
のにのぉ」
「昔は昔です。今、私の下着を見たりお尻を撫でたりして良いのは、ヤンだけです」
どこまでも冷静な声で、ミス・ロングビルが言った。
オスマン氏の口からは、あうあうと無様な声なき声が漏れる。
そして、やっとのことで言葉が紡がれた。
「人妻も、ええのぉ」
ロングビルは、無表情なまま机を回り込み、オスマンの横立ち、すぅ…と足を肩幅に開
いて腰を落とす。
バキッ!
「それでは、私は学院長の荷物を揃えて参ります。早く起きて全部の書類にサインして下
さいな」
ロングビルは稲妻のごとき右正拳突きを食らい机に突っ伏したオスマンを残し、学院長
室を出て行った。
アルヴィーズの食堂での朝食が終わり、後片付けも終わろうかという頃、洗った食器を
棚に戻し終えたシエスタがマルトーの前に駆けてきた。
「それじゃ、そろそろミス・ヴァリエールの方に行ってきますね」
「おー、ご苦労さん。いつも悪いなぁ、もう学院のメイドじゃねえのに」
「いいんですよ。お昼にはまた来ますから」
ペコッと頭を下げて厨房を出ようとしたシエスタの腕を、後ろからほかのメイドが捕ま
えた。
「キャッ・・・て、ローラ。いきなり何よ」
「ちょっと!こっち来て、こっち!」
そういってローラは金髪を揺らしながらスズリの広場へ彼女を引っ張っていった。
スズリの広場、女子使用人宿舎裏では、他のメイド数名が待っていた。
「あらやだ、ドミニックにカミーユも。こんな所でどうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ!」
そう叫ぶや、メイド達はシエスタを取り囲む。突然のきな臭い雰囲気に、そばかすが魅
力的な頬に思わず汗が流れてしまう。
ローラが腰に手を当てて、シエスタにズズィと詰め寄った。
「シエスタ、あんた、あの秘書のこと、聞いたぁ?」
「…秘書のことって、もしかして、ミス・ロングビルとヤンさんとの事?」
「そーよ!あの人、アルビオンから帰ってきたら、もう、ヤンさんの女房気取りよ!信じ
られないわ、シエスタを差し置いて!」
ローラは腕組みして、顔を赤くしてプンプン怒り出す。
そして他のメイド達も、口々に学院長秘書と使い間執事の関係について噂話を並べ立て
始める。
「今朝、学院長室の前で聞いちゃったのよ。ミス・ロングビルが『私のお尻を撫でていい
のはヤンだけ』って言ってるの!」
「ほんとに信じられないわよ!淑女の慎みとやらはどこ行ったのかしらね!?」
「ヤンさんもヤンさんよ!あれだけシエスタの世話になったくせに、恩知らずにもほどが
あるわ!」
「やっぱり、あれかしら?ミス・ロングビルって上品ぶってるだけで、ホントは、人に言
えない様な…」
「きっとそうよ!でなきゃ、あのセクハラじじいの秘書なんかやってるハズないもの!」
メイド達の噂話と恋話とどまるところを知らない。
どこの世界でも他人の恋愛事は最高の娯楽。オマケに三角関係、可愛いメイドと美しき
メイジが一人の男性を奪い合うという、ある種禁断のストーリー。しかも見た目の平凡さ
とは裏腹に、異国から召喚されて二ヶ月足らずで富豪になり、枢機卿の覚えも目出度き平
民の高級軍人を。
そして若い女の子達が、こんな面白そうな話を聞き逃すはずもない。
寄宿舎の中にいたり、食堂から戻ってきたメイド達が、次々と使用人宿舎裏へ呼び寄せ
られたかのようにワラワラと集まってくる。一体、彼等の耳はどんな性能を有しているの
かと不思議になるくらいだ。
「ほーっんとヤンさんって、ああ見えて女にだらしないのよね~」
「そーよそ-よ!シエスタの気持ち、分かってるクセに。ちょっと美人に言い寄られたく
らいでさぁ」
「確かにミス・ロングビルが美人なのは認めるけど、メイジと平民よ!?弄ばれてるって
分かんないかねぇ。いずれ飽きられて、呪いでもかけられてポイッとゴミみたいに捨てら
れちゃうわ」
「真面目そうに見えても、所詮は男よ。いやむしろ、真面目だからこそコロッと騙される
のだわ!」
メイド達は、話の中心にいたはずのシエスタをほったらかして、てんで勝手に憶測を飛
ばしあい、ウンウンと頷いている。
そこで急に一人のメイドが声を上げた。
「あ、そーいえば、アルビオンから帰ってきてからのミス・ヴァリエール!見たかい、あ
の有様!」
その言葉に、女性達はさらに目の色を変えて食い付きだす。
「あー!見たわよ見たわよ!もう、ヤンにベッタリじゃないの!堂々と手を繋いで歩いて
たわ。信じられないわよ、他の貴族達まで目をひんむいてたわ」
「まさか、ヤンって、そっち系の趣味が…」
「いや、それは違うんじゃないかなぁ?ほら、ミス・ヴァリエールっていつも『ゼロ』て
呼ばれて他の貴族にバカにされてたじゃないか。いっつも一人だったし。
ヤンが召喚されたばかりの頃、食堂でつるし上げ喰らってたじゃない。もう他の貴族が
信じられないんじゃないかな」
「あー、分かる分かる!独りぼっちで寂しかった所に、いきなり優しい男がくれば、もう
イチコロよね?ゼロってバカにしたりしないし」
「え~?でもぉ~?あれってどっちかと言うとぉ、パパに甘える意地っ張りで寂しン坊な
娘って感じじゃない?」
「甘い!しょせん男は狼、ヤンだって見た目は抜けてても中身は同じさ」
「そーそー!あんなペッタンコなちびっ子でも、いつも一緒にいれば、情も移っちゃうわ
よ!
そして双月が照らす部屋の中、楽しくおしゃべりしていた二人は急に黙り込む。
見つめ合う男と少女、ピンクの髪が妖しく揺れる。
男の息づかいが少しずつ早く、荒くなり、少女は何かに引き寄せられるように男の傍へ
と…」
カミーユが語るピンクの妄想に、周りのメイド達もグググ…と前のめりになって頭を寄
せ合う。だんだんと小声になる艶っぽい話を聞き逃すまいと、皆押し黙り固唾を飲んで聞
き入っている。
「もう!みんな何言ってるのよ!いい加減にしてよ!」
話の中心人物でありながら、話の輪から放り出されたシエスタが強引に割って入った。
が、そのくらいで話を止めるほど同僚達は甘くなかった。
「何言ってるのよ!これはあんたにとっても重要な話なのよ!?」
「そーよ!このまんまじゃヤンさん盗られちゃうんだから!あんた、それでいいの!?」
「三角関係ならまだしも、四角関係だなんて!面白すぎ…じゃない、シエスタはライバル
が多すぎるって話なんだから」
逆に詰め寄られて、シエスタはタジタジ。
このままでは延々と『メイドと執事の純愛に横槍を入れる秘書』『一人の男性を奪い合う
3人の女』という、トリスタニアのタニアリージュ・ロワイヤル座辺りで上演されていそ
うな筋書きに付き合わされてしまう。
彼女は適当な理由を付けて、この場を退散する事にした。
「もう!付き合ってられないわ。私はこれからミス・ヴァリエールの所でゲルマニア行の
準備をしなきゃいけないんだから」
といってプイと背を向けた。
シエスタの言葉に、ローラがふと考え込む。
「ねぇ、あんたって今はヴァリエール家のメイドだから、ヤンさん達と一緒にゲルマニア
へ行くのよね?」
「そうよ!その準備で今日は忙しいの!」
と言って寮塔へ向け、スタスタ歩き出す
彼女の背後からは「頑張りなよー!部屋でヤンに押し倒してもらいなさいよー!」とか、
「ゲルマニア行きの間がチャンス!あの秘書さんがいない間にアタックよ!」とか、声援
というか応援というか、勝手な期待と要望が飛んでくる。
寮塔へ向かいつつ、シエスタの口から独り言が漏れる。
「…言われるまでもないんだから!ゲルマニアでは見てなさいよ、今度はあたしのターン
よ!!」
右拳が固く握りしめられていた。
その頃、最近のメイド達の話題を独占する人物となっていたヤンは、珍しく図書館では
なく教室にいた。教室の後ろに立ち、コルベールの魔法の授業を見学している。火の色と
温度の相関関係について語るコルベールの話を興味深そうに聞いている。魔法も使えない
のに授業に出ている平民の姿に、生徒たちもチラチラと好奇と不快が入り混じる視線を向
ける。
太った少年がルイズの背中をチョンチョンとつついた。
「おい、おいルイズ」
「何よ、マリコヌル」
ヒソヒソ囁くガラガラ声に、ルイズはジロッと肩越しに振り向く。
「あの平民、なんで授業に来てるんだ?」
「魔法の勉強をしに来てるのよ」
「だから、なんでだよ。平民なのに」
「決まってるじゃない。魔法について詳しく知らなきゃならないからよ」
「魔法も使えないのにか?」
二人の囁き声に、周囲の生徒達も聞き耳を立て始める。
「あたし達、枢機卿に軍略を示したり、お姫様の相談に乗るんだもの。父さまなんかヤン
をヴァリエール家のお抱え学者にしようかってくらいよ」
「なっ!その噂、マジだったのかよ」
思わず驚きの声を上げてしまうマリコルヌ。周りの生徒もさわさわとざわめきはじめて
しまう。
「マジよ。だからヤンも戦争とかで使う魔法は詳しく学ばなきゃいけないの。特に火の魔
法は」
コンコンコン
コルベールが杖で机を叩いた。
「もしもし、ミス・ヴァリエールにミスタ・グランドプレ。他の生徒も授業中は静かに願
います」
頭髪の薄い教師に名指しされ、二人とも慌てて口を閉じる。
さらにコルベールは教室の生徒達に向けて語り出した。
「それと、ここは学校です。学問を修めたいという者を拒むような事はあってはなりませ
ん。それが平民であっても、です。学びたい、知識を得たいと望む事は実に貴重で尊い事
です。それがいかなる知識であろうとも、決して無駄になる事はないのです。
ですから、ミスタ・ヤンが魔法を学びたいと言うのであれば、私は心から歓迎いたしま
すぞ」
コルベールに真剣で誠実な目を向けられ、ヤンは深々と礼をした。
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