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窓や扉から火を吹き上げるテファの家を見た時、五宇の中で焦燥感が爆発しそうになった。
一瞬、テファを救出するためにこのまま重二輪で家の中に突入しようとさえ考えた。
しかし、家の近くの草むらから立ち上がった小さな影が沸騰する頭に冷静さを取り戻した。
「ジムかっ!」
泥と煤、そして乾きかけた血のせいで見る影もなく汚れていたが、それは間違いなく村で一番ティファニアに懐いていた男の子、ジムだった。
急いで重二輪から跳び下り、傷ついた小さな体に駆け寄る。
自分の車体から救急医療パックを取り出したタイラがその後に続く。
ジムは五宇たちの姿を認めると崩れる落ちるように雨水でぬかるんだ地面に膝をついた。
「どこへ行っていたんだよ、ゴウ! ゴウがいないから、ティファニアお姉ちゃんがさらわれちゃったじゃないか!」
弱々しい泣き声が異形の人形の爪よりも鋭く心に突き刺さる。
五宇はジムの体を支えながら聞いた。
「すまない。何があったか教えてくれ、ジム」
金髪の少年は汚れた裾で涙を拭いながら、ティファニアの家で起きたことを少しづつ話始めた。
その日ジムは他の子供たちと別れ、泉の岸辺に咲く青い百合の花を取るためにこっそり森の奥にある小さな泉に向かった。
以前、泉の側を通った時にティファニアがその花に見取れていたことを少年は覚えていた。
ジムはずっと前からティファニアに対して家族以上の愛情を抱いていた。
だから、五宇という強力なライバルが登場した時は酷く動揺した。
ティファニアに対する思いを諦めようかと迷ったこともあった。
しかし何故か分からないが、昨夜ティファニアと五宇は大きな喧嘩をしたらしい。
このチャンスを逃す手はない!
今、ティファニアを慰めれば、自分の株は大いに上がる!
ませた少年は青い花を手に意気揚々とティファニアの家に向かった。
帰り道の途中で降り始めた雨も小さな胸の中で燃える幼い恋心を鎮める事は出来なかった。
だがティファニアを驚かせようと裏口から家の中に入ろうとした瞬間、甲高い悲鳴が聞こえた。
慌てて悲鳴の源に向かう。
そこで少年が見たのは表玄関を塞ぐ司祭服の怪人。
そして、その怪人に襲われている少女の姿だった。
司祭服の裾から伸びる二本の触手が少女の足にまとわりつき、腰に絡まり、ジムが顔を埋めたあの柔らかな果実を絞り上げる。
恐ろしく、しかしどこか奇怪な美しさを備えた光景を前に少年は悲鳴をあげることも忘れてただ見詰めるしかなかった。
呆然と立ち尽くすジムを正気に戻したのは触手に襲われているティファニアの声。
「逃げて、ジム! 逃げて……」
触手がついに喉までかけ上がり、ティファニアの口を塞いでしまった。
怪人がゆっくりと顔を上げ、ジムの方を見た。
その目を覗き込んだ瞬間、少年は痛いほどの恐怖とともに自分の股間が暖かく濡れるのを感じた。
ジムの父や母、幼い兄弟たちを焼いた炎が赤く濁った瞳の中で燃え盛っていた
そいつは一瞥しただけでジムに対する興味を失ったのか、『片付けろ』と言い残してティファニアを連れ去った。
入れ違いに目深に頭巾を被った亡霊みたいな男が現れた。
外套の裾から黒い金属の棒のような腕を少年に向ける。
ジムはとっさに背を向け、裏口目掛けて走り出した。
戸口を潜ろうとした瞬間、真っ赤な熱い光が視界を埋め尽くした。
小さな体が衝撃波に煽られて、木の葉のように宙を舞う。
目の前に迫る灰色の水溜り。
冷たい衝撃を体中に感じながら、ジムの意識は真っ暗な闇の中に飲み込まれた。
ジムは泣きながらティファニアがさらわれた時の経緯を最後まで話し終えた。
五宇は少年の肩に手を置いた。
片手で容易に包み込めるような小さな肩だった。
その小さな肩で少年は大の大人ですら耐えられないような重荷に耐えた。
傷の痛みを堪え、雨の冷たさを我慢し、いつ戻って来るか分からない襲撃者の恐怖に耐えながら待った。
ジムは五宇が必ず帰って来ることを信じていた。
今度は五宇が少年の信頼に応える番だった。
「ジム、皆はどこに?」
「森の中にある避難壕に隠れてる。おれはゴウを待つために残ったんだ」
「じゃあジム、お前も皆のところへ行け」
「ゴウは? ティファニアお姉ちゃんはどうするの?」
ジムは顔を上げて五宇を見た。
青年はそのまなざしを真っ直ぐ受け止め、
「ティファニアは、俺たちが連れ戻す」
鋼よりも硬く強い声で言い切った。
豪雨が幾億の矢のように激しく大地を叩く。
全身に雨を浴びながら、ティファニアをさらった一団が馬以上の速さで走り続けていた。
少女は集団の先頭を走る司祭服の巨漢の背中にまるで荷物のように吊り下げられていた。
泣いたり、叫んだりする元気があったのは最初の三十分だけだった。
乱暴な扱いと冷たい雨水があっという間に少女から抵抗する体力と気力を奪ってしまった。
触手に縛られた少女は空に垂れ込める雨雲と同じぐらい曇ったまなざしで地面を眺めていた。
ふいに傍らを流れる冷たい空気と水滴が何かに遮られる。
後ろを走っていた配下の一人が速度をあげて司祭服の巨漢に並んだのだ。
そいつは微かな焦りを含んだ低い声で巨漢に囁いた。
【―――六時方向、約十リーグの距離に動体反応。速度、時速三百七十リーグ。奴です!】
その言葉を聞いた途端、どんよりと曇っていたティファニアの目に光が宿った。
死人のように青ざめていた頬が血の色を取り戻す。
彼だ!
あの時と同じように彼が助けに来てくれたんだ!
氷のように冷たい絶望に押し潰されそうになっていた心に希望の小さな火花が散った。
だが、司祭服の巨漢の声は少女の心に宿る微かな温もりを握りつぶすほど冷たく、揺るぎなかった。
【やはり、急拵えの駆除系では大した時間稼ぎにならなかったか。あの丘の上で迎え撃つぞ。総員戦闘準備!】
急に尾内臓を見えない腕で揺さぶられたような感覚がティファニアを襲った。
今まですぐそこにあった地面にあっという間に小さくなっていく。
司祭服の巨漢が跳躍したと悟った時、少女の身体は既に傍らに聳え立っていた崖の上にあった。
巨漢は十リーグあまりの高さを一息に跳躍したのだ。
黒く濡れた外套を怪鳥の翼のようになびかせながら、配下たちが巨漢の後に続く。
崖の上に着地すると次々に外套を地面に脱ぎ捨てた。
分厚い布の下に隠された身体を目にした瞬間、ティファニアは触手の轡の下でくぐもった悲鳴を上げた。
集団の中で、ただ一人衣服を身につけたままの巨漢が少女の耳に囁きかけた。
【…・…くくく、混沌の殉教者たる我等、珪素生物の美しさに声も出ぬようだな】
もし触手に拘束されていなかったら、ティファニアは首を思いっきり横に振っていただろう。
露わになった怪人たち、巨漢が言うところの珪素生物たちの姿は少女が知る美とはあまりにかけ離れたものだった。
例えるならば人間大の甲虫の群。
珪素生物達の身体は人間の髑髏に似た真っ白な顔を覗いて、全て漆黒の外骨格に覆われていた。
巨大な銃のような手をぶら下げている者もいれば、本物の甲虫のように四本以上の手足を持つ者もいる。
一人として同じ肉体をしているものはいなく、その姿はまさに彼らが崇める混沌そのものであった。
珪素生物たちは丘の上にある森の中に飛び込み、木々の後ろに身を隠して敵の襲来に備えた。
司祭服の巨漢もティファニアを連れて森の中に入り、部下たちの配置について細かい指示を飛ばす。
そして、自分たちが丘の上に作った陣地を満足げに眺めた。
この高さならいくら重二輪といえども、一瞬で駆け上がることはできない。
例え崖を駆け上がることが出来たとしても、森の木々が重二輪の機動力を殺す。
スピードを落とした相手をまずワイヤーガンを持った配下が絡め取り、次に重火器を持った者が動きを止める。
そして、止めを刺すのは……
集団の中で司祭服に次いで大きな体を誇る二体の珪素生物が前に進み出た。
一体は長大な剣のような腕を持ち、その腕の縁には鮫の刃に似た棘が無数に生えていた。
もう一体は馬上槍のような腕を持ち、その腕には螺子釘のような螺旋状の溝が刻まれている。
二体が腕を構えるとそれぞれの武器が餓えた獣のような唸り声を上げて猛回転し始めた。
【さあ、来い黒騎士とやら。その五体を解体して、ダフィネル卿とジョセフ陛下に献上してくれる】
雷鳴のようにゴロゴロと低い笑い声を上げる司祭。
ティファニアは口を触手で塞がれているにも関わらず、彼方にいる五宇たちに必死に叫んだ。
ゴウさん、来ちゃ駄目っ!!と。
しかし、彼方に見える小さな影はティファニアの声など全く聞こえていないかのようにどんどん大きさを増していく。
そして重二輪の輪郭がはっきりと見えるほど近づいた時、
【いない……】
陣地の先頭にいる珪素生物が呆然と呟いた。
司祭服の巨漢が怪訝そうに尋ねた。
【どうした?】
【いないのです! 走ってくるのは重二輪だけで、やつが座席にいないのです!】
【なんだとっ!?】
配下の言葉の真偽を確かめようと身を乗り出そうとした。
その時、巨漢は足元の水溜りに小さな波紋が繰り返し走っている事に気付いた。
【これは、高周波? 一体どこから……】
突然、真っ黒な霧のような森と大地の影から飛び出し、珪素生物たちに襲い掛かった。
黒い霧と見えたのは何千、何万と言う虫やネズミなどの群だった。
小動物たちは瞬く間に珪素生物たちの体を覆い尽くし、歯や爪で黒い身体を削り取ろうとする。
この奇襲に異形の魔人たちも肝を潰して半狂乱になった。
まるで奇妙なダンスを踊るように自分の身体にまとわりついた虫や小動物を払い落として踏み潰そうとする。
たった二人だけがこの騒ぎの中で冷静さを保っていた。
一人は小さな襲撃者たちの正体を知っているティファニア。
もう一人は司祭服の巨漢だった。
【くっ、これは虚無の使い魔の力! 奴はヴィンダールヴだったのか】
自分の顔に張り付いたとびっきり大きなネズミを毟り取って握りつぶす。
まだ混乱している仲間たちを一喝した。
【落ち着け! この程度の虫けらに我等の身体を傷つける力はない! 感覚システムを研ぎ済ませろ! 奴は近くに……】
ふいに巨漢は言葉を止めて、頭上の雨雲を睨みつけた。
赤く濁った瞳に焼け付くような怒りの火が燃え上がる。
【空……そうか、雲に隠れて我等に近づこうとしたのか】
分厚い雨雲の上、五宇はライダースーツのセンサーを最大限に開放して地上の様子を伺っていた。
タイラーを囮にして敵の目をひきつけ、その隙に老竜ヤーガッシュに乗って敵の頭上に忍び寄ると言う作戦は見事に成功した。
巨大な老竜が火花つきの唸り声を漏らす。
「おぞましい視線を感じる。奴らめ気付いたぞ!」
「構わない、ご老体! このまま降ろしてくれ!」
老竜は火炎のブレスを吹きながら咆哮を上げると分厚い雨雲の膜を突き破って地上の珪素生物たちにその巨体を見せつけた。
たちまち、数え切れないほどの対空砲火が細い柱のように森から立ち上る。
老竜は歌うように咆える。
韻竜の歌声は風の精霊の魂を震わせる。
精霊魔法の歌に誘われた風が鎧のように、衣のように老竜の身体を余すところなく覆い尽くした。
風の精霊に守られた竜は細かい銃弾を風の鎧で弾き返し、大口径の砲弾は航空力学を無視したような機動力を軽やかに回避する。
地上の珪素生物は再び雲の中に身を隠した竜を打ち落とそうと懸命に銃弾を天空に送り込む。
だが、天の竜に意識とセンサーを集中し過ぎたために、珪素生物たちは気付かなかった。
竜の背中にもはや黒騎士がいないことに。
竜が身を翻した瞬間、何かが空気を切り裂きながら落ちてきたことに。
そして、背後に何かが地響きを立てて着地したと気付いた時に―――
三百メートルの高さを飛び降りた合成人間は既に敵をその可殺領域(キルゾーン)に納めていた!
既に抜き放っていた弾体加速装置を構え、無防備な背中に狙いをつけ、神速のスピードで引き金を弾く!
「BLAME!!!」
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#navi(ZEROMEGA)
窓や扉から火を吹き上げるテファの家を見た時、五宇の中で焦燥感が爆発しそうになった。
一瞬、テファを救出するためにこのまま重二輪で家の中に突入しようとさえ考えた。
しかし、家の近くの草むらから立ち上がった小さな影が沸騰する頭に冷静さを取り戻した。
「ジムかっ!」
泥と煤、そして乾きかけた血のせいで見る影もなく汚れていたが、それは間違いなく村で一番ティファニアに懐いていた男の子、ジムだった。
急いで重二輪から跳び下り、傷ついた小さな体に駆け寄る。
自分の車体から救急医療パックを取り出したタイラがその後に続く。
ジムは五宇たちの姿を認めると崩れる落ちるように雨水でぬかるんだ地面に膝をついた。
「どこへ行っていたんだよ、ゴウ! ゴウがいないから、ティファニアお姉ちゃんがさらわれちゃったじゃないか!」
弱々しい泣き声が異形の人形の爪よりも鋭く心に突き刺さる。
五宇はジムの体を支えながら聞いた。
「すまない。何があったか教えてくれ、ジム」
金髪の少年は汚れた裾で涙を拭いながら、ティファニアの家で起きたことを少しづつ話始めた。
その日ジムは他の子供たちと別れ、泉の岸辺に咲く青い百合の花を取るためにこっそり森の奥にある小さな泉に向かった。
以前、泉の側を通った時にティファニアがその花に見取れていたことを少年は覚えていた。
ジムはずっと前からティファニアに対して家族以上の愛情を抱いていた。
だから、五宇という強力なライバルが登場した時は酷く動揺した。
ティファニアに対する思いを諦めようかと迷ったこともあった。
しかし何故か分からないが、昨夜ティファニアと五宇は大きな喧嘩をしたらしい。
このチャンスを逃す手はない!
今、ティファニアを慰めれば、自分の株は大いに上がる!
ませた少年は青い花を手に意気揚々とティファニアの家に向かった。
帰り道の途中で降り始めた雨も小さな胸の中で燃える幼い恋心を鎮める事は出来なかった。
だがティファニアを驚かせようと裏口から家の中に入ろうとした瞬間、甲高い悲鳴が聞こえた。
慌てて悲鳴の源に向かう。
そこで少年が見たのは表玄関を塞ぐ司祭服の怪人。
そして、その怪人に襲われている少女の姿だった。
司祭服の裾から伸びる二本の触手が少女の足にまとわりつき、腰に絡まり、ジムが顔を埋めたあの柔らかな果実を絞り上げる。
恐ろしく、しかしどこか奇怪な美しさを備えた光景を前に少年は悲鳴をあげることも忘れてただ見詰めるしかなかった。
呆然と立ち尽くすジムを正気に戻したのは触手に襲われているティファニアの声。
「逃げて、ジム! 逃げて……」
触手がついに喉までかけ上がり、ティファニアの口を塞いでしまった。
怪人がゆっくりと顔を上げ、ジムの方を見た。
その目を覗き込んだ瞬間、少年は痛いほどの恐怖とともに自分の股間が暖かく濡れるのを感じた。
ジムの父や母、幼い兄弟たちを焼いた炎が赤く濁った瞳の中で燃え盛っていた
そいつは一瞥しただけでジムに対する興味を失ったのか、『片付けろ』と言い残してティファニアを連れ去った。
入れ違いに目深に頭巾を被った亡霊みたいな男が現れた。
外套の裾から黒い金属の棒のような腕を少年に向ける。
ジムはとっさに背を向け、裏口目掛けて走り出した。
戸口を潜ろうとした瞬間、真っ赤な熱い光が視界を埋め尽くした。
小さな体が衝撃波に煽られて、木の葉のように宙を舞う。
目の前に迫る灰色の水溜り。
冷たい衝撃を体中に感じながら、ジムの意識は真っ暗な闇の中に飲み込まれた。
ジムは泣きながらティファニアがさらわれた時の経緯を最後まで話し終えた。
五宇は少年の肩に手を置いた。
片手で容易に包み込めるような小さな肩だった。
その小さな肩で少年は大の大人ですら耐えられないような重荷に耐えた。
傷の痛みを堪え、雨の冷たさを我慢し、いつ戻って来るか分からない襲撃者の恐怖に耐えながら待った。
ジムは五宇が必ず帰って来ることを信じていた。
今度は五宇が少年の信頼に応える番だった。
「ジム、皆はどこに?」
「森の中にある避難壕に隠れてる。おれはゴウを待つために残ったんだ」
「じゃあジム、お前も皆のところへ行け」
「ゴウは? ティファニアお姉ちゃんはどうするの?」
ジムは顔を上げて五宇を見た。
青年はそのまなざしを真っ直ぐ受け止め、
「ティファニアは、俺たちが連れ戻す」
鋼よりも硬く強い声で言い切った。
豪雨が幾億の矢のように激しく大地を叩く。
全身に雨を浴びながら、ティファニアをさらった一団が馬以上の速さで走り続けていた。
少女は集団の先頭を走る司祭服の巨漢の背中にまるで荷物のように吊り下げられていた。
泣いたり、叫んだりする元気があったのは最初の三十分だけだった。
乱暴な扱いと冷たい雨水があっという間に少女から抵抗する体力と気力を奪ってしまった。
触手に縛られた少女は空に垂れ込める雨雲と同じぐらい曇ったまなざしで地面を眺めていた。
ふいに傍らを流れる冷たい空気と水滴が何かに遮られる。
後ろを走っていた配下の一人が速度をあげて司祭服の巨漢に並んだのだ。
そいつは微かな焦りを含んだ低い声で巨漢に囁いた。
【―――六時方向、約十リーグの距離に動体反応。速度、時速三百七十リーグ。奴です!】
その言葉を聞いた途端、どんよりと曇っていたティファニアの目に光が宿った。
死人のように青ざめていた頬が血の色を取り戻す。
彼だ!
あの時と同じように彼が助けに来てくれたんだ!
氷のように冷たい絶望に押し潰されそうになっていた心に希望の小さな火花が散った。
だが、司祭服の巨漢の声は少女の心に宿る微かな温もりを握りつぶすほど冷たく、揺るぎなかった。
【やはり、急拵えの駆除系では大した時間稼ぎにならなかったか。あの丘の上で迎え撃つぞ。総員戦闘準備!】
急に尾内臓を見えない腕で揺さぶられたような感覚がティファニアを襲った。
今まですぐそこにあった地面にあっという間に小さくなっていく。
司祭服の巨漢が跳躍したと悟った時、少女の身体は既に傍らに聳え立っていた崖の上にあった。
巨漢は十リーグあまりの高さを一息に跳躍したのだ。
黒く濡れた外套を怪鳥の翼のようになびかせながら、配下たちが巨漢の後に続く。
崖の上に着地すると次々に外套を地面に脱ぎ捨てた。
分厚い布の下に隠された身体を目にした瞬間、ティファニアは触手の轡の下でくぐもった悲鳴を上げた。
集団の中で、ただ一人衣服を身につけたままの巨漢が少女の耳に囁きかけた。
【…・…くくく、混沌の殉教者たる我等、珪素生物の美しさに声も出ぬようだな】
もし触手に拘束されていなかったら、ティファニアは首を思いっきり横に振っていただろう。
露わになった怪人たち、巨漢が言うところの珪素生物たちの姿は少女が知る美とはあまりにかけ離れたものだった。
例えるならば人間大の甲虫の群。
珪素生物達の身体は人間の髑髏に似た真っ白な顔を覗いて、全て漆黒の外骨格に覆われていた。
巨大な銃のような手をぶら下げている者もいれば、本物の甲虫のように四本以上の手足を持つ者もいる。
一人として同じ肉体をしているものはいなく、その姿はまさに彼らが崇める混沌そのものであった。
珪素生物たちは丘の上にある森の中に飛び込み、木々の後ろに身を隠して敵の襲来に備えた。
司祭服の巨漢もティファニアを連れて森の中に入り、部下たちの配置について細かい指示を飛ばす。
そして、自分たちが丘の上に作った陣地を満足げに眺めた。
この高さならいくら重二輪といえども、一瞬で駆け上がることはできない。
例え崖を駆け上がることが出来たとしても、森の木々が重二輪の機動力を殺す。
スピードを落とした相手をまずワイヤーガンを持った配下が絡め取り、次に重火器を持った者が動きを止める。
そして、止めを刺すのは……
集団の中で司祭服に次いで大きな体を誇る二体の珪素生物が前に進み出た。
一体は長大な剣のような腕を持ち、その腕の縁には鮫の刃に似た棘が無数に生えていた。
もう一体は馬上槍のような腕を持ち、その腕には螺子釘のような螺旋状の溝が刻まれている。
二体が腕を構えるとそれぞれの武器が餓えた獣のような唸り声を上げて猛回転し始めた。
【さあ、来い黒騎士とやら。その五体を解体して、ダフィネル卿とジョセフ陛下に献上してくれる】
雷鳴のようにゴロゴロと低い笑い声を上げる司祭。
ティファニアは口を触手で塞がれているにも関わらず、彼方にいる五宇たちに必死に叫んだ。
ゴウさん、来ちゃ駄目っ!!と。
しかし、彼方に見える小さな影はティファニアの声など全く聞こえていないかのようにどんどん大きさを増していく。
そして重二輪の輪郭がはっきりと見えるほど近づいた時、
【いない……】
陣地の先頭にいる珪素生物が呆然と呟いた。
司祭服の巨漢が怪訝そうに尋ねた。
【どうした?】
【いないのです! 走ってくるのは重二輪だけで、やつが座席にいないのです!】
【なんだとっ!?】
配下の言葉の真偽を確かめようと身を乗り出そうとした。
その時、巨漢は足元の水溜りに小さな波紋が繰り返し走っている事に気付いた。
【これは、高周波? 一体どこから……】
突然、真っ黒な霧のような森と大地の影から飛び出し、珪素生物たちに襲い掛かった。
黒い霧と見えたのは何千、何万と言う虫やネズミなどの群だった。
小動物たちは瞬く間に珪素生物たちの体を覆い尽くし、歯や爪で黒い身体を削り取ろうとする。
この奇襲に異形の魔人たちも肝を潰して半狂乱になった。
まるで奇妙なダンスを踊るように自分の身体にまとわりついた虫や小動物を払い落として踏み潰そうとする。
たった二人だけがこの騒ぎの中で冷静さを保っていた。
一人は小さな襲撃者たちの正体を知っているティファニア。
もう一人は司祭服の巨漢だった。
【くっ、これは虚無の使い魔の力! 奴はヴィンダールヴだったのか】
自分の顔に張り付いたとびっきり大きなネズミを毟り取って握りつぶす。
まだ混乱している仲間たちを一喝した。
【落ち着け! この程度の虫けらに我等の身体を傷つける力はない! 感覚システムを研ぎ済ませろ! 奴は近くに……】
ふいに巨漢は言葉を止めて、頭上の雨雲を睨みつけた。
赤く濁った瞳に焼け付くような怒りの火が燃え上がる。
【空……そうか、雲に隠れて我等に近づこうとしたのか】
分厚い雨雲の上、五宇はライダースーツのセンサーを最大限に開放して地上の様子を伺っていた。
タイラーを囮にして敵の目をひきつけ、その隙に老竜ヤーガッシュに乗って敵の頭上に忍び寄ると言う作戦は見事に成功した。
巨大な老竜が火花つきの唸り声を漏らす。
「おぞましい視線を感じる。奴らめ気付いたぞ!」
「構わない、ご老体! このまま降ろしてくれ!」
老竜は火炎のブレスを吹きながら咆哮を上げると分厚い雨雲の膜を突き破って地上の珪素生物たちにその巨体を見せつけた。
たちまち、数え切れないほどの対空砲火が細い柱のように森から立ち上る。
老竜は歌うように咆える。
韻竜の歌声は風の精霊の魂を震わせる。
精霊魔法の歌に誘われた風が鎧のように、衣のように老竜の身体を余すところなく覆い尽くした。
風の精霊に守られた竜は細かい銃弾を風の鎧で弾き返し、大口径の砲弾は航空力学を無視したような機動力を軽やかに回避する。
地上の珪素生物は再び雲の中に身を隠した竜を打ち落とそうと懸命に銃弾を天空に送り込む。
だが、天の竜に意識とセンサーを集中し過ぎたために、珪素生物たちは気付かなかった。
竜の背中にもはや黒騎士がいないことに。
竜が身を翻した瞬間、何かが空気を切り裂きながら落ちてきたことに。
そして、背後に何かが地響きを立てて着地したと気付いた時に―――
三百メートルの高さを飛び降りた合成人間は既に敵をその可殺領域(キルゾーン)に納めていた!
既に抜き放っていた弾体加速装置を構え、無防備な背中に狙いをつけ、神速のスピードで引き金を弾く!
「BLAME!!!」
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