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「ゼロの赤ずきん-10」(2008/06/02 (月) 22:43:29) の最新版変更点
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#navi(ゼロの赤ずきん)
宝物庫襲撃の夜が明け、朝を迎えていた。
トリステイン魔法学院では、蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
無理もなかった。何せ、秘宝の『破壊の杖』が盗まれたのだから。
それも、巨大なゴーレムが壁を破壊するといった、大胆な方法で。
宝物庫には、学院中の教師が集まり、壁にあいた大きなを見て、唖然としていた。
壁には、『土くれ』のフーケの『破壊の杖』を盗んだ旨の犯行声明が書かれている。
好き勝手に盗賊について喚いている教師達に、お灸をすえるようにオスマン氏が述べた。
「誰が昨夜の当直であったとか、論じておるが、この中にまともに当直した教師はおるのかの?
おらんじゃろうな。なぜならば、誰一人として、この学院が賊に襲われるなぞ、これっぽっちも考えておらなんだ。
つまりは、責任があるとするなら、我ら全員にあるといわねばなるまいて。違うかな?」
教師達は、オスマン氏の言葉を聞くと、一斉に押し黙った。誰も反論できない、その通りであったからだ。
「うむ、そうじゃろうて。で、事件の目撃者は誰だね」
オスマン氏が尋ねた。
「この三人です」
コルベールがさっと進み出て、自分の後ろに控えていた三人を指差した。
ルイズにキュルケにタバサの三人である。そこに使い魔のバレッタの姿はない。
「ふむ……、君達か。詳しく説明したまえ」
ルイズが進みでで、昨夜のことを述べた。
「大きなゴーレムが現れて、ここの壁を壊したんです。肩に乗っていた黒いメイジがこの宝物庫から何かを……。
それは『破壊の杖』だと思いますけど……、ゴーレムは城壁を越え歩き出して、最後には崩れて土に……
黒いメイジは、単身で逃げたと思いますが、一応、ゴーレムが崩れたところに確認に行きました。
案の定、土の山しかなくて、黒いメイジの姿は影も形もありませんでしたけど。」
「ふむ……後を追おうにも手がかりナシというわけか」
オスマン氏はひげを撫でた。
ルイズが報告した内容に、バレッタのことが含まれていなかったのは、ルイズの配慮であった。
因みに、バレッタへのではなく、自分に対してのものだった。
バレッタが賊を捕まえてくる可能性は絶対ではない。ならば要らぬ期待を抱かせても、何の意味もないと判断した。
オスマン氏は、ふと気づいたようにコルベールの尋ねた。
「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」
「それがその……。朝から姿が見えませんで」
「この非常時に、どこに行ったのじゃ」
「どこなんでしょう?」
そんな風に噂をしていると、ミス・ロングビルが現れた。
「ミス・ロングビル!どこに行ってたんですか!?大変ですぞ!事件ですぞ!」
興奮した調子で、コルベールが捲し立てるが、ミス・ロングビルは落ち着きを払った態度で、オスマン氏に告げた。
「申し訳ありません。この事件が発覚した時から、独自に急いで調査をしておりましたの?」
「調査?」
「そうですわ、残されたサインから、『土くれ』フーケの犯行であることは明々白々でしたので、すぐに調査を」
コルベールが慌てた調子で促した。
「で、結果はどうなのですか?」
「はい。フーケの居所がわかりました。」
「な、なんですと!」
コルベールが素っ頓狂な声を上げているのを無視して、オスマン氏が尋ねた。
「誰に聞いたんじゃね?ミス・ロングビル」
「はい。近住の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの姿を見たそうです。
おそらく、彼はフーケで、廃屋はフーケの隠れ家ではないかと……」
ルイズが淡々と答えた。
「黒ずくめのローブ?……確かに、特徴はそれで合ってます」
オスマン氏は、目を鋭くして、ミス・ロングビルに尋ねた。
「そこは、ここから近いのかね?」
「はい。徒歩で半日。馬で四時間といったところでしょうか」
「すぐに王室に報告しましょう!王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」
オスマン氏は、目をむいて怒鳴った。年寄りとは思えない迫力であった。
「ばかもの!王室なんぞ知らせている間にフーケは逃げてしまうわ!その上……、
身にかかる火の粉を己で払えぬようで、何が貴族じゃ!魔法学院の宝が盗まれた!
これは、魔法学院の問題じゃ!当然我らで解決する」
オスマン氏は咳払いをすると、有志を募った。
「では、捜索隊を編成する。我と思うものは杖を掲げよ」
誰も杖を掲げない。困ったように、顔を見合わすだけだ。
「おらんのか?おや?どうした!フーケを捕まえて名を上げようと思う貴族はおらんのか?」
ルイズは少しばかり考えるような仕草をした後、横に立っている、キュルケとタバサに喋りかけた。
「ねえ、キュルケ、タバサ。私、志願しようと思ってるんだけど、よかったら協力してくれない?」
その言葉に、心底驚いたキュルケは、声を抑えながらも、荒々しい口調でルイズに言った。
「あなた!わかってるの!?昨日死にかけたじゃないの!そんな擦り傷だけで、済んだのなんて間違いなく奇跡よ!
それなのに、また我が身を危険にさらすっていうの?頭大丈夫!?」
落ち着いた調子でルイズは返答した。
「大丈夫よ、無茶はしないから。絶対にね。他に志願者もいないし、私にも責任の一端があるし、と思ったんだけど?どうかしら?」
「……!!」
キュルケは眉間にしわを寄せて、手で髪の毛を、くしゃくしゃになるまでかき混ぜた。
「ああ、もうっ、仕方ないわね!どうなっても知らないわよ!わかったわよ!協力するわよっ!……タバサ、あなたはどうする?」
タバサは、黙ってコクリと頷いた。キュルケが行くなら、といった感じであった。
二人を見ると、ルイズは微笑して静かな声で言った。
「……ありがとう、キュルケ、タバサ」
ルイズは、杖をすっと顔の前に掲げた。それに続くように、キュルケとタバサも杖を掲げた。
「ミス・ヴァリエール!それに他の二人も!!君達は生徒じゃないか!」
コルベールは驚きの声を上げた。
「誰も掲げないじゃないですか」
ルイズはそう言い放った。痛いところを突かれた教師達は皆、口を閉ざした。
「……そうか。では、頼むとしようかの」
オスマン氏が、まさか承認するとは思っていなかったので、また、教師達は騒ぎ出した。
その様子を、冷ややかな目で見ていたキュルケがルイズに尋ねた。
「ねぇ、あなた。志願したのだから、あのゴーレムをどうやって倒すか、ちゃんと考えがあってのことでしょうね?」
ルイズは、凛とした態度で答えた。
「キュルケ。あんた目的を履き違えてるわよ。……ゴーレムを倒すことが、目的じゃないわ。
用はフーケを捕まえられればいいのよ。だとするなら、ゴーレムは、戦闘においての効力を削ぐだけで十分事足りるはず」
キュルケは、目を見開いてルイズを見た。
「あ、あなた……」
「タバサ。あなたの使い魔は、確か風竜だったわね」
「その通り」
「うん、その風竜の力を貸してくれるなら、ゴーレムの攻撃にさらされずに、フーケを追い詰めることができるわ。
持久戦に持ち込めば、あっちのほうが先に根を上げるはずよ、あんなに巨大なゴーレムだもの。
操るにも相当精神力を使うはずだわ。後は、地形を利用すれば、さらに行動制限できるだろうし……。
勿論、一番いいのは、戦闘に持ち込ませないことだけど。この場合、ゴーレムを出してもらったほうがむしろいいかしら?」
キュルケはルイズの物言いに愕然としていた。今のルイズには自信が漲っている。
「あ、それと。オールド・オスマン、任務について、一つ言っておきたいことが」
「なんじゃね、ミス・ヴァリエール」
ルイズが述べた。
「任務継続が、不可能又は危険であると、私達が判断した場合、得た情報を持ち帰ることを第一の任務へと変更して、
撤退します。それで構いませんよね?自己満足の無駄死こそ、もっとも忌むべき行為だと思うので」
オスマン氏は目を丸くした。
メイジとして落ちこぼれであるはずの、この生徒が、これほどの態度を示しているのだから驚いて当然であった。
オスマン氏は高らかに笑い声を上げた。
「ほっほっほ!まったくそのとおりじゃ!うむよいぞ!真に頼もしい!誰か、この人選に文句ある者は前に出るのじゃ!
勿論その者は、この三人に勝てるという自負があって当然だと思うが、どうだね?」
誰もその言葉に答えるものはいなかった。
ルイズの内から沸き起こっているのは決して過信ではない。そうとわかると、キュルケは思わず口の端をつりあげた。
意識したものではないので歪んだ笑みになってしまう。
キュルケの心が震えたった。本当に嬉しそうに言う。
「いいわねっ!面白くなってきたわ!ええ、そうよ!あたし、いい感じに、燃え上がってきたわよ!
これでこそ『微熱』二つ名が相応しいってものよ!ツェルプストー家の者として断じてヴァリエールに遅れをとらないんだから!
ねぇ!タバサ!あなたもやる気出てきたでしょ?」
無表情でタバサは頷いた。だが、何処か嬉しそうでもあった。
「少し」
オスマン氏は、その三人の様子を見ると弾んだ口調で述べた。
「うむ、素晴らしい!では、魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
ルイズとキュルケとタバサは、真顔になって直立すると「杖にかけて!」と同時に唱和した。
それからスカートの裾をつまみ、うやうやしく、礼をする。
そこで、コルベールが先ほどから疑問に思っていたことを口に出す。
「そういえば、ミス・ヴァリエール。あなたの使い魔は、いったいどこにいるのです。あのガンダー……」
オスマン氏は慌ててコルベールの口を押さえた。
「おお!そうじゃ、姿が見えぬようじゃが、何かワケでもあるのかの?」
ルイズは答えた。
「私の使い魔についてですがおそらく……」
だが、ルイズが言い終わる前に、誰かが宝物庫に入ってきた。その場にいるもの全員の視線を集めた。
「わたしは、ここにいるよっ。ルイズおねぇちゃん」
現れたのはバレッタであった。
「バレッタ。結局どうなったの?捕まえられたの?」
にこやかにバレッタは答えた。
「んーん。失敗しちゃったっ♪さすがに見失うわよぉ、だってぇー、相手飛んでるんだもん」
ルイズは疑いの目を向けるが、すぐに、切り上げた。
「まあ、捕まえてきてないのが、なによりの証拠よね」
「ところでバレッタ。これから私とキュルケとタバサは、盗賊フーケの捜索に行くわ。
あんたどうする?一緒に行きたいのなら、別に来てもいいわよ」
顎に人差し指を当てて悩む素振りを見せるバレッタ。
「んー。どーっしよっかなー。……うん決めたっ。バレッタね、行かないっ♪」
驚きの声を上げたのは、コルベールであった。
「なっ!!使い魔が、主人の一大事に動かないとは……!これはいったい!?」
「いいんです、ミスタ・コルベール。バレッタにもバレッタが思うところがあるんだと思います」
「!……そうですか。まあ、ミス・ヴァリエールがそう言うならばいいのでしょうが……」
「うむ、話はまとまったのなら、早速行ってもらおう。敵は待ってくれんからの。では、こちらで馬車は用意しよう、
それで向かうのじゃ。魔法は目的地まで温存したまえ。ミス・ロングビル!」
「はい。オールド・オスマン」
「目的地までの案内役をやってくれぬか?あいにく、場所を知っておるのはおぬしだけだしのう」
ミス・ロングビルは頭を下げた。
「もとよりそのつもりですわ。お任せください。…………うっ!!?」
その時、ミス・ロングビルの体に、身の毛がよだつほどの戦慄が走った。
一瞬、自分が死んだのかと思えるほどであったが、それは単なる錯覚にすぎない。
だが、べっとりとまとわりつく恐怖だけは確かにそこに存在していた。
その正体を、ミス・ロングビルは恐る恐る確かめる。
誰かに手首を握られていた。
それだけ、それだけであるはずなのに、背中から汗が噴出してくる。
まるで、心臓を鷲掴みにされている心地であった。そして心底混乱した。
手首を握っていたのは、幼い少女。ミス・ヴァリエールの使い魔であったのだからだ。
何故!?手首を握られてるだけなのに!!私が!この私が怯えてる!?そんなばかな!?
こいつは!いやっ、メイジを倒した平民の使い魔ってことは知ってるけど!
この、『土くれ』のフーケの私が……!?いったいコイツ何者!?
ミス・ロングビルの正体。それは、この事件の犯人、『土くれ』フーケであった。
この後、ルイズ達を罠にはめようと、画策していたのだが、思わぬ事態が起きた。
ヴァリエールの使い魔バレッタの小さな手が、フーケの手首をがっしりと掴んでいる。
何故、恐怖を感じているのか。それは、盗賊として、腕前、そして、危険な日々を切り抜けてきた実績が、
総動員して、バレッタに対し、最大級の危険信号を発していたからだった。
フーケは必死に冷静を装い、ミス・ロングビルとして応対した。
「い、いったい、どうしたのかしら?わたくしに何か用があるの?ええと」
陽がさすような笑顔で、バレッタは言った。
「わたし、バレッタよ。でね、ロングビルおねぇちゃんだっけ?ちょっとねぇ、お願いがあるのっ」
「な、何かしら?でも、これから、ミス・ヴァリエール達を案内しないといけませんから、後にして欲しいんですけど……」
「安心してっ!すぐに終わることだからっ」
「……?」
ルイズ達やオスマン氏も様子がおかしいことに気づき、バレッタとミス・ロングビルに注意を向けている。
バレッタが朗らかに言った。
「バレッタに、ロングビルおねぇちゃんの魔法の杖を貸して欲しいのっ♪」
「はっ!?」
予想のナナメ上を行く内容に、ミス・ロングビルは素の状態で驚いてしまった。
「え?それっていったい、どういう……!?」
「大丈夫よぉー。数秒で返すからぁー。ねっ♪」
ミス・ロングビルではなく、フーケの、盗賊としての直感が、バレッタの真意を読み取った。
コイツっ!!!私の正体を知ってる!!!間違いない!!
くそっ!なんでだいっ!どこでバレた!確かに、このずきんが、昨日の宝物庫襲撃を見ていたのはわかる!
あそこで、ヴァリエールと、このずきんが言い争いしてたの、わたしは見ていたから間違いない!!
だけど、あそこでは絶対に顔は見られていない!!つまり、少なくとも昨日の時点ではバレばれてない!
だとすれば……もしや、昨日からずっと追跡されてたっ!!!?バカなっ!この私に気づかれずに!?
しかも、この使い魔は平民で魔法が使えないはず!いったいどうやって!?
待って!落ち着くのよ!わたし!まだ大丈夫さね!そうさ、この使い魔がこんな手を打ってきたには理由があるのだから!
即座、フーケは動揺を見事に隠し、答えた。
「ゴメンなさい……。メイジにとって杖はね、とても大事なものなの。軽々しく他人には渡せないのよ」
実際にも、その通りであった。メイジにとって杖とは魔法を唱える上で必要不可欠なアイテムであり、
そうである以上、杖の価値は何物にも変えがたい。
特に、戦場では腕を一本失うより、杖を失うほうが重大であるとされているほどであった。
つまり、バレッタの要求には正当性ない、それどころか、断られて当然と言えた。
フーケは何故こんな手をバレッタが講じてきたかも、予想を立てていた。
このクソずきんは、わたしの正体を知っている。それは確か。
しかし、所詮は平民。いくら確度が高い証言であろうと、相手にされない可能性が高いと見たに違いない。
だからこそ、先に戦闘能力を奪おうとしている。そして揺さぶりをかけ、あわよくば、こちら側がボロを出すのを期待してる。
で、その様子を周りの者が見て、疑う者が現れて欲しいんだろうけど?
だけどまあ、惜しかったね。今、あんたがやっている行為なんざ、周りから見たら、ただの奇行さ。
要求に応じないからといって、メイジである連中から疑われることなんてありはしないってこと。
それに、この腑抜けた学院の連中なんかが、内部犯だなんてこと感づくことすらないんだから。
でもまあ、使い魔には正体バレてんのは確かだし、これが終わったらとんずらしないといけないねぇ……。
フーケは心の中で密やかに笑った。
しかし、事態はある者の一言で一変した。
「もしかしてバレッタ。……ミス・ロングビルがフーケだって疑ってるの?」
ルイズであった。
こんのォ~~~~!!!クソ小娘ッ~~~~~!!!
フーケの言葉は、辛うじて口から出なかったが、心の中でルイズを激しく罵った。
ルイズの言葉は、宝物庫に集まっている者達に疑念を抱かせるのには十分であった。一斉にざわつきだす。
そして、全員がバレッタとミス・ロングビルを見る。
もしかしたら、といった具合の薄い疑いではあったが。置かれた状況から、可能性として無視できない域まで達していた。
「まさか!?ルイズ!あなた、それ本気で言ってるの?」
コルベールが驚きを隠せない様子で喋った。
「まさか!?ミス・ロングビルがフーケ!?そんなはずはありません!!オールド・オスマン!あなたもそう思うでしょう!?」
「ふむ。確かにそうではあるがの。可能性までは否定できんじゃろ。つまりは確かめてみればよいということじゃ。
ミス・ロングビル、無実を証明するために、ミス・バレッタに杖をわたしなさい。
なに、彼女もすぐに返すといってるし、なんのことはない。
というよりも、これから、任務に赴くのに、疑われたままでは気分が悪かろう。双方な」
「それは……そうですが……」
ふざけるなっ!!こんな奴に杖なんか渡したら即効折られる決まってるじゃないのさ!!
くそっ!!なんで私が杖を渡さなけりゃいけない流れになってるんだい!!
あの小娘だ!ヴァリエール!!!あの小娘の一言がなければ、切り抜けられただろうに!!
使い魔と主人、……もしかして示し合わせていたのかっ!もとよりこのつもりで、私に……!!
くそっ!私が嵌められたっていうのかい!いやっ、それよりも今どうするかが問題……!
どうする!?戦うかっ!?いや、無理よ!ここは宝物庫、強力な『固定化』の魔法がかけられている!
私の『錬金』が効かないことは実証ずみだし、そうであるからこそ、巨大ゴーレムは出せない!
くそっ、満足に戦えるはずがないよ!!!このことまでクソずきんは見越してたわけかい……!!
しかも、今ここには学院中の教員が集まってる。こんな状態で勝てるわけがないっ!
じゃあ、逃げる!?それも、無理っ!!この手を握っているクソずきんが唯一の退路であると思われる、
昨日、わたしが空けた宝物庫の穴を背にして立っている。そうよっ!わたしがそこから逃げるのを阻むためにそうしている!
くそぉ!このクソずきん間違いなくプロよっ!裏家業かなんかの人間よっ!
こっちの能力を、過小評価してないからこその、この作戦。こちらが、一番戦いにくい状況を作り出し、
省けるリスクはとことんまで省く、ある種の合理的思考の持ち主……そして当然としてこのテの人間は敵に容赦がない!!
不味い……不味いわよ……!!相手が悪すぎる……!!
目の前のクソずきんだけでも、と思うけど!こちらが魔法で攻撃してくることを念頭においてないはずがないっ!
それにわかるっ、盗賊としての感っていうのかいっ!この間合いは、このクソずきんの間合いに違いないっ!
下手に抵抗すれば殺される……!?どうする……!?どうするにしても、急がなければ、疑いは強まる一方よ!!!
フーケの背中は焦りと恐れによって汗でびっしょりと濡れていた。まるで、死刑台に登らされているような感覚に襲われている。
出来る手立ては、もう一つしか残されていなかった。
杖は折られてしまうだろうが、ここで犯人と断定され、捕まるよりは千倍まし。
つまり、フーケはバレッタに杖を渡すことを決意したのだ。
渡した後、消えるように学院からいなくなればいい。そう、一時しのぎで十分なのだ、と。
フーケが杖を取り出すために懐に手を入れようとしたその時。
その狭間にフーケは見た。不敵に笑う赤ずきんの少女の顔を。
そのあと、フーケが次にした行動は、そこにいる者全員、バレッタですら驚くものであった。
#navi(ゼロの赤ずきん)
#navi(ゼロの赤ずきん)
宝物庫襲撃の夜が明け、朝を迎えていた。
トリステイン魔法学院では、蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
無理もなかった。何せ、秘宝の『破壊の杖』が盗まれたのだから。
それも、巨大なゴーレムが壁を破壊するといった、大胆な方法で。
宝物庫には、学院中の教師が集まり、壁にあいた大きなを見て、唖然としていた。
壁には、『土くれ』のフーケの『破壊の杖』を盗んだ旨の犯行声明が書かれている。
好き勝手に盗賊について喚いている教師達に、お灸をすえるようにオスマン氏が述べた。
「誰が昨夜の当直であったとか、論じておるが、この中にまともに当直した教師はおるのかの?
おらんじゃろうな。なぜならば、誰一人として、この学院が賊に襲われるなぞ、これっぽっちも考えておらなんだ。
つまりは、責任があるとするなら、我ら全員にあるといわねばなるまいて。違うかな?」
教師達は、オスマン氏の言葉を聞くと、一斉に押し黙った。誰も反論できない、その通りであったからだ。
「うむ、そうじゃろうて。で、事件の目撃者は誰だね」
オスマン氏が尋ねた。
「この三人です」
コルベールがさっと進み出て、自分の後ろに控えていた三人を指差した。
ルイズにキュルケにタバサの三人である。そこに使い魔のバレッタの姿はない。
「ふむ……、君達か。詳しく説明したまえ」
ルイズが進みでで、昨夜のことを述べた。
「大きなゴーレムが現れて、ここの壁を壊したんです。肩に乗っていた黒いメイジがこの宝物庫から何かを……。
それは『破壊の杖』だと思いますけど……、ゴーレムは城壁を越え歩き出して、最後には崩れて土に……
黒いメイジは、単身で逃げたと思いますが、一応、ゴーレムが崩れたところに確認に行きました。
案の定、土の山しかなくて、黒いメイジの姿は影も形もありませんでしたけど。」
「ふむ……後を追おうにも手がかりナシというわけか」
オスマン氏はひげを撫でた。
ルイズが報告した内容に、バレッタのことが含まれていなかったのは、ルイズの配慮であった。
因みに、バレッタへのではなく、自分に対してのものだった。
バレッタが賊を捕まえてくる可能性は絶対ではない。ならば要らぬ期待を抱かせても、何の意味もないと判断した。
オスマン氏は、ふと気づいたようにコルベールの尋ねた。
「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」
「それがその……。朝から姿が見えませんで」
「この非常時に、どこに行ったのじゃ」
「どこなんでしょう?」
そんな風に噂をしていると、ミス・ロングビルが現れた。
「ミス・ロングビル!どこに行ってたんですか!?大変ですぞ!事件ですぞ!」
興奮した調子で、コルベールが捲し立てるが、ミス・ロングビルは落ち着きを払った態度で、オスマン氏に告げた。
「申し訳ありません。この事件が発覚した時から、独自に急いで調査をしておりましたの?」
「調査?」
「そうですわ、残されたサインから、『土くれ』フーケの犯行であることは明々白々でしたので、すぐに調査を」
コルベールが慌てた調子で促した。
「で、結果はどうなのですか?」
「はい。フーケの居所がわかりました。」
「な、なんですと!」
コルベールが素っ頓狂な声を上げているのを無視して、オスマン氏が尋ねた。
「誰に聞いたんじゃね?ミス・ロングビル」
「はい。近住の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの姿を見たそうです。
おそらく、彼はフーケで、廃屋はフーケの隠れ家ではないかと……」
ルイズが淡々と答えた。
「黒ずくめのローブ?……確かに、特徴はそれで合ってます」
オスマン氏は、目を鋭くして、ミス・ロングビルに尋ねた。
「そこは、ここから近いのかね?」
「はい。徒歩で半日。馬で四時間といったところでしょうか」
「すぐに王室に報告しましょう!王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」
オスマン氏は、目をむいて怒鳴った。年寄りとは思えない迫力であった。
「ばかもの!王室なんぞ知らせている間にフーケは逃げてしまうわ!その上……、
身にかかる火の粉を己で払えぬようで、何が貴族じゃ!魔法学院の宝が盗まれた!
これは、魔法学院の問題じゃ!当然我らで解決する」
オスマン氏は咳払いをすると、有志を募った。
「では、捜索隊を編成する。我と思うものは杖を掲げよ」
誰も杖を掲げない。困ったように、顔を見合わすだけだ。
「おらんのか?おや?どうした!フーケを捕まえて名を上げようと思う貴族はおらんのか?」
ルイズは少しばかり考えるような仕草をした後、横に立っている、キュルケとタバサに喋りかけた。
「ねえ、キュルケ、タバサ。私、志願しようと思ってるんだけど、よかったら協力してくれない?」
その言葉に、心底驚いたキュルケは、声を抑えながらも、荒々しい口調でルイズに言った。
「あなた!わかってるの!?昨日死にかけたじゃないの!そんな擦り傷だけで、済んだのなんて間違いなく奇跡よ!
それなのに、また我が身を危険にさらすっていうの?頭大丈夫!?」
落ち着いた調子でルイズは返答した。
「大丈夫よ、無茶はしないから。絶対にね。他に志願者もいないし、私にも責任の一端があるし、と思ったんだけど?どうかしら?」
「……!!」
キュルケは眉間にしわを寄せて、手で髪の毛を、くしゃくしゃになるまでかき混ぜた。
「ああ、もうっ、仕方ないわね!どうなっても知らないわよ!わかったわよ!協力するわよっ!……タバサ、あなたはどうする?」
タバサは、黙ってコクリと頷いた。キュルケが行くなら、といった感じであった。
二人を見ると、ルイズは微笑して静かな声で言った。
「……ありがとう、キュルケ、タバサ」
ルイズは、杖をすっと顔の前に掲げた。それに続くように、キュルケとタバサも杖を掲げた。
「ミス・ヴァリエール!それに他の二人も!!君達は生徒じゃないか!」
コルベールは驚きの声を上げた。
「誰も掲げないじゃないですか」
ルイズはそう言い放った。痛いところを突かれた教師達は皆、口を閉ざした。
「……そうか。では、頼むとしようかの」
オスマン氏が、まさか承認するとは思っていなかったので、また、教師達は騒ぎ出した。
その様子を、冷ややかな目で見ていたキュルケがルイズに尋ねた。
「ねぇ、あなた。志願したのだから、あのゴーレムをどうやって倒すか、ちゃんと考えがあってのことでしょうね?」
ルイズは、凛とした態度で答えた。
「キュルケ。あんた目的を履き違えてるわよ。……ゴーレムを倒すことが、目的じゃないわ。
用はフーケを捕まえられればいいのよ。だとするなら、ゴーレムは、戦闘においての効力を削ぐだけで十分事足りるはず」
キュルケは、目を見開いてルイズを見た。
「あ、あなた……」
「タバサ。あなたの使い魔は、確か風竜だったわね」
「その通り」
「うん、その風竜の力を貸してくれるなら、ゴーレムの攻撃にさらされずに、フーケを追い詰めることができるわ。
持久戦に持ち込めば、あっちのほうが先に根を上げるはずよ、あんなに巨大なゴーレムだもの。
操るにも相当精神力を使うはずだわ。後は、地形を利用すれば、さらに行動制限できるだろうし……。
勿論、一番いいのは、戦闘に持ち込ませないことだけど。この場合、ゴーレムを出してもらったほうがむしろいいかしら?」
キュルケはルイズの物言いに愕然としていた。今のルイズには自信が漲っている。
「あ、それと。オールド・オスマン、任務について、一つ言っておきたいことが」
「なんじゃね、ミス・ヴァリエール」
ルイズが述べた。
「任務継続が、不可能又は危険であると、私達が判断した場合、得た情報を持ち帰ることを第一の任務へと変更して、
撤退します。それで構いませんよね?自己満足の無駄死こそ、もっとも忌むべき行為だと思うので」
オスマン氏は目を丸くした。
メイジとして落ちこぼれであるはずの、この生徒が、これほどの態度を示しているのだから驚いて当然であった。
オスマン氏は高らかに笑い声を上げた。
「ほっほっほ!まったくそのとおりじゃ!うむよいぞ!真に頼もしい!誰か、この人選に文句ある者は前に出るのじゃ!
勿論その者は、この三人に勝てるという自負があって当然だと思うが、どうだね?」
誰もその言葉に答えるものはいなかった。
ルイズの内から沸き起こっているのは決して過信ではない。そうとわかると、キュルケは思わず口の端をつりあげた。
意識したものではないので歪んだ笑みになってしまう。
キュルケの心が震えたった。本当に嬉しそうに言う。
「いいわねっ!面白くなってきたわ!ええ、そうよ!あたし、いい感じに、燃え上がってきたわよ!
これでこそ『微熱』二つ名が相応しいってものよ!ツェルプストー家の者として断じてヴァリエールに遅れをとらないんだから!
ねぇ!タバサ!あなたもやる気出てきたでしょ?」
無表情でタバサは頷いた。だが、何処か嬉しそうでもあった。
「少し」
オスマン氏は、その三人の様子を見ると弾んだ口調で述べた。
「うむ、素晴らしい!では、魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
ルイズとキュルケとタバサは、真顔になって直立すると「杖にかけて!」と同時に唱和した。
それからスカートの裾をつまみ、うやうやしく、礼をする。
そこで、コルベールが先ほどから疑問に思っていたことを口に出す。
「そういえば、ミス・ヴァリエール。あなたの使い魔は、いったいどこにいるのです。あのガンダー……」
オスマン氏は慌ててコルベールの口を押さえた。
「おお!そうじゃ、姿が見えぬようじゃが、何かワケでもあるのかの?」
ルイズは答えた。
「私の使い魔についてですがおそらく……」
だが、ルイズが言い終わる前に、誰かが宝物庫に入ってきた。その場にいるもの全員の視線を集めた。
「わたしは、ここにいるよっ。ルイズおねぇちゃん」
現れたのはバレッタであった。
「バレッタ。結局どうなったの?捕まえられたの?」
にこやかにバレッタは答えた。
「んーん。失敗しちゃったっ♪さすがに見失うわよぉ、だってぇー、相手飛んでるんだもん」
ルイズは疑いの目を向けるが、すぐに、切り上げた。
「まあ、捕まえてきてないのが、なによりの証拠よね」
「ところでバレッタ。これから私とキュルケとタバサは、盗賊フーケの捜索に行くわ。
あんたどうする?一緒に行きたいのなら、別に来てもいいわよ」
顎に人差し指を当てて悩む素振りを見せるバレッタ。
そして、ルイズにではなく、オスマン氏に話しかけた。
「おじいちゃんが、この学院の責任者だよね?」
まさか自分に話しかけられるとは、思っていなかったオスマン氏は少し、驚いた顔をした。
「うむ?いかにも、私が、この魔法学院の責任者、学院長のオスマンじゃ、何か話でも?」
「うんっ!あのねぇ、オスマンおじいちゃん、仮にわたしがフーケを捕まえたとして、
その時、わたしに報酬とか出たりとかするのかしら?出ないとしたらやる気でないなぁー」
「それは、あれじゃのう、お主は貴族ではないし、報酬といってものう……。!……ぁあー、なるほどのう」
オスマン氏は何か合点がいった様子であった。バレッタの真意がわかったのだ。
「よかろう。王室とは関係なく、私個人との約束じゃ。もし、フーケをおぬしが捕まえられたならば私が相応の報酬をだそう。
これは、学院長としての確約じゃ、信用してよい。これくらいの褒美はあって当然であろうしな」
パンと両手を合わせて嬉しそうにバレッタは言った。
「さっすがぁー!話がわかるわねぇ♪オスマンおじいちゃんっ!うんっ、バレッタもやる気出てきたわよっ。
はいっはいっー!ルイズおねぇちゃん!バレッタもフーケ捜索についていくーー!」
別について来なくても、来ても、どっちでも良かったルイズは答えた。
「そう、わかったわバレッタ、好きになさい」
「うむ、話はまとまったのなら、早速行ってもらおう。敵は待ってくれんからの。では、こちらで馬車は用意しよう、
それで向かうのじゃ。魔法は目的地まで温存したまえ。ミス・ロングビル!」
「はい。オールド・オスマン」
「目的地までの案内役をやってくれぬか?あいにく、場所を知っておるのはおぬしだけだしのう」
ミス・ロングビルは頭を下げた。
「もとよりそのつもりですわ。お任せください。…………うっ!!?」
その時、ミス・ロングビルの体に、身の毛がよだつほどの戦慄が走った。
一瞬、自分が死んだのかと思えるほどであったが、それは単なる錯覚にすぎない。
だが、べっとりとまとわりつく恐怖だけは確かにそこに存在していた。
その正体を、ミス・ロングビルは恐る恐る確かめる。
誰かに手首を握られていた。
それだけ、それだけであるはずなのに、背中から汗が噴出してくる。
まるで、心臓を鷲掴みにされている心地であった。そして心底混乱した。
手首を握っていたのは、幼い少女。ミス・ヴァリエールの使い魔であったのだからだ。
何故!?手首を握られてるだけなのに!!私が!この私が怯えてる!?そんなばかな!?
こいつは!いやっ、メイジを倒した平民の使い魔ってことは知ってるけど!
この、『土くれ』のフーケの私が……!?いったいコイツ何者!?
ミス・ロングビルの正体。それは、この事件の犯人、『土くれ』フーケであった。
この後、ルイズ達を罠にはめようと、画策していたのだが、思わぬ事態が起きた。
ヴァリエールの使い魔バレッタの小さな手が、フーケの手首をがっしりと掴んでいる。
何故、恐怖を感じているのか。それは、盗賊として、腕前、そして、危険な日々を切り抜けてきた実績が、
総動員して、バレッタに対し、最大級の危険信号を発していたからだった。
フーケは必死に冷静を装い、ミス・ロングビルとして応対した。
「い、いったい、どうしたのかしら?わたくしに何か用があるの?ええと」
陽がさすような笑顔で、バレッタは言った。
「わたし、バレッタよ。でね、ロングビルおねぇちゃんだっけ?ちょっとねぇ、お願いがあるのっ」
「な、何かしら?でも、これから、ミス・ヴァリエール達を案内しないといけませんから、後にして欲しいんですけど……」
「安心してっ!すぐに終わることだからっ」
「……?」
ルイズ達やオスマン氏も様子がおかしいことに気づき、バレッタとミス・ロングビルに注意を向けている。
バレッタが朗らかに言った。
「バレッタに、ロングビルおねぇちゃんの魔法の杖を貸して欲しいのっ♪」
「はっ!?」
予想のナナメ上を行く内容に、ミス・ロングビルは素の状態で驚いてしまった。
「え?それっていったい、どういう……!?」
「大丈夫よぉー。数秒で返すからぁー。ねっ♪」
ミス・ロングビルではなく、フーケの、盗賊としての直感が、バレッタの真意を読み取った。
コイツっ!!!私の正体を知ってる!!!間違いない!!
くそっ!なんでだいっ!どこでバレた!確かに、このずきんが、昨日の宝物庫襲撃を見ていたのはわかる!
あそこで、ヴァリエールと、このずきんが言い争いしてたの、わたしは見ていたから間違いない!!
だけど、あそこでは絶対に顔は見られていない!!つまり、少なくとも昨日の時点ではバレばれてない!
だとすれば……もしや、昨日からずっと追跡されてたっ!!!?バカなっ!この私に気づかれずに!?
しかも、この使い魔は平民で魔法が使えないはず!いったいどうやって!?
待って!落ち着くのよ!私!まだ大丈夫さね!そうさ、この使い魔がこんな手を打ってきたには理由があるのだから!
即座、フーケは動揺を見事に隠し、答えた。
「ゴメンなさい……。メイジにとって杖はね、とても大事なものなの。軽々しく他人には渡せないのよ」
実際にも、その通りであった。メイジにとって杖とは魔法を唱える上で必要不可欠なアイテムであり、
そうである以上、杖の価値は何物にも変えがたい。
特に、戦場では腕を一本失うより、杖を失うほうが重大であるとされているほどであった。
つまり、バレッタの要求には正当性ない、それどころか、断られて当然と言えた。
フーケは何故こんな手をバレッタが講じてきたかも、予想を立てていた。
このクソずきんは、わたしの正体を知っている。それは確か。
しかし、所詮は平民。いくら確度が高い証言であろうと、相手にされない可能性が高いと見たに違いない。
だからこそ、先に戦闘能力を奪おうとしている。そして揺さぶりをかけ、あわよくば、こちら側がボロを出すのを期待してる。
で、その様子を周りの者が見て、疑う者が現れて欲しいんだろうけど?
だけどまあ、惜しかったね。今、あんたがやっている行為なんざ、周りから見たら、ただの奇行さ。
要求に応じないからといって、メイジである連中から疑われることなんてありはしないってこと。
それに、この腑抜けた学院の連中なんかが、内部犯だなんてこと感づくことすらないんだから。
でもまあ、使い魔には正体バレてんのは確かだし、これが終わったらとんずらしないといけないねぇ……。
フーケは心の中で密やかに笑った。
しかし、事態はある者の一言で一変した。
「もしかしてバレッタ。……あんた、ミス・ロングビルがフーケだって疑ってるの?」
ルイズであった。
こんのォ~~~~!!!クソ小娘ッ~~~~~!!!
フーケの言葉は、辛うじて口から出なかったが、心の中でルイズを激しく罵った。
ルイズの言葉は、宝物庫に集まっている者達に疑念を抱かせるのには十分であった。一斉にざわつきだす。
そして、全員がバレッタとミス・ロングビルを見る。
もしかしたら、といった具合の薄い疑いではあったが。置かれた状況から、可能性として無視できない域まで達していた。
「まさか!?ルイズ!あなた、それ本気で言ってるの?」
コルベールが驚きを隠せない様子で喋った。
「まさか!?ミス・ロングビルがフーケ!?そんなはずはありません!!オールド・オスマン!あなたもそう思うでしょう!?」
「ふむ。確かにそうではあるがの。可能性までは否定できんじゃろ。つまりは確かめてみればよいということじゃ。
ミス・ロングビル、無実を証明するために、ミス・バレッタに杖をわたしなさい。
なに、彼女もすぐに返すといってるし、なんのことはない。
というよりも、これから、任務に赴くのに、疑われたままでは気分が悪かろう。双方な」
「それは……そうですが……」
ふざけるなっ!!こんな奴に杖なんか渡したら即効折られる決まってるじゃないのさ!!
くそっ!!なんで私が杖を渡さなけりゃいけない流れになってるんだい!!
あの小娘だ!ヴァリエール!!!あの小娘の一言がなければ、切り抜けられただろうに!!
使い魔と主人、……もしかして示し合わせていたのかっ!もとよりこのつもりで、私に……!!
くそっ!私が嵌められたっていうのかい!いやっ、それよりも今どうするかが問題……!
どうする!?戦うかっ!?いや、無理よ!ここは宝物庫、強力な『固定化』の魔法がかけられている!
私の『錬金』が効かないことは実証ずみだし、そうであるからこそ、巨大ゴーレムは出せない!
くそっ、満足に戦えるはずがないよ!!!このことまでクソずきんは見越してたわけかい……!!
しかも、今ここには学院中の教員が集まってる。こんな状態で勝てるわけがないっ!
じゃあ、逃げる!?それも、無理っ!!この手を握っているクソずきんが唯一の退路であると思われる、
昨日、わたしが空けた宝物庫の穴を背にして立っている。そうよっ!私がそこから逃げるのを阻むためにそうしている!
くそぉ!このクソずきん間違いなくプロよっ!裏家業かなんかの人間よっ!
こっちの能力を、過小評価してないからこその、この作戦。こちらが、一番戦いにくい状況を作り出し、
省けるリスクはとことんまで省く、ある種の合理的思考の持ち主……そして当然としてこのテの人間は敵に容赦がない!!
不味い……不味いわよ……!!相手が悪すぎる……!!
目の前のクソずきんだけでも、と思うけど!こちらが魔法で攻撃してくることを念頭においてないはずがないっ!
それにわかるっ、盗賊としての感っていうのかいっ!この間合いは、このクソずきんの間合いに違いないっ!
下手に抵抗すれば殺される……!?どうする……!?どうするにしても、急がなければ、疑いは強まる一方よ!!!
フーケの背中は焦りと恐れによって汗でびっしょりと濡れていた。まるで、死刑台に登らされているような感覚に襲われている。
出来る手立ては、もう一つしか残されていなかった。
杖は折られてしまうだろうが、ここで犯人と断定され、捕まるよりは千倍まし。
つまり、フーケはバレッタに杖を渡すことを決意したのだ。
渡した後、消えるように学院からいなくなればいい。そう、一時しのぎで十分なのだ、と。
フーケが杖を取り出すために懐に手を入れようとしたその時。
その狭間にフーケは見た。不敵に笑う赤ずきんの少女の顔を。
そのあと、フーケが次にした行動は、そこにいる者全員、バレッタですら驚くものであった。
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