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#navi(ベルセルク・ゼロ)
部屋に入ってきたアンリエッタは感激に身を震わせ、ルイズの体をぎゅっと抱きしめた。
「あぁ! ルイズ!! ルイズ・フランソワーズ!! 懐かしいわ! 本当に久しぶり!!」
「ひ、姫殿下ッ!? いけません、こんな下賎な所にお一人で参られるなど…!」
「ルイズ・フランソワーズ! そんな他人行儀な口の利き方はやめてちょうだい! わたくしたちは友達でしょう!?」
ルイズの言葉にアンリエッタはいやいやと首を振る。ルイズはひとつため息をついてからはにかみ、幾分くだけた口調でアンリエッタと語り始めた。
そんな二人の様子をガッツとパックは呆気に取られた様子で見つめていた。昼間、学院を粛々と訪問した姫と同一人物とは思えない。どうやらこの姫殿下、昼間の態度は余所行きで、こちらが地のようだった。
(姫……ね)
ルイズと手を取り合ってはしゃぐアンリエッタの様子に、ガッツはかつてその身をよせていたミッドランド王国の王女、シャルロットを思い出していた。彼女もまた、自らの手で当時反逆者として追われていた自分たちを城内に招き入れるなど、相当に活発な面を見せていた。
やはり一国の王女ともなるとそのバイタリティは並ではないらしい。
すっかり打ち解けた様子の二人は幼少の頃の思い出話に花を咲かせている。
二人の会話からすると、ルイズはともかく、アンリエッタも幼少の頃は相当なお転婆であるらしかった。
曰く、ルイズは幼少の頃アンリエッタの髪の毛を引きずりまわして泣かせたらしい。
曰く、アンリエッタはルイズとドレスを奪い合い、拳でこれを勝ち取った。
貴族の、それも王族である者にあるまじき下品な行為のように思われるが、ルイズとアンリエッタは懐かしげに、ともすれば誇らしげにそれらの思い出を語り合う。
「あぁ本当に懐かしい。懐かしくて涙まで出てきてしまったわ。あの頃は本当に自由で、毎日が楽しかった……出来るなら、いつまでも子供のままでいたかったわ」
目尻に浮かんだ涙をそっと拭って、アンリエッタは呟いた。その響きにはどこか悲しみが混じっている。
「どうしてこの世には時間を戻す魔法がないのかしらね……」
「姫様……」
「結婚するの、わたくし」
あまりにも悲しげな微笑み。無理やりに作られた笑顔をアンリエッタは浮かべていた。
おそらくは望まぬ結婚なのだろう。彼女はトリステイン王国の第一皇女だ。その事情は容易に伺い知れた。
「おめでとう……ございます」
それでも、ルイズはそう言うしかなかった。他に言うべき言葉が見つからなかったから。
「愛するものと結ばれるのが女の幸せよ。あなたも色々大変でしょうけど、頑張ってね。わたくし、応援しちゃうわ」
「はい?」
突然のアンリエッタの言葉にルイズは目を丸くする。
「後ろの逞しい彼、恋人なのでしょう?」
アンリエッタはいたずらっぽく微笑んだ。
ルイズの顔は一気に赤くなった。
「ち、ちが、ちがいます!! 姫様、あれは私の使い魔です! こ、恋人とか、そんな、そんなんじゃないですよ!! 何言ってるんですか!!」
「使い魔? 使い魔はそこのかわいい妖精さんではないのですか?」
アンリエッタの細い指がパックを指差す。パックは心外な! と頬を膨らませた。
「あやや、あれも使い魔です! どっちも忠実なる私の僕に過ぎませんわ!!」
「使い魔を二種、しかも片方は人間……? すごいわねルイズ。王宮に仕えるスクウェアメイジにもそんな人はいないわ。あなたは昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずなのね」
アンリエッタは感心した様子でガッツとパックを交互に見回した。
ルイズはアンリエッタに褒められて、得意気に慎ましい胸を張る。
「黙って聞いてればこの小娘いけしゃあしゃあとぬかしおって!! エルフ次元流の錆びにしてくれる!!」
「ええ~い! 姫様の御前なのよ!? 控えなさい栗頭!!」
パックがぶんぶんと振り回す毬栗をルイズは杖で受け流す。そんな二人の様子にアンリエッタは口を押さえてくつくつと笑った。
しかし、少しするとやはりその表情に影が落ち、アンリエッタは再びため息をついた。
「……どうなさったのですか? 姫様」
「…いえ、いいえ。何でもありません。あなたに話せるようなことじゃないの。忘れてちょうだい」
「姫様……」
ルイズはアンリエッタの両手を包み込むように握りしめた。
「私たち、お友達でしょう?」
ルイズがそう言うと、アンリエッタは嬉しそうに微笑んだ。
「わたくしをお友達と呼んでくれるのね、ルイズ。とても嬉しいわ……」
アンリエッタは俯き、やがて決心したように語り始めた。
アルビオンの貴族が反乱を起こし、今にも王室が倒れそうなこと。
反乱軍はアルビオンの次にこのトリステインに侵攻してくるであろうということ。
それに対抗するために、トリステインは帝政ゲルマニアと同盟を結ぶことになったこと。
そしてそのために―――自身がゲルマニア皇帝に嫁ぐことになったこと。
「ゲルマニアですって!? あんな成り上がりの野蛮な国に!!」
「いいのよルイズ。好きな相手と結婚するなんて、物心ついたときからあきらめているわ」
アンリエッタを本当に悩ましているのはそこではない。本題はここからだった。
当然、アルビオンの反乱軍はトリステインとゲルマニアの同盟を望まない。二国間の同盟を出来る限り妨害してくるのは目に見えている。
「反乱軍はわたくしと皇帝の婚姻の妨げになるものを血眼になって探しています」
「妨げになるもの……そんなものが?」
俯き、唇を噛むアンリエッタの様子を見れば容易に想像がつく。
―――あるのだ。
「おお…始祖ブリミルよ。この不幸な姫をお救いください……」
話し終えたアンリエッタは顔を両手で覆うと床に崩れ落ちた。パックはぎょっとしてそんな姫を見つめる。あまりにも大げさすぎやしないだろうか。
「姫様! 教えて! 婚姻を妨げるものって、一体何なのですか!?」
ルイズもアンリエッタに引っ張られたのだろうか、興奮した様子で捲くし立てる。アンリエッタは苦しそうに呟いた。
「それは……手紙なのです」
「「手紙?」」
ルイズとパックの声が重なる。アンリエッタは続けた。
「ええ。その手紙が反乱軍の貴族に渡ったら、彼らは喜び勇んでゲルマニア皇帝に届けるでしょう。そうなればきっと同盟は反故…! あぁ…トリステインはただ一国で反乱軍に立ち向かわなければならなくなってしまうのです!!」
ルイズはごくりと唾を飲む。パックはがじりとスルメを齧った。完全に観客気分だ。
「一体その手紙はどこにあるのですか!? トリステインに危機をもたらす、その手紙は!!」
「手紙は、アルビオンで戦いを繰り広げているウェールズ皇太子の元に……!」
ガッツの眉がピクリと上がる。ルイズは大げさに両腕を開いて言った。
「プリンス・オブ・ウェールズ? あの凛々しき王子様が?」
アンリエッタはのけぞると、ベッドに体を横たえた。
「ウェールズ皇太子は遅かれ早かれ反乱軍に捕らえられてしまうでしょう…! そうすれば、あの手紙が明るみに出るのも時間の問題!! そうなったらもう、トリステインは……!! 負けることはなくとも、大きな犠牲を払うことになってしまう!!」
ルイズの顔が蒼白になった。口の中はからからに乾いてしまっている。潤すように、またごくりと唾を飲む。
ルイズの胸にはひとつの決意があった。
「姫様、私が……」
「駄目、駄目よルイズ! わたくしがやはりどうかしていたのだわ!! こんなことをあなたに話してもどうにもなりはしないのに!! 忘れてちょうだいルイズ・フランソワーズ!」
「何をおっしゃいますか姫様!! 『土くれ』のフーケを捕まえた私たちの力をお信じください!! それに、姫様のためならば例え地獄の炎の中だろうが、竜のアギトの中だろうが―――!!」
ルイズは強い瞳でアンリエッタを見据え、自身の胸に右手を当てた。
「このヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ! 飛び込む『覚悟』は出来ておりますわ!!」
ドォ~~~ン!
パックが太鼓を打ち鳴らし、ルイズの宣誓に花を添える。
アンリエッタは感激でぽろぽろ涙を流し始めた。
「ああ、私はまことに良い友人を持ちました。ルイズ、あなたの友情と忠誠に感謝いたします!!」
「お任せください姫様! この任務、必ずやり遂げてみせます!!」
ルイズとアンリエッタは固い握手を交わした。パックはうんうんと頷き、二人に拍手を贈る。
「アルビオンに赴きウェールズ皇太子を探して、手紙を取り戻してくればいいのですね?」
「ええ、その通りです。『土くれ』のフーケを捕らえたあなた達なら、きっとこの困難な任務をやり遂げてくれると信じています」
ルイズとアンリエッタは細かな打ち合わせを始めた。短い打ち合わせではあったが、その中で明日の朝早速出発することを決める。
それからアンリエッタは壁に背を預け、じっと目を閉じていたガッツに目をむけた。アンリエッタはそのままガッツの方へ歩み寄る。
「頼もしい使い魔さん。これからもわたくしの大事な友達をよろしくお願いしますね」
そう言って、ガッツにその左手を差し出した。アンリエッタはガッツがその手に口をつけることを許したのだ。
皇女にその手を許される。トリステインに住まう者にとって、それは大変に光栄なことだといえる。
だが、ガッツはまったくその場を動こうとしなかった。それどころか、目を開けるそぶりさえ見せない。
アンリエッタはちょっと戸惑いながらガッツが目を開けるのを待っている。
「ちょっとガッツ!! 失礼でしょう!! 姫様がお手をお許しになられているのよ!!」
あまりに無礼なガッツの態度にルイズは肩をいからせた。そこに至ってようやくガッツは目を開ける。
アンリエッタは安心したように息をひとつつくと、再びその手を差し出した。
ガッツの背が壁から離れ―――ガッツはそのままアンリエッタの傍を通り過ぎた。
アンリエッタはぽかんとしてガッツの背中を見送る。
使い魔の不手際は主人の不手際である。ルイズの顔が見る見るうちに紅潮した。
「ガッツ!! 無礼にも程があるわよアンタ!! 姫様を無視するなんて、何て態度なの!?」
つかつかと部屋のドアに歩み寄るガッツのマントを掴み、ルイズは怒鳴る。
ガッツはぴたりと足を止め、ルイズの方を振り返った。
ルイズとガッツの視線が交錯する。
ガッツが口を開いた。
「お前……何か勘違いしてるんじゃねえか?」
心臓を、鷲掴みにされたような気がした。
「え…?」
咄嗟に言葉が出てこない。
ガッツの冷たい視線に晒され、背中に汗が噴出すのがわかった。
ガッツはルイズから視線を切ると、ドアノブに手をかける。
勘違い? 何よ、何を勘違いしてるっていうのよ。ほら見なさいよ。姫様が呆然としてらっしゃるじゃない。ちょっと、待ちなさいよ。
―――待ってよ。
その全ては言葉にならず、ガッツはノブを回し、ドアを開いた。
「うわ、わわわ!!」
当然開いたドアに廊下で飛び上がる影がある。
ギーシュ・ド・グラモンがそこにいた。
ガッツはギーシュを一瞥すると、そのまま廊下の奥へと消えていった。
ギーシュは部屋の中にアンリエッタの姿を発見すると、一瞬でその前まで駆け寄り、跪いた。
「姫殿下!! その任務、どうかこのギーシュ・ド・グラモンにお任せください!!」
「ギーシュ!! アンタ盗み聞きしてたの!?」
「失敬な!! たまたま姫殿下の見目麗しい姿を見かけて、ちょっと後をつけて、ドアに耳をつけてたら聞こえてきただけだ!!」
「思いっ切り盗み聞きじゃないの!!」
ルイズの平手打ちがギーシュの頬に飛ぶ。パチーンといい音がしてギーシュはもんどりうって倒れこんだ。
「あなた、もしかしてグラモン元帥の?」
倒れたギーシュの顔を覗き込んで、アンリエッタはギーシュに尋ねた。
ギーシュは慌てて立ち上がり、恭しく一礼した。しかしその頬には綺麗にルイズの手のあとが残っているので締まらない。
「あなたも、わたくしの力になってくれるというの?」
「はい! 姫殿下のためならば、この命さえも石ころのように投げ捨てる覚悟であります!!」
アンリエッタの顔を真っ直ぐ見ることが出来ず、少し上を向いたまま叫ぶギーシュに、アンリエッタはにっこりと微笑んだ。
「ありがとう。お父様に似て、あなたも勇敢でいらっしゃるのね。ではお願いします。どうかこの不幸な姫をお助けください、ギーシュさん」
「姫殿下が! 僕の名前を呼んでくだされた!!」
ギーシュは喜びのあまり後ろにのけぞって失神した。その際、床で思いっきり後頭部を強打した。しばらくは目覚めそうもない。
にやけた顔のままで失神するギーシュを廊下に放り出したルイズは、その間にアンリエッタがウェールズにしたためた手紙を受け取った。
「これをウェールズ皇太子に渡せば、件の手紙をすぐに渡してくれるはずです」
ルイズは頷くとアンリエッタの手からその手紙を受け取った。
アンリエッタはチラリとルイズに心配そうな目を向ける。
「ルイズ…大丈夫ですか? ガッツさん…とおっしゃった、あの方は……」
「大丈夫です、姫様。姫様は何も心配なさらないでください。いざとなればあんな奴の力を借りずとも、私だけでやり遂げて見せます」
「そうですか……」
アンリエッタは右手の薬指から指輪を引き抜くとルイズに手渡した。
「ではせめてこれを……母君から頂いた『水のルビー』です。お守りにしてください。路銀が必要なら、これを売り払って充てても構いません」
ルイズは恭しくそれを受け取り、アンリエッタに深く一礼した。
「この任務にはトリステインの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風からあなたたちをお守りくださいますように」
月明かりの下でガッツは井戸から汲み上げた水を浴びていた。剣を振って体に染み付いた汗を洗い流す。
さくっ、と草を踏む音が聞こえる。振り返ると、ルイズが立っていた。
「明日は朝早く出発するわよ。今夜は早めに眠りなさい」
ルイズは毅然とした様子でガッツに言葉を放つ。そんなルイズの声なぞどこ吹く風とばかりにガッツは再び井戸から汲み上げた水を頭から浴びた。
ルイズもそんなガッツをじっと見据えている。使い魔の主人として、ここで引く訳にはいかなかった。
「行かねえぞ、俺は」
短く、一言。
ルイズは反発する。
「だめよ! アンタは私の使い魔なんだから!! 私の命令には絶対服従なのよ!? 言ったでしょ!?」
強く、強く言い放つ。しかしその言葉とは裏腹に、ルイズの足は震えていた。
「俺も言ったはずだ」
ルイズの部屋から持ち出したタオルで髪を拭く。そのタオルをそのまま首にかけ、ガッツは言葉を続けた。
「お前が俺を元の世界に帰す方法を探している限り、使い魔をやってやる、ってな」
どくん、と心臓が音を立てた。
そうだ。ガッツは確かに言っていた。ギーシュとの決闘があったあの夜に。
「お姫様の機嫌をとりたきゃ勝手にすりゃいい。だが、俺がそれに付き合う義理はねえ」
確かにガッツの言うとおりだ。トリステインの危機を救うために戦地に赴く。これは明らかに『ガッツには関わりがない』。
でも、フーケの時は? あの時、私を励まし、力を貸してくれたのは?
ルイズは知らない。あの時ガッツが力を貸した動機は、あくまでオスマンとの取引によるものだということを。
―――――お前、何か勘違いしてるんじゃねえか?
理解した。
あぁ、なんて無様な勘違い。
呆れるほど滑稽な。
恥ずかしくて、悔しくて。
それより、もっとたくさん、悲しくて。
「……えぇ、勝手にするわよ!!!!」
既にその両足は毅然と立ち続けることなど出来なくて。
ルイズは踵を返し、走り去った。
部屋に駆け戻り、ドアを乱暴に閉める。
汗をかいたせいで、ブラウスがべっとりと肌に張り付いている。
「最…悪……お風呂入ったのに………」
呟きながら、ボタンを外す。ブラウスを乱暴に脱ぎ捨てると、新しい寝巻きに着替えるためにタンスを開けた。
綺麗にラッピングされた包みが目に入り、ルイズの手が止まる。
「ふふ……」
馬鹿馬鹿しくて、笑いすらこみ上げてくる。
ルイズはゆっくりとその包みを手に取ると、窓からそれを放り投げた。
どこに落ちていくかなんて見届けない。
ルイズはすぐに窓を閉じて着替えを済ますと、ベッドに飛び込んだ。
「明日は早いから、寝ちゃわないと………」
誰にともなく呟いて、目を閉じる。
―――閉じた目の隙間から、涙がぽろりと零れ落ちた。
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