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「ゼロの赤ずきん-04」(2008/05/15 (木) 07:42:33) の最新版変更点
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#navi(ゼロの赤ずきん)
ミスタ・コルベールは学院長室の扉を勢いよく空け、部屋の中へ飛び込んだ。
「オールド・オスマン!」
コルベールにオールド・オスマンと呼ばれた老人はトリステイン魔法学院の学院長であった。
白い口ひげと髪を揺らせていた。風もないのに揺れているのは、自分の秘書に対しセクハラを働き、
その秘書に頭を足蹴にされていたからだ。しかし、部屋に入ってきたコルベールの視界へと入る前に、
秘書は机に座って、オスマン氏は腕を後ろに組んで何事もなかったかのように振舞った。まさに早業であった。
「たた、大変です」
「大変なことなど、あるものか。全ては小事じゃ」
「ここ、これを見てください!」
コルベールはオスマン氏に自分が調べていた書物を手渡した。
「これは、『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか、まったく、これがどうしたというんじゃ。えーと?」
オスマン氏は首をかしげた。
「コルベールです!お忘れですか!それはともかく、これも見てください!」
コルベールはバレッタの手に現れたルーンのスケッチを手渡した。
それを見た瞬間、オスマン氏の表情が変わった。目が光り、厳しい色になる。
「ミス・ロングビル。席を外しなさい」
秘書のミス・ロングビルは席を立ち、理知的で凛々しい顔をオスマン氏たちに向け一礼し、そして部屋を出て行く。
彼女の退室を見届け、オスマン氏は口を開いた。
「詳しく説明するんじゃ、ミスタ・コルベール」
ルイズがめちゃくちゃにした教室が片付いたのは、昼休みが丁度終わるころであった。
罰で魔法を使わずやるように言われたことは、さして問題ではなかったが、
手伝ってくれる者がおらず、ルイズの細い腕で重労働をする羽目になったため、時間がかかってしまったのである。
ルイズはひとり、片付け終わった教室で席に座り、打ちひしがれていた。体中が痛い。
精神的にも、肉体的にもルイズは限界であった。
そこに、今のルイズとは対照的なバレッタが、厨房で昼食まで済ませてやってきた。
「ゴメンね♪ 美味しい道草食ってたら スッゲエ遅くなっちゃったのっ、みたいな?」
一度睨んでからルイズはそっぽを向いた。
その様子をみて、バレッタは言った。
「どーしたのぉ?ルイズおねぇちゃん、元気ないみたいだけど?」
誰のせいだ、誰の!!
ルイズは心の中で盛大にツッコミをいれた。だが、それを表に出さず、バレッタと目を合わせないようにした。
反応を得られないのがわかると、バレッタは周りを見渡す。教室は確かに片付けられていたが、
魔法を使わずに、ルイズ一人が手作業でやっていたので、元通りとまではなっていなかった。むしろ、まだボロボロだった。
「さっきね、他の人がルイズおねぇちゃんのことを話しているところに通りかかったのね」
ピクリとルイズの肩が動く。
「“あいつは『ゼロ』なんだから魔法使わせるなっての、いっつも失敗して爆発するだけなんだからよ、
こっちはいい迷惑だぜ、今日は『錬金』で教室で爆発させしたな、ありえねーよ”って」
「これってー、ルイズおねぇちゃんがやったってことだよね」
教室の惨状に指をさし、バレッタはルイズに言った。
「魔法って色々なことが出来るんだねぇー。ちょっとうらやましぃーかなっ♪」
その言葉はルイズにとって嫌味にしか聞こえなかった。溜めていたものを全て吐き出すようにルイズは叫ぶ。
「悪かったわね!!どうせ私は『ゼロ』よ!!ああ、あんたは知らなかったはずよね、説明してあげるわよ!」
「私は貴族でメイジなのに、魔法がほとんど使えないのよ!!使おうとすると、いっつも爆発するだけだから『ゼロ』!
皆、私のことを『ゼロ』のルイズって呼ぶのよ!魔法が使えないから。そうね、ぴったりな二つ名じゃない!
でもね、私も何も努力してきてないわけじゃないのよ!?あらゆる魔法に関する書物を読んで、
完璧に詠唱を唱えられるように、何度も練習して、杖の振り方だって、毎日の授業だって!!!
血のにじむような努力をしてきてこれよ!あんたにこの悔しさがわかる!!!!?」
「いや、ワカんねーよ」
たったそれだけの言葉しかくれない、自分の使い魔に目を見開いて顔を向けた。
バレッタは蟻にたかられている虫の死骸を見るような蔑んだ目でルイズを見下ろしていた。
「で?」
その場の空気が凍りついた。そのバレッタの言葉でルイズの怒りはどっかに飛んでいってしまっていた。
「で?……って、あんた、その、なんか、だって……もっと、あの……」
目を泳がせているルイズを見て、バレッタは何か閃いたのか手を叩いて笑顔で言った。
「あー、なーるほどー!バレッタわかったよ!」
ルイズの背中に手をやり、慰めるようにバレッタは語りかける。
「ルイズおねぇちゃん。ルイズおねぇちゃんなら、絶対魔法をちゃんと使えるようになるよ、だって一杯、一生懸命
努力して練習してるんだもの、報われないはずがないよぉー、バカにしている人は見る目がないだけなのっ、
だから元気だしてね、ルイズおねぇーちゃん♪」
言い終わるとすぐにルイズに背を向け歩きだした。ルイズはただ呆然とバレッタの言葉を聞いていただけだった。
扉の前まで来ると、バレッタは一度立ち止まった。そして舌打ちをしてから、何事もなかったように教室を出て行った。
「一体、なんなのよあいつ……」
このときのバレッタの真意を今のルイズには知ることはできなかった。
バレッタは教室を出た後、厨房に行くため食堂の前を歩いていた。そうすると生徒達が昼食を終え、
ぞろぞろと食堂から出てきた。そのなかの一団の中に、金色の巻き髪に、フリルのついたシャツを着た、
気障なメイジがいた。薔薇をシャツのポケットに挿している。周りの友人は口々に彼を冷やかしている。
「なあ、ギーシュ!今は誰とつきあってるんだよ!」
「だれが、恋人なんだギーシュ!」
気障なメイジはギーシュというらしい。彼はすっと唇の前に指を立てた。
「つきあう?僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
自分を薔薇に例えている。気障な見かけに相応しい、気障なセリフであった。
そのときギーシュのポケットから何かが落ちた。ガラスでできた小壜であった。中に紫色の液体が揺れている。
バレッタは迷わず、その落し物を拾ってギーシュに駆け寄った。
「おにーさんっ、落し物だよっ!」
ギーシュは振り返り、壜を目にすると苦々しげに、バレッタを見つめた。
「それは僕のじゃない。君は何を言っているんだね」
バレッタはカチンと頭に来た。善意で拾ったわけではなかったが、この態度はいただけなかった。
「あっ、!イヤーン♪」
こけるふりをして液体の中身をギーシュの顔めがけてぶちまけた。
「っっブッ!!なっ!!!なにをする!平民!」
ギーシュはバレッタに詰め寄ろうとしたが、友人の一言で歩を止めた。
「おお?それ香水じゃないか?しかもモンモランシーの香水だろう!それは!」
「そうだ!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」
「そいつが、ギーシュ、お前が持っていたってことは、つまりお前はいまモンモランシーとつきあってる。そうだな?」
「違う、いいかい?彼女の名誉のために言っておくが……」
ギーシュが何か言いかけたとき、後ろから茶色のマントの少女が近づいてきた。
そしてボロボロと泣きながら、少女はギーシュに言った。
「ギーシュ様……やはりミス・モンモランシーと……」
「いや、彼らは誤解してるんだ、ケティ。いいかい、僕の心の中に住んでいるのは君だけ……」
しかし、ケティと呼ばれた少女は、思いっきりギーシュをひっぱたいた。
「見苦しい言い訳はよしてください、もう結構です!さようなら!」
ギーシュは叩かれた頬をさすった。すると、遠くから一人の見事な巻き髪の女の子が、いかめしい顔で彼に近づいてきた。
「モンモランシー。誤解だ。彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールの森に遠乗りをしただけで……」
ギーシュは首を振りながら言った。冷静な態度を装っていたが、冷や汗が一滴、額を伝わっていた。
「やっぱり、あの一年生に、手を出していたのね?男としてひどいと思わない?」
「そうよ!ひどいよっ!バレッタはギーシュ様にあんなことや!そんなことをさせてあげたのに!他に二人もいたなんてっ!」
突然話に加わってきた赤ずきんの少女をギーシュとモンモランシーは二人仲良く凝視した。
額に青筋を立てて、モンモランシーは拳を頭上高く持ち上げる。
「いや、え?ちょ、ちょっと待っておくれモンモランシー!僕にもよくわからないんだ!本当だっ!こんな平民知らない!」
「へえぇ。でも、このコにも、他の女の子がいるってバレたから、香水をぶっかけられたんじゃないの?」
「へぁあっ!?いやいやいや!!それはこの平民が勝手にコケて、僕に……!!!」
「黙りなさい!!このうそつき!変態!ロリコン!!三股!!!平民にも手を出すなんて、この見境なし!!!」
モンモランシーは拳を打ち下ろし、ギーシュの顔面を殴った。ギーシュはその場に尻餅をつき、鼻から血が垂らした。
そしてモンモランシーは怒気を漲らせたまま去っていった。
呆然としたままギーシュはハンカチを取り出すと、ゆっくりと鼻血を拭いた。そして、首を振りながら言った。
「前半はともかく、後半は意味がわからない……いや、ちょっと待ちたまえそこの平民!!!絶対待ちたまえ!!!」
何事もなかったかのように、その場を立ち去ろうとしていたバレッタは止まって振り返った。
「ぁあん?」
ギーシュは立ち上がり、勇ましく言った。
「随分なことをしてくれたじゃないか、何を思ってしてくれたかはわからないが、二人のレディの名誉が傷ついた、
それに僕のもだ!!特に僕のが重傷だ!!表を歩くのもままならぬ程にだ!!!どうしてくれる!!」
周りからクスクスと笑いが聞こえてくる。ギーシュの顔が真っ赤になった。バレッタは面倒くさそうに答える。
「青いケツのガキの青臭い恋愛のいざこざなんざ押し付けないでって感じかなっ♪」
笑いがドッと沸き、大きなものに変わる。ギーシュの中の何かが切れた。拳をわなわなと震わせる。
「よくよく見てみれば、あのゼロのルイズが呼び出した平民の使い魔じゃないか。
よかろう……、君に貴族への礼儀を教えてやろう。丁度いい腹ごなしだ。ヴェストリの広場に来るといい、決闘だ!
まあ、来る勇気があればの話だが、いや、だからって逃げるんじゃないぞ!逃げるなよ!フリじゃないからな!!」
「うんっ。いいよ、待っててねっ」
相手の合意を得たのを確認すると、早歩きでギーシュは去っていった。ギーシュの友人もあとに続く。
その直後に、ことの終末をみていたシエスタが遠くから慌しく走ってきてバレッタを抱きかかえた。体をぶるぶると震わせている。
「ああ!!どうしましょう!?貴族を本気で怒らせてしまうなんて!!バレッタちゃんが殺されちゃう!!!
私が盾になっても、その後にバレッタちゃんもきっと……!!!どうすれば……!!!?」
バレッタはシエスタの頭に手をやり、落ち着かせるために撫でた。
「大丈夫よぉ、シエスタおねえちゃん。バレッタね、少しも怪我しないから」
その言葉にシエスタは驚愕した。
そんなわけがない、絶対無事には済まない、メイジは魔法を使い、
火や風、水や土を操る、平民に防ぐ方法皆無、一方的な暴力になる、最終的には殺されてしまう、と言った。
しかし、バレッタはシエスタの話に、さして興味を示さずに言う。
「あのガキ、見上げたことに、あんな目にあったのにもかかわらずにね、わたしのこと傷つけようとは一切思ってねーみたい、
戦いっていう体裁をとってるけどぉ、なんか魔法でちょろっと脅かして、
わたしにトラウマをつくってやろうってぐらいじゃねーの?反吐が出るぐらいのフェミニストつーかぁ……まぁーでも」
シエスタは言葉の終わり間際にバレッタの顔が豹変していくを息が詰まる思いで見つめていた。
「戦いって形をとっている以上ね、奪い奪われが常なの。だから戦いをする時は『覚悟』をしておかないとダーメっ。
でね、それがアイツにはないの。それは相手がわたしだろーからだけど。
知ってる?何も覚悟がないまま、何がなんだかわからないまま殺られるとね、これでもかってくらい目を見開いて
口をポカンと開けたまま死ぬのよ。それがホントーに滑稽に見えてオカシイのっ♪」
目の前のかよわく庇護されるべきであるはずの少女は、明らかに殺気を帯びていた。
何もかも無情に一刀両断してしまいそうな刃を抱いているような感覚襲われ、
シエスタは弾かれるように、バレッタから離れた。
少女は猛獣ですら死に至らしめることが出来そうな鋭い眼光に変わっており、
シエスタの、自分の知っている少女はどこにもいなくなっていた。
「あ、あなたは一体何者なの……?」
バレッタはおどけた風に人差し指を唇にあて、考えている真似をした。
「んー、説明すんのメーンドーイぃ。……だ・か・ら、わかりやすく例えで教えてあげるっ♪」
「わたしは進んで狼をくびり殺す羊」
バレッタが悪魔のような笑みを浮かべる。先ほどの貴族に対して以上の強い恐怖をシエスタは感じた。
シエスタは黙って、バレッタから逃げるように走って遠くへ去っていった。
「『羊の皮をかぶった狼』の間違いじゃないの、バレッタ」
その言葉を聞いたバレッタは話し主を見た。疲れきったルイズであった。
ルイズは、シエスタとの会話を始終聞いていた。呆れたように言う。
「決闘はやめておきなさい、怪我はしないっていってるけど、まず勝てないわ。相手は私じゃないのよ。
正々堂々、正面から戦ってドットとはいえメイジに勝てるワケがないでしょう?言っとくけどこれは優しさからの忠告よ」
この戦いが、どう転がろうが、ルイズにとってはマイナスになるに違いないと思ったから言ったことでもあった。
表情をにこやかなものにしたままバレッタは答えた。
「時たまね、“卑怯だぞ!貴様!正々堂々戦え!”って言う奴がいるけどさぁー、わたし思うのね、
自分が望む戦い方を相手に強要するのが正々堂々なのかってね♪そいつのが卑怯じゃないかなー。
戦うんだったら、背中から刺されても文句言わないで欲しいなぁー」
ルイズはため息をついた。この使い魔、退くつもりない、それだけはわかった。そして自分に止める術はない。
「わかったわよ、お願いだから、万が一勝つことがあっても相手を殺しちゃだめだからね?」
「え゛ーー、どーしよっかなー、殺っちゃおーかなー♪」
ルイズはその言葉に対し切り返さずに、黙ってヴェストリの広場の方向を指差した。
バレッタはお花畑に遊びに行くような軽やかな足取りで向かっていった。
騒ぎを聞きつけてやって来たキュルケがルイズに問いかける。
「ちょっといいワケ!?使い魔死んじゃうわよ!?なんで戦うのを許しちゃったの!?」
ルイズはバレッタが去っていった方向を見つめたまま動かない。
「もしかしてルイズ、自分の使い魔が勝つと思ってるの?そんなわけないでしょ、ドットとはいえ、
ギーシュはメイジなのよ。勝ち目なんてないでしょうに、しかもあんな小さな子に……」
ルイズはゆっくりと口を開いた。
「わからないわ、魔法についてなにも知らないみたいだし、ギーシュがどんな魔法を使うかも知らないはず……。
でもナイフが届く範囲でならギーシュが杖を抜く前になんとかできるんじゃないかしら」
キュルケは呆れたように言った。
「相手を近づけさせるメイジなんているわけないじゃない、大怪我するわよあなたの使い魔、最悪死ぬわよ」
そうね、まだバレッタのことほとんど何も知らないけど、多分それであってる、
でもね、いいの、むしろ心の奥底では怪我をしてくれることを私は望んでいるから。
私ね、バレッタが嫌いなのかもしれない。
#navi(ゼロの赤ずきん)
#navi(ゼロの赤ずきん)
ミスタ・コルベールは学院長室の扉を勢いよく空け、部屋の中へ飛び込んだ。
「オールド・オスマン!」
コルベールにオールド・オスマンと呼ばれた老人はトリステイン魔法学院の学院長であった。
白い口ひげと髪を揺らせていた。風もないのに揺れているのは、自分の秘書に対しセクハラを働き、
その秘書に頭を足蹴にされていたからだ。しかし、部屋に入ってきたコルベールの視界へと入る前に、
秘書は机に座って、オスマン氏は腕を後ろに組んで何事もなかったかのように振舞った。まさに早業であった。
「たた、大変です」
「大変なことなど、あるものか。全ては小事じゃ」
「ここ、これを見てください!」
コルベールはオスマン氏に自分が調べていた書物を手渡した。
「これは、『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか、まったく、これがどうしたというんじゃ。えーと?」
オスマン氏は首をかしげた。
「コルベールです!お忘れですか!それはともかく、これも見てください!」
コルベールはバレッタの手に現れたルーンのスケッチを手渡した。
それを見た瞬間、オスマン氏の表情が変わった。目が光り、厳しい色になる。
「ミス・ロングビル。席を外しなさい」
秘書のミス・ロングビルは席を立ち、理知的で凛々しい顔をオスマン氏たちに向け一礼し、そして部屋を出て行く。
彼女の退室を見届け、オスマン氏は口を開いた。
「詳しく説明するんじゃ、ミスタ・コルベール」
ルイズがめちゃくちゃにした教室が片付いたのは、昼休みが丁度終わるころであった。
罰で魔法を使わずやるように言われたことは、さして問題ではなかったが、
手伝ってくれる者がおらず、ルイズの細い腕で重労働をする羽目になったため、時間がかかってしまったのである。
ルイズはひとり、片付け終わった教室で席に座り、打ちひしがれていた。体中が痛い。
精神的にも、肉体的にもルイズは限界であった。
そこに、今のルイズとは対照的なバレッタが、厨房で昼食まで済ませてやってきた。
「ゴメンね♪ 美味しい道草食ってたら スッゲエ遅くなっちゃったのっ、みたいな?」
一度睨んでからルイズはそっぽを向いた。
その様子をみて、バレッタは言った。
「どーしたのぉ?ルイズおねぇちゃん、元気ないみたいだけど?」
誰のせいだ、誰の!!
ルイズは心の中で盛大にツッコミをいれた。だが、それを表に出さず、バレッタと目を合わせないようにした。
反応を得られないのがわかると、バレッタは周りを見渡す。教室は確かに片付けられていたが、
魔法を使わずに、ルイズ一人が手作業でやっていたので、元通りとまではなっていなかった。むしろ、まだボロボロだった。
「さっきね、他の人がルイズおねぇちゃんのことを話しているところに通りかかったのね」
ピクリとルイズの肩が動く。
「“あいつは『ゼロ』なんだから魔法使わせるなっての、いっつも失敗して爆発するだけなんだからよ、
こっちはいい迷惑だぜ、今日は『錬金』で教室で爆発させたしな、ありえねーよ”って」
「これってー、ルイズおねぇちゃんがやったってことだよね」
教室の惨状に指をさし、バレッタはルイズに言った。
「魔法って色々なことが出来るんだねぇー。ちょっとうらやましぃーかなっ♪」
その言葉はルイズにとって嫌味にしか聞こえなかった。溜めていたものを全て吐き出すようにルイズは叫ぶ。
「悪かったわね!!どうせ私は『ゼロ』よ!!ああ、あんたは知らなかったはずよね、説明してあげるわよ!」
「私は貴族でメイジなのに、魔法がほとんど使えないのよ!!使おうとすると、いっつも爆発するだけだから『ゼロ』!
皆、私のことを『ゼロ』のルイズって呼ぶのよ!魔法が使えないから。そうね、ぴったりな二つ名じゃない!
でもね、私も何も努力してきてないわけじゃないのよ!?あらゆる魔法に関する書物を読んで、
完璧に詠唱を唱えられるように、何度も練習して、杖の振り方だって、毎日の授業だって!!!
血のにじむような努力をしてきてこれよ!あんたにこの悔しさがわかる!!!!?」
「いや、ワカんねーよ」
たったそれだけの言葉しかくれない、自分の使い魔に目を見開いて顔を向けた。
バレッタは蟻にたかられている虫の死骸を見るような蔑んだ目でルイズを見下ろしていた。
「で?」
その場の空気が凍りついた。そのバレッタの言葉でルイズの怒りはどっかに飛んでいってしまっていた。
「で?……って、あんた、その、なんか、だって……もっと、あの……」
目を泳がせているルイズを見て、バレッタは何か閃いたのか手を叩いて笑顔で言った。
「あー、なーるほどー!バレッタわかったよ!」
ルイズの背中に手をやり、慰めるようにバレッタは語りかける。
「ルイズおねぇちゃん。ルイズおねぇちゃんなら、絶対魔法をちゃんと使えるようになるよ、だって一杯、一生懸命
努力して練習してるんだもの、報われないはずがないよぉー、バカにしている人は見る目がないだけなのっ、
だから元気だしてね、ルイズおねぇーちゃん♪」
言い終わるとすぐにルイズに背を向け歩きだした。ルイズはただ呆然とバレッタの言葉を聞いていただけだった。
扉の前まで来ると、バレッタは一度立ち止まった。そして舌打ちをしてから、何事もなかったように教室を出て行った。
「一体、なんなのよあいつ……」
このときのバレッタの真意を今のルイズには知ることはできなかった。
バレッタは教室を出た後、厨房に行くため食堂の前を歩いていた。そうすると生徒達が昼食を終え、
ぞろぞろと食堂から出てきた。そのなかの一団の中に、金色の巻き髪に、フリルのついたシャツを着た、
気障なメイジがいた。薔薇をシャツのポケットに挿している。周りの友人は口々に彼を冷やかしている。
「なあ、ギーシュ!今は誰とつきあってるんだよ!」
「だれが、恋人なんだギーシュ!」
気障なメイジはギーシュというらしい。彼はすっと唇の前に指を立てた。
「つきあう?僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
自分を薔薇に例えている。気障な見かけに相応しい、気障なセリフであった。
そのときギーシュのポケットから何かが落ちた。ガラスでできた小壜であった。中に紫色の液体が揺れている。
バレッタは迷わず、その落し物を拾ってギーシュに駆け寄った。
「おにーさんっ、落し物だよっ!」
ギーシュは振り返り、壜を目にすると苦々しげに、バレッタを見つめた。
「それは僕のじゃない。君は何を言っているんだね」
バレッタはカチンと頭に来た。善意で拾ったわけではなかったが、この態度はいただけなかった。
「あっ、!イヤーン♪」
こけるふりをして液体の中身をギーシュの顔めがけてぶちまけた。
「っっブッ!!なっ!!!なにをする!平民!」
ギーシュはバレッタに詰め寄ろうとしたが、友人の一言で歩を止めた。
「おお?それ香水じゃないか?しかもモンモランシーの香水だろう!それは!」
「そうだ!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」
「そいつが、ギーシュ、お前が持っていたってことは、つまりお前はいまモンモランシーとつきあってる。そうだな?」
「違う、いいかい?彼女の名誉のために言っておくが……」
ギーシュが何か言いかけたとき、後ろから茶色のマントの少女が近づいてきた。
そしてボロボロと泣きながら、少女はギーシュに言った。
「ギーシュ様……やはりミス・モンモランシーと……」
「いや、彼らは誤解してるんだ、ケティ。いいかい、僕の心の中に住んでいるのは君だけ……」
しかし、ケティと呼ばれた少女は、思いっきりギーシュをひっぱたいた。
「見苦しい言い訳はよしてください、もう結構です!さようなら!」
ギーシュは叩かれた頬をさすった。すると、遠くから一人の見事な巻き髪の女の子が、いかめしい顔で彼に近づいてきた。
「モンモランシー。誤解だ。彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールの森に遠乗りをしただけで……」
ギーシュは首を振りながら言った。冷静な態度を装っていたが、冷や汗が一滴、額を伝わっていた。
「やっぱり、あの一年生に、手を出していたのね?男としてひどいと思わない?」
「そうよ!ひどいよっ!バレッタはギーシュ様にあんなことや!そんなことをさせてあげたのに!他に二人もいたなんてっ!」
突然話に加わってきた赤ずきんの少女をギーシュとモンモランシーは二人仲良く凝視した。
額に青筋を立てて、モンモランシーは拳を頭上高く持ち上げる。
「いや、え?ちょ、ちょっと待っておくれモンモランシー!僕にもよくわからないんだ!本当だっ!こんな平民知らない!」
「へえぇ。でも、このコにも、他の女の子がいるってバレたから、香水をぶっかけられたんじゃないの?」
「へぁあっ!?いやいやいや!!それはこの平民が勝手にコケて、僕に……!!!」
「黙りなさい!!このうそつき!変態!ロリコン!!三股!!!平民にも手を出すなんて、この見境なし!!!」
モンモランシーは拳を打ち下ろし、ギーシュの顔面を殴った。ギーシュはその場に尻餅をつき、鼻から血が垂らした。
そしてモンモランシーは怒気を漲らせたまま去っていった。
呆然としたままギーシュはハンカチを取り出すと、ゆっくりと鼻血を拭いた。そして、首を振りながら言った。
「前半はともかく、後半は意味がわからない……いや、ちょっと待ちたまえそこの平民!!!絶対待ちたまえ!!!」
何事もなかったかのように、その場を立ち去ろうとしていたバレッタは止まって振り返った。
「ぁあん?」
ギーシュは立ち上がり、勇ましく言った。
「随分なことをしてくれたじゃないか、何を思ってしてくれたかはわからないが、二人のレディの名誉が傷ついた、
それに僕のもだ!!特に僕のが重傷だ!!表を歩くのもままならぬ程にだ!!!どうしてくれる!!」
周りからクスクスと笑いが聞こえてくる。ギーシュの顔が真っ赤になった。バレッタは面倒くさそうに答える。
「青いケツのガキの青臭い恋愛のいざこざなんざ押し付けないでって感じかなっ♪」
笑いがドッと沸き、大きなものに変わる。ギーシュの中の何かが切れた。拳をわなわなと震わせる。
「よくよく見てみれば、あのゼロのルイズが呼び出した平民の使い魔じゃないか。
よかろう……、君に貴族への礼儀を教えてやろう。丁度いい腹ごなしだ。ヴェストリの広場に来るといい、決闘だ!
まあ、来る勇気があればの話だが、いや、だからって逃げるんじゃないぞ!逃げるなよ!フリじゃないからな!!」
「うんっ。いいよ、待っててねっ」
相手の合意を得たのを確認すると、早歩きでギーシュは去っていった。ギーシュの友人もあとに続く。
その直後に、ことの終末をみていたシエスタが遠くから慌しく走ってきてバレッタを抱きかかえた。体をぶるぶると震わせている。
「ああ!!どうしましょう!?貴族を本気で怒らせてしまうなんて!!バレッタちゃんが殺されちゃう!!!
私が盾になっても、その後にバレッタちゃんもきっと……!!!どうすれば……!!!?」
バレッタはシエスタの頭に手をやり、落ち着かせるために撫でた。
「大丈夫よぉ、シエスタおねえちゃん。バレッタね、少しも怪我しないから」
その言葉にシエスタは驚愕した。
そんなわけがない、絶対無事には済まない、メイジは魔法を使い、
火や風、水や土を操る、平民に防ぐ方法皆無、一方的な暴力になる、最終的には殺されてしまう、と言った。
しかし、バレッタはシエスタの話に、さして興味を示さずに言う。
「あのガキ、見上げたことに、あんな目にあったのにもかかわらずにね、わたしのこと傷つけようとは一切思ってねーみたい、
戦いっていう体裁をとってるけどぉ、なんか魔法でちょろっと脅かして、
わたしにトラウマをつくってやろうってぐらいじゃねーの?反吐が出るぐらいのフェミニストつーかぁ……まぁーでも」
シエスタは言葉の終わり間際にバレッタの顔が豹変していくを息が詰まる思いで見つめていた。
「戦いって形をとっている以上ね、奪い奪われが常なの。だから戦いをする時は『覚悟』をしておかないとダーメっ。
でね、それがアイツにはないの。それは相手がわたしだろーからだけど。
知ってる?何も覚悟がないまま、何がなんだかわからないまま殺られるとね、これでもかってくらい目を見開いて
口をポカンと開けたまま死ぬのよ。それがホントーに滑稽に見えてオカシイのっ♪」
目の前のかよわく庇護されるべきであるはずの少女は、明らかに殺気を帯びていた。
何もかも無情に一刀両断してしまいそうな刃を抱いているような感覚襲われ、
シエスタは弾かれるように、バレッタから離れた。
少女は猛獣ですら死に至らしめることが出来そうな鋭い眼光に変わっており、
シエスタの、自分の知っている少女はどこにもいなくなっていた。
「あ、あなたは一体何者なの……?」
バレッタはおどけた風に人差し指を唇にあて、考えている真似をした。
「んー、説明すんのメーンドーイぃ。……だ・か・ら、わかりやすく例えで教えてあげるっ♪」
「わたしは進んで狼をくびり殺す羊」
バレッタが悪魔のような笑みを浮かべる。先ほどの貴族に対して以上の強い恐怖をシエスタは感じた。
シエスタは黙って、バレッタから逃げるように走って遠くへ去っていった。
「『羊の皮をかぶった狼』の間違いじゃないの、バレッタ」
その言葉を聞いたバレッタは話し主を見た。疲れきったルイズであった。
ルイズは、シエスタとの会話を始終聞いていた。呆れたように言う。
「決闘はやめておきなさい、怪我はしないっていってるけど、まず勝てないわ。相手は私じゃないのよ。
正々堂々、正面から戦ってドットとはいえメイジに勝てるワケがないでしょう?言っとくけどこれは優しさからの忠告よ」
この戦いが、どう転がろうが、ルイズにとってはマイナスになるに違いないと思ったから言ったことでもあった。
表情をにこやかなものにしたままバレッタは答えた。
「時たまね、“卑怯だぞ!貴様!正々堂々戦え!”って言う奴がいるけどさぁー、わたし思うのね、
自分が望む戦い方を相手に強要するのが正々堂々なのかってね♪そいつのが卑怯じゃないかなー。
戦うんだったら、背中から刺されても文句言わないで欲しいなぁー」
ルイズはため息をついた。この使い魔、退くつもりない、それだけはわかった。そして自分に止める術はない。
「わかったわよ、お願いだから、万が一勝つことがあっても相手を殺しちゃだめだからね?」
「え゛ーー、どーしよっかなー、殺っちゃおーかなー♪」
ルイズはその言葉に対し切り返さずに、黙ってヴェストリの広場の方向を指差した。
バレッタはお花畑に遊びに行くような軽やかな足取りで向かっていった。
騒ぎを聞きつけてやって来たキュルケがルイズに問いかける。
「ちょっといいワケ!?使い魔死んじゃうわよ!?なんで戦うのを許しちゃったの!?」
ルイズはバレッタが去っていった方向を見つめたまま動かない。
「もしかしてルイズ、自分の使い魔が勝つと思ってるの?そんなわけないでしょ、ドットとはいえ、
ギーシュはメイジなのよ。勝ち目なんてないでしょうに、しかもあんな小さな子に……」
ルイズはゆっくりと口を開いた。
「わからないわ、魔法についてなにも知らないみたいだし、ギーシュがどんな魔法を使うかも知らないはず……。
でもナイフが届く範囲でならギーシュが杖を抜く前になんとかできるんじゃないかしら」
キュルケは呆れたように言った。
「相手を近づけさせるメイジなんているわけないじゃない、大怪我するわよあなたの使い魔、最悪死ぬわよ」
そうね、まだバレッタのことほとんど何も知らないけど、多分それであってる、
でもね、いいの、むしろ心の奥底では怪我をしてくれることを私は望んでいるから。
私ね、バレッタが嫌いなのかもしれない。
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