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#navi(ゼロのエルクゥ)
「根元から見ると圧巻だなぁ……」
ラ・ロシェールの『港』である巨大な世界樹の枯れ木を見上げ、耕一は呆然と呟いた。
その丈は数百メートルにも届こうかという大樹。既に枯れて葉はなく、太い枝だけが『桟橋』として残されている。その枝々には、まるで花か木の実のようにいくつもの船がくっついていた。
枯れていても朽ちないのは、この大樹全てに『固定化』の魔法が掛けられているからという。
「チャーターした船は中腹ほどにある『マリー・ガラント号』だ。行こう」
根元には、洞窟よろしくいくつもの穴が空いている。
中に入ると、大樹はまるまる中身がくり抜かれていて、遥か上方へと続く階段の向こうに、『桟橋』たる枝への出口などが垣間見えた。
超高層ビルをまるまる吹き抜けにしたような光景に、耕一はルイズ達の後ろを歩きつつ、真上を向いて口をあんぐりと開けていた。
―――これ、階段で昇るのか。いや俺は大丈夫だけどさ。普通の人とか、無理だろ。
耕一の心配をよそに、ワルドに抱きとめられたルイズは、ワルドの『フライ』の魔法によって階段を無視して飛んでいく。
「い、いいわよ。階段で昇るから」
「あの使い魔君ならともかく、君では昇りきる頃にはへとへとになっているよ」
などという会話が聞こえてきて、おいおい俺でも疲れるんだぞ、とぼやいたら、数百リーグ走って息も切れねぇ奴が何言ってやがんだ、とデルフリンガーにツッコまれた。いい相棒である。いや、この場合、相方、と言うべきか。
目的の『桟橋』は、言葉通り、大樹の中腹ほどにあった。枝からまさに木の実のように船が宙吊りにされていて、タラップで降りるような構造になっている。
ギシギシと枝がたわみ、折れないのだろうか、とちょっと心配になった。
「どうも子爵様。お待ちしておりましたよ」
「ああ。早速出発してくれ」
「へえ。お急ぎと言う事なんで、既に準備は整えさせてありやす。おいてめえら! 出港だ! 錨を降ろせぇ!」
「アイアイ・サー!」
一体いくらの追加料金を渡されたのか、急な依頼に応対した初老の船長の顔は終始笑顔であった。
『錨を降ろせ』とは耕一には聞き慣れない言葉だったが、この場合の『錨』とは船と桟橋とを繋いでいる縄であるらしい。
船員達は、先端に重りのついているそれを一斉に解きに掛かり、解き終わると、がくん、と一段下がるような感覚の後、船はさーっと空を滑り出した。
「おお、すげー!」
飛行機にもろくに乗ったことのない耕一は、結構感動の目で船の縁から顔を出していた。
「向こうへは、約半日ほどだったね」
「へえ。今からなら、夕方にはスカボローの港に到着しまさ」
「と言う事だ。スカボローからニューカッスルまでは馬で一日ほど。昨日と同じ強行軍でいけば夜半には到着するだろう。今のうちに休んでおくといい」
ワルドの言葉に従って、あまり睡眠の足りなかったらしいルイズは早々に船室へと入っていく。
ワルドもその後を追い、甲板にいるのは耕一だけとなった。
「相棒は、休まなくていいのかい」
「半日もあるんなら、少しぐらいいいさ。昨日も早く寝たしな」
「そうかい。ま、なかなかの絶景だからな」
地上の大樹は、もう小さくなりかけている。船はぐんぐんと高度を増しているようだった。
「しかし、ルイズの話だともう少し時間が掛かるような事を言ってたけど、結構早く着くんだな」
「娘っ子、前に家族で旅行に来た記憶で話をしたらしいぜ。港も、スカボローじゃなくてロサイスって言ってたしな。観光と強行軍を一緒にしちゃいけねえよな」
「あらら。って、なんでデルフがそんな事知ってるんだ?」
「一昨日と昨日、娘っ子が寝る前に呟いてた」
一刻を争う密使としてはまったく笑い事ではなかったが、異邦人根性の抜けない二人は、わはは、と大口を開けて笑った。
§
「あれが、アルビオン……」
耕一は、ラ・ロシェールの『港』を見た時以上の驚きを込めて、それを見上げた。
ゲームに出てきた、天空に浮かぶ城を思い出した。雲の大地に乗った城。同じように、下半分を雲に包まれた巨大すぎる岩石の塊。空に浮かぶそびえ立つ山脈。乗っている船が豆粒に思えるような、幅も高さも何百キロとある岩塊。
それが、浮遊大陸アルビオンだった。
「こりゃあ、とんでもないなあ……」
仮眠から起きて甲板に出ると、あまりにファンタジックな光景が目の前に広がっていて、思わず足を止めてしまったのだった。
「驚いているようだね、ミスタ。アルビオンは初めてかい?」
既に甲板にいたワルドが、微笑みながら近寄ってくる。傍にいたルイズも、その後ろに付いてきていた。
「ええ。ハルケギニアじゃないところから召喚されてきたんで、こんなのがある事すら知りませんでしたよ」
「ほう……それは興味深い。惜しいな。もっと早く言ってくれれば、詳しい話が聞けたというのに」
「……ワルド?」
ワルドは珍しく好青年の態度を崩し、どこか研究者のような深い目の光を湛えて、本気で悔しがっているようだった。
「まだ到着までには時間があるでしょう? 話ぐらいは出来ますよ」
「いや……どうやら、そんな暇はなさそうでね」
「え?」
ワルドの言葉に、耕一とルイズが視線の方向を見ると、黒い粒のようなものが空に浮かんでいた。
それは、見る間に粒から大きさを増していく。
「……船?」
「右舷上方の雲中より、船が一隻接近してきます!」
耕一が呟くと、見張り台の船員が声を張り上げた。
船長が何事かを指示し、船員の一人がぱたぱたと手旗信号を送り始める。
「は、反応ありません! あの船は旗を掲げていないそうです!」
「は、旗がない? 空賊船か!? 逃げろ、取り舵いっぱい!」
「空賊ですって!?」
マリー・ガラント号がようやく離れようと慌て始めた頃には、黒船は既に向こうの甲板に乗る人影が見えるぐらいにまで距離を縮め、並走していた。
その人影は数十を下らず、全員黒い服装にバンダナを巻き、弓やら銃やらで武装している。接舷したら今にも飛び掛ってきそうに、気勢を荒げていた。
「海だから海賊、空だから空賊ってわけか……」
「この状況でまだ余裕だね相棒ってうひゃあ、大砲撃ってきたあ!」
デルフリンガーの緊張感の少ない悲鳴から刹那、どごん! と遠くから響く花火のような重音が響き、放たれた砲弾がマリー・ガラント号の鼻先を掠めていった。
甲板に繋がれていたワルドのグリフォンが、ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。
「くっ、反撃は?」
「商船だ。ろくな武装はなかろう」
耕一の呟きに、隣にいたワルドが冷静そのものの声色で答える。事実、マリー・ガラント号には側面据付の艦砲などは無く、甲板に古めかしい車輪つきの砲台―――石火矢と言った方が適切かもしれない―――が3基ほど置かれているだけであった。
側面にズラリと20ほどの砲を並べている黒船とは、とても勝負にならなそうだ。
「に、逃げ切れるの? ど、どんどん追いついてくるんだけど!」
「相手の船は専用の砲台がある軍事用だ。足もあちらの方が明らかに早いな」
「何とかする方法は? 魔法とか」
「遺憾ではあるが、僕の風を全力でこの船のスピードに当てても、あの船を振り切る事は出来まい。撃退しようにも、あまり強行に抵抗すれば、船ごと撃沈される怖れもある」
「風のスクウェアのあなたでも、無理なの?」
「ああ。商船というのは、荷物を多く積めるように設計されている分、速度に優れてはいない。対して向こうの船は機動性を重視したつくりのようだ。それに……ほら、向こうにもメイジがいる」
視線の先を見ると、暴れていたグリフォンの周囲に青白い霧のようなものが発生していた。こてん、とグリフォンが首を落とし、寝息を立て始める。
「トライアングル・スペル、"スリーピング・クラウド"だ。いくら僕がスクウェアでも、相手にもトライアングルがいたら機体の性能は埋めきれない。ま、空賊は商船を撃墜はしないよ。船を壊してしまったら積荷が手に入らないからね」
冗談だか本気だか判断のつきかねるワルドの言葉にひきつった笑みを返すと、船長の弱々しい声色の指示に従って船員達が帆を裏返し、船の速度が下がっていく。
がくん、と船が接舷の衝撃に揺れた。
§
「船ごと全部買った。料金はてめえらの命だ」
真っ黒なちぢれ毛の頭髪に赤いバンダナを巻き、無精ひげに覆われた顔に片目だけ黒い眼帯をつけた男が、マリー・ガラント号の船長から帽子をひょいと奪い取って言う。
幅広のシミターをひたひたと船長の頬に貼り付けているそいつが、空賊の頭であるらしかった。
―――黒ひげ危機一髪。
あまりにあまりなその風貌に、耕一は緊急事態に緊迫しながらも、日本人の8割が連想するであろう名前を思い浮かべていた。
「あん? 貴族の客なんか乗せてんのか。貨物船なのに珍しいな。へへ、こいつはカモネギだ」
黒ひげが、ワルドとルイズを見やってニヤニヤと近付いてくる。
耕一は近くに寄ったそれを見て……どこか不思議そうに眉を顰めた。
「おいおめえら! 丁重にお貴族様のお杖をお持ちしてやんな! 従者の兄ちゃんのご立派そうな剣も忘れずにな!」
「へい! おかしら!」
「くっ、は、離しなさいっ!」
取り付く空賊達に、ルイズが身をよじらせる。
「ルイズ、抵抗すれば船の人々が危ない。ここは大人しく従おう」
「ワルド……っく、わかったわ」
ワルドの言葉に、歯噛みしながら杖を渡すルイズ。
「てめーら! 剣はもっと丁寧に運びやがれ!」
「うわ、剣が喋った!?」
「へえ、インテリジェンスソードか。さすが貴族様の従者、珍しい品をお持ちだ。おら、何してやがる! お貴族様をお部屋へお連れしなきゃ失礼だろうが! 身代金が貰えなくなるぞ!」
「へい! おかしら!」
「くっ……」
デルフリンガーは杖と一緒にどこかに運ばれていき、3人は両脇を空賊達に挟まれ、空賊の船へと連れていかれる。
耕一はされるがままにしながら、じっと空賊の頭目を見つめていた。
§
連れていかれた先は船倉だった。
空間自体は狭くないが、何かの樽だのずだ袋だの砲弾だのが種々雑多に積まれていて、お世辞にも快適な空間とは言えなかった。
唯一の扉がばたんと閉められ、鍵がかけられた。
「くっ……こんなところでモタモタしてる場合じゃないのに……」
ルイズは立ったまま俯き、身を震わせている。
「落ち着くんだ、ルイズ。空の上では僕達の方が不利だ」
「でも……」
ワルドはその肩を叩いて、耳元に口を寄せ、扉の外で見張っている看守に聞こえないよう、穏やかに語りかけた。
「焦っても仕方ない。行動を起こすなら、船が奴等のアジトに着いた時だ。こちらには、ミスタという心強い使い魔がいるんだからね」
「……そう、ね」
杖がないメイジは平民と変わらないが、剣を取り上げられても耕一の力はそのままだ。
まだ切り札はある。八方塞りじゃない。
そう思い直し、ルイズは一つ深呼吸をすると、手近な樽に腰を下ろした。
「というわけだ、ミスタ。今は大人しくしているしかないようだな」
「ですね……」
耕一も、やる方なく床に座り込んだ。
ワルドは、積まれた荷物を興味深そうに眺め始める。
「……む」
しばらく荷物を検分していたワルドは、目を見開いてしゃがみこみ、ぶつぶつと呟いた後……耕一のところに近寄ってきた。
「そうだ、ちょうどいい。ミスタが住んでいたところの話というのを聞かせてくれないかい?」
「俺の、ですか?」
「ああ。歴史や文化には個人的に興味があってね。ハルケギニアの外の世界の話というのは是非聞きたいんだ。……あと、一人の戦士としては、ミスタの能力にも、ね」
そう言って浮かべた微笑みは、ぞっとするほど深いものだった。
そう、まるでそれは、あの当時、夢に出てきていたエルクゥのような―――。
「―――まあ、ぼーっとしてるのもアレですしね。いいですよ。たぶん、期待とは違うと思いますけど……」
「新鮮な驚きこそ知識を得る醍醐味、望むところって奴さ。そう聞けばますます聞きたくなるね」
「そうですか……じゃあ、どこから話そうか―――」
そんな感想を飲み込んで、耕一は1ヶ月前まで住んでいた日本の事を頭に浮かべ始める。
話し始める二人を見やって、呑気なものよね、と半分呆れながら同時に、あれが自分の実力に自信を持っている者の余裕なのだろうか、とルイズは知らず、唇を噛んでいた。
§
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。アルビオン王国へようこそ、大使殿。さて、御用の向きをうかがおうか」
黒ひげ船長がバンダナと眼帯とカツラと付け髭を取り去った姿である金髪碧眼の美青年が、恭しく頭を下げた。
ルイズは呆然として口を開け、ワルドと耕一はどこか予想通りだという様子で空賊の頭―――ウェールズ王子を見つめていた。
「おや、殿方達にはあまり驚いてもらえなかったようだね。結構、自信があった変装だったんだが」
「なんというか……あまりに海賊っぽすぎて、コスプレみたいで逆に怪しかったというか」
「船倉の荷物に、王立空軍御用達の火薬や砲弾があっては、本気で誤魔化す気もなかったでしょう、王子」
「はは、ディテールに凝りすぎたか。そちらもよく見つけられた。厳重にカモフラージュはしておいたはずなんだがね。さすがは大使の任を授けられた方々だ」
耕一とワルドの感想を、はははと笑い飛ばすウェールズ。さすが船乗りと言うべきなのか、見た目とは違い、結構豪放な性格であるらしい。
ルイズは、開いた口が塞がらない、という様子でそれを見つめていたが、やっとという風情で声を絞り出した。
「ほ、本当に、ウェールズ王子、なのですか?」
「ご婦人は逆にまだ信じられぬらしい。ああ、本当だよ。いや、大使殿には真に失礼を致した」
「なぜ、空賊に扮したりなどと……」
「なに、今や趨勢を決め、勝ち馬に乗ろうとする各所の援助に事欠かぬ金持ちの反乱軍には、次々と物資が運び込まれる。さて敵の補給を断つは戦の基本だが、堂々と王軍の旗を掲げては、この『イーグル』号一機だけの王立空軍など、数十倍ある反乱軍の艦に囲まれるだけ」
「だから、混乱に乗じて私腹を肥やそうとする空賊を装って、商船やら輜重隊やらを狙っていた、というわけですか」
「ま、そういう事さ」
軍事的な話題には疎いルイズは、打てば響くようなウェールズとワルドの話に首をひねるばかりだった。
「何度も試すような真似をしてすまなかった。なにせ、あんなにも正直に我々に味方する勢力がいるとは、とても信じられなかったのだよ」
「……お恥ずかしい限りですわ」
「頭を上げてくれ、レディ。僕はそういう貴族の方が好きさ。今や裏方の我々としては裏仕事を否定するつもりもないが、敵と死と裏切りを前にしても引かなかったそのまっすぐな誇りは、とても好ましいものだと思うよ」
ま、密使としてはどうかと思うがね、と笑って付け加えたウェールズに、ルイズは、羞恥やら喜びやら恐縮やら……色々な表情の混じった複雑な表情を浮かべた。
「それで大使殿は、亡国の王子に何の御用かな?」
「は。トリステイン王国は、アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」
ワルドがさっと膝をついて頭を垂れた。ルイズと耕一も慌ててそれに倣う。
「ふむ。姫殿下とな。君たちの名を伺おう」
「申し遅れました。私は、トリステイン王国魔法衛士、グリフォン隊隊長、ワルド。子爵の位を授けられております」
そして、その長い腕を、ルイズと耕一に向かって広げる。
「こちらが姫殿下より大使の任を仰せつかった、ラ・ヴァリエール公爵嬢。そして、その使い魔の青年、ミスタ・カシワギにございます」
ウェールズは、零れるような笑みを浮かべた。
「ほう! 人の使い魔とな! なるほど、君達のような者があと十人ばかり我が親衛隊にいれば、このような惨めな今日を迎える事もなかったであろうになあ。して、その密書とやらは?」
「こ、ここに」
ルイズが慌てて、胸のポケットから手紙を取り出す。
しかし、ウェールズの前まで進み出たところで、逡巡したように足を止めた。
「あ、あの……」
「どうかしたのかね?」
「その、失礼ですが、本当に皇太子さま?」
ウェールズは、一瞬キョトンとした後、豪快に笑った。
「ははは。まあ、さっきまでの様子を見れば無理もない。よろしい、証拠をお見せしよう」
ウェールズは自らの薬指に光る大きな宝石の着いた指輪を外すと、ルイズの手を取り、同じデザインである『水のルビー』の指輪に自分の指輪を近づけた。
「わっ?」
途端に光り出した二つの宝石に、ルイズが驚いた声を上げる。
共鳴するように、それらは虹色の光を放ち始めた。
「これは、我がアルビオン王国に伝わる『風のルビー』だ。ミス・ヴァリエールが嵌めているこれは、アンリエッタが嵌めていた『水のルビー』。そうだね?」
ウェールズの言葉に頷くルイズ。
そうしているうちに、虹色の光は宝石と宝石を繋ぎ、小さな虹そのものを作り出した。
「水と風は、虹を作る。王家の間に掛かる虹の橋さ」
「た、大変失礼をば致しました」
ルイズは恐縮した様子で一礼すると、手紙をウェールズに差し出した。
手紙を受け取ったウェールズは、表面の宛名書きを見て、愛しげにその手紙を撫で付けた。
耕一の顔が強張る。
―――この人も、こんな顔しやがって。
一見して幸福そうなウェールズの顔に、耕一は別のものを見出していた。
人なる身では届かぬ高みの崖に咲いている一輪の花を、崖の下から静かに見上げるような……穏やかで、清らかな諦めに満ちた、優しく見守るような……そんな感情だった。
ウェールズはその花押に恭しく口付け、慎重に封を開いて、真剣な顔で手紙の文字を追い始めた。
「……姫は結婚するのか。あの……愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……従妹は」
ウェールズが言いよどみ、飲み込んだその先の言葉を―――耕一には、正確に予想する事が出来た。
ワルドとルイズは、無言で頭を下げる。
「あいわかった。私が姫より賜ったあの手紙を返して欲しいという事だね。何より大切な姫からの手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」
ウェールズの言葉に、ルイズの顔が、安堵したように輝く。
「しかしながら、今、手元には無い。ニューカッスルの城に置いてあるんだ。姫の手紙を、下賎な空賊船に置いておく訳にはいかぬのでね」
何事もないように微笑む金髪の美青年に、耕一はまるで自分の事のように、奥歯を噛み締めていた。
「多少面倒だが、我らが最後の砦までご足労願いたい。なに、航海中の安全は保障しよう。アルビオン王家テューダー朝、歴史上最後に迎えた大使に何かあったとなれば、我が王立空軍は歴史に一生の汚点を残すだろうからね」
自らの破滅を示唆しながら、ウェールズの笑顔には、一点の曇りも無かった。
それがまた、耕一の焦燥を煽るのだった。
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