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「ZERO A EVIL-04」(2010/10/28 (木) 11:06:26) の最新版変更点
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#navi(ZERO A EVIL)
途中からシエスタが手伝ってくれたおかげで、昼食前に掃除を終わらす事ができた。
「それでは、私は昼食の支度がありますので、これで失礼します」
「あ……う、うん」
シエスタはそう言って教室から出ようとしたが、ルイズが何か言いたそうにしているのに気が付いた。
「ミス・ヴァリエール、どうかなさいましたか?」
「え! どどど、どうして?」
「いえ、何かおっしゃりたい事がおありのように見えましたので」
シエスタにそう言われて、ルイズはかなり動揺しているようだ。目線を上にしたり、下にしたりと落ち着きがない。
やがて後ろを向いて一つ深呼吸をすると、意を決したようにシエスタに向き直った。
「そ、その、あああ、ありがとう!」
「え?」
「か、勘違いしないでよね! こ、これは貴族が平民に対する最低限の礼儀なんだからね!」
ルイズはシエスタに感謝していたが、貴族のプライドと気恥ずかしさからこのような言い方になってしまった。
シエスタも感謝の言葉をかけられるとは思ってもいなかったので、少し驚いてしまう。
だが、すぐに笑顔を浮かべるとルイズに向かって頭を下げる。
「ありがとうございます。そう言っていただけると手伝った甲斐もあるというものです」
「そ、そう」
「ええ。後で食堂にもいらしてくださいね。今日はデザートにおいしいケーキを用意していますので」
「わかったわ」
「では、失礼します」
そう言うとシエスタは教室を出て行った。
ルイズはシエスタが出て行った後に改めて教室を見回してみる。自分が爆発を起こしたとは思えないほど、教室はきれいに片付いていた。
なんだか自分の心もすっきりしたように感じ、さっきまでとは違い晴れやかな気分になる。
しばらく教室を眺めていたが、お腹も減ってきたので食堂に向かうことにした。
食堂に入ると、すでに多くの生徒達で賑わっていた。
メイド達は昼食の世話で忙しそうに働いている。その中にはシエスタの姿も見えた。
邪魔をしては悪いと思い、特に声もかけずに席に着く。
ずっと掃除をして体を動かしていたせいか、昼食はいつもよりおいしく感じられた。
昼食が終わった後、デザートのケーキがメイド達から運ばれてくる。
「ミス・ヴァリエール。今日のケーキはコック長のマルトーさんの自信作だそうですよ」
そう言われてメイドの方を見ると、そこにはシエスタの姿があった。
「そ、そう。期待しておくわね」
「ええ。どうぞ」
そして、ルイズの前にケーキの入った皿が置かれる。
一口食べてみるが、コック長の自信作だけあって中々の味だ。甘くておいしいケーキに思わず顔がにやけてしまう。
「いかがですか?」
「ええ、おいしいわ」
「喜んでいただけてなによりです」
シエスタとそんな会話をしていると、後ろの席が妙に騒がしくなる。
どうやら、男子生徒達が色恋沙汰の話で盛り上がっているようだ。
その話の中心にいるのは、ギーシュ・ド・グラモンだ。彼は確かに二枚目で、女子生徒にも人気がある。
だが、ルイズには彼のきざったらしい仕草はとてもかっこいいとは思えなかった。そもそも、ルイズはこの学院の男子生徒にはまったく興味がない。
自分には許婚のワルド子爵がいる。
彼に比べたら、この学院の男子生徒など幼稚な子供にしか見えない。比べるのも失礼なくらいだ。
(子爵様。今頃どうしていらっしゃるのかしら……)
もう随分と会っていないワルド子爵の事を考えていると、不意にシエスタから声がかかった。
「ミス・ヴァリエール。今、ミスタ・グラモンのポケットから何か落ちたみたいなんですが」
「ん?……何かの液体が入った小瓶みたいね」
ギーシュのポケットから落ちた小瓶はルイズとシエスタのいる方に転がってきた。
それをシエスタが拾い上げる。
「気付いていらっしゃらないみたいなので、私が渡してきますね」
「あんたはまだケーキを配り終わってないでしょ。私が渡しておくから仕事に戻っていいわよ」
「え! でも……」
「いいから。あんたは気にしなくていいの」
「すいません。それではお願いします」
ルイズはシエスタから小瓶を受け取ると、ギーシュ達が話している方に向かった。
(シエスタには教室の掃除を手伝ってもらったし。貴族として、平民の恩義には報いるのが礼儀よね)
本当は親切にしてくれたシエスタに恩返しがしたかっただけなのだが、プライドの高いルイズはそう考えて自分を納得させていた。
ルイズはギーシュ達の所までやってくると机の上に小瓶を置いた。
「ギーシュ。落し物よ」
「何を言っているんだいミス・ヴァリエール。これは僕の物じゃないよ」
「あんたが落としたのを見てた子がいるのよ。いいから受け取りなさいよ!」
「しつこいね君も……」
ルイズが小瓶を渡そうとしていると、ギーシュと話をしていた生徒達が騒ぎ出した。
「それはモンモランシーが作っている香水じゃないか!」
「ああ、間違いない! ……ということはギーシュはモンモランシーと付き合っているのか!」
「ち、違う! いいかい……」
ギーシュが何か弁解をしようとした時、一人の女子生徒がこちらに向かってくるのが見えた。
マントの色から一年生だとわかる。
「ギーシュ様、やっぱり……」
「ケティ! これは……」
ギーシュが何かを言う前に、一年生の少女は泣きながら走り去ってしまった。
そして、すぐに別の少女がやってくる。次にやってきた少女はルイズにも見覚えがあった。
さっき男子生徒の会話の中にも出てきた縦ロールの金髪が特徴的なモンモランシーだ。
「やっぱり一年生の子に手を出してたのね!」
「誤解だよ、美しいモンモランシー。そんな怖い顔をしないでおくれ」
「誤魔化さないで!」
そう言うとモンモランシーは机に置いてあったワインをギーシュの頭にかける。
「最ッ低!」
ギーシュに止めのセリフを言い放ち、モンモランシーは去っていった。
いきなり茶番劇を見せ付けられ唖然としていたルイズだが、用事も済んだのでケーキを食べに戻ることにする。
が、立ち去ろうとしたルイズをギーシュが呼び止めた。
「待ちたまえ! ミス・ヴァリエール!」
「何よ、何か文句でもあるの。言っとくけど私は悪くないわよ、二股かけてたあんたが悪いんだからね!」
ルイズのこの言い方は、ギーシュの怒りに火を付けてしまう。
「ゼロの君に、話を合わせる機転を期待した僕が馬鹿だったよ!」
「な、なんですって!」
いきなり馬鹿にされたせいで、ルイズの頭に一瞬で血が上る。
「あんたなんて、私の許婚の子爵様に比べたら唯のお子様よ! 振られて当然だわ!」
さっきまでワルド子爵の事を考えていたせいか、ルイズはつい言葉に出してしまう。
それを聞いたギーシュはにやりと笑うと、ある言葉を口にする。
だがそれは「ゼロのルイズ」よりも言ってはいけない言葉だった。
「ふん。ゼロである君の許婚なんて、どうせたいした事無い男に決まってる!」
その言葉を聞いた瞬間、ルイズの視界が真っ赤に染まる。
かつてないほどの怒りと憎しみで、ルイズの心は張り裂けそうだった。
(この男は子爵様を侮辱した! 私の子爵様を!!
この男だけは許せない! 絶ッ対に許せない!!)
ルイズの左手のルーンが光を放つ。今までと違い、光っているのがはっきりとわかるほどだった。
そして、左の拳がギーシュの顔面に突き刺さる。
ルイズに殴られたギーシュは鼻血を出しながら、机の上まで吹き飛ばされる。鍛え抜かれた体を持つ男に殴られたような、鋭く重い一撃だった。
だが、そんな事はどうでもいい。ゼロであるルイズにここまでやられて黙っていられる訳が無い。
ギーシュは立ち上がるとルイズに向かって叫んだ。
「もう許さん! 決闘だ!」
「……いいわ。どこでやるの?」
「ヴェストリ広場だ! 準備が出来たら来たまえ!」
そう言うとギーシュは、鼻血を手で拭いながら食堂を出て行った。
近くで騒いでいた他の生徒達もヴェストリ広場に向かう様だ。
ギーシュを殴ったルイズだったが、この程度では怒りと憎しみは収まらない。
すぐにヴェストリ広場に向かおうとするが、自分の方に駆け寄ってくる人物に気付き足を止める。
「ミス・ヴァリエール!」
ルイズに駆け寄ってきたのはシエスタだった。
小瓶をルイズに渡した後、ケーキの配膳の仕事に戻っていたが、先ほどの騒ぎに気付き慌ててやってきたようだ。
「申し訳ありません! 私のせいで大変な事に……」
ルイズに向かって謝ると、深く頭を下げる。
自分がギーシュの小瓶に気付いたせいで、ルイズが騒ぎに巻き込まれたのを気にしているようだ。
「あんたのせいじゃないわ。これは私とギーシュの問題よ」
「でも……」
「いいから!」
気持ちが高ぶっているせいか、つい言い方がきつくなってしまう。
シエスタも黙ってしまい、二人の間に気まずい空気が流れる。それを嫌ったルイズは、足早にヴェストリ広場に向かった。
シエスタはルイズの背中を見送る事しかできなかった。
ヴェストリ広場に着くと、すでに多くの生徒が集まっているのがわかった。娯楽の少ない学院生活の中で、決闘という言葉は多くの生徒達の興味を集めたようだ。
広場の中央にギーシュの姿が見える。どうやら鼻血はもう止まっているようだ。
「ルイズ、逃げずによく来たね」
「あなた程度の相手に、何故私が逃げないといけないのかしら?」
「その減らず口をいつまで叩いていられるかな? いくぞ!」
ギーシュが薔薇の造花をあしらった杖を振る。
すると花びらが舞い、鎧を着た女性の人形が現れる。これこそ、ギーシュがワルキューレと呼ぶゴーレムであり、彼の得意とする魔法だった。
「魔法が使えない君と違って、僕はメイジだから魔法を使わせてもらうよ。文句はないだろうね?」
ギーシュは自分の勝利を確信していた。魔法が使えないルイズに自分が負ける訳が無い。
ワルキューレで少し脅かしてやれば、すぐに降参するだろうと思っていた。
だから彼は考えもしなかった。
今のルイズにとって、決闘という言葉がどういう意味を持つのかを……
「行け! ワルキューレ!」
ワルキューレをルイズに向かって突撃させる。
ルイズは固まって動けないか、逃げるだろうと思っていたギーシュは、後はどうルイズのプライドを傷付けて謝らせようか考えていた。
だが次の瞬間、彼は驚愕の表情を浮かべる。
ルイズがワルキューレに向かって、ものすごいスピードで突っ込んできたのだ。
そのままワルキューレに近づいたルイズは、左手で掌底をワルキューレの腹部に炸裂させる。
スピードが乗っている掌底を受けたワルキューレは、吹き飛ばされて地面に激突し動かなくなった。
今の技の名は「骨法鉄砲」。
夢の中で格闘家だったルイズが、遠くにいる相手によく使用していた技だった。
誰もが唖然としている中、ルイズはギーシュの方を見る。
まるで、次の獲物を見定めるように……
ワルキューレが倒された事でギーシュに動揺が広がる。
だが、ゼロのルイズに負ける訳にはいかない。すぐさま、次のワルキューレを繰り出す。
今度は一度に三体のワルキューレを作り出し、ルイズの周りを包囲する。
さっきの攻撃ではワルキューレは一体しか倒せない。三体同時で攻めかかれば、ルイズにはどうすることもできないと考えていた。
しかし、ルイズはいきなりワルキューレよりも高く飛び上がったかと思うと、一体のワルキューレの顔と胸の部分に二段蹴りを放つ。
そして、その反動を利用して他のワルキューレにも次々と蹴りを放っていく。
ルイズが着地すると同時に三体のワルキューレは崩れ落ちた。
この技の名は「デスズサイズ」。
まるで死神の鎌のように広範囲を攻撃する真空二段蹴りだ。
自慢のワルキューレを四体も倒され、ギーシュが怯んだ隙をルイズは見逃さなかった。
すぐさまギーシュの目の前まで近づくと、鳩尾の辺りに拳を放つ。ギーシュの表情が苦悶に歪み、あまりの苦しさに地面に蹲る。
その隙に、ルイズはギーシュの背中から腕を回し体を両腕で掴むと、そのまま上空に飛び上がる。
空中でギーシュの頭を下に向け、全体重をかけて脳天を地面に叩きつけた。
必殺技の「アクロDDO」。
夢の中で格闘家だったルイズは、この技で多くの対戦相手の命を絶ってきたのだ。
ヴェストリ広場は静まり返っていた。
ギーシュは白目を向いて痙攣している。辛うじて生きているようだが、かなり危険な状態だった。
ルイズはギーシュの方にゆっくりと歩み寄る。
ギーシュの近くまで来ると、いきなりギーシュの体を蹴り上げた。
その光景を見た瞬間、ヴェストリ広場に女子生徒の悲鳴が響き渡る。
ルイズはギーシュを殺す気なのだと誰が見てもわかった。
「よ、よせ! それ以上やったら本当に死んじまうぞ!」
「誰でもいいから! ルイズを止めなさいよー!」
「で、でも! どうやって!」
生徒達の叫びが飛び交い、ヴェストリ広場は騒然となる。
ルイズを止めるにしても、先ほどのギーシュとの戦いを見てしまえば、足が竦んでしまうのも無理はなかった。
その時、一人の少女がルイズの前に立ちはだかる。学院の生徒ではない、メイド服に身を包んだ黒髪の少女だ。
ルイズの前に立っていたのはシエスタだった。あの後、ルイズが心配でヴェストリ広場に来ていたのだ。
シエスタはルイズに向かって叫ぶ。
「もうやめてください!ミス・ヴァリエール!」
その声を聞き、ルイズの動きが止まる。
「退きなさいシエスタ。決闘で真の勝利を得るには、相手の命を絶たなければいけないのよ」
シエスタには信じられなかった。
ルイズとは少し話をした程度だったが、こんな事を言う人物ではなかったはずだ。まるで、ルイズの姿をした別人と話しているように感じた。
違和感を感じたシエスタだったが、今はルイズを止めなければならない。
「嫌です! ミス・ヴァリエールが今やろうとしている事は決闘じゃありません! ただの殺人です!」
その言葉を聞いた時、ルイズは不思議な感覚に襲われる。同じような言葉を以前にも聞いたような気がするのだ。
一体どこで聞いたのかルイズが思い出そうとすると、脳裏にある若者の姿が思い浮かぶ。
&italic(){てめえのやってる事は格闘技じゃない……&br()ただの殺戮だ!}
その言葉を思い出した瞬間、急速に頭が冷えてくる。そして同時に、左手のルーンも徐々に輝きを失っていった。
真の勝利の為に、相手の命を絶たなければいけないと考えていたのは自分じゃない。あれは夢の中の話だったはずだ。
だが自分は今、ギーシュの命を絶とうとしていた。
背中に嫌な汗が流れる。得体の知れない恐怖を感じ、ルイズは後ずさった。
「ミス・ヴァリエール?」
「ち、違う……わ、私じゃない……」
「え?」
そう言うと、ルイズはその場から走って逃げ出してしまう。
シエスタは慌ててその後を追った。
ひたすら走り続けたルイズが辿り着いたのは、自分の使い魔を召喚した場所だった。そこには使い魔の石像が立っているだけで、他には誰もいない。
走り続けたせいで息が上がってしまい、呼吸を落ち着けていると、誰かがこっちに走ってくるのがわかった。
「はぁ…はぁ…。ミ、ミス・ヴァリエール!」
シエスタだ。息を切らしながらこっちにやってくる。
ルイズは後ずさりするが、使い魔の石像にぶつかってこれ以上下がれなくなる。
そうこうしている内に、シエスタがルイズの目の前までやってきた。
「や、やっと。追い着きました」
シエスタはルイズの前で息を整えている。
ルイズはどうしたらいいかわからくなっていた。だから、今自分が思っている事を素直に口に出す事しかできなかった。
「ち、違うの! あれは私じゃない! 私じゃないの!!」
髪を振り乱し、目に涙を浮かべながら必死に叫ぶルイズ。
そんなルイズをシエスタは優しく抱きしめ、小さな子供を落ち着かせるように背中を軽く叩く。
抱きしめられたルイズは、シエスタの胸に顔を埋めて大声で泣き始めた。
シエスタはルイズに優しく言葉をかける。
「大丈夫ですよ。私は信じてますから」
今、自分が抱きしめているのは間違いなく本物のルイズだ。シエスタはそう思いながら、ルイズを抱きしめ続ける。
そんな二人の姿を見ていたのは、使い魔の石像だけであった……
#navi(ZERO A EVIL)
#navi(ZERO A EVIL)
途中からシエスタが手伝ってくれたおかげで、昼食前に掃除を終わらす事ができた。
「それでは、私は昼食の支度がありますので、これで失礼します」
「あ……う、うん」
シエスタはそう言って教室から出ようとしたが、ルイズが何か言いたそうにしているのに気が付いた。
「ミス・ヴァリエール、どうかなさいましたか?」
「え! どどど、どうして?」
「いえ、何かおっしゃりたい事がおありのように見えましたので」
シエスタにそう言われて、ルイズはかなり動揺しているようだ。目線を上にしたり、下にしたりと落ち着きがない。
やがて後ろを向いて一つ深呼吸をすると、意を決したようにシエスタに向き直った。
「そ、その、あああ、ありがとう!」
「え?」
「か、勘違いしないでよね! こ、これは貴族が平民に対する最低限の礼儀なんだからね!」
ルイズはシエスタに感謝していたが、貴族のプライドと気恥ずかしさからこのような言い方になってしまった。
シエスタも感謝の言葉をかけられるとは思ってもいなかったので、少し驚いてしまう。
だが、すぐに笑顔を浮かべるとルイズに向かって頭を下げる。
「ありがとうございます。そう言っていただけると手伝った甲斐もあるというものです」
「そ、そう」
「ええ。後で食堂にもいらしてくださいね。今日はデザートにおいしいケーキを用意していますので」
「わかったわ」
「では、失礼します」
そう言うとシエスタは教室を出て行った。
ルイズはシエスタが出て行った後に改めて教室を見回してみる。自分が爆発を起こしたとは思えないほど、教室はきれいに片付いていた。
なんだか自分の心もすっきりしたように感じ、さっきまでとは違い晴れやかな気分になる。
しばらく教室を眺めていたが、お腹も減ってきたので食堂に向かうことにした。
食堂に入ると、すでに多くの生徒達で賑わっていた。
メイド達は昼食の世話で忙しそうに働いている。その中にはシエスタの姿も見えた。
邪魔をしては悪いと思い、特に声もかけずに席に着く。
ずっと掃除をして体を動かしていたせいか、昼食はいつもよりおいしく感じられた。
昼食が終わった後、デザートのケーキがメイド達から運ばれてくる。
「ミス・ヴァリエール。今日のケーキはコック長のマルトーさんの自信作だそうですよ」
そう言われてメイドの方を見ると、そこにはシエスタの姿があった。
「そ、そう。期待しておくわね」
「ええ。どうぞ」
そして、ルイズの前にケーキの入った皿が置かれる。
一口食べてみるが、コック長の自信作だけあって中々の味だ。甘くておいしいケーキに思わず顔がにやけてしまう。
「いかがですか?」
「ええ、おいしいわ」
「喜んでいただけてなによりです」
シエスタとそんな会話をしていると、後ろの席が妙に騒がしくなる。
どうやら、男子生徒達が色恋沙汰の話で盛り上がっているようだ。
その話の中心にいるのは、ギーシュ・ド・グラモンだ。彼は確かに二枚目で、女子生徒にも人気がある。
だが、ルイズには彼のきざったらしい仕草はとてもかっこいいとは思えなかった。そもそも、ルイズはこの学院の男子生徒にはまったく興味がない。
自分には許婚のワルド子爵がいる。
彼に比べたら、この学院の男子生徒など幼稚な子供にしか見えない。比べるのも失礼なくらいだ。
(子爵様。今頃どうしていらっしゃるのかしら……)
もう随分と会っていないワルド子爵の事を考えていると、不意にシエスタから声がかかった。
「ミス・ヴァリエール。今、ミスタ・グラモンのポケットから何か落ちたみたいなんですが」
「ん?……何かの液体が入った小瓶みたいね」
ギーシュのポケットから落ちた小瓶はルイズとシエスタのいる方に転がってきた。
それをシエスタが拾い上げる。
「気付いていらっしゃらないみたいなので、私が渡してきますね」
「あんたはまだケーキを配り終わってないでしょ。私が渡しておくから仕事に戻っていいわよ」
「え! でも……」
「いいから。あんたは気にしなくていいの」
「すいません。それではお願いします」
ルイズはシエスタから小瓶を受け取ると、ギーシュ達が話している方に向かった。
(シエスタには教室の掃除を手伝ってもらったし。貴族として、平民の恩義には報いるのが礼儀よね)
本当は親切にしてくれたシエスタに恩返しがしたかっただけなのだが、プライドの高いルイズはそう考えて自分を納得させていた。
ルイズはギーシュ達の所までやってくると机の上に小瓶を置いた。
「ギーシュ。落し物よ」
「何を言っているんだいミス・ヴァリエール。これは僕の物じゃないよ」
「あんたが落としたのを見てた子がいるのよ。いいから受け取りなさいよ!」
「しつこいね君も……」
ルイズが小瓶を渡そうとしていると、ギーシュと話をしていた生徒達が騒ぎ出した。
「それはモンモランシーが作っている香水じゃないか!」
「ああ、間違いない! ……ということはギーシュはモンモランシーと付き合っているのか!」
「ち、違う! いいかい……」
ギーシュが何か弁解をしようとした時、一人の女子生徒がこちらに向かってくるのが見えた。
マントの色から一年生だとわかる。
「ギーシュ様、やっぱり……」
「ケティ! これは……」
ギーシュが何かを言う前に、一年生の少女は泣きながら走り去ってしまった。
そして、すぐに別の少女がやってくる。次にやってきた少女はルイズにも見覚えがあった。
さっき男子生徒の会話の中にも出てきた縦ロールの金髪が特徴的なモンモランシーだ。
「やっぱり一年生の子に手を出してたのね!」
「誤解だよ、美しいモンモランシー。そんな怖い顔をしないでおくれ」
「誤魔化さないで!」
そう言うとモンモランシーは机に置いてあったワインをギーシュの頭にかける。
「最ッ低!」
ギーシュに止めのセリフを言い放ち、モンモランシーは去っていった。
いきなり茶番劇を見せ付けられ唖然としていたルイズだが、用事も済んだのでケーキを食べに戻ることにする。
が、立ち去ろうとしたルイズをギーシュが呼び止めた。
「待ちたまえ! ミス・ヴァリエール!」
「何よ、何か文句でもあるの。言っとくけど私は悪くないわよ、二股かけてたあんたが悪いんだからね!」
ルイズのこの言い方は、ギーシュの怒りに火を付けてしまう。
「ゼロの君に、話を合わせる機転を期待した僕が馬鹿だったよ!」
「な、なんですって!」
いきなり馬鹿にされたせいで、ルイズの頭に一瞬で血が上る。
「あんたなんて、私の許婚の子爵様に比べたら唯のお子様よ! 振られて当然だわ!」
さっきまでワルド子爵の事を考えていたせいか、ルイズはつい言葉に出してしまう。
それを聞いたギーシュはにやりと笑うと、ある言葉を口にする。
だがそれは「ゼロのルイズ」よりも言ってはいけない言葉だった。
「ふん。ゼロである君の許婚なんて、どうせたいした事無い男に決まってる!」
その言葉を聞いた瞬間、ルイズの視界が真っ赤に染まる。
かつてないほどの怒りと憎しみで、ルイズの心は張り裂けそうだった。
(この男は子爵様を侮辱した! 私の子爵様を!!
この男だけは許せない! 絶ッ対に許せない!!)
ルイズの左手のルーンが光を放つ。今までと違い、光っているのがはっきりとわかるほどだった。
そして、左の拳がギーシュの顔面に突き刺さる。
ルイズに殴られたギーシュは鼻血を出しながら、机の上まで吹き飛ばされる。鍛え抜かれた体を持つ男に殴られたような、鋭く重い一撃だった。
だが、そんな事はどうでもいい。ゼロであるルイズにここまでやられて黙っていられる訳が無い。
ギーシュは立ち上がるとルイズに向かって叫んだ。
「もう許さん! 決闘だ!」
「……いいわ。どこでやるの?」
「ヴェストリ広場だ! 準備が出来たら来たまえ!」
そう言うとギーシュは、鼻血を手で拭いながら食堂を出て行った。
近くで騒いでいた他の生徒達もヴェストリ広場に向かう様だ。
ギーシュを殴ったルイズだったが、この程度では怒りと憎しみは収まらない。
すぐにヴェストリ広場に向かおうとするが、自分の方に駆け寄ってくる人物に気付き足を止める。
「ミス・ヴァリエール!」
ルイズに駆け寄ってきたのはシエスタだった。
小瓶をルイズに渡した後、ケーキの配膳の仕事に戻っていたが、先ほどの騒ぎに気付き慌ててやってきたようだ。
「申し訳ありません! 私のせいで大変な事に……」
ルイズに向かって謝ると、深く頭を下げる。
自分がギーシュの小瓶に気付いたせいで、ルイズが騒ぎに巻き込まれたのを気にしているようだ。
「あんたのせいじゃないわ。これは私とギーシュの問題よ」
「でも……」
「いいから!」
気持ちが高ぶっているせいか、つい言い方がきつくなってしまう。
シエスタも黙ってしまい、二人の間に気まずい空気が流れる。それを嫌ったルイズは、足早にヴェストリ広場に向かった。
シエスタはルイズの背中を見送る事しかできなかった。
ヴェストリ広場に着くと、すでに多くの生徒が集まっているのがわかった。娯楽の少ない学院生活の中で、決闘という言葉は多くの生徒達の興味を集めたようだ。
広場の中央にギーシュの姿が見える。どうやら鼻血はもう止まっているようだ。
「ルイズ、逃げずによく来たね」
「あなた程度の相手に、何故私が逃げないといけないのかしら?」
「その減らず口をいつまで叩いていられるかな? いくぞ!」
ギーシュが薔薇の造花をあしらった杖を振る。
すると花びらが舞い、鎧を着た女性の人形が現れる。これこそ、ギーシュがワルキューレと呼ぶゴーレムであり、彼の得意とする魔法だった。
「魔法が使えない君と違って、僕はメイジだから魔法を使わせてもらうよ。文句はないだろうね?」
ギーシュは自分の勝利を確信していた。魔法が使えないルイズに自分が負ける訳が無い。
ワルキューレで少し脅かしてやれば、すぐに降参するだろうと思っていた。
だから彼は考えもしなかった。
今のルイズにとって、決闘という言葉がどういう意味を持つのかを……
「行け! ワルキューレ!」
ワルキューレをルイズに向かって突撃させる。
ルイズは固まって動けないか、逃げるだろうと思っていたギーシュは、後はどうルイズのプライドを傷付けて謝らせようか考えていた。
だが次の瞬間、彼は驚愕の表情を浮かべる。
ルイズがワルキューレに向かって、ものすごいスピードで突っ込んできたのだ。
そのままワルキューレに近づいたルイズは、左手で掌底をワルキューレの腹部に炸裂させる。
スピードが乗っている掌底を受けたワルキューレは、吹き飛ばされて地面に激突し動かなくなった。
今の技の名は「骨法鉄砲」。
夢の中で格闘家だったルイズが、遠くにいる相手によく使用していた技だった。
誰もが唖然としている中、ルイズはギーシュの方を見る。
まるで、次の獲物を見定めるように……
ワルキューレが倒された事でギーシュに動揺が広がる。
だが、ゼロのルイズに負ける訳にはいかない。すぐさま、次のワルキューレを繰り出す。
今度は一度に三体のワルキューレを作り出し、ルイズの周りを包囲する。
さっきの攻撃ではワルキューレは一体しか倒せない。三体同時で攻めかかれば、ルイズにはどうすることもできないと考えていた。
しかし、ルイズはいきなりワルキューレよりも高く飛び上がったかと思うと、一体のワルキューレの顔と胸の部分に二段蹴りを放つ。
そして、その反動を利用して他のワルキューレにも次々と蹴りを放っていく。
ルイズが着地すると同時に三体のワルキューレは崩れ落ちた。
この技の名は「デスズサイズ」。
まるで死神の鎌のように広範囲を攻撃する真空二段蹴りだ。
自慢のワルキューレを四体も倒され、ギーシュが怯んだ隙をルイズは見逃さなかった。
すぐさまギーシュの目の前まで近づくと、鳩尾の辺りに拳を放つ。ギーシュの表情が苦悶に歪み、あまりの苦しさに地面に蹲る。
その隙に、ルイズはギーシュの背中から腕を回し体を両腕で掴むと、そのまま上空に飛び上がる。
空中でギーシュの頭を下に向け、全体重をかけて脳天を地面に叩きつけた。
必殺技の「アクロDDO」。
夢の中で格闘家だったルイズは、この技で多くの対戦相手の命を絶ってきたのだ。
ヴェストリ広場は静まり返っていた。
ギーシュは白目を向いて痙攣している。辛うじて生きているようだが、かなり危険な状態だった。
ルイズはギーシュの方にゆっくりと歩み寄る。
ギーシュの近くまで来ると、いきなりギーシュの体を蹴り上げた。
その光景を見た瞬間、ヴェストリ広場に女子生徒の悲鳴が響き渡る。
ルイズはギーシュを殺す気なのだと誰が見てもわかった。
「よ、よせ! それ以上やったら本当に死んじまうぞ!」
「誰でもいいから! ルイズを止めなさいよー!」
「で、でも! どうやって!」
生徒達の叫びが飛び交い、ヴェストリ広場は騒然となる。
ルイズを止めるにしても、先ほどのギーシュとの戦いを見てしまえば、足が竦んでしまうのも無理はなかった。
その時、一人の少女がルイズの前に立ちはだかる。学院の生徒ではない、メイド服に身を包んだ黒髪の少女だ。
ルイズの前に立っていたのはシエスタだった。あの後、ルイズが心配でヴェストリ広場に来ていたのだ。
シエスタはルイズに向かって叫ぶ。
「もうやめてください!ミス・ヴァリエール!」
その声を聞き、ルイズの動きが止まる。
「退きなさいシエスタ。決闘で真の勝利を得るには、相手の命を絶たなければいけないのよ」
シエスタには信じられなかった。
ルイズとは少し話をした程度だったが、こんな事を言う人物ではなかったはずだ。まるで、ルイズの姿をした別人と話しているように感じた。
違和感を感じたシエスタだったが、今はルイズを止めなければならない。
「嫌です! ミス・ヴァリエールが今やろうとしている事は決闘じゃありません! ただの殺人です!」
その言葉を聞いた時、ルイズは不思議な感覚に襲われる。同じような言葉を以前にも聞いたような気がするのだ。
一体どこで聞いたのかルイズが思い出そうとすると、脳裏にある若者の姿が思い浮かぶ。
:
|
&italic(){てめえのやってる事は格闘技じゃない……&br()ただの殺戮だ!}
その言葉を思い出した瞬間、急速に頭が冷えてくる。そして同時に、左手のルーンも徐々に輝きを失っていった。
真の勝利の為に、相手の命を絶たなければいけないと考えていたのは自分じゃない。あれは夢の中の話だったはずだ。
だが自分は今、ギーシュの命を絶とうとしていた。
背中に嫌な汗が流れる。得体の知れない恐怖を感じ、ルイズは後ずさった。
「ミス・ヴァリエール?」
「ち、違う……わ、私じゃない……」
「え?」
そう言うと、ルイズはその場から走って逃げ出してしまう。
シエスタは慌ててその後を追った。
ひたすら走り続けたルイズが辿り着いたのは、自分の使い魔を召喚した場所だった。そこには使い魔の石像が立っているだけで、他には誰もいない。
走り続けたせいで息が上がってしまい、呼吸を落ち着けていると、誰かがこっちに走ってくるのがわかった。
「はぁ…はぁ…。ミ、ミス・ヴァリエール!」
シエスタだ。息を切らしながらこっちにやってくる。
ルイズは後ずさりするが、使い魔の石像にぶつかってこれ以上下がれなくなる。
そうこうしている内に、シエスタがルイズの目の前までやってきた。
「や、やっと。追い着きました」
シエスタはルイズの前で息を整えている。
ルイズはどうしたらいいかわからくなっていた。だから、今自分が思っている事を素直に口に出す事しかできなかった。
「ち、違うの! あれは私じゃない! 私じゃないの!!」
髪を振り乱し、目に涙を浮かべながら必死に叫ぶルイズ。
そんなルイズをシエスタは優しく抱きしめ、小さな子供を落ち着かせるように背中を軽く叩く。
抱きしめられたルイズは、シエスタの胸に顔を埋めて大声で泣き始めた。
シエスタはルイズに優しく言葉をかける。
「大丈夫ですよ。私は信じてますから」
今、自分が抱きしめているのは間違いなく本物のルイズだ。シエスタはそう思いながら、ルイズを抱きしめ続ける。
そんな二人の姿を見ていたのは、使い魔の石像だけであった……
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