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&setpagename(ゼロのエルクゥ閑話2)
清らかな竪琴の調べが、森の木々に吸い込まれては消えていく。
「はぁ……」
魔法学院の石造りの住居とは全く違う、曲線の残る木材を大まかに組んだだけの民家の窓辺で、少女は竪琴を奏でていた。
木々の隙間から垣間見える宵の空には、見事な蒼紅の双月。
月の光は淡く、少女の浮かび上がるような細く長い金の髪を照らし出していた。
「…………」
その表情は、暗く沈んでいた。
彼女自身に、特に何か悲しい事があったわけではない。しかし、近いうちに、彼女の住む土地が多くの悲しみに包まれるであろうと、昨今聞く街の噂と、虫の知らせのような予感が教えてくれていた。
竪琴を爪弾けば、その予感はますます強くなる。
寂しい、という気持ちは、常にある。
故郷を思っても、仇敵同士の混じりものである自分に、果たして本当の意味で『故郷』などというものがあるのか。
考え始めると、いつも袋小路に嵌り込んでしまう。
「…………」
村の子供達は、好きだ。
森の自然も、好きだ。
今の生活に不満はない。むしろ幸せだった。
けれど、湧き上がる寂寥感がなくなる事はなかった。
「おともだち……かぁ」
いつか、世話になっている姉代わりの女性が言っていた事を思い出す。
子供の世話が出来る甲斐性も、大人の機嫌を窺える愛嬌も、同年代の友人を得るには必要ない、と。
その意味はまだよくわからないが、何の隔たりもなく触れ合える『おともだち』というものが、少女の傍にいないのは確かだった。
金色の海から突き出た尖った耳がそれを困難たらしめている事には、少女も気付いている。そして、怖れても。
「……動物なら」
小さい頃に物語の本で読んだ、人の言葉を話す使い魔のネコのおとぎ話を思い出して、そんな事を思った。
メイジの少女と使い魔のネコとの心温まる交流が描かれていて、屋敷から出られなかった少女は、夢中になって読んだものだった。
「……呼んで、みようかな」
系統魔法の才能は全くなく、使える魔法と言えば、ふとした折に覚えた、人の記憶をちょっと忘れさせるものだけ。
成功するかどうかも怪しい事が、ちょっと試してみようかな、というささやかな気持ちを、実行へと移させた。
「『世界のどこかにいる誰かさん。私と一緒にいてくれる使い魔さん。もしこの声が聞こえたら、私のところに来てください』」
それは、物語の中の少女が唱えていた呪文。
神秘も秘儀も何もない、純粋な願いの魔法。
本来ならばささやかすぎて誰にも届かなかったはずの、小さな小さな夜更けの願い。
「なぁーんて、ね。こんなので使い魔なんて呼べるわけが……って、えええっ!?」
しかしそれは、遠く遥か異世界の少女の強い願いと結びつき、その効果を世に現したのだった。
ぎゅいん、と耳障りな音とともに、少女の目の前に緑色の鏡が忽然と現れる。
その表面に波紋が波打ち……水面から飛び出す魚のように、何かが中から飛び出てきた。
「く、ううっ……」
「あ、ああ……」
それは、人だった。
烏の濡れ場のような漆黒の髪を肩で切り揃えた、小柄な女の子。
「……ここは……?」
女の子が床に降り立ち、鏡が、出てきた時と同じように、忽然と立ち消える。
頭を押さえながらキョロキョロと周囲を見回し、驚いたのか、少しだけ目を見開いたりしている。
「あ、あう……」
少女は、動けなかった。
使い魔召喚の魔法で、人を呼んじゃうなんて。
しかも、自分と同い年ぐらいの女の子を。
見知らぬ他人に対する警戒心と、理解の及ばない現象に対する混乱で、少女の口はあうあうと呻きを漏らすだけだった。
「あなたは……?」
女の子の目が少女をとらえ、小さく疑問の声を発した。
少女はビクリと体を震わせたが、目の前の女の子の瞳に戸惑いが宿っているのを見て取り、小さく深呼吸した。
「てぃ、ティファニア。ティファニアよ。ここはアルビオンのウエストウッド村。あ、あなたのお名前は?」
「……柏木、楓」
双月の光が、二人の少女の出会いを静かに見守っていた。
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