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「ゼロのエルクゥ - 09」(2008/04/11 (金) 19:02:27) の最新版変更点
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#navi(ゼロのエルクゥ)
「や。ご期待には添えたかな、ご主人様」
「……あ、うん、よ、よくやったんじゃない?」
がっくりとうなだれたままのギーシュをよそに、コキコキと腕を鳴らしながら平然と歩いてくる耕一に、ルイズは気の抜けた様子で返事をした。
「あーん! すごいすごーい! ねえあなた、やっぱりただの平民じゃなかったのね! あの動き! 只者じゃないわ!」
「うわあっ!?」
ルイズの隣にいたキュルケの褐色の肌ががばちょっと目の前に現れて、耕一は素っ頓狂な声を上げた。
抱き付かれたのだ、と気付いたのは、その豊満な感触が腕に当たった時だった。
―――ぐお。ちょ、ちょっとこれは楓ちゃんでは味わえない感触……い、いかんいかん! 邪念退散!
「あん、つれないお方」
半ば振りほどくように離れると、キュルケは流し目で誘うような視線を向けてきた。このプロポーションでそんな事をされると、心臓に悪い。
「ちょ、ちょっとキュルケ! 人の使い魔に色目使ってんじゃないわよ!」
「凱旋した殿方を迎えるのは女の役目よ。ねーダーリーン?」
「だだだ、ダーリンて何よ! ダーリンて! だだ、ダーリンて!」
「…………」
女三人寄れば姦しい、と言うが、一人はじっと耕一を見つめるのみだったので、二人で十分騒がしかった。
「……あなた」
「ん?」
その一人、蒼い髪の少女がぽつりと漏らした言葉を聞き取る事が出来たのは、ルイズとキュルケが舌戦から視線での戦いに移行していたからという幸運のおかげだった。
「……何者?」
「……俺の事かい?」
聞き返すと、こくりと頷いた。
「えるくぅ、なんていう亜人の種族は、聞いた事がない」
「……まあ、こっちにもいたらそれはそれで困るけど」
「?」
「いや、なんでもない。うーん、そうだなぁ……」
どう説明したものか、と耕一は顎をしゃくった。
「ずっとずっと遠いところ……歩いては行けないようなところから召喚されてきたんだよ。だから、聞いた事がなくてもしょうがないんじゃないかな」
「…………」
答えを聞いて、蒼髪の少女はじっ、と耕一の目を見つめた。
「……トーキョー、アキハバラ、チキュー、ニホン」
「へ?」
「聞いたことある?」
「へ、トーキョー? 東京? 秋葉原? 地球、日本!?」
「…………」
いきなり聞いた事のある単語を言われ、一瞬呆然とした後に―――耕一は、がっしと少女の肩を掴んでいた。
「き、君、日本を知ってるのか!?」
「知らない。……痛い」
「あ、ご、ごめん」
無感情に首を振る少女に、耕一は少し冷静になり、その肩を離した。
「じゃあ、どこでその言葉を?」
「遠いところ……あなたと同じように、歩いて行けないところから来たと言っていた知り合いが、そんな単語を口にしていた。……あなたも、そこから?」
「ああ。俺の故郷の名前だ。そっか、俺みたいに地球から飛ばされてきた奴もいるんだな……」
それは、とても重要な手がかりだ。広い世界に一つだけなら例外だが、狭い世間に二つもあれば希少なだけだ。イレギュラーな事故ではなく、どこか繋がりがある可能性が格段に増えた、という事だ。
耕一は、どこか張り詰めたままだった心の芯の部分が、ホッと緩んだように息をついたのだった。
「なあ、君、名前は?」
「タバサ」
「タバサちゃん、その知り合いっていうのには会えるのかい?」
「……しばらくは、無理」
「そっか。是非その人に会ってみたいから、会えそうな時に教えてくれないか?」
こくり、と頷くタバサに、耕一は自然とその頭を撫でていた。
……改めて見ると、なんだか恋人に似ている気がした。人形然とした表情のない表情も、冷たさを纏った奥に暖かい芯が垣間見えるところも、無口そうなところも……その体型も。
「ダーリン、あなた……そういう趣味だったの?」
「は?」
「そ、そんな小さい子の頭を撫でて、そ、そんな幸せそうな顔して……へ、へ、変態? 変質者? 犬? 犬ね? 鬼とか言ってたけどサカりのついた犬よね? しかも変態の」
「ちょ、る、ルイズちゃん? 目がブッソウな事になってるよ?」
「なるほどぉ……そういう趣味だから、ちんちくルイズの使い魔にふさわしいってワケか。あたしへのつれない態度といい、納得だわ」
「ま、待て待て。それは―――」
「だっ、誰がちんちくりんですってぇ!?」
「あーら。貴方以外に誰かいらして?」
「むきーっ!」
盛大な爆弾発言を残したまま、再びバトり始める凸凹コンビ。
「誤解だー……って言っても聞いてませんね二人とも……」
はぁ、と肩を落としてため息をつく耕一を、タバサは相変わらずの表情のない瞳で見つめていた。
§
「……ミスタ・コルベール?」
「おお、ミス・ロングビル。いかがされました?」
「ああ、いえ。すいません、何でもないですわ」
漂う雰囲気のあまりの違いに、人違いだろうか、とおそるおそる声をかけたロングビルだったが、振り向いたのはいつもの穏やかなハゲ頭だった。
「オールド・オスマンがお呼びです。学院長室までお越しください」
「了解しました。ミス・ロングビルはすぐに学院長室に戻られますか?」
「いえ、私はまだ外での仕事がありますが……何か?」
「そうですか。いえ、彼らも連れて行こうと思いまして。すぐに戻られるのであれば、少し時間が掛かる旨、伝えてもらおうと思っただけです」
「そうでしたか。わかりました。それだけ言付けておきますわ」
「ありがとうございます。それでは」
ぺこり、と頭を下げて、コルベールは視線を戻し、それまでじっと目を向けていた方向へと歩いていく。
その先には、野次馬連中に遠巻きに眺められている事に気付かないままじゃれあう男女がいた。
男が一人の女が三人。渦中の人、ガンダールヴとその主人+αだった。
「……これまでの昼行灯とは別人みたいだねありゃ。ただの研究ハゲじゃなさそうだ。宝物庫の知識は持ってそうだが、引き出そうとするのは危険かねぇ」
ロングビルは、彼らに話し掛けるコルベールを見やりながら、小さく呟く。
「目があっちに向いていてくれれば、少しはやりやすくなるか。せいぜい注目されておくれよ」
そして、学院では誰も見たことのないような、口の端を釣り上げるはすっぱな笑みを浮かべると、くるりとそれに背を向けた。
§
「なるほど、話はわかった」
コルベールと、耕一、ギーシュからの話を聞き終えたオスマンは、重く頷いた。
「ギーシュ・ド・グラモン。明日より3日間の謹慎、及び反省文の提出を命ずる。本来であれば、決闘を受けた方にも同じ罰を受けてもらうところじゃが……ミスタ・カシワギは生徒でも貴族でも奉公人でもない故、咎めはなしとする」
「ご配慮、慎んでお受け致します」
言って、ギーシュが頭を垂れる。
事情の説明の際も、彼は何か吹っ切れたように、素直に自分の罪を認めていた。
ルイズはその変貌ぶりに目を丸くしていたが、耕一はうんうんと頷いていたりする。
ギーシュが退出し、ルイズがそれに続こうとした時。
「あの、ぶしつけで申し訳ないんですが、少し話があるんです。お時間はありますか?」
耕一が、オスマンに向かって話を切り出した。
「ちょ、ちょっとコーイチ、いきなりどうしたのよ」
「いや、聞きたい事があってね。先に行っててくれ」
「聞きたい事って……そんなの私に聞きなさいよ。オールド・オスマンのお手を煩わせるんじゃないの。ほら行くわよ」
「まぁまぁ、ミス・ヴァリエール」
手を取って引っぱろうとしたルイズをなだめるように、オスマンが手を振った。
「うちの生徒が迷惑をかけた詫びと言ってはなんじゃが、少しぐらいなら構わんよ。ミス・ヴァリエールは授業に戻りなさい」
「……オールド・オスマンがそう言うなら……」
ルイズは、しぶしぶと言った様子で学院長室を出て行った。
「さて、聞きたい事とは何かな?」
「単刀直入にお聞きしますが……召喚されたものを元に戻す魔法っていうのは、あるんですか?」
「ふむ……」
オスマンが、髭を撫でながら鼻を鳴らした。
ちょうど責任者に目通る事が出来たので、聞きたかった事を聞いておこうと思ったのだった。
「そんな魔法は聞いた事がないのう」
「……そうですか」
予想通りの答えに、肩を落とす耕一。
先程のタバサの話がなければ、本気で途方に暮れていたところだった。(まあ、その彼女の知り合いという人も同じ状況っぽいから、帰る方法の見当がつかないという点では変わらないのだが、気分的な意味でだ)
「コルベールさんはどうですか? その、生徒のやり直しを防ぐ為っていうのはなしで、あるかないか」
「いえ、残念ながら私も知りません。しかし、そのような事を聞くという事は、あなたは元の場所に帰りたいのですか?」
「ええ。向こうに大事な人達を残してきてますんで」
妥当かつ事実な答えを返すと、コルベールはふぅむと唸った。
「残念じゃが、直接送り返す魔法はワシでも知らん。以前居たところがわかれば、そこまでの旅費を渡す事ぐらいは出来るじゃろうが……」
「おそらく無理でしょうね」
「ふむ? ここからの帰り道がわからないほど遠くから来なすったかな?」
「それもありますが……おそらく、歩いては行けないところだからです」
「どういう事ですか?」
緊張していたコルベールの声が、途端に好奇心に彩られた。
「異世界、と言ってわかるでしょうか。たぶん、こことは違う世界から召喚されたんだと思います。自分がいたところでは、魔法なんてありませんでしたから」
オスマンとコルベールの目が、驚きに見開いた。
「魔法がない違う世界……それは、本当ですか?」
「本当です……と言っても、自分はまだここがどこかもよくわからないので断言するのもおかしいですが。少なくとも人間の版図では、魔法なんて物語の中だけの存在でした。そのあたりの確認もしたくて、責任者の人と話したかったんですよ」
「ふむ……」
オスマンは重く息を吐き出し、頷いた。
「わかった。詳しい話を聞こう」
§
「……チキュー、ニホン、そしてエルクゥ……荒唐無稽すぎて、にわかには信じられませんな」
「こっちもびっくりですよ。ハルケギニアって、こっちのヨーロッパにそっくりだ」
広げられた地図を見ながら、耕一は思考をめぐらせる。と言っても、並行世界だのなんだのなんてゲーム用語以上のものは知らないから、実のある事を考えているわけではなかったが。
「でも、ヨーロッパにだって、魔法なんて存在しないはずで……そもそも、トリステインやゲルマニアなんて国は存在しないし、空に浮かぶ島なんて論外だ」
「……なるほど。確かに歩いて行けるところではなさそうじゃな。なにせ……」
「はい。地球では、『歩いて行けるところ』は、既に行き尽くされてるんです」
「じどうしゃに、ひこうき……内燃機関を搭載した乗り物で、世界を行き尽くす。いやはや、何とも夢が広がりますなあ」
「こっちにしてみたら、魔法や空飛ぶ島やエルフなんてものの方がよっぽど夢が広がりますけどねえ」
何やら興奮を隠し切れない様子のコルベールに、苦笑しながら軽口を返す耕一。
「さて、とすると、ますます厄介な事じゃな。今の話が全て本当だとするなら、お主がチキューに戻る事は、今の時点では不可能じゃ」
「……やっぱ、そうなりますか」
「うむ。よしんば君を送り返す事が出来たとしても、自由に行き来が出来ねば、今度はミス・ヴァリエールの使い魔がいなくなってしまうでな。
色々な理由で使い魔を持たぬメイジも少なくはないが、君が存在している以上、新しく呼び出す事もかなわん。それは問題があるのじゃよ」
「使い魔契約の解除だけの魔法っていうのも……」
「ない」
「ですか……」
つくづく一方的だ、と耕一はやるかたない気持ちになった。
「力になれんですまんの」
あまり残念そうでもなくオスマンが嘯く。
とはいえ、耕一はここで諦めるわけにはいかなかった。
「出来ればでいいので、そういう魔法があるかどうか、探してみてもらえますか?」
「努力はしてみよう。じゃが、期待はせんでくれよ」
「お願いします」
頭を下げる耕一。今のところはそれが唯一の方法だった。
§
「ねえ、お昼にオールド・オスマンと何を話してたの?」
夜。
湯浴みを終えたルイズをネグリジェに着替えさせていると、ずっと気になっていたのか、そんな事を聞いてきた。
「俺を元の世界に戻す魔法はないかってね。結局なかったけど、あとこの世界の事を少々」
「あたしがないって言ったじゃないの……」
返事を聞いて、ルイズは不機嫌そうに頬を膨らませる。
「いや、儀式のやり直しをさせない為に、生徒には秘密になってるかもって思ったんだよ。ルイズちゃんが嘘をついてるなんて思ってないさ」
「……ふん。どうだか」
着替えが終わるなり、ぷいっと顔をそむけてそのままベッドに倒れ込むと、
「あぁ、今日は疲れたわ」
心底疲れたような、それでいて芝居がかった当てつけのようなため息をついた。
魔法失敗の爆風を受け、吹き飛んだ教室を片付け、決闘を観戦し……充実した一日だった事は疑いない。
「……ねぇ」
「ん?」
椅子にそのまま寝させるのはさすがに心苦しかったのか、与えられた毛布にくるまって背中を向ける耕一に、ルイズは小さく呼びかけた。
「……元の世界に帰りたいの?」
「そりゃあね」
「そう……」
てっきり、『ダメよ! あんたは私の使い魔なんだから!』とかんしゃくでも起こすかなと思っていた耕一は、おや、とルイズに向き直った。
「な、何よその『てっきりダメよ帰るなってかんしゃくでも起こしそうだったのに意外』って顔は!」
「いや、昨日はそんな感じだったし」
「……あんたに言われて、考えちゃったのよ。もし私がいきなり、全然知らない別の世界―――そんなのは想像つかないから、例えば、ロバ・アル・カリイエとかに飛ばされちゃって、家族に会えなくなっちゃったらって」
「そっか」
ロバ・アル・カリイエってのは、確か、人類の天敵であるエルフに邪魔されて行く事の出来ない東の地方だっけか、と昼間に聞いた事を思い出しながら、震えた声を聞いていた。
考えちゃったその結果は、聞くまでもなさそうだ。
「ま、学院長のじーさんからも望み薄って言われちまったしな。しばらくは使い魔でいるさ」
「……ふ、ふんっ」
安心させるように言うと、ルイズは慌てたようにぱちんと指を鳴らして明かりを消し、ぷいっと背中を向けてしまった。
苦笑しながら、耕一も毛布に体を埋める。
ここハルケギニアがヨーロッパに似ているとしたら、そのロバ・アル・カリイエ……日本列島なんかはどうなっているんだろう、という好奇心が首をもたげたが、元の世界に戻る手がかりとしては関係が薄そうなので、考えるのをやめた。
……イギリスに当たる島が空に浮いているところからして、想像力の範疇外というのもあったが。
窓の外に目を向けると、昨日と変わらない、蒼紅の双月が夜を照らしている。
車の通る音や家電製品の駆動音なんかが全くない夜の静けさに、昨日は気付かなかった。何だかんだ言って、余裕がなかったという事だろう。
ルイズの微かな寝息だけが、部屋に響いていた。
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