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  全身の激痛で、風見志郎は目を覚ました。 
  瞼が重い。 
  いや、重いのは、瞼だけではない。全身の骨格も、筋肉も、皮膚も、内臓も、身体中が激痛にまみれている。
  ――つまり、それは、ある一つの事実を結論づけている。 
 (まだ、死んではいないようだな……) 
  指は動く。腕も、脚も、頚も、腰も。痛みはあるが、一応全身の関節は問題なく稼動するようだ。 
  次は意識状態の確認だ。記憶の欠損はないか、思い返してみる。 
  ……いや、欠損どころではない。 
  思い返すだけで、背筋が凝固したような戦慄が、全身を凍らせる。 
 
  自分は、撃ち落されたのだ。 
  貴族派の砲火でも、カメバズーカでもなく、V3の姿をした、もう一人の自分に。 
  まるで記録映像のように、脳裡にあのときの光景が焼き付いている。それは、彼の精神に与えられた衝撃の程を物語っていた。 
  風見の精神状態は、もはや瞑目する余裕を持たなかった。気が付けば、反射的に眼を開いている。 
  鬱蒼とした森の中、であった。 
  太陽が、直上に輝いている。どうやら現在時刻は、正午近くのようだ。 
  黒革の上下に包まれた全身を、心地良い風がなぶってゆく。激痛による熱い汗と驚愕による冷たい汗が、まとわりつくように、身体中をひたしていた。 
 
  もう一度、自分の全身をじっくり見直す。 
  四肢に欠損は無い。五官にも損傷は無いらしい。体のあちこちに手酷い外傷はあるが、それでも行動不能になるほどではない。 
  激痛に耐え、立ち上がろうとすると、喉元まで何かがが込み上げてくるのが分かった。 
  吐いてみる。 
 「~~~~っっ!!」 
  吐き始めると、腰から力が抜けそうになったが、なんとか傍らの樹にもたれかかり、崩れ落ちるのを防ぐ。
  いま倒れこんでしまえば、おそらく夜まで目が覚めないだろう。そう思って、懸命に意識の混濁をこらえる。 
 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 
  吐裟物はかなり量があり、臭いもキツかったが、それほど血も混じってはいない。 
  臓器へのダメージも、さほどではなかったようだ。 
  おかしい。 
  あの時、風見を“撃墜”したのは、確かに風見自身――V3本人だった。 
  先輩の本郷猛から聞いた“ショッカーライダー”のような劣化コピーでも、後輩の神敬介から聞いた“カメレオンファントマ”のような変身怪人でもない。 
  なぜなら、奴が使った“逆ダブルタイフーン”は、彼と同タイプの変身ベルトを所有している者にして、初めて使用可能な絶技だからだ。 
  人間形態“風見志郎”から戦闘モード“仮面ライダーV3”への変身用に、ベルトには膨大な量のエネルギーが蓄積されている。
  それを指向性兵器として転用する“逆ダブルタイフーン”の破壊力は、V3『26の秘密』の中でも、他の追随を許さない。 
  逆に言えば、それほどの技を使う以上、あのとき彼が目撃したV3が、偽者であったというのは、どう考えても在り得ない話なのだ。 
  信じがたい。 
  だが、信じるしかないのかも知れない。 
  自分以外の“V3”が、この世界にいる! このハルケギニアのどこかに!! 
  信じがたいが……絶対に在り得ない話ではない。 
  現に自分も、日本から召喚されているではないか。自分の意思とは全く無関係に。 
  それから先の想像は、風見をさらに戦慄させる。 
  ――ならば、この俺と同じく、召喚者の一方的な意思によってハルケギニアに引き込まれた、別の平行世界のV3が存在していたとしても、不思議は無いという事か!?  
  しかし、矛盾もある。さっきから、彼が引っ掛っていた、小さからぬ疑問点。 
  前述のとおり、逆ダブルタイフーンは劣化コピーや変身怪人ごときに使える技ではない。 
  この技を使用できるのは、この世で仮面ライダーV3の『オリジナル』だけのはずなのだ。 
  それはいい。自分以外の自分の存在を認めるなど、考えるだに慄然とするような話だが、……気になるのは、そこから先だ。 
  自分の喰らった攻撃が、自分以外のオリジナル『逆ダブルタイフーン』だったとすれば、いくら何でも外傷が少なすぎる。
  普通に考えれば、それこそ足の一本くらい持っていかれても全く不思議は無い。いや、それくらいの破壊力が無ければ、理論上おかしいのだ。 
  なぜ……? 
  そう思った瞬間、目に入った。 
  風見は、呆然となった。 
 「おまえが……守ってくれたのか……この、俺を……」 
 
  そこには、ボディのあちこちから黒煙を吐き出し、もはや原形を止めぬまでに破壊された、一台のマシンが転がっていた。 
  ハリケーン。 
 『愛車』などという言葉では語りきれぬ相棒。文字通り、彼と死命をともにした、歴戦の戦友。 
 
  頭の中が急速に冷めていく。 
  氷水で顔を洗ったかのように、混濁していた意識がハッキリしていく。 
  新たな感情が、傷付いたはずの彼のボディにパワーを漲らせてゆく。 
  それは、――怒り。 
  かつてデストロンやバダンの怪人たちに家族を殺され、仲間を殺され、守るべき人々をむざむざと殺された時と、同じ怒り。 
  そんな真紅の怒りが、彼の体内を、血液のように駆け回る。 
 
  ……ぎしり……!! 
 
  握り締めた風見の拳が、硬い音を立てた。 
 
 
 「いやぁぁぁぁああああっっっ!!」 
 
  その時だった。 
  森をつんざく、少女の悲鳴。 
  何時間、そうして立ち尽くしていたのだろう。
  しかし、大破したハリケーンの傍らに、凝然と佇んでいた風見の耳は、森林中に反響する絶叫の、正確な音源を聞き分けていた。 
  彼は、動いた。 
  現場は、それほどここから遠い場所ではない。南南西に300mといったところか。 
  全身を駆け巡る激痛をこらえながら、そのポイントへ急ぎ足で移動する。いや、凶暴な憤怒が分泌させたアドレナリンが、その激痛すらも軽く押さえ込む。 
  無論、ハリケーンをこのまま放置していくつもりはない。 
  悲鳴をあげる少女の始末がついたら、必ず、この場所に戻ってくる。 
  風見は、そう心に誓いつつ、依然として続く少女の悲鳴とともに、新たに聞こえて来た大型肉食獣の息遣いと、そいつが放つ怪鳥のような鳴き声を聞き分けていた。 
 
 「変身!! V3ァァッ」 
  ダブルタイフーンの『技』と『力』の二つの風車を回転させる。その途端、恐ろしい激痛が走ったが、風見は気にもしなかった。
  彼が大地を蹴る速度は、もはや颶風と呼んで差し支えないものになっていた。 
 
  
  そこにいたのは、その獰猛な気配と鳴き声に、寸分たがわぬイメージを所有した怪物であった。 
  ――ワイバーン。 
  白亜紀の翼竜プテラノドンにそっくりな巨躯を持った、ドラゴンの一種。 
  そんな怪物に眼を付けられ、狙われてなお、生き延びていた少女は、確かに幸運に恵まれているといえるだろう。
  いや、彼女には悪いが、この場合は、そっちのワイバーンの不幸に同情する方が正しいかも知れない。 
  何せコイツは今から、焦げ付くような彼の怒りの、腹いせと憂さ晴らしの相手を勤めさせられるのだ。
  ただの人間ではない。仮面ライダーの憂さ晴らしだ。ただで済むはずが無い。済ませる気も無い。 
  だが、その瞬間、V3の身体は凍りついたように動きを止めた。 
 
  ……憂さ晴らし、だと? 
  ……腹いせ、だと? 
  ……この俺が、仮面ライダーV3が、……その力を、衝動に任せて振るうだと……!? 
 
 「ぎゅいっ!! ぎゅいっ!!」 
  巨木すら貫き通すような彼の眼光を前に、ワイバーンは、流石にV3の実力を敏感に肌で感じ取ったのか、シルフィードを三倍ほど凶悪にした鳴き声を出し、怯えたように飛んでいった。 
 
  だがV3が、半ば愕然としながらも睨み付けていたのは、無論ワイバーンごときではない。自分自身の内部に燃え盛る、言い知れぬ暴力衝動であった。 
  そんな衝動が自分にあった事に驚くほど、彼は聖人君子ではない。
  だが、一瞬でも、そんな衝動に身を任せようとした自分に、――怒りよりも羞恥よりも先に、驚きを感じる。 
  それは、どう考えても『仮面ライダー』としてのプライドに反する行為だからだ。 
 
  だが、……彼が、自分の物思いに沈んでいられたのは、そこまでだった。 
 
 「V3ぃぃっ!!」 
 
 
  怯えるように飛び去ったワイバーンを、呆然と眺めていた少女が、――V3を視認した瞬間、まるで弾丸のような速度で、そのほっそりした全身を、彼にぶつけてきたからだ。 
 「やっぱり! やっぱり帰ってきてくれたのねV3! わたし信じてたっ!! 絶対V3は帰って来るって、死なずにニューカッスルから帰って来るって、わたし信じてたんだよぉっ!!」 
 
  そう言いながら、スレンダーな身体をこすりつけてくる少女は、冷静になって見ると、恐ろしいほどの美貌の所有者であった。 
  背まで伸びたさらさらのプラチナブロンドの髪。シルクの滑らかさとミルクの白さを持ち合わせた美肌。
  そして、細身の体格が持てる脂肪量限界を明らかに超えているサイズの、巨乳。 
  ――違和感があるのは、ピンと伸びた耳だけであろうか。だが、その耳でさえ、彼女の美貌に添えられた、一点のアクセントに見えないことも無い。 
 
  ひっく、ひっく、ふぇぇぇん、と自分の胸ですすり泣く美少女を見て、V3はさっきまでの、ささくれた気持ちが、妙に落ち着いてくるのが分かった。 
  或いは無理もないかも知れない。 
  ハルケギニアに召喚されて以来、自分の異形の姿を見て、恐怖をあらわにしない者に、彼は初めて出会ったのだ。 
  無論、彼女の発言は、到底無視できるものではない。 
  だが、それでも今は、この少女に落ち着く時間を与えてやるべきだろう。そう思った。 
  そう思いながらもV3は、赤い仮面の下で苦笑している自分に、気付いていなかった。 
 
 
 「どのような形であれ生きていて欲しい、か……」 
 
  ウェールズはルイズを振り返った。 
 「私が、自分の命を粗末にするような男に見えるかね、ラ・ヴァリエール嬢?」 
 「……」 
  ルイズは答えられなかった。だが、その沈黙は、とても雄弁だった。 
  彼女には、眼前の皇太子が、とても自分の命を惜しむような者には見えなかったからだ。 
 「そうか、……きみは嘘が付けない性格だったな、大使殿」 
  ウェールズは苦笑すると、ベッドの傍らにある机の引き出しを開き、宝石を散りばめた小箱を取り出した。
  椅子や机、ベッドといった全ての家具が簡素な室内で、その小箱だけが、『王子の私室』に相応しい豪華さの名残を保っていた。 
 
 「宝箱でね」 
 
  彼はネックレスの先に取り付けられた鍵で、小箱を開ける。蓋の内側にアンリエッタの肖像が描かれているのが、ルイズには見えた。
  王子の表情が、一瞬緩み、そして厳しくなる。 
  箱の中から彼は、一通の手紙を取り出し、封筒から便箋を抜き出した。 
  すでに何度も読み返されたであろう、その手紙は、もはやボロボロになっていた。
  彼は、アンリエッタの思い出を守るために、手紙に固定化さえ施していなかったらしい。 
 
 「殿下……」 
  何かを言おうとするルイズ。 
  だが、便箋をたたみ、封筒に詰め直し、それを彼女に差し出したウェールズの表情は、少女の言葉を封じ込めた。 
 「大使殿、これがトリステイン王国第一王女アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下が所望される御手紙です。このとおり確かに返却いたしました事を、ご確認ください」 
 「……ありがとうございます」 
 「最後に、先程きみが言った亡命の件だが」 
 
 「きみには悪いが、アンリエッタからの手紙には、一行たりとも、亡命に関しての言及は為されていなかった」 
 
 「殿下は……アンリエッタ姫殿下を、侮辱なさるおつもりなのですか……!?」 
  眼前の男の、あまりに白々しい言い草を聞き、ルイズの心中に、ふつふつと怒りが込み上げる。 
  だが、その怒りも、ウェールズの苦悶の表情を見た瞬間に、雲散霧消してしまう。 
  彼の表情は、明確に嘘をついていることを物語っている。
  この敗色濃厚な城塞から、自分ひとりだけ逃亡を図るなど、いまだ若すぎる彼には絶対に出来ない芸当なのだろう。 
  これはメンツや意地の話ではない。 
  ニューカッスルに立て篭もる300人の王党派たち。彼らを実質的に支えているのは、ウェールズ一人の存在なのだ。
  亡命を図るというのは、そんな部下たちを置き捨て、見捨ててしまうという事に他ならない。それは、とても出来る相談ではないのだ。 
  一軍の将帥にとって、部下の命以上に重いものなど存在しない。たとえ、その比較対象が、『愛』だったとしてもだ。 
 
 「今一度言う。アンリエッタの手紙には、亡命に関して一言たりとも触れていなかった」 
 
  ルイズには、もはや彼に返す言葉は無かった。 
  愛する者以上に大事なことがある。それを少女は認めたく無かった。だが、認めるしかなかった。
  ウェールズに逃亡を躊躇わせるもの……それは愛や名誉でさえ、『安い』と言い切れる程に重い、ウェールズの双肩にかかった『責任』なのだという事を。 
 
  ルイズは打ちのめされたように、肩を落とし、きびすを返した。 
 「お疲れのところ、長々と申し訳ありませんでした。――失礼します、殿下」 
  ルイズは、もはや一秒でも早く、この部屋を出たかった。 
  彼女は、恥かしかったのだ。……それこそ、とてつもなく。 
 
 『貴族とは、魔法を使える者を呼ぶのではありません。敵に後ろを見せない勇気を持った者を、貴族と呼ぶのですよ』 
 
  魔法が使えなくて、泣いてばかりいた幼き日のルイズに、いつも厳しい母が初めてかけてくれた優しい言葉。
 『ゼロ』と嘲笑され、軽蔑されても頑張れたのは、その一言があったからだ。 
  だが、いま自分が言った台詞は何だ? 
  事もあろうに、したり顔で『敵に後ろを見せる事』を勧めに行くなど……。
  それも、王子がその肩に背負ったものの重ささえ、思い量ることもなく、ぬけぬけと……!! 
 
  女として、愛する殿方に命永らえることを勧めるアンリエッタ。 
  将として、その愛よりも重い責任を、選ばざるを得なかったウェールズ。 
  その二人に比べて、今の自分は、なぜこうもブザマなのだ。まるで道化ではないか? 
  もう、何がなんだか分からない。何が正しくて、何が間違っているのか、もうルイズには判断できなくなっていた。 
 
 「サイト……」 
  そんなルイズが、王子の私室から退室した途端、呟いたのは、自分でも予想だにしない名だった。 
  だが、自分の言葉に驚く暇さえなかった。 
  その名を口にした瞬間、彼女を襲ったのは、堰を切ったような才人への懐かしさだったからだ。 
 (サイト……サイト……逢いたい……サイト……!!) 
  いつも喧嘩ばかりしていた、バカで間抜けで単純な、それでいて誰よりも安心できる、あの使い魔の横顔が、記憶をよぎる。
  魔法学院を出発してから、まだ何日も経っていないはずなのに、もう何年も彼と会っていないような気がする。 
 
  暗い廊下で、押し潰されそうな小さな肩を、懸命に自分で抱きしめるルイズ。 
  そんな少女の背中に、ドアが開く音と共に、皇太子の声がかかった。 
 「ああ、待ちたまえヴァリエール嬢」 
  反射的に、ルイズは顔を隠そうとするが、いくら何でも王族に声を掛けられて、そっぽを向いて対応する貴族はいない。
  彼女は懸命に涙を袖で拭きながら、ぎこちない笑顔を見せた。 
 「……なっ……なんでしょう、でんか……」 
 
  さすがに紳士なウェールズは、少女の涙に、妙な反応を返すような野暮はしなかった。 
  いまだ自分の感情を御しきれない、この優しい少女に、普段通りの声をかける。 
 「……伝えるのを忘れていたんだが、今朝がた、我が軍の使い魔が目撃したそうだ。青い風竜に乗った四人の少年たちが、貴族派のフネに攻撃され、一人の亜人が、それを身体を張って庇い、彼らを逃がした、と」 
 
 
 
  ルイズの思考は停止した。 
 
 
 
 「その亜人が、V3にそっくりだったとも聞いている。……この連中に、きみは思い当たるふしはあるかい? その使い魔の主だったメイジは、彼らが貴族派の警戒線から身を隠すようにしていたと言うから、あるいはきみ同様、王党派への使い――」 
 「殿下っっ!!」 
  ルイズは、ウェールズの胸倉を掴んでいた。無論、考えた上での行為ではない。 
 「わたくしもっ! わたくしもっ! 殿下にお伝え忘れていた重大な話がありますっ!! 是非とも、お耳に入れて頂きたい、重大な議でありますっ!!」 
 (サイトだっ! 間違いない!! サイトが、会いにきてくれたんだっ!!) 
 「お願いしますっ!! 無礼は承知の上で、なにとぞ殿下のお部屋への、入室をお許し下さいっ!!」 
 
 
 
  街道を、見事な甲冑を着たメイジが往復している。 
  それも二騎や三騎ではない。十騎・二十騎といった集団だ。 
  無論、うろついているのはメイジ達だけではない。 
  兵卒・傭兵といったガラの悪い連中から、オーク鬼やトロール鬼・オグル鬼などといった亜人部隊までが、街道沿いの村々を、肩で風を切って歩いている。 
  ニューカッスルを包囲する、貴族派の軍団である。 
  総勢五万を号しているが、実数的にも、おそらく四万は割っても、三万を下る事は無いだろう。 
  まさに、王党派の百倍以上の大部隊であった。 
 
  そんな中を、才人・ギーシュ・キュルケ・タバサ、そしてシルフィードを含めた五人(?)は、歩を進める。
  包囲軍の連中から、直線距離にして3mと離れてはいない。 
  もっとも、すぐ側といっても、敵軍の真っ只中を闊歩するわけではない。彼らから死角になっているのは当然のことだ。
  なぜなら、いま彼らは、ヴェルダンデが掘った地下通路を進んでいるからだ。 
  払暁に坑道に入って、そろそろ数時間が経過しているが、現在位置も現在時刻も、土中を進む彼らには、見当も付かないが、勿論それは、ほんの数m先の地上にいる、貴族軍の知るところではない。 
 
 「大丈夫かね、僕たちは……? 見つかったら、殺されるだけじゃ済まないんだろ……?」 
  ギーシュが怯えたように呟く。 
  まだ言ってやがるのか、もういい加減に腹を決めやがれ。そう思って、才人はギーシュの言葉に返事を返さなかった。
  もう何度目かになるかも知れない、ギーシュの繰言だった。 
 「うるさいわねアンタも。いい加減おしゃべりを止めないと、あたしもキレるよ」 
  無言の才人の代わりに、キュルケがイラついたように言う。 
 
  しかし、客観的に見れば、ギーシュが怯えるのも、まあ無理はない。 
  数万の軍勢が重囲するニューカッスルへ、こんな方法で接近を図っているのだ。
  見つかれば、どう言い訳しても王党派への裏切り者か、もしくは間諜にしか見えない。おそらくは処刑前に、想像を絶するほどの拷問に掛けられる事だろう。 
  しかし、もう才人の覚悟は決まっている。 
  たとえ、一歩でもニューカッスルに近付かなくてはならない。そこにルイズがいる以上、彼はどんな手を使ってでも、その王党派最後の拠点にへ行くつもりだった。 
 
 
  話は、まる四日ほど――彼らのアルビオン上陸の時点まで、さかのぼる。 
 
  風韻竜シルフィードの機動力と使い魔としての感覚共有能力を、タバサは過剰なまでに使い、偵察を繰り返した。
  幸い、アルビオンは幻獣の繁殖率が高く、主を持たぬ野良竜が、一匹でうろついている分には怪しまれないので、偵察行に危険は少なかったのだ。 
  シルフィードの観たもの、聞いた言葉、それらは全てリアルタイムでタバサの脳髄に送り込まれ、そこから現在のアルビオンの状況を可能な限り分析する。
  タバサは、当初一時間と言ったその作業に、実際丸一日ほど時間をかけた。 
 
 「きゅいきゅいっ、おねえさまっ!! シルフィもう疲れたのねっ!!」 
 
  駄々をこねるシルフィードを、才人はなだめ、なぐさめ、自分の食い扶持を削って肉を与え、調子に乗ったシルフィードをタバサが杖で殴り、とにかくそうやって、タバサは情報収集を続けていた。 
  そしてその間、キュルケ・ギーシュそして才人に与えられた任務は、『待機』の一言だった。
  ギーシュは、ほったらかしにされて流石に憤懣の声を上げたが、才人は文句一つ言わなかった。いや、言えなかった。 
 
  才人は、ショックを受けていたのだ。 
  彼は、このタバサとシルフィードの協同関係を見て、初めて思い知ったのだ。
  メイジと使い魔が、一丸となって事に当たれば、どれほどの事が可能かという事に。 
  おそらく、これこそが、メイジと使い魔本来の“あるべき正しき姿”なのだろう。 
  しかし、自分はどうだ? 
  シルフィードのように、主の目になる事も耳になる事もできない。 
  できる事は精々、剣を抜いて、主の身を守ってやる事くらいだ。あの、魔法の使えない、どうしようもなくワガママで愛すべき、あの少女を。 
  ――だが、おれは今、ルイズの傍にはいない。 
  いないどころではない。何処にいるのか、生きているのか死んでいるのかすら分からない。 
  少年は、無力すぎる自分の現状に、密かに唇を噛んだ。 
 
  そんなルイズの行方が、突如判明したのが、三日前――上陸二日目の朝だった。 
  四度目の偵察行に出たシルフィードが、ニューカッスル城にはためく、とある旗を目撃したというのだ。驚くべき事に、その旗に描かれていたのは――。 
 
 
 「ヴァリエール公爵家の紋章、だってぇ……!!?」 
 
 
  ギーシュが、とても信じられないといった風に首を振る。 
  だが、タバサは冷静だった。彼女はシルフィードの目を通して、自分もその旗を見ているのだから。 
 「事実。――実際その旗に、レコン・キスタも戸惑っている」 
 「ウェールズ皇太子って、美形の割になかなか食えないって聞いていたけど、本当だったみたいね」 
  ニューカッスルで、篭城の指揮を実際に執っているのは、現国王たるジェームズ1世ではなく、その息子たるウェールズであるというのは有名な話だ。 
 「あたし、ゲルマニアの皇帝就任式で見たことがあるのよ、アルビオンの皇太子殿下を。噂に違わぬ美形っぷりだったけど……まさか、こういう状況で、こんな手を使うなんて……頭の切れも外見以上って噂、本当だったみたいね」 
  そう言ってキュルケは、けらけらと笑った。 
 
  しかし、彼女がそう言うのも無理はない。 
  内戦中に、他国の有力諸侯の旗を掲げるという、その行為の是非は問われるべきだが、それでも旗一本で、貴族派の包囲軍を惑わせ、動きを封じているのは事実だからだ。 
 
  レコン・キスタ首脳部としては、当然トリステイン行政府とヴァリエール公爵家に、事の次第を問い合わすだろう。 
  ニューカッスルに翻っているのが、トリステインの旗ならば、あるいはその回答に時間はかからないかも知れない。
  だが、その旗が、ヴァリエール家の旗ならば、話は別だ。 
  レコン・キスタからの問い合わせの結果、王家と公爵家の間で内紛が勃発しかねない騒ぎが持ち上がるだろうし、騒ぎの分、公爵家からの公式回答は遅れるはずだが、――それでも、その回答が得られるまでは、貴族派としても動けないはずだ。 
  状況如何によっては、この内乱に、トリステインが正式に軍を派遣してくる可能性を顧慮せねばならないからだ。
  いや――トリステインが来るならば、アンリエッタの婚儀に先立って発表された攻守同盟によって、ゲルマニアも黙ってはいまい。 
  つまり、その分だけ、王党派は時間を稼ぐ事が出来る。 
  いまレコン・キスタに、トリステイン軍を迎え撃てるだけの戦備が整っているかと問われれば、それは無理だというべきだろう。
  なにしろ貴族派の、ほぼ全軍がニューカッスルに集結している状態だ。他の海岸線はガラ空きと呼んでも差し支えはない。 
  急ぎ戦陣を再編し、“敵”の侵攻に備え、水際の守りを固めねばならない。 
  だが、その前に、肝心のニューカッスルをどうするか? 
  今のうちに一気に攻め落とすべし、とタカ派の貴族は主張するだろう。 
  攻め落とした城塞からヴァリエール家ゆかりの者の骸が出たら、トリステインとの全面戦争は、もはや回避できんぞ、とハト派の貴族は言い返すだろう。 
 
  配下が揉めれば、問われるのはリーダーの手腕だ。 
  貴族派の連中も、今でこそ利に釣られてレコン・キスタに従っているが、元来、貴族というものは独立独歩の風が強く、その連携はとても一枚岩とはいえない。 
  そして、レコン・キスタの指導者クロムウェルは僧職出身で、元はメイジでさえなかった男である。
  そんな男に、紛糾する貴族たちを取りまとめる事ができるだろうか?  
  王ならば、王権という絶対の切り札で、貴族どもを黙らせる事が出来るだろう。だが、クロムウェルは王ではない。貴族院という議会の長に過ぎないのだ。 
  ……つまり、成り行き次第では、レコン・キスタの内部分裂すら期待できる。 
  確かにうまい手だ。タバサもそう思う。 
 
  だが、才人には分かっていた。 
  あれはルイズの仕業だ。 
  貴族派の牽制目的など、それこそ二の次、三の次に過ぎない。 
  あの旗が呼んでいるのは、トリステイン軍でも、ゲルマニア軍でも、公爵家の私兵隊でさえない。 
  才人だけが分かっていた。 
  ルイズが呼んでいるのは、このおれ――平賀才人ただ一人なのだということが。 
 「急ごうタバサ! ニューカッスルにはルイズがいる! 早く来いって、あの旗は――ルイズはそう言ってるんだよ!!」 
 「根拠は?」 
  タバサが冷気さえ窺わせる声で、そう訊き返す。 
  質問としては当然だろう。客観的に見て、旗一本をルイズ健在の根拠とするには、やや無理がある。
  ニューカッスルに居るのはルイズではなく、もしかしたらワルド子爵だけかも知れないからだ。 
  いや、むしろ敵だらけの陣中を越えてニューカッスルに到着したのなら、『ゼロ』のルイズがスクウェア・メイジのワルドの足手まといにならないわけが無い……。 
  だが、才人は叫んだ。 
 「根拠もクソもあるか! おれは、ルイズの使い魔だ! それ以上に必要な根拠があるもんか!!」 
 
 「きゅいきゅいっ! やっぱりサイトって、かっこいいのねっ!!」 
 「ちょっ……おい、よせってシルフィ」 
  風竜形態のシルフィードに甘噛みされる才人に、キュルケが囃し立てるように口笛を吹き、ギーシュは呆れたように肩をすくめたが、それでもタバサだけは表情を変えず……納得したように、静かに頷いた。 
 「わかった」 
  どうやら彼女は、ニューカッスル以外の拠点に潜んでいる“隠れ王党派”と連絡をつける算段だったらしいが、ひとまずニューカッスルへの直接侵入を決意したようだ。 
 「直接侵入って、それこそ不可能だろう!?」 
  うろたえるギーシュに、タバサはヴェルダンデを杖で指し示し、顎を捻った。ついてこい、という意味なのだろう。 
 「まさか……ここからニューカッスルまで、穴を掘って進むつもりかい……!?」 
  うめき声を上げたのは、ギーシュだけではない。キュルケもさすがに表情を変えた。 
 「いや、でも……さすがにそれは無理よタバサ。ここからニューカッスルまで、直線距離でも20リーグはある。そんな距離を、四人がかりで土を掘りながら進んだりしたら、いくら何でも窒息しちゃうわ!」 
  だがタバサは、顔色一つ変えない。 
 「ヴェルダンデが掘った穴を、あなたが“練金”で固め、坑道にする」 
  その杖の先はギーシュを指している。確かに『土』系のギーシュならば、その作業は難事ではない。 
 「ニューカッスルの手前まで坑道を掘り、一日置く。穴の隅まで空気が行き渡るように」 
  そして、最後に自分を指し、こともなげに言った。 
 「翌日、全員で坑道を進みながら、わたしが最後尾に立って風を通す。――それなら空気はなくならない」 
 
  それを聞いて、キュルケは蒼白になった。 
  20リーグにも及ぶ長距離トンネルを、風を操りながら進もうと言うのか……! 
  確かに、このタバサなら出来るかも知れないが、それにしても、あまりに危険だ。 
 
 
 「始める」 
 
  そう言うとタバサは、ギーシュを連れて、『上陸』のときに使用した坑道に、飛び降りた。 
 「ちょっ……待ちたまえタバサっ!! まだ、その、心の準備がっ!!」 
  もう姿は見えないが、いまだにギーシュはブツブツ言っているらしい。 
 「急ぐ」 
 「大体、ニューカッスルの方角は分かるのかね!? 闇雲に掘り進んでも……」 
 「方角はコンパスがあるから分かる。方位はシルフィが、上空から指示を出してくれる」 
 「でも、ちょっ、待ッ……、いやぁぁぁ~~~!!」 
   
  そのギーシュの悲鳴を最後に、二人の声は土中から聞こえなくなった。
  それと前後して、シルフィードの姿が、残された才人とキュルケの眼前から見えなくなっていることも。 
 
 
 「なあ、キュルケ」 
 「なに、サイト」 
 「使い魔って、空の上から、地下の御主人様の位置特定をしたり、会話が可能だったりするの?」 
 「まあ、普通は無理だけど……でも、あの子の使い魔って、伝説の風韻竜だしね」 
 「少なくとも、おれにはできねえな……。同じ使い魔なのによ」 
 「うちのフレイムにだって無理でしょうね」 
 「だっておめえ、フレイムは風韻竜じゃないだろ?」 
 「あんただって、人間じゃないの」 
 「……そうだな」 
 「そうよね……」 
 
 
  そして、その会話から48時間後、彼らの姿は地中にある。 
  目的地は、ニューカッスル。 
  直線距離にして20kmの大トンネルを、彼らは進む。 
 
  目的地たるニューカッスルに、さらにとんでもない恐怖が待ち受けている事も知らず。 
+
+#navi(もう一人の『左手』)

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