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#navi(虚無の魔術師と黒蟻の使い魔)
夜。
天には二つの月が輝いている。
ルイズは夕食を済ませると、ワインを飲みながら歓談するクラスメイトたちを尻目に、早々に部屋に戻り閉じこもってしまった。
基本的にルイズには友達が少ない。いや、いないといってしまっても差し支えない。
なので、夕食後の歓談の輪に入らないのは特に珍しいことではない。
ただ、夕食後もしばらくは席を立たず仏頂面のままワインを飲んでから部屋に戻る、というのが普段のルイズのパターンである。
話し相手がいないからといってすぐに部屋に戻ってしまうと、まるでそこから逃げてるような気がして、プライドの高いルイズには許せないのだ。
しかし、今夜は夕食を食べ終わるとそそくさと部屋に戻ってしまった。
そんな、普段とは違うルイズの行動に気づいたのは、寮で隣室であるキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーだけであったが、そんな彼女も数多いる恋人のうちの一人に声をかけられると、そんな些細なことはすぐに忘れてしまった。
ルイズはベッドに腰掛け、ぼうっとしていた。
ルイズが早々に部屋に戻ったのは、自分の契約した使い魔、モッカニアの『本』を読み進めるためであった。
モッカニアの『本』を一通り読み、さらに気になった部分を読み返したりしているうちに、すっかり夜も更けてしまった。
今は、分厚い本を読破した後のような達成感と虚脱感がルイズの心を占めている。
このまま布団をかぶって目を閉じてしまいたい気もする。読書後の興奮でなかなか眠れない気もするが、案外すぐに眠りに落ちるかもしれない。
しかしルイズはその誘惑を打ち消し、読了したばかりの『本』によって得られた情報の整理を試みる。
この『本』の舞台となる世界は、ルイズの住むハルケギニアとはまるで違う。
まず、月が一つしかない。
世界の成り立ちも違う。この世界の歴史にブリミルの名前などまるで出てこない。世界を創った『始まりと終わりの管理者』。『始まりと終わりの管理者』から世界の管理を任された三柱の神。『楽園時代』。
どれもルイズが慣れ親しんできた神話や、始祖ブリミルの物語とは相容れない。
その世界では、ハルケギニアよりはるかに技術が発達していた。飛行機、ラジオ、シネマ。どれもルイズには夢想すらしたこともないようなものが、魔法でもなんでもなく道具の延長として存在している。
魔法もハルケギニアで使われている系統魔法とは異なる魔法が存在する。エルフが使う先住の魔法ともおそらく違うだろう。
しかし何より、人が死ぬと魂が『本』になるということが一番の違いだろう。その『本』を読むことでその人生をすべて知ることができる。
そして全ての『本』が収められる神立バントーラ図書館。その『本』を管理する武装司書。
……実に荒唐無稽だ。
ルイズが今まで読んできたどんな物語も、ここまで突飛なものはなかった。
これが普通の本に書かれていたなら、作者の想像力に拍手喝采を送っていただろう。
だが、そんな世界が記されているのは普通の本ではなく、『本』。記された『本』自体が荒唐無稽な内容を裏付ける証拠だ。
信じざるを得ない。認めざるを得ない。確かに、ルイズが住む世界とはまるで違う世界がどこかに存在するのだろう。
そして、そんな世界で生きたモッカニア。
モッカニアは武装司書だった。
武装司書はあちら側の世界で最もなるのが難しいと言われる職業だ。桁外れの戦闘能力と歴史学者も顔負けの頭脳が求められる。
武装司書の頂点であるバンドーラ図書館館長代行は、すなわち世界最強の称号でもある。モッカニアはその館長代行に匹敵する戦闘能力を持つ、最強の一翼を担う存在であった。
「って言ってももう死んでるのよね……」
ポツリ、呟くルイズ。
どんな最強の能力を持っていても『本』になってまで使えるわけではない。『本』はあくまで『本』だ。
どれほど優れた体術を身につけていようがそれを振るう肉体がない。どんな強力な魔法を習得していようとそれを行使することは出来ない。
結局『本』は、ルイズにモッカニアの生涯分の知識を与えてはくれたが、使い魔として役に立つということはありえない。
「全く、もう! 生きたモッカニアが来てくれたら間違いなく最強の使い魔だったのに!」
モッカニアの魔法。恐ろしいと言うよりもおぞましいと言ったほうがよいだろう。
少なくとも、建物や洞窟など閉じられた空間でモッカニアに敵うような存在はハルケギニアにはいないのではないか?
モッカニアが今この場にいたとして、全力でその魔力を開放したら…。学院に住む全ての生き物が夜が明けるのを待たずに骨だけになってるだろう。いや、骨も残らない。
「生きてるモッカニアが来てくれたら! そしたら……」
そしたら?
そしたらどうなっていただろう?
そしたら自分はどうしただろうか?
ルイズは部屋の片隅に目を向ける。そこには場違いな藁の山がある。
もしも部屋に置いておけるようなサイズの使い魔を召喚したら、その寝床にしようと思い用意しておいたものだ。
ただの平民にしか見えない男が召喚されて、その平民のためにきちんとした寝床を用意してやるだろうか?
モッカニアに藁の上で寝ろと命じ、モッカニアを怒らせ、モッカニアの魔法の餌食に……。
「そ、そんなこと、あ、ありえないわ! 私がそんな酷いことするわけないじゃない!」
脳裏に浮かんだ自分の姿を振り払うように、首を振るルイズ。
流石にそんなことはしない……と思う。学院に奉職する平民たちと同じぐらいの待遇は与える……んじゃないかな。
しかし相手は異世界から来たのだ。まずまともな会話は成立しないだろう。頭のいかれた平民としか思えないモッカニアに対し、まともな扱いをするだろうか?
それどころか、モッカニアの人生の最後の4年間は、ある出来事を契機に実際に心を病んでしまっているのだ。
そんな状態のモッカニアを自分はどう扱うのだろうか?
「見た目が平民なのよね……。それが問題よね。一目見てすぐ有能だって判ればちゃんとした待遇を用意するのに……」
そう言うとルイズは、ふと何かに気がついたかのように硬直した。
しばしの硬直の後、ベッドに倒れるように寝転がる。
そして布団に顔を押し付け、
「あは、あははあは…あは…」
乾ききった笑いがルイズの口から漏れる。
「な、何を言ってるのかしら、私。自分が、ゼ、ゼロ、ゼロのくせに、の、能力があれば、まともに扱ってやるだなんて、どれだけ、は、恥知らずなのよ……」
ルイズは暫く布団に顔を沈めた体勢のまま動かずにいた。
時々しゃくりあげるような声が聞こえてきたが、暫くするとその音も消えた。
「…………」
布団から顔を上げると、うつろな目で部屋の一点を見るとはなく見つめていたが、
「今日はいろいろありすぎて疲れてるから、変なことばかり考えてしまうのね。早く寝ましょう」
そう自分に言い聞かせるように呟くと、着替えもせずに布団にもぐりこんだ。
指を鳴らし、部屋の明かりを消す。
早く眠りに落ちてしまおうと目を閉じるが、やはりいろいろなことが胸に去来し、なかなか眠れそうにない。
暗闇の中ぼんやりと天井を見つめる。
(もし、もっと早く召喚の儀式をしてれば、モッカニアは死ななくて済んだのかしら……)
ふと、そんなことが頭をよぎったが、
(それこそ考えるだけ無駄ね。昨日死んだのか、千年前に死んだのか。知りようがないもの。そんなことより早く眠らなきゃ……)
思い直すと、きつく目を閉じ、今度こそ眠りに落ちていった。
その夜、ルイズはモッカニアの夢を見た。
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