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#navi(虚無の魔術師と黒蟻の使い魔)
「ミスタ・コルベール! 召喚のやり直しをさせてください!」
「駄目です。ミス・ヴァリエール。使い魔召喚の儀式は神聖なものです。それがどんな『もの』であろうと、呼び出してしまった以上は契約しなくてはなりません」
春の使い魔召喚の儀式。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン。ド・ラ・ヴァリエールは自身の召喚の結果を不服として、担当教諭のコルベールにやり直しを要求するが、コルベールはというと「伝統・神聖」の一点張りで取り付く島もない。
必死に食い下がるルイズとそれを諭すコルベールのやり取りに、呼び出したばかりの使い魔に夢中だったほかの生徒たちもにわかに注目しだした。
ルイズとコルベールを囲むように人だかりができ始めていた。
「なぁ、マリコルヌ。何の騒ぎだい? またゼロのルイズが何かやらかしたのか?」
ルイズたちを囲む輪の中にいたマリコルヌ・ド・グランプレに、級友のギーシュ・ド・グラモンが声をかける。
「あぁ、ギーシュ。傑作だ。さすがはゼロのルイズだぜ。実にふさわしい使い魔を召喚したもんだよ」
そういって笑い出すマリコルヌに、ギーシュは怪訝な顔であたりを見渡す。
「なぁ、マリコルヌ。そのゼロのルイズが呼び出した使い魔てのはどこにいるんだ?」
もう一度あたりを見渡してみるが、どこにもそれらしきものはいない。
「ひょっとして、何も呼び出せなかったから使い魔も『ゼロ』ってオチかい? それはちょっと引っ掛け問題としてもフェアじゃないと思うな。『召喚した』て言ったじゃないか」
「いやいや、ちゃんと呼び出してるんだよ。ギーシュ。あそこをよく見てみろよ」
笑いをこらえながらマリコルヌが指差す。
しかし、指し示された場所を見ても、草原の中にぽっかりと直径1メートルほどの円状に草の禿げた、むき出しになった地面があるだけだ。
草が禿げているのはルイズの爆発による影響だろう。
コルベールが禿げているのは何による影響だろう?
「なぁ、マリコルヌ。僕の目が悪くなったのかな? やっぱり何もいないように見えるんだが…」
「よく見てみろって、草の禿げた真ん中だよ。なんと言っても相手はあのゼロだからね。常識的な使い魔を探しても見つけられないさ」
「真ん中ねぇ…」
もう一度目を凝らして見る。
「真ん中には…石ころがあるな」「そうだね、ギーシュ」
もう一度見る。
「手のひらサイズってところだな」「そんなとこだな、ギーシュ」
さらに見る。
「板状だな」「板状さ、ギーシュ」
さらにもう一度見る。
「ほんのり半透明だな」「半透明さ、ギーシュ」
しつこく見る。
「ひょっとして、アレかい?」「アレさ! ギーシュ!」
二人は顔を見合わせると、
「ギャハハハハハハ!」
と馬鹿笑いした。
ギーシュとマリコルヌのやり取りを、ルイズは憮然とした表情で見ていた。
「ミスタ・コルベール。あの二人が私を侮辱しました。ちょっとレビテーションかけてもいいですか?」
完全に据わった目で言うルイズ。
「だ、駄目です! ミス・ヴァリエール。クラスメイトとは仲良くしなくてはいけません!」
「なら、先生があの二人をもやし祭りにして下さい」
「学院の教育方針として、体罰は禁じられてますので…」
「なら注意するなりなんなりして下さい!」
ルイズの剣幕に、コルベールは「ひっ」と小さく悲鳴を上げてギーシュたちに注意に向かう。
「二人とも、貴族たるもの『ぎゃはは』などとはしたなく笑うものではありません!」
「そこかよ…」
注意を終えて帰ってくるコルベール。
ジト目で向かえるルイズ。
「先生。私、将来子供ができたら留学させようと思います…」
「それはいいですね。若いうちから見聞を広げるのはいいことです。私もいつか他の国で教鞭を振るって見たいものです」
「そうしてくださると留学させないで済むので助かります」
「さぁ! もう、いい加減覚悟を決めてブチュッとやっちゃいなさい! ミス・ヴァリエール!」
コルベールが会話は終わりだといわんばかりに高らかに言う。
ルイズもあきらめて、ぶつくさ言いながらも、召喚された石のそばに歩いていく。
「なによ! いつも新しい技術がどうとか、『火は破壊だけのものだなんて古い考えにとらわれてはいけない!』だとか言ってるくせに、
こういうときは伝統伝統って、きっと自分の中でそういった矛盾を抱えてるから、知らないうちにストレスになって禿げるのよ!」
「何か言いましたか…ミス・ヴァリエール…」
「何も言ってませんっ!!」
ルイズは大きくため息をつくと、自分の足元にある『それ』を見る。
手のひらサイズで板状の、少し透明な石ころ。
悔しいがギーシュやマリコルヌの言う通りではある。
せめて土にまみれていたりすれば、爆発のせいで地中の石がむき出しになっただけだとか主張して、もう一度召喚させてもらうという策もあるのだが…。
綺麗な円形に禿げた草原。爆発で抉れた地面の中心にポツリと置かれた石ころ。
さすがにこれを地面から出てきたものだと主張するのは無理があるか…。
「はぁ~~~~…」
もう一度、露骨に大きくため息をつく。
そして、しゃがみ込んで石を見る。
どこからどう見ても石だ。
「ミスタ・コルベール! 石です!」
「見ればわかります」
「石と契約するなんて聞いたことがありません! それに石には意思がないからこの石にはそもそも私と契約する意思があるとは言えない訳で、契約する意思のないものに無理やり契約をさせるのは非道と思います!」
「確かに石と契約するなんて聞いたこともありませんが、そもそも石を召喚するなんてことも聞いたことありません。とにかく使い魔は、サモンサーヴァントによって召喚されたものと契約すると決まっています。石を召喚してしまった以上、石と契約するしかないでしょう。
それに、石に意志がないなんてどうして言えるのです? 意志を表現する手段がないだけで意思はあるかもしれませんよ?そして、サモン・サーヴァントに応じた時点で使い魔になる意志はある、と私は考えます。
そうでないと、ドラゴンのような本来凶暴な生物が、いきなり呼び出されてコントラクト・サーヴァントに素直に応じるはずがありませんからね」
ルイズのよくわからない理屈は、コルベールのわかるようなわからないような屁理屈によって潰されてしまった。
(考えろ…考えるのよ…ルイズ! 姫様と遊んでいたときに、厨房にあったイチゴを二人で全部食べて従者を怒らせてしまったときも、逆切れと誤魔化しで何とかしたじゃない!)
ルイズは最後の足掻きをしようと知恵をめぐらすが、
「まぁ、あなたにも言いたい事はいろいろあるでしょうが、一つだけ理解していただきたい。私があなたにその石との契約を勧めるのはあなたのためを思ってのことということです。
召喚が失敗してしまったのなら召喚のやり直しはできますが、召喚してしまった以上再度召喚することは認められません。それを踏まえたうえで契約しないと言うのであれば、今回の召喚の儀は失敗とせざるを得ません。
召喚の儀が失敗となれば進級を認めるわけにもいきません。石ころを召喚してしまった時点で失敗・留年としてしまうこともできますが、それはしません。つまり、あなたに契約か留年かの選択の余地を差し上げようと私は言っているのですよ」
それはコルベールの言葉によって結実することなく霧散してしまった。
(留年…そんなことになったら…)
ルイズはもし自分が留年ということになった場合、家族たちがどう反応するかを考えてみる。
まず浮かんだのは、長姉であるエレオノールの神経質そうな顔だった。
ルイズの留年を知らされたエレオノールは、
「使い魔と契約できないし、魔法もろくに使えるようにならないで留年。そういうことでいいわね、チビルイズ」
と言って、ルイズの頬を抓るだろう。
「ご、ごめんなひゃい。お姉ひゃま」
いつものようにルイズが謝ると、エレオノールは言うだろう。
「何を謝っているのかしら? このおチビ」
「え、あの…魔法が…学院を…その…」
「何度言えばわかるのかしら? 貴族は魔法をもってその精神とするのよ。それで、チビルイズは謝れば立派な貴族になれるのかしら?」
「えと、あの…その」
ルイズはそう言われて情けなく口ごもるだけしかできない自分がありありと想像できていやになってくる。
「過ぎたことはもういいわ。ねぇ、あなたはどうすれば立派な貴族になれるのかを聞きたいの。来年の春には使い魔と契約できるのかしら?
もう一年学院に通えば進歩するのかしら? そもそもチビルイズは一年間学院にいてどれだけ成長できたのかしら?」
この後もネチネチとエレオノールの説教は続くだろう。途中「学院に一年長くとどまると言うことは、結婚が一年遅れると言うことでもあるのよ」などと自分で言っておいて、
「誰が嫁き遅れよ!」なんて言ってルイズにあたるのだろう。
いやだ、いや過ぎる…。
そもそも留年と言うことになって一番落ち込んでるのはルイズなのだ。
そんなときはやさしく慰めてもらいたい。
「やさしく」と言うことで次に思いついたのが、次姉のカトレアの顔だった。
(ちい姉さまならやさしく慰めてくれるに違いないわ)
でも駄目だと、ルイズは頭の中で打ち消す。やさしさと言うのは時に厳しさよりも残酷なことがあるのだ。
きっとカトレアはルイズの頭を胸に抱き寄せて優しく慰めてくれるだろう。そしてこう言うに違いない。
「ねぇルイズ。貴族にとって魔法がすべてと言うわけじゃないわ。私だって家の中に閉じこもってばかりで魔法なんてほとんど使う機会がないわ。
でも動物たちもいるし、毎日とても楽しいの。ルイズもお家にいてくれたらもっと楽しくなると思うわ。
お家でも魔法の練習はできるし、ふとした拍子に突然使えるようになるかもしれないわよ」
あぁ、想像出来てしまう。
きっとカトレアは純粋なやさしさから、何の嫌味もなく、本心でルイズを慰めてくれるのだろう。
魔法の使えないルイズを受け入れてくれるだろう。
だがそのやさしさを受け入れることは、魔法を使えない自分を受け入れてしまうことと同義なのだ。
それは駄目だ。エレオノールの説教よりもある意味でダメージは大きい。
(それならお父様は?)
父親も厳格な人物できっとルイズをきっときつく叱るだろう。
だが妻には頭が上がらなかったりと、少し甘い部分もあるのだ。きっと一通り叱った後こう言うだろう。
「まぁ、留年は残念だが、頑張った結果だろう。駄目だったならまた一年頑張ってみればいいさ」
と、最後にはニコニコ笑ってルイズの頭の上に大きな手を乗せ慰めてくれる、ような気がする。
そして笑いながらこう言うだろう。
「しかし、卒業がいつになるかわからないからな。今のうちから縁談を進めておかないとエレオノールのように…ゲフンゲフン。どうもワルド子爵も軍務で忙しいようだし、
スーシェ男爵もなかなか悪くない男だと思うが、会ってみるだけどうだ?」
そこからはなし崩し的に次々と縁談を持ち込んできて、いつの間にやら結婚している自分が想像できる。
二十七になっていまだに結婚していないエレオノールのこともあり、その手の話には過敏なのだ。
駄目だ。ダメージは少ないだろうがとても納得できるものではない。
ルイズの妄想はついに最悪の結末にたどり着く。
母親が、烈風のカリンがじきじきに説教するのだ。
その時母は、なぜか甲冑に身を包み、マンティコアにまたがっている。
そして巨大な竜巻を作りながら言い放つのだ。
「ルイズ。構えなさい」
駄目だ! 駄目だ! もう説教ですらない。
「ミス・ヴァリエール? いい加減現実に戻ってください」
コルベールの声にルイズはハッと我に返る。
「先生! 私契約します! させて下さい!」
ルイズには、家族に留年を報告するということよりも最悪の事態というものが存在しないように思えていた。
(もうこの際、石でいいじゃない! 石ってことは土系統よ! 系統もわかってこれで晴れてゼロ脱出に違いないわ!)
ネガティブも行き着くところまで行けば、逆にどんな些細なことでもポジティブになれるらしい。
「よい返事です。では、早いとこ契約してください」
コルベールに促され、ルイズは再びしゃがみ込み、石を拾い上げようとする。
「えっ…」
ルイズの指が石に触れた瞬間――ルイズの目の前に突然一人の少年が現れた。少年はしゃがみ込み地面に目を向けている。
(何を見てるのかしら? じゃなくて! なに? どこから出てきたの?)
突然現れた少年に驚き、思わずあたりを見渡すルイズだが、そこで異変がこの少年だけでないことに気付く。
ルイズの目に映るのは魔法学院の演習場ではなかった。見たことのない町並みがルイズの目の前にひろがっていたのだ。
ここはどこなのか。そしてなぜ自分はここにいるのかという驚きが沸いてくるが、その驚きを感じる前に更なる驚きがルイズを襲う。
ルイズはそこにいなかった。
どことも知れぬ町並みを見ているし、音も聞こえる。どこかから空腹を誘うようなにおいも感じる。
だが、ルイズの体はそこにはなく、まるで感覚だけがその場の空気に溶け込んでいるかのようだった。
「なっ? えっ!?」
ルイズは驚いて、思わず石から手を離してしまう。
すると、目の前に広がる景色は魔法学院の演習場に戻っていた。
先程まで見ていた景色はかけらもない。
「ミスタ・コルベール! この石、なんか変です!」
「そうですか。ただの石じゃなくてよかったですね。では、授業時間も無限ではありませんので早くコントラクト・サーヴァントをして下さい」
ルイズが、今体験したことをコルベールに説明しようとするが、コルベールはまたルイズがなんとかサモン・サーヴァントのやり直しをしようとあがいているのだと判断し、まるで取り合わない。
仕方なくルイズはもう一度石に触れてみる。
すると、やはりルイズの五感はどこか知らない場所に飛ばされる。
それは予想されていたことなので、先程のような驚きはない。思わず石から手を離してしまうこともない。
ルイズは、今度は注意深く辺りを見回してみる。
やはりまるで見たことのない景色。なぜか馬がついてない馬車が走っていたりと、ルイズの理解の及ばないような物もある。
そしてルイズが空を見上げると、今まで見たどんなものよりもルイズの常識と相容れないものがそこにあった。
そこには一つの月が燦然と輝いていた。
(な、な、なんで月が一つしかないのよ~っ!?)
ルイズの、ハルケギニアの常識では月は二つあるのが当たり前であり、二つの月が重なるスヴェルの月夜でも小さい月の方が前に出るので、完全に一つしか月が見えないなんてことはありえない。
(一体、ここはどこなの? そもそもあの石は何なのよ!?)
ルイズがそう思った瞬間だった。
突然、目の前の景色が変わる。石を離したときのように、魔法学院に戻ったわけではない。ルイズの知らない、また別の景色が展開される。
次から次へと景色が、場面が変わっていく。
場面が移り変わるごとに、少しずつ情報が蓄積されていく。
先程ルイズが抱いた疑問。その答えを探すかのように、その答えにかかわる場面を次々と体験していく。
「…エール!? ミス・ヴァリエール!? どうしたのです!?」
ルイズが石から手を離すと、目の前には心配そうにルイズの顔を覗き込むコルベールがいた。
「………大丈夫です。契約します」
ルイズは心ここにあらずといった様子でつぶやくとハンカチを取り出し、ハンカチ越しに石を持った。
ルイズは、目の前の石が一体何なのかすでに理解していた。これと契約することがどういう結果をもたらすのかはまるでわからないが、普通の平凡な使い魔と契約するよりは良いかもしれないと思い始めていた。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔となせ…」
呟く様に呪文を唱えると、ルイズはそっと石に口づけをする。
コルベールとルイズ以外の生徒たちが、フライの魔法を使い校舎へと戻っていく。
フライの魔法だけでなく、すべての魔法が使えないルイズには、ゆっくりと己の足で歩いていくしかない。
ルイズは立ち止まると、ハンカチに包まれた石を改めて見る。
それはルイズたちが住む世界とは別の世界で『本』と呼ばれる物。人が死に、その魂が地中で化石化したものである。
『本』に触れると、その魂の持ち主の人生のすべてを読み取り、追体験することができる。
ルイズが『本』に触れることで見た景色は、人が死ねば『本』になるのが当たり前の世界に生きた、ある男の人生だった。
ルイズの指が『本』に軽く触れる。そしてすぐ離す。
この『本』の魂の持ち主。その姿を確認しただけだ。
「…よろしくね。モッカニア」
その『本』に記された魂の持ち主。その名をモッカニア=フルールという。
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