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「アクマがこんにちわ-05」(2008/04/01 (火) 06:46:31) の最新版変更点
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#navi(アクマがこんにちわ)
人修羅がルイズの使い魔となり、魔法学院で暮らし始めてから三日目。
初日は召喚されたり下着を洗ったりで大変だった。
二日目は授業で爆発しそうになったり大変だった。
今日はどうなるかなぁと思いながら欠伸をすると、よっこいせと呟いて立ち上がり、両腕をぐるぐると回して身体をほぐす。
窓から外を見ると、日が昇って間もない時間らしく、朝の清浄な空気が自分を招いている気がした。
「…まだ起こすには早いな」
小声で確認するように呟くと、人修羅は寮塔の外へと出て行った。
魔法学院の敷地は広い、正五角形の壁に囲まれた範囲だけでなく、その周辺も魔法学院の管理下にあるらしい。
人修羅はいくつか確認したいことがあったので、裸足のままつま先を立てて、地面をトントンと蹴った。
大地の感触を確かめると、「フッ」と短く息を吐いて身体に力を入れ、魔法学院から少し離れた林に向かって走り出した。
ビュゥビュゥと風を切る音が聞こえる、まさしく今、風を切って走っている。
人間とは比べものにならないパワーを持っているが、足の長さという如何ともしがたい問題により、思ったより早くは走れない。
その代わり異常なまでの体力が備わっているので、時速50kmで何日も走り続けられると考えれば適切だろうか。
林に近づくと向きを変える、地形を確認するために、林に平行して走り、魔法学院の方角から見られない位置を探した。
林に沿ってしばらく走ると、魔法学院の高い塔も見えなくなる、そこで人修羅は走るのをやめた。
「ふーーーーーーーー…」
深呼吸して、身体を適当に動かす、最初は緩慢とした動作で両手を振ったり、屈伸運動ナリをしていたが、途中からその動作に攻撃的なものが混じった。
「確かめておかないとなー」
そう呟きながら指先に力を込める、爪が10メートルも伸びるようなイメージを描き、指先に力を流す。
右手をだらんと下げた状態から、勢いよく空に向かって突き上げると、同時に地面に五本の亀裂が走り、土がえぐり取られ空中へと高く舞い上がった。
「こうして見ると、畑仕事に便利かな?……でも巻き添えを作りそうだな」
『アイアンクロウ』と名付けているこの技は、ボルテクス界では破壊力のみを求めて、好んで使っていた。
しかし今試しに使ってみると、今まで恩恵にあずかってきた破壊力が、予想以上の威力を発揮しているのが解ってしまった。
10メートル、こちらでは10メイルの距離を抉るつもりだったが、実際には30メイル先まで地面がえぐれていた。
精密な動作には向かない、これでは乱戦、混戦になった時に、仲間を傷つけてしまうかもしれない。
「…まずいな、これじゃ、ジャベリンレインでも使った日には仲間ごと吹き飛ばすかもしれないな……うーん。困った」
人修羅はあぐらをかいて地面に座る、顎に手を当てて、いかにも『悩んでます』という雰囲気を作ろうとしているその姿は、どこか滑稽だった。
「ルイズさんに魔法の話はしたけど、どうするかなあ」
今の人修羅は、仲魔達から一応の手ほどきを受け、炎を出すアギ、氷を作るブフ、電撃を放つジオなど、ある程度のことはできる。
しかし口から吐く炎や吹雪と比べて効率がとても悪くとても実戦では使えなかった、そもそも魔法を習得しようとした理由が『ご飯炊く時、口から火を吐いたら悪役みたいで格好悪いじゃんか!』なのだから、戦いに使えないのも仕方がなかった。
「怪我の治癒に良さそうな魔法でも教えてみようかな…あ、待てよ、そもそもこの世界の人間に…って言うか普通の人間に『ディア』を使っていいのか?副作用とか無いのかな」
ディア、とは怪我の治癒に使うものであり、簡単な怪我なら多少深くてもすぐに治癒してしまう、しかし今までは仲魔に使っていた、人間に使った訳ではない。
「まいったなー、どうしよ」
まさか人体実験をするわけにも行かない、人修羅は今の自分が役立たずな気がして、地面にのの字を書いて落ち込んだ。
■■■
「ルイズさーん、朝だよー、早く起きないと蜜柑聖人が起こしに来るよ」
「ううん…」
硬い床に体育座りで寝ている人修羅とは違い、ルイズはとても柔らかそうなベッドで眠っている、それを揺り動かすのは躊躇われるので、とりあえず声をかけるところから目覚ましは始まる。
目を覚ましたルイズは、寝ぼけ眼で部屋を見回す癖がある、この時眠そうな目つきをしているが睨んでいるのと大差はない、しかしルイズは可愛い、というわけで人修羅にとっては妹か、それに近い存在のように思えてしまう。
妹だとしたら下着着せるのってやばくね?禁断の関係!ヒャホー!
などと考えることもあるが、決して口には出さず、ルイズに言われるがまま服を渡していく。
人修羅も恥ずかしいので、下着は自分で着て貰うことにしているが、やっぱり時々胸の小さい桜色の小さな可愛らしい女の子スイッチ二つが見えてしまう。
気まずくなって目をそらすが、人修羅の顔は赤かった。
昨日言われたとおり、顔と口を洗う水を準備しておいたので、ルイズは無言で顔を洗い歯を磨いていた。
実は今朝、桶に汲んだ水をファイヤブレスで温めようと考えていたが、早朝の身体能力実験で火力が強すぎると解ったので、水は冷たいままであった。
ルイズが顔を洗うのをちらちらと見ながら、ファイヤブレスでうまくお風呂を沸かす方法は無いかと考えていた。
■■■
食堂に入ったルイズは、入り口から人修羅が見ていないかと思って、後ろを振り向く。
しかしそこに人修羅の姿はない、人修羅は生徒ではないので、アルヴィーズの食堂で食べるのは遠慮している。
魔法学院で働く平民にはいくつかの区別があって、そのうち宝物庫周辺や門の外を警備する衛兵と同じものを食べさせて貰うよう、ルイズを通して頼んだのだ。
そんなわけで食事時になると、人修羅は厨房の空きスペースで食事を頂き、ルイズは一人で食事の席に着く。
「椅子ぐらい引いてくれたっていいじゃない」
ルイズの呟きは、誰にも気付かれることなく消えていった。
■■■
「おう、そっちに置いてあるぜ」
そう言って厨房の奥を指さしたのは、コック長のマルトー親父。
年は四十を過ぎており、恰幅の良い体型をしている、厳しそうな目つきとたくわえられた顎髭が彼の頑固さを見た目に表していると言える。
マルトーは貴族ではなく平民だが、収入の低い貴族よりも遙かに羽振りはいい、魔法学院のコックとしてオールド・オスマン直々に雇ったと言われるだけあり、料理の腕は確かだった。
マルトーの腕をちらりと見ると、筋肉の動きがハッキリ見えている、ただの肥満ではなく力仕事から何から何まで、いろんな経験をしてこの職に落ち着いたのだろうと想像できた。
人修羅がシチューの置かれたテーブルに座ると、シエスタがそっと近寄ってふかふかの白パンを出してくれた。
「どうぞ、一つ余りそうなんです。遠慮無く食べてください」
「いいの? うわ、こんなふかふかのパン初めてさわったよ、しかもまだ暖かい」
「焼きたてですから」
人修羅がパンをちぎると、弾力性のある生地がプチプチとちぎれていく、まるで上質の綿のようであった。
「いただきます」
零れそうになる涎を我慢しながら、人修羅はパンをほおばった。
■■■
「ごちそうさまでした」
人修羅が食事を堪能すると、包丁を持ったマルトーがやってきた。
不思議そうに人修羅を見ている、正確には人修羅が眼前で合わせた手に視線が向いている。
「あ、マルトーさん、ごちそうさまでした」
「よう、気に入ってくれたかい」
「こんな美味しいスープも、パンも、初めて食べましたよ」
「そうかそうか、パンは貴族に出してるものと同じものさ。それにしてもお前、貴族と同じ料理を断ってまかないを食いたいだなんて、変わった奴だなあ」
「…僕の住んでた所じゃ、朝からお肉は食べなかったんですよ。すいません無理を言って」
そう言って人修羅が笑うと、マルトーはがっはっはと盛大な笑い声を上げた。
「気にすんな、オールド・オスマンから貴族と同じ食事を出してくれたと頼まれてたんだ、それを断った理由を聞きたかっただけさ」
人修羅は驚き、マルトーを見上げた。
「ホントですか、そこまでしてくれなくてもいいのにな…」
申し訳なさそうに頭を掻くと、マルトーがまたハハハと笑い出した。
「ははは、だから気にするなって。それはそうとちょっと聞きたい事があるんだが、お前、東方から来たんだって? そっちにはどんな食い物があるのか教えてくれないか」
「あー…」
人修羅はちょっと困ったような笑みを浮かべた、東方から来たというのは間違いではないが、この世界の東方『ロバ・アル・カリイエ』とは違う。
どうしたものかと説明に困っていると、マルトーが人修羅をせかすようにしゃべり出した。
「東方で作られた『茶』ってのを飲んだことがあってなあ、紅茶を若葉で飲むと茶に近い味が出るのは分かったんだが、あの苦みと甘さの中間のような味が出ねえんだ、話に聞いたところじゃ、酒の作り方も違うんだって?それが気になってなあ」
「茶?茶って、緑色で、ちょっと時間をおくと黄色っぽくなる、あの茶ですか」
「おお!やっぱり知ってたか、いい茶は薬として飲まれてるって聞いたが、なんか手がかりは無いかなあ」
人修羅は首を捻って考え込む。
お茶といわれてもどんなお茶があるのか、この世界とのお茶の相違点がよく分からない、上手く誤魔化すにしてもどう言えばいいか困ってしまった。
「すんません、お茶は作ったこと無いんですよ。でもいいお茶は60度から70度で煎れるとか」
「ロクジュウドからナナジュウド?なんだいそりゃ」
「えーーーと……。お湯を沸かすと、鍋の底に気泡ができますよね、沸騰はしていないけど、気泡は出来ているぐらい。まあ素手じゃ触れない温度です。それぐらいの温度で一分間蒸らすと、苦みより甘みが抽出されるとか」
「ほう!紅茶とは違うんだな、そうか温度の違いか、確かにそりゃあ大事だ」
「そろそろルイズさんが出てくると思うんで、行ってもいいですか?」
「ん? ああ、そうだな。次は食い物の話も聞かせてくれ」
「はい。それじゃ」
席を立って厨房から外に出ようとすると、こちらを見ているシエスタと目があった、シエスタが微笑むと自分も嬉しくなる、彼女の髪の毛が日本人の黒髪に似ているからだろうか。
「ボルテクス界でもホームシックにはならなかったのになあ」
人修羅はそう呟くと掃除と洗濯をすべく、寮塔へと足を運んだ。
■■■
朝食をとり、ルイズの部屋を掃除し、洗濯をした後は、ルイズと共に授業を受ける。
ルイズは空いている席に座るよう求めたが、人修羅は貴族の学校なので席に座るのは遠慮したいと言って断った。
人修羅は最後列の壁を背にして、立ったまま授業を受けるつもりだったが、教師から「立ったまま授業を受けるのは使い魔とはいえ行儀が悪い」と言われ、仕方なくルイズの隣に座ることになった。
もっともその教師は、立ったまま授業を受ける人修羅が不気味だったので座らせたのだが……
「なんか俺、転校生って感じだ」
「バカ言わないの、あんたは使い魔だし、亜人じゃないの」
「まー、そうなんだけどね」
冗談めかして呟いた言葉だったが、半分は本気だった。
殺気混じりではないが、周囲から見られている気がしてならない、それが何とも言えない居心地の悪さを感じさせていた。
魔法学院の授業は、人修羅が知っている魔法や技と違い、生活に結びついたものばかりでとても興味深かった。
水からワインを作り出したり、秘薬を調合して特殊なポーションを作るなど、普段何気なく使っていた『宝玉』の作り方を見ているようであった。
三年生になると、石に魔法を封じ込めて簡単なマジックアイテムを作る授業もあるらしい、俺も作ってみたいなあ、と思う人修羅だった。
他にも、箱やボールなどを空中に浮かべて窓から外に放りだし、使い魔に取りに行かせ『感覚の共有』を実演させる授業などがあった。
自分もルイズに「ほら犬、取りに行きなさい」なんて言われたらどうしようかと真剣に悩んだが、人修羅が指名されることは無かったのでほっと胸をなで下ろした。
他にも夜洗濯物の取り込みで下着の扱いに困ったり、東方の料理について聞かれ、文化性の違いから閉口することもあったが、大きなトラブルもなく数日が過ぎていった。
■■■
ある日の夕方。
ばさっ、ばさっという羽音が聞こえ、ふと窓を見ると一羽のペリカンがルイズの部屋の窓を見つめていた。
人修羅もそれに気付いたのか、先ほどまで見ていた『やさしい標準文字』と書かれた本からペリカンに視線を移している。
夕食後、人修羅に文字を教えていたルイズは、ペリカンを見て何だろう?と首をかしげたが、足にくくり付けられた包みを見て、あっ、と声を上げた。
「意外と早かったわね」
そう言って窓を開け、ペリカンを窓枠に止まらせると、包みをほどいてベッドの上に置いた。
包みの中身をちらりと見て確認すると、ルイズはくちばしの中に金貨を入れ、ごくろうさまと呟いた。
するとペリカンはくわぁと鳴いてそのまま外へと飛び出し、星の見え始めた空へと飛んでいってしまった。
「ペリカン?本物? それ何?」
「貴方の服よ、ほら、上が裸のままじゃ困るって言ってたじゃない」
「まさか、買ってくれたのか」
「言っておくけど、お金を払わそうなんて思ってないわよ。使い魔の世話は主として当然のことなんだからね」
ふん、と鼻を鳴らして胸を張るルイズを見て、人修羅は年の離れた妹が居たらこんな感じかなあと考えた。
ルイズから渡されたものは黒い長ズボンに、黒い靴、そしてダークグレーのシャツだった。
「なんで黒ばかり?」
「身体が光るから何とかしたいって言っていたでしょ、だから光を通しにくい生地で作って貰うよう頼んだのよ」
「何から何まですまないねえ」
「当然よ」
おとっつぁんそれは言わない約束でしょ、と言い返されるのを期待していたが、現実はそんなに甘くなかった。
服を着てみると、確かに身体から光が漏れない、これなら夜でも目立たないだろう。
首の後ろに生えた角も被着に影響はなかった、魔法学院の生徒のように硬い襟ではなく、伸び縮みのする繊維で織られていたからだ。
「首の後ろに角の生えた亜人だから、って説明したのよ。でも亜人に服を着せるなんて、酔狂だと思われたかもしれないわ」
「へえー、亜人は服を着ないの?」
「吸血鬼は人間に偽装しているから服を着るわ、翼人やエルフは独特の服を着ているし、オーク鬼やトロル鬼は毛皮の腰巻きをまいてるそうよ」
「そいつら、首の後ろに角が生えてるわけじゃないだろ?どんな亜人だと思われたのかなあ。これでも一応人間だったんだけど」
「そんなことまでいちいち気にしないでしょ。……ところで人修羅。」
「なに?」
きょとんとした表情で人修羅が答える、ルイズはそんな人修羅をじろじろと検分するかのように見つめたが、しばらくするとハァとため息をついた。
「……オールド・オスマンは貴方のこと、すっごく強いって言ってたけど、本当に強いの?」
「うーん、返事に困るな。それは。実際に見て貰えれば解ると思うけど、第三者に見られたくないんだよなあ。……魔法学院の外で見せたい」
「それはいいけど、何でそんなに人目を気にするのよ」
じとっとした目でルイズが睨む、視線にはどこか人修羅を疑うような意志が見える気がした。
「そりゃねえ、危ないしねえ」
■■■
魔法学院の外に出たルイズと人修羅は、人修羅が召喚された草原に来ていた。
最初は人修羅がルイズを背負って走ろうとしたが、恥ずかしいという理由で断られてしまった、あたりはもう暗く、星々が空に輝いている。
隣を歩くルイズを見ると、不意に東京の生活を思い出した。
「…女の子を夜中に連れ出すなんて、ちょっと危ない人だと思われるよなあ」
「何?」
「いや、誰かと一緒に歩くなんて、久しぶりだと思ってさ。それとルイズさんって、随分心配されてるんだね」
「心配?」
「ほら、あれ」
首をかしげたルイズの疑問に答えるべく、人修羅が夜空を指さした。
見ると、星が光ったり消えたりしている、何だろうと思って目をこらすと、星を明滅させているのは竜だった。
竜もルイズ達に気付かれたと思ったのか、だんだんと高度を落としてルイズ達に接近してきた。
「はぁい、ヴァリエールも隅には置けないわね。夜のデートなんて」
竜の背に乗っているのは、キュルケと、青髪の少女だった、キュルケは外套を羽織り、青髪の少女は
「なっ なななななに言ってるのよ!って言うかツェルプストー、何してるのよあんたこそ」
「あら、級友が逢い引きしようとしてるんですもの、応援してあげようと思ったのよ」
「……この……あ、逢い引きなんて…」
顔を赤くして恥ずかしがるルイズ、どう見てもキュルケの方が一枚上手だった、人修羅は頭をポリポリと掻いて呟く。
「あまりからかわないでくれよ。それはそうと…何しに来たんだ?魔法学院じゃ危ないから外に出たんだけど」
人修羅の言葉を聞いて、キュルケは人差し指を自分の唇に当てて、笑みを浮かべた。
「ヴァリエールを見てたら解るわよ、使い魔の能力を知らないのは自分だけ…って顔してるもの」
「見破られてるなあ…ルイズさん、どうする?」
「……いいわ、人修羅。ちゃんと私の使い魔が、強いって事を証明しなさいよ」
ルイズが不機嫌さを隠そうともせず呟く、それに苦笑した人修羅が、竜の背に乗ったパジャマ姿の少女に声をかけた。
「そっちの人は?」
「この子はタバサよ、この風竜はこの子の使い魔のシルフィード。貴方達をこっそり追いかけようとして協力して貰ったの」
キュルケがタバサを紹介し、人修羅が会釈する。
「よろしくタバサさん。シルフィードもよろしく。俺は人修羅」
「……」
タバサはこくりと、無言で頷いた。
キュルケだけは、タバサが本を持たずに出てきたことを驚いていた。
また、人修羅から視線を外さないのも何か引っかかる者があったが、それは自分と同じメイジとしての本能だろうと解釈しておくことにした。
■■■
「アギ」
ぽっ、と音がして炎が現れる。
右手を前に差し出し、掌を上に向けて呪文を唱える、それだけで杖も使わず握り拳大の炎が出てきた。
その事実に驚いたのか、ルイズは口を開けて固まっている。
キュルケとタバサも驚いてはいるが、ルイズほどあからさまではないが、驚いていることに違いはなかった。
「…先住魔法」
ぽつりと呟かれたタバサの言葉は、キュルケとルイズの心中を代弁したものでもあった。
「ルイズさんには一度話したけど、俺が居た世界じゃ魔法は存在してなかった…いや、存在してない事になっていたんだ。
この世界と違って魔法使いは『悪魔の手先』みたいな扱いだから、存在していたとしても、隠されていたんじゃないかな」
「人修羅が魔法を使えるようになったのは、儀式に巻き込まれたからだ、って言ってたわね」
ルイズが確認のつもりで呟くと、人修羅はこくりと頷いた。
「もしかしたら俺も生け贄になったかもしれない、でも運が良かったのか悪かったのか……俺は人間の意識を持ったまま、アクマの身体になった。そこで魔法を知り、覚えたんだけど…」
そう言って、今度は左手の上に小さな氷の粒を作り出す。
「これ以上大きな火も、氷も作れないんだ。とても戦いには使えないって仲魔に言われたよ」
ふぅん、とキュルケが頷く、それを見て人修羅が言葉を続ける。
「この世界で言う、火、土、水、風の系統は凄く苦手なんだけど、得意なのが別に一つある。『万能属性』って奴だ」
「ばんのうぞくせい?」
聞き返すルイズに、人修羅は頷くことで答えた。
「たとえば…キュルケさんのサラマンダーって、火に強いよね。その代わり氷や土を相手にするのは苦手じゃないかな」
「ええ、火の精霊の加護があるから、未熟なメイジのファイヤボールなら食べちゃうわ。でも吹雪はあまり好きじゃ無さそうね」
キュルケは自慢げに答える。
「万能属性ってのは、そういった火・土・水・風などの影響を受けない、どの属性が相手でも、同じだけの効果を発揮できるんだ。 …ちょっと離れててくれよ」
人修羅がルイズ達を背にして、草原に腕を向ける、そして小さい声で、できるだけ力を加減するつもりで「メギド」と呟いた。
それはほんの一瞬だった、しゅんしゅんと音にならない音が鳴ったかと思うと、草原の上に光が集まり、白色と紫色の光球があらわれた。
そしてバッ!と光が弾けたかと思うと、後には直径15メイルほどのクレーターが形作られていた。
「…こんなもんかな」
「何よ、これ」
ルイズが恐る恐るクレーターに近寄る、そこはまるで果物の実をスプーンでくり抜いたような、綺麗な半球を描いていた。
地面を溶かすような炎を使うメイジが居る、そう聞いたことはある、しかし地面を消滅させるような魔法など聞いたことが……
「あ!」
そこでルイズは、自分の魔法に思い当たった、失敗だと思っていた爆発、しかしあの爆発はコルベール先生が『失敗ではない』と指摘してくれた。
だとすれば、人修羅の『メギド』の光はその成功例ではないだろうか。
「ヴァリエールの爆発と違って、コントロールができてるのね」
キュルケの呟きも、ルイズの考えを肯定している。
「これ、ルイズさんの魔法の参考になるかな」
「人修羅の実力は解ったわよ。でも、その魔法は先住魔法でしょ?私には使えないわよ」
「…魔法は魔法だから似たようなモノだと思うけど……。 まあ、本音を言うと使って欲しくないな」
「どういう意味よ」
いつもより低い声でルイズが呟く、多少怒りが混じっているのか、人修羅を見る視線も厳しい。
「この魔法は手加減ができないんだ、相手を殺すこと破壊すること、それだけが目的の魔法なんだ。俺が知ってる魔法や技のほとんどが手加減の難しいものだから、一人で戦うには最適だけど…」
ルイズの視線に、人修羅の赤い瞳が映る。
「…守りたい人まで、巻き添えにするよ」
■■■
ドン!と音が鳴る。
しばらく間をおいて、またドン!と音が鳴る。
ルイズは人修羅にアドバイスを受けながら、魔法を実演している。
地面に寝そべったシルフィードを椅子代わりにして、キュルケとタバサがルイズ達をじっと見ていた。
「ねえ、タバサ。どう思う?」
「興味はある」
「そうじゃなくてぇ、もっと具体的によ」
タバサは少し考え込むと、顔を上げてキュルケを見つめ返した。
「……今度、治癒について聞いてみたい」
トリステイン魔法学院で出会い、まだ一年のつきあいではあったが、これ程まで真剣なタバサの表情は初めて見た気がした。
「そう、その時はあたしも見てていい?」
小さく頷くタバサの肩に、キュルケがそっと手を回して抱き寄せる、タバサは無表情のままキュルケに身を預けた。
「やっと、貴方が真剣な理由を話してくれたわね」
「…」
「事情は分からないけど、私も協力するわよ」
タバサは何も答えなかった、だがキュルケにはそれが肯定の意志だと解っていた。
キュルケが実力で唯一認めるメイジ、それがタバサ。
年齢に見合わない過酷な環境を生き抜いてきたのか、頼りなさそうな目つきの内に、誰よりも深い激情を抱えていることを、キュルケは知っている。
優れたメイジは魔法をぶつけあうだけで、お互いの心中を察してしまうという。
キュルケとタバサは、ある誤解から決闘をして、互いの魔法をぶつけ合ったことがあるのだ。
あの人修羅という存在が何者なのか解らないが、タバサに益があるのなら、それを手伝ってやりたい、そう思ってタバサの肩を強く抱きしめた。
「危ない」
「え?」
タバサの呟きに、キュルケははっとして顔を見上げた。
ルイズの方を見ると、ルイズの目の前に、先ほどの『メギド』とは違う光の玉が浮かんでいる。
それはいかにも不安定で、今すぐにでも爆発してしまうような危うさを含んでいた。
■■■
「杖の先端だけじゃなくて、視線と、意識と、杖の向きを合わせた方がいいと思う。三つの線が交差する点を意識すれば、爆発位置を特定できると思うな」
「…わかったわ」
何度目かの爆発で、地面にいくつものの穴が空いてしまった。
飛び跳ねた土が服を汚し、ルイズの服は所々が泥で汚れている。
「…………………………」
ルイズは今度こそ狙った場所に爆発を起こそうと、深呼吸をしてから杖をまっすぐに向けた。
狙うは空中、10メイル前方、威力はツェルプストーのフレイム・ボールぐらい…
人修羅のアドバイス通り、視線と意識と杖の先端を同じ場所に向け、そこに『メギド』のような光をイメージした。
「………ウル・カーノ」
着火。空中に火を灯すために呟かれたその呪文は、本来なら杖の先端から小さい炎を出す魔法であった。
それが原因だったのか、ルイズの眼前、杖の先端に、直径30サントほどの光球が膨大なエネルギーを伴って出現した。
「え」
近すぎる。
ルイズがそう思った時、ルイズから10歩ほど離れた場所でアドバイスを送っていた人修羅が駆け出した。
地面を抉るように蹴り、一瞬でルイズに接近する。
ルイズの身体を両腕で抱きかかえて、首だけを横に向ける、そして魔力を含んだ息を光球に吹きかけた。
■■■
それは、ゴババババッという、氷塊と氷塊のぶつかるような音だったろうか。
ルイズの眼前に浮かんでいた光球は、人修羅が口から吹き出した吹雪によってかき消された。
穴だらけになった地面は凍り付き、空気中の水分を巻き込んでダイヤモンドダストが浮かんでいる。
「いやールイズさん、今のは危なかったよ。練りが甘かったから消し飛ばせたけど」
「………」
「今日はこれまでにして学院に戻ろうか。シルフィードに乗せて貰いなよ、俺は歩いて帰……」
いつもの笑顔で喋っていた人修羅だが、口を半開きにしているキュルケとタバサを見て、流石にまずいと感じたらしい。
抱き上げていたルイズを地面に降ろすと、コホンと咳をする。
尚も人修羅に何とも言えない視線が集まっていたので、気まずさを吹き飛ばすつもりで、必要以上の笑顔でこう言った。
「頑張ればルイズさんも火を吹けるよ!」
ルイズの裏拳が人修羅の鼻頭に命中した。
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