「ゼロな提督-11」(2008/03/29 (土) 15:33:35) の最新版変更点
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#navi(ゼロな提督)
「この不可侵条約締結の打診は、偽装だと言うのかね?」
「はい。あまりにも不自然です。そもそも、彼等の存在意義に対し矛盾しています。トリ
ステインとゲルマニアの虚を突くためのものでしょう」
枢機卿は、ヤンの進言に沈黙を守る。
真っ直ぐに向けられた視線に物怖じすることなく、ヤンは話を続けた。
「彼等はハルケギニア統一と聖地奪還を大義名分として蜂起し、王家と王党派を粛正した
のです。無論、聖地奪還など単なるお題目に過ぎず、実質は王家に対する貴族連合の利権
拡大が目的だったでしょうが」
枢機卿の執務室ではデスクを挟み、椅子に座る枢機卿に対しヤンの意見が披露されてい
た。ヤンの横に立つルイズは、ヤンと枢機卿の話をジッと聞いている。
部屋の隅には警護としてグリフォン隊隊長ワルド子爵と部下数名が待機している。その
横にはヤンから預かったデルフリンガーが立てかけられていた。
黙ったまま頷いた枢機卿に対し、更に推測が語られた。
「ですが、このような『期限を定めない』不可侵条約では、ハルケギニア統一をしないと
言ってるのと同じです。故に聖地奪還も出来ない…王権を打倒して神聖アルビオン共和国
樹立を宣言したとたんに彼等の掲げた大義を放棄したのでは、総司令官オリヴァー・クロ
ムウェルのみならずレコン・キスタから民心は離反します。
なにしろ、始祖より授けられた王権を打倒するのですから、王権を打倒するに相応しい
大義を示し続けねば、彼等はただの逆賊と誹りを受けるでしょう」
話し続けたヤンが一呼吸を置いた所で、ワルドが一歩前へ踏み出した。
室内の者が視線を精悍な男へ向ける。
「失礼。猊下、よろしいでしょうか?」
「うむ、ワルド君の意見を聞こう」
子爵は恭しく一礼した上で、力強く反論しだした。
「確かに今回の不可侵条約の打診、いささか性急で不可解ではあります。ですが、だから
と言って偽装とするのは勘繰りすぎと考えます」
「ふむ、何故に?」
「まず、アルビオンは激しい内戦で国内は疲弊し、兵達も疲れ果て、戦争継続が困難な状
況と推測されます。なにしろ国家を二分する戦いで、うち一方を完全に殲滅してしまった
のですから。戦力は単純に考えても半減です。
期限については後の交渉なり、何か適当な口実を付けて条約そのものを破棄するなり可
能です。むしろ、彼等はそこまでしなければならない程に国土が荒廃し、戦力を低下させ
ている、と見るべきではないでしょうか」
ワルドの反論に対し、枢機卿は大きく頷いた。
そしてヤンに視線を戻し、何か異論はあるか?と言いたげな顔をする。
これに対しヤンは、いつも通りの口調で語り出した。
「確かにそれは言えます。ですが、国力の低下は確かでしょうが、果たして戦争継続が不
可能な程かどうか、は確認しないことにはなんとも言えません。
むしろ、彼等の財政についてのみ言うなら、以前より潤っているのではないか…とすら
思うのです」
「ほう?何故かね」
枢機卿は興味深げに、ワルドは鋭い目でヤンを見る。
「はい。彼等は王党派を粛正しました。それは同時に王党派が有していた財産・利権・領
地が全てレコン・キスタに渡ったという事です。戦力が半減し、巨額の戦費を借金してい
たとしても、その補充と返済には苦労しないでしょう。戦力と一緒に貴族も半減、ならば
領土から手に入る金は二倍です。
人的資源の補充と国土の回復は一朝一夕にはいきません。ですが、こと財務に関しては
健全化していると見てよいかと。ならば戦力の再編成に時間はかからないと思います」
第11話 異邦人
ヤンが召喚されてから5回目の虚無の曜日となった。
トリスティン-ゲルマニア軍事同盟条約文の署名のためゲルマニア首都ヴィンドボナへ
行っていたマザリーニ枢機卿は、先日ようやくトリスタニアへ戻った。そしてすぐに、ア
ルビオン新政府である神聖アルビオン共和国初代皇帝オリヴァー・クロムウェルより派遣
された特使から両国へ打診された『不可侵条約締結』について協議に入った。王女の恋文
の一件を解決したヤンと、その主であるルイズへ城への招待状もすぐに送った。
ヤンとしては乗り気ではなかった。が、トリステイン王国の実質的最高指導者から直々
の招待を蹴ったのでは、主たるルイズの叛意すら疑われかねない不敬だ。公爵との義理も
ある。渋々ながら、朝から王宮の馬車に乗り出発となった。
城で出迎えたグリフォン隊のメイジ達に案内されて来たのは、枢機卿の執務室。デスク
には枢機卿が座り、部屋の隅にはルイズの婚約者であるワルド子爵が控えていた。ルイズ
は王女の学院来訪時と同じように頬を染めて俯いたものの、枢機卿の前であるため、いつ
ぞやのように心ここにあらずとはならなかった。
二人は、激務の果てに鳥の骨と影で呼ばれるほど痩せてしまったマザリーニへ型どおり
の礼をした。そして枢機卿は挨拶代わりの始祖ブリミルへの信仰と、その加護による国民
の安寧について手短に一通り語る。始祖をブラスターで穴だらけにしてやると誓ったヤン
も、とりあえずは神妙な顔で挨拶代わりのお説教を聞いていた。
で、王侯貴族に相応しいもったいぶった挨拶がやっとのことで終わった所で、枢機卿は
恋文事件解決への協力について謝辞を述べた。その上で、「ところで、君ならどう思う?」
と不可侵条約への意見を求めたのだ。
ワルドが不愉快げに鼻をならした。
「単なる憶測だな。それに貴族が半減しては戦力は半減以下だ」
その批評にヤンは頷いた。
「はい、単なる憶測ですし、メイジの質・量とも不明です。なので、急ぎアルビオンの残
存戦力を確認する必要がありますね。
ただ…もしアルビオンが実力をもって攻め入るなら、それは艦隊によるものとみて、間
違いありませんか?」
「当然だ」
何を下らぬ事を、と言いたげなワルド。
そのワルドへ更に言葉を続ける。
「ありがとうございます。
何しろ、私の故郷には浮遊する大陸というのはありませんでした。それに艦の形も機能
もかなり違いまして、ここからは本当に、書物と伝え聞いただけの話から勝手に憶測する
だけのものなのです」
「待ちたまえ。異邦人の勝手な憶測と分かっているなら…」
ヤンの言葉を遮ろうとしたワルド。だが、マザリーニ枢機卿が更にワルドの言葉を手を
振って止める。
そしてヤンに対して頷いた。話を続けよとの指示と見て、ヤンは更に推測を語る。
「アルビオンは浮遊大陸。彼等が打って出るには、好きな時に滑空して降下するだけなの
で楽なものです。多少地上から離れていても、お構いなしです。
対して大陸側から攻め入るには数日かけて風石を大量消費しながら上昇せねばなりませ
ん。しかも、アルビオンがラ・ロシェールに近付く日に限定されます。侵攻ルートも日時
も限定され、おまけにゆっくり下から浮き上がってくる艦列…大砲の餌食ですよね」
「知れた事。だからこそ、アルビオンは難攻不落の要塞と同義なのだよ」
ワルドのバカにしたような言葉に、やっぱり満足したように頷くヤン。
「そうです。奇襲を受ける心配も少なく、防衛のための戦力はほとんど要りませんよ。な
ら、彼等は戦力が完全に揃っていなくても、トリステインへ攻め込む事を躊躇うことはな
いでしょう」
ワルドは、ぐっと言葉に詰まる。
「もともと空軍力で圧倒している上に、空で上方を取るという地の利も得ています。なら
ば、同盟に基づくゲルマニアからの援軍が来る前に、奇襲を持って侵攻し、一気にトリス
テインを墜とす。…不可能ではないと思います。
何より、彼等は急ぎ新たなる戦乱を起こす必要があるのです」
ワルドは今度は反論しない。
代わりに枢機卿が口を開く。
「ほう…その必要とは、何かな?」
「はい。それは彼等レコン・キスタが、利権目当ての烏合の衆だと言う事に起因します。
王党派を倒し利権の分配をしている彼等は、利権の分配を巡って鍔迫り合いを繰り広げて
いる事でしょう。
そんな彼等をまとめ上げるには、目前の利権から目を逸らすもの、即ち大義と敵が必要
です。急いで王党派に代わる新たな敵を仕立て上げねばなりません。そのため聖地奪還と
いう美名の下、早期にトリステインへ攻め入る必要があるのです」
枢機卿は満足したように大きく頷いた。
ワルドは、少々不満げに眉をひそめた後、肩を落としながら溜め息をついた。
壁に控える騎士達とデルフリンガーは何も言わず、黙って話を聞いている。
そしてヤンの横にいるルイズは、真剣に枢機卿とヤンのやりとりを見つめていた。一言
一句を全て頭に叩き込むかのような気合いが滲み出ている。
太陽が真上にのぼったトリスタニアの正午。枢機卿の前に立つ平民は、自らの知識と経
験に基づく政戦両略を語り続けた。
既に昼食の時間だ。枢機卿ともなればランチも重要な会議の席であり、他の重臣達との
交流の場となる。だが、枢機卿はトリステインの重鎮達をさしおいて、ヤンの話を聞き続
けていた。
「なるほど…では、君はこの不可侵条約締結に反対、というわけだね?」
「いえ、実は賛成です」
前言をあっさり否定するかのようなヤンのセリフ。枢機卿はじめ室内の全員が一瞬、目
が点になった。
「さっきも述べたとおり、本来アルビオンはいつでもトリステインに攻め込めます。ただ
それだと正攻法なので、国力と軍事力の十分な回復を待ってからになり、かなり時間がか
かります。
ですが、条約締結は奇襲が前提なので、そこまで時間はかけなくて済みます。そのかわ
り他国との信用上、安易には攻め込めません。条約を破棄するだけの相応の口実が必要で
す。また、不可侵条約を信じたトリステインの油断を狙う、という意味ですから、逆に言
うと侵攻する時期が読める、と言う事です」
ルイズが「あ…」と小さく驚きの声を上げる。後ろにいる騎士達も顔を見合わせてしま
う。枢機卿も感心しきりでヤンの意見に重々しく「うむ…」と声を漏らす。
ワルドは刺すような視線でヤンの横顔を射抜き続けている。
「よって、アルビオンは『条約破棄の口実』『トリステイン艦隊を奇襲可能』…この二つ
の条件を満たす時に奇襲をかけてくるでしょう。
トリステインは彼等の不十分な戦力による奇襲を、周到な準備のもとで迎撃する事が可
能となるのです」
枢機卿はしばしの思索の後、ヤンの眼を真っ直ぐ見返しながら話を続ける。
「条約を締結すると、姫の結婚式にアルビオンから、大使を乗せた親善艦隊が来るかもし
れんが?」
その問に先に答えたのは、さらに一歩前に出るワルド。
「姫殿下の結婚式は3週間後、新政府樹立から一ヶ月も経っていません。いくらなんでも
早すぎます。軍の補充はおろか、再編すらも厳しいでしょう。それに、そんな早期に条約
を破棄しては、いくら口実を得たとしても他国に疑念を抱かれます」
ワルドの意見に、ヤンも頷いた。
「私も同意見です。ですが、我々がそう思っているからこそ奇襲の好機とも言えます。警
戒するにこしたことは無いと思いますので、ゲルマニアの艦隊との連携を深めておくべき
と考えます」
ヤンがそこまで語った所でドアがノックされた。見るからに王宮に相応しい気品ある女
官が入室し、財務卿が昼食をお待ちです、と伝える。
枢機卿はようやく椅子から腰を上げた。
「うむ。ヤン・ウェンリーよ、君の意見はとても興味深かった。実は君と似たような意見
は、将軍や大臣からも囁かれていた。どうやら、元将軍という噂は真実らしいな」
枢機卿からの讃辞に、ヤンは肩をすくめる。
「いえ、私は単に集められた情報を分析するのが仕事だっただけです。ただの後方勤務で
すよ」
「ふむ、ではそういうことにしておこう。ご苦労だった」
枢機卿は威厳を持って、だが一目見て分かるほど上機嫌で、女官を連れて退室した。
後に残るヤンは、ふへぇ~…と、肺が空になるほど息を吐き、ソファーに座り込んでし
まった。それをルイズが手をひっぱり無理矢理立たせようとする。
「ちょっとあんた!ここは王宮の、枢機卿の執務室よ!シャンとしなさい!!」
「いやぁ、そうは言われても…」
グイグイと腕を引っ張られるヤンだが、脱力したまま立とうとしない。
「おいおい、情けねぇなぁ。さっきまでの威勢はどうしたよ?」
デルフリンガーも呆れたような声をあげる。
「はははっ!それはしょうがないよ、僕のルイズ。僕だって猊下の前では未だに緊張する
ものさ!」
ワルドは先ほどまでの鋭い眼光とはうって変わり、陽気な笑顔でヤンを見下ろした。
「それにしても、噂通りの慧眼だね。感服したよ。いやはや、軍議で熱くなるなんて久し
ぶりだったな」
賞賛されたヤンは、ぃよっこらせっと、年寄りのような声を出して立ち上がる。そして
凛々しい貴族に頭を下げた。
「とんでもありません。ところで、ご挨拶が遅れました。私はヤン・ウェンリーと申しま
す。先月ミス・ヴァリエールに召喚され、瀕死の所を救って頂きました」
長身の貴族もヤンへ一礼し、張りのある声で名乗り返す。
「こちらこそ、自己紹介が遅れたね。女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ワルド子
爵だ。ルイズの婚約者だよ。まずは顔を上げてくれたまえ」
ヤンが顔を上げるのを待たず、ワルドはルイズへ視線を移した。
「そして、久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」
ワルドは人なつっこい笑みを浮かべて、ルイズを抱きかかえた。
「お久しぶりでございます…あの、人目があるので、お恥ずかしいですわ」
「おっと。これは失礼したね」
ルイズの視線の先にいる、部屋の隅で待機したままだったグリフォン隊隊員は、笑い出
すのをこらえていた。
王宮の廊下を、ワルドの案内でルイズとヤンが歩いている。ヤンは白手袋に黒服、背中
にデルフリンガーを背負っている。鈍くさそうな執事モドキが古ぼけた長剣を背負って歩
く姿はかなりヘンらしく、婚礼の準備で忙しく走り回る召使いや兵士がチラチラと視線を
向けてくる。
「やっぱり、僕に剣は似合わないよ…」
その言葉に、背中の剣が飛び出してツバをガチガチと激しく打ち鳴らす。
「うっせー!文句言うんじゃねぇ!俺だって、俺だって…まさか、ここまで剣に縁がない
ヤツだなんて思わなかったぜー!」
「いや、そう言われても…君が売り込んだんじゃないか。話し相手になるって」
「だからって、限度があるだろーが!何でもかんでも口先三寸で解決しやがって!たまに
は盗賊にでも襲われろー!」
「おいおい、そんなの怖いじゃないか」
別にヤンに非があるわけでもないのだが、デルフリンガーの愚痴は止まらない。何しろ
ヤンに買われてからというもの、本当に話し相手以外の役に立っていないのだから。これ
では武器屋にいた頃と変わらない。
そんな彼等を後ろに従えるルイズは、一人と一本の寸劇なんか耳に入っていない。彼女
は頬を赤く染めながら婚約者を見上げていた。
「まさか、婚約の事を覚えていて下さったなんて…嬉しく思いますわ」
「はは、もちろん覚えているさ。でも、父がランスの戦いで戦死し、爵位と領地を相続し
てからは、ずっと魔法衛士隊にいたからね」
「領地には、ほとんど帰ってこなかったものね」
ルイズは思い出すように、目をつむった。
「ああ。一生懸命、奉公したよ。おかげで出世した。なにせ、家を出る時決めたからね」
「何を?」
「立派な貴族になって、君を迎えに行くってね」
ワルドは笑いながら言った。
だが、ルイズは浮かない顔だ。俯いてしまい、声もだんだん小さくなる。
「でも…私はまだ、あなたに釣り合うような立派なメイジじゃないし…それに、私…この
前なんか…」
暗い表情になってしまうルイズの肩に、ワルドの手が優しく置かれた。
「話は聞いているよ。でも君が気にする事じゃないさ。姫殿下の命に逆らうなど、臣下と
しては本来許されないのだから」
ルイズを庇う言葉に、彼女も少し表情を明るくして婚約者を見上げる。ワルドは穏やか
に微笑みを浮かべていた。
「ただ…名誉挽回のためとはいえ、政の場へ婦女子が立ち入るというのは…さすがに淑女
として慎みに欠けると思うな」
そう言ってワルドはチラリと後ろを向く。そこには未だに長剣の待遇改善について激論
をかわすヤンがいた。ルイズも同じく後ろを向きつつ言葉を返す。
「そう、思いますわ。ですが、私は未だに魔法が失敗してばかりです。なら、魔法以外で
何かを成し遂げる事も考えるべきではないか…そう、思うのです」
その言葉に、ワルドは目を丸くした。
「メイジとしての生き方を捨てるって言うのかい!?」
ワルドの問に慌ててルイズは首を振る。
「いえ!そうではなくて…ただ、メイジだからといって、魔法だけにこだわってはいけな
いのかも、と思うんです。そして彼は、一切魔法を使わずに、魔法とは全く異なる生き方
を示す人物、私はそう考えてます」
二人の視線がヤンへ注がれる。半分寝ているとしか思えない目をしたヤンが、どう贔屓
目に見ても似合わない背中の長剣に、戦いに出るなんてめんどくさいのなんのと言ってる
姿を。
ルイズは、前言を撤回しようかと思った。
城の前にヴァリエール家の馬車が待っていた。お城の召使いが華麗かつ優美に扉を開け
て、ルイズが乗り込む。
ヤンも乗り込もうとした時、ワルドがヤンを呼び止めた。
「済まない、ちょっといいかな?」
「はい。なんでしょうか」
馬車にかけていた手を離し、ワルドの方へ向き直る。
「先ほどの君の意見なんだが、猊下は採用なさると思うかい?」
「いえ、しないでしょう」
あっさりと当然のように否定され、ワルドは拍子抜けしたような顔になる。ヤンは肩を
すくめながら、構わず話を続ける。
「どこの馬の骨とも分からない平民の意見を軽々しく採用したとあっては、他の大臣や将
軍が鼎の軽重を問われるでしょう?採用するにしても、誰か適当な貴族からの意見という
事にするでしょうね」
その言葉にワルドは数回軽く頷き、そしてヤンの肩にポンと手を置いた。
「そこまで分かってるとはねぇ。…いやはや、それだけに惜しい。君のような才覚ある平
民を生かし切れないようだから、この国は衰退の途にあるなどいわれるのだよ。
トリステインは歴史ある国家。故に伝統としきたりに固執し、その国力は年々低下して
いると言われる。悲しいが、否定しきれないのもまた事実だ」
馬車の方からルイズがヤンを呼ぶ声がする。
ヤンは、そろそろ時間ですのでと言ってワルドに一礼した。ワルドも型どおりの別れの
挨拶を返し、最後に一言付け加えた。
「ルイズの使い魔である君とは僕も良い関係を築きたいと思う。次は、この国の将来につ
いて語り合いたいものだよ」
こうしてルイズ達は城を後にした。
馬車からルイズがピョンと飛び降り、その後をヤンが長剣を背にしてノッソリと降りて
くる。
「それじゃヤコブ、また買い物終わるまで待っててくれるかい」
「おー、ゆっくり行ってきな。昼寝しながら待ってるぜ」
「ちょっとー!何してるのよ、早く買い物行くわよ!」
ヤンはヴァリエール家の、いつもの御者に一声かけて、慌ててルイズの後を追いかけて
走り出す。
街の門の駅に、城から乗ってきたヴァリエール家の馬車を待たせ、二人はトリスタニア
に入った。
城からの帰りに立ち寄ったトリスタニアは、まるでお祭りだ。
もともと虚無の曜日なのだから、露店が並び、大道芸人が技を披露し、吟遊詩人が楽器
をならしながら詩吟を語り、ボロボロになった法衣のなれの果てを来た遍歴の修道士が辻
説法をしているのはいつものこと。
その上、アンリエッタ姫の結婚式まで一ヶ月を切ったのだ。
式は来月ニューイの月、一日にゲルマニア首府ヴィンドボナで行われる。これに先立ち
アンリエッタ姫の婚礼パレードはトリスタニアを通り抜け、国内へ国家的慶事を知らしめ
る予定となっている。
なので、現在トリスタニアはてんやわんやの大騒ぎ。姫が乗る馬車が進む石畳の道は急
ピッチで補修中だ。街の中は裏通りに至るまで清掃作業に余念がない。各商店もそれぞれ
に、特にブルドンネ街の各商店は看板を新調したり、店構えを拡張したり。そのような資
金が無くても、せめて塗装を塗り直したり。姫の婚礼の儀に粗相があってはならぬと、準
備に余念がない。
大きな商会やギルドは、まるで戦争のような勢いだ。実際、これほどの特需は戦争でも
起きないと降ってこない。毛織物ギルドなら各地から羊毛を必死でかき集める。各地方出
身者が集まる商業組合は、商会に持ち込む商品を買い叩かれまいと、連携して価格協議に
火花を散らす。塩・肉・小麦などを扱う業者は城や貴族へ最高級品を売りつけようと競争
が激しい。
そして一般家庭であっても姫殿下の婚儀への準備が進んでいる。どの家も通りの壁を飾
る色とりどりの布を準備する。子供達は紙吹雪や花吹雪を揃える算段に頭を悩ませる。奥
方達はこれを良い口実にと新しいドレスや靴を注文し、尻に敷かれた亭主達に諦めの溜め
息をつかせる。
警備の衛士達も走り回る。警備主任が街の地図を頭に思い浮かべて部下の配置図を考え
続ける。もちろん、一番姫の目に止まる重要なポイントは自分が確保しようと、ライバル
の騎士達と火花を散らす。部下達は上司達のいがみ合いに辟易しつつも、不埒者や間者が
紛れていないかと街に目を光らす。ゴミのポイ捨て一つにすら怒号を飛ばすほどの気合い
で駆け回っている。
で、そんな街へ何しに来たかと言えば…
「さ!この店がヴァリエール家御用達の仕立屋よ。この前寄ったから覚えてるでしょ?今
回はあんたも!ビシッとした一張羅を買いなさいよ!」
当然ルイズも婚儀にあわせてのお買い物。付き合わされるヤンは立派な店の前で、特大
の溜め息をついてしまう。
「あのさ、僕の服は関係ないんじゃないかなぁ…というか、ルイズは素敵なドレスを沢山
持ってるんじゃ?」
そんなヤンのささやかなつもりの具申は、ルイズのギロリという擬音が聞こえそうな視
線の前に跳ね返された。
「何言ってンのよ、あんた。…トリステインでも随一の歴史と格式を誇るラ・ヴァリエー
ル侯爵家の三女ともあろうものが!こともあろうに、王家同士の婚儀という目出度い席
に!使い回しのドレスなんか着ていけるわけないでしょ!
あんただって同じよ。ヴァリエール家の者として、主に恥をかかすような服なんか着さ
せられないわ!」
ルイズのお叱りにヤンはタジタジ。
もともと彼は、軍服以外は何を着ても似合わない、と言われた人。寝たきり青年司令官
とすら呼ばれた生活無能力者。養子のユリアンが来るまではゴミの山が同居人だった、超
ものぐさ。
だいたい貴族の嗜みなんて、学院の図書館に籠もってたって身に付くわけもなし。
ルイズに政戦両略の教えを請われたヤンではある。だがそれ以外、特にハルケギニア貴
族の礼法とかは、相変わらずルイズに頭を下げて教えてもらわなければならないのは変わ
らない。
そんなわけで、ヤンは渋々ルイズと一緒に店へ入っていく。店内はやっぱり街と同じで
目の回る忙しさだ。それでもルイズの姿を見るや、即座に店主が飛んできて店の奥へと案
内された。
ヤンはどこが違うのかサッパリ分からない布地をズラリと並べられ、全身をメジャーで
測りまくられ、ルイズからドレスの生地が似合うかどうか聞かれて「う、うん。とっても
似合うと思う…」と適当に答えて蹴られるのであった。
夕方、またも大荷物を抱えさせられて馬車まで戻って来たヤンは、既にフラフラ。馬車
で待ってた御者のヤコブとデルフリンガーは、同情と共に「お疲れさーん」と苦労を労っ
てくれた。もちろんルイズは労いの言葉なんかかけてくれない。さっき露店で買った、蜂
蜜をたっぷりかけたパンを幸せそうに頬張っていた。口の周りを蜂蜜でベトベトにしなが
ら。
「ところで、ヤンよぉ」
「ん?何かな、デル君」
夕闇が広がる茜空の下、馬車の中で長剣がヒョコッと鞘から飛び出した。
「おめぇ、あんだけ『バカバカしい』だのなんだの言ってたわりにゃぁ、随分ノリノリで
枢機卿と話してたじゃねぇか」
「ああ、それか…」
疲れた体を、窓から見える黄金色の草原で癒していたヤンは、ボリボリと頭をかく。そ
して少しだけ、どう答えようかと考えてから口を開いた。
「自分でも、矛盾に満ちてるとは思うんだけどね。いつも夢中で考えてしまうんだ、どう
やったら負けずに済むんだろうって。権力や戦争の愚かさを偉そうに語るくせに、おかし
な話さ」
「何それ、ヘンなの」
「まったくだぜ、おでれーたな、この変人ぶりは」
反対側の窓から夕日を見ていたルイズも、おかしな事を言うわね、と呆れ顔。デルフリ
ンガーも顔があったら似たような表情をしていたろう。
「そうだね、ヘンだね。…まぁ、僕が変人呼ばわりされるのは、今に始まった事じゃない
さ」
「だから、そういう事を自慢してんじゃないわよ」
ヤンの変人ぶりを咎めるような事を言うルイズだが、顔は笑っていた。彼女にしても、
ヤンがハルケギニアの常識から大きく外れた人物だという事実に、今さら文句を付ける気
もなかった。
だんだんと夜が広がる草原を、馬車は学園へ向けてポックリポックリ音を立てて進んで
いた。
すっかり暗くなった学院で、ヤンは御者に手を振っていた。
「んじゃ、ヤコブ。またよろしくお願いするよ」
「おー、今度はもっと荷物が少ない時に頼むぜー」
またも大荷物をルイズの部屋に運び込む手伝いをさせられたヤコブは、大仕事を終えた
疲労感と達成感を胸に去っていった。
そして寮塔に入っていったヤンが向かうのは、大荷物が小山を作るルイズの部屋、では
なくその向かいの部屋。キュルケの部屋には、椅子に座ったキュルケとルイズがシエスタ
の入れるお茶を飲んでいる。
壁にはデルフリンガーも立てかけられている。
「お待たせしたね。今夜はタバサさんはいないのかな?」
キュルケの室内を見渡すヤンだが、いつもキュルケと一緒にいるタバサが見えない。
「虚無の曜日はいつも部屋で本を読んでるんだけど、部屋にもいないの。朝から見かけな
いのよ」
ルイズは青髪少女の事は気にせず、シエスタのお茶をグィッと飲み干した。
「ま、あの子だってたまには本以外の用事があるんでしょ。それより、早く始めましょ」
そう言ってルイズはテーブルの上にノートとペンを広げる。そんなルイズを見るキュル
ケは渋い顔だ。
「ちょっとちょっと、そんなに慌てなくて良いんじゃなぁい?それより、今日のお城の事
をもっと教えてよぉ~。婚約者の事とかさぁ~」
「だっ!ダーメ!それこそ後で良いわよ」
「そーそー!そういう事はオレッちがたっぷり教えてやっからよ!」
とデルフリンガーが自慢げに言う。キュルケは、「これ、本当に剣として役に立つのか
しら…」と内心感じていた。さすがに剣が可哀想になるセリフなので口にしなかったが。
そんな二人と一本をよそに、シエスタは床に置いていた籠からグラスとワインを取り出
し、グラス半分ほどに注いでヤンに手渡す。
受け取るヤンの目はキラキラと輝かんばかりだ。しきりに香りを楽しみ、ランプの光に
赤い液体を透かし見る。
「うわぁ~、これが前に言っていたタルブのワインかい?」
「そうなんです!とっても美味しいんですよ!」
というシエスタの言葉を最後まで聞かず、グラスのワインをクッと飲み干した。
「あっこら、だからそういうのは後に」
ルイズの止める言葉はヤンには届かなかった。カッと目を見開き、驚いたように硬直し
ている。いくらシエスタお勧め名産ワインとはいえ、さすがにオーバーな反応に女性達は
少し怪訝な顔をする。
「どうしたよ?ヤンよ」
デルフリンガーの言葉にもヤンは答えない。
ゆっくりとワインをテーブルに置いたヤンは、大きな溜め息をついた。
「・・・美味しい」
「うわぁ!そんなに喜んで頂けるなんて!田舎から届けてもらった甲斐がありました!」
可愛いしぐさで跳びはねんばかりに喜ぶシエスタを、ヤンはじっと見つめる。
「美味しいんだけど、その、なんというか、懐かしい味がするんだ。そう、どういえばい
いのか、うん…お袋の味って言えばいいのかなぁ?」
ヤンの感動しきりな姿に首を捻ったキュルケとルイズも試しに飲んでみる。
「美味しいけど・・・ワインよね?」
一口飲んだルイズは、特に目だった所のない味のどこにそんな感動をしたのか、理解出
来ないといった様子だ。
「確かに美味しいわよねぇ・・・でも、お袋の味って言うほど懐かしいのかしら?」
グイッと一気に飲み干したキュルケも訳が分からない感じ。
だがそんな二人の疑問はよそに、ヤンは既に2杯目を飲み干していた。
「うーん、よく分からないんだけど、何か、トリステインの他のワインとは違う気がする
んだ。あの、シエスタさん、このワインって」
と、ヤンが尋ねようとした所で、ドアがノックされた。入ってきたのはタバサだ。相変
わらず無表情で、小さく頭を下げただけでツカツカ部屋に入り、当たり前のように着席。
そしてヤンを見上げる。
シエスタは皆に一礼し「では夜も遅くなりましたので、失礼致します」と退室した。
ヤンは「それではみんな来たようなので…」と話を切り出す。
「それじゃ、昨日までの話の続きをしようか。ええと、昨日は確かアムリッツァ会戦終結
まで話したよね。
それじゃ、その後の事だよ。帝国で起きたリップシュタット戦役と、同時期に起きたフ
リープラネッツにおける『救国軍事会議』のクーデターについてだ。この救国軍事会議の
クーデターは、リップシュタット戦役で門閥貴族勢力を打倒するまでの間、帝国へ介入さ
せないために仕掛けられた内乱でね・・・」
ヤンは、先日ルイズに請われた通りヤン自身の事をルイズに語っていた。
だが語り始めれば、自然とそれは同盟と帝国の戦乱の現代史そのものとなる。ヤンは常
に戦局全体を見渡し、歴史における自らの立場と、民主共和制国家における一軍人として
の地位を踏まえた上で行動し続けたのだから。
もちろん宇宙・超光速通信・ワープ航法等といった科学用語はルイズ達には分からな
い。なので、そう言う言葉はなるべく避け、宇宙は『海』に、星は『島』に当てはめるな
ど、なるべく分かりやすく語り続けた。また、なるべく同盟の政治体制である『民主共和
制』と自分の地位については言及しないよう配慮している。
そして常に最前線に身を置いてたヤンの語る物語は、単なる夢物語や妄想とは言い切れ
ない迫力と臨場感を含んでいる。ローゼンリッターの斧、ゼッフル粒子発生装置という物
証もある。また、ヨハネス・シュトラウス遺物捜索に同行したギーシュの口から(かなり
自分の活躍についての誇張を含んでいたが)自慢げにクラスメートへ語られた話からも、
ヤンの話は信憑性が高いと認められていた。
そしてヤンは、そういう歴史や戦略を語らせると、長い。
で、そんな面白そうな話をキュルケが聞き逃すわけもなく、タバサも異国の将が語る兵
法講義に興味津々のようだ。結果、ヤンの話をみんなで聞くということになった。
ルイズは話の要点を手短にまとめてノートに記していく。タバサは無表情だが、ヤンの
顔をジッと見て話に聞き入っている。『微熱』のキュルケも、さすがに色気のない話だか
らと退屈そうにしたりはしない。デルフリンガーはヤンの話の丁度良い所で「ふむふむ、
それからどーした?」「おお、それはすげーな!おでれーた!」と合いの手をいれたりす
る。
身振り手振りを加え、ルイズから借りた紙とペンで艦隊の展開図を示したりしながら、
熱心に別宇宙の戦史を語り続けていた。
「ふぅわ~・・・それじゃ、お休みなさぁ~い」
「お休み~」
「おうよ~また明日な~」
「ではキュルケさん、失礼します」
タバサは黙って小さく頭を下げる。
夜も更けた頃、ようやくヤンの長い講義が一段落。皆キュルケの部屋を後にした。
アクビをするルイズがネグリジェに着替えようとした時、ルイズの部屋の窓がコツコツ
と叩かれる音がした。
シエスタのワインでちょっとほろ酔いなヤンが窓を開けると、そこには風竜に乗ったタ
バサがいた。
「おや、タバサさん。どうしたんですか?」
タバサはピシッとヤンを指さす。ルイズも何事かと窓の外の少女を見る。
「客」
それだけ言うと、タバサは二人に風竜へ乗るよう促した
学院の近くの森には、タバサの使い魔である風竜シルフィードのねぐらがある。
その辺の木を牙と爪で切り倒して作った天井と、地面に敷き詰めた藁。近くには飲み水
をいれる飼い葉桶。
その辺の木を切り倒したので、その周囲は少しだけ森が開けている。
シルフィードに乗ったタバサ、ルイズ、デルフリンガーを背負ったヤンが降り立ったそ
こには、先客がいた。
薄暗い月明かりの中、その人物のシルエットは降り立った彼等の足下にポイッと何かを
投げてよこした。
一番近くにいたルイズが拾い上げると、「…何これ?」と呟く。
「これは・・・!」
ルイズの肩越しにそれを見たヤンが驚きの声を上げた。
「やはり、知っていたか」
その人物は予想通りという様子だ。その声を聞いた瞬間、自分の迂闊に自分を呪った。
「あいつは!?」
ヤンの背中のデルフリンガーは、シルエットの人物に対して驚きの声を上げる。
「それは、つい先日聖地から湧き出した『悪魔』の破片の一部だ。それだけは大地の精霊
も地の底に封じなかった。どうやら毒に冒されてはいないようなので、安心して欲しい」
そう言って客はルイズ達の方にゆっくりと歩み寄る。
双月の下に照らされた人物には長い耳がついていた。
「以前、君たちに会った時、そこの彼が同じ紋章をつけた帽子を被っていたのを思い出し
たのだ。もしやと思い、そこのタバサ殿に連れてきてもらったのだ」
その人物に指し示されたタバサが、小さく頷く。
ヨハネス・シュトラウス遺物捜索の時、ヤンはまだ同盟軍の軍服を着ていた。同盟軍の
帽子は、白い五稜星マークが入った黒のベレー帽だ。
そしてルイズが持つ物体にも同じマークがある。それは黒こげの金属板で、赤・白・青
の三本線の下地。真ん中の白線中央には五稜星。同盟の国旗だ。
月明かりの下に立つのは、長い金髪を輝かせるエルフ。
ビダーシャルだ。
第11話 異邦人 END
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