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#navi(ゼロのTrickster)
chapter3 契約
キュルケに連れられ部屋に戻っていたルイズは、すぐにベッドの中へと潜り込んでしまった。
これは悪い夢だ。今まで見てきた夢よりもずっとタチの悪い夢。そう願いながら意識を落としたのだが、目が覚めて愕然となる。
すでに日は沈んでいた。明かりのない薄暗い部屋が、それを告げている。
上体をベッドから起こし、ふと隣を見ると呼び出した使い魔が、その部屋の中で椅子に座っていたのだ。しかも黙ってこちらを見ている。
「あ、おはようございます」
呑気に返事を返したドラコは、次の瞬間ルイズの怒声に耳を塞いだ。
「なんでアンタがここにいるのよ!!」
「えええ!?」
意外に元気そうなルイズの様子を見て、ドラコは驚きながらも内心で安堵した。
コルベールと共に廊下を歩いていたときに、ふと思い立ってルイズの部屋を教えてもらい向かったのだが。
「えっと……その、謝ろうと思って。びっくりして叩いちゃったこと」
突然顔を近付けられて、驚いてルイズの頬を引っ叩いてしまったことに後悔していた。
聞くところによれば、使い魔召喚の儀式の次に行うコントラクトサーヴァントなる契約だったのだ。これではルイズの邪魔をしたとしか言えないだろう。
「ふ、ふん! いまさら謝ったって……」
と、ここでルイズの思考が急速に脳内を巡った。
使い魔に叩かれたということに関しては、まあ百歩譲って許してやらないこともない。こちらだってファーストキスだったのだ。
そして、自分の部屋に使い魔がいること。使い魔の本能でも働いて、主人に許しを乞いに来ているのを見ると、やはり召喚には成功しているのだろう。
瞬く間に冷静さを取り戻した。つまりはこれから改めて契約をすれば、目の前にいる人間は正式に自分の使い魔になるということだ。
「まあいいわ。それよりアンタ、私と契約しなさい」
――契約。その言葉にドラコは良い印象を受けてはいない。
それがどのようなものなのか、言葉の意味をそのまま受け取ったとして、自分はどうなるのだろうか。
「契約って、したらどうなるんですか?」
「召喚された使い魔は契約して、一生主人の命令に従って生きていくのよ」
聞いてからドラコは愕然とした。もちろん、表には出さないようにしている。
こんなバカな話が、果たして許される世界なのだろうか? そこら辺にいる生き物を勝手に呼び出して、契約して奴隷のように扱うなど、ドラコには理解できない話だった。
「そんなこと、したくありません。いきなり見ず知らずの人に死ぬまで仕えるなんで、おかしいと思います」
今度は逆に、ルイズが驚愕してしまった。こちらは正直に表情に表れている。
だが、ルイズにとってはここで退くわけにはいかない。ここで使い魔と契約できなかったら、これからも他の生徒たちにバカにされ続けるだろう。
落ち着いて、落ち着くのよルイズ、心の中で何度も繰り返しながら、一度深く息を吐いた。
「……そう、だったら好きにしなさい。着の身着のままで一人孤独にさ迷ってるといいわ」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
言われたドラコは表情を輝かせた。
ギョッとしてルイズは再度ドラコに言う。
「ア、アンタ分かってんの? どこから来たのか知らないけど、お金も持ってなさそうじゃないの。どうやって生活するのよ?」
「はい! 料理に掃除に洗濯に裁縫、知識もそれなりにあります。長く一人で生活してましたから出来る範囲でお仕事を探そうと思います」
「へ、平民が簡単に働けると思ってるの!?」
ここで明かされる使い魔の万能さにルイズは舌を巻いた。おかげで返す言葉が滅茶苦茶なものになってしまった。主に働いているのは平民だというのに。
柔らかい表情で言うドラコを見て、言葉が詰まる。
「契約してくれなかったら私が困るのよ! そ、それに……」
ルイズの表情が曇る。もはや何て言い返せばいいのか、むしろ何を言ってもドラコが受け流してしまいそうに思えてくる。
片やドラコは、ルイズの表情を見て眉を顰めた。そこまで契約が重要なものなのだろうか? この世界で魔法を使える貴族にとって、どれ程契約が大切なものなのだろうか。
事実この異世界で、自分はどうやって蜃気楼の島に戻ればいいのだろうか。
「そういえば、召喚したっていうことは、元の場所にも戻せるんですか?」
「無理よ。一度召喚された使い魔を戻すなんて、聞いたことがないわ」
それが本当のことならば、帰ることは容易ではないということになる。あまりにも理不尽な現実にドラコは頭を悩ませた。
と、そこでドラコの中で閃くものがあった。
帰る方法が無いなら、探せばいい。もしくは自分で作ったほうが早いのかもしれない。
この世界――ハルゲニアでは貴族が魔法を使えるのならば、貴族と接点のある位置にいなければ、その機会も減るのは間違いないだろう。
もしかしたら、召喚されたときから自分の運命は決まっていたのかもしれない。
「わかりました。それなら、しばらくの間はルイズさんの使い魔になります」
「ホ、ホント? って、しばらくってどういうことよ!!」
一瞬だがルイズの表情に明るさが戻ったが、すぐにそれが歪んだ。
しばらく使い魔になる? そんな中途半端な契約こそ聞いたことがない。
「あ、ちょっと違うかな? 契約はしないけど、使い魔みたいにルイズさんのお世話をしますね」
「契約しないって、アンタ意味分かんないわよ! おとなしく私と契約しなさい!!」
「いーやーでーす! どうして一生命令されて生きていかなきゃならないんですか?」
「だあああああ!!!! アンタ貴族に逆らう気!? いい加減にしなさいよ!」
ピクリとドラコの眉が動いた。貴族を前面に押し出したルイズを怪訝な表情で見て、彼女に訊く。
「貴族だからって、逆らってはいけないんですか?」
「当たり前よ、平民は貴族に従うものなの! そんなことも知らないの?」
「どうしてですか?」
「貴族は魔法を使えるからよ」
ならば自分が魔法を使っているところを見せたら、貴族の仲間入りなのだろうか?
そんな疑問がドラコの頭を過ぎったが、そんなこと出来るはずもない。何せこの世界では自分は平民なのだし、安易に魔法を使うわけにもいかない。
それに契約の内容自体が、ドラコにとっては吐き気がするものなのだ。ルイズは契約のことをまともに考えているのだろうか。
「ねえ、ルイズさん。もし契約したら、ボクはずっと家族と離ればなれにならなきゃいけないんですか?」
「そ、そうよ、仕方ないじゃないの! 召喚されたアンタが悪いんだから!」
「それじゃあもし、ルイズさんがどこかの誰かに召喚されたら、仕方なく契約するんですか?」
「――っ! それは……」
もし、自分が召喚される側だったら。
確かに家族に会えなくなる。ちい姉さまも、エレオノール姉さまにも、二度と会えなくなるのかもしれない。
けれども自分は貴族なのだ。だからと言って、はいそうですかと、平民を見逃して帰すわけにはいかない。
「……いいわ、それならしばらくの間、アンタのこと使い魔にしてあげる」
口惜しいが、ここは折れるしかない。これではドラコ相手には何を言っても会話が進む気配がない。
嬉しそうに喜んでいるドラコを見ると、正直かなりムカつくのだが。ルイズは自分の理性を限界まで押さえていた。
「ありがとうございます。それじゃあ、使い魔はどんなことをすればいいんですか?」
こちらが妥協するや否や、ドラコが早速本題に入ってきた。どうもよく分からない性格である。しかしドラコがその気なら、まあいいだろうとルイズは説明に入る。
使い魔は主人の目となり耳となる――が、ドラコは人間なのでどうにも無理だった。
次に秘薬の材料を集める――これはきっぱりとドラコが断った。知らない世界の植物に取りにいくのは無理らしい。
「って、別の世界って何よ?」
「えっと、カバリア島っていうところで……なんて説明すればいいのかなあ? ――あっ!」
答えあぐねていたドラコは、ふと窓の外を見た。
驚くことに月が二つ映っていた。いや、すでに異世界だということは理解しているので、それほど驚くことでもないのだが。
「月が一つしかない別次元の世界です。コルベール先生からある程度の話は聞きましたけど、この世界の地名や国名はボクの知ってる世界では聞いたことがありませんし」
「ふうん……信じられないけど、まあそれは別にいいわ。とりあえずアンタが使い魔になるってことは間違いないし」
訊いてきたルイズが、あっさりと話を変える。どうも彼女の性格やら言動には慣れるのが難しいな、と思いながらドラコは苦笑した。
「あとは主人を危険から守ることね。って、アンタじゃ無理か」
「え? ボクとしては、そっちのほうも得意ですけど」
これでもカバリア島では魔法型ドラゴンの中でも、ある程度戦えるほうだと自負している。少なくとも自身と周りの仲間を守るくらいには。
「持ってきた道具の中に役立つ武器がありますから大丈夫です」
笑顔で言うドラコにいささか不安を覚えるが、本人が言うのだし、嘘を付いているようには見えないのでひとまず納得する。
「分かったわ。それじゃあ最後に聞くんだけれども……」
と、ここでルイズは改まってドラコを見た。何だろう? とドラコは思いながら見ていると、ルイズは自分の頭を指差して声を上げた。
「あ、アンタのその頭に付いてるのって……何?」
「ドラゴンの耳ですよ」
ルイズは椅子からひっくり返って床に落ちてしまった。慌ててドラコは彼女を抱き起こす。
だが接近したのが悪かったか、ルイズはドラコに詰め寄って頭を鷲掴みにした。
そして思い切り前後に揺さぶられた。脳が頭の中でシェイクされる感覚が堪ったものではない。
「おおおおおおかしいじゃないの龍の耳とおまけに尻尾も付いてるなんて!!!! アンタもしかして韻龍なわけ!?」
「これ飾りですよ? ホントに付いてるわけないじゃないですか」
「……は? 飾り?」
「そうです、カバリア島の住人は一部を除いて、身体に生き物の耳と尻尾を付けて生活しないといけないんです」
なんとも馬鹿げてる島に住んでたのか。まず頭に生き物の耳を付ける意味があるのだろうか?
しかし、とりわけ考えても無駄なことなので、ドラコの頭を掴んでいる手を離して、自身の額を押さえながら、とにかくと切り出した。
「ま、まあアンタの身に着けてるものは、この際どうでもいいわ。明日からは使い魔としてしっかり働くのよ」
「はーい、わかりました」
にこやかに返事を返すドラコを一瞥して、ルイズは立ち上がる。
それとほぼ同時に欠伸を漏らしたのが見えた。それも仕方ないだろう、すでに会話を始めてからかなりの時間が過ぎているのだ。外を見ると薄らと明るみを帯びていた。
「それじゃあ私は寝るから、朝はちゃんと起こしなさいよ」
言いながらルイズはベッドへと身を投げた。もぞもぞと身を捩りながら、やがて静かな寝息を立てて大人しくなる。
それを確認したドラコは、ふと自分はどこで寝ればいいのか考える。部屋にはベッドは二つも置いてない。
とすると、椅子か床だろう。しかしルイズのことを考えると、勝手に椅子に座ってもいいのだろうか? と思ってしまう。
「……文句言われると嫌だし、床で寝よう」
別段、カバリア島にいた頃は野宿も何度か経験したことがある。ドラコ壁を背にして床に座った。
カバリア島にいる仲間たちと、何より蜃気楼の島に置いていった二人を想いながら、ドラコは朝が来るのをひたすら待ち続けた。
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