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「ゼロのエルクゥ - 02」(2008/03/22 (土) 11:59:22) の最新版変更点
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#navi(ゼロのエルクゥ)
「はは。見たか? 驚いて目を剥いてたぞ」
「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ……うう、そんなの、見てる余裕なんかあるわけないじゃない……はぁ、はぁ、はぁっ……」
目的地らしき石の壁に囲まれた建物に到着したのでルイズを下ろすと、ルイズはそのまま地面にへたりこんでしまった。
荒い息をつきながら反論する口も、どこか勢いがない。
エルクゥの驚異的な動体視力ならともかく、時速100キロ超で駆け抜けていく人の表情なんて、通常の人間に観察できるわけもないのだが……。
「……ねえ。あなた、もしかして、亜人なの?」
「あじん?」
息を整えながら、ルイズはそんな疑問を口にした。
なんかさっきも聞いたような言葉だな、と耕一は首をひねった。
「人の形をしてるけど、人じゃない種族よ。エルフとか、翼人とか、獣人とか、オーク鬼とか。あんな非常識なスピードで走ったり、『フライ』で飛んでる人のところまでジャンプだけで跳んだりなんて真似、メイジでもできないもの」
よどみなく解説を返す様子に、馬鹿にされてたわりには、結構頭いいんじゃないのかなこの子。などと場違いな感想を頭に浮かべつつ。
「ふぅむ……」
ひとつ唸って、考える。
亜人。人の亜種。
ニュアンス的には間違いではないかもしれない。『鬼』という生き物も、そのカテゴリーに入るようだし。
―――それに、まあ、この身が純粋なホモ=サピエンスだ、とは、お世辞にも言えないからなぁ。
いや、魔法使いが純粋なホモ=サピエンスと言えるかどうかはわからないけど。
事件の直後はちょっとその辺哲学的な意味で悩んだりもしたのだが、耕一よりはるか昔にエルクゥとして目覚めていた楓に心体共に慰められて、今ではそんな悩みもあったなぁ、程度のものだった。
貴方は貴方です。
愛する者からのその絶対の承認は、人をとても強くする。鬼を飼いならせるほどに、だ。
「まあ、厳密には違いそうだけど、そう思ってくれていいんじゃないかな」
「……そう、なの?」
答えを返すと、ルイズはどこかぼんやりした表情を浮かべた。
もしかしたらすごい使い魔を引き当てたのかもしれないという劣等生の期待と、得体の知れない力を振るう亜人に対する畏怖とが入り混じった、微妙な心境を表していた。
「と聞かれてもね……こっちの世界の生態系なんて俺にはわからないし、どうにも」
「……こっちの、世界?」
「ああ。たぶん、俺はこの世界の人間じゃないから」
……しかしそれは、すぐに不機嫌な表情にとって変わってしまった。
「……なによ、それ」
「俺が住んでいたところじゃ、魔法なんて架空の存在だったんだよ」
「意味がわからないわ。ハルケギニアの人間じゃないって事?」
「うーん、この星というか、いや、星が違っても魔法なんか使えないか……この次元というか……ともかく、こことはまったく違うところ、というか……」
「…………」
首をひねりながら言葉を搾り出す耕一に、ルイズの眼が、どこかアレな人を見るようなソレに変わっていく。
一般相対性理論すらまったく知らない耕一には、次元やら空間やらを、ゲーム用語以上の言葉で語る事は出来なかった。
……まあ、よしんば、真の統一場理論が完成していて耕一がそれを朗々と語れたとしても、
それがこの世界でも通用するものなのか、そしてルイズが納得してくれるのかどうかは、まったくの別問題であるが……。
「……まあ、とにかく、俺はその『亜人』のようなもので、すごく遠いところから来たと思ってくれればいい。だから、魔法も含めて、この辺の事は何もわからないんだ。その、はるけ? なんたらって言うのも、全然聞いた事がない」
「……ふぅん」
今のところは、それで納得してもらうのが妥当だろう。
ルイズは胡散臭げな視線だったが、それ以上追及する気はなさそうだった。
「あー、それで、ちょっと聞きたい……っていうか、さっきコルベールさんに言いそびれた事なんだけど」
「なぁに?」
塩粒ほどだった『フライ』で帰ってくる組が豆粒ほどに近付いてくるのを見やりながら、ルイズは、ぱんぱん、とスカートの砂を払いつつ立ち上がった。
ショックからはとりあえず立ち直ったらしい。変な話を聞かされて機嫌がナナメに傾いて、ショックどころの話じゃなくなった、というのも小さくない要因だったが。
「俺を元の場所に送り帰してくれないか?」
「へ?」
ルイズは、きょとん、と耕一を見つめた。
「いや、たぶんその、『サモン・サーヴァント』の魔法だと思うんだけど、変な鏡みたいなのが目の前に出てきてさ。 それに吸い込まれかけてどう引っぱっても抜けられなかったから、近くにいた家族にすぐ戻るって言って鏡に飛び込んだらあそこに居た、というわけなもんで……」
「だ、ダメよ!」
できれば早く帰りたいんだけど、と続ける前に、ルイズが叫んだ。
「あ、あんたは私の使い魔として召喚されて、もう契約したのよ。さっきも、やり直しのできない神聖な儀式って言ってたでしょ?」
「……契約ってのは、お互いに同意があって成立するもんなんだけどね。まあ、そういう様子だったから言いそびれたんだけどね」
一応、空気は読めるほうだと自負している。この場合まったくありがたくなかったが。
「だ、だからよ。使い魔は主人を守るもの。ご主人様を置いてどこかに行っちゃうなんて許さないわ」
精一杯威厳があるように胸を張り、傲慢な言葉を口にしても……それが、せっかく召喚成功したのに逃げられでもしたらまた馬鹿にされる、という劣等感に満ちた震える声では、効果は半分以下だった。
同い年ぐらいの少年であれば売り言葉に買い言葉で有耶無耶になったかもしれないが、幸か不幸か、耕一は一応、少女の虚勢や我侭を受け入れてやるぐらいの、青年と呼べるメンタリティは持っていた。
「……ね、君、家族はいるかい?」
「い、いるわよ。それがどうしたの?」
「どんな人がいるんだい? 聞かせて欲しいな」
「な、なによ、気持ち悪いわね。……両親と、姉様が二人いるけど」
「そうなんだ。その中で一番好きな人は?」
「……なんでそんな事答えなくちゃいけないのよ」
病弱ながらとても優しかった下の姉を思い浮かべながら、ルイズは不審がる。
「『今からお前とそいつを永遠に会えなくしてやる』」
「っ!?」
「『お前は今から見知らぬ土地でどこかの誰かに一生奉仕しろ。お前の一番好きなそいつは、お前に二度と会えない』」
「…………っ!」
少し迫力を込めた声色に、想像してしまったのだろう、ルイズの顔が蒼白になっていく。
「そう命令されたら、どうする?」
「ど、どうするって……そんな」
そんな横暴な命令聞けるわけないじゃない、と言おうとして、ルイズははっと口に手を当てた。
うん。気付いたか。やっぱり頭がいいし、いい子だな。と、耕一は頷く。
「そう。今君が言った事だよ」
「で、でも、平民は貴族に奉仕するのを喜ぶべきで」
「家族を好きな事に、好きな人と離れ離れになる悲しみに、貴族だの平民だのが関係あると思うのかい?」
「あ、あるわよっ! 平民なんて何よりも貴族への奉仕を喜びにすべきで、自分の悲しみなんて二の次でしょう!」
「じゃあ、貴族より偉い王様が君に命令しよう。『お前ごときの悲しみなんて二の次でくだらない事だ。王への奉仕に喜べ』」
「~~~っ! ヴァ、ヴァリエール公爵家の名誉にかけて、姫殿下の命は果たしてみせるわ!」
目尻に涙を浮かべて、声をあげるルイズ。
耕一は少し後悔した。このルイズという少女、予想以上に意地っぱりだった。こいつは梓以上だ。
自分で気付いてすら反発するタイプか……根はいい子っぽいんだけどな。よっぽど深く掘らないと根は見えなさそうだ。
「……とまあ、そういう事を言われると、今ルイズちゃんが感じているような心境になるわけだよ。ごめんな、変な事言って」
「べ、別に変な事なんて言ってないわ。下の者は上の者に従う。当然の事よ」
……とはいえ、ルイズの根を包む土であるこれまでの言葉は、ここの社会では真っ当な常識なのだろう、とも思った。
それを異邦人である耕一が取り除けてしまったら、ルイズは社会に溶け込めなくなってしまわないだろうか。
鬼の血を引く柏木の者が、いかに人間社会に溶け込む事に尽力しているか。祖父や叔父、親父に、遥か昔のご先祖様、代々の表裏に至る努力を千鶴や楓から聞いている耕一は、ついそんな事を考えてしまった。
いっそ、そんな事に気付かない少年ならば、まっすぐにルイズの根まで掘り起こしてしまうのかもしれなかったが。
「それに……そもそも無理なのよ」
「何が?」
「あんたを……召喚したものを、元の場所に戻す魔法なんてないもの」
「…………マジで?」
「マジよ」
それは予想外だった。いくら神聖な儀式と言っても、緊急の手段ぐらいはあってしかるべきじゃないのだろうか。
「それは、君が使えない、というだけ……じゃないよな」
「ええ。そんなのがあるなんて、先生だって知らないと思うわ」
「マジか……」
「マジよ」
彼女が嘘を言っているようには見えない。
……うーむ。あのコルベールさんの態度からして、生徒には隠されているだけ、という線もない気がしないではないけど。
呼べるなら戻せるだろう、と楽観的だった考えが覆されて、耕一もさすがに焦り始めた。
「わかった? あんたは私の使い魔をするしかないの」
「……うーむ」
悩み出す耕一に、有利に立ったと思ったのか、少女の虚勢が貴族の矜持に変わり、ルイズの言葉に余裕が出てくる。
逃げるのは簡単だろうが、剣と魔法のファンタジー世界に逃げてどうするというアテがあるわけでもない。
自然は多そうだし、身体能力を駆使すれば狩猟採集で生きていけるかもしれないが……それでは逃げる意味がないし、野良エルクゥとか洒落にもならない。
「……ぬー」
……とにかく、彼女より知識のある人に話を聞かなければ。
元の世界への送還魔法なんて本当に存在せず、まったくのイレギュラーで呼び出されたのか。それとも何らかの関わりはあるのか。
「はぁ」
とりあえずのところは、彼女についていって、機会を見つけて責任者に掛けあってみるしかないか。学院というぐらいなら、校長先生ぐらいはいるだろう。
『平民風情がこの校長に向かって軽々しく口を利くなど無礼者め』などと無礼討ちされそうになったら、その時にはエルクゥ全開で逃げ出せばいい。
当面の方針をそう結論付けて、耕一は、ごめんよ楓ちゃん、ちょっとすぐには戻れなさそうだ、と空に向かって懺悔をすると、ひとつため息をついた。
「わかったよ。帰るのを諦めるつもりはないけど、手がかりが見つかるまでは君に従おう」
「……態度が気に入らないけど、まあいいわ。ゆっくり上下関係を思い知らせてあげるから」
「王様にそう言われて心から忠誠を誓えるなら、そうするといい。子曰く、天下は恐怖でなく仁徳にて治めるべし、ってね」
「……ふん。もうその手は喰わないんだから」
物騒な事を口走るルイズに苦笑しながら、お手柔らかに、と握手を求めると、見事に無視されてしまった。
代わりに、手の甲を差し出される。一瞬意味がわからなかったが、昔見た演劇を思い出して、もう1回嘆息。
そして、膝をつき、せいぜい精一杯恭しく、その甲に口付けた。
「そうそう、あんた、君とかルイズちゃんとか呼ぶのやめてよね。ご主人様に向かって馴れ馴れしいわよ」
「ふむ。じゃあ……ミス・ヴァリエール?」
「……あんたに言われると、なんかムズムズするわね」
「ルイズ?」
「気安く呼ばないで」
「じゃあ、ルイズちゃんで」
「……うー。なんか納得いかないけど、それが一番マシな気がするわ」
そんな会話をしている内に、他の生徒たちが次々と到着して、門をくぐっていく。
「はあ。私たちも教室に行くわよ。えっと……カシワギコーイチ?」
「耕一、でいいよ。柏木が苗字で、耕一が名前だ」
「そう。まあ……ありがと。あんたのおかげで授業に間に合ったわ。あのまま歩いてたら、きっと間に合わなかったもの」
それだけ言うと、ぷいっと踵を返して、門に向かって歩き出してしまう。
ルイズちゃんの方はこれで様子を見て、とりあえずコルベールさんと話してみるか……と、これから取るべき手段を考えつつ、耕一は少しだけ微笑ましい気分でルイズの後についていった。
#navi(ゼロのエルクゥ)
#navi(ゼロのエルクゥ)
「はは。見たか? 驚いて目を剥いてたぞ」
「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ……うう、そんなの、見てる余裕なんかあるわけないじゃない……はぁ、はぁ、はぁっ……」
目的地らしき石の壁に囲まれた建物に到着したのでルイズを下ろすと、ルイズはそのまま地面にへたりこんでしまった。
荒い息をつきながら反論する口も、どこか勢いがない。
エルクゥの驚異的な動体視力ならともかく、時速100キロ超で駆け抜けていく人の表情なんて、通常の人間に観察できるわけもないのだが……。
「……ねえ。あなた、もしかして亜人なの?」
「あじん?」
息を整えながら、ルイズはそんな疑問を口にした。
なんかさっきも聞いたような言葉だな、と耕一は首をひねった。
「人の形をしてるけど、人じゃない種族よ。エルフとか、翼人とか、獣人とか、オーク鬼とか。あんな非常識なスピードで走ったり、『フライ』で飛んでる人のところまでジャンプだけで跳んだりなんて真似、メイジでもできないもの」
よどみなく解説を返す様子に、馬鹿にされてたわりには、結構頭いいんじゃないのかなこの子。などと場違いな感想を頭に浮かべつつ。
「ふぅむ……」
ひとつ唸って、考える。
亜人。人の亜種。
ニュアンス的には間違いではないかもしれない。『鬼』という生き物も、そのカテゴリーに入るようだし。
―――それに、まあ、この身が純粋なホモ=サピエンスだ、とはお世辞にも言えないからなぁ。
いや、魔法使いが純粋なホモ=サピエンスと言えるかどうかはわからないけど。
事件の直後はちょっとその辺哲学的な意味で悩んだりもしたのだが、耕一よりはるか昔にエルクゥとして目覚めていた楓に心体共に慰められて、今ではそんな悩みもあったなぁ、程度のものだった。
貴方は貴方です。
愛する者からのその絶対の承認は、人をとても強くする。鬼を飼いならせるほどに、だ。
「まあ、厳密には違いそうだけど、そう思ってくれていいんじゃないかな」
「……そう、なの?」
答えを返すと、ルイズはどこかぼんやりした表情を浮かべた。
もしかしたらすごい使い魔を引き当てたのかもしれないという劣等生の期待と、得体の知れない力を振るう亜人に対する畏怖とが入り混じった、微妙な心境を表していた。
「と聞かれてもね……こっちの世界の生態系なんて俺にはわからないし、どうにも」
「……こっちの、世界?」
「ああ。たぶん、俺はこの世界の人間じゃないから」
……しかしそれは、すぐに不機嫌な表情にとって変わってしまった。
「……なによ、それ」
「俺が住んでいたところじゃ、魔法なんて架空の存在だったんだよ」
「意味がわからないわ。ハルケギニアの人間じゃないって事?」
「うーん、この星というか、いや、星が違っても魔法なんか使えないか……この次元というか……ともかく、こことはまったく違うところ、というか……」
「…………」
首をひねりながら言葉を搾り出す耕一に、ルイズの眼が、どこかアレな人を見るようなソレに変わっていく。
一般相対性理論すらまったく知らない耕一には、次元やら空間やらをゲーム用語以上の言葉で語る事は出来なかった。
……まあ、よしんば、真の統一場理論が完成していて耕一がそれを朗々と語れたとしても、
それがこの世界でも通用するものなのか、そしてルイズが納得してくれるのかどうかは、まったくの別問題であるが……。
「……まあ、とにかく、俺はその『亜人』のようなもので、すごく遠いところから来たと思ってくれればいい。だから、魔法も含めてこの辺の事は何もわからないんだ。その、はるけ? なんたらって言うのも、全然聞いた事がない」
「……ふぅん」
今のところは、それで納得してもらうのが妥当だろう。
ルイズは胡散臭げな視線だったが、それ以上追及する気はなさそうだった。
「あー、それで、ちょっと聞きたい……っていうか、さっきコルベールさんに言いそびれた事なんだけど」
「なぁに?」
塩粒ほどだった『フライ』で帰ってくる組が豆粒ほどに近付いてくるのを見やりながら、ルイズはぱんぱん、とスカートの砂を払いつつ立ち上がった。
ショックからはとりあえず立ち直ったらしい。変な話を聞かされて機嫌がナナメに傾いて、ショックどころの話じゃなくなった、というのも小さくない要因だったが。
「俺を元の場所に送り帰してくれないか?」
「へ?」
ルイズは、きょとん、と耕一を見つめた。
「いや、たぶんその『サモン・サーヴァント』の魔法だと思うんだけど、変な鏡みたいなのが目の前に出てきてさ。 それに吸い込まれかけてどう引っぱっても抜けられなかったから、近くにいた家族にすぐ戻るって言って鏡に飛び込んだらあそこに居た、というわけなもんで……」
「だ、ダメよ!」
できれば早く帰りたいんだけど、と続ける前にルイズが叫んだ。
「あ、あんたは私の使い魔として召喚されて、もう契約したのよ。さっきも、やり直しのできない神聖な儀式って言ってたでしょ?」
「……契約ってのは、お互いに同意があって成立するもんなんだけどね。まあ、そういう様子だったから言いそびれたんだけどね」
一応、空気は読めるほうだと自負している。この場合まったくありがたくなかったが。
「だ、だからよ。使い魔は主人を守るもの。ご主人様を置いてどこかに行っちゃうなんて許さないわ」
精一杯威厳があるように胸を張り、傲慢な言葉を口にしても……それが、せっかく召喚成功したのに逃げられでもしたらまた馬鹿にされる、という劣等感に満ちた震える声では、効果は半分以下だった。
同い年ぐらいの少年であれば売り言葉に買い言葉で有耶無耶になったかもしれないが、幸か不幸か、耕一は一応少女の虚勢や我侭を受け入れてやるぐらいの、青年と呼べるメンタリティは持っていた。
「……ね、君、家族はいるかい?」
「い、いるわよ。それがどうしたの?」
「どんな人がいるんだい? 聞かせて欲しいな」
「な、なによ、気持ち悪いわね。……両親と、姉様が二人いるけど」
「そうなんだ。その中で一番好きな人は?」
「……なんでそんな事答えなくちゃいけないのよ」
病弱ながらとても優しかった下の姉を思い浮かべながら、ルイズは不審がる。
「『今からお前とそいつを永遠に会えなくしてやる』」
「っ!?」
「『お前は今から見知らぬ土地でどこかの誰かに一生奉仕しろ。お前の一番好きなそいつは、お前に二度と会えない』」
「…………っ!」
少し迫力を込めた声色に、想像してしまったのだろう、ルイズの顔が蒼白になっていく。
「そう命令されたら、どうする?」
「ど、どうするって……そんな」
そんな横暴な命令聞けるわけないじゃない!と言おうとして、ルイズははっと口に手を当てた。
うん。気付いたか。やっぱり頭がいいし、いい子だな。と、耕一は頷く。
「そう。今君が言った事だよ」
「で、でも、平民は貴族に奉仕するのを喜ぶべきで」
「家族を好きな事に、好きな人と離れ離れになる悲しみに、貴族だの平民だのが関係あると思うのかい?」
「あ、あるわよっ! 平民なんて何よりも貴族への奉仕を喜びにすべきで、自分の悲しみなんて二の次でしょう!」
「じゃあ、貴族より偉い王様が君に命令しよう。『お前ごときの悲しみなんて二の次でくだらない事だ。王への奉仕に喜べ』」
「~~~っ! ヴァ、ヴァリエール公爵家の名誉にかけて、姫殿下の命は果たしてみせるわ!」
目尻に涙を浮かべて、声をあげるルイズ。
耕一は少し後悔した。このルイズという少女、予想以上に意地っぱりだった。こいつは梓以上だ。
自分で気付いてすら反発するタイプか……根はいい子っぽいんだけどな。よっぽど深く掘らないと根は見えなさそうだ。
「……とまあ、そういう事を言われると、今ルイズちゃんが感じているような心境になるわけだよ。ごめんな、変な事言って」
「べ、別に変な事なんて言ってないわ。下の者は上の者に従う。当然の事よ」
……とはいえ、ルイズの根を包む土であるこれまでの言葉は、ここの社会では真っ当な常識なのだろう、とも思った。
それを異邦人である耕一が取り除けてしまったら、ルイズは社会に溶け込めなくなってしまわないだろうか。
鬼の血を引く柏木の者が、いかに人間社会に溶け込む事に尽力しているか。祖父や叔父、親父に、遥か昔のご先祖様、代々の表裏に至る努力を千鶴や楓から聞いている耕一は、ついそんな事を考えてしまった。
いっそ、そんな事に気付かない少年ならば、まっすぐにルイズの根まで掘り起こしてしまうのかもしれなかったが。
「それに……そもそも無理なのよ」
「何が?」
「あんたを……召喚したものを元の場所に戻す魔法なんてないもの」
「…………マジで?」
「マジよ」
それは予想外だった。いくら神聖な儀式と言っても、緊急の手段ぐらいはあってしかるべきじゃないのだろうか。
「それは、君が使えないというだけ……じゃないよな」
「ええ。そんなのがあるなんて、先生だって知らないと思うわ」
「マジか……」
「マジよ」
彼女が嘘を言っているようには見えない。
……うーむ。あのコルベールさんの態度からして、生徒には隠されているだけ、という線もない気がしないではないけど。
呼べるなら戻せるだろう、と楽観的だった考えが覆されて、耕一もさすがに焦り始めた。
「わかった? あんたは私の使い魔をするしかないの」
「……うーむ」
悩み出す耕一に、有利に立ったと思ったのか、少女の虚勢が貴族の矜持に変わり、ルイズの言葉に余裕が出てくる。
逃げるのは簡単だろうが、剣と魔法のファンタジー世界に逃げてどうするというアテがあるわけでもない。
自然は多そうだし、身体能力を駆使すれば狩猟採集で生きていけるかもしれないが……それでは逃げる意味がないし、野良エルクゥとか洒落にもならない。
「……ぬー」
……とにかく、彼女より知識のある人に話を聞かなければ。
元の世界への送還魔法なんて本当に存在せず、まったくのイレギュラーで呼び出されたのか。それとも何らかの関わりはあるのか。
「はぁ」
とりあえずのところは彼女についていって、機会を見つけて責任者に掛けあってみるしかないか。学院というぐらいなら、校長先生ぐらいはいるだろう。
『平民風情がこの校長に向かって軽々しく口を利くとは無礼者め』などと無礼討ちされそうになったら、その時にはエルクゥ全開で逃げ出せばいい。
当面の方針をそう結論付けて、耕一は『ごめんよ楓ちゃん。ちょっとすぐには戻れなさそうだ』と空に向かって懺悔をすると、ひとつため息をついた。
「わかったよ。帰るのを諦めるつもりはないけど、手がかりが見つかるまでは君に従おう」
「……態度が気に入らないけど、まあいいわ。ゆっくり上下関係を思い知らせてあげるから」
「王様にそう言われて心から忠誠を誓えるなら、そうするといい。子曰く、天下は恐怖でなく仁徳にて治めるべし、ってね」
「……ふん。もうその手は喰わないんだから」
物騒な事を口走るルイズに苦笑しながら、お手柔らかに、と握手を求めると、見事に無視されてしまった。
代わりに、手の甲を差し出される。一瞬意味がわからなかったが、昔見た演劇を思い出して、もう1回嘆息。
そして、膝をつき、せいぜい精一杯恭しく、その甲に口付けた。
「そうそう、あんた、君とかルイズちゃんとか呼ぶのやめてよね。ご主人様に向かって馴れ馴れしいわよ」
「ふむ。じゃあ……ミス・ヴァリエール?」
「……あんたに言われると、なんかムズムズするわね」
「ルイズ?」
「気安く呼ばないで」
「じゃあ、ルイズちゃんで」
「……うー。なんか納得いかないけど、それが一番マシな気がするわ」
そんな会話をしている内に、他の生徒たちが次々と到着して、門をくぐっていく。
「はあ。私たちも教室に行くわよ。えっと……カシワギコーイチ?」
「耕一、でいいよ。柏木が苗字で、耕一が名前だ」
「そう。まあ……ありがと。あんたのおかげで授業に間に合ったわ。あのまま歩いてたら、きっと間に合わなかったもの」
それだけ言うと、ぷいっと踵を返して、門に向かって歩き出してしまう。
ルイズちゃんの方はこれで様子を見て、とりあえずコルベールさんと話してみるか……と、これから取るべき手段を考えつつ、耕一は少しだけ微笑ましい気分でルイズの後についていった。
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