「斬魔の使い魔10」(2008/03/10 (月) 22:57:13) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
オールド・オスマンの秘書、ロングビル。
のんきでスケベな学院長の優秀な秘書として、時にはセクハラを受け、時には暴力行為で返しと多忙な日々を送
っていた。
しかし、その日々も、春先に行われた使い魔召喚の儀式から変わってしまった。
セクハラとタバコをプカプカすることぐらいしかしていなかったオールド・オスマンが、人が変わったかのよう
に精力的に動いているのだ。
正確に何をしているのかは不明だが、それによりロングビルの仕事が減り、時間を持て余すようになった。
もっとも、これは帰って好都合だった。
彼女が巷を騒がせている怪盗フーケだということは、この学院で知る者はいない。
今の内に狙いの場所、学院の宝物庫を徹底的に調べるとしよう。
中に入っている貴重そうなお宝の情報は、すでにコルベールを色仕掛けでたぶらかして手に入れている。
暗い笑みを浮かべ、ロングビルは行動を起こした。
学院内を疾走している九郎。その後方からは一人の生徒が追ってきていた。
「逃げるな! 正々堂々と戦え!」
「冗談言うな! こんちくしょう!」
眼が覚めてから散々な目に会っている気がする。
ルイズからは決闘にどうやって勝ったのか聞かれたため、アルの事などをぼかして話をしたら、いきなり怒られた。
どうやら魔法のような力を使えたことを黙っていたことが御気に召さなかったようだ。
さらには他の生徒達からの決闘の申し込み。
つい先ほどのことだ。
ルイズに命じられ彼女の下着などを洗うことになった。
シエスタに洗い場を教えてもらい、いざ向かおうとした時、いきなり来たのだ。
やんわり断ろうとしたが聞き入れてくれず、シエスタに洗濯物を頼むと一目散に逃げ出した。
で、今に至る。
石造りの床を必死に走る九郎。
しかし、そこは生身の足。
魔法で空を飛んでショートカット可能なメイジ相手では難しく、徐々に追いつかれていた。
「待てといっている!」
「ふざけんな! こっちは洗濯とかで忙しいんだよ!」
あっち行ってこっち行ってと走り回る九郎に嫌気がさしたのか杖を構える生徒。
それに気付いた九郎は周囲を見回すが、そこは誰もいない伽藍とした廊下。
やばいやばいやばい。
何処か身を隠すところがないか見回すが、天井を支える柱ぐらいしかない。
ないよりマシとそこに向かおうとしたとき、
「うぎゃー!」
今まさに魔法を使おうとしていた生徒の悲鳴が響いた。
見ると、そこには真っ黒に焼け焦げた生徒が倒れ伏していた。時折、ピクピクと痙攣している。
何が起こったのかと近づくと、人間が這い出れるほどの隙間から、赤いトカゲが顔を出していた。
「あれ? お前は確か、キュルケとかいう子の使い魔」
火トカゲ、フレイムは肯定するかのように喉を鳴らす。
そして、のっしのっしと歩くと九郎に擦り寄った。
「助けてくれたのか? サンキュ」
きゅるきゅる、と嬉しそうに唸る。
相変わらず人外の者に好かれるのぉ、という空耳が聞こえたような気がしたが無視する。
と、フレイムはやおら九郎のズボンの端を咥えると、軽く引っ張った。
「? 何処かに連れて行こうとしているのか?」
肯定するように唸る。
少し考えたが、助けてくれた恩もあるし従うことにした。
ルイズの服の洗濯はその後でも出来るだろう。
後にこの選択を死ぬほど後悔することになる。
虎ほどの大きさのあるフレイムの後をテクテクと歩く九郎の姿は何処となくシュールである。
場所は生徒が生活する部屋があるフロア。
さらにいえば見知った場所、ルイズの部屋の側まで来ていた。
ここで九郎は思い出していた。キュルケとルイズの部屋はすぐ側だったということに。
予想通り、フレイムはキュルケの部屋の前で止まる。
そして、ここだと云わんばかりに首を振る。
とりあえず木の扉を叩く。
がちゃり、と戸が開いた。魔法で開けたようだ。
入ろうとした時、すぐ隣の壁が修復したばかりのように真新しかったのが見えた。
部屋の中は真っ暗だった。
傍にいるフレイムだけがぼんやりと赤く光っている。
「戸を閉めて?」
言われたとおりに戸を閉める。後ろ手で。
何ともいえない嫌な予感がしたからだ。隙を見せたくない。
パチンという音と共に壁のロウソクが灯る。
しかし暗くて先は見えない。
「さあ、こっちに来て」
「は、はあ。お邪魔します」
声のする方にゆっくりと歩を進める。それに併せてロウソクが灯っていく。
お香を焚いているのだろうか? どこかで嗅いだことがあるような匂いが部屋に充満している。
ベッドの側のロウソクにも火が灯り、そこに腰掛けているキュルケの姿を浮かび上がらせた。
「お願い、傍に来て」
その姿は、ある種異様だった。
服装はいつものまま。胸元を大きく広げた制服姿。
しかし――
何かが違う。
そこにいるのは本当にキュルケなのか?
彼女の事を理解できるほどの付き合いがあるわけではないが、それでも何度か顔を合わせているし面識もある。
ルイズをからかっている様子も見ている。
だが、今目の前にいるキュルケはそのどれとも違った。
まるで、そうまるで――
「ねえ、早く傍に来て」
すらりとした脚を見せ付けるように組み替えて九郎を誘う。股の間にある白い領域から目が離せない。
褐色の肌がぼんやりとしたロウソクの明かりに照らされて、この世のものとは思えない魔性の魅力をかもしだしている。
無意識に後ずさる。踵が何かと接触した。
思わず振り向いた九郎の目に映ったのは、怯えているフレイムの姿だった。
フレイムはキュルケを見て怯えている。ありえない。
キュルケがフレイムを可愛がっていることは知っている。フレイムもキュルケに懐いている。
それが怯えている、つまりあれはキュルケではない――
「――っ!?」
思い出した。この香のことを。
同時に、九郎の脳裏にアルの言葉が蘇った。
今、ピースが繋がった。
「そうか……そういうことか……」
「……どうしたの? こないのならこっちから行くわよ」
「黙れ! この阿呆!」
「――なっ!」
いきなり罵倒され、驚きに目を丸くするキュルケ。
しかし九郎は構わずに続ける。
「ったく、面倒臭いやり方しやがって! 何のつもりなんだ、ええ!?」
そして叫んだ。一際大きく。
「なあ、クトゥグア!」
一瞬の間――驚愕の表情――表情が消える。
そして……笑みに変わる。
「――よく気付いたな、我が主」
もはやその口調はキュルケのものではなかった。尊大で、九郎がよく知る者にそっくりなもの。
炎の神性クトゥグア。そして、彼のパートナー、アル・アジフの断片の一つ。
九郎はテーブルの上に置いてある香に視線を向けた。
キュルケの中にいるそれは、キュルケの顔のまま、ふむと納得した表情をした。
「なるほど。ズカウバの燻香でか。力を補うために焚いておいたのが裏目に出たな」
「それとフレイムだな。アルの断片でも、こいつがここまで怯えるほどの力を持った奴なんてそういない」
「なるほどなるほど。後はこの娘の属性を知れば自ずと理解できるか」
納得したようにうんうんと頷くキュルケ=クトゥグア。
一方の九郎は力が抜けたようにへたり込んだ。
「ったく、キュルケの中に入って何がしたかったんだ?」
「ん? 母より抜け落ちてしまい力がなくなっていたからな。てっとり早く取り戻そうと」
「それとキュルケにとりつくのとどういう関係があるんだ?」
「同じ火の属性ということもあるが、それ以上にこの娘の性格が力を取り戻すのに都合がよかったのだ」
「性格って……あ」
思い当たる節がある。というか、今味わったばかりだ。
「この娘は惚れっぽく、その上、不特定多数の異性と付き合っている。
だから、手っ取り早く食事が出来るのだ」
「食事……? …………って、おい!」
こいつらページモンスターの「食事」。それは人の精。
「残念なことに、妾がとりついたときは既に主に心が移っていたときだったのがな……
いや、これはこれで都合がよいと見るべきか……」
ブツブツと思考に入る。
だんだんと怪しい展開になりそうな気配を敏感に感じ取った九郎。
相手が言葉を発するよりも早く行動に移す。
「まあ、とりあえず。せっかく見つけたんだ。回収させてもらうぞ」
「どうやって?」
「――うぐっ」
「我らが母はルイズとか言う小娘の内に封じられている。今の汝に妾を回収することが出来るのか?」
「……そ、それは……」
狼狽する九郎の姿を見て、キュルケ=クトゥグアはニヤリと笑みを浮かべた。
獲物を狙う猛禽類のような目つきに変わる。
「……な、何を考えている? おい?」
「いや、妾の食事ついでに、この娘の願いも叶えてやろうと思うてな」
唇を湿らせながら近づく。
九郎は慌てて逃げようとしたが、何かに足をとられて転びそうになった。
「だあっ! と、何だ――って、フレイム!?」
九郎の足にフレイムがしがみついていた。
慌てて振り払おうとするが、強靭な力でしがみついていて離れない。
「炎の眷属は全て妾の僕。この世界の生物とて例外ではない」
「おま――ぬあッ!?」
キュルケ=クトゥグアはゆっくりとボタンを外し、服を脱ぎ去った。
九郎の視界に、ゆたかすぎる褐色のふくらみが二つ飛び込んでくる。
そしてそのまま下も脱いでいく。一枚一枚気分を出して見せ付けるように。
ほどなくして、何も身に着けない生まれたままの姿となった。
燃えるような赤い髪に褐色の肌。
滑らかなラインに、豊満なスタイル。
その姿はある種、幻想的にすら感じられた。
一瞬、見とれていたがすぐに気を取り直すと、慌てて顔を背ける。
「ば、馬鹿! 他人の身体で何やってるんだ! キュルケに悪いだろ!」
「気にするな。先ほども言ったが、この娘は汝に好意を抱いている。元々、ことに及ぶつもりだったのだ。
何の問題はない。
それに――」
情熱的な瞳で見つめる。
しかし、その表情は真剣なものだった。
「かつても言ったが、汝は神の写し身たる妾をしかと支配しなければならぬ。白き王よ」
そう告げると、九郎の首に絡みつくように腕を回してきた。
その身体が異常に熱を帯びているのが分かる。
吐息が熱い。
「それとこれとどういう……むぐっ」
いきなり唇を押し当てられた。
強引に舌を入れられ、唾液を流し込まれる。
「んんん……――~~!!」
熱い。まるで熱湯を口の中に入れられているみたいだ。
口を塞がれているため飲むしかない。喉が灼けそうだ。
キュルケ=クトゥグアは首に手を回し身体を密着させ、体重をかけてきた。
圧し掛かってくる裸身。思わず仰向けに倒れてしまう。
豊満な胸が九郎の胸板との圧力に潰れ、形を変える。
熱くて気持ちよくて――
九郎は頭がクラクラしてきた。
その間にも唾液は流し込まれる。異常なまでに。
腹の奥から熱くなり、何かが上がってきそうな感じがして――
「――チッ、どうやらここまでのようだな」
突然、舌打ちをして口を離す。
そして九郎に圧し掛かったまま、顔を戸の方へ向けた。
その瞬間、戸がもの凄い勢いで開けられた。
そこに立っていたのはルイズだった。
ぼー、としていた九郎だったが、ルイズの姿を見た途端、跳ね起きた。
キュルケ=クトゥグアは倒れてしりもちをついた。胸が揺れる。
「――あ、あうあうあうあうあ……」
やばいやばいやばいやばい――
ルイズは無言のまま立っている。
その顔に表情はなく、ただ虚ろな瞳でこちらを見つめている。
だが、よく分かる。ハッキリと理解できる。完全に理解できる。
――ルイズは怒っている。
限りなく。心底。奈落のように。
よく見ると口元が小刻みに震えていた。
今まで分かったことは、ルイズには三段階の怒りがある。
第一段階は口より手。
第二段階は手より足。
そして最終の三段階は足より先に声が震える。
ルイズは何処からか杖を取り出した。
そして流れるように、撫でるように、躊躇なく――
――魔法を解き放った。
「このたわけが――――ッ!!!!」
今のアル? などと思う間もなく、空間が大爆発した。
ルイズの失敗魔法。
ゼロのルイズと呼ばれる由縁。どんな魔法を使おうと必ず起こる爆発。
今はアルの力によりある程度の魔法は使えるようになっているが、今回は意識してやったものではない。
怒りの感情のまま無意識で起きた爆発は、従来のものと比べて凄まじい威力を宿した。
それは九郎達を飲み込み、テーブルや椅子、調度品など、キュルケの部屋そのものを破壊してしまうほどに。
だが、それは突然湧き上がった白い焔に呑み込まれた。
焔は激しく燃え盛り、あろうことか爆発を“焼き尽くした“。
その焔を放ったキュルケ=クトゥグア。果たしてその表情は怒りで歪んでいた。
「……気に入らんな」
「お、おい……」
様子が違う。明らかな敵意をルイズに向けるキュルケ=クトゥグア。
一方のルイズは、今の炎に驚いたのか驚愕の表情をしていた。
「キュルケ、あんた今のは……?」
「今の力、混沌と似た力を感じる。気に入らん」
言うや否や掌をルイズに向ける。
「――何を!?」
咄嗟にその腕を取り、向きを変えた。
ルイズの後方の壁が火球によって破壊された。
「何をしているんだ!? ルイズを殺す気か!」
「そうだ。あの力、存在させるわけにはいかん」
「正気か!? アルもいるんだぞ!」
「案ずるな。母を傷つける事無く、あの娘という器のみを焼き尽くしてくれる。
そうすれば母も解放されよう」
「アホか! お前は!」
何とか止めさせようと、必死にキュルケ=クトゥグアを押し留める九郎。
その様子を見ていたルイズの目は瞬く間に怒りで釣りあがった。
それもそのはず。ルイズからしてみれば、裸のキュルケが九郎と乳繰り合っているようにしか見えない。
「あ、ん、た、ら、ねえぇぇぇっ!!」
キュルケが使った先ほどの変な魔法のことは、もはや忘却の彼方。
再び怒りに身を任せた第二撃を放とうと杖を振り上げる。
一方のキュルケ=クトゥグアも、九郎を押しのけて構える。その口がブツブツと何かを呟く。
「フングルイ ムグルウナフ クトゥグア……」
とんでもない呪文を呟いていた。
「だー! 止せ! 止めろ! そんなものを使ったら学園が蒸発する!」
「離せ、主よ! 奴だけは! 奴だけは!」
完全に神の属性に引きずられている。
キュルケの身体を器にしているせいか、力がそれほどでもないのが幸いした。
後ろから羽交い絞めにして何とか押さえつける。
そしてその様子を見て(以下略)――
もはや止まらない。
自分の力ではどうにもならない。
「誰でもいいからこの事態を何とかしてくれー!」
「了解した」
祈るような叫びに答える声。
次の瞬間、全てを埋めるような白い風が部屋を吹きぬけた。
それが雪を孕んだ風だと気付いたのは、純白の中に白銀の竜の姿を見たときだった。
視界が白い闇に染まり――意識がフェードアウトした。
ロングビル――フーケは、目の前で起こったことに目を丸くした。
宝物庫の前まで来たはいいが、自慢のゴーレムを以てしても固定化の魔法で固められた扉を破ることが出来ず
途方に暮れていたとき、いきなり何処かから飛んできた巨大な魔力によって扉が破壊されたのだ。
しばらく呆然としていたが気を取り直し、急いで宝物庫の中へと入った。
今の爆発に誰かが気付く前に仕事を済ませなければならない。
破壊の余波か、ところどころで炎がくすぶっているのを避けながら奥へと進む。
お宝は沢山あったが、フーケが望むものは唯一つ。
しばらくして目当ての箱を見つけた。
中を確認するとにんまりと笑い、壁に向かって杖を振った。
壁に文字が刻まれる。
『双子の魔獣、確かにご領収いたしました。土くれのフーケ』
#navi(斬魔の使い魔)
オールド・オスマンの秘書、ロングビル。
のんきでスケベな学院長の優秀な秘書として、時にはセクハラを受け、時には暴力行為で返しと多忙な日々を送
っていた。
しかし、その日々も、春先に行われた使い魔召喚の儀式から変わってしまった。
セクハラとタバコをプカプカすることぐらいしかしていなかったオールド・オスマンが、人が変わったかのよう
に精力的に動いているのだ。
正確に何をしているのかは不明だが、それによりロングビルの仕事が減り、時間を持て余すようになった。
もっとも、これは帰って好都合だった。
彼女が巷を騒がせている怪盗フーケだということは、この学院で知る者はいない。
今の内に狙いの場所、学院の宝物庫を徹底的に調べるとしよう。
中に入っている貴重そうなお宝の情報は、すでにコルベールを色仕掛けでたぶらかして手に入れている。
暗い笑みを浮かべ、ロングビルは行動を起こした。
学院内を疾走している九郎。その後方からは一人の生徒が追ってきていた。
「逃げるな! 正々堂々と戦え!」
「冗談言うな! こんちくしょう!」
眼が覚めてから散々な目に会っている気がする。
ルイズからは決闘にどうやって勝ったのか聞かれたため、アルの事などをぼかして話をしたら、いきなり怒られた。
どうやら魔法のような力を使えたことを黙っていたことが御気に召さなかったようだ。
さらには他の生徒達からの決闘の申し込み。
つい先ほどのことだ。
ルイズに命じられ彼女の下着などを洗うことになった。
シエスタに洗い場を教えてもらい、いざ向かおうとした時、いきなり来たのだ。
やんわり断ろうとしたが聞き入れてくれず、シエスタに洗濯物を頼むと一目散に逃げ出した。
で、今に至る。
石造りの床を必死に走る九郎。
しかし、そこは生身の足。
魔法で空を飛んでショートカット可能なメイジ相手では難しく、徐々に追いつかれていた。
「待てといっている!」
「ふざけんな! こっちは洗濯とかで忙しいんだよ!」
あっち行ってこっち行ってと走り回る九郎に嫌気がさしたのか杖を構える生徒。
それに気付いた九郎は周囲を見回すが、そこは誰もいない伽藍とした廊下。
やばいやばいやばい。
何処か身を隠すところがないか見回すが、天井を支える柱ぐらいしかない。
ないよりマシとそこに向かおうとしたとき、
「うぎゃー!」
今まさに魔法を使おうとしていた生徒の悲鳴が響いた。
見ると、そこには真っ黒に焼け焦げた生徒が倒れ伏していた。時折、ピクピクと痙攣している。
何が起こったのかと近づくと、人間が這い出れるほどの隙間から、赤いトカゲが顔を出していた。
「あれ? お前は確か、キュルケとかいう子の使い魔」
火トカゲ、フレイムは肯定するかのように喉を鳴らす。
そして、のっしのっしと歩くと九郎に擦り寄った。
「助けてくれたのか? サンキュ」
きゅるきゅる、と嬉しそうに唸る。
相変わらず人外の者に好かれるのぉ、という空耳が聞こえたような気がしたが無視する。
と、フレイムはやおら九郎のズボンの端を咥えると、軽く引っ張った。
「? 何処かに連れて行こうとしているのか?」
肯定するように唸る。
少し考えたが、助けてくれた恩もあるし従うことにした。
ルイズの服の洗濯はその後でも出来るだろう。
後にこの選択を死ぬほど後悔することになる。
虎ほどの大きさのあるフレイムの後をテクテクと歩く九郎の姿は何処となくシュールである。
場所は生徒が生活する部屋があるフロア。
さらにいえば見知った場所、ルイズの部屋の側まで来ていた。
ここで九郎は思い出していた。キュルケとルイズの部屋はすぐ側だったということに。
予想通り、フレイムはキュルケの部屋の前で止まる。
そして、ここだと云わんばかりに首を振る。
とりあえず木の扉を叩く。
がちゃり、と戸が開いた。魔法で開けたようだ。
入ろうとした時、すぐ隣の壁が修復したばかりのように真新しかったのが見えた。
部屋の中は真っ暗だった。
傍にいるフレイムだけがぼんやりと赤く光っている。
「戸を閉めて?」
言われたとおりに戸を閉める。後ろ手で。
何ともいえない嫌な予感がしたからだ。隙を見せたくない。
パチンという音と共に壁のロウソクが灯る。
しかし暗くて先は見えない。
「さあ、こっちに来て」
「は、はあ。お邪魔します」
声のする方にゆっくりと歩を進める。それに併せてロウソクが灯っていく。
お香を焚いているのだろうか? どこかで嗅いだことがあるような匂いが部屋に充満している。
ベッドの側のロウソクにも火が灯り、そこに腰掛けているキュルケの姿を浮かび上がらせた。
「お願い、傍に来て」
その姿は、ある種異様だった。
服装はいつものまま。胸元を大きく広げた制服姿。
しかし――
何かが違う。
そこにいるのは本当にキュルケなのか?
彼女の事を理解できるほどの付き合いがあるわけではないが、それでも何度か顔を合わせているし面識もある。
ルイズをからかっている様子も見ている。
だが、今目の前にいるキュルケはそのどれとも違った。
まるで、そうまるで――
「ねえ、早く傍に来て」
すらりとした脚を見せ付けるように組み替えて九郎を誘う。股の間にある白い領域から目が離せない。
褐色の肌がぼんやりとしたロウソクの明かりに照らされて、この世のものとは思えない魔性の魅力をかもしだしている。
無意識に後ずさる。踵が何かと接触した。
思わず振り向いた九郎の目に映ったのは、怯えているフレイムの姿だった。
フレイムはキュルケを見て怯えている。ありえない。
キュルケがフレイムを可愛がっていることは知っている。フレイムもキュルケに懐いている。
それが怯えている、つまりあれはキュルケではない――
「――っ!?」
思い出した。この香のことを。
同時に、九郎の脳裏にアルの言葉が蘇った。
今、ピースが繋がった。
「そうか……そういうことか……」
「……どうしたの? こないのならこっちから行くわよ」
「黙れ! この阿呆!」
「――なっ!」
いきなり罵倒され、驚きに目を丸くするキュルケ。
しかし九郎は構わずに続ける。
「ったく、面倒臭いやり方しやがって! 何のつもりなんだ、ええ!?」
そして叫んだ。一際大きく。
「なあ、クトゥグア!」
一瞬の間――驚愕の表情――表情が消える。
そして……笑みに変わる。
「――よく気付いたな、我が主」
もはやその口調はキュルケのものではなかった。尊大で、九郎がよく知る者にそっくりなもの。
炎の神性クトゥグア。そして、彼のパートナー、アル・アジフの断片の一つ。
九郎はテーブルの上に置いてある香に視線を向けた。
キュルケの中にいるそれは、キュルケの顔のまま、ふむと納得した表情をした。
「なるほど。ズカウバの燻香でか。力を補うために焚いておいたのが裏目に出たな」
「それとフレイムだな。アルの断片でも、こいつがここまで怯えるほどの力を持った奴なんてそういない」
「なるほどなるほど。後はこの娘の属性を知れば自ずと理解できるか」
納得したようにうんうんと頷くキュルケ=クトゥグア。
一方の九郎は力が抜けたようにへたり込んだ。
「ったく、キュルケの中に入って何がしたかったんだ?」
「ん? 母より抜け落ちてしまい力がなくなっていたからな。てっとり早く取り戻そうと」
「それとキュルケにとりつくのとどういう関係があるんだ?」
「同じ火の属性ということもあるが、それ以上にこの娘の性格が力を取り戻すのに都合がよかったのだ」
「性格って……あ」
思い当たる節がある。というか、今味わったばかりだ。
「この娘は惚れっぽく、その上、不特定多数の異性と付き合っている。
だから、手っ取り早く食事が出来るのだ」
「食事……? …………って、おい!」
こいつらページモンスターの「食事」。それは人の精。
「残念なことに、妾がとりついたときは既に主に心が移っていたときだったのがな……
いや、これはこれで都合がよいと見るべきか……」
ブツブツと思考に入る。
だんだんと怪しい展開になりそうな気配を敏感に感じ取った九郎。
相手が言葉を発するよりも早く行動に移す。
「まあ、とりあえず。せっかく見つけたんだ。回収させてもらうぞ」
「どうやって?」
「――うぐっ」
「我らが母はルイズとか言う小娘の内に封じられている。今の汝に妾を回収することが出来るのか?」
「……そ、それは……」
狼狽する九郎の姿を見て、キュルケ=クトゥグアはニヤリと笑みを浮かべた。
獲物を狙う猛禽類のような目つきに変わる。
「……な、何を考えている? おい?」
「いや、妾の食事ついでに、この娘の願いも叶えてやろうと思うてな」
唇を湿らせながら近づく。
九郎は慌てて逃げようとしたが、何かに足をとられて転びそうになった。
「だあっ! と、何だ――って、フレイム!?」
九郎の足にフレイムがしがみついていた。
慌てて振り払おうとするが、強靭な力でしがみついていて離れない。
「炎の眷属は全て妾の僕。この世界の生物とて例外ではない」
「おま――ぬあッ!?」
キュルケ=クトゥグアはゆっくりとボタンを外し、服を脱ぎ去った。
九郎の視界に、ゆたかすぎる褐色のふくらみが二つ飛び込んでくる。
そしてそのまま下も脱いでいく。一枚一枚気分を出して見せ付けるように。
ほどなくして、何も身に着けない生まれたままの姿となった。
燃えるような赤い髪に褐色の肌。
滑らかなラインに、豊満なスタイル。
その姿はある種、幻想的にすら感じられた。
一瞬、見とれていたがすぐに気を取り直すと、慌てて顔を背ける。
「ば、馬鹿! 他人の身体で何やってるんだ! キュルケに悪いだろ!」
「気にするな。先ほども言ったが、この娘は汝に好意を抱いている。元々、ことに及ぶつもりだったのだ。
何の問題はない。
それに――」
情熱的な瞳で見つめる。
しかし、その表情は真剣なものだった。
「かつても言ったが、汝は神の写し身たる妾をしかと支配しなければならぬ。白き王よ」
そう告げると、九郎の首に絡みつくように腕を回してきた。
その身体が異常に熱を帯びているのが分かる。
吐息が熱い。
「それとこれとどういう……むぐっ」
いきなり唇を押し当てられた。
強引に舌を入れられ、唾液を流し込まれる。
「んんん……――~~!!」
熱い。まるで熱湯を口の中に入れられているみたいだ。
口を塞がれているため飲むしかない。喉が灼けそうだ。
キュルケ=クトゥグアは首に手を回し身体を密着させ、体重をかけてきた。
圧し掛かってくる裸身。思わず仰向けに倒れてしまう。
豊満な胸が九郎の胸板との圧力に潰れ、形を変える。
熱くて気持ちよくて――
九郎は頭がクラクラしてきた。
その間にも唾液は流し込まれる。異常なまでに。
腹の奥から熱くなり、何かが上がってきそうな感じがして――
「――チッ、どうやらここまでのようだな」
突然、舌打ちをして口を離す。
そして九郎に圧し掛かったまま、顔を戸の方へ向けた。
その瞬間、戸がもの凄い勢いで開けられた。
そこに立っていたのはルイズだった。
ぼー、としていた九郎だったが、ルイズの姿を見た途端、跳ね起きた。
キュルケ=クトゥグアは倒れてしりもちをついた。胸が揺れる。
「――あ、あうあうあうあうあ……」
やばいやばいやばいやばい――
ルイズは無言のまま立っている。
その顔に表情はなく、ただ虚ろな瞳でこちらを見つめている。
だが、よく分かる。ハッキリと理解できる。完全に理解できる。
――ルイズは怒っている。
限りなく。心底。奈落のように。
よく見ると口元が小刻みに震えていた。
今まで分かったことは、ルイズには三段階の怒りがある。
第一段階は口より手。
第二段階は手より足。
そして最終の三段階は足より先に声が震える。
ルイズは何処からか杖を取り出した。
そして流れるように、撫でるように、躊躇なく――
――魔法を解き放った。
「このたわけが――――ッ!!!!」
今のアル? などと思う間もなく、空間が大爆発した。
ルイズの失敗魔法。
ゼロのルイズと呼ばれる由縁。どんな魔法を使おうと必ず起こる爆発。
今はアルの力によりある程度の魔法は使えるようになっているが、今回は意識してやったものではない。
怒りの感情のまま無意識で起きた爆発は、従来のものと比べて凄まじい威力を宿した。
それは九郎達を飲み込み、テーブルや椅子、調度品など、キュルケの部屋そのものを破壊してしまうほどに。
だが、それは突然湧き上がった白い焔に呑み込まれた。
焔は激しく燃え盛り、あろうことか爆発を“焼き尽くした“。
その焔を放ったキュルケ=クトゥグア。果たしてその表情は怒りで歪んでいた。
「……気に入らんな」
「お、おい……」
様子が違う。明らかな敵意をルイズに向けるキュルケ=クトゥグア。
一方のルイズは、今の炎に驚いたのか驚愕の表情をしていた。
「キュルケ、あんた今のは……?」
「今の力、混沌と似た力を感じる。気に入らん」
言うや否や掌をルイズに向ける。
「――何を!?」
咄嗟にその腕を取り、向きを変えた。
ルイズの後方の壁が火球によって破壊された。
「何をしているんだ!? ルイズを殺す気か!」
「そうだ。あの力、存在させるわけにはいかん」
「正気か!? アルもいるんだぞ!」
「案ずるな。母を傷つける事無く、あの娘という器のみを焼き尽くしてくれる。
そうすれば母も解放されよう」
「アホか! お前は!」
何とか止めさせようと、必死にキュルケ=クトゥグアを押し留める九郎。
その様子を見ていたルイズの目は瞬く間に怒りで釣りあがった。
それもそのはず。ルイズからしてみれば、裸のキュルケが九郎と乳繰り合っているようにしか見えない。
「あ、ん、た、ら、ねえぇぇぇっ!!」
キュルケが使った先ほどの変な魔法のことは、もはや忘却の彼方。
再び怒りに身を任せた第二撃を放とうと杖を振り上げる。
一方のキュルケ=クトゥグアも、九郎を押しのけて構える。その口がブツブツと何かを呟く。
「フングルイ ムグルウナフ クトゥグア……」
とんでもない呪文を呟いていた。
「だー! 止せ! 止めろ! そんなものを使ったら学園が蒸発する!」
「離せ、主よ! 奴だけは! 奴だけは!」
完全に神の属性に引きずられている。
キュルケの身体を器にしているせいか、力がそれほどでもないのが幸いした。
後ろから羽交い絞めにして何とか押さえつける。
そしてその様子を見て(以下略)――
もはや止まらない。
自分の力ではどうにもならない。
「誰でもいいからこの事態を何とかしてくれー!」
「了解した」
祈るような叫びに答える声。
次の瞬間、全てを埋めるような白い風が部屋を吹きぬけた。
それが雪を孕んだ風だと気付いたのは、純白の中に白銀の竜の姿を見たときだった。
視界が白い闇に染まり――意識がフェードアウトした。
ロングビル――フーケは、目の前で起こったことに目を丸くした。
宝物庫の前まで来たはいいが、自慢のゴーレムを以てしても固定化の魔法で固められた扉を破ることが出来ず
途方に暮れていたとき、いきなり何処かから飛んできた巨大な魔力によって扉が破壊されたのだ。
しばらく呆然としていたが気を取り直し、急いで宝物庫の中へと入った。
今の爆発に誰かが気付く前に仕事を済ませなければならない。
破壊の余波か、ところどころで炎がくすぶっているのを避けながら奥へと進む。
お宝は沢山あったが、フーケが望むものは唯一つ。
しばらくして目当ての箱を見つけた。
中を確認するとにんまりと笑い、壁に向かって杖を振った。
壁に文字が刻まれる。
『双子の魔獣、確かにご領収いたしました。土くれのフーケ』
#navi(斬魔の使い魔)
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: