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「空と戦士と……-01」(2008/03/07 (金) 23:56:32) の最新版変更点
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「空はいい」
それはルイズが召喚した使い魔の口癖。名前をピッツァと言った。
「ピッツァ! 朝ごはん食べに行くわよ!」
桃色の髪をした魔法学院の生徒が寮の窓から空へと怒鳴った。
数秒の沈黙の後、風を斬るような音と共に人影が窓から室内へと飛び込んでくる。
「マスター、食事は不要だと言ったはずだが?」
飛び込んで来たのは、鳥の頭部のような真っ赤な仮面を被り、奇妙な服な服を来た亜人。
裾がギザギザになった緑のマントが翻り、静かに地面へと足をつけた。
「食べられるんなら、飾りでも良いから食べなさい。人の形をした使い魔を虐待してるみたいじゃない」
「ふっ、プライドの問題か。そういう事ならば仕方が有るまい」
無愛想なのはマイナスポイントだが、ルイズはこの使い魔がそれなりに気に入っている。
『ゾンダリアン』なる聞いたことも無い亜人であり、戦闘力 特に飛行能力がとても高い。
自由奔放に見えて、イザと言う時はいつの間にか現れる忠義心もポイント高めだ。
「おっ! 『我らの翼』が来たぞ!!」
「おはようございます、ピッツァさん」
ルイズの指示通りにピッツァが向かうのは厨房。他の生徒達は亜人と食事を共にするのは抵抗が有るらしく、諍いを起こさない為の対処だ。
もっとも召喚されて早々、某土のドットメイジに難癖をつけられていたメイドを助け(本人にそんなつもりは無い)、厨房ではその地位を確立されている。
『我らの翼』
それはシエスタを庇い、メイジを目にも留まらぬ速度で翻弄し、撃破した彼に対する厨房のメンバー、学園の平民なりの敬称だった
「こちらへどうぞ!」
「あぁ、世話になる」
特に彼に助けられたメイド シエスタは熱を上げていた。マルトーから渡されたシチューとパンをピッツァの前へと並べる。
「あのっ! 今日はちょっとだけ私が作ってみたんですけど、どうですか!?」
「わからん」
「……」
ただ残念な事に寡黙な亜人は『空』と『闘い』以外には興味が薄いらしい。
ある昼下がり、学園では午後の授業が始まる頃、その上空を縦横無尽に飛び回る者が居た。
それは鳥ではなく、マントを翼のように広げた亜人だ。
口から漏れた感想は料理を食べたときは出てこない純粋な感性と思考の結果だった。
「やはり空は良い……しかしこの世界の空のなんと美しいことか」
ここには自分達ゾンダリアンが侵略を狙う、中途半端に機械化された文明の空に特有の澱みがない。
太陽系第三惑星地球で言う「中世」程度の科学力しかないハルケギニアには、化石燃料を燃焼させて動く動力機関は存在しない。
当然それによって排出される物質は存在しないか、存在したとしても極僅かだ。
「故にゾンダリアンとしての能力は使えないが、この美しい空とならば釣り合いも取れるというものだ」
最高の敵手との一騎撃ちの後、使えるべき主へと反逆し、空へと果てたはずの自分が何故このような場所に?
数秒思考を試みて、ピッツァの有機混合型電子頭脳はすぐさまその演算を放棄した。別に構うまい。
『ゾンダリアン』であることよりも、『■■■■』であることよりも、『戦士』である事を優先したこの俺がどうして考える必要があろう?
「どんな場所でも空を駆け、敵を倒す存在。それで良いはずなのだ……むっ!?」
不意にピッツァは己を追い越すように飛翔する物体に目を奪われた。
いかに戦闘時のような全力を出していないとは言え、彼の速度に追いつくのはメイジのフライでも無理だ。
速度や持続性においてフライの魔法はピッツァの翼には遠く及ばない。ならばいま彼を追い抜いた物体は?
「アレは……ドラゴン?」
青い鱗に覆われ、しっかりとした翼を広げるその姿。人間とは異なる飛行を己の生業とする存在。
完全に風を読み、味方につけるその器量。そして……ちらっと振り向いてウィンドドラゴンは『笑った』のだ。
ソレは挑発、ソレは挑戦。
「面白い!」
ソレを受けピッツァも笑みを浮かべる。何時もの様子からは想像もできない楽しそうな笑みを。
『空での戦い』ほど彼を熱くさせるものはない。己の出力のギアを二つ上げ、青い機影に肉薄する。
『信じられないの! 亜人が私に空で追いつくなんて!』
「ふっ! この程度か!? 青き翼の竜よ!!
『まだまだなのね~キュイキュ~イ!!』
一瞬の会話の後、一人と一匹はすぐさま無言へ。そしてその速度が更に上がった。
直線での速度で決着がつかなければ急上昇や急降下を繰り返し、急減速と急加速を組み合わせ、空を天へ地へと縦横無尽に飛び回る。
雲を突き抜けるほど上昇したかと思えば、地面に落下するような急激な降下。
疎らに生えた木の間をジグザグに飛び、尖搭の周りを僅かな振れ幅で旋回する。
一瞬で追う者と追われる者が何度も入れ替わり、攻撃こそ飛び出さないがそこには熱い戦いがあった。
「ふっ……やるではないか」
結局二人して学園に帰ってきたのはいつの間にか青い空が茜色に変わってから。
目的など無い無限の闘いを終えた二対の翼は色濃い疲労とともに健闘を称え合う。
『お前も大したものなの、キュイキュイ。私はシルフィード、貴方は?』
「ピッツァだ。私に空で喰らい付いて来たのはお前が二人目だぞ。
……ところで恨めしそうな視線を向けている青い髪の小娘はお前の主人か?」
いつの間にか青い髪の少女 タバサは興味深そうに、または怒りを滲ませながら二人を睨みつけていた。
搾り出される感情を廃した声は逆に恐怖を煽る。ピッツァは別に良いとして、シルフィードは堪らない。
「喋っちゃダメって言ったのに……」
『おっお姉さま!? でもピッツァは使い魔だし…「問答無用」…なにするのやめ(ry』
結果から言えば……シルフィードの敗北と言えなくも無い終焉だった。
その夜も習慣のようにピッツァは腕を組んで空を見上げていた。身に纏ったマントの裾が僅かに夜風に揺れる。
昼間でも実感できる透明な空気は夜ならば尚のこと容易く実感できる。そう、邪魔するものが一切無い満天の星空。
「ピッツァさん!」
「ん?」
不意にかかる声にピクリと僅かながら彼の肩が震えた。それは恐怖によるものではなく、純粋な驚きによるもの。
何せここは学園内でもっとも高い搭の上。広く人が数人乗ることが可能だが、何せ階段など無い。
メイジならばフライやレビテーションで上がって来ることも可能だ。
だが生徒達は自分の事をさんづけで呼ばないことくらい、ピッツァも認識している。そしてこの声は……
「シエスタ?」
「はい……よいしょっ!」
搭の縁にかかった大きいとは言えない手が引っ張り上げるのはシエスタだ。
転がり込むように搭の頂上に収まったメイド少女はピッツァの足に寄り添うように腰を下ろす。
「中々無茶をする。下りる時は如何するつもりだったんだ?」
「えっと……ピッツァさんに連れてってもらおう!って思ったんですけど……ダメですか?」
「私はしばらく降りんぞ?」
突き放すような冷たい言葉。だがソレにもシエスタは笑顔で答えた。
「じゃあ降りるまでお付き合いします」
「好きにしろ」
数分、いや数時間だったろうか? 二人は同様に空を見上げ続ける。
そこにはどんな『他』も存在せず、時間は決して変革を齎さないような不思議な空気に包まれていた。
「空……お好きなんですね?」
最初に沈黙を破ったのはシエスタだった。夜空を見上げていた視線をピッツァに向けて問う。
これだけ空を眺めていられれば誰もが『空が好きなんだろう』という予測を容易くできる。
その問いにもシエスタへと視線を向ける事無く、彼は空を見上げたままで答えた。
「空はいい」
答えになってない気がするぞ。だがシエスタは何故か納得したように頷いた。
その様子を確認したわけでもないのだが、ピッツァは更に言葉を続ける。視線を合わせない会話だが、何故かリズムが一致していた。
「私は戦士だ。空で生まれ、空で育ち、そして……」
『死ぬなら空の上だ』
そんな言葉を年端も行かないメイドの少女に聞かせるべきだろうか?
彼なりの僅かな優しさを含めた葛藤なのだが、シエスタが口にした言葉がピッツアに更に大きな疑問を生む事になる。
「ピッツァさんって私のお祖父ちゃんに似ているんです」
「?」
「お祖父ちゃんは遠い東の国から飛んできたそうで……」
そこから始まるのはシエスタの祖父、半生の物語。
マジックアイテムで空から飛来した異邦人がタルブの村で生活を始め、伴侶を作り、子供を儲け、孫に恵まれて、老死するまでの話。
空飛ぶマジックアイテムに多少興味を引かれつつ、ピッツアはシエスタの語るに任せた。
そのシエスタだが口に出すうちに祖父の事を思い出したのか、徐々に涙声になる。
フワリと目の前を掠めた緑のマントで涙を拭い、『その祖父とピッツァが似ている』と言う意味の本懐へと言葉を紡ぐ。
「お祖父ちゃんもこんな風に、よく空を見上げていました。昼も夜も……長い間……」
確かにソレならば自分の行動とは重なるとピッツァは判断。だがシエスタの言葉はそれだけでは終わらない。
「見上げながらピッツァさんみたいな顔を…えっと…そう! 雰囲気が似てるんです!」
「ふむ? では私やその祖父はどんな雰囲気をしているのだ?」
他人からの評価と言うものを余り耳にしないし、気にもしなかった生涯を思い返して彼は問う。
こんな時でもピッツァはシエスタの方へと視線を向けない。だが祖父での経験か? シエスタは馴れた様子で語る。
「夢見る子供のような純粋さ、戦う騎士様のような凛々しさ。
そして……許せる条件ならば嬉々として死んでしまう……うぅん、違う……
理想の死を目指し、死にたがっているような……危険で儚い雰囲気です」
「っ!?」
『戦士として死にたい』
その目的の為にゾンダリアンに身を落としてまで、戦いに生き続けた男の胸にそのシエスタの言葉が突き刺さった。
初めて語り合う相手へと視線を向けたピッツァが見たのは、慈愛の微笑に悲しみを乗せた少女の顔だった。
「お祖父ちゃんはこうやって空を見上げながら、よく言ってました。『死ぬなら空の上が良かった』って。
ピッツァさんもそんな事考えていませんか?」
戦士としての死を求め、幾つもの星を機械昇華させて来た生機融合体がこんな小娘に心理を見破られ、衝撃を受けるとは思っても見なかっただろう。
数秒の沈黙の後、ピッツァが返す。
「そうかもしれん……だがその前にやるべき事がある」
「? なんですか?」
「戦士として死ぬには、戦士として生きねばならない。
空で死ぬには、空で生きなければならぬ。
成すべき事は死のみではないのだ。まずは……お前を下まで送らねばな」
マントの下で組んでいた手をバッと広げることで、体に巻きついていたマントが羽根のように広がる。
「えっ? えぇっ!?」
驚くシエスタを片手で抱き寄せ、ピッツアはその身を宙へと躍らせていた。
「スゴイ! 私……飛んでる!?」
シエスタの知識からすれば飛べるのはドラゴンとメイジと鳥だけ。
亜人の特殊能力だろうか?と首を傾げつつ、頬を打つ風の感覚と大きく移り変わる景色に、感激のタメ息が出た。
そんな彼女の様子に『類を得たり』とピッツアは問う。同じ思考の人物を知る者に心理を言い当てられたのだ。
逆にピッツァがシエスタの祖父の言葉を予測することは実に容易い。
「お前の祖父はこうも言っていなかったか?『空はいい』と!」
「クスッ……言っていました、もう一度飛びたいって!!」
「では祖父に代わってお前が空を存分に味わえ!」
「はいっ!」
空で生き、空で死ぬ事を望んだ兵士の異世界での一コマ。
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#navi(空と戦士と……)
「空はいい」
それはルイズが召喚した使い魔の口癖。名前をピッツァと言った。
「ピッツァ! 朝ごはん食べに行くわよ!」
桃色の髪をした魔法学院の生徒が寮の窓から空へと怒鳴った。
数秒の沈黙の後、風を斬るような音と共に人影が窓から室内へと飛び込んでくる。
「マスター、食事は不要だと言ったはずだが?」
飛び込んで来たのは、鳥の頭部のような真っ赤な仮面を被り、奇妙な服な服を来た亜人。
裾がギザギザになった緑のマントが翻り、静かに地面へと足をつけた。
「食べられるんなら、飾りでも良いから食べなさい。人の形をした使い魔を虐待してるみたいじゃない」
「ふっ、プライドの問題か。そういう事ならば仕方が有るまい」
無愛想なのはマイナスポイントだが、ルイズはこの使い魔がそれなりに気に入っている。
『ゾンダリアン』なる聞いたことも無い亜人であり、戦闘力 特に飛行能力がとても高い。
自由奔放に見えて、イザと言う時はいつの間にか現れる忠義心もポイント高めだ。
「おっ! 『我らの翼』が来たぞ!!」
「おはようございます、ピッツァさん」
ルイズの指示通りにピッツァが向かうのは厨房。他の生徒達は亜人と食事を共にするのは抵抗が有るらしく、諍いを起こさない為の対処だ。
もっとも召喚されて早々、某土のドットメイジに難癖をつけられていたメイドを助け(本人にそんなつもりは無い)、厨房ではその地位を確立されている。
『我らの翼』
それはシエスタを庇い、メイジを目にも留まらぬ速度で翻弄し、撃破した彼に対する厨房のメンバー、学園の平民なりの敬称だった
「こちらへどうぞ!」
「あぁ、世話になる」
特に彼に助けられたメイド シエスタは熱を上げていた。マルトーから渡されたシチューとパンをピッツァの前へと並べる。
「あのっ! 今日はちょっとだけ私が作ってみたんですけど、どうですか!?」
「わからん」
「……」
ただ残念な事に寡黙な亜人は『空』と『闘い』以外には興味が薄いらしい。
ある昼下がり、学園では午後の授業が始まる頃、その上空を縦横無尽に飛び回る者が居た。
それは鳥ではなく、マントを翼のように広げた亜人だ。
口から漏れた感想は料理を食べたときは出てこない純粋な感性と思考の結果だった。
「やはり空は良い……しかしこの世界の空のなんと美しいことか」
ここには自分達ゾンダリアンが侵略を狙う、中途半端に機械化された文明の空に特有の澱みがない。
太陽系第三惑星地球で言う「中世」程度の科学力しかないハルケギニアには、化石燃料を燃焼させて動く動力機関は存在しない。
当然それによって排出される物質は存在しないか、存在したとしても極僅かだ。
「故にゾンダリアンとしての能力は使えないが、この美しい空とならば釣り合いも取れるというものだ」
最高の敵手との一騎撃ちの後、使えるべき主へと反逆し、空へと果てたはずの自分が何故このような場所に?
数秒思考を試みて、ピッツァの有機混合型電子頭脳はすぐさまその演算を放棄した。別に構うまい。
『ゾンダリアン』であることよりも、『■■■■』であることよりも、『戦士』である事を優先したこの俺がどうして考える必要があろう?
「どんな場所でも空を駆け、敵を倒す存在。それで良いはずなのだ……むっ!?」
不意にピッツァは己を追い越すように飛翔する物体に目を奪われた。
いかに戦闘時のような全力を出していないとは言え、彼の速度に追いつくのはメイジのフライでも無理だ。
速度や持続性においてフライの魔法はピッツァの翼には遠く及ばない。ならばいま彼を追い抜いた物体は?
「アレは……ドラゴン?」
青い鱗に覆われ、しっかりとした翼を広げるその姿。人間とは異なる飛行を己の生業とする存在。
完全に風を読み、味方につけるその器量。そして……ちらっと振り向いてウィンドドラゴンは『笑った』のだ。
ソレは挑発、ソレは挑戦。
「面白い!」
ソレを受けピッツァも笑みを浮かべる。何時もの様子からは想像もできない楽しそうな笑みを。
『空での戦い』ほど彼を熱くさせるものはない。己の出力のギアを二つ上げ、青い機影に肉薄する。
『信じられないの! 亜人が私に空で追いつくなんて!』
「ふっ! この程度か!? 青き翼の竜よ!!
『まだまだなのね~キュイキュ~イ!!』
一瞬の会話の後、一人と一匹はすぐさま無言へ。そしてその速度が更に上がった。
直線での速度で決着がつかなければ急上昇や急降下を繰り返し、急減速と急加速を組み合わせ、空を天へ地へと縦横無尽に飛び回る。
雲を突き抜けるほど上昇したかと思えば、地面に落下するような急激な降下。
疎らに生えた木の間をジグザグに飛び、尖搭の周りを僅かな振れ幅で旋回する。
一瞬で追う者と追われる者が何度も入れ替わり、攻撃こそ飛び出さないがそこには熱い戦いがあった。
「ふっ……やるではないか」
結局二人して学園に帰ってきたのはいつの間にか青い空が茜色に変わってから。
目的など無い無限の闘いを終えた二対の翼は色濃い疲労とともに健闘を称え合う。
『お前も大したものなの、キュイキュイ。私はシルフィード、貴方は?』
「ピッツァだ。私に空で喰らい付いて来たのはお前が二人目だぞ。
……ところで恨めしそうな視線を向けている青い髪の小娘はお前の主人か?」
いつの間にか青い髪の少女 タバサは興味深そうに、または怒りを滲ませながら二人を睨みつけていた。
搾り出される感情を廃した声は逆に恐怖を煽る。ピッツァは別に良いとして、シルフィードは堪らない。
「喋っちゃダメって言ったのに……」
『おっお姉さま!? でもピッツァは使い魔だし…「問答無用」…なにするのやめ(ry』
結果から言えば……シルフィードの敗北と言えなくも無い終焉だった。
その夜も習慣のようにピッツァは腕を組んで空を見上げていた。身に纏ったマントの裾が僅かに夜風に揺れる。
昼間でも実感できる透明な空気は夜ならば尚のこと容易く実感できる。そう、邪魔するものが一切無い満天の星空。
「ピッツァさん!」
「ん?」
不意にかかる声にピクリと僅かながら彼の肩が震えた。それは恐怖によるものではなく、純粋な驚きによるもの。
何せここは学園内でもっとも高い搭の上。広く人が数人乗ることが可能だが、何せ階段など無い。
メイジならばフライやレビテーションで上がって来ることも可能だ。
だが生徒達は自分の事をさんづけで呼ばないことくらい、ピッツァも認識している。そしてこの声は……
「シエスタ?」
「はい……よいしょっ!」
搭の縁にかかった大きいとは言えない手が引っ張り上げるのはシエスタだ。
転がり込むように搭の頂上に収まったメイド少女はピッツァの足に寄り添うように腰を下ろす。
「中々無茶をする。下りる時は如何するつもりだったんだ?」
「えっと……ピッツァさんに連れてってもらおう!って思ったんですけど……ダメですか?」
「私はしばらく降りんぞ?」
突き放すような冷たい言葉。だがソレにもシエスタは笑顔で答えた。
「じゃあ降りるまでお付き合いします」
「好きにしろ」
数分、いや数時間だったろうか? 二人は同様に空を見上げ続ける。
そこにはどんな『他』も存在せず、時間は決して変革を齎さないような不思議な空気に包まれていた。
「空……お好きなんですね?」
最初に沈黙を破ったのはシエスタだった。夜空を見上げていた視線をピッツァに向けて問う。
これだけ空を眺めていられれば誰もが『空が好きなんだろう』という予測を容易くできる。
その問いにもシエスタへと視線を向ける事無く、彼は空を見上げたままで答えた。
「空はいい」
答えになってない気がするぞ。だがシエスタは何故か納得したように頷いた。
その様子を確認したわけでもないのだが、ピッツァは更に言葉を続ける。視線を合わせない会話だが、何故かリズムが一致していた。
「私は戦士だ。空で生まれ、空で育ち、そして……」
『死ぬなら空の上だ』
そんな言葉を年端も行かないメイドの少女に聞かせるべきだろうか?
彼なりの僅かな優しさを含めた葛藤なのだが、シエスタが口にした言葉がピッツアに更に大きな疑問を生む事になる。
「ピッツァさんって私のお祖父ちゃんに似ているんです」
「?」
「お祖父ちゃんは遠い東の国から飛んできたそうで……」
そこから始まるのはシエスタの祖父、半生の物語。
マジックアイテムで空から飛来した異邦人がタルブの村で生活を始め、伴侶を作り、子供を儲け、孫に恵まれて、老死するまでの話。
空飛ぶマジックアイテムに多少興味を引かれつつ、ピッツアはシエスタの語るに任せた。
そのシエスタだが口に出すうちに祖父の事を思い出したのか、徐々に涙声になる。
フワリと目の前を掠めた緑のマントで涙を拭い、『その祖父とピッツァが似ている』と言う意味の本懐へと言葉を紡ぐ。
「お祖父ちゃんもこんな風に、よく空を見上げていました。昼も夜も……長い間……」
確かにソレならば自分の行動とは重なるとピッツァは判断。だがシエスタの言葉はそれだけでは終わらない。
「見上げながらピッツァさんみたいな顔を…えっと…そう! 雰囲気が似てるんです!」
「ふむ? では私やその祖父はどんな雰囲気をしているのだ?」
他人からの評価と言うものを余り耳にしないし、気にもしなかった生涯を思い返して彼は問う。
こんな時でもピッツァはシエスタの方へと視線を向けない。だが祖父での経験か? シエスタは馴れた様子で語る。
「夢見る子供のような純粋さ、戦う騎士様のような凛々しさ。
そして……許せる条件ならば嬉々として死んでしまう……うぅん、違う……
理想の死を目指し、死にたがっているような……危険で儚い雰囲気です」
「っ!?」
『戦士として死にたい』
その目的の為にゾンダリアンに身を落としてまで、戦いに生き続けた男の胸にそのシエスタの言葉が突き刺さった。
初めて語り合う相手へと視線を向けたピッツァが見たのは、慈愛の微笑に悲しみを乗せた少女の顔だった。
「お祖父ちゃんはこうやって空を見上げながら、よく言ってました。『死ぬなら空の上が良かった』って。
ピッツァさんもそんな事考えていませんか?」
戦士としての死を求め、幾つもの星を機械昇華させて来た生機融合体がこんな小娘に心理を見破られ、衝撃を受けるとは思っても見なかっただろう。
数秒の沈黙の後、ピッツァが返す。
「そうかもしれん……だがその前にやるべき事がある」
「? なんですか?」
「戦士として死ぬには、戦士として生きねばならない。
空で死ぬには、空で生きなければならぬ。
成すべき事は死のみではないのだ。まずは……お前を下まで送らねばな」
マントの下で組んでいた手をバッと広げることで、体に巻きついていたマントが羽根のように広がる。
「えっ? えぇっ!?」
驚くシエスタを片手で抱き寄せ、ピッツアはその身を宙へと躍らせていた。
「スゴイ! 私……飛んでる!?」
シエスタの知識からすれば飛べるのはドラゴンとメイジと鳥だけ。
亜人の特殊能力だろうか?と首を傾げつつ、頬を打つ風の感覚と大きく移り変わる景色に、感激のタメ息が出た。
そんな彼女の様子に『類を得たり』とピッツアは問う。同じ思考の人物を知る者に心理を言い当てられたのだ。
逆にピッツァがシエスタの祖父の言葉を予測することは実に容易い。
「お前の祖父はこうも言っていなかったか?『空はいい』と!」
「クスッ……言っていました、もう一度飛びたいって!!」
「では祖父に代わってお前が空を存分に味わえ!」
「はいっ!」
空で生き、空で死ぬ事を望んだ兵士の異世界での一コマ。
#navi(空と戦士と……)
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