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「消えそうな命、二つ-03」(2010/10/01 (金) 10:31:55) の最新版変更点
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#navi(消えそうな命、二つ)
小さな頃から、オレは色んなものを見てきたと思っている。
生まれて初めの三年は、何気ない山奥で普通に育てられた。
父さんと母さんに囲まれて。母さんは勉強しろと強く言っていたが、厳しい口調の裏には、ちゃんとオレの事を心配してくれている
気持ちが篭っていた。
父さんはそんな母さんにしぶしぶ従いながらも、よくこっそりと武術を教えてくれようとした。……もちろん後で見つかって、
いっつも母さんに怒られてたけど。
そして、その後から、オレの人生は父さんの息子であるということと、サイヤ人の血を継いでいるということの織り成す運命に、容赦なく
投げ込まれてしまう。
今思えば、それはなるべくしてなった事なのだ。と納得できる。
止まってしまうと潰されそうになることがあった、だからオレはガムシャラに走った。
そして、夢中で駆け抜けていくうちにふと、目線の高くなった自分に気づいた。
成長期はいつの間に来て、いつ過ぎたのか疑問に思う。考える暇さえなかったから。
クリリンさんより背が高くなったのは、いつ頃だったか?
今更になってふと考えた。しかし、答えは見つかることはない。
その時には確認できなかった。クリリンさんはもう、いなかったから。
幼いオレの目に映るのは、廃墟と化した町並み。瓦礫に横たわる皆の抜け殻。
冷静な目を周りに向けれるようになったとき、
オレは既に、一人だった。
其之三:悟飯の涙、カトレアの背中
思い出話というものは、えてして照れくさいものがある。
カトレアさんに語る話の折々に、オレは昔を思い出した。
目をつぶる必要もない。瞼の裏になんか浮かばない。
考えるだけでオレは昔のオレとなり、ピッコロさんの隣に、クリリンさんの隣に、ブルマさんの隣に、母さんの隣に、父さんの隣にちゃんと存在しているのだ。
何もかもが懐かしい思い出、全ては過ぎ去った時間だった。
「それで、オレはべジータさんとナッパって言う人たちと戦ったんだ。
あ、何でべジータさんだけ“さん”なのかって言うと、この人は後で……」
蛇口を捻ったときの水道のように、次から次に言葉が浮かんで気づけば口からとび出していた。
言葉にしたらほんの数秒で終わってしまうはずなのに、錯覚なのか何なのか、なんだか話している内は長い時間を過ごしている気になってしまう。
それはまるで、鮮明な過去をさかのぼる一種の時間旅行そのものだった。
至福の時間だった。同時に、苦痛でもあった。
「でもナメック星にはフリーザって言う、物凄く強いやつがいたんだ。
当時の宇宙最強の存在。誰もが絶望を覚えた。もうだめだ……って」
目尻がじわっと熱くなって、湿った。
あと少しで零れそうになるところを、意識を集中させて堪える。
そうやすやすと流すわけにはいかない。この涙は、今はいらない。
「そいつは地球までやってきたんだけど、また父さんが来てくれた。
そしてあっという間に、何倍も強くなったはずのフリーザを倒してくれた」
気づかれないように、唇の端を噛み締めた。
声が震えそうになっている己を、強く叱責する。
悟られちゃいけない。あくまでこれは思い出なんだ。思い出は思い出。
もう、取り戻せない。
泣いたってしょうがない。心配させ、カトレアさんに負担をかけるつもりか、孫悟飯!?
「まぁ、こんなとこですね」
堪えきった。
だが、やはり表情は隠しきれなかった。
「……ほんとにそれだけ?」
「え?」
怪訝な表情で、カトレアさんが言った。
鳶色に光る瞳がオレの姿を映すほど、じっと見つめてくる。
「え、ええ。ええ! 言ったでしょう。オレはそのときの戦いで、腕を失くしたんですから……」
慌ててうそを言った。
しかし、うまいこと口が回らない。
カトレアさんは更に首をかしげた。
「そう……なのかしら? わたしはまだ、ゴハンは言ってないことが、まだ大事なことを隠してあるように思えるんだけど、違う?」
首を傾げながらの一言。反射的にドキッ!と心臓がはねた。
す……鋭い。この人ほんとに鋭い。
「い、いやだなーカトレアさん。疑うなんて……」
「……そう」
言葉では詮索を諦めていたが、オレの顔を深く覗く純粋無垢な目が、まだ怪訝そうに光を放ち、揺れ動いていた。
「それより、カトレアさんはオレの話を信じるんですか? こんな見ず知らずの男の、ばかげた話を」
「あら? うそだったのかしら」
「い、いや……うそじゃないですけど」
カトレアさんは髪を掻き揚げると、温和な笑みを浮かべた。
「あなたの話はうそじゃないと思う。それに……ロマンチックじゃない」
カトレアさんはそう言って、部屋の中にある一番大きな窓まで歩み寄った。
ほこり一つない綺麗なガラス窓を感慨深く撫で、そこから差し込む円形に切り取られた夜空を見上げる。
なにも語らない華奢な背中が、なぜかとっても寂しそうだった。
「いままで、考えたこともなかったわ。この空に浮かぶあの星たちにも、
わたし達と同じようにいろんな人が生を営んでいるかもしれないなんて……」
人差し指で窓をなぞり、空に今なお輝く星々にすっと手を伸ばす。
彼女はまるで、星をその手に掴むように、そっとやさしく拳を握った。
「ここから見れば、この小さな手にすっぽり収まりそうな大きさなのに……届かない。
決して届かない……。ううん、きっとわたしが生きているうちには」
「…………」
気圧された訳でもないのに、黙ってしまった。黙って見守るしか出来なかった。
カトレアさんはそれほどに儚かった。その一瞬、どうしようもなく綺麗だった。
理由なんてわかるわけない、だけどわかることが一つある。
掠れて消えてしまいそうになるその存在は――一緒にしてしまうのもどうかと思うけど――ナメック星で出会った、
あの最長老さんの醸し出していた“それ”と、そっくりだということだ。
――――悟っているのか、この年で?
見たとこ、カトレアさんの年はオレとそう違いない。
いや、見た目だけの判断ならオレよりもう少し年下かもしれない。
だけど、纏っている雰囲気は限りなく最長老さんやピッコロさんなどに近い。
どこか超然として、己の運命でさえ無駄に抗うことなくだた受け入れてしまう。
そんな達観した精神を、彼女はこの年で開眼させているというのか?
ふと身の回りに目をやる。
広い部屋。種類わけにされた大量の植物。高そうな家具や飾りなどが、邪魔にならないようキチンと整理されている。
寝静まった動物たちはあたりに転がり、夜行性の動物は外に出てここにはいない。
豪華だ。昔のカプセルコーポレーションの一室のような、豪華な部屋だ。
彼女はきっと、物語のお姫様みたいに裕福な暮らしをしているのだろう。
まて、だったら余計に変じゃないか。
なぜそんな人が、ドラゴンボールをも作り出した人や、生まれたときから復讐を運命付けられた人たちと並ぶほどの毅然とした精神力と、自分自身さえも第三者として見れてしまう達観した感性を持っているんだ?
彼女にも……なにかあるのか?
そういえば、初めて目にしたとき感じたあの不安定な気。
いまでこそ安定しているが、あの気の乱れは体が興奮しているとか、そういうもんじゃなかった。
もっとこう、身体の軸の部分から歪んでいるような……
「ねぇ、ゴハン」
突然呼びかけられて、はっと我に返った。
反射的に顔を上げた瞬間、顔から数センチほどのすぐ近くに、彼女の顔があった。
「うわっ! わわ……びっくりした。な、なんですかいきなり?」
「わ、ごめんなさい。そんなに驚くとおもわなくって」
「くすくす笑いながら言われても楽しんでるようにしか見えません。……で、何の用でしょうか」
カトレアさんは後ろ――窓の外――を見た。
「ゴハンは、空を飛べるのよね?」
「ええ」
「自由自在に?」
「……ええ」
「ひと一人担いでも?」
「まぁ、じゅうぶんに」
言い終わるなり、カトレアさんはぱぁっと花のような笑顔を咲かせた。
それにしても笑顔のバリエーションが多い人だなぁ。
「ゴハン。わたしのお願いを聞いてくれる?」
「……できることなら」
カトレアさんはゆっくりとオレの首に手を回した。首の裏でぐっと手が結ばれるのが感じとれると、次に横向きにした体をオレの体に寄りかからせた。
彼女の頭があごのすぐ下に来る。桃色がかったブロンドの髪からいい香りがした。
「これで、よしっ!」
「なっ……か、か、か、カトレアさんっ!?」
なにが「よしっ!」なんですか!? ちゃんとした説明をしてください。
抱きつかれる形になってカチカチになったオレに、カトレアさんは意地悪そうに言った。
「ふふ、ちょっとごめんなさい。
お願いって言うのはね、わたしを担いだまま、ずぅっと高い空まで飛んでいってほしいの」
「え、いやっ! でも、オレは片手だしバランスが……」
「まあ。ということは、飛んでくれるのはいいのね」
体のすぐそばでカトレアさんがバタバタ体を動かす。
興奮しているのか、声が一番と大きくなった。
「ですからオレはあなたを支え……」
「だいじょうぶ。そのためにこうしてるの」
ぐっと首に巻かれた手が存在意義を見せつける。
でもすみません……そのためにいちいち体をぐいぐい押し付けないでください。
■
「わあっ、見てゴハン。お城があんなにちいさいわ」
はるか下方にずんと構えるお城(カトレアさんの家)を指差し、オレの腕の上でカトレアさんは子供のようにはしゃいでいた。
カトレアさんは首に回していた両手を離している。危うくバランスを崩して落とすわけにもいかないので、腰にまわした右手には、ばれないように力を込めた。
飛んでみてわかったが、カトレアさんはやっぱりどこか裕福な家庭の人だった。
なんせ今両目で見える森のようなものから村のようなもの、この光景全部が自分の家の土地であるという。カプセルコーポレーションもびっくりのとんでもない
広さだし、挙句自分たちが飛び出したところは、絵本の中でしか見たことないようなものすごい大きさと威厳を構えたお城だったのだ。
そう、お城。
カトレアさんはお姫様“みたい”ではなく、まさにお姫様だったわけだ。
そして夜空には、ここがオレのいた世界と違う世界だということに確信を持たせたものがあった。
――――月が、二つあった。
夜の闇を照らす、夜の太陽。
まん丸としていて、大きく、幻想的な輝きを放ち続ける満月。
あろうことかそれが二つ、隣り合っていた。
#navi(消えそうな命、二つ)
#navi(消えそうな命、二つ)
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小さな頃から、オレは色んなものを見てきたと思っている。
生まれて初めの三年は、何気ない山奥で普通に育てられた。
父さんと母さんに囲まれて。母さんは勉強しろと強く言っていたが、厳しい口調の裏には、ちゃんとオレの事を心配してくれている気持ちが篭っていた。
父さんはそんな母さんにしぶしぶ従いながらも、よくこっそりと武術を教えてくれようとした。……もちろん後で見つかって、いっつも母さんに怒られてたけど。
そして、その後から、オレの人生は父さんの息子であるということと、サイヤ人の血を継いでいるということの織り成す運命に、容赦なく投げ込まれてしまう。
今思えば、それはなるべくしてなった事なのだ。と納得できる。
止まってしまうと潰されそうになることがあった、だからオレはガムシャラに走った。
そして、夢中で駆け抜けていくうちにふと、目線の高くなった自分に気づいた。
成長期はいつの間に来て、いつ過ぎたのか疑問に思う。考える暇さえなかったから。
クリリンさんより背が高くなったのは、いつ頃だったか?
今更になってふと考えた。しかし、答えは見つかることはない。
その時には確認できなかった。クリリンさんはもう、いなかったから。
幼いオレの目に映るのは、廃墟と化した町並み。瓦礫に横たわる皆の抜け殻。
冷静な目を周りに向けれるようになったとき、
オレは既に、一人だった。
思い出話というものは、えてして照れくさいものがある。
カトレアさんに語る話の折々に、オレは昔を思い出した。
目をつぶる必要もない。瞼の裏になんか浮かばない。
考えるだけでオレは昔のオレとなり、ピッコロさんの隣に、クリリンさんの隣に、ブルマさんの隣に、母さんの隣に、父さんの隣にちゃんと存在しているのだ。
何もかもが懐かしい思い出、全ては過ぎ去った時間だった。
「それで、オレはべジータさんとナッパって言う人たちと戦ったんだ。
あ、何でべジータさんだけ“さん”なのかって言うと、この人は後で……」
蛇口を捻ったときの水道のように、次から次に言葉が浮かんで気づけば口からとび出していた。
言葉にしたらほんの数秒で終わってしまうはずなのに、錯覚なのか何なのか、なんだか話している内は長い時間を過ごしている気になってしまう。
それはまるで、鮮明な過去をさかのぼる一種の時間旅行そのものだった。
至福の時間だった。同時に、苦痛でもあった。
「でもナメック星にはフリーザって言う、物凄く強いやつがいたんだ。当時の宇宙最強の存在。誰もが絶望を覚えた。もうだめだ……って」
目尻がじわっと熱くなって、湿った。
あと少しで零れそうになるところを、意識を集中させて堪える。
そうやすやすと流すわけにはいかない。この涙は、今はいらない。
「そいつは地球までやってきたんだけど、また父さんが来てくれた。そしてあっという間に、何倍も強くなったはずのフリーザを倒してくれた」
気づかれないように、唇の端を噛み締めた。
声が震えそうになっている己を、強く叱責する。
悟られちゃいけない。あくまでこれは思い出なんだ。思い出は思い出。
もう、取り戻せない。
泣いたってしょうがない。心配させ、カトレアさんに負担をかけるつもりか、孫悟飯!?
「まぁ、こんなとこですね」
堪えきった。
だが、やはり表情は隠しきれなかった。
「……ほんとにそれだけ?」
「え?」
怪訝な表情で、カトレアさんが言った。
鳶色に光る瞳がオレの姿を映すほど、じっと見つめてくる。
「え、ええ。ええ! 言ったでしょう。オレはそのときの戦いで、腕を失くしたんですから……」
慌ててうそを言った。
しかし、うまいこと口が回らない。
カトレアさんは更に首をかしげた。
「そう……なのかしら? わたしはまだ、ゴハンは言ってないことが、まだ大事なことを隠してあるように思えるんだけど、違う?」
首を傾げながらの一言。反射的にドキッ! と心臓がはねた。
す……鋭い。この人ほんとに鋭い。
「い、いやだなーカトレアさん。疑うなんて……」
「……そう」
言葉では詮索を諦めていたが、オレの顔を深く覗く純粋無垢な目が、まだ怪訝そうに光を放ち、揺れ動いていた。
「それより、カトレアさんはオレの話を信じるんですか? こんな見ず知らずの男の、ばかげた話を」
「あら? うそだったのかしら」
「い、いや……うそじゃないですけど」
カトレアさんは髪を掻き揚げると、温和な笑みを浮かべた。
「あなたの話はうそじゃないと思う。それに……ロマンチックじゃない」
カトレアさんはそう言って、部屋の中にある一番大きな窓まで歩み寄った。
ほこり一つない綺麗なガラス窓を感慨深く撫で、そこから差し込む円形に切り取られた夜空を見上げる。
なにも語らない華奢な背中が、なぜかとっても寂しそうだった。
「いままで、考えたこともなかったわ。この空に浮かぶあの星たちにも、わたし達と同じようにいろんな人が生を営んでいるかもしれないなんて……」
人差し指で窓をなぞり、空に今なお輝く星々にすっと手を伸ばす。
彼女はまるで、星をその手に掴むように、そっとやさしく拳を握った。
「ここから見れば、この小さな手にすっぽり収まりそうな大きさなのに……届かない。決して届かない……。ううん、きっとわたしが生きているうちには」
「…………」
気圧された訳でもないのに、黙ってしまった。黙って見守るしか出来なかった。
カトレアさんはそれほどに儚かった。その一瞬、どうしようもなく綺麗だった。
理由なんてわかるわけない、だけどわかることが一つある。
掠れて消えてしまいそうになるその存在は――一緒にしてしまうのもどうかと思うけど――ナメック星で出会った、
あの最長老さんの醸し出していた“それ”と、そっくりだということだ。
――――悟っているのか、この年で?
見たとこ、カトレアさんの年はオレとそう違いない。
いや、見た目だけの判断ならオレよりもう少し年下かもしれない。
だけど、纏っている雰囲気は限りなく最長老さんやピッコロさんなどに近い。
どこか超然として、己の運命でさえ無駄に抗うことなくだた受け入れてしまう。
そんな達観した精神を、彼女はこの年で開眼させているというのか?
ふと身の回りに目をやる。
広い部屋。種類わけにされた大量の植物。高そうな家具や飾りなどが、邪魔にならないようキチンと整理されている。
寝静まった動物たちはあたりに転がり、夜行性の動物は外に出てここにはいない。
豪華だ。昔のカプセルコーポレーションの一室のような、豪華な部屋だ。
彼女はきっと、物語のお姫様みたいに裕福な暮らしをしているのだろう。
まて、だったら余計に変じゃないか。
なぜそんな人が、ドラゴンボールをも作り出した人や、生まれたときから復讐を運命付けられた人たちと並ぶほどの毅然とした精神力と、自分自身さえも第三者として見れてしまう達観した感性を持っているんだ?
彼女にも……なにかあるのか?
そういえば、初めて目にしたとき感じたあの不安定な気。
いまでこそ安定しているが、あの気の乱れは体が興奮しているとか、そういうもんじゃなかった。
もっとこう、身体の軸の部分から歪んでいるような……
「ねぇ、ゴハン」
突然呼びかけられて、はっと我に返った。
反射的に顔を上げた瞬間、顔から数センチほどのすぐ近くに、彼女の顔があった。
「うわっ! わわ……びっくりした。な、なんですかいきなり?」
「わ、ごめんなさい。そんなに驚くとおもわなくって」
「くすくす笑いながら言われても楽しんでるようにしか見えません。……で、何の用でしょうか」
カトレアさんは後ろ――窓の外――を見た。
「ゴハンは、空を飛べるのよね?」
「ええ」
「自由自在に?」
「……ええ」
「ひと一人担いでも?」
「まぁ、じゅうぶんに」
言い終わるなり、カトレアさんはぱぁっと花のような笑顔を咲かせた。
それにしても笑顔のバリエーションが多い人だなぁ。
「ゴハン。わたしのお願いを聞いてくれる?」
「……できることなら」
カトレアさんはゆっくりとオレの首に手を回した。首の裏でぐっと手が結ばれるのが感じとれると、次に横向きにした体をオレの体に寄りかからせた。
彼女の頭があごのすぐ下に来る。桃色がかったブロンドの髪からいい香りがした。
「これで、よしっ!」
「なっ……か、か、か、カトレアさんっ!?」
なにが「よしっ!」なんですか!? ちゃんとした説明をしてください。
抱きつかれる形になってカチカチになったオレに、カトレアさんは意地悪そうに言った。
「ふふ、ちょっとごめんなさい。お願いって言うのはね、わたしを担いだまま、ずぅっと高い空まで飛んでいってほしいの」
「え、いやっ! でも、オレは片手だしバランスが……」
「まあ。ということは、飛んでくれるのはいいのね」
体のすぐそばでカトレアさんがバタバタ体を動かす。
興奮しているのか、声が一番と大きくなった。
「ですからオレはあなたを支え……」
「だいじょうぶ。そのためにこうしてるの」
ぐっと首に巻かれた手が存在意義を見せつける。
でもすみません……そのためにいちいち体をぐいぐい押し付けないでください。
■
「わあっ、見てゴハン。お城があんなにちいさいわ」
はるか下方にずんと構えるお城(カトレアさんの家)を指差し、オレの腕の上でカトレアさんは子供のようにはしゃいでいた。
カトレアさんは首に回していた両手を離している。危うくバランスを崩して落とすわけにもいかないので、腰にまわした右手には、ばれないように力を込めた。
飛んでみてわかったが、カトレアさんはやっぱりどこか裕福な家庭の人だった。
なんせ今両目で見える森のようなものから村のようなもの、この光景全部が自分の家の土地であるという。
カプセルコーポレーションもびっくりのとんでもない広さだし、挙句自分たちが飛び出したところは、絵本の中でしか見たことないようなものすごい大きさと威厳を構えたお城だったのだ。
そう、お城。
カトレアさんはお姫様“みたい”ではなく、まさにお姫様だったわけだ。
そして夜空には、ここがオレのいた世界と違う世界だということに確信を持たせたものがあった。
――――月が、二つあった。
夜の闇を照らす、夜の太陽。
まん丸としていて、大きく、幻想的な輝きを放ち続ける満月。
あろうことかそれが二つ、隣り合っていた。
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