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「ゼロの夢幻竜-31」(2009/02/12 (木) 22:10:21) の最新版変更点
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#navi(ゼロの夢幻竜)
貴族派のホーキンス将軍は、総攻撃という事態に対してこの上ないほど悠然とした態度で向かっていた。
昨夜の演説で、敵はどれ程の覚悟を持って挑んでくるか分からないので、気など抜かぬようにと言いはしたが、現状を見つめているとそう思っていては部下達から気が入りすぎているのでは?と、つっこまれるかもしれないからだ。
第一、戦力としての差があまりにも歴然としているのだからしょうがない。
何千という魔法戦士だけではなく、何百という銃士隊、幻獣、亜人、そして幾つもの巨砲を搭載した艦隊まで使っているこちらに対し、王党派にはただ魔法兵士が300人程度いるだけである。
しかも、如何に一流の戦闘を積んだトライアングル、スクウェアクラスのメイジであろうとも、たった一人なら同程度か一クラス下のメイジが何十人、何百人と束になれば太刀打ち出来るものではない。
ドット、ラインメイジ200~500対スクウェアメイジ1でははっきり言って勝負にならないだろう。
質はモノを言わせる時もあるが、数がどうしてもそれを勝る時もあるというものだ。
次に敵はひたすら篭城形式の戦闘をしている事もあった。
ニューカッスル城は堅牢な事で知られていたが、逆に言うなら、それが破壊されてしまえば後は一気に切り崩すだけである。
攻める方向が一方向しかないのは如何ともし難い事ではあったが、それを考慮したとしても得る見返りは非常に大きいものだ。
そもそもホーキンスは、ニューカッスルをあまり壊す事無く戦闘を終わらせたかった。
堅牢と噂されているのであればそれを有用に使わない手は無いし、新政府の象徴として使える建物も今のところはあれぐらいしかない。
遥か前方では砲撃による煙や炎が見え隠れしていたが、どうやらそこまで大きいものではない。
破壊された区域が少なければ急いで修理させても悪くはないだろう。
尤も、あの自分の体面ばかり気にする総司令官殿が、それを簡単に許してくれるかどうかは分からないが。
まあ、勝敗は早くて半時間、遅くとも一時間と経たない内に決するだろう。
ホーキンスはそう予測を立てていた。
そんな時、前線付近で待機をしていた伝令兵が彼の元に向かってきた。
表情を察するに、何かこちらにとって不都合な事でも起こったかのようだった。
「何が起きた?手短に話してくれ。」
手短に話してくれとは言ったものの、別にそこまで急ぐような事は何も控えてはいないし、特段忙しいわけでもない。
ただ、将軍としてこのような状況で手持ち無沙汰だと思われるのもなんなので、一応言ってみただけだった。
伝令兵はそんな彼の思いなど露知らず、かしこまった調子で前線からあった報告を告げていく。
「はっ。最前線からの報告によると、先刻ニューカッスル城の城門手前に竜が一頭現れたとの事です。」
竜が一頭。その言葉を聞いてホーキンスは危うく脱力しかけた。
それが風竜か火竜かどちらであったとしてもこちらにとって不都合な事でなければ、ましてや驚く事でもない。
王党派の連中が秘蔵の一匹として飼い馴らしていたという事も十分に考えられるからだ。
加えて、そんな竜が一頭出てきたところで、この戦局が大きく傾く事など考えられるわけが無い。
「竜一頭出てきた程度で何を慌てる必要がある。王党派の連中が我々に対して向けているせめてもの虚勢だろう。捨て置け。」
「それが……唯の竜ではないとの事です。」
唯の竜ではないと聞いてホーキンスの体は一瞬だけ固まる。
「唯の竜ではないとはどういう事か……出来るだけで良い。その時の状況と特徴を克明に教えてくれ。」
「はっ。大体の城壁が破壊されたので、最前線にて構えている兵士が城内への総突撃を検討しておりました時にその竜が現れました。大きさは1メイルから2メイルの間。
体色は赤と白が主になっており、空中に浮遊していたそうです。」
「それは風竜か?それとも火竜か?」
「いえ、それが……対面した小隊長の一人が、近くにいたその方に詳しい者に訊ねたのですが、その竜はどんな風竜や火竜とも似ても似つかないとの事です。」
はてな?とホーキンスは首を傾げた。
通常戦闘に用いられる竜というのは、風竜か火竜が主流である。
それでないというのは一体どういう事だろうか?
「似ても似つかない?では何かね?その竜は死滅したという伝説の古代竜、韻竜であるとそう言いたいのかね?」
「恐らくは……」
ホーキンスは、そんな馬鹿なと思いつつも、ひょっとするとという感情も織り交ぜつつ話を聞いた。
もし齎された話が真実だとするならば多少は気を引き締めなければならない。
知能が高い韻竜は人語を解すだけでも驚きに値するが、一番厄介な事は今ではエルフぐらいしか使わないとされる先住魔法も操るとする事だ。
先住魔法の恐ろしさをホーキンスは身に染みて知っているので、敵に回せばどれ程の脅威になるか軽く頭で勘定をしてみる。
苦戦する事は間違い無い。
人的、物的被害に関しても当初の予想より大きくずれる事になる。悪くすれば桁が一つ増える事になるだろう。
しかし今一つ解せない事がある。大きさが1メイルか2メイルそこそこしかないという事だ。
ホーキンスはそれ程竜の生態等に詳しいわけではないが、経験によれば、どんなに小柄な幼生の竜でもその倍以上はあるものだ。発育不良なのだろうか?
ともあれ、予断を許さない状況となったのは確かである。
そう思ったホーキンスが、軍全体に対して進撃の一時中断を通達しようとしたその時だった。
突然、前方で強烈な爆発が起きた。
巻き上がる土煙と水蒸気に多くの銃士や騎士達が、後方に向かって吹き飛ばされる。
判断を出すのが遅れた……!
その一瞬はホーキンスがこの日で一番悔しい思いをした一瞬となった。
神様、あとほんの少しでいいです。勇気を下さい。
城門の前に出てややあった後に、特大級のミストボールを銃士隊に向かって幾つも放ったラティアスはそう願わずにいられなかった。
確実に勝てる戦いではないだけに、襲ってくる恐怖の量は半端ではないからだ。
統制を失った銃士隊は少しの間混乱していたが、直ぐに態勢を建て直してラティアスを狙撃しようと何発も撃ち込む。
しかし高速で高空を飛び回る小柄なラティアスは、しとめる、しとめない以前に視認する事が異常なまでに難しいものであった。
相手を撹乱させながら、ラティアスは次の作戦を考える。
対象がばらけてしまって集中的に狙う事が出来ないなら、上手く誘導して一箇所に集めてやれば良い。
円を描くようにして範囲を拡げていけば、他の兵士達も巻き添えにする事が出来るだろう。
考え新たに、ラティアスは後方に控えている騎兵隊を巻き込みながら、ミストボールで銃士隊を駆逐していく。
だが、上手く注意を配りながら絶えず動き回っていなければ直ぐに、更にその後方にいるメイジの騎士達が繰り出す氷の槍や風の刃、そして炎の球が自分を襲ってくる。
必死になってかわす事に専念していると、今度は攻撃の方が疎かになり、敵の進攻を許してしまう事になる。
またミストボールが如何に攻撃用の技であっても、所詮は強烈な風による攻撃だ。
相当当たり所が悪くなければ、相手は直ぐに戦線復帰してしまうだろう。
炎系の技のように、確実に相手の息の根を止めさせるというわけではないのだ。
それが分かっているだけに、ラティアス自身はフーケ討伐の時に出したサイコキネシスを出したいと思っていた。
しかしあの時は懐に『こころのしずく』があった。
あれの力に関する助けがあって初めて打ち出せたものなのか、つまり今は出せるかどうか不安定なものなのか。今では分からない。
技その物に関してよく考えてみても、撃てば間違い無く敵に大損害を起こすのは目に見えていた。
だが、一発放てばあっという間に飛べなくなるほどの精神力切れを起こすのもまた事実だった。
となると、今のところは地道に攻めていくしか他あるまい。
すると、同士討ちを避けるためか発砲と弓の発射が次第に止んでいった。
これを好機と見たラティアスは、敵の動きを更に混乱させるべく陣の奥へと突っ込んでいく。
しかし、貴族派の動きは一種の陽動も兼ねていた。
陣の最深部で待機していたマンティコアなどを筆頭とする幻獣部隊が、ラティアスを墜とさんと急に戦闘を仕掛けてきたからである。
人間を相手にしている時は大きさの事もあってまだましとも言えたが、自分より遥かに大柄な生き物を相手にするのは流石に震えを覚えるものがあった。
いや、実際ラティアスが元いた世界で人間がやっていた携帯獣同士の戦いなら、自分より大柄な相手との戦いはありはしたが問題は別の所に存在する。
それは数だ。かなりいるので、一騎ごとにいちいちミストボールを放っていては直ぐに力が尽きてしまうだろう。
そこでラティアスは自身の姿をさっと消して、ある一頭の竜まで近付いた。
目の前で突然消えたラティアスに竜、騎士共々驚いているようだ。
だが、竜の方は鼻が利くそうなのでラティアスの居場所を探ろうと、周囲に対してかなり警戒をしている。
どうか気付かれませんように……と、気配を殺したラティアスは祈った。
その竜の向こう側にはもう一騎の竜騎兵がいる。
やはりラティアスを探そうと、鼻を動かしながら首を彼方此方に動かしていた。
そして、二頭の竜と自分が一直線上に並んだその時、ラティアスは前方の竜に向かって力の限りに体当たりをした。
体当たりされた竜は姿勢を整える間も無く、慣性のまま奥にいた竜に思い切り衝突する。
衝突された奥の竜は、集中していたのを乱されたのがよほど腹に来たのか、騎士の制止も聞かずに怒りに任せて暴れだし、乗っている騎士を振り落とさんばかりの勢いでぶつかってきた竜に、攻撃をかけた。
次にラティアスは、同じようにして別の竜にも攻撃をかける。
ラティアスが考え付いた作戦は、竜という人にあまり懐かない動物の特性を利用した同士討ちだった。
混乱が始まってからは狙いをつけるのがなかなか難しくなっていったが、一旦火がついたそれは治まる気配を見せる事が無かった。
後はその混乱にちょいちょいと足し火をしていけばいいのである。
冷静に対処している幻獣も少なからずおり、彼等は気にする事も無い様子だったが、血の気の多いものは騎士を振り払いそうになってでも相手に攻撃をしかけていた。
その様子を見ながらラティアスが高度を下げていたその時だった。
地上部隊の進攻の遅さに業を煮やした艦隊が、ニューカッスル城に向けて再度大々的な集中砲撃を開始させたのだ。
ニューカッスルはそれを受け、無残な姿を外に晒していく。
その中には主人であるルイズ、そして国王ジェームズ1世がいるであろう謁見用ホールもあった。
風が吹きすさぶ中、ラティアスの心の中で何かが音をたてて切れる。
あそこには御主人様がいた。王様もいた。御主人様は私に、どんなに怪我をしてもいいから戻って来てと言った。
主人の命令には従うのが使い魔である。
この戦闘に介入したのは自身の自由意志だが、それに伴って課せられた事はきちんと全うしなければならない。
「なら……ボロボロになってでもこの軍を撤退させようじゃないの!!」
ラティアスは艦隊の方をキッと睨みつけ、再びミストボールを放とうとする。
しかし、それは放たれなかった。エネルギー切れである。
「やだっ?!もう出せないの?!!」
こうなると残された手段は一つしかない。
ラティアスは敵からの攻撃をかわしながら、精神を極限にまで集中させる。
前とは違い、頭の中に眠っている何かを揺り起こすような感覚だった。
それにしても力の引き出し方がなかなかはっきりと見えて来ない。
前回は『こころのしずく』があったから、綺麗に見えてきたというのなら分からないでもないが。
眼下では隊列を整えなおした騎兵隊と魔法戦士隊が、再び進攻を開始しようとしている。
そして……やっと力の引き出し方を思い出したラティアスは、迷う事無くそれを全開にする。
その瞬間、空気が一瞬にして歪み、空中を飛ぶ幻獣達は次々にコントロールを失っていく。
ラティアスを中心として吹き荒れる風に、前線の兵士達は何事かと一、二歩後ろに後ずさってしまう。
次いで爆発的な衝撃波が辺り一帯を襲った。
その勢いは前回フーケに対して炸裂させたものより弱冠規模が大きく、兵士も馬も亜人も皆、まるで風に吹かれた木の葉の如くその場から1~2メイルほど舞い上がり、やがて後方に向かって吹き飛ばされる。
舞い上がらないにしても、念動波を基にした衝撃波に対する反応は様々で、両耳を両手で押さえて絶叫している者もいれば、口元を押さえて必死に嘔吐するのを抑えている者もいる。
艦隊の最前列にいる戦艦に至っては、衝撃の大きさにただただ煽られるのみだ。
ゆっくりと、しかし確実に進路が変わり、それに伴ってバランスも崩していく。
フネの中でもマストや翼が波を受け流しきれずに途中から折れていくのはザラだ。中には船体が罅割れていく物もある。
やがてその内の一隻が航行を持続する事が出来なくなったのか、遂に地上に向かって落下し始めた。
落下地点にいる兵士達は蜘蛛の子を散らす様にあちこちに逃げる。
しかし、普通に空を順航するより速い速度で地面に衝突した戦艦は木っ端微塵に大破し、四散した破片は容赦無く逃げ遅れた兵士達を襲っていく。
魔法が使えるメイジはそれを払う事が出来るが、平民上がりの傭兵はそんな術等無く次々に破片に捕らわれていく。
メイジの兵士達はそんな混乱の中で呪文を完成させ、ラティアスに対しせめてもの一矢を、と攻撃する。
しかし、激しく渦巻く念動波はそれらを次々に打ち破っていく。
中にはスクウェアスペルクラスの物だろうか、念動波を打ち破ってラティアスの身を焦がし、切り裂いていく。
純粋に痛かった。血はあちこちから流れてくるし、体の一部は動かなくなっている。
下手をすれば骨の一本でももっていかれているかもしれない。
だが、それで集中力を切らしてしまっては技が続かなくなるし、飛ぶ事もかなわなくなる。
ラティアスは残っている体力の半分を攻撃力に変換し、尚も攻撃を続ける。
更に新たな一隻の戦艦が航行出来なくなったのか、失速しながら地面に近付いていく。
地上では、続け様に起こった混乱が軍の中程にまで波及したらしく、統制など細々とした所でしか取れていないといった状態だった。
と、地上部隊の一部が徐々に後方へ移動し始めだした。
艦隊も二隻も沈められたのでは堪ったものではないと思ったのか、ゆっくりと転進していく。
それは攻撃中止の合図でもあった。
ラティアスは感慨無量の気持ちで後方に退きだす。
「終わった……やった、やりましたよ、御主人様……」
戻った時の賞賛を心待ちにしつつ、ラティアスはふらふらと城のホールに戻っていった。
「攻撃中止……ですか?」
「そうだ。攻撃中止だ。一時撤退する。」
やや間の抜けた調子で自分に訊き返してきた副官に対し、ホーキンスはぴしゃりと言い放つ。
当然と言えば当然の判断だ。
何しろ例の竜は極めて短時間で自分の近くにいる兵士にまで動揺と混乱を齎したのだ。
これは唯単に誤算だとかで片付けられるほどの損害ではない。
また負傷者の数も見積もっていた数値の倍以上となった事だろう。
「損害を報告してくれんか?」
「はい。現在までに確認された数値によると死者106名、負傷者は706名との事です。」
何という事だとばかりにホーキンスは瞠目した。
見積もっていた数値以上ではないか。
しかも現段階での数ゆえに増加する事は容易に考えられる。
5万も存在する軍の人間全体からすれば、そこまで深刻に考える損害ではないのかもしれないが、今地面に墜落したものも含めれば、戦艦が二隻も沈められたのだ。
更に、体の彼方此方に傷を負いながら息も絶え絶えにやって来た前衛部隊の隊長が報告する。
「前衛部隊は完全に瓦解して機能しません。再編成するには少なく見積もっても5~6時間はかかるでしょう。」
だが、再編成がもし出来たとしても兵全体の士気が問題になってくる。
恐らく今日のような進撃速度は望めないだろう。
ホーキンスは苦い顔をしてその場にいた全員に告げる。
「例え再編成が短時間で可能であったとしても、進軍する時にはそれなりに猶予という物が必要になってくる。この分では少なく見積もってもあと2~3日は間を空けねばならんだろう。
それに……あの竜が一匹しかいないという保障はどこにも無いのだ。」
その言葉に全員が震え上がる。
前線を瓦解させ、戦艦を沈める事の出来るあの竜が何十頭とこちらに向かってきたら万に一つもこちらに勝ち目は無い。
「我々はあの竜に対して策を講じなければならない。加えて、あの竜が先住魔法を操るというのであれば、我々はエルフに立ち向かうのと同じ覚悟であの竜に立ち向かわなければならない。
……取り敢えず今日の残りは前衛の再編成に専念する。明日明後日は兵士達に休息を与えると共に、かの竜に対しての対抗策を講じる事とする。
再進撃は少なくともそれ以降になるが、各種準備を怠らない様に。」
「はっ!!」
ホーキンスの指示を聞いた指揮官達は、さっと敬礼して各々の持ち場へと戻っていった。
それから彼は馬の向きを反転させてその場から退こうとする。
その直前、彼は煙の棚引くニューカッスル城を見つめ直した。
完全に甘い判断と油断が今回の大敗北を招いたのは確かだ。
連中はそこを突き、更に秘蔵っ子を繰り出す事で自分達を一時的にせよ追い詰めた。
何とかしなければ……
彼は小さく心の中で呟き、指揮所となっていた丘の上を、スカボロー方面に向かって下って行った。
ラティアスが負傷して城門の辺りに辿り着いたという報せは、直ぐにルイズの耳に入った。
彼女は群がる全ての者達を押し退け圧し退け、ラティアスの元へと駆け寄る。
まだ息があることを確認した彼女は、直ぐ周りの者達にラティアスを救護室に運ぶよう命令した。
周りからは水メイジの数や水薬が足りなさそうだと言う声も囁かれ、ルイズにとってはやきもきするような時間が流れる。
暫くして命に別状は無いものの、戦闘の様に激しい動きは一両日中出来ないと言われた。
それを聞いた後でルイズはラティアスを治療担当の水メイジ達に任せ、兵達の詰め所にいたウェールズと共に彼の居室へと向かった。
その途中意外な事を聞かされる。
実はウェールズは部下数人と共にアルビオンに向かうフネを襲い、空賊の真似事をやろうとしていたというのだ。
敵の補給路を立つ事が戦術において一番重要な事だとは聞かされたが、もしもそれが実行されていたとしたら下手をすれば王子と行き違いになっていたかもしれない。
それに関しては先行するという形になったが、皆より一足早くアルビオンに来て正解だったとも言える。
少し経って天守の一角にある木で出来た質素な一部屋に二人は辿り着いた。
アルビオン王家の王子ウェールズの住まう一室はそこだった。
そこには椅子とテーブルとベッド、そして壁にはタペストリーが飾ってあるだけ。
大理石だとかそんな物が欠片としてないあまりの飾り気の無さに、ルイズは唖然としてしまったほどだ。
王子は部屋に入るなり机の引き出しを開け、中から豪華な箱を取り出す。
その箱が開くと、中から一通の手紙が出てきた。
かなり開かれたのと閉じられたのを繰り返したせいか、あちこちがボロボロになっている。
それでも王子は愛しそうにそれに口付け、内容を読んだ後に再びそれをしまった後ルイズに渡した。
「これが姫から頂いた手紙だ。確かに返却したぞ。」
「有り難う御座います。」
ルイズは深々とお辞儀をして手紙を受け取る。
その後ウェールズは窓際へ向かい、城の敷地に広がる激しい戦闘の跡に目をやりつつルイズ達に言った。
「明後日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号が出航する。君達は友人達と共にそれに乗ってトリステインに帰りなさい。」
トリステインに帰る?それは王党派の者達を全て見捨てろと言うものだ。
「殿下。王軍に勝ち目は無いのですか?」
「勝ち目は無いよ。敵は5万、こちらは300。万に一つの可能性もありはしない。……実は正直な事を言うと、先程君の使い魔の働きを見て一縷の望みを持ってしまった。
華麗に敵軍を翻弄するあの姿を見れば誰とてそう思うだろう。しかし、恥ずかしい事だ。こんな事を言っては君と君の使い魔に失礼だが、どうか機嫌を悪くしないでおくれ。
幾ら君の使い魔の竜が強くても、あの軍勢を完全に押し返し弱体化させる事が出来たとしても、完全に消し去らせる事など出来はしないだろう。
我々に出来るのは勇敢且つ誇りある死に方を連中に見せ付けることだけだ。」
「その中には……殿下が討ち死にされる様も含まれているのですか?」
「当然だ。私は先頭をきって死地に赴くつもりだよ。」
ウェールズの言い方は、まるで芝居の一場面をこなすかのような言い方だった。
飄々としていて緊張感も無い。
そんな調子で話を続けようとするウェールズに、ルイズは失礼を承知で頭を下げて言った。
「殿下。失礼をお許し下さい。畏れながら申し上げたい事が御座います。」
「なんなりと。」
「この任務を仰せつけられた時の姫殿下のご様子は尋常では御座いませんでした。更にあの箱の内蓋にあったのは姫殿下の御肖像ですよね?手紙に接吻した時などから見受けられるに……
もしやウェールズ皇太子殿下と姫殿下は……恋仲なのではないのでしょうか?」
すると王子は暫し考えるような仕草をした後、照れ笑いをして言った。
「君の言う通り、私とアンリエッタは昔恋仲だった。そしてこれはその彼女から来た恋文さ。この手紙の文面で彼女は始祖の名に於いて永久の愛を私に誓っている。
君も知っての通り始祖に誓う愛という物は婚姻の際の誓いでなければならない。もう一通の手紙にあったように、この手紙がゲルマニアの皇室に渡れば彼女は重婚の罪を犯したとして婚姻は破棄され同盟は成り立たなくなってしまう。
それだけならまだ良い。その事を理由にゲルマニアが貴族派の連中と結託してトリステインを攻める事も十分有り得る。ゲルマニアにとっては貴族派と目的は違えど、自分達の立場を愚弄されたも同じだからね。」
徐々に淡々とした調子になっていく口調には若干の憂いがあった。
そんなウェールズを見るに耐えられずルイズは叫んだ。
「殿下!亡命なさいませ!トリステインに亡命なさいませ!きっと姫殿下も快く受け入れるでしょう!今回受け取られた手紙の末尾にも亡命を勧められているのではないのでしょうか?!」
「いや、姫と私の名誉に誓って言うが、ただの一行もそんな事は綴られていない。私は王族だから嘘を吐かないよ。そもそも亡命など無理な相談だよ、ラ・ヴァリエール嬢。アンリエッタは王女だ。
貴族の中でも最高位の公人だ。個人的な感情で国家の大事を左右させる訳にはいかないからね。
私にしても、あの恥知らずな連中に背を向け、のうのうと生き延びる等今まで王家の為にと散っていった者達に申し訳が立たなくなる。」
ウェールズの意思は果てしなく硬い。
誰がどうこう言ったところでこの分では揺らぎそうもない。
ただ……亡命の箇所についてはルイズの言った事が当たっていたのか、少々苦しい表情を見せた。
が、それも直ぐに消え失せ、ウェールズの顔には微笑みが戻る。
「君は実に正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。だが、正直なだけでは大使は務まらないよ。尤も、滅するしか他無い国に隠し事等必要無いのだから、君は適任かもしれないな。
……さてそろそろ君の使い魔が目を覚ます頃じゃないかい?行って様子を見た方が良いのではないかな?」
「はい……」
ルイズはもう消え入るような声でしか返事が出来なかった。
そんな彼女の肩にウェールズはすっと手を置き、慰めるような声で言った。
「そんな沈んだ顔をしていては使い魔が悲しんでしまうよ。君の使い魔はよく戦ってくれた。私から、『貴殿はよくやった。後は我々に任せてくれ。』と、伝えてくれたまえ。」
相も変わらずウェールズはこれから死にに行く人間とは思えないほど爽やかな笑顔を見せている。
そんな彼を見つめ続けるのはルイズにとって痛々しい以外の何物でもなかった。
姫殿下の様子。そして先程のウェールズの様子。
深く愛し合っている二人が何故こんな形で引き裂かれなければならないのか。
ルイズは異様なまでに不快感を持った。
ラティアスはどことも知れぬ高い空を飛んでいた。
空を飛ぶ事は気持ち良い物だ。地上にある道のように決まった場所を通らなければならないという事が無いからだ。
背中に主人のルイズを乗せていないのが少々寂しい気もしたが。
そんな時、自分の後を追ってくる気配に気付いた。
気になって辺りを見回していると、三頭の同種族の者達が猛烈な速さで自分の横を通り過ぎた。
それから前方に出て来たその誰もが、皆一様に薄ら笑いを浮かべている。
ラティアスにしてみれば、意味も無く笑っている理由が分からない。
「誰?あなた達?どうして笑っているの?」
彼女のその問いに一番右にいるラティアスが答える。
「決まっているじゃない。あなた、飛ぶのが一番遅いからよ。同じ種族の私達と比べてね。」
それは召喚される前の個人的な記憶が一切無いラティアスにとって、かなりショックを受ける一言だった。
ルイズに使い魔として召喚されて以来、同種族の者達と会う事は無くなったので、自分の力が彼らと比べてどれ程の物か知る機会を失ったのだ。
周りが『速い、凄い』と言うのでそこまで自覚は無かったが、本当に自分はそれだけの力しか持っていないのか?
自問の答えが出る前に、最初のラティアスにつられる形で真ん中のラティアスも似たような声の調子で続ける。
「それにあなたは‘こころのしずくの守護者’として失格だったのよ。脆弱な力しか持たない癖に誰がそんなあなたを必要とするかしら?あなたのお兄さんは優秀だったけどね。」
こころのしずくの守護者として?いよいよ訳が分からなくなってきた。
複数あるとは言え、絶対数が少なく希少価値のあるこころのしずくを狙う者は少なくない。
もしどこか一箇所に集められ保管されているのだとしたら、管理する者がいなくてはならない。
その管理者こと守護者の候補に自分がいた事があった?かなり信じられない話だ。
それと前々から気になっていた事の一つ……自分には本当に兄という存在がいるのかどうかという謎がまた出て来た。
自分の兄はそんなに優秀だったのだろうか?
だがそれより何より……『脆弱な力』という部分が異常なまでにむかっ腹に来た。
そして最後に左にいるラティアスが、嘲笑するような感じで続けた。
「私達のコロニーに実力の無いあなたは要らないのよ。さっさと出て行きなさいよ!能無し!役立たず!穀潰し!」
ラティアスは心の中で必死に反論した。
違う。私は能無しでもなければ役立たずでもないし、ましてや穀潰しでもない。
今は仕えるべき主人を持ち、使い魔としての役割もきちんとこなしている。
それどころかそれ以上の事もやってのけたのだ。
誰にも非難される謂れは無い。
耐え切れなくなったラティアスは目の前の三頭に向かって滅茶苦茶に叫んだ。
「私は能無しじゃない!役立たずじゃない!穀潰しじゃない!私は使い魔!ルイズ様にお仕えする使い魔よ!!」
その時ラティアスは目を覚ました。
どうやら今まで自分は眠っていたらしく、先程の事は全て夢だったらしい。
翼を動かそうとしたり、首を擡げようとするとその部分に疼痛が走る。
飛んで動いたりするなど、普通に生活する分には問題は無さそうだが、激しく動く事は出来なさそうだ。
と、同時に彼女の側にいたルイズがひしと抱き付き、大泣きしながら絞り出すような声で言う。
「ラティアス!ラティアス……!!良かった、良かった!あなたがいなくなったら私、私……」
その先にはもう嗚咽しか続かない。
恐らく、彼女の後ろで控えている看護担当らしきメイジから、余程自分が危ない状態だとでも聞かされたのだろう。
始めに感じたのは、ああ、自分はまだ生きているんだという感情だった。
ふらふらとした飛び方で城の門まで辿り着いたのは覚えていたが、それ以降は記憶が判然としなかったからだ。
真上を見ると、雲一つ無い澄み切った青空が大きく広がっている。
だが周りをよく見ると、大広間の壁らしい物がぐるっと自分を取り囲んでいる。
そしてその内側には幾つかのベッドがあり、その上では怪我をした幾人かの兵士が横になっていた。
どうやら砲弾か何かで屋根が吹き飛んだ部屋に、即席で傷病兵治療用の部屋を作ったらしい。
そこまで考えてラティアスは一つ気になった事があった。
「御主人様。敵は……貴族派の兵隊はどうなりましたか?」
「それなら大丈夫。心配しないで。連中は一時撤退したわ。皆あなたがあんな攻撃を出すなんて考えてもいなかったんでしょうね。暫く攻撃はないと思う。それよりも今は傷を治す事に専念した方が良いわ。」
そう言ってルイズは、ずれた毛布をラティアスにかけなおす。
しかしラティアスの気持ちは少々複雑だった。
例え今相手の進攻を退ける事が出来たとしても、数日もすればまた再攻撃に転じてくるのは目に見えている。
加えて被害と言っても相手に降伏を迫れる位甚大なものではない。
まあ、それぐらいの被害を出したいと言うのなら自分と同種族の者達を、あと千頭くらい連れて来なくては話になりえないが。
それと……攻撃に関して手の内は殆ど見せてしまった。
風魔法を主に操るメイジを中心として、自分に対しての何らかの対策くらいは立ててくるだろう。
ならば、人間型になって剣を振るうのか?
……いや、迫り来る5万の兵を一人で止めるのなら、その手段を採る方がどうかしている。
幾ら自分に伝説の使い魔のルーンが刻まれているからって無茶もいい所だ。
そもそもデルフは今ワルド、そして学院からの生徒メンバーと共にこっちに向かっている途中だ。
また会ったら会ったで『相棒、どうして俺をおいてったんだよ、このやろぅ。』位は言いそうだが。
と、その時ラティアスはある事を思い出した。
自分達は貴族派の進攻を止め、降伏させにやって来たのではない。
「御主人様。手紙はどうなりましたか?ウェールズ様から返して頂くという手紙は?」
「それも大丈夫。少し前に手紙を受け取ったわ。けど……」
「けど?」
「それと一緒に聞いたんだけど、ウェールズ様は最初から戦いで死ぬつもりでいるみたい。」
「ええっ?!」
それからルイズは先程部屋で行なわれたウェールズとのやり取りをすっかりラティアスに話した。
それを聞いたラティアスは開いた口が塞がらなかった。
自分が必死になって敵の進軍を止めたのは一体何の為だったのだろうか……?
手紙の受け渡しをさせるという一面は確かにある。
しかし正直、内心それ以上の物があった。
それに、あの攻撃で相手側も多くの兵士が死んだだろう。
だが、反撃をしなければこちらが危なくなってしまう。人死が嫌なんて言っている場合でもない。
ラティアスは携帯獣だ。相手が同じ携帯獣にせよ、人間にせよ戦わなければいけない時がある。
その時は、最後にその場で立っているのは自分だという思いを胸に戦っている。
なのにこの戦、こちらの陣営のトップに程近い人間が最初から死ぬつもりなど……
では何で自分はこんな傷を負ってまで戦ったのだろうか……?
ラティアスの心に得体の知れない不快感が湧き上がってきた。
ルイズは小さく、しかし苦しそうな声で続ける。
「私、早くトリステインに帰りたい。この国嫌いよ。あの人達……ウェールズ様も……誰も彼も自分の事しか考えていないわ。どうして死を選ぶのよ。訳が分からないわ……自分勝手じゃない、そんなの。残された姫殿下がお可哀相だわ。
いいえ、姫殿下だけじゃない……もっと多くの人が‘残された人‘になるわ。それに……死ななきゃならない理由なんて今のこの国にはありはしないわ……」
ルイズの目から次第に涙が零れ出した。
ラティアスはそんな主人にどう接すれば良いか分からない。
この世界における王族だとか政治だとかそういった事は、ラティアスにとって正直まだよく分からない。
だが、このままではいけない事は分かっていた。
「御主人様。ちょっと耳を貸して下さい。」
ラティアスはルイズにそっと耳打ちをする。
その内容を聞いたルイズの目は驚きの為大きく見開かれた。
「そんな事出来るの?!」
「相手の総攻撃がワルドさん達の来る前に始まったらこの作戦は駄目になってしまいます。だから正直時間との勝負にもなりますけど……協力してもらえますか?!」
ルイズは少しの間ラティアスの考じた策について考えた。
この作戦なら貴族派に大打撃を与える事が出来るし、全員が無事にアルビオンを脱出する事が出来る。
それに……極力姫殿下を悲しませずに済む事が出来るかもしれない。例えその後歩む道が茨の道であろうとも……
答えを待つラティアスにルイズは力強く答えた。
「一か八かだけど……やってみる価値はあると思う。いいわ、協力する!」
その頃、アルビオンに向かうフネの上。
甲板を歩くワルドはこれまでに無く焦っていた。
予測という物は常に悪い方向に立てておく物だと、過去上官に言われた事があるが今回は正にその通りと言える。
偏在から入った報告……紅と白の色をした小柄な竜、即ちルイズの駆るラティアスは貴族派の兵士達を蹂躙し、一時撤退させるにまで至ったとの事。
確実に『予測通り』の方向に向かっている事から、どこかで軌道修正する必要がある。
ワルドにとって今回のアルビオン行きには3つの目的がある。
一つ目の目的に関しては、先行しているルイズが自分の代わりに果たしてくれるだろう。
二つ目の目的に関しては、多少強引な手を使ってでも実行しなければ、今後の局面を乗り切る為の駒は手に入らない。
そして、三つ目の目的に関しては二つ目の目的の御膳立てが成功し、尚且つそこから針の穴ほどの大きさの隙を掻い潜って行くしか他無い。
例え偏在を使ってルイズの側に接近したとしても、偏在だと見破られれば元も子もないし、第一彼女の仲間について訊かれた時に返答が苦しくなってしまう。
完全に詰み(チェック)がかかった状態だった。
そうなると自分が乗っているフネの速度が遅い事も苛々してくる。
近くにいた船員をとっ捕まえて彼は質問をしてみた。
「このフネはあとどれぐらいでアルビオンに到着する?」
「そうですね……明日の昼の内には着くと思いますが……」
明日の昼の内……それは吉なのかはたまた凶なのか。
アルビオンへ向かうフネはただ雲海の中を進むだけで答えをくれる事は無い。
はっきりとしない事ばかりだけにワルドの不快感は募る一方だった。
#navi(ゼロの夢幻竜)
#navi(ゼロの夢幻竜)
貴族派のホーキンス将軍は、総攻撃という事態に対してこの上ないほど悠然とした態度で向かっていた。
昨夜の演説で、敵はどれ程の覚悟を持って挑んでくるか分からないので、気など抜かぬようにと言いはしたが、現状を見つめているとそう思っていては部下達から気が入りすぎているのでは?と、つっこまれるかもしれないからだ。
第一、戦力としての差があまりにも歴然としているのだからしょうがない。
何千という魔法戦士だけではなく、何百という銃士隊、幻獣、亜人、そして幾つもの巨砲を搭載した艦隊まで使っているこちらに対し、王党派にはただ魔法兵士が300人程度いるだけである。
しかも、如何に一流の戦闘を積んだトライアングル、スクウェアクラスのメイジであろうとも、たった一人なら同程度か一クラス下のメイジが何十人、何百人と束になれば太刀打ち出来るものではない。
ドット、ラインメイジ200~500対スクウェアメイジ1でははっきり言って勝負にならないだろう。
質はモノを言わせる時もあるが、数がどうしてもそれを勝る時もあるというものだ。
次に敵はひたすら篭城形式の戦闘をしている事もあった。
ニューカッスル城は堅牢な事で知られていたが、逆に言うなら、それが破壊されてしまえば後は一気に切り崩すだけである。
攻める方向が一方向しかないのは如何ともし難い事ではあったが、それを考慮したとしても得る見返りは非常に大きいものだ。
そもそもホーキンスは、ニューカッスルをあまり壊す事無く戦闘を終わらせたかった。
堅牢と噂されているのであればそれを有用に使わない手は無いし、新政府の象徴として使える建物も今のところはあれぐらいしかない。
遥か前方では砲撃による煙や炎が見え隠れしていたが、どうやらそこまで大きいものではない。
破壊された区域が少なければ急いで修理させても悪くはないだろう。
尤も、あの自分の体面ばかり気にする総司令官殿が、それを簡単に許してくれるかどうかは分からないが。
まあ、勝敗は早くて半時間、遅くとも一時間と経たない内に決するだろう。
ホーキンスはそう予測を立てていた。
そんな時、前線付近で待機をしていた伝令兵が彼の元に向かってきた。
表情を察するに、何かこちらにとって不都合な事でも起こったかのようだった。
「何が起きた?手短に話してくれ。」
手短に話してくれとは言ったものの、別にそこまで急ぐような事は何も控えてはいないし、特段忙しいわけでもない。
ただ、将軍としてこのような状況で手持ち無沙汰だと思われるのもなんなので、一応言ってみただけだった。
伝令兵はそんな彼の思いなど露知らず、かしこまった調子で前線からあった報告を告げていく。
「はっ。最前線からの報告によると、先刻ニューカッスル城の城門手前に竜が一頭現れたとの事です。」
竜が一頭。その言葉を聞いてホーキンスは危うく脱力しかけた。
それが風竜か火竜かどちらであったとしてもこちらにとって不都合な事でなければ、ましてや驚く事でもない。
王党派の連中が秘蔵の一匹として飼い馴らしていたという事も十分に考えられるからだ。
加えて、そんな竜が一頭出てきたところで、この戦局が大きく傾く事など考えられるわけが無い。
「竜一頭出てきた程度で何を慌てる必要がある。王党派の連中が我々に対して向けているせめてもの虚勢だろう。捨て置け。」
「それが……唯の竜ではないとの事です。」
唯の竜ではないと聞いてホーキンスの体は一瞬だけ固まる。
「唯の竜ではないとはどういう事か……出来るだけで良い。その時の状況と特徴を克明に教えてくれ。」
「はっ。大体の城壁が破壊されたので、最前線にて構えている兵士が城内への総突撃を検討しておりました時にその竜が現れました。大きさは1メイルから2メイルの間。
体色は赤と白が主になっており、空中に浮遊していたそうです。」
「それは風竜か?それとも火竜か?」
「いえ、それが……対面した小隊長の一人が、近くにいたその方に詳しい者に訊ねたのですが、その竜はどんな風竜や火竜とも似ても似つかないとの事です。」
はてな?とホーキンスは首を傾げた。
通常戦闘に用いられる竜というのは、風竜か火竜が主流である。
それでないというのは一体どういう事だろうか?
「似ても似つかない?では何かね?その竜は死滅したという伝説の古代竜、韻竜であるとそう言いたいのかね?」
「恐らくは……」
ホーキンスは、そんな馬鹿なと思いつつも、ひょっとするとという感情も織り交ぜつつ話を聞いた。
もし齎された話が真実だとするならば多少は気を引き締めなければならない。
知能が高い韻竜は人語を解すだけでも驚きに値するが、一番厄介な事は今ではエルフぐらいしか使わないとされる先住魔法も操るとする事だ。
先住魔法の恐ろしさをホーキンスは身に染みて知っているので、敵に回せばどれ程の脅威になるか軽く頭で勘定をしてみる。
苦戦する事は間違い無い。
人的、物的被害に関しても当初の予想より大きくずれる事になる。悪くすれば桁が一つ増える事になるだろう。
しかし今一つ解せない事がある。大きさが1メイルか2メイルそこそこしかないという事だ。
ホーキンスはそれ程竜の生態等に詳しいわけではないが、経験によれば、どんなに小柄な幼生の竜でもその倍以上はあるものだ。発育不良なのだろうか?
ともあれ、予断を許さない状況となったのは確かである。
そう思ったホーキンスが、軍全体に対して進撃の一時中断を通達しようとしたその時だった。
突然、前方で強烈な爆発が起きた。
巻き上がる土煙と水蒸気に多くの銃士や騎士達が、後方に向かって吹き飛ばされる。
判断を出すのが遅れた……!
その一瞬はホーキンスがこの日で一番悔しい思いをした一瞬となった。
神様、あとほんの少しでいいです。勇気を下さい。
城門の前に出てややあった後に、特大級のミストボールを銃士隊に向かって幾つも放ったラティアスはそう願わずにいられなかった。
確実に勝てる戦いではないだけに、襲ってくる恐怖の量は半端ではないからだ。
統制を失った銃士隊は少しの間混乱していたが、直ぐに態勢を建て直してラティアスを狙撃しようと何発も撃ち込む。
しかし高速で高空を飛び回る小柄なラティアスは、しとめる、しとめない以前に視認する事が異常なまでに難しいものであった。
相手を撹乱させながら、ラティアスは次の作戦を考える。
対象がばらけてしまって集中的に狙う事が出来ないなら、上手く誘導して一箇所に集めてやれば良い。
円を描くようにして範囲を拡げていけば、他の兵士達も巻き添えにする事が出来るだろう。
考え新たに、ラティアスは後方に控えている騎兵隊を巻き込みながら、ミストボールで銃士隊を駆逐していく。
だが、上手く注意を配りながら絶えず動き回っていなければ直ぐに、更にその後方にいるメイジの騎士達が繰り出す氷の槍や風の刃、そして炎の球が自分を襲ってくる。
必死になってかわす事に専念していると、今度は攻撃の方が疎かになり、敵の進攻を許してしまう事になる。
またミストボールが如何に攻撃用の技であっても、所詮は強烈な風による攻撃だ。
相当当たり所が悪くなければ、相手は直ぐに戦線復帰してしまうだろう。
炎系の技のように、確実に相手の息の根を止めさせるというわけではないのだ。
それが分かっているだけに、ラティアス自身はフーケ討伐の時に出したサイコキネシスを出したいと思っていた。
しかしあの時は懐に『こころのしずく』があった。
あれの力に関する助けがあって初めて打ち出せたものなのか、つまり今は出せるかどうか不安定なものなのか。今では分からない。
技その物に関してよく考えてみても、撃てば間違い無く敵に大損害を起こすのは目に見えていた。
だが、一発放てばあっという間に飛べなくなるほどの精神力切れを起こすのもまた事実だった。
となると、今のところは地道に攻めていくしか他あるまい。
すると、同士討ちを避けるためか発砲と弓の発射が次第に止んでいった。
これを好機と見たラティアスは、敵の動きを更に混乱させるべく陣の奥へと突っ込んでいく。
しかし、貴族派の動きは一種の陽動も兼ねていた。
陣の最深部で待機していたマンティコアなどを筆頭とする幻獣部隊が、ラティアスを墜とさんと急に戦闘を仕掛けてきたからである。
人間を相手にしている時は大きさの事もあってまだましとも言えたが、自分より遥かに大柄な生き物を相手にするのは流石に震えを覚えるものがあった。
いや、実際ラティアスが元いた世界で人間がやっていた携帯獣同士の戦いなら、自分より大柄な相手との戦いはありはしたが問題は別の所に存在する。
それは数だ。かなりいるので、一騎ごとにいちいちミストボールを放っていては直ぐに力が尽きてしまうだろう。
そこでラティアスは自身の姿をさっと消して、ある一頭の竜まで近付いた。
目の前で突然消えたラティアスに竜、騎士共々驚いているようだ。
だが、竜の方は鼻が利くそうなのでラティアスの居場所を探ろうと、周囲に対してかなり警戒をしている。
どうか気付かれませんように……と、気配を殺したラティアスは祈った。
その竜の向こう側にはもう一騎の竜騎兵がいる。
やはりラティアスを探そうと、鼻を動かしながら首を彼方此方に動かしていた。
そして、二頭の竜と自分が一直線上に並んだその時、ラティアスは前方の竜に向かって力の限りに体当たりをした。
体当たりされた竜は姿勢を整える間も無く、慣性のまま奥にいた竜に思い切り衝突する。
衝突された奥の竜は、集中していたのを乱されたのがよほど腹に来たのか、騎士の制止も聞かずに怒りに任せて暴れだし、乗っている騎士を振り落とさんばかりの勢いでぶつかってきた竜に、攻撃をかけた。
次にラティアスは、同じようにして別の竜にも攻撃をかける。
ラティアスが考え付いた作戦は、竜という人にあまり懐かない動物の特性を利用した同士討ちだった。
混乱が始まってからは狙いをつけるのがなかなか難しくなっていったが、一旦火がついたそれは治まる気配を見せる事が無かった。
後はその混乱にちょいちょいと足し火をしていけばいいのである。
冷静に対処している幻獣も少なからずおり、彼等は気にする事も無い様子だったが、血の気の多いものは騎士を振り払いそうになってでも相手に攻撃をしかけていた。
その様子を見ながらラティアスが高度を下げていたその時だった。
地上部隊の進攻の遅さに業を煮やした艦隊が、ニューカッスル城に向けて再度大々的な集中砲撃を開始させたのだ。
ニューカッスルはそれを受け、無残な姿を外に晒していく。
その中には主人であるルイズ、そして国王ジェームズ1世がいるであろう謁見用ホールもあった。
風が吹きすさぶ中、ラティアスの心の中で何かが音をたてて切れる。
あそこには御主人様がいた。王様もいた。御主人様は私に、どんなに怪我をしてもいいから戻って来てと言った。
主人の命令には従うのが使い魔である。
この戦闘に介入したのは自身の自由意志だが、それに伴って課せられた事はきちんと全うしなければならない。
「なら……ボロボロになってでもこの軍を撤退させようじゃないの!!」
ラティアスは艦隊の方をキッと睨みつけ、再びミストボールを放とうとする。
しかし、それは放たれなかった。エネルギー切れである。
「やだっ?!もう出せないの?!!」
こうなると残された手段は一つしかない。
ラティアスは敵からの攻撃をかわしながら、精神を極限にまで集中させる。
前とは違い、頭の中に眠っている何かを揺り起こすような感覚だった。
それにしても力の引き出し方がなかなかはっきりと見えて来ない。
前回は『こころのしずく』があったから、綺麗に見えてきたというのなら分からないでもないが。
眼下では隊列を整えなおした騎兵隊と魔法戦士隊が、再び進攻を開始しようとしている。
そして……やっと力の引き出し方を思い出したラティアスは、迷う事無くそれを全開にする。
その瞬間、空気が一瞬にして歪み、空中を飛ぶ幻獣達は次々にコントロールを失っていく。
ラティアスを中心として吹き荒れる風に、前線の兵士達は何事かと一、二歩後ろに後ずさってしまう。
次いで爆発的な衝撃波が辺り一帯を襲った。
その勢いは前回フーケに対して炸裂させたものより弱冠規模が大きく、兵士も馬も亜人も皆、まるで風に吹かれた木の葉の如くその場から1~2メイルほど舞い上がり、やがて後方に向かって吹き飛ばされる。
舞い上がらないにしても、念動波を基にした衝撃波に対する反応は様々で、両耳を両手で押さえて絶叫している者もいれば、口元を押さえて必死に嘔吐するのを抑えている者もいる。
艦隊の最前列にいる戦艦に至っては、衝撃の大きさにただただ煽られるのみだ。
ゆっくりと、しかし確実に進路が変わり、それに伴ってバランスも崩していく。
フネの中でもマストや翼が波を受け流しきれずに途中から折れていくのはザラだ。中には船体が罅割れていく物もある。
やがてその内の一隻が航行を持続する事が出来なくなったのか、遂に地上に向かって落下し始めた。
落下地点にいる兵士達は蜘蛛の子を散らす様にあちこちに逃げる。
しかし、普通に空を順航するより速い速度で地面に衝突した戦艦は木っ端微塵に大破し、四散した破片は容赦無く逃げ遅れた兵士達を襲っていく。
魔法が使えるメイジはそれを払う事が出来るが、平民上がりの傭兵はそんな術等無く次々に破片に捕らわれていく。
メイジの兵士達はそんな混乱の中で呪文を完成させ、ラティアスに対しせめてもの一矢を、と攻撃する。
しかし、激しく渦巻く念動波はそれらを次々に打ち破っていく。
中にはスクウェアスペルクラスの物だろうか、念動波を打ち破ってラティアスの身を焦がし、切り裂いていく。
純粋に痛かった。血はあちこちから流れてくるし、体の一部は動かなくなっている。
下手をすれば骨の一本でももっていかれているかもしれない。
だが、それで集中力を切らしてしまっては技が続かなくなるし、飛ぶ事もかなわなくなる。
ラティアスは残っている体力の半分を攻撃力に変換し、尚も攻撃を続ける。
更に新たな一隻の戦艦が航行出来なくなったのか、失速しながら地面に近付いていく。
地上では、続け様に起こった混乱が軍の中程にまで波及したらしく、統制など細々とした所でしか取れていないといった状態だった。
と、地上部隊の一部が徐々に後方へ移動し始めだした。
艦隊も二隻も沈められたのでは堪ったものではないと思ったのか、ゆっくりと転進していく。
それは攻撃中止の合図でもあった。
ラティアスは感慨無量の気持ちで後方に退きだす。
「終わった……やった、やりましたよ、御主人様……」
戻った時の賞賛を心待ちにしつつ、ラティアスはふらふらと城のホールに戻っていった。
「攻撃中止……ですか?」
「そうだ。攻撃中止だ。一時撤退する。」
やや間の抜けた調子で自分に訊き返してきた副官に対し、ホーキンスはぴしゃりと言い放つ。
当然と言えば当然の判断だ。
何しろ例の竜は極めて短時間で自分の近くにいる兵士にまで動揺と混乱を齎したのだ。
これは唯単に誤算だとかで片付けられるほどの損害ではない。
また負傷者の数も見積もっていた数値の倍以上となった事だろう。
「損害を報告してくれんか?」
「はい。現在までに確認された数値によると死者106名、負傷者は706名との事です。」
何という事だとばかりにホーキンスは瞠目した。
見積もっていた数値以上ではないか。
しかも現段階での数ゆえに増加する事は容易に考えられる。
5万も存在する軍の人間全体からすれば、そこまで深刻に考える損害ではないのかもしれないが、今地面に墜落したものも含めれば、戦艦が二隻も沈められたのだ。
更に、体の彼方此方に傷を負いながら息も絶え絶えにやって来た前衛部隊の隊長が報告する。
「前衛部隊は完全に瓦解して機能しません。再編成するには少なく見積もっても5~6時間はかかるでしょう。」
だが、再編成がもし出来たとしても兵全体の士気が問題になってくる。
恐らく今日のような進撃速度は望めないだろう。
ホーキンスは苦い顔をしてその場にいた全員に告げる。
「例え再編成が短時間で可能であったとしても、進軍する時にはそれなりに猶予という物が必要になってくる。この分では少なく見積もってもあと2~3日は間を空けねばならんだろう。
それに……あの竜が一匹しかいないという保障はどこにも無いのだ。」
その言葉に全員が震え上がる。
前線を瓦解させ、戦艦を沈める事の出来るあの竜が何十頭とこちらに向かってきたら万に一つもこちらに勝ち目は無い。
「我々はあの竜に対して策を講じなければならない。加えて、あの竜が先住魔法を操るというのであれば、我々はエルフに立ち向かうのと同じ覚悟であの竜に立ち向かわなければならない。
……取り敢えず今日の残りは前衛の再編成に専念する。明日明後日は兵士達に休息を与えると共に、かの竜に対しての対抗策を講じる事とする。
再進撃は少なくともそれ以降になるが、各種準備を怠らない様に。」
「はっ!!」
ホーキンスの指示を聞いた指揮官達は、さっと敬礼して各々の持ち場へと戻っていった。
それから彼は馬の向きを反転させてその場から退こうとする。
その直前、彼は煙の棚引くニューカッスル城を見つめ直した。
完全に甘い判断と油断が今回の大敗北を招いたのは確かだ。
連中はそこを突き、更に秘蔵っ子を繰り出す事で自分達を一時的にせよ追い詰めた。
何とかしなければ……
彼は小さく心の中で呟き、指揮所となっていた丘の上を、スカボロー方面に向かって下って行った。
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