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「使い魔は漆黒の瞳-00」(2008/02/28 (木) 22:45:44) の最新版変更点
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序
吟遊詩人が爪弾いた最後の音が虚空に消えると、酒場に集った人々は忘れていた息をふぅと吐き出した。
まるで時さえもサーガに聞き惚れていたかのように、一斉に人々の喧騒が蘇る。
永い永い物語だった。有名な、人々が母親に昔語りで聞かされた物語だ。誰でも知る物語だ。
だが、この吟遊詩人の手にかかれば、まるで物語が目の前で繰り広げられたかのように人々は引きこまれた。
そは曰く、遥けき天空に浮かぶ城の由来たる、ある王子とその一行の物語。
そは曰く、無数の英雄が集いて闇へと立ち向かった、導かれし者達の英雄譚。
そは曰く、天空に浮かぶ二つ目の月をもたらした、王の中の王とその一族と仲間の叙事詩
天空の物語と呼ばれる一連のサーガ。
人々は流麗な調にのり語り歌われるそれらに心躍らせた。
そこは山村だった。
冬になれば村は雪に深く覆われ、外の世界とは隔絶される。
厳しい冬の寒さに耐えながら春を待ちわびる人々。その村に、ある旅人がやってきたのは一週間ほど前のことだ。
旅人は始め門戸の前で追い払われた。働き手に成れない者に、与える食事も暖をとる薪も無いと。
しかし、彼が吟遊詩人だと知れると、すぐさま招き入れられた。それほどまでに娯楽に乏しい村なのだ。
その後毎夜詩人は村で唯一の酒場で歌い続けた。
人々に大いなる喜びを与えながら。
そして今宵、詩人は一風変わった物語を一つ付け加えていた。
王の中の王、虜囚王、探求王、そして慈愛王の異名を持つ、山と森と湖の国グランバニア王の若き日の異聞録を。
一息つくように竪琴の弦を調節する吟遊詩人に、酒場に集った人々は再度その異聞録を求める。
山深いこの村の唯一の娯楽は、しばらく前に訪れたこの吟遊詩人の弾き語りのみ。
酒場の外の雪は今夜も吹雪いている。まだしばらくは外へ出られないだろう。
快く引き受けた詩人は、繊手を竪琴に伸ばした。
かくして再び物語は紡がれる。
自身も伝説と言うべき吟遊詩人、ホイミンの手によって。
レイ・ア・ノルド・ノルズム……北ノルズムの薔薇と多くの詩や物語、歌に讃えられし北大陸の中心、
ラインハットの都は例年に無く活気に満ち溢れていた。
迷路のように入り組んだ街路には、『ある日』までを数える旗印があちこちに立てられ、まるで市場で売られる品のように見える。
この10年にも亘り続いた荒廃の時代を終わらせた救国の英雄、王兄ヘンリー殿下の婚儀が目前に迫っているのだ。
街の人々は、ヘンリー殿下の婚礼がこの国の明るい未来を予感させるものとして歓迎した。
おかげで既に祭りでも始まっているかのような賑わいだ。
近年類を見ないほどの婚儀になるため、準備でさえも大規模な物になっている。
通り裏の職人街では、婚礼の記念品や祝いの品を作る為炉の火が絶えることなく燃え盛り、
針子達は祝いの晴れ着を大急ぎで仕立てている。
誰も彼もこの婚儀を祝福していた。
ヘンリー殿下のお相手は、白百合にも譬えられる修道女マリア。
古の愛の女神に仕える彼女は、国を荒らした偽太后を打ち倒す折、多大な助力を成したと噂されている。
清楚な物腰と敬虔な信仰心、そして分け隔てない慈愛。
彼女と接した人々から語られる人品はこの上も無く好ましいものだ。
誰もがこの婚儀を歓迎し、その当日を待ちわびていた。
だが、結婚の日取りが日一日近づくのを心苦しく思う一組の男女がいた。
誰あろう、王兄ヘンリー殿下とその婚約者マリアだった。
「まだあいつは見つからないのか?」
「は! 西の大陸の港町までは足取りが判明しているのですが、その先の足取りが掴めません。
一度南方へ足を運び、その後引き返した後に西へ旅立たれた事は判明しているのですが…」
王兄ヘンリーの執務室では、この数週間ほぼ変わらぬやり取りが続いていた。
それはある人物…ヘンリー殿下と共に偽太后を退治したある青年の行方に関わる物だ。
この十年来のヘンリー殿下の竹馬の友とされるその青年…リュカは、ある目的を持って旅を続けているという。
その足取りが途絶えて一月。
婚礼に彼を招こうとその後を辿ったラインハットの使者は、その使命が困難なものであると思い知っていた。
「そうか…その先の町に立ち寄った形跡は本当に無いんだな?」
「ポートセルミ西方のルラフェン、及び南方のサラボナにも調査の者を向かわせていますが、
今の所リュカ殿を発見したとの情報は得られていません。やはり人里離れ旅をされているか、もしくは…
その先を続けようとする部下を制すると、おどけた様にヘンリーは明るく笑う。
「あいつがそうそう魔物に不覚を取るはずも無い。なら、人目につかないようにしているって事だ。
まったくあいつはお人よしで苦労症だよ。なんて言ったか…?……そう、カボチだ。
変な田舎で妙な誤解を受けたからって、そんなに身を隠さなくてもいいと思うんだがな。
おかげで俺達の結婚式に呼ぶにも一苦労だ。日取りは今更変えられないし…困ったな」
口ではそう言っても、ヘンリーは内心で深くリュカの身を案じていた。
何しろヘンリー達はある教団の奴隷身から逃げ出している。
その教団から追っ手が差し向けられた場合、かなり強力な魔物が現れることもあるだろう。
場合によっては、あの幼き日…思い出すのも苦しい苦難の日々の始まりに見たあの魔物達が相手になるかもしれないのだ。
そうなれば、いくら成長した自分達でも危うい。
ヘンリー自身とマリアはラインハットという強国の庇護の内にあるから対処も出来るだろう。
今度の婚儀も…ヘンリー自身の想いと同時にマリアを守るため傍に置く意味もある。
だが、リュカは?幾ら手だれぞろいの仲間と共にあるとは言え、今はまだ勝ち目があるかどうかも怪しい。
そして行方知れずとなった事実……正直なところ、婚儀に出席してほしいと言うのは、理由としては二番目だ。
ヘンリーとマリアの中では安否の確認が第一なのだ。
とはいえ、婚儀に出席して彼に祝福してほしいというのも事実。その点で困っていると言うのもまた事実だ。
王兄という立場になってしまった以上、婚儀が盛大なものになってしまうのは仕方が無い。
同時に、この婚儀はラインハットが荒廃の時代を抜け、光り輝く時代に踏み込んだと国の内外に示す一大行事でもある。
もはや個人の理由で日程を変えるなど不可能だった。
そして、それは目前に迫っている。
「マリアもリュカには参加してほしいみたいだしな…とにかくギリギリまで探索を続けてくれ。
場合によっては王家所有の船で迎えに行っても構わない。それだけの恩と返しきれない借りがラインハットにはあるんだ」
そう言ってヘンリーは部下を下がらせた。
最悪婚儀に参加してもらえずとも、婚礼祝いを渡したいという口実になるだけ。
探索を打ち切るという選択肢は無い。
「リュカ、行方知れずなんてお前らしくないぞ。どうせまた何か厄介ごとを抱えているんだろうけど…
さっさと済ませて、早く元気な顔を見せてくれよ。出ないと安心して新婚生活を送れないぜ」
そして、今も城の一室にいる婚約者のことを思う。
そこでは、修道女マリアがお付の明度と共に今日も婚礼のドレスを試着していた。
婚礼は一月にわたり続けられることが決定している。
その間、お色直しも無数に行われる。ドレスの試着は欠くことの出来ない準備の一つだった。
だが、その顔はいささか浮かない。婚礼が嫌なのではない。
あの日、暑く息苦しい神殿の地下で、鞭男に嬲られたマリアを真っ先に助けに来てくれたのはヘンリーだった。
それ以前からも、明日さえ見えない奴隷生活の中で輝く二つの光…ヘンリーとリュカに惹かれていた。
故にこそ、ある日修道院にやってきたヘンリーの告白は何より嬉しかったのだ。
憂いの理由はただ一つ。ヘンリーと同じく、行方の知れないリュカを案じているのだ。
「リュカさん…ご無事で……」
同じ奴隷として苦しみを同じくした二人は、黒髪の青年を思い祈った。
だが、当のリュカとその仲間たちは、あろう事かその時この世界そのものに存在していなかったのである。
かくして物語りは第一幕へと移り変わる。
舞台を別の世界…ハルケギニアへと移して。
#navi(使い魔は漆黒の瞳)
序
吟遊詩人が爪弾いた最後の音が虚空に消えると、酒場に集った人々は忘れていた息をふぅと吐き出した。
まるで時さえもサーガに聞き惚れていたかのように、一斉に人々の喧騒が蘇る。
永い永い物語だった。有名な、人々が母親に昔語りで聞かされた物語だ。誰でも知る物語だ。
だが、この吟遊詩人の手にかかれば、まるで物語が目の前で繰り広げられたかのように人々は引きこまれた。
そは曰く、遥けき天空に浮かぶ城の由来たる、ある王子とその一行の物語。
そは曰く、無数の英雄が集いて闇へと立ち向かった、導かれし者達の英雄譚。
そは曰く、天空に浮かぶ二つ目の月をもたらした、王の中の王とその一族と仲間の叙事詩
天空の物語と呼ばれる一連のサーガ。
人々は流麗な調にのり語り歌われるそれらに心躍らせた。
そこは山村だった。
冬になれば村は雪に深く覆われ、外の世界とは隔絶される。
厳しい冬の寒さに耐えながら春を待ちわびる人々。その村に、ある旅人がやってきたのは一週間ほど前のことだ。
旅人は始め門戸の前で追い払われた。働き手に成れない者に、与える食事も暖をとる薪も無いと。
しかし、彼が吟遊詩人だと知れると、すぐさま招き入れられた。それほどまでに娯楽に乏しい村なのだ。
その後毎夜詩人は村で唯一の酒場で歌い続けた。
人々に大いなる喜びを与えながら。
そして今宵、詩人は一風変わった物語を一つ付け加えていた。
王の中の王、虜囚王、探求王、そして慈愛王の異名を持つ、山と森と湖の国グランバニア王の若き日の異聞録を。
一息つくように竪琴の弦を調節する吟遊詩人に、酒場に集った人々は再度その異聞録を求める。
山深いこの村の唯一の娯楽は、しばらく前に訪れたこの吟遊詩人の弾き語りのみ。
酒場の外の雪は今夜も吹雪いている。まだしばらくは外へ出られないだろう。
快く引き受けた詩人は、繊手を竪琴に伸ばした。
かくして再び物語は紡がれる。
自身も伝説と言うべき吟遊詩人、ホイミンの手によって。
レイ・ア・ノルド・ノルズム……北ノルズムの薔薇と多くの詩や物語、歌に讃えられし北大陸の中心、
ラインハットの都は例年に無く活気に満ち溢れていた。
迷路のように入り組んだ街路には、『ある日』までを数える旗印があちこちに立てられ、まるで市場で売られる品のように見える。
この10年にも亘り続いた荒廃の時代を終わらせた救国の英雄、王兄ヘンリー殿下の婚儀が目前に迫っているのだ。
街の人々は、ヘンリー殿下の婚礼がこの国の明るい未来を予感させるものとして歓迎した。
おかげで既に祭りでも始まっているかのような賑わいだ。
近年類を見ないほどの婚儀になるため、準備でさえも大規模な物になっている。
通り裏の職人街では、婚礼の記念品や祝いの品を作る為炉の火が絶えることなく燃え盛り、
針子達は祝いの晴れ着を大急ぎで仕立てている。
誰も彼もこの婚儀を祝福していた。
ヘンリー殿下のお相手は、白百合にも譬えられる修道女マリア。
古の愛の女神に仕える彼女は、国を荒らした偽太后を打ち倒す折、多大な助力を成したと噂されている。
清楚な物腰と敬虔な信仰心、そして分け隔てない慈愛。
彼女と接した人々から語られる人品はこの上も無く好ましいものだ。
誰もがこの婚儀を歓迎し、その当日を待ちわびていた。
だが、結婚の日取りが日一日近づくのを心苦しく思う一組の男女がいた。
誰あろう、王兄ヘンリー殿下とその婚約者マリアだった。
「まだあいつは見つからないのか?」
「は! 西の大陸の港町までは足取りが判明しているのですが、その先の足取りが掴めません。
一度南方へ足を運び、その後引き返した後に西へ旅立たれた事は判明しているのですが…」
王兄ヘンリーの執務室では、この数週間ほぼ変わらぬやり取りが続いていた。
それはある人物…ヘンリー殿下と共に偽太后を退治したある青年の行方に関わる物だ。
この十年来のヘンリー殿下の竹馬の友とされるその青年…リュカは、ある目的を持って旅を続けているという。
その足取りが途絶えて一月。
婚礼に彼を招こうとその後を辿ったラインハットの使者は、その使命が困難なものであると思い知っていた。
「そうか…その先の町に立ち寄った形跡は本当に無いんだな?」
「ポートセルミ西方のルラフェン、及び南方のサラボナにも調査の者を向かわせていますが、
今の所リュカ殿を発見したとの情報は得られていません。やはり人里離れ旅をされているか、もしくは…
その先を続けようとする部下を制すると、おどけた様にヘンリーは明るく笑う。
「あいつがそうそう魔物に不覚を取るはずも無い。なら、人目につかないようにしているって事だ。
まったくあいつはお人よしで苦労症だよ。なんて言ったか…?……そう、カボチだ。
変な田舎で妙な誤解を受けたからって、そんなに身を隠さなくてもいいと思うんだがな。
おかげで俺達の結婚式に呼ぶにも一苦労だ。日取りは今更変えられないし…困ったな」
口ではそう言っても、ヘンリーは内心で深くリュカの身を案じていた。
何しろヘンリー達はある教団の奴隷身から逃げ出している。
その教団から追っ手が差し向けられた場合、かなり強力な魔物が現れることもあるだろう。
場合によっては、あの幼き日…思い出すのも苦しい苦難の日々の始まりに見たあの魔物達が相手になるかもしれないのだ。
そうなれば、いくら成長した自分達でも危うい。
ヘンリー自身とマリアはラインハットという強国の庇護の内にあるから対処も出来るだろう。
今度の婚儀も…ヘンリー自身の想いと同時にマリアを守るため傍に置く意味もある。
だが、リュカは?幾ら手だれぞろいの仲間と共にあるとは言え、今はまだ勝ち目があるかどうかも怪しい。
そして行方知れずとなった事実……正直なところ、婚儀に出席してほしいと言うのは、理由としては二番目だ。
ヘンリーとマリアの中では安否の確認が第一なのだ。
とはいえ、婚儀に出席して彼に祝福してほしいというのも事実。その点で困っていると言うのもまた事実だ。
王兄という立場になってしまった以上、婚儀が盛大なものになってしまうのは仕方が無い。
同時に、この婚儀はラインハットが荒廃の時代を抜け、光り輝く時代に踏み込んだと国の内外に示す一大行事でもある。
もはや個人の理由で日程を変えるなど不可能だった。
そして、それは目前に迫っている。
「マリアもリュカには参加してほしいみたいだしな…とにかくギリギリまで探索を続けてくれ。
場合によっては王家所有の船で迎えに行っても構わない。それだけの恩と返しきれない借りがラインハットにはあるんだ」
そう言ってヘンリーは部下を下がらせた。
最悪婚儀に参加してもらえずとも、婚礼祝いを渡したいという口実になるだけ。
探索を打ち切るという選択肢は無い。
「リュカ、行方知れずなんてお前らしくないぞ。どうせまた何か厄介ごとを抱えているんだろうけど…
さっさと済ませて、早く元気な顔を見せてくれよ。出ないと安心して新婚生活を送れないぜ」
そして、今も城の一室にいる婚約者のことを思う。
そこでは、修道女マリアがお付の明度と共に今日も婚礼のドレスを試着していた。
婚礼は一月にわたり続けられることが決定している。
その間、お色直しも無数に行われる。ドレスの試着は欠くことの出来ない準備の一つだった。
だが、その顔はいささか浮かない。婚礼が嫌なのではない。
あの日、暑く息苦しい神殿の地下で、鞭男に嬲られたマリアを真っ先に助けに来てくれたのはヘンリーだった。
それ以前からも、明日さえ見えない奴隷生活の中で輝く二つの光…ヘンリーとリュカに惹かれていた。
故にこそ、ある日修道院にやってきたヘンリーの告白は何より嬉しかったのだ。
憂いの理由はただ一つ。ヘンリーと同じく、行方の知れないリュカを案じているのだ。
「リュカさん…ご無事で……」
同じ奴隷として苦しみを同じくした二人は、黒髪の青年を思い祈った。
だが、当のリュカとその仲間たちは、あろう事かその時この世界そのものに存在していなかったのである。
かくして物語りは第一幕へと移り変わる。
舞台を別の世界…ハルケギニアへと移して。
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