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「ルイズ×なのは(幼)-01」(2009/04/05 (日) 07:56:53) の最新版変更点
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煙が晴れ、ようやく姿を現した人物の顔をルイズは覗き込むようにして訊ねた。
「あんた誰?」
それは茶色の髪をツインテールに結んだ小柄な女の子だった。少女は答える。
「えっと、高町なのは。なのはだよ」
十歳くらいだろうか。少女らしい可愛らしい声だ。だが、名前だけ言われても素性がわかるわけではない。
質問の仕方が悪かったかもしれない。
「その格好、平民よね」
黄色いパーカーにオレンジ色のスカートといった格好は、貴族の間では見られない。
平民の普段の格好などよく知らないが、あまり高級感が感じられないから平民の衣服なんだろうとルイズは結論付ける。
「あのぅ、どちらさまでしょうかぁ」
「ルイズ・フランソワ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」
平民は一度で覚え切れなかったようで、困ったように頬をかいた。
「えっと、それで、そのルイズさんが私になんのご用でしょうか」
周りからは平民を呼び出しただの、ゼロのルイズだのとあざ笑う声に混じって、一部ロリコンの息遣いが聞こえてくる。
ルイズは顔を真っ赤に染め、口早に状況を説明すると、まだよく飲み込めていない様子の平民にコントラクトサーヴァントを行った。
平民の左手にルーンが刻まれ、契約は無事に完了した。
「べ、別にあんたみたいな平民の使い魔で満足したわけじゃないんだからね、し、しし、進級のためよ、進級の!」
「コントラクトサーヴァントは無事に完了したようだね。珍しいルーンだからちょっとスケッチさせてもらえるかな」
コルベールが授業を終わりにすると、ほかの生徒たちが空に浮かんで飛び去っていく。
ルイズとなのはは、その場に取り残された。魔法で飛んでいく生徒たちを見上げて、なのはは尋ねる。
「ここは魔導士の訓練所かなにかさんですかぁ?」
「トリステイン魔法学院よ」
「う~ん、知らないなぁ。ねえレイジングハート、クロノ君たちと連絡とれる?」
なのはが胸元の赤い宝玉に話しかける。
マジックアイテムかなにかなのだろうか、宝石に話しかけること自体は奇異にも思わないが、ルイズは平民がマジックアイテムを持っていることに疑問を抱いた。
「あんたのそれ、なにかのマジックアイテム?」
「はい、レイジングハートっていって、インテリジェントデバイスなんですけど・・・・・・」
そう言って、なんども宝玉に話しかけてみようとするなのはだが、一向に返事が返ってくる様子はない。
まあ、平民が持っているくらいだから安物のアイテムなのだろう。
おおかた貴族が作るのに失敗したマジックアイテムの一部をたわむれに平民にくれてやったのだろう。
「壊れちゃったんじゃないの?」
レイジングハートのなのはの間に結ばれた絆の強さを知らないルイズはいとも簡単に残酷な質問を投げかける。
なのはは大きく目を見開く。
「そんなはずない、修理すればきっと直ってくれるよ!」
十歳くらいの女の子の思わぬ剣幕に圧されて、ルイズはわずかにひるみ、気まずさを感じながら答える。
「そ、そう。まあ、大事にしまっときなさい。あんまり大事そうにしてると、盗られるわよ」
貴族は平民のものなど欲しがりはしないが、なかには質の悪い連中が悪戯で隠したりするかもしれない。
最近では不思議と少なくなったが、ゼロのルイズと揶揄され始めた頃には、授業中にちょっかいを出されたり、いろいろ嫌なことがあったので、ルイズはなのはに忠告を与える。
その後、ルイズはなのはを自室に連れて行き、住んでいる土地の名前などを尋ねてみたが、あまり情報は得られなかった。
わかったのは、なのはの年齢がジクウ管理局というところと連絡を取りたがっていることと、彼女が大切そうにしているマジックアイテムがとても大切なものということだけだった。
そのジクウ管理局とやらに親が勤めているのかとルイズが訊ねると、そうではないという。
十歳の女の子を突然に親元から引き離してしまったということに罰の悪さを感じているルイズだったが、どうもなのはは普通の十歳とは違うようだ。
翌朝、早起きのなのはに起こされて食堂へ行くと、見慣れた豪勢な料理に混じって、小さな一枚の皿が自分の近くに運ばれてきた。
ルイズが昨日のうちにコック長に使い魔の料理を頼んで置いたのだが、あまり見たことのない料理だ。
薄く焼いた卵で包んで、その上にトリステインの国旗が刺さっている。
「ねえ、これの中身はなにが入ってるの?」
「これはマルトーさんが考案したオムライスっていう料理なんです。
料理長のマルトーさんが、すっかりなのはちゃんを気に入っちゃったみたいで、腕によりをかけて作ったんですよ」
なのははいつの間に仲良くなったのか、メイドと仲良さそうに話している。
シェスタが厨房に呼ばれて去った後、ルイズはなのはに小声で尋ねた。
「あんた、いつの間にあのメイドと仲良くなったの?」
「シェスタさんとは今朝、洗い場でお友達になったんです」
話によると、なのはは今朝、朝の散歩に出かけたものの学園内で道に迷ってしまい、シェスタに助けてもらったのだという。
なのはの説明にルイズは一応納得したが、平民の子供とはいえ貴族の使い魔になったのだから、きちんと自覚も持ってもらわないと困る。
「いいこと、あんたは仮にも私の使い魔になってるんだから、一人であんまり外をうろついちゃだめよ」
そう諭すルイズだが、同じ卓についていて話を聞いていた生徒の一人が彼女をあざ笑った。
「はは、さすがはゼロのルイズだ。平民のしつけが板についてるじゃないか」
その言葉を発端に、嘲笑の輪が広がっていく。
「まったくお似合いの使い魔だぜ」
「ペタンコ同士、気が合いそうだな!」
意地の悪い野次に、なかには眉を顰めるものもいるが、誰もそれを咎めようとするものはいない。
否、一人だけいた。
「なにが、おかしいんですか」
小さな呟きが卑屈な笑いを鎮める。最初、その声がどこから聞こえてきたのか誰にもわからなかった。
なのはがゆっくりと立ち上がり、もう一度告げる。
「今の言葉の、どこがそんなに面白いんですか?」
一同の視線がなのはへと向けられる。まさか平民の子供に意見されるなどとは夢にも思っていなかったのだ。
「はっ、驚いたね。まさか平民にこんな反抗的な口を聞かれるとは。ゼロのルイズ、ガキはちゃんと鞭でしつけとけよ!」
最初の発端を作った一人、金髪のキザ男ギーシュが強がりに聞こえる声音でなおも侮蔑を放った。
食堂に険悪な雰囲気が満ちる。なのはは家で喫茶翠屋の手伝いをしているから客扱いには慣れている。
こういうとき、どう対処すればいいかは自然と身につけている。だが、良くも悪くもなのはは父の背中をみて育った。
なのはは相手を威圧するように真正面からギーシュの顔を見据える。
「な、なんだ、その反抗的な目は。平民が貴族に文句をいうつもりか!」
こんなとき、父の士郎ならば言うだろう。いや、父に限らずとも、フェイトや兄の恭也でもきっとこう言うはずだ。
「表に出て話そうか」
「な、なんだとぉ!」
にわかに周りの貴族達がいろめきたつ。
なぜなら、手袋を投げつけるのが貴族間の決闘の合図であるならば、「表に出ろ」と相手に告げるのは事実上、不良貴族達のタイマンの合図であったからだ。
「おいおい、ギーシュ。平民に舐められてるぞ」
「ちょ、ちょっと、あんたみたいにちっこいのがギーシュとケンカして勝負になるわけないじゃない。今すぐに謝っちゃいなさい」
ルイズはなのはの身を案じて、袖を引く。だが、なのはは引かない。
ひとの寂しさや悲しみを放っておけない強く優しい心を持つがゆえに、伝え合うことを諦めたくない。
決闘はヴェストリ広場で行われることになった。
なのはは思い出す。
初めて会った頃、アリサや鈴鹿とは友達じゃなかった。まだ何も話をしたことがなかったから、気持ちを知ることができなかった。
「使い魔にとってご主人様がどんなに大切か知ってるよ。いろんな人たちを見てきたから。
私はルイズさんが言葉で傷つけられるのをみたくないから、絶対に見たくないから、誰にも馬鹿にさせない。
ゼロのルイズなんて、誰にも呼ばせたりしない。そのためにぶつかり合わなきゃいけないなら、私は引かない!」
「ふん、だったら平民が貴族の前でなにができるか思い知るがいいっ」
ギーシュがバラの造花を振るう。すると、一体のゴーレムが土の中から現れた。
「これが僕の魔法、ワルキューレだ。言葉を伝えたくば、まずはこのワルキューレを倒してからにしてもらおうっ」
なのははギーシュが土から錬金してみせたワルキューレを見て、実力のほどを見定める。
本来のなのはならば決して負けることはない相手だが、今はレイジングハートが沈黙していて、補助が受けられない状態だ。使える魔法は限られてくる。
「行けっ、ワルキューレ! 小生意気な平民を懲らしめるんだ」
青銅のゴーレムが予想以上の速さで突進してくる。
なのはは左手を前に突き出し、桃色の魔法陣を展開させると堅固なバリアが出現する。
分厚い金属がぶつかり合ったような轟音を立て、ワルキューレの拳が弾かれる。
「ふ、防いだ!? なんなんだ、あの光る盾は!」
ギーシュの驚きの声が上がる。もう一度、ゴーレムを突進させ、シールドを打ち破ろうと試みる。
なのはの世界では魔法はプログラムとして準備され、自分自身やデバイスにセットして魔法の力を行使する。
それらの魔法を知るきっかけを与えてくれたのはユーノだが、戦闘のための魔法やそれを効果的に運用するための闘い方を教えてくれたのはレイジングハートである。
魔法の存在など知らずに過ごしてきたなのはが強敵と互角以上に渡り合えたのはレイジングハートの信頼と援助があってこそのものだった。
なのはは、いざというときのために自分自身に組み込んでおいたシールドをとっさに展開したが、そのシールドはワルキューレのパワーに徐々に押され始めていた。
「ま、まさか平民に魔法が使えるとは思わなかったが、しょせんは防ぐだけのもの。さあ、いつまで持つかな」
ギーシュが造花を振るい、さらにワルキューレの出力が上昇する。
「くっ、このままじゃ」
なのはシールドの限界を悟り、右手に小さな光弾を生み出す。
「ぷっ、なんだあれ、ファイアーボールか? ちっちゃすぎるだろ」
なのはが浮かべた光弾をみて、ギャラリーの一角から忍び笑いが漏れる。
バリアを展開しつつ、光弾を操作するのは難易度の高い技術なのだが、学生レベルではそのやり方を教わること自体がありえない。
それがどれほどの技術であるか、ほとんど誰にも想像がつかない。
だが、さすがにハルキゲニア有数の魔法学院、その技量の高みに気が付き、内心で戦慄するものもわずかながらいた。
決闘騒ぎを聞きつけ、遠見の鏡で見物しているオスマンとコルベール、そして間近で見ているキュルケとタバサである。
キュルケは赤い唇を噛み締め、少女の闘いを見守っていた。
(二種類の魔法を同時展開なんて、私にあんな芸当ができるかしら)
キュルケとなのはでは魔法の質が違う。
そもそもの概念も違うが、自分の烈火のごとく激しい魔法や、タバサの冷徹で鋭利な魔法とは違って、なのはの放つ桃色の魔力が秘めているのは紛れもない優しさだ。
ひとを思い遣る、そのまっすぐな強さにこそ戦慄を覚える。
(負けちゃ駄目よ、なのは。ルイズのためにも、絶対に勝ちなさい)
手に汗を握り、我知らずキュルケはなのはを応援していた。
だが、左手で展開したバリアはとうとうヒビが入り始め、今にも破れそうになっている。
なのはは魔法弾を操作し、バリアを迂回させてギーシュの持っている杖に狙いを定める。
だが、そのため大きく曲線を描く進路をとった光弾は、反射的に身を守ろうとギーシュがワルキューレを自分と光弾の間に飛び込ませる時間を与えてしまい、防がれてしまう。
それでも光弾の直撃を受けたゴーレムは粉々に砕け散り、破片が草むらに散らばる。
なのはの光弾はただ小さいのではない。威力を一点に高めるために収束し、高密度の魔力を込めた弾体である。
ファイアーボールがテニスボールだとしたら、なのはの弾は研ぎ澄まされたライフル弾だ。
その威力を目の当たりにして、さすがに目の前の出来事に不審を覚えるものが出始める。
「な、なあ、まさかギーシュの奴、苦戦してるんじゃないか」
「だってよ、相手は平民だろ」
「いったい誰だよ、あれを平民って言い出したやつは。魔法をつかってるじゃないか」
「ねえ、でもあの魔法、なにか変じゃない。杖を使ってるふうもないし、あんな光の盾で防ぐ魔法なんて習ってないわよ」
ワルキューレが倒されたことで、ギャラリーがどよめき始める。
なのはは肩で息をさせ、ギーシュに話しかける。
「ギーシュさんは貴族なんだよね。魔法って確かにすごく便利だけど、使い方を間違えればひとを傷つけるんだよ。
ギーシュさんの魔法はなんのため、誰のために魔法を使うの?」
「ぼ、僕は、」
「答える必要ないぞ、ギーシュ。平民は力づくで黙らせろ!」
ギャラリーのなかから声が上がった。それは平民に地位を脅かされたと感じ始めた敏感な弱さから発せられた声でもある。
ギーシュ自身もその感情にしたがって、再びバラの造花を振るう。今度は二体だ。
一体で苦戦していたなのはは己の力量不足を痛感していた。
(帰ったら、いっぱい魔法の練習しなきゃ)
すでに幾度もの戦場を経験し、エース級の戦闘能力を有するなのはだが、それはこれまでレイジングハートの支えあってのことだ。
ベルカの騎士たちとの闘いではデバイス自らがベルカ式のシステムを取り入れ、騎士たちと渡り合うことができた。
「どうだね、降参するなら今のうちだが」
「絶対にいや!」
「ならば仕方ない、トドメだ、ワルキューレ!」
二体同時に突進してきたワルキューレになのはは歯を食いしばる。瞬間、胸元で強烈な光が膨れ上がった。
《Protection》
突如として響いた声。その声にもっとも驚いたのは、なのは自身だったに違いない。
今度は先ほどのものより一層強固なバリアが展開され、ワルキューレ二体の突撃を苦もなく受け止め、二体いっぺんに弾き返す。
「レイジングハートっ!」
《ご心配おかけしました。よく頑張りましたねマスター》
聞き慣れた、待ち望んでいた声。
「もう大丈夫なの、レイジングハート」
《いつでも全力で行けます》
その心強い声に押され、なのはは中空に浮かんだレイジングハートをぎゅっと握り締める。
「じゃあ、ひさしぶりに行くよ! お願い、レイジングハート」
《all right」》
「風は空に、星は天に。
そして、不屈の心はこの胸に。
この手に魔法を。
レイジングハート、セット・アップ!」
《Stand by.....ready》
不思議な声とともに少女の全身が強い輝きに包まれる。少女の身体を覆っていた衣服が分解され、白いバリアジャケットの媒体として再構成される。
「次から次に妙な魔法を!」
「今度はこっちの、番だよ!」
《Flash Impact》
なのはの身体が一瞬にして掻き消え、立ち上がりかけていたワルキューレの前に出現すると、そのまま杖を叩きつける。
一体は吹っ飛ばされ、もう一体はその衝突に巻き込まれ、弾丸ライナーの軌道に乗って背後の塔に叩きつけられる。
ギーシュの頬を掠めて行ったワルキューレは、塔に激突した後、数秒の間をおいて地面に崩れ落ちた。
間接はあらぬ方向に折れ曲がり、青銅の腕が一体の背中を突き破って、腰半分がもげて地面に刺さっている。
それはあたかもギーシュの行く末を暗示しているかのようであった。
(あ、あんなものを生身に食らったら死んでしまう)
ギーシュは身の危険に焦りながらも必死で方策を練る。先手が防がれた以上、いったん防御で凌いで、相手の隙を突く以外にない。
三度、魔法を発動させ、残りのゴーレムを全て生み出す。
これほどに魔力を消耗すれば、しばらくは魔法が使えなくなってしまうだろうが、背に腹は代えられない。
二体を防御に回し、一体を正面、最後の一体を背後に忍び寄らせて隙を窺う。
(これが大人の賢さってものさ、ガキとは違うのだよ、ガキとは!)
正面からぶつかって勝てないのなら、背面を突く。軍人の家系だけあって、ギーシュの戦術としての理論を正しく理解している。
だが、惜しむべきは実戦経験が圧倒的に不足していることだ。
いくら理論を叩き込まれたといっても、ギーシュのそれはしょせん座学にすぎない。
譲れぬもの同士がぶつかり合う激闘の最中で、幾度も傷つき、倒れながら磨いた戦闘技能の前では理論などなんの役にも立たない。
表情には出さずとも背面を警戒していたなのはは、とんぼ返りに飛翔し、翻りざまに砲撃で残りのワルキューレ全てをなぎ払う。
《divine shooter》
圧倒的火力の砲撃が空中からワルキューレの身をそぎ落としていく。
カートリッジ節約と、主の身体にかかる負担軽減を理由に威力を抑えた攻撃を提案をしたレイジングハートだが、それでもいとも簡単に青銅のゴーレムを跡形もなく消滅させていく。
「馬鹿な! 詠唱もなしに、これほどの威力が出せるはずは!」
砲撃がようやく収まった後の広場は縦横に芝生が抉れ、魔力の残滓による硝煙が立ち上っていた。
ゴーレムを失ったギーシュにはもう魔力さえも残っていない。低空で飛翔するなのはがギーシュめがけて思い切り杖で腹を抉る。
みぞおちを強打され、くの字に折れたギーシュは身体を天に突き上げられ、息を吸うこともできず、降参の声もあげられない。
意識を失いかけたそのとき、ギーシュの目に現実を疑わせる光景が飛び込んできた。
杖を囲んで四つの環状魔法陣が展開し、自分の身を突き上げる杖の先端に魔力が充填されていく。
尋常でないほど膨大な魔力の収束にギーシュの全身から血の気が引いた。
(そんな、この期に及んでトドメまで刺すのか? もう魔力もないのに!)
すでに勝負がついているのは誰の目にも明らかなはずなのに、なぜここにいたってトドメの一撃を食らわなければならないのか。
それも全ては、ゼロのルイズと呼んで彼女の主を傷つけたせいなのだと、ギーシュは今更になって己の発言の迂闊さに気付かされた。
「ディヴァィィィィインッ、バスター!」
はるか天空まで突き抜ける砲撃。
零距離から発射された主砲の一撃は圧倒的威力をもってギーシュの身体を飲み込み、砲撃が収束したあとにはギーシュの身体がどこにも見当たらなかった。
遠見の鏡で見ていたオスマンが呟く。
「こりゃ、グラモンのバカ息子は死んだかのう」
「のんきに構えている場合ですか、学院内で生徒が死亡したとあっては一大事ですぞ!」
コルベールが慌てて水魔法使いを広場に派遣する。
広場では生徒達が空を見上げていた。
砲撃が貫通した積乱雲が上空に漂い、常識をはるかに超えた威力に皆が放心している。
そして、上空から黒い豆粒のようなものが落ちてきて、それは見る間に接近し、人の形をあらわにする。
天空近くまで打ち上げられたギーシュがようやく地面まで堕ちてきたのだ。
なのはは空に浮かんで、ギーシュが激突する前に魔法陣をクッションにして受け止める。
ギーシュは空中を落下している間、失っていた意識をようやく取り戻す。その顔は傷つき、弱っていたがどこか晴れ晴れとしていた。
「僕の・・・・・・完敗だよ。もう指一本・・・・・・動かせない」
なのはたちの魔法とは違い、バリアジャケットもないハルケギニアのメイジは紙のように装甲が薄い。
物理ダメージを0に設定しているとはいえ、痛いものは痛い。
まともに食らえば、その痛みに失神し、数日は起き上がれなくなるのが当然だ。
それでもギーシュは最後の力を振り絞るようにして、唇を動かす。
「君に・・・・・・ひとつお願いがある・・・・・・んだ」
声は弱弱しかったが、それでもギーシュは気丈に笑みを作る。
「名前を・・・・・・教えてくれないかい?」
その言葉に、なのははギーシュと気持ちが通じ合ったのを感じた。だから元気いっぱいに答える。
「なのはだよ。わたし、高町なのは!」
《続く》
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#navi(ルイズ×なのは(幼))
煙が晴れ、ようやく姿を現した人物の顔をルイズは覗き込むようにして訊ねた。
「あんた誰?」
それは茶色の髪をツインテールに結んだ小柄な女の子だった。少女は答える。
「えっと、高町なのは。なのはだよ」
十歳くらいだろうか。少女らしい可愛らしい声だ。だが、名前だけ言われても素性がわかるわけではない。
質問の仕方が悪かったかもしれない。
「その格好、平民よね」
黄色いパーカーにオレンジ色のスカートといった格好は、貴族の間では見られない。
平民の普段の格好などよく知らないが、あまり高級感が感じられないから平民の衣服なんだろうとルイズは結論付ける。
「あのぅ、どちらさまでしょうかぁ」
「ルイズ・フランソワ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」
平民は一度で覚え切れなかったようで、困ったように頬をかいた。
「えっと、それで、そのルイズさんが私になんのご用でしょうか」
周りからは平民を呼び出しただの、ゼロのルイズだのとあざ笑う声に混じって、一部ロリコンの息遣いが聞こえてくる。
ルイズは顔を真っ赤に染め、口早に状況を説明すると、まだよく飲み込めていない様子の平民にコントラクトサーヴァントを行った。
平民の左手にルーンが刻まれ、契約は無事に完了した。
「べ、別にあんたみたいな平民の使い魔で満足したわけじゃないんだからね、し、しし、進級のためよ、進級の!」
「コントラクトサーヴァントは無事に完了したようだね。珍しいルーンだからちょっとスケッチさせてもらえるかな」
コルベールが授業を終わりにすると、ほかの生徒たちが空に浮かんで飛び去っていく。
ルイズとなのはは、その場に取り残された。魔法で飛んでいく生徒たちを見上げて、なのはは尋ねる。
「ここは魔導士の訓練所かなにかなんですかぁ?」
「トリステイン魔法学院よ」
「う~ん、知らないなぁ。ねえレイジングハート、クロノ君たちと連絡とれる?」
なのはが胸元の赤い宝玉に話しかける。
マジックアイテムかなにかなのだろうか、宝石に話しかけること自体は奇異にも思わないが、ルイズは平民がマジックアイテムを持っていることに疑問を抱いた。
「あんたのそれ、なにかのマジックアイテム?」
「はい、レイジングハートっていって、インテリジェントデバイスなんですけど・・・・・・」
そう言って、なんども宝玉に話しかけてみようとするなのはだが、一向に返事が返ってくる様子はない。
まあ、平民が持っているくらいだから安物のアイテムなのだろう。
おおかた貴族が作るのに失敗したマジックアイテムの一部をたわむれに平民にくれてやったのだろう。
「壊れちゃったんじゃないの?」
レイジングハートのなのはの間に結ばれた絆の強さを知らないルイズはいとも簡単に残酷な質問を投げかける。
なのはは大きく目を見開く。
「そんなはずない、修理すればきっと直ってくれるよ!」
十歳くらいの女の子の思わぬ剣幕に圧されて、ルイズはわずかにひるみ、気まずさを感じながら答える。
「そ、そう。まあ、大事にしまっときなさい。あんまり大事そうにしてると、盗られるわよ」
貴族は平民のものなど欲しがりはしないが、なかには質の悪い連中が悪戯で隠したりするかもしれない。
最近では不思議と少なくなったが、ゼロのルイズと揶揄され始めた頃には、授業中にちょっかいを出されたり、いろいろ嫌なことがあったので、ルイズはなのはに忠告を与える。
その後、ルイズはなのはを自室に連れて行き、住んでいる土地の名前などを尋ねてみたが、あまり情報は得られなかった。
わかったのは、なのはの年齢がジクウ管理局というところと連絡を取りたがっていることと、彼女が大切そうにしているマジックアイテムがとても大切なものということだけだった。
そのジクウ管理局とやらに親が勤めているのかとルイズが訊ねると、そうではないという。
十歳の女の子を突然に親元から引き離してしまったということに罰の悪さを感じているルイズだったが、どうもなのはは普通の十歳とは違うようだ。
翌朝、早起きのなのはに起こされて食堂へ行くと、見慣れた豪勢な料理に混じって、小さな一枚の皿が自分の近くに運ばれてきた。
ルイズが昨日のうちにコック長に使い魔の料理を頼んで置いたのだが、あまり見たことのない料理だ。
薄く焼いた卵で包んで、その上にトリステインの国旗が刺さっている。
「ねえ、これの中身はなにが入ってるの?」
「これはマルトーさんが考案したオムライスっていう料理なんです。
料理長のマルトーさんが、すっかりなのはちゃんを気に入っちゃったみたいで、腕によりをかけて作ったんですよ」
なのははいつの間に仲良くなったのか、メイドと仲良さそうに話している。
シエスタが厨房に呼ばれて去った後、ルイズはなのはに小声で尋ねた。
「あんた、いつの間にあのメイドと仲良くなったの?」
「シエスタさんとは今朝、洗い場でお友達になったんです」
話によると、なのはは今朝、朝の散歩に出かけたものの学園内で道に迷ってしまい、シエスタに助けてもらったのだという。
なのはの説明にルイズは一応納得したが、平民の子供とはいえ貴族の使い魔になったのだから、きちんと自覚も持ってもらわないと困る。
「いいこと、あんたは仮にも私の使い魔になってるんだから、一人であんまり外をうろついちゃだめよ」
そう諭すルイズだが、同じ卓についていて話を聞いていた生徒の一人が彼女をあざ笑った。
「はは、さすがはゼロのルイズだ。平民のしつけが板についてるじゃないか」
その言葉を発端に、嘲笑の輪が広がっていく。
「まったくお似合いの使い魔だぜ」
「ペタンコ同士、気が合いそうだな!」
意地の悪い野次に、なかには眉を顰めるものもいるが、誰もそれを咎めようとするものはいない。
否、一人だけいた。
「なにが、おかしいんですか」
小さな呟きが卑屈な笑いを鎮める。最初、その声がどこから聞こえてきたのか誰にもわからなかった。
なのはがゆっくりと立ち上がり、もう一度告げる。
「今の言葉の、どこがそんなに面白いんですか?」
一同の視線がなのはへと向けられる。まさか平民の子供に意見されるなどとは夢にも思っていなかったのだ。
「はっ、驚いたね。まさか平民にこんな反抗的な口を聞かれるとは。ゼロのルイズ、ガキはちゃんと鞭でしつけとけよ!」
最初の発端を作った一人、金髪のキザ男ギーシュが強がりに聞こえる声音でなおも侮蔑を放った。
食堂に険悪な雰囲気が満ちる。なのはは家で喫茶翠屋の手伝いをしているから客扱いには慣れている。
こういうとき、どう対処すればいいかは自然と身につけている。だが、良くも悪くもなのはは父の背中をみて育った。
なのはは相手を威圧するように真正面からギーシュの顔を見据える。
「な、なんだ、その反抗的な目は。平民が貴族に文句をいうつもりか!」
こんなとき、父の士郎ならば言うだろう。いや、父に限らずとも、フェイトや兄の恭也でもきっとこう言うはずだ。
「表に出て話そうか」
「な、なんだとぉ!」
にわかに周りの貴族達がいろめきたつ。
なぜなら、手袋を投げつけるのが貴族間の決闘の合図であるならば、「表に出ろ」と相手に告げるのは事実上、不良貴族達のタイマンの合図であったからだ。
「おいおい、ギーシュ。平民に舐められてるぞ」
「ちょ、ちょっと、あんたみたいにちっこいのがギーシュとケンカして勝負になるわけないじゃない。今すぐに謝っちゃいなさい」
ルイズはなのはの身を案じて、袖を引く。だが、なのはは引かない。
ひとの寂しさや悲しみを放っておけない強く優しい心を持つがゆえに、伝え合うことを諦めたくない。
決闘はヴェストリ広場で行われることになった。
なのはは思い出す。
初めて会った頃、アリサやすずかとは友達じゃなかった。まだ何も話をしたことがなかったから、気持ちを知ることができなかった。
「使い魔にとってご主人様がどんなに大切か知ってるよ。いろんな人たちを見てきたから。
私はルイズさんが言葉で傷つけられるのをみたくないから、絶対に見たくないから、誰にも馬鹿にさせない。
ゼロのルイズなんて、誰にも呼ばせたりしない。そのためにぶつかり合わなきゃいけないなら、私は引かない!」
「ふん、だったら平民が貴族の前でなにができるか思い知るがいいっ」
ギーシュがバラの造花を振るう。すると、一体のゴーレムが土の中から現れた。
「これが僕の魔法、ワルキューレだ。言葉を伝えたくば、まずはこのワルキューレを倒してからにしてもらおうっ」
なのははギーシュが土から錬金してみせたワルキューレを見て、実力のほどを見定める。
本来のなのはならば決して負けることはない相手だが、今はレイジングハートが沈黙していて、補助が受けられない状態だ。使える魔法は限られてくる。
「行けっ、ワルキューレ! 小生意気な平民を懲らしめるんだ」
青銅のゴーレムが予想以上の速さで突進してくる。
なのはは左手を前に突き出し、桃色の魔法陣を展開させると堅固なバリアが出現する。
分厚い金属がぶつかり合ったような轟音を立て、ワルキューレの拳が弾かれる。
「ふ、防いだ!? なんなんだ、あの光る盾は!」
ギーシュの驚きの声が上がる。もう一度、ゴーレムを突進させ、シールドを打ち破ろうと試みる。
なのはの世界では魔法はプログラムとして準備され、自分自身やデバイスにセットして魔法の力を行使する。
それらの魔法を知るきっかけを与えてくれたのはユーノだが、戦闘のための魔法やそれを効果的に運用するための闘い方を教えてくれたのはレイジングハートである。
魔法の存在など知らずに過ごしてきたなのはが強敵と互角以上に渡り合えたのはレイジングハートの信頼と援助があってこそのものだった。
なのはは、いざというときのために自分自身に組み込んでおいたシールドをとっさに展開したが、そのシールドはワルキューレのパワーに徐々に押され始めていた。
「ま、まさか平民に魔法が使えるとは思わなかったが、しょせんは防ぐだけのもの。さあ、いつまで持つかな」
ギーシュが造花を振るい、さらにワルキューレの出力が上昇する。
「くっ、このままじゃ」
なのはシールドの限界を悟り、右手に小さな光弾を生み出す。
「ぷっ、なんだあれ、ファイアーボールか? ちっちゃすぎるだろ」
なのはが浮かべた光弾をみて、ギャラリーの一角から忍び笑いが漏れる。
バリアを展開しつつ、光弾を操作するのは難易度の高い技術なのだが、学生レベルではそのやり方を教わること自体がありえない。
それがどれほどの技術であるか、ほとんど誰にも想像がつかない。
だが、さすがにハルキゲニア有数の魔法学院、その技量の高みに気が付き、内心で戦慄するものもわずかながらいた。
決闘騒ぎを聞きつけ、遠見の鏡で見物しているオスマンとコルベール、そして間近で見ているキュルケとタバサである。
キュルケは赤い唇を噛み締め、少女の闘いを見守っていた。
(二種類の魔法を同時展開なんて、私にあんな芸当ができるかしら)
キュルケとなのはでは魔法の質が違う。
そもそもの概念も違うが、自分の烈火のごとく激しい魔法や、タバサの冷徹で鋭利な魔法とは違って、なのはの放つ桃色の魔力が秘めているのは紛れもない優しさだ。
ひとを思い遣る、そのまっすぐな強さにこそ戦慄を覚える。
(負けちゃ駄目よ、なのは。ルイズのためにも、絶対に勝ちなさい)
手に汗を握り、我知らずキュルケはなのはを応援していた。
だが、左手で展開したバリアはとうとうヒビが入り始め、今にも破れそうになっている。
なのはは魔法弾を操作し、バリアを迂回させてギーシュの持っている杖に狙いを定める。
だが、そのため大きく曲線を描く進路をとった光弾は、反射的に身を守ろうとギーシュがワルキューレを自分と光弾の間に飛び込ませる時間を与えてしまい、防がれてしまう。
それでも光弾の直撃を受けたゴーレムは粉々に砕け散り、破片が草むらに散らばる。
なのはの光弾はただ小さいのではない。威力を一点に高めるために収束し、高密度の魔力を込めた弾体である。
ファイアーボールがテニスボールだとしたら、なのはの弾は研ぎ澄まされたライフル弾だ。
その威力を目の当たりにして、さすがに目の前の出来事に不審を覚えるものが出始める。
「な、なあ、まさかギーシュの奴、苦戦してるんじゃないか」
「だってよ、相手は平民だろ」
「いったい誰だよ、あれを平民って言い出したやつは。魔法をつかってるじゃないか」
「ねえ、でもあの魔法、なにか変じゃない。杖を使ってるふうもないし、あんな光の盾で防ぐ魔法なんて習ってないわよ」
ワルキューレが倒されたことで、ギャラリーがどよめき始める。
なのはは肩で息をさせ、ギーシュに話しかける。
「ギーシュさんは貴族なんだよね。魔法って確かにすごく便利だけど、使い方を間違えればひとを傷つけるんだよ。
ギーシュさんの魔法はなんのため、誰のために魔法を使うの?」
「ぼ、僕は、」
「答える必要ないぞ、ギーシュ。平民は力づくで黙らせろ!」
ギャラリーのなかから声が上がった。それは平民に地位を脅かされたと感じ始めた敏感な弱さから発せられた声でもある。
ギーシュ自身もその感情にしたがって、再びバラの造花を振るう。今度は二体だ。
一体で苦戦していたなのはは己の力量不足を痛感していた。
(帰ったら、いっぱい魔法の練習しなきゃ)
すでに幾度もの戦場を経験し、エース級の戦闘能力を有するなのはだが、それはこれまでレイジングハートの支えあってのことだ。
ベルカの騎士たちとの闘いではデバイス自らがベルカ式のシステムを取り入れ、騎士たちと渡り合うことができた。
「どうだね、降参するなら今のうちだが」
「絶対にいや!」
「ならば仕方ない、トドメだ、ワルキューレ!」
二体同時に突進してきたワルキューレになのはは歯を食いしばる。瞬間、胸元で強烈な光が膨れ上がった。
《Protection》
突如として響いた声。その声にもっとも驚いたのは、なのは自身だったに違いない。
今度は先ほどのものより一層強固なバリアが展開され、ワルキューレ二体の突撃を苦もなく受け止め、二体いっぺんに弾き返す。
「レイジングハートっ!」
《ご心配おかけしました。よく頑張りましたねマスター》
聞き慣れた、待ち望んでいた声。
「もう大丈夫なの、レイジングハート」
《いつでも全力で行けます》
その心強い声に押され、なのはは中空に浮かんだレイジングハートをぎゅっと握り締める。
「じゃあ、ひさしぶりに行くよ! お願い、レイジングハート」
《all right」》
「風は空に、星は天に。
そして、不屈の心はこの胸に。
この手に魔法を。
レイジングハート、セット・アップ!」
《Stand by.....ready》
不思議な声とともに少女の全身が強い輝きに包まれる。少女の身体を覆っていた衣服が分解され、白いバリアジャケットの媒体として再構成される。
「次から次に妙な魔法を!」
「今度はこっちの、番だよ!」
《Flash Impact》
なのはの身体が一瞬にして掻き消え、立ち上がりかけていたワルキューレの前に出現すると、そのまま杖を叩きつける。
一体は吹っ飛ばされ、もう一体はその衝突に巻き込まれ、弾丸ライナーの軌道に乗って背後の塔に叩きつけられる。
ギーシュの頬を掠めて行ったワルキューレは、塔に激突した後、数秒の間をおいて地面に崩れ落ちた。
間接はあらぬ方向に折れ曲がり、青銅の腕が一体の背中を突き破って、腰半分がもげて地面に刺さっている。
それはあたかもギーシュの行く末を暗示しているかのようであった。
(あ、あんなものを生身に食らったら死んでしまう)
ギーシュは身の危険に焦りながらも必死で方策を練る。先手が防がれた以上、いったん防御で凌いで、相手の隙を突く以外にない。
三度、魔法を発動させ、残りのゴーレムを全て生み出す。
これほどに魔力を消耗すれば、しばらくは魔法が使えなくなってしまうだろうが、背に腹は代えられない。
二体を防御に回し、一体を正面、最後の一体を背後に忍び寄らせて隙を窺う。
(これが大人の賢さってものさ、ガキとは違うのだよ、ガキとは!)
正面からぶつかって勝てないのなら、背面を突く。軍人の家系だけあって、ギーシュの戦術としての理論を正しく理解している。
だが、惜しむべきは実戦経験が圧倒的に不足していることだ。
いくら理論を叩き込まれたといっても、ギーシュのそれはしょせん座学にすぎない。
譲れぬもの同士がぶつかり合う激闘の最中で、幾度も傷つき、倒れながら磨いた戦闘技能の前では理論などなんの役にも立たない。
表情には出さずとも背面を警戒していたなのはは、とんぼ返りに飛翔し、翻りざまに砲撃で残りのワルキューレ全てをなぎ払う。
《divine shooter》
圧倒的火力の砲撃が空中からワルキューレの身をそぎ落としていく。
カートリッジ節約と、主の身体にかかる負担軽減を理由に威力を抑えた攻撃を提案をしたレイジングハートだが、それでもいとも簡単に青銅のゴーレムを跡形もなく消滅させていく。
「馬鹿な! 詠唱もなしに、これほどの威力が出せるはずは!」
砲撃がようやく収まった後の広場は縦横に芝生が抉れ、魔力の残滓による硝煙が立ち上っていた。
ゴーレムを失ったギーシュにはもう魔力さえも残っていない。低空で飛翔するなのはがギーシュめがけて思い切り杖で腹を抉る。
みぞおちを強打され、くの字に折れたギーシュは身体を天に突き上げられ、息を吸うこともできず、降参の声もあげられない。
意識を失いかけたそのとき、ギーシュの目に現実を疑わせる光景が飛び込んできた。
杖を囲んで四つの環状魔法陣が展開し、自分の身を突き上げる杖の先端に魔力が充填されていく。
尋常でないほど膨大な魔力の収束にギーシュの全身から血の気が引いた。
(そんな、この期に及んでトドメまで刺すのか? もう魔力もないのに!)
すでに勝負がついているのは誰の目にも明らかなはずなのに、なぜここにいたってトドメの一撃を食らわなければならないのか。
それも全ては、ゼロのルイズと呼んで彼女の主を傷つけたせいなのだと、ギーシュは今更になって己の発言の迂闊さに気付かされた。
「ディヴァィィィィインッ、バスター!」
はるか天空まで突き抜ける砲撃。
零距離から発射された主砲の一撃は圧倒的威力をもってギーシュの身体を飲み込み、砲撃が収束したあとにはギーシュの身体がどこにも見当たらなかった。
遠見の鏡で見ていたオスマンが呟く。
「こりゃ、グラモンのバカ息子は死んだかのう」
「のんきに構えている場合ですか、学院内で生徒が死亡したとあっては一大事ですぞ!」
コルベールが慌てて水魔法使いを広場に派遣する。
広場では生徒達が空を見上げていた。
砲撃が貫通した積乱雲が上空に漂い、常識をはるかに超えた威力に皆が放心している。
そして、上空から黒い豆粒のようなものが落ちてきて、それは見る間に接近し、人の形をあらわにする。
天空近くまで打ち上げられたギーシュがようやく地面まで堕ちてきたのだ。
なのはは空に浮かんで、ギーシュが激突する前に魔法陣をクッションにして受け止める。
ギーシュは空中を落下している間、失っていた意識をようやく取り戻す。その顔は傷つき、弱っていたがどこか晴れ晴れとしていた。
「僕の・・・・・・完敗だよ。もう指一本・・・・・・動かせない」
なのはたちの魔法とは違い、バリアジャケットもないハルケギニアのメイジは紙のように装甲が薄い。
物理ダメージを0に設定しているとはいえ、痛いものは痛い。
まともに食らえば、その痛みに失神し、数日は起き上がれなくなるのが当然だ。
それでもギーシュは最後の力を振り絞るようにして、唇を動かす。
「君に・・・・・・ひとつお願いがある・・・・・・んだ」
声は弱弱しかったが、それでもギーシュは気丈に笑みを作る。
「名前を・・・・・・教えてくれないかい?」
その言葉に、なのははギーシュと気持ちが通じ合ったのを感じた。だから元気いっぱいに答える。
「なのはだよ。わたし、高町なのは!」
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#navi(ルイズ×なのは(幼))
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