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「KNIGHT-ZERO ep15」(2009/06/21 (日) 22:58:15) の最新版変更点
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一葉目を蔽えば泰山を見ず
両豆耳を塞げぱ雷霆を聞かず
怺冠子 天則・先奏より
ルイズとKITTは寮の自室に篭り、モット伯爵に囲われたシエスタに会いにいくべく鳩首会談を始めた
タルブでの虚無魔法の発動以降、ルイズはコモンマジックも人並み程度には使えるようになったが
ルイズが部屋にかけたサイレントの魔法、風魔法系コモンで比較的難易度の高い魔法は失敗していた
以前タバサにサイレント魔法を見せて貰い、晩年のエジソンが研究していた静電気による遮音に似た物と
解析したKITTが、それに替わるべく指向性スピーカーからルイズの肉声の逆位相音を発して消音する
「ルイズ、王室で重職にある伯爵にアポイントも無く面会要求するのなら、なにがしかの方策が必要です」
ルイズが私に任せろと言わんばかりに胸を張る、自信満々に開陳した策はその胸のサイズほどの物だった
「わたしが直に話を通すわ、大丈夫!モット伯爵家なんてヴァリエール家に比べれば小物もいいとこよ!」
色々と失望したKITT、しかし日本の任侠業における揉め事の解決と同じく、家同士の話し合いになれば
平和裏に事を収められるかもしれない、あの恐ろしいカリーヌの事を考えなければそれは上策とも言えた
「ご実家の…ヴァリエール家の助力を仰ぐお積りですか?」
「そ、それは無理無理!…無理よぉ…お父さまもお母さまもそういうの嫌いだから、わたしが殺されるわ」
ヴァリエール公爵家の影響力は確かに強力だったが、ルイズの父ヴァリエール卿は家名を笠に着る行為を
何より嫌っていた、入り婿の父はバスクの片田舎領主の息子ながら国家への貢献と諫言を厭わぬ剛毅さで
名門ヴァリエール家の息女にしてマンティコア騎兵隊の伝説的騎士であったカリーヌを見事に娶った
ルイズは父から公爵でも子爵でもない平貴族である祖父の話、今でも領地の民と共に畑を耕し荷車を引く
心優しい父を誇りに思っている事を幾度となく聞かされた、祖父は領地が他の貴族からの干渉を受けた時
身を呈し領地を守り、右手に剣、左手に杖を持った祖父は王家が相手でも一歩も退く事が無かったという
バスク人の魂であるベレー帽を被った祖父の姿はルイズも何度か見た事があるが、母でさえ萎縮していた
地球では各国の軍隊でエリート部隊の象徴となっているバスク・ベレーはルイズにもひとつ贈られたが
タニアっ娘の間ではお洒落な帽子であるベレーを、ルイズは戦よりも女の一大事の為に取っておいていた
いつか誰か、大切なひとが現れたら…そのひととの最初のデートに向かう日、祖父譲りの勇気が欲しい時
デートという言葉が頭に浮かんだ時、ルイズが真っ先に想像したのはKITTの姿だった、慌てて頭を振る
シエスタに会いに行くと決めてみたはいいものの、どこからどうすれば、何をすればいいのかわからない
相手は伯爵家の当主でトライアングルメイジ、こっちは表立って虚無系統とは言えないゼロの一学生
八方塞がりで思考がめちゃくちゃになってくる、頭に血の上ったルイズは苛立たしげに桃色の髪を振った
「あぁもう何でわたしがあんなイヤな馬鹿オッパイメイドのためにこんな気苦労しなきゃいけないのよ!」
KITTは機械とはいえ知能設定上の年長者としての発言で、我を忘れそうになっているルイズを宥める
「ルイズ、あなたの本分は魔法と貴族作法を習得するために勉学に励む学生であることをお忘れなく
しかしながら…私の祖国にはこういう時、困難に陥った若者への助言たりうる言葉があります」
KITTは人工知能の発声システムには不必要な咳払いをした後、久しぶりに使う祖国の言葉を発した
「Just Move It ! GO For Break」
KITTのメモリにあるハードロック、その歌詞の意味が知りたくてルイズは最近、異世界の言語である
『エイゴ』の単語と文法を習い始めていた、しかしルイズにとってその一文はまだ難しかったらしく
KITTの電子辞書機能で苦労してあれこれと単語や熟語を調べながら、その言葉の意味を探った
ルイズの学習能力は優れていたが、彼女はDeathとかskullとか偏りのある単語から覚えていた
辞書を引いていたルイズは途中で猥褻な単語に寄道しながらも、その文章の訳と思われる意味に到達した
眉間に皺を寄せモニターを睨んでたルイズの顔がパっと輝く、正面のボイスインジケーターに顔を寄せた
「あんたの教えてくれた言葉のおかげで何をすべきわかったわ・・・いくわよKITT!モット伯爵の屋敷に」
「ルイズ、わたしの言葉からあなたは一体…何を学んだんですか?」
ルイズは自信たっぷりな様子で答える、もうアメリカ英語を完全に習得したような気分になっていた
「アンタ言ったじゃない!Go For Break・・・『ブっ壊しに行け!』って、フォーっと壊すのよ!」
「ルイズ・・・それは『当たって砕けろ』です・・・」
「砕けるのはあっちよ!大丈夫!モット伯爵家なんてわたしのKITTに比べれば超!小物よ」
ズビっと音がしそうな勢いでルイズは窓の外を指差す、モット伯爵の邸を指した積もりで豪快に方向違い
「ルイズ、それには語弊があります、私は一介の・・・」
「じゃあ、ターボ小物!」
KITTはルイズにこの異世界に召喚されて以来初めて、別のメイジの使い魔に転職したくなった
キュルケに話を聞いた瞬間から爆発寸前だった感情が、KITTの言葉をきっかけにとめどなく溢れ出す
あれこれと不安要素をシミュレートして、メリットとデメリットをせわしなく演算するKITTの横で
ルイズはKITTから得た助言を妙に勘違いして、拳を突き上げながら指を一本、空に中指を突き上げた
KITTにはそれが男性の生殖器を模した物で、射殺されてもやむなしの侮辱の仕草だとは言えなかった
ルイズの心にモット伯爵への怒りが湧き上がって来る、それはハードロックを通して世を知ったルイズの
世界の理不尽への怒りで、怒りが生むもう一つの感情はいつだって時空を問わず理不尽を壊す力となった
見当違いの勘違いから無軌道な怒りをぶつけ、それが周囲の人達や後の歴史に意外な影響を及ぼす姿は
ルイズの好きな地球のロック・ミュージシャン達の破天荒ながら魅力的な行動に似ていなくもなかった
ルイズはクローゼットを開け、苛立ち紛れに豪奢なドレスをはたき落とすと、奥から祖父のベレーを出す
「…女の一大事よ、ね…」
いつの日か愛する人と…そんな女の幸せをシエスタは奪われそうになっている、黙ってられるわけがない
ルイズは祖父がルイズの桃色の髪に合わせて見立ててくれた漆黒のバスクベレーを頭に被り、少し傾けた
誇り高きベレーを被ったちっぽけな少女は抑えきれない怒りに包まれ、怒りは小さな勇気の灯を点した
その姿はKITTの世界における騎士の物語、ガラクタの兜を被ったドン・キホーテのそれに少し似ていた
人間は物語の中のアン・ハッピーエンドに臍を噛み、そして事実をハッピーエンドに変える力を持っている
KITTにはこの異世界で目の前に立つラ・マンチャの少女に、その可能性があるような気がしていた
自分がこの世界に召喚された事に意義があるなら、それはサンチョ・パンサとロシナンテの二役を務める事
ルイズがベレーを頭に被った瞬間、不思議と頭を膨らせていた怒りはベレーに吸い取られるように消えた
替わって体中に走るのは、怒りによって滾る熱い血の力、事態を正確に把握する頭脳と、恐れを制する心
強く優しく、そして自らの信じた正義のために戦ったお爺さま、どうかこの弱虫で矮小な私に…勇気を…
ルイズは学院本塔の内壁に沿って長い長い螺旋を描く石階段を、足音荒く最上階に向けて昇っていた
石壁に挟まれ、KITTの車幅より少し狭い階段、しかし今のルイズの頭にもう少し血の気が多ければ
階段左右の壁を叩き壊しながらKITTのアクセルを踏んずけ、最上階まで駆け上がっていただろう
祖父から贈られた黒いベレーを被ったルイズはジョギングで鍛えた足で一歩一歩、階段を昇り続けていた
コモンマジック開眼後のルイズは、フライ等の初歩的な風魔法も何度かに一度は成功するようになったが
今、この塔をフライの魔法で昇っていたら、きっと頭の中で沸々と泡立つ怒りでどこかに激突してしまう
それに今のルイズはこの風格ある石段に靴底で一歩一歩八つ当たりでもしてないと気がおさまらなかった
本塔の最上階、学院長オールド・オスマンの執務室に向かうルイズの手には一枚の紙が握りしめられていた
少し息を切らしながら階段を昇り切ったルイズは東方趣味な檜のドアをノックし、返事も待たずに開けた
大人しくドアを開けるか鍵のかかったドアをエクスプロージョンでブチ破るかのどっちかだと思ってたが
施錠されてないドアは前者の結果となった、それは今のルイズにとって限りなくどうでもいいことだった
秘書すら居ない執務室で水キセルを燻らせながら、山と積まれた書類に奮戦していたオールド・オスマンは
突然の乱入者に目を細めた、不快感よりも孫の悪戯を見守るような眼差しにはルイズは気づかなかった
ルイズは一礼すると樫のデスクまで一直線に歩いていき、ご立派な書類の上に一枚の紙片を叩きつけた
羊皮紙や手漉紙に流麗な筆跡で著された他の書類とは対照的な、ルイズが普段覚え書きに使ってるザラ紙
帳面から乱暴に破り取った紙には、授業中の真面目な彼女から想像のつかない感情的な文字が踊っていた
退学届
ルイズが考えた、これから行う事の累が学院に及ばないようにする為の方策、5分で立案し2分で書いた
通常、羊皮紙に書かれる退学届にお決まりの定型文すらない、ただ退学する旨を書き、署名された紙
オールド・オスマンが皺に隠された目を見開き、彼にはとても稀な驚きの表情を浮かべたのを確めると
ルイズは間髪入れずまくしたてた、寮の部屋で会話をモニタリングしていたKITTがため息をつく
「わたくし、ルイズ・フランソワーズ・ド・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは当学院を退学いたします
読んで頂きましたね?、今の私にはくだらない返答を待っている時間はありません、では」
踵を返し部屋を出ようとするルイズ、恐らく学院始まって以来の不敬な生徒に、オスマンは声をかけた
「ミス・ヴァリエール…短気を起こす前に、ほんの少しでいい、この老人の話を聞いてはくれないか」
ルイズは余計に苛立ったように振りかえる、どうにか彼女の足を止めるため、オスマンは核心を突いた
「モット伯爵のことであろう、わしも噂話が好きなほうでな、今回したことについても少しは知っとるよ」
ルイズはオスマンの目を睨みながら無言でデスク前の椅子を引き、向かい合わせの位置に音たたて腰掛けた
「君はあのKITTとかいう不思議な使い魔を得て、力を得た、わしは君が決して力に溺れぬと信じておる」
ルイズはオスマンに顎を突き出して先を促す、トリスティン中を探してもこんな無礼なメイジは居ない
「君には自分がなすべき事が見えておるのか?目の前のイヤな奴をブン殴るために力を得たのかな
君が得た異世界の力とこの世界の虚無の力は、もっと大きな物と戦うためにあるのではないのか
目前の敵を倒して見失うより、大きな事を成し遂げ、より多くの人を救うことが大事だと思うんだが」
ルイズは数日前の帰郷の直前、アルビオン駐留軍への従軍許可をアンリエッタから得たばかりだった
「ルイズ、今日は授業を休んで部屋で考えなさい、自らの得た力と、その力の持つ意味と可能性について
考えて答えが出ずとも、一日中考えるのだ、若き頃の私がそうしたように…考える事こそ人の宝なのだ」
この老いた学院長が生徒をファーストネームで呼ぶのは初めてだった、一人の生徒をここまで案じるのも
「モット伯爵の事については私も許せんと思っとる、おそらくは君よりも腹ワタが煮えくり返っておるよ
二度とこのような真似ができぬよう、近日中に然るべき措置を取る事を約束しよう、わしを信じてくれ」
一言も発さずオスマンの声を聞いていたルイズは深い息をついた、ため息よりも猫の威嚇のような息吹き
オールド・オスマンは子供が真似っこをするように息を吐き、退学届を握り潰して横の屑カゴに放り込んだ
ルイズは椅子から静かに立ち上がる、中腰のままゆっくりと手を伸ばして屑カゴから丸めた紙を拾い上げた
そのまま右手でオスマンの胸倉を掴み、左手の中で震える退学届をオスマンのローブの懐にねじこんだ
鳶色の瞳に宿る、ついさっきドアを叩き開けた時とは比べ物にならぬほどの怒りにオスマンは驚愕する
「…考え…策を講じ…そんな事してるうちにシエスタは…女の子の一番大切な物を失ってしまいますよ…」
ルイズは自制心と戦うかのようにオスマンのローブから手を離すと、噛み締めた歯の間から言葉を搾り出す
「オールド・オスマン…私が男ならば…学院長の仰る通りにしたでしょう、でも…女だからわかるんです
女の辛さと、痛みを…女だから放っておけないんです…私は今、自分が女で心底よかったと思っています」
背を向け歩き始めるルイズ、その足には先刻までの無軌道な怒りは無い、感覚が刃物の様に鋭くなっていく
「…退学届…たしかに提出いたしました…これから先、何があってもこのルイズは学院とは無関係です」
「待ちなさいミス・ヴァリエール、よく考えるのだ、たとえ今は辛くとも、いつかきっとわかる時が…」
ガァン!と音が響く、オスマンに背を向け退室しようとしていたルイズは、檜のドアに拳を叩きつけた
ルイズの指の間からつっと一筋の血が滴る、見た目ほど丈夫でないドアは結局、破壊される羽目になった
「…婆ァになるまで考えたところで、私の心は変わりません…今、目を瞑れば…きっと一生後悔する」
右手に走る痛み、それが今のルイズにはありがたかった、人の不幸も歴史の中ではただの記録になる
その場に存在する痛みをルイズは忘れたくなかった、人の痛みを見て見ぬフリをするのが正しい事なら
どんなに痛い思いをしてでも、この彫刻は立派だが薄っぺらいドアのように叩き壊してしまいたかった
絶句し座り込むオスマンを一瞥もせず、ルイズはヒビ割れながら反動で閉まろうとするドアを蹴り開ける
古代の神官が貴族たる者の心構えを授ける姿が精緻に彫り込まれた檜のドアは、ひどく安っぽい音がした
ルイズは拳を舐めながら階段を駆け下りる、痛いけど骨は折れてない、人間は結構丈夫だな、と思った
あとは学院本塔を出て、KITTを停めてある寮塔の自分の部屋まで走って何分かかるかだけ考えていた
本塔を出た途端に車両乗り入れ禁止の出口脇で待っているKITTが目に入った、ルイズがにんまりと笑う
「気が利くわねKITT、ちょうどあんたとデートしたかったところよ、ドライブにでも行きましょうか」
KITTの情報収集によって得たモット伯爵の現在地は、トリスティン郊外の保養地に建つ別邸だった
その情報をもたらしたのは無口な友人タバサ、キュルケやルイズと共に魔法学院に籍を置くガリアの少女
トライアングルメイジにして騎士の爵位を持つ優等生ながら時々誰にも言わずに数日の外出をするタバサ
学院ではキュルケしか知らぬ北花壇騎士の任務から戻って間もないタバサは前置き無しでKITTに囁いた
「……リエージュ渓谷の別邸、モット伯爵とシエスタ、供回りは5人……」
タバサはガリアから任務に呼ばれる直前に今回の事態について聞いていた、そして間諜の悪い癖が出た
横で使い魔の風韻竜シルフィールドが、帰路での予定外の寄り道に少し疲れた声で「きゅいっ!」と鳴く
ルイズは肝心のモット伯爵の居場所について、何ひとつ手がかりの無い状態で飛び出そうとしていた
「サンキュー!タバサ、帰ったらシエスタにお茶の一杯でも奢らせるわ・・・いえ、わたしが奢ったげる」
聞いたことのない異世界のお礼の言葉に首をひねるタバサの隣に、いつのまにかキュルケが立っていた
昼にルイズが置いてったお茶代の銅貨を掌で鳴らしながら、スポーツの試合に送り出すように快活に笑う
「それはわたしが替わりにやっとくわ、思う存分暴れてらっしゃい・・・頼んだわよ、KITTクン」
「だから暴れるんじゃないって!話し合いよ、仲良くお話をしてくるだけよ、本当にそれだけなんだから」
言いながらルイズはKITTのフロントノーズを撫でる、全力突進すれば王宮さえ崩壊させられるボディ
「私もそれを望んでいます、心底それを望んでいます、ルイズ…くれぐれも、お願いします、くれぐれも」
学院内を縦横に掘る使い魔のモグラの力か、本人の野次馬根性か、いつも物騒事を嗅ぎつけるギーシュが
モンモランシーと共に現れた、ギーシュはルイズの左の手首を取り、コミュニケーター・リンクを外す
「突入する小隊とそれを支援する本隊は連絡を絶やさない、軍門に生まれた者の鉄則を今更思い出したよ」
モンモランシーは無言のままルイズを上から下まで眺めると、面白くもつまらなくもなさそうな顔で一言
「手」
ルイズが狐につままれたような顔で両手を出すと、学院長室のドアにパンチをくれて傷ついた右手を
無造作に引き寄せ、懐から出した瓶の中身、赤チンとかいう毒々しい色の魔法薬を右手の傷にぶちまけた
疼いていた右手に火にくべたような鋭い痛みが走る、その直後にさっきから集中力を削いでた疼痛が去り
滲んで指から滴っていた血が止まった、手の皮膚についた傷は治る様子が無い、今は直す必要も無い
痛みと出血を止めたモンモランシーは、初めて感情の宿った目をルイズに向けると、青い瓶を握らせた
「もしもシエスタにとても辛いことがあったなら、一時だけそれを忘れさせる薬よ、必要な時は使って」
ルイズも知っている、ある白い花の実鞘から採り、魔法で精製した液体、持ってるだけで首が飛ぶ禁制品
ルイズはモンモランシーを固く抱きしめ、キュルケと掌を打ち合わせ、ギーシュには視線だけをくれると
KITTの操縦席に収まる、鏡の前でベレーを直してから操縦桿を握り、アクセルを力強く踏みしめた
モンモランシーはギーシュを引っ張って、彼女が魔法薬作りのバイトに使ってる学院の治癒室に向かった
手に入りうる限りの薬を確保しておく積もりだった、ルイズとシエスタが無傷で帰って来る保証はない
ルイズを見送ったキュルケは、ガリアでの任務から帰ったばかりのタバサを連れて学院内のカフェに戻る
今日は授業をさぼってお茶でも飲みながら過ごす事にした、たまにはタバサを真似て読書などをしながら
文学に縁の無いキュルケが本の替わりに脇に抱えていたのは、ルイズが学院長に退学届を叩きつけてる間
KITTから貰った、モット伯爵の別邸の見取り図と周辺の地形図のプリントアウトの束だった
もしルイズが丸一日帰らなかったら、タバサと共に別邸一帯を火の海にしてでも救出に行くと決めていた
キュルケとタバサ、モンモランシーとギーシュの視線がルイズを力付けた、学院本塔の最上階からは
オールド・オスマンが見つめていた、教室からの半ば胡散臭げな視線、使用人寮からの祈るような眼差し
多くの人達の意思を受けながらルイズとKITTは学院から飛び出した、黒い影は瞬く間に地平線に消える
異世界のハルケギニアに生まれたドン・キホーテは土を巻き上げながら、風車に戦いを挑まんと走りだした
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#navi(KNIGHT-ZERO)
一葉目を蔽えば泰山を見ず
両豆耳を塞げぱ雷霆を聞かず
怺冠子 天則・先奏より
ルイズとKITTは寮の自室に篭り、モット伯爵に囲われたシエスタに会いにいくべく鳩首会談を始めた
タルブでの虚無魔法の発動以降、ルイズはコモンマジックも人並み程度には使えるようになったが
ルイズが部屋にかけたサイレントの魔法、風魔法系コモンで比較的難易度の高い魔法は失敗していた
以前タバサにサイレント魔法を見せて貰い、晩年のエジソンが研究していた静電気による遮音に似た物と
解析したKITTが、それに替わるべく指向性スピーカーからルイズの肉声の逆位相音を発して消音する
「ルイズ、王室で重職にある伯爵にアポイントも無く面会要求するのなら、なにがしかの方策が必要です」
ルイズが私に任せろと言わんばかりに胸を張る、自信満々に開陳した策はその胸のサイズほどの物だった
「わたしが直に話を通すわ、大丈夫!モット伯爵家なんてヴァリエール家に比べれば小物もいいとこよ!」
色々と失望したKITT、しかし日本の任侠業における揉め事の解決と同じく、家同士の話し合いになれば
平和裏に事を収められるかもしれない、あの恐ろしいカリーヌの事を考えなければそれは上策とも言えた
「ご実家の…ヴァリエール家の助力を仰ぐお積りですか?」
「そ、それは無理無理!…無理よぉ…お父さまもお母さまもそういうの嫌いだから、わたしが殺されるわ」
ヴァリエール公爵家の影響力は確かに強力だったが、ルイズの父ヴァリエール卿は家名を笠に着る行為を
何より嫌っていた、入り婿の父はバスクの片田舎領主の息子ながら国家への貢献と諫言を厭わぬ剛毅さで
名門ヴァリエール家の息女にしてマンティコア騎兵隊の伝説的騎士であったカリーヌを見事に娶った
ルイズは父から公爵でも子爵でもない平貴族である祖父の話、今でも領地の民と共に畑を耕し荷車を引く
心優しい父を誇りに思っている事を幾度となく聞かされた、祖父は領地が他の貴族からの干渉を受けた時
身を呈し領地を守り、右手に剣、左手に杖を持った祖父は王家が相手でも一歩も退く事が無かったという
バスク人の魂であるベレー帽を被った祖父の姿はルイズも何度か見た事があるが、母でさえ萎縮していた
地球では各国の軍隊でエリート部隊の象徴となっているバスク・ベレーはルイズにもひとつ贈られたが
タニアっ娘の間ではお洒落な帽子であるベレーを、ルイズは戦よりも女の一大事の為に取っておいていた
いつか誰か、大切なひとが現れたら…そのひととの最初のデートに向かう日、祖父譲りの勇気が欲しい時
デートという言葉が頭に浮かんだ時、ルイズが真っ先に想像したのはKITTの姿だった、慌てて頭を振る
シエスタに会いに行くと決めてみたはいいものの、どこからどうすれば、何をすればいいのかわからない
相手は伯爵家の当主でトライアングルメイジ、こっちは表立って虚無系統とは言えないゼロの一学生
八方塞がりで思考がめちゃくちゃになってくる、頭に血の上ったルイズは苛立たしげに桃色の髪を振った
「あぁもう何でわたしがあんなイヤな馬鹿オッパイメイドのためにこんな気苦労しなきゃいけないのよ!」
KITTは機械とはいえ知能設定上の年長者としての発言で、我を忘れそうになっているルイズを宥める
「ルイズ、あなたの本分は魔法と貴族作法を習得するために勉学に励む学生であることをお忘れなく
しかしながら…私の祖国にはこういう時、困難に陥った若者への助言たりうる言葉があります」
KITTは人工知能の発声システムには不必要な咳払いをした後、久しぶりに使う祖国の言葉を発した
「Just Move It ! GO For Break」
KITTのメモリにあるハードロック、その歌詞の意味が知りたくてルイズは最近、異世界の言語である
『エイゴ』の単語と文法を習い始めていた、しかしルイズにとってその一文はまだ難しかったらしく
KITTの電子辞書機能で苦労してあれこれと単語や熟語を調べながら、その言葉の意味を探った
ルイズの学習能力は優れていたが、彼女はDeathとかskullとか偏りのある単語から覚えていた
辞書を引いていたルイズは途中で猥褻な単語に寄道しながらも、その文章の訳と思われる意味に到達した
眉間に皺を寄せモニターを睨んでたルイズの顔がパっと輝く、正面のボイスインジケーターに顔を寄せた
「あんたの教えてくれた言葉のおかげで何をすべきわかったわ・・・いくわよKITT!モット伯爵の屋敷に」
「ルイズ、わたしの言葉からあなたは一体…何を学んだんですか?」
ルイズは自信たっぷりな様子で答える、もうアメリカ英語を完全に習得したような気分になっていた
「アンタ言ったじゃない!Go For Break・・・『ブっ壊しに行け!』って、フォーっと壊すのよ!」
「ルイズ・・・それは『当たって砕けろ』です・・・」
「砕けるのはあっちよ!大丈夫!モット伯爵家なんてわたしのKITTに比べれば超!小物よ」
ズビっと音がしそうな勢いでルイズは窓の外を指差す、モット伯爵の邸を指した積もりで豪快に方向違い
「ルイズ、それには語弊があります、私は一介の・・・」
「じゃあ、ターボ小物!」
KITTはルイズにこの異世界に召喚されて以来初めて、別のメイジの使い魔に転職したくなった
キュルケに話を聞いた瞬間から爆発寸前だった感情が、KITTの言葉をきっかけにとめどなく溢れ出す
あれこれと不安要素をシミュレートして、メリットとデメリットをせわしなく演算するKITTの横で
ルイズはKITTから得た助言を妙に勘違いして、拳を突き上げながら指を一本、空に中指を突き上げた
KITTにはそれが男性の生殖器を模した物で、射殺されてもやむなしの侮辱の仕草だとは言えなかった
ルイズの心にモット伯爵への怒りが湧き上がって来る、それはハードロックを通して世を知ったルイズの
世界の理不尽への怒りで、怒りが生むもう一つの感情はいつだって時空を問わず理不尽を壊す力となった
見当違いの勘違いから無軌道な怒りをぶつけ、それが周囲の人達や後の歴史に意外な影響を及ぼす姿は
ルイズの好きな地球のロック・ミュージシャン達の破天荒ながら魅力的な行動に似ていなくもなかった
ルイズはクローゼットを開け、苛立ち紛れに豪奢なドレスをはたき落とすと、奥から祖父のベレーを出す
「…女の一大事よ、ね…」
いつの日か愛する人と…そんな女の幸せをシエスタは奪われそうになっている、黙ってられるわけがない
ルイズは祖父がルイズの桃色の髪に合わせて見立ててくれた漆黒のバスクベレーを頭に被り、少し傾けた
誇り高きベレーを被ったちっぽけな少女は抑えきれない怒りに包まれ、怒りは小さな勇気の灯を点した
その姿はKITTの世界における騎士の物語、ガラクタの兜を被ったドン・キホーテのそれに少し似ていた
人間は物語の中のアン・ハッピーエンドに臍を噛み、そして事実をハッピーエンドに変える力を持っている
KITTにはこの異世界で目の前に立つラ・マンチャの少女に、その可能性があるような気がしていた
自分がこの世界に召喚された事に意義があるなら、それはサンチョ・パンサとロシナンテの二役を務める事
ルイズがベレーを頭に被った瞬間、不思議と頭を膨らせていた怒りはベレーに吸い取られるように消えた
替わって体中に走るのは、怒りによって滾る熱い血の力、事態を正確に把握する頭脳と、恐れを制する心
強く優しく、そして自らの信じた正義のために戦ったお爺さま、どうかこの弱虫で矮小な私に…勇気を…
ルイズは学院本塔の内壁に沿って長い長い螺旋を描く石階段を、足音荒く最上階に向けて昇っていた
石壁に挟まれ、KITTの車幅より少し狭い階段、しかし今のルイズの頭にもう少し血の気が多ければ
階段左右の壁を叩き壊しながらKITTのアクセルを踏んずけ、最上階まで駆け上がっていただろう
祖父から贈られた黒いベレーを被ったルイズはジョギングで鍛えた足で一歩一歩、階段を昇り続けていた
コモンマジック開眼後のルイズは、フライ等の初歩的な風魔法も何度かに一度は成功するようになったが
今、この塔をフライの魔法で昇っていたら、きっと頭の中で沸々と泡立つ怒りでどこかに激突してしまう
それに今のルイズはこの風格ある石段に靴底で一歩一歩八つ当たりでもしてないと気がおさまらなかった
本塔の最上階、学院長オールド・オスマンの執務室に向かうルイズの手には一枚の紙が握りしめられていた
少し息を切らしながら階段を昇り切ったルイズは東方趣味な檜のドアをノックし、返事も待たずに開けた
大人しくドアを開けるか鍵のかかったドアをエクスプロージョンでブチ破るかのどっちかだと思ってたが
施錠されてないドアは前者の結果となった、それは今のルイズにとって限りなくどうでもいいことだった
秘書すら居ない執務室で水キセルを燻らせながら、山と積まれた書類に奮戦していたオールド・オスマンは
突然の乱入者に目を細めた、不快感よりも孫の悪戯を見守るような眼差しにはルイズは気づかなかった
ルイズは一礼すると樫のデスクまで一直線に歩いていき、ご立派な書類の上に一枚の紙片を叩きつけた
羊皮紙や手漉紙に流麗な筆跡で著された他の書類とは対照的な、ルイズが普段覚え書きに使ってるザラ紙
帳面から乱暴に破り取った紙には、授業中の真面目な彼女から想像のつかない感情的な文字が踊っていた
退学届
ルイズが考えた、これから行う事の累が学院に及ばないようにする為の方策、5分で立案し2分で書いた
通常、羊皮紙に書かれる退学届にお決まりの定型文すらない、ただ退学する旨を書き、署名された紙
オールド・オスマンが皺に隠された目を見開き、彼にはとても稀な驚きの表情を浮かべたのを確めると
ルイズは間髪入れずまくしたてた、寮の部屋で会話をモニタリングしていたKITTがため息をつく
「わたくし、ルイズ・フランソワーズ・ド・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは当学院を退学いたします
読んで頂きましたね?、今の私にはくだらない返答を待っている時間はありません、では」
踵を返し部屋を出ようとするルイズ、恐らく学院始まって以来の不敬な生徒に、オスマンは声をかけた
「ミス・ヴァリエール…短気を起こす前に、ほんの少しでいい、この老人の話を聞いてはくれないか」
ルイズは余計に苛立ったように振りかえる、どうにか彼女の足を止めるため、オスマンは核心を突いた
「モット伯爵のことであろう、わしも噂話が好きなほうでな、今回したことについても少しは知っとるよ」
ルイズはオスマンの目を睨みながら無言でデスク前の椅子を引き、向かい合わせの位置に音たたて腰掛けた
「君はあのKITTとかいう不思議な使い魔を得て、力を得た、わしは君が決して力に溺れぬと信じておる」
ルイズはオスマンに顎を突き出して先を促す、トリスティン中を探してもこんな無礼なメイジは居ない
「君には自分がなすべき事が見えておるのか?目の前のイヤな奴をブン殴るために力を得たのかな
君が得た異世界の力とこの世界の虚無の力は、もっと大きな物と戦うためにあるのではないのか
目前の敵を倒して見失うより、大きな事を成し遂げ、より多くの人を救うことが大事だと思うんだが」
ルイズは数日前の帰郷の直前、アルビオン駐留軍への従軍許可をアンリエッタから得たばかりだった
「ルイズ、今日は授業を休んで部屋で考えなさい、自らの得た力と、その力の持つ意味と可能性について
考えて答えが出ずとも、一日中考えるのだ、若き頃の私がそうしたように…考える事こそ人の宝なのだ」
この老いた学院長が生徒をファーストネームで呼ぶのは初めてだった、一人の生徒をここまで案じるのも
「モット伯爵の事については私も許せんと思っとる、おそらくは君よりも腹ワタが煮えくり返っておるよ
二度とこのような真似ができぬよう、近日中に然るべき措置を取る事を約束しよう、わしを信じてくれ」
一言も発さずオスマンの声を聞いていたルイズは深い息をついた、ため息よりも猫の威嚇のような息吹き
オールド・オスマンは子供が真似っこをするように息を吐き、退学届を握り潰して横の屑カゴに放り込んだ
ルイズは椅子から静かに立ち上がる、中腰のままゆっくりと手を伸ばして屑カゴから丸めた紙を拾い上げた
そのまま右手でオスマンの胸倉を掴み、左手の中で震える退学届をオスマンのローブの懐にねじこんだ
鳶色の瞳に宿る、ついさっきドアを叩き開けた時とは比べ物にならぬほどの怒りにオスマンは驚愕する
「…考え…策を講じ…そんな事してるうちにシエスタは…女の子の一番大切な物を失ってしまいますよ…」
ルイズは自制心と戦うかのようにオスマンのローブから手を離すと、噛み締めた歯の間から言葉を搾り出す
「オールド・オスマン…私が男ならば…学院長の仰る通りにしたでしょう、でも…女だからわかるんです
女の辛さと、痛みを…女だから放っておけないんです…私は今、自分が女で心底よかったと思っています」
背を向け歩き始めるルイズ、その足には先刻までの無軌道な怒りは無い、感覚が刃物の様に鋭くなっていく
「…退学届…たしかに提出いたしました…これから先、何があってもこのルイズは学院とは無関係です」
「待ちなさいミス・ヴァリエール、よく考えるのだ、たとえ今は辛くとも、いつかきっとわかる時が…」
ガァン!と音が響く、オスマンに背を向け退室しようとしていたルイズは、檜のドアに拳を叩きつけた
ルイズの指の間からつっと一筋の血が滴る、見た目ほど丈夫でないドアは結局、破壊される羽目になった
「…婆ァになるまで考えたところで、私の心は変わりません…今、目を瞑れば…きっと一生後悔する」
右手に走る痛み、それが今のルイズにはありがたかった、人の不幸も歴史の中ではただの記録になる
その場に存在する痛みをルイズは忘れたくなかった、人の痛みを見て見ぬフリをするのが正しい事なら
どんなに痛い思いをしてでも、この彫刻は立派だが薄っぺらいドアのように叩き壊してしまいたかった
絶句し座り込むオスマンを一瞥もせず、ルイズはヒビ割れながら反動で閉まろうとするドアを蹴り開ける
古代の神官が貴族たる者の心構えを授ける姿が精緻に彫り込まれた檜のドアは、ひどく安っぽい音がした
ルイズは拳を舐めながら階段を駆け下りる、痛いけど骨は折れてない、人間は結構丈夫だな、と思った
あとは学院本塔を出て、KITTを停めてある寮塔の自分の部屋まで走って何分かかるかだけ考えていた
本塔を出た途端に車両乗り入れ禁止の出口脇で待っているKITTが目に入った、ルイズがにんまりと笑う
「気が利くわねKITT、ちょうどあんたとデートしたかったところよ、ドライブにでも行きましょうか」
KITTの情報収集によって得たモット伯爵の現在地は、トリスティン郊外の保養地に建つ別邸だった
その情報をもたらしたのは無口な友人タバサ、キュルケやルイズと共に魔法学院に籍を置くガリアの少女
トライアングルメイジにして騎士の爵位を持つ優等生ながら時々誰にも言わずに数日の外出をするタバサ
学院ではキュルケしか知らぬ北花壇騎士の任務から戻って間もないタバサは前置き無しでKITTに囁いた
「……リエージュ渓谷の別邸、モット伯爵とシエスタ、供回りは5人……」
タバサはガリアから任務に呼ばれる直前に今回の事態について聞いていた、そして間諜の悪い癖が出た
横で使い魔の風韻竜シルフィールドが、帰路での予定外の寄り道に少し疲れた声で「きゅいっ!」と鳴く
ルイズは肝心のモット伯爵の居場所について、何ひとつ手がかりの無い状態で飛び出そうとしていた
「サンキュー!タバサ、帰ったらシエスタにお茶の一杯でも奢らせるわ・・・いえ、わたしが奢ったげる」
聞いたことのない異世界のお礼の言葉に首をひねるタバサの隣に、いつのまにかキュルケが立っていた
昼にルイズが置いてったお茶代の銅貨を掌で鳴らしながら、スポーツの試合に送り出すように快活に笑う
「それはわたしが替わりにやっとくわ、思う存分暴れてらっしゃい・・・頼んだわよ、KITTクン」
「だから暴れるんじゃないって!話し合いよ、仲良くお話をしてくるだけよ、本当にそれだけなんだから」
言いながらルイズはKITTのフロントノーズを撫でる、全力突進すれば王宮さえ崩壊させられるボディ
「私もそれを望んでいます、心底それを望んでいます、ルイズ…くれぐれも、お願いします、くれぐれも」
学院内を縦横に掘る使い魔のモグラの力か、本人の野次馬根性か、いつも物騒事を嗅ぎつけるギーシュが
モンモランシーと共に現れた、ギーシュはルイズの左の手首を取り、コミュニケーター・リンクを外す
「突入する小隊とそれを支援する本隊は連絡を絶やさない、軍門に生まれた者の鉄則を今更思い出したよ」
モンモランシーは無言のままルイズを上から下まで眺めると、面白くもつまらなくもなさそうな顔で一言
「手」
ルイズが狐につままれたような顔で両手を出すと、学院長室のドアにパンチをくれて傷ついた右手を
無造作に引き寄せ、懐から出した瓶の中身、赤チンとかいう毒々しい色の魔法薬を右手の傷にぶちまけた
疼いていた右手に火にくべたような鋭い痛みが走る、その直後にさっきから集中力を削いでた疼痛が去り
滲んで指から滴っていた血が止まった、手の皮膚についた傷は治る様子が無い、今は直す必要も無い
痛みと出血を止めたモンモランシーは、初めて感情の宿った目をルイズに向けると、青い瓶を握らせた
「もしもシエスタにとても辛いことがあったなら、一時だけそれを忘れさせる薬よ、必要な時は使って」
ルイズも知っている、ある白い花の実鞘から採り、魔法で精製した液体、持ってるだけで首が飛ぶ禁制品
ルイズはモンモランシーを固く抱きしめ、キュルケと掌を打ち合わせ、ギーシュには視線だけをくれると
KITTの操縦席に収まる、鏡の前でベレーを直してから操縦桿を握り、アクセルを力強く踏みしめた
モンモランシーはギーシュを引っ張って、彼女が魔法薬作りのバイトに使ってる学院の治癒室に向かった
手に入りうる限りの薬を確保しておく積もりだった、ルイズとシエスタが無傷で帰って来る保証はない
ルイズを見送ったキュルケは、ガリアでの任務から帰ったばかりのタバサを連れて学院内のカフェに戻る
今日は授業をさぼってお茶でも飲みながら過ごす事にした、たまにはタバサを真似て読書などをしながら
文学に縁の無いキュルケが本の替わりに脇に抱えていたのは、ルイズが学院長に退学届を叩きつけてる間
KITTから貰った、モット伯爵の別邸の見取り図と周辺の地形図のプリントアウトの束だった
もしルイズが丸一日帰らなかったら、タバサと共に別邸一帯を火の海にしてでも救出に行くと決めていた
キュルケとタバサ、モンモランシーとギーシュの視線がルイズを力付けた、学院本塔の最上階からは
オールド・オスマンが見つめていた、教室からの半ば胡散臭げな視線、使用人寮からの祈るような眼差し
多くの人達の意思を受けながらルイズとKITTは学院から飛び出した、黒い影は瞬く間に地平線に消える
異世界のハルケギニアに生まれたドン・キホーテは土を巻き上げながら、風車に戦いを挑まんと走りだした
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