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#navi(Hitman ZERO the Assassin)
&setpagename(第九話 書き直された真実)
影が、大地に転がる一体の亡骸を見て、舌打ちをした。
そっと、首筋に手を当てる。其処に出来た細い傷は、硬質な糸上の物で強く締め付けられた傷で間違いない。
次に、ローブをめくり、両の掌を調べる。どの指先にも、爪が無くなっていた。相手に激痛をもたらす様な強引なやり方で剥がされたのだろう。酷く痛んでいる。
尚かつ、ぐにゃりとした指先は、既に骨を折られた事を暗に示す。瞼を恐る恐る開けてみると、眼球が刳り貫かれている。
他にも、ローブに隠れてはいたが幾つもの拷問の痕があった。とても、全て確認出来る様な生易しい物ではない。吐き気を覚え、影は亡骸から離れる。
「魔法を使わないで、此処まで出来るとはな。余程の死線をかいくぐって来たのだろう」
それとは別の影は後方から亡骸を見下していた。こちらは比較的冷静に、しかし何処か怒気のこもった口調で語る。
二つの影は、お互いに黒いローブを頭から被り顔はおろか、どんな姿かも視認出来ない。
だが、それらは申し合わせた様に無言のまま亡骸を抱え上げる。男性一人分とは言え、二人掛かりで持ち上げられない程ではない。
周囲に人の気配がない事を確認してから、ゆっくりと森の茂みを進む。
「やはり、偏在を使うべきじゃなかったのか」
「……それは逆に危険だ。側にフーケも居る。下手に魔法の気配を放つのは良くない。
それに、生身の人間を向かわせたお陰で、彼女に接触した者がどういう人間か分かった。それを踏まえれば、俺達の名が知られた事は大した問題ではない」
「それは、どういう意味だ」
「直に分かる」
先導する影は明らかに動揺していたが、後続する影は冷静に相手を諭し続ける。最後の突き放す様な一言には腹を立て、低く唸る様な声が聞こえた。
「フーケを仲間に出来なかった事の方が私達にとっては問題だったとでも」
「そうだな。当初の計画にズレが生じている。……違うか」
前を歩く影が舌打ちをする。どうも、それは後ろについて歩く影が苦手だった。何を考えているか分からない。
或は、何か、自身が想像もつかない様な途轍もない事を企んでいるのかもしれない。そう懸念してしまう事もある。
だが、言っている事は何時でも事実だ。フーケ程のメイジを仲間に出来れば、十二分に戦力になり得る。だが、先を越されてしまった。
相手が相手なだけに、裏切らせる事は難しいだろう。これ以上計画を送らせる事も難しい。しかし、上手く行けば彼らを纏めて懐柔させる事も出来る。
その手段を、影は知っているが故に、笑い声を漏らす。
「今、迎えに行くからね……」
影が独り言を呟く。それきり、闇の中へと姿を消した。
※※※
至極当然として、フーケが脱走した事は城から離れた学院にも伝わって来た。魔力が使われた気配がなく、煙の様に姿を消してしまった為に足取りが全くつかめていないらしい。
尤も、初めから魔法を使えない47が脱走の手引きをしたのだからそうなって当たり前だ。既に、フーケは彼の依頼を遂行する為に各地を飛び回っている。
ただ、尋問の果てに処分した男の死体が見つかったという話が、何時まで経っても聞こえてこないという事には違和感を覚える。
誰かが発見したのなら、フーケが自らの保身の為に抹殺した、巻き添えを食らったと考えるのが普通だろう。ところが、それが無い。
故に、考えられるのは一つ。あの場に、他に誰かいたという事だ。下手をすれば、顔を見られた事になる。恐らく、その相手もフーケを引き入れようとしていた者だろう。
ところが、47が先回りをしてしまった為にそれが出来なかった。或は、戦いを挑む事は出来たのかもしれない。しかし、それをしなかったのは目立つ行動を控えたかったから。
即ち、完全に城や学院とは無関係の外部の人間。
「なあ相棒。学院長から直々に話って、一体なんだろうな」
授業が始まる直前、ルイズと別れた47は一人学院長室に向かっていた。オスマンが、直接47と話をしてみたいというのが事の発端だった。
使い魔が直々に呼び出されるという話は、聞いた事が無い。ルイズがしきりに自分もついて行くと言って聞かなかったが、授業もあるという事で結局47が一人で行く事になってしまった。
無論、そちらの方が都合がいいと47が一人結論に至る。相手が何を聞きたいかは定かではないが、こちらが聞きたい事は山ほどある。一度歩いた道を、そのままなぞり真っすぐ学院長室へと向かう。
学院長室には、オスマンの他に、コルベールの姿もあった。二人とも、例の破滅の書を見合い何かを話していたようだったが、47の存在に気づくと、その手を止めて真っすぐ彼を見る。
「わざわざ済まないのう」
「いや、こちらも話をしておきたい事があったからな」
「……破滅の書の事じゃな」
47は頷く。二人の表情が固くなった。どうやら彼の想像通りだったようだ。取り分け、オスマンは47に対する警戒心を露にする。
「先ず、初めに言っておくと、あの破滅の書は正確にはオルトマイヤー文章という。そして、俺の良く知る言語、英語で表記されていた。
恐らく、この世界で生きている者では一生涯かけても解読する事は出来ないだろう。仮に、解読出来たとしても、これを利用するのは無理だ」
沈黙が降りる。コルベールは狼狽気味にオスマンの次の言葉を待ち、オスマンはというと、ただじっと47の顔を覗いている。
「何故、これが此処にある」
やがて、47が先に沈黙を破った。突きつける様な言い方で、一歩オスマンに歩み寄る。
必然的に、47がオスマンを見下ろす姿勢になるのだが、オスマンには全く怖じ気づいている様子はない。
「それについて、やはり話すべきかの……」
観念した様にため息をついてから、オスマンがこの破滅の書の経緯を話し始めた。
それは、47の予想を大きく超えた物以外の、何物でもなかった。
嘗て、オスマンがこの学院の学院長に就任した直後の事だ。まだ若い魔法使いであったオスマンは、魔法薬の実験の材料を求めてある森の中を散策していた。
其処で、ある一人の老人と出会った。古ぼけた服装から、何処かの平民には違いなかったが、酷く衰弱していた。オスマンが治療に当たろうとすると、それを拒否して彼に一冊の奇妙な本を託した。
それまで多くの書物を拝見して来たオスマンが、初めて見る極めて固い装丁を施した本だった。中身を見ても未知の言語、とても解読出来る物ではない。
それよりも、この老人を助ける方が先決だとオスマンが抱き上げようとすると、老人はそれすらも拒否した。
もう、自分は逃げる事は出来ないと。この破滅の書を、安全で、誰の手にも届かない場所に保管してほしい。何れ、この本の内容を知る者が現れたら、渡してほしい、と。
そして、持っていた刃物で自らの首を切り、絶命してしまった。
目の前で鮮血が吹き上がり、目眩がする。だが、すぐ側に人の気配を感じると、一目散にオスマンは今来た道を逆に駆けていた。
どう考えても危険すぎる。この本を捨てて逃げる手段もあった筈だが、どういう訳だか、それが出来なかった。
そして、彼との約束通り、この書物を学院の所蔵庫の最深部に保管する事となり、今に至る。
これまでも、信頼のこえるコルベールとともにこれに書かれた言語の研究を行って来たが、一文字も理解出来ていない。どんなハルケギニア語或は外部大陸の言語とも類似点が無かった。
何故、その書を、さらりと47が知っていると言えるのか。オスマンは椅子に深く座り直してコルベールを見た。
「ええ、と。その、つまり……。ミスタ47、英語というのは……」
「この世界の言語ではない。俺のいた世界、その中のアメリカやイギリスなどで話されている言語だ。当然、この世界の人間が知る訳が無い」
「で……では」
「そうだな。疑わしかったが、これではっきりした。信じがたいのだが、俺は召喚の儀式で異世界とやらにやってきたようだ」
コルベールは絶句した。思い出してみれば、召喚の儀式の時にも、彼は同じ事を口走っていた。
だが、外部の大陸ならまだしも、異世界は流石に予想の範疇を超えている。まさか、使い魔の儀式で平民ではなく、異世界の人間を召喚をしたなど、思案する事もなかった。
ところが、オスマンは冷静だった。暫く長くのびた髭をさする。
「ふむ、そうなれば色々と話の都合が付くには付くの。本当にこの書は命を引き換えにしてでも守らなければならなかったのかね」
「守る、というより情報を外に漏らしては行けないという事だろう。こんな技術が存在すると知れれば、まさに破滅を呼ぶ事になる」
「……破滅の書、いや、オルトマイヤー文章とは一体何なんじゃ」
一呼吸置いて、47は言った。クローンを生み出すものだ。
当然、二人はクローンが何かを知る由もない。47は、一から、丁寧に説明を始めた。彼らがこの技術を使わない保証は無い。
故に、その手段など、重要と思う部分は敢えて伏せたまま。
必要な事を説明するのには流石に時間がかかった。それでも、その話にオスマンとコルベールは揃って真剣な眼差して耳を傾ける。
47の話が終わる頃、狼狽気味だったコルベールの顔には畏怖が宿り、オスマンは侮蔑に似た面持ちを浮かべていた。
「クローンか。恐ろしい技術じゃな」
「ああ。この世界では、もしかしたら魔法を応用すればクローンを作り出せるかも知れない
「しかし、分からんの。何故、この文章を持ち出した老人は、その場で燃やし尽くそうとしなかったのか」
「ああ、それなら……。その本を見せてくれないか」
「別に構わんが――」
オスマンが手にしていたオルトマイヤー文章を掲げた。その刹那、室内に空気が抜ける様な、乾いた音が微かに響いた。
だが、その軽い音に反して、椅子に座っていた筈のオスマンが、突然大きく後ろに吹き飛ばされた。側にいた、コルベールもまた、突如身にかかった巨大な圧力で体が後方へとのけぞる。室内の中央のデスクに乱雑に積まれていた書物や紙も、急激に舞い上がる。
衝撃は直ぐに止み、後にはまるで突風でも発生したかの様な乱雑な部屋が其処にあった。47はというと、最初からこうなる事を見透かしていた様に、シルバーポーラーを携え唖然とする二人を眺める。
ひっくり返ったままどういう事か尋ねるオスマンに、47は端的に応えた。処分しようとしても、処分出来ない。言い換えれば、処分出来ない理由がある。有効活用する手段を模索していたのか。
それでは、自ら命を絶った理由が説明出来ない。そうなるからには、自分が余程追い込まれていた何かがある筈だ。
処分しなければならないのに、それが処分出来ない訳、それは、破滅の書そのものが処分出来ない仕掛けが施されているからに他ならない。
47はそう確信していた。程度はどうあれ、この世界でのその仕組みは、恐らく魔法。燃やす事も出来ない、切り刻む事も出来ないよう仕掛けられている。
それを実証する為に、彼はシルバーポーラーでオルトマイヤー文章を撃ち抜こうと引き金を引いた。
結果は、まさに目の前の光景の通り、文章は撃ち抜かれる事を拒む様に反発し、衝撃が起こった。
原因を理解し、オスマンは幾分落ち着いた様に椅子に座り直す。コルベールはというと、大事な書物が撃ち抜かれたと酷く困惑し、オルトマイヤー文章に傷がついていないか丹念に調べ始めた。
勿論、47の推測通り何処にも弾痕は愚か、へこみ傷も無い。それどころか、先程まで感じなかった魔力が、この文章から溢れている。
「そんな……」
あり得ない。コルベールは目を見開いて嘆いた。確かに、トラップになり得る魔法は存在する。しかし、こんなに完璧に隠す魔法など、彼は知らなかった。
「……どうやらこの本を所有していた者は、只の魔法使いという訳でもなさそうじゃな」
オスマンとて、それは同じだ。微かに唇を震わせる。永久魔法はあるにはあるが、オスマンですらそれを、これほどまでに完璧に、且つ、隠蔽させて施すのは難しい。
しかし、今それを懸念する時ではない。47の方へと向き、オスマンはやや荒くあごをさする。
「ところで、これがミスタ47のいた異世界の書物として、じゃ。そちらの世界でもこの文章は危険なものじゃったのかな」
「ああ。そうだな。極めてごく一部の人間にしか知られていない。多分、数える程だろうな」
「ふむ……では、何故君が其処まで、その危険性を含めて知っておるのかのう」
「ふん、分かっているだろうに」
意地悪そうな笑みを浮かべたオスマンに、47は含み笑いで返す。コルベールはというと、少しの間を置いて、彼ら二人の言っている意味を理解した。
クローンを生み出す超機密文章。それを知っている。知っているという事はこの文章を書いた者か、或はその関係者。
47は、唐突に両手の手袋を外して、手の甲を彼らに見せた。
其処にあったのは、左右の手の甲にそれぞれ刻まれた、形の異なるルーン。右手に刻まれていたのは、儀式直後からあったヴィンダールヴと思われるルーンであったが左手に刻まれていたのは、またも未知のルーン。
「俺は、このオルトマイヤー文章に記されているクローンだ。完璧に近い、クラス1と呼ばれる、な。……このルーン、使い魔一匹に対して複数刻まれるのか」
「……いや、それはあり得ません……、しかし、これは……」
「ああ。俺は今、二つのルーンを持っている。恐らく、俺自身がクローンという事に原因があるのだろう」
其処まで言って、47は手袋をはめ直す。そして、オスマンに近づき、声を潜めて続きを話し始めた。彼の表情が珍しく強張っている様に見える事にオスマンは気づき、背中に冷や汗が伝うのを感じた。
「俺は四人の人間のDNA、こちらの世界では魂と言った方が通じやすいだろうが。とにかく四人の人間の情報を一人の男に集めて生み出された。
皆、闘う事に関してはプロフェッショナルだった者ばかりだ。即ち、俺は今、四人分の魂を持っている。仮に、ルーンが一人に一つ刻まれるとするなら、四人分のルーンが刻まれても然程疑問ではない」
珍しく饒舌になっていた自分をいぶかしく思いながらも、47は続ける。
既にコルベールの目が、点になっていた。余りのも突拍子も無く、しかし現状を把握するのに最も適した論理。コルベールは受け止めるだけで精一杯だ。
「当然、俺の言っている事は推測だ。異世界の人間が、未知の世界で自然と変異したというのもあるかもしれない」
「ふむ……。一理あるのう。じゃが、ミスタ47もクローンとすると、何故そんな風に生み出されたのじゃ」
「気づいているだろうに」
47がオスマンを睨む。にも関わらず、オスマンは笑ってみせた。
ギーシュとの決闘での圧勝。たった一人でつちくれのフーケの生み出したゴーレムを、完膚なきまでに破壊した実力。
それらは、彼がただの平民ではないかという大方の推測をねじ曲げるのに、十分すぎるものだ。生徒達の数人は気づいているのかもしれない。
47が、戦いに、取り分け相手を抹殺するという点において非常に優れているという事に。
「人を殺す為のクローン人間とはのう……。難儀なものじゃ。決闘の時も、殺そうと思えば、直ぐにでも殺せたのか?」
静かに、47は頷く。コルベールは突拍子も無いオスマンの質問に眉をひそめて47を見た。そして、急にはっと目を見開いて、彼に歩み寄った。
「数日前、学院の近くの貴族が死にました。不審な死に方だったのですが……いや、まさか……。その、貴方が……?」
これには、47は首を横に振る。まるで知らないと言った体で肩を竦める。
「ミスタコルベール、それは幾ら何でも失礼じゃぞ」
「……あ。す、すみません」
「ともかく、破滅の書の中身が分かった以上、そう簡単には処分出来ない。所蔵庫を更に強固にして、より厳重に保管する他になさそうじゃな」
オスマンが小さくため息をつく。
「すまないの、時間を取らせて。話は以上じゃ」
「いや、こちらも聞きたい事を聞けた。感謝する。ああ、それと……」
「分かっておるよ。君から破滅の書に関して有益な情報を貰った。その代わり君は自身の秘密を教えてくれた。言わば、交換じゃな。誰にもこの事は言わない。無論、ミスルイズにも」
47は一瞬だけ彼らを睨んで踵を返す。最後に、コルベールが何か言いたさそうに口元を歪ませていたが、目線をそらして扉を開けた。
丁度、授業が一コマ終わった時間と一緒だったらしい。幾人かの生徒と、教師の姿が見られる。皆、次の授業の準備などで急がしそうに動いている。
ふと、47は自身への視線の様なものを感じて周囲を見渡す。それから、頭をふって遅い朝食にありつこうと、足を厨房へと向けた。
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