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「ナイトメイジ-04」(2009/09/16 (水) 16:53:02) の最新版変更点
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#navi(ナイトメイジ)
今はすでに夜。
周りに遊ぶ場所のない学院では外に出るには遅い時間だが、寝るにはまだ早い時間だ。
そんな時間をキュルケは今夜の用意のために使っていた。
照明は魔法やランプを使わず窓から差し込む二つの月明かりのみ。
その明かりが自分を最も美しく照らす場所に座り、手首に香水を少しだけ振りかけた。
この香りが月光と相まって、部屋の中をロマンチックな物にする。
これで準備は全部終わり。
後は最初の彼が来るのを待つだけ。
キュルケはその瞳に微熱をたたえ、今の夜の静けさが窓の開く音で破られるのを待った。
夜の静けさを破ったのはキュルケの期待した窓をそっと開く音ではなく、突如響く爆音5つ。
あ、今6つめの爆音がした。
「飽きないわねえ」
近頃魔法学院には「ルイズによる使い魔の躾大爆発」と呼ばれる新たな名物が増えた。
読んで字のごとくルイズが自分の使い魔のベール・ゼファーという少女を躾けようと失敗魔法を炸裂させているのだが、これがうまくいかない。
ベール・ゼファーはルイズの爆発を華麗に避けてしまうのだ。
こうなったらルイズも意地になる。
なんとしてもベール・ゼファーを爆破すべく追いかけるのだが、そうなると当然ベール・ゼファーは逃げる。
すると今度はルイズが追いかけて、またベール・ゼファーが逃げる。
こういう事が日に2~3度のペースで行われているのだ。夜中にもたまにする。
「せっかくのムードが台無しじゃない」
男をとろかす微熱の微笑みも爆音のさなかでは効き目は半分以下。
最初の彼が来るまでには、あの追いかけっこも終わって欲しい。
「それにしても、遅いわねえ」
すでに約束の時間はもう来ているはずなのに最初の彼氏はまだ来ない。
窓の外を見ると、月が少し動いている。
次の彼氏が来る時間が少しずつ近づいていた。
──夜は短いのよ。楽しむ時間が減るじゃない
キュルケの部屋の窓の外。
そこには頭をちりちりのパーマにした男が1人、白目を剥いて倒れていた。
「大人しく当たりなさい!主人のお仕置きを受けるのは使い魔の義務でしょ!」
「いやよ。当たったら痛そうじゃない」
ベルがひょいと頭を下げるとそこに爆発が起こる。
今度は右に飛ぶと、またさっきまでベルがいた場所に爆発が起きて銀髪が少しだけ散っていく。
「あぶないあぶない。ルイズ、少しは当たりそうになってきてるじゃない」
「お・か・げ・さ・ま・で・ね。あんたが来てからどれだけやったと思ってるのよ!」
「ま、あれだけやればね」
やりもやったり。時には体力が尽きてぶっ倒れるまでやっている。
そんなときでも精神力にはまだ余裕がある所が悔しい。
「さあ、今夜こそは覚悟してもらうわよ。そのきれいな顔を吹っ飛ばしてやるわ」
「いきなり物騒なこと言うわね」
突如起こる爆発4つ。
しかしあまりに早く連射したため聞こえる爆音は1つ。
普通なら避けられるような物ではない。
しかし……
「よっ。はっ。よいしょ」
顔色1つ変えず月の光の中で妖精がダンスを踊っているように余裕で避けるベル。
「それ」
そして最後に本塔の前で高くジャンプ。
おまけに宙返りまで披露する。
それを見てルイズは歯をむき出しにしてうなった。
「こぉのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
杖を未だ空中にいるベルに向けたルイズは今日最後と決めた魔法を唱える。
唱える魔法はファイヤーボール。
どんな魔法でも爆発になるので何でも良いのだが、ベルを爆破するときにはこれが一番気合いが入る。
1回もベルに当たったことはないけど。
「えーーーーい!」
大爆発。
気合いを入れたせいか、いつもよりずっと爆発は大きい。
その爆風に巻き込まれてベルはあわてるか、と思いきや。
「あら、今日のはすごいわね」
全く平気な顔でへとへとに疲れて地面にへたり込んだルイズの前に降りてくる。
「今日は終わり?」
「そ、そうよ。わ、わ、わ、わるい?」
息切れがして言葉がとぎれとぎれになっている。
「じゃあ、部屋に戻って休みましょう。マイマスター」
ベルの差し出した右手をルイズはつかみ、よろよろと立ち上がる。
言いたいことはいくらでもあったが、疲労困憊で言うに言えなかった。
その騒ぎを一部始終観察している影1つ。
こんな大騒ぎだから、1人だけでなくもっと多く見物人がいても良さそうな物だがすでにみんな慣れてしまっている。
といっても、本当に無視していいという物ではない。
油断しているとキュルケの部屋の下でひっくり返っている男みたいになるからだ。
それはともかく観察者たる影は何者か。
それこそ今、巷を騒がせている土くれのフーケなる盗賊である。
フーケは学院の宝物庫に所蔵されている「破壊の杖」という物を盗み出そうと潜入したのだが、これがうまくいかない。
壁も扉も頑丈極まりない上に、かけられた固定化の魔法によりフーケの得意とする錬金で壁を土に変えることもできない。
さて、どうしようかと思案していたところに起きたのがルイズとベルの追いかけっこだ。
そんな物には興味を引かれるはずもない。むしろ仕事を邪魔する雑音に過ぎないが、最後にルイズが放った魔法が全ての状況を変えた。
ルイズが起こし、ベルが避けたそ魔法の爆発はあろう事か宝物庫の壁に大きな亀裂を刻み込んだのだ。
時は夜。周りに人はない。
おまけにさっきの騒ぎのせいで、少しどころかかなりの音を立てても人は出てきそうにない。
そうとなればためらう理由はない。
フーケは呪文を唱える。
長い呪文ではあったが、それを止める者は誰もいなかった。
がっくり肩を落としたルイズは寮への道をふらふら歩いていた。
今日も体力、精神に両方で疲れてしまった。
その疲れの元凶である使い魔はルイズの横を平然と歩いている。
「なんなのよ、この違いは」
ベルもルイズ並みに走り回っているはずなのに全然堪えていない。
むしろ、まだまだまだまだ余裕である。
「次こそは絶対お仕置きするわよ」
と、決心はしてみても。
「がんばってね」
と、使い魔はまったく他人事だ。
もう、悔しくて悔しくてたまらない。
ほんっとに悔しい。具体的にはオケラと歌合戦をして負けたときくらいには悔しい。
そんな経験をすることがあるかは謎だが。
そうしていると後ろでものすごい音がした。
今までに聞いたことがないような大きな音がして、ごろごろ何かが転がる音がする。
振り向くと、そこにいるのは体長30メイルはあろうかという強大なゴーレム。
それが片手を本塔の中にめり込ませているのだ。
信じられない光景というほかない。
頑丈な塔の壁が壊れるのも信じられなければ、それを壊すようなゴーレムがいることも信じられない。
さらには、魔法学院の塔にそんなことをするようなメイジがいるというのも信じられない。
こんな時にどうすればいいか。
咄嗟にそんなことを考えても思いつくわけがない。
ぽかんと口を開けて見上げていると、塔にめり込んだゴーレムの腕を伝って黒いローブのメイジが走り出て肩に乗る。
すると、ゴーレムは塔の壁の破片を地面に落としながら腕を引っこ抜き、ゆっくりと学院の外に歩いていった。
そこでルイズは、やっと我に返る。
「あっ……追いかけないと」
ルイズはゴーレムに向かって走った。
頬に風が流れ、
「ぶべらっ!」
顔面が地面に激突する。
ルイズの後ろではベルが片足をちょっとだけ前に出していた。
「あんたねぇええええ!何するのよ!こんな時にまで邪魔しないでよ!!!」
黒いローブのメイジが何者かはともかく、学院に乗り込んで塔を壊すなんて事を許していいはずがない。
おまけにゴーレムが壊したのはおそらく宝物庫。と言うことは盗賊だ。と言うか、強盗だ。
ますます許せるものではない。
もちろん足を引っかけたベルにも怒り心頭だ。
「ルイズ。追いかけなくてもいいわよ」
「じゃあ、どうするの?捕まえないと!」
「そうね。でもそれじゃ簡単すぎるわ。つまらないでしょ」
──また出た
ベルは時々こんな大言壮語を言う。
あんなゴーレムを作るようなメイジを捕まえるのが簡単なはずもないのに。
「この世界に来てから退屈してたけど、ちょうど良いわ。ルイズ、これはゲームよ。追うのは私達、逃げるのはあの黒ローブ。少しくらいのハンデをあげても良いじゃない。その方が楽しいわ」
「そんなこと言ってて、あれに逃げられたらそうするのよ!!」
突き出されたルイズの指先の向こうでゴーレムは砂煙を上げて崩れて、小さい土山となりはてる。
もはや誰にも追いかけられないことは明らかだった。
ルイズは時々近頃同じ夢を見るようになった。
いつ頃からかと言われれば、ベルを召喚してからのような気がする。
その夢の中でルイズはいつも見知らぬ町の見知らぬ少年を見ていた。
どんな顔かはわからない。起きたらいつも少年の顔に靄がかかっているように忘れてしまっている。
ただ、近頃は少年の名前だけはわかってきた。
「サ……、サ……」
少年を呼ぶ女の声がする。近頃ようやくはっきり聞き取れるようになってきた声だ。
もっとよく聞きたい。
ルイズは耳を澄ませ、少年に近づこうとした。
「見ないで!」
女性の強い声がルイズを止める。
そして夢は弾けた。
朝起きたルイズはベッドに体を起こして昨日のことを考えていた。
ゴーレムが崩れた後、学院は大騒ぎになった。
そんな中、ルイズは自室待機を言い渡され、それっきりというわけである。
「ルイズさん。そろそろ起きたらどうですか?」
珍しくベルが早起きしている。
いつもなら、シエスタが来るまでは絶対に起きないのに珍しいこともある。
「それもそうね。でも、ベル。あんた、なんかおかしくない?」
まぶたを擦りながら、ベッドにから降りようとしたルイズは部屋の真ん中を見て硬直する。
見知らぬ女がいた。
「あ……あんた、誰?」
「まだ、寝ぼけているんですか?ベール・ゼファーですよ」
「ええええええええ。だ、だってだってだって。背が高くなってない?」
「気のせいです」
「いや、それはないから」
気のせいのはずはない。
ベルの身長は昨日まではルイズと同じくらいだったが、今は姉様と同じくらいの背になっている。
顔つきも何かおかしいような気がする。
雰囲気は確かに似ているのだが、別人の顔のような気がした。
「服をちょっと変えてみたから、それで雰囲気が変わっているんじゃないですか?」
ベルが昨日着ていた服はスカートと水兵服を合わせたものに、ベルがポンチョと言っていたマントのようなものをつけた服だった。
では今はどうかというとワンピースを着ている。
そのワンピースもかなり変だ。なんと言っても袖がおかしい。肩の所で服と分かれているのだ。
それに体の線が軽く見えているところがキュルケの胸を強調した制服くらいにはちょっと恥ずかしい。
おまけにベルトだってやたらと太い。首にも何か布を巻いているし。
頭のヘアバンドは、まあいいとしてもどこをどうやったらこんな服になるのか……。
「いくら何でもそこまで変わるはず無いでしょ」
「でも、変わってますよね?」
「…………」
「そーゆーものなんです」
「その胸も?」
「そうですね」
ある意味はっきりとさせたくなかったが、昨日までのベルの胸はルイズと同じくらいで、そこに何となく同族意識というか親しみを持っていた。
しかし、今は見かけの年相応のふくらみがある。
「話し方も?」
「ええ。この服を着るとこういうしゃべり方になっちゃうんです」
どうやらそういうものらしい。
と言うか、そういうことにすることにした。
「で、なんでそんな格好しているの?」
ルイズは着替えながら聞いた。昨日のことも考えるといつ呼び出されるかわからないからだ。
「これから怪盗を追いかけるんですよ。だったら、そういう格好しないと」
「怪盗?」
「はい。さっき寮のみんなに取材してきたんです。昨日の犯行はゴーレムを使った手口から土くれ怪盗フーケに違いないってみんな言ってますよ」
いつもは自分から動く事のないベルがこうやって何かをしているのは珍しい。
昨日言っていたゲームを楽しむというのはこういうことかも知れない。
「その土くれ怪盗って何よ。普通は土くれのフーケでしょ」
「土くれのフーケなんて怪盗の名前にふさわしくないですよ。だから、今私がつけなおしたんです」
「怪盗って……盗賊じゃダメなの?」
「ダメです」
言い切られてしまった。
「で、どうしてそういう格好なの?怪盗とあんまり関係ないと思うんだけど」
「この服はですね。私が昔、探偵事務所に出入りしてたときの服なんです」
「タンテー?何よそれ」
ルイズはハルケギニアでは聞いたことの無いような単語を聞きながら、制服に袖を通した。
「えっと、いろいろあるんですけど怪盗を追いかけて捕まえるのも仕事にする職業ですね」
「ふーん、だったらあなたもそのタンテーだったわけね」
「やだなー、ちがいますよ」
この言葉遣いは何か違和感がある。なんとゆーか、こー、絶対おかしい。
「私はそのとき鈴香って名前で婦人記者をしてたんです。探偵事務所には取材しに何回も行ってたんですよ」
「キシャって?」
「えーと、そうですね。事件を追いかけて記録するのが仕事です」
「変な仕事があるのね」
「そうでもないですよ」
前にベルが異世界から来たと言っていたことがあったが、それに少しだけ真実味が出てきた。
「だったら、タンテーじゃないんじゃない。怪盗捕まえるなんてできるの?」
「できますよ。探偵長が仕事が来なくて、塩水しか飲めなくて、餓死しかけてたときに、朝ご飯と昼ご飯と晩ご飯を作ってあげて、そのときにいろいろ教えてもらいましたから」
「タンテーって、大変な仕事なのね」
「あと私、怪盗に関してはちょっと詳しいんですよ」
「どうして」
「私、怪盗してたことがありますから。怪盗ベル・フライ参上って」
靴下をはいていたルイズはひっくり返ってしまう。後頭部を打って目の前が星だらけになった。
「なによそれー!それで、怪盗なのに怪盗を捕まえるのが仕事のタンテーの所に出入りしてたって……そのタンテーって人うまく利用されてたんじゃないでしょうね」
「まあ、いろいろと」
「いろいろとと利用してたのね」
星が消えた頃には靴下も靴も履き追えている。
後はマントを着ければ朝の身だしなみは完了だ。
「ん……?ねえ、ベル。あんた自分は魔王で大公だって言ってなかった?」
「言ってましたよ」
「じゃあ、今のフジンキシャや怪盗って話はなんなのよ。あれって嘘?」
「失礼ですね。嘘じゃないですよ。魔王と大公しながら婦人記者と怪盗をしてたんです」
「いっぺんにできるの?大公と怪盗って」
「できますよ」
つくづくベルの言うことが本当か嘘かわからない。
ルイズはあまり信じないことにした。さっきの真実味も非常に怪しくなってくる。
とりあえず、いろんな事は置いておくことにしてルイズはタンスの中から取り出したマントをつけて朝の準備を終えた。
考えてみれば、着替えを自分でするのは久しぶりだ。
いつもは起こしに来るシエスタに手伝わせるのだが、ベルがやたら早く起きたせいで思わず自分で着替えてしまったのだ。
「あ、私も準備を終えますね」
そう言いながら、ベルは空中の何もないところで手を動かしている。
「何してるのよ」
「カメラ……どこに入れたかな、と思って。あ、そっか。探偵長にあげちゃったんだ」
いつもより大きなベルはそういって、少しうつむく。
そこにはいつもはベルが見せない表情があったが、ルイズにはそれが何かよく分からなかった。
「じゃあ、行きましょう」
「どこに」
「決まってますよ」
ベルはやたら明るく、そしてやたらハツラツとして宣言する。
「犯行現場に決まっているじゃないですか」
#navi(ナイトメイジ)
#navi(ナイトメイジ)
今はすでに夜。
周りに遊ぶ場所のない学院では外に出るには遅い時間だが、寝るにはまだ早い時間だ。
そんな時間をキュルケは今夜の用意のために使っていた。
照明は魔法やランプを使わず窓から差し込む二つの月明かりのみ。
その明かりが自分を最も美しく照らす場所に座り、手首に香水を少しだけ振りかけた。
この香りが月光と相まって、部屋の中をロマンチックな物にする。
これで準備は全部終わり。
後は最初の彼が来るのを待つだけ。
キュルケはその瞳に微熱をたたえ、今の夜の静けさが窓の開く音で破られるのを待った。
夜の静けさを破ったのはキュルケの期待した窓をそっと開く音ではなく、突如響く爆音5つ。
あ、今6つめの爆音がした。
「飽きないわねえ」
近頃魔法学院には「ルイズによる使い魔の躾大爆発」と呼ばれる新たな名物が増えた。
読んで字のごとくルイズが自分の使い魔のベール・ゼファーという少女を躾けようと失敗魔法を炸裂させているのだが、これがうまくいかない。
ベール・ゼファーはルイズの爆発を華麗に避けてしまうのだ。
こうなったらルイズも意地になる。
なんとしてもベール・ゼファーを爆破すべく追いかけるのだが、そうなると当然ベール・ゼファーは逃げる。
すると今度はルイズが追いかけて、またベール・ゼファーが逃げる。
こういう事が日に2~3度のペースで行われているのだ。夜中にもたまにする。
「せっかくのムードが台無しじゃない」
男をとろかす微熱の微笑みも爆音のさなかでは効き目は半分以下。
最初の彼が来るまでには、あの追いかけっこも終わって欲しい。
「それにしても、遅いわねえ」
すでに約束の時間はもう来ているはずなのに最初の彼氏はまだ来ない。
窓の外を見ると、月が少し動いている。
次の彼氏が来る時間が少しずつ近づいていた。
──夜は短いのよ。楽しむ時間が減るじゃない
キュルケの部屋の窓の外。
そこには頭をちりちりのパーマにした男が1人、白目を剥いて倒れていた。
「大人しく当たりなさい!主人のお仕置きを受けるのは使い魔の義務でしょ!」
「いやよ。当たったら痛そうじゃない」
ベルがひょいと頭を下げるとそこに爆発が起こる。
今度は右に飛ぶと、またさっきまでベルがいた場所に爆発が起きて銀髪が少しだけ散っていく。
「あぶないあぶない。ルイズ、少しは当たりそうになってきてるじゃない」
「お・か・げ・さ・ま・で・ね。あんたが来てからどれだけやったと思ってるのよ!」
「ま、あれだけやればね」
やりもやったり。時には体力が尽きてぶっ倒れるまでやっている。
そんなときでも精神力にはまだ余裕がある所が悔しい。
「さあ、今夜こそは覚悟してもらうわよ。そのきれいな顔を吹っ飛ばしてやるわ」
「いきなり物騒なこと言うわね」
突如起こる爆発4つ。
しかしあまりに早く連射したため聞こえる爆音は1つ。
普通なら避けられるような物ではない。
しかし……
「よっ。はっ。よいしょ」
顔色1つ変えず月の光の中で妖精がダンスを踊っているように余裕で避けるベル。
「それ」
そして最後に本塔の前で高くジャンプ。
おまけに宙返りまで披露する。
それを見てルイズは歯をむき出しにしてうなった。
「こぉのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
杖を未だ空中にいるベルに向けたルイズは今日最後と決めた魔法を唱える。
唱える魔法はファイヤーボール。
どんな魔法でも爆発になるので何でも良いのだが、ベルを爆破するときにはこれが一番気合いが入る。
1回もベルに当たったことはないけど。
「えーーーーい!」
大爆発。
気合いを入れたせいか、いつもよりずっと爆発は大きい。
その爆風に巻き込まれてベルはあわてるか、と思いきや。
「あら、今日のはすごいわね」
全く平気な顔でへとへとに疲れて地面にへたり込んだルイズの前に降りてくる。
「今日は終わり?」
「そ、そうよ。わ、わ、わ、わるい?」
息切れがして言葉がとぎれとぎれになっている。
「じゃあ、部屋に戻って休みましょう。マイマスター」
ベルの差し出した右手をルイズはつかみ、よろよろと立ち上がる。
言いたいことはいくらでもあったが、疲労困憊で言うに言えなかった。
その騒ぎを一部始終観察している影1つ。
こんな大騒ぎだから、1人だけでなくもっと多く見物人がいても良さそうな物だがすでにみんな慣れてしまっている。
といっても、本当に無視していいという物ではない。
油断しているとキュルケの部屋の下でひっくり返っている男みたいになるからだ。
それはともかく観察者たる影は何者か。
それこそ今、巷を騒がせている土くれのフーケなる盗賊である。
フーケは学院の宝物庫に所蔵されている「破壊の杖」という物を盗み出そうと潜入したのだが、これがうまくいかない。
壁も扉も頑丈極まりない上に、かけられた固定化の魔法によりフーケの得意とする錬金で壁を土に変えることもできない。
さて、どうしようかと思案していたところに起きたのがルイズとベルの追いかけっこだ。
そんな物には興味を引かれるはずもない。むしろ仕事を邪魔する雑音に過ぎないが、最後にルイズが放った魔法が全ての状況を変えた。
ルイズが起こし、ベルが避けたそ魔法の爆発はあろう事か宝物庫の壁に大きな亀裂を刻み込んだのだ。
時は夜。周りに人はない。
おまけにさっきの騒ぎのせいで、少しどころかかなりの音を立てても人は出てきそうにない。
そうとなればためらう理由はない。
フーケは呪文を唱える。
長い呪文ではあったが、それを止める者は誰もいなかった。
がっくり肩を落としたルイズは寮への道をふらふら歩いていた。
今日も体力、精神に両方で疲れてしまった。
その疲れの元凶である使い魔はルイズの横を平然と歩いている。
「なんなのよ、この違いは」
ベルもルイズ並みに走り回っているはずなのに全然堪えていない。
むしろ、まだまだまだまだ余裕である。
「次こそは絶対お仕置きするわよ」
と、決心はしてみても。
「がんばってね」
と、使い魔はまったく他人事だ。
もう、悔しくて悔しくてたまらない。
ほんっとに悔しい。具体的にはオケラと歌合戦をして負けたときくらいには悔しい。
そんな経験をすることがあるかは謎だが。
そうしていると後ろでものすごい音がした。
今までに聞いたことがないような大きな音がして、ごろごろ何かが転がる音がする。
振り向くと、そこにいるのは体長30メイルはあろうかという巨大なゴーレム。
それが片手を本塔の中にめり込ませているのだ。
信じられない光景というほかない。
頑丈な塔の壁が壊れるのも信じられなければ、それを壊すようなゴーレムがいることも信じられない。
さらには魔法学院の塔にそんなことをするようなメイジがいるというのも信じられない。
こんな時にどうすればいいか。
咄嗟に考えても思いつくわけがない。
ぽかんと口を開けて見上げていると、塔にめり込んだゴーレムの腕を伝って黒いローブのメイジが走り出て肩に乗る。
するとゴーレムは塔の壁の破片を地面に落としながら腕を引っこ抜き、ゆっくりと学院の外に歩いていった。
そこでルイズは、やっと我に返る。
「あっ……追いかけないと」
ルイズはゴーレムに向かって走った。
頬に風が流れ、
「ぶべらっ!」
顔面が地面に激突する。
ルイズの後ろではベルが片足をちょっとだけ前に出していた。
「あんたねぇええええ!何するのよ!こんな時にまで邪魔しないでよ!!!」
黒いローブのメイジが何者かはともかく、学院に乗り込んで塔を壊すなんて事を許していいはずがない。
おまけにゴーレムが壊したのはおそらく宝物庫。と言うことは盗賊だ。と言うか強盗だ。
ますます許せるものではない。
もちろん足を引っかけたベルにも怒り心頭だ。
「ルイズ。追いかけなくてもいいわよ」
「じゃあ、どうするの?捕まえないと!」
「そうね。でもそれじゃ簡単すぎるわ。つまらないでしょ」
──また出た
ベルは時々こんな大言壮語を言う。
あんなゴーレムを作るようなメイジを捕まえるのが簡単なはずもないのに。
「この世界に来てから退屈してたけど、ちょうど良いわ。ルイズ、これはゲームよ。追うのは私達、逃げるのはあの黒ローブ。少しくらいのハンデをあげても良いじゃない。その方が楽しいわ」
「そんなこと言ってて、あれに逃げられたらそうするのよ!!」
突き出されたルイズの指先の向こうでゴーレムは砂煙を上げて崩れて、小さい土山となりはてる。
もはや誰にも追いかけられないのは明らかだった。
ルイズは時々近頃同じ夢を見るようになった。
いつ頃からかと言われれば、ベルを召喚してからのような気がする。
その夢の中でルイズはいつも見知らぬ町の見知らぬ少年を見ていた。
どんな顔かはわからない。起きたらいつも少年の顔に靄がかかっているように忘れてしまっている。
ただ、近頃は少年の名前だけはわかってきた。
「サ……、サ……」
少年を呼ぶ女の声がする。近頃ようやくはっきり聞き取れるようになってきた声だ。
──もっとよく聞きたい。
ルイズは耳を澄ませ、少年に近づこうとした。
「見ないで!」
女性の強い声がルイズを止める。
そして夢は弾けた。
朝起きたルイズはベッドに体を起こして昨日のことを考えていた。
ゴーレムが崩れた後、学院は大騒ぎになった。
そんな中、ルイズは自室待機を言い渡され、それっきりというわけである。
「ルイズさん。そろそろ起きたらどうですか?」
珍しくベルが早起きしている。
いつもなら、シエスタが来るまでは絶対に起きないのに珍しいこともある。
「それもそうね。でも、ベル。あんた、なんかおかしくない?」
まぶたを擦りながら、ベッドから降りようとしたルイズは部屋の真ん中を見て硬直する。
見知らぬ女がいた。
「あ……あんた、誰?」
「まだ、寝ぼけているんですか?ベール・ゼファーですよ」
「ええええええええ。だ、だってだってだって。背が高くなってない?」
「気のせいです」
「いや、それはないから」
気のせいのはずはない。
ベルの身長は昨日まではルイズと同じくらいだったが今は姉様と同じくらいの背になっている。
顔つきも何かおかしいような気がする。
雰囲気は確かに似ているのだが別人の顔のような気がした。
「服をちょっと変えてみたから、それで雰囲気が変わっているんじゃないですか?」
ベルが昨日着ていた服はスカートと水兵服を合わせたものに、ベルがポンチョと言っていたマントのようなものをつけた服だった。
では今はどうかというとワンピースを着ている。
そのワンピースもかなり変だ。なんと言っても袖がおかしい。肩の所で服と分かれているのだ。
それに体の線が軽く見えているところがキュルケの胸を強調した制服くらいにはちょっと恥ずかしい。
おまけにベルトだってやたらと太い。首にも何か布を巻いているし。
頭のヘアバンドは、まあいいとしてもどこをどうやったらこんな服になるのか……。
「いくら何でもそこまで変わるはず無いでしょ」
「でも、変わってますよね?」
「…………」
「そーゆーものなんです」
「その胸も?」
「そうですね」
ある意味はっきりとさせたくなかったが、昨日までのベルの胸はルイズと同じくらいで、そこに何となく同族意識というか親しみを持っていた。
しかし、今は見かけの年相応のふくらみがある。
「話し方も?」
「ええ。この服を着るとこういうしゃべり方になっちゃうんです」
どうやらそういうものらしい。
と言うか、そういうことにすることにした。
「で、なんでそんな格好しているの?」
ルイズは着替えながら聞いた。昨日のことも考えるといつ呼び出されるかわからないからだ。
「これから怪盗を追いかけるんですよ。だったら、そういう格好しないと」
「怪盗?」
「はい。さっき寮のみんなに取材してきたんです。昨日の犯行はゴーレムを使った手口から土くれ怪盗フーケに違いないってみんな言ってますよ」
いつもは自分から動く事のないベルがこうやって何かをしているのは珍しい。
昨日言っていたゲームを楽しむというのはこういうことかも知れない。
「その土くれ怪盗って何よ。普通は土くれのフーケでしょ」
「土くれのフーケなんて怪盗の名前にふさわしくないですよ。だから今、私がつけなおしたんです」
「怪盗って……盗賊じゃダメなの?」
「ダメです」
言い切られてしまった。
「で、どうしてそういう格好なの?怪盗とあんまり関係ないと思うんだけど」
「この服はですね。私が昔、探偵事務所に出入りしてたときの服なんです」
「タンテー?何よそれ」
ルイズはハルケギニアでは聞いたことの無いような単語を聞きながら、制服に袖を通した。
「えっと、いろいろあるんですけど怪盗を追いかけて捕まえるのも仕事にする職業ですね」
「ふーん、だったらあなたもそのタンテーだったわけね」
「やだなー、ちがいますよ」
この言葉遣いは何か違和感がある。なんとゆーか、こー、絶対おかしい。
「私はそのとき鈴香って名前で婦人記者をしてたんです。探偵事務所には取材しに何回も行ってたんですよ」
「キシャって?」
「えーと、そうですね。事件を追いかけて記録するのが仕事です」
「変な仕事があるのね」
「そうでもないですよ」
前にベルが異世界から来たと言っていたことがあったが、それに少しだけ真実味が出てきた。
「だったら、タンテーじゃないんじゃない。怪盗捕まえるなんてできるの?」
「できますよ。探偵長が仕事が来なくて、塩水しか飲めなくて、餓死しかけてたときに、朝ご飯と昼ご飯と晩ご飯を作ってあげて、そのときにいろいろ教えてもらいましたから」
「タンテーって、大変な仕事なのね」
「あと私、怪盗に関してはちょっと詳しいんですよ」
「どうして」
「私、怪盗してたことがありますから。怪盗ベル・フライ参上って」
靴下をはいていたルイズはひっくり返ってしまう。後頭部を打って目の前が星だらけになった。
「なによそれー!それで怪盗なのに怪盗を捕まえるのが仕事のタンテーの所に出入りしてたって……そのタンテーって人うまく利用されてたんじゃないでしょうね」
「まあ、いろいろと」
「いろいろとと利用してたのね」
星が消えた頃には靴下も靴も履き終えている。
後はマントを着ければ朝の身だしなみは完了だ。
「ん……?ねえ、ベル。あんた自分は魔王で大公だって言ってなかった?」
「言ってましたよ」
「じゃあ、今のフジンキシャや怪盗って話はなんなのよ。あれって嘘?」
「失礼ですね。嘘じゃないですよ。魔王と大公しながら婦人記者と怪盗をしてたんです」
「いっぺんにできるの?大公と怪盗って」
「できますよ」
つくづくベルの言うことが本当か嘘かわからない。
ルイズはあまり信じないことにした。さっきの真実味も非常に怪しくなってくる。
とりあえず、いろんな事は置いておくことにしてルイズはタンスの中から取り出したマントをつけて朝の準備を終えた。
考えてみれば着替えを自分でするのは久しぶりだ。
いつもは起こしに来るシエスタに手伝わせるのだが、ベルがやたら早く起きたせいで思わず自分で着替えてしまったのだ。
「あ、私も準備を終えますね」
そう言いながら、ベルは空中の何もないところで手を動かしている。
「何してるのよ」
「カメラ……どこに入れたかな、と思って。あ、そっか。探偵長にあげちゃったんだ」
いつもより大きなベルはそういって、少しうつむく。
そこにはいつもはベルが見せない表情があったが、ルイズにはそれが何かよく分からなかった。
「じゃあ、行きましょう」
「どこに」
「決まってますよ」
ベルはやたら明るく、そしてやたらハツラツとして宣言する。
「犯行現場に決まっているじゃないですか」
#navi(ナイトメイジ)
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