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#navi(ゼロのミーディアム)
&setpagename(ゼロのミーディアム 第一章 -20)
モット伯の屋敷の中にある豪華な造りの浴場。
シエスタは沈んだ顔でそのだだっ広い風呂の中、たった一人湯浴みをしていた。
学院でメイド姿の人形が怪訝な顔でこちらを見ていた事を思い出す。
それは最近できたちょっと不思議な友達だった。
意地っ張りでワガママで、素直ではない友人。
お茶の時間にぷいっとそっぽを向いてケーキを頬張る少女。
だけど、その背の翼がその本心を表し、パタパタと嬉しそうにはためいていた事を思い出した。
それが可笑しくて、プッ、と思い出し笑いをする。
「さよならも言えなかったなぁ…水銀燈」
シエスタはその少女の名前を名残惜しくつぶやいた。
「シエスタ、モット様がお呼びです」
浴場に使用人の声が反響しシエスタを呼ぶ。
諦めの入った顔でシエスタは湯船を後にした。
服に着替えを終え、シエスタはモット伯の寝室の扉の前に立つ。
諦めた筈なのに、やはり躊躇ってしまう。
だが、貴族の言い付けは平民にとって絶対であり逆らう事など許されれない。
「し、失礼いたします……」
震える声と手で扉を開け意を決してシエスタは中に入った。
「遅かったな、待ちわびたぞ」
ゆったりとした椅子に座り、グラスを揺らしモット伯はシエスタを睨む。
「は、はい!申し訳ありません!」
モット伯の機嫌を損ねた事に、青ざめた顔でシエスタは必死で頭を下げた。
平民が貴族の機嫌を損ねれば最悪命に障る。メイジならば片時も放す事なき魔法の杖を無論モット伯もすぐにでも抜けるよう腰に差していた。
シエスタの必死の謝罪と、恐れの浮かぶ顔に気を良くしたのかモット伯は表情を一転させ非常にいやらしい顔つきになった。
「まあよかろう。それだけ念入りに準備したのだろう?…幸い夜という時間は長いのだしな」
フッフッフと下品な含み笑いをしてグラスをテーブルに置くと彼はシエスタに歩み寄る。
「では始めるとしよう」
何を?などと言う野暮な質問は謹んでいただきたい。
正直記す事すら忌諱したい、反吐の出る所業だ。
はあはあ息を荒く息をつきシエスタへとにじり寄るモット伯。
その卑下た姿は、貴き一族という理念を真っ向から否定する下賤な物である。
「いやぁ……」
シエスタはガタガタと体を小刻みに震えさせるが、逃げる事はかなわない。
「誰か…助けて……」
何度も自答した事なのに、いざ事実に直面すると諦め切れなかった。
助けになど誰も来ないと分かっているのに、思わず救いを求めた。
涙に濡れた怯えた瞳で、彼女はモット伯を見つめる。
涙にぼやけた視界。その時、後ろの窓から遠目に見える夜景が突然、フッと現れた何かの影に遮られた。
次の瞬間!
ガッシャーン!と窓ガラスを派手に蹴破り何者かが寝室に進入する!
「な、何事か!?」
「必殺!クーゲルシュライバー!!」
「ぽげっ!?」
進入者は飛び込んだ勢いを殺さず、下衆男の顔面に背面から回し蹴りを放つ。
加速と遠心力、そしてガンダールヴによる力の向上がこめられたローリングソバットを受け、
モット伯は間抜けな声を上げ部屋の壁に叩きつけられ意識を刈り取られた。
なお、「クーゲルシュライバー」とは何かの必殺技っぽい響きだが、
ドイツ語でボールペンと言う意味であり、ローリングソバットとは一切関係は無い。
モット伯をノックダウンさせた謎の影は蹴りの反動で宙返りをして着地し、シエスタに背を向け屈みこむ。
闇夜を背負ったような漆黒の双翼をはためかせその黒塗りの羽を部屋中に舞い散らせる謎の(?)人影。
彼女は片手に細身の剣を携え、何よりシエスタが友に送ったメイド服を着込んでいた。
「どうにか間に合ったみたいねぇ……」
振られた剣が羽となって散り、彼女は屈んだままシエスタに顔を向ける。鮮やかな銀色の髪がサラリと揺れ、振り向……
…え?……あれ?
黒翼と同じくらい特徴的な彼女の銀髪が見あたらない。
それもそのはず。
……何故ならその顔は、覆面のように被り込んだ大きな紙袋にすっぽりと覆われていたからだ。
袋の目に当たる部分にぽっかりと二つの小さな穴があき、赤みを帯びた紫紺の双眸がかろうじて覗いている。
要は顔が割れなきゃOK!とでも思っているのだろう。
「シエスタ!助けに来たわぁ!」
ニトロをレンジでチンしてルイズに錬金してもらったような怪しさ大爆発な容姿でシエスタの危機を救った水銀燈。
凛としているのにくぐもって間の抜けた声で告げた。
おーい、遥か故郷で妹達が泣いてるぞー
もはやどこの世界でも薔薇乙女達には恒例の御挨拶と化している、窓ガラスを突き破っての御登場。
当然、その長女たる水銀燈も例に漏れない。
このオモロい格好をしたお人形さんを誇り高き薔薇乙女と言って良いのだろうか?
と、はたはた疑問が残る所ではあるが、この際今は非常時と言う事もあり置いておくとしよう。
「水ぎ……」
驚きの顔で自分の名前を呼ぼうとするシエスタの唇を水銀燈は人差し指を当てて止める。
「はいそこまで。話は後よぉ。そんな事より早く逃げましょ!」
そしてシエスタの手を引っ張って廊下に出ようとする。
「なんでこんな事を!」
ぐいぐいと引っ張られながら、何故こんな危険な真似をするのかと抗議するシエスタ。
自分が助かって安堵する前に相手を気遣うところが実に彼女らしい
。
水銀燈は率直に己の心のままに言った。
「アリス(完璧な少女)を目指す薔薇乙女たるもの、乙女の危機をほおっておけるものですか!!」
言い切ってからその言葉の恥ずかしさに顔を赤らめる。
とても可愛らしい様子なのだが、被った紙袋で全く見えないのが悔やまれるぞ畜生!!
「つ、つまり、理屈じゃないのよぉ!」
オロオロしながら言うその言葉にシエスタは涙を頬に流して微笑んだ。
「ありがとう…水銀燈…」
「とにかく後は全力で逃げるのよ。遅れないでシエスタ!!」
「はい!」
黒い翼の覆面メイドに手を引かれ、黒髪のメイドが涙を拭い元気に返事をした。
水銀燈は、ガックリと壁に体を預け俯いているモット伯を横目に、
乱暴にドアを蹴り開けるとシエスタを連れてとっとと部屋を後にした。
「お、の、れぇぇぇぇ…!」
たった一人部屋に取り残され、壁に体を預けたモット伯から呪詛を思わせる怒りの言葉がもれた。
「許さん…」
うなだれた頭があがり怒りに顔を歪ませる。そしてふらふらしながら立ち上がり杖を掴んだ。
「絶対に許さんぞ!盗人め!じわじわとなぶり殺しにしてくれる!!」
その怒髪が天をつき、拳を震わせて叫んだ。
何事かと召使いが寝室に駆けつける。モット伯はギロリと血走った眼を向け怒鳴って命令した。
「屋敷に賊が侵入した!!あまつさえこの私を足蹴にするとは万死に値する!!探せ!見つけたら殺してもかまわん!!」
あまりの剣幕に召使いも「ひっ…」とたじろぐと、大慌てでその事を屋敷の各部に伝達しに行った。
水銀燈がシエスタを連れて逃げ出したころ、
彼女のミーディアムはモット伯邸の近くの木の陰からコッソリと館の様子を伺っていた。
館の様子は静かだ。
ルイズは「水銀燈がどうかまだ侵入してませんように…」と心の中で祈り、周辺から使い魔の姿を探そうとしたその時。
館が途端に慌ただしくなった。
けたたましく上がる番犬の吠える声や衛士達の騒ぐ声、そして警笛。
これはまさかと、隠れて門を見やる。
中から出てきた男が、門番にルイズにまで聞こえる大声で言った。
「モット様が賊に襲われた!!」
「なんだと!?」
驚きに満ちた門番の声。
(なんですって!?)
ルイズもまた同じ事を思った。
「今日連れてきたメイドを攫って現在逃走中だ。お前らも探せ!!」
間違い無い。水銀燈とシエスタだ。
(ダメだ…遅かった……)
地面に両手をついてルイズはガックリと肩を落とした。
そんな少女がすぐ近くに居るとも知らず、持ち場を離れて賊の探索を行えとの事に門番がうろたえながら言った。
「しかし、ここを疎かには!」
門番の言う事は当然の事、だが切羽詰まった衛兵は怒鳴りつける。
「馬鹿!賊が見つからなきゃ俺達の首が飛ぶぞ!!だいたい正面の門から堂々と出ようとする阿呆がどこにいる!!」
「そ、それもそうだな!」
ムチャクチャな意見に押し切られ結局門番も館の中へと入っていった。
無人となり手薄どころか、一切の守りが無くなってしまった館への入り口。侵入する絶好のチャンスだ。
ルイズは腕組みして考え始めた。
(あの子の事は気になるけど…流石に貴族の邸宅に押し入って助けに入るのは……)
賊の手助けをしたとなれば彼女はおろかその親族にまで責任は及ぶ。
最悪、取り潰しなんて事を考えると震えが止まらない。
それに、大して魔法の使えぬ自分が助けに入って何になる?
(だからってあの子を見殺しにはできないし…)
ルイズの使い魔は、危険を省みず自分のためにギーシュに、フーケのゴーレムと戦った。ルイズの心を汲み取って、戦ってくれた。
家族の顔と、使い魔の顔が交互にルイズの脳裏に映り彼女を悩ます。
「うーん」と頭を抱え考えに考えた彼女の結論。それは!
「あーーー!やっぱりほっとけない!!真の貴族たる者、己の使い魔を見捨てる訳にはいかないわ!!」
殆どヤケクソ気味に叫びゴソゴソと懐から何かを取り出す。
「ようは顔が割れなきゃいいのよ!顔が!!」
ルイズの掲げた右手にの有ったは蝶々を模した眼鏡のようなたマスク。
怪しいデザインの、いろんな意味で素敵なデザインだ。
こんな物で素性を隠そうとするとは…
あの使い魔にしてこのミーディアムありと言ったところだろうか。
「装ちゃーく!デュワッ!!」
ルイズは掲げたマスクを奇妙な言葉を発して装着した。
「待ってなさい水銀燈!そしてシエスタ!あんたのご主人様が今行くわ!!」
そうして杖を引き抜きブンブン振り回して意気揚々と…。て言うかむしろ当たって砕けろ!
みたいなテンションでバタバタと無人の門に入っていった。
さて、ここにかけつけたのは何もルイズだけではない。
館のこの位置と反対側の木の上に、目深なフードにローブをまとった人影が立っている。
「おや?何やらえらく騒がしいじゃないか」
隠れた顔の奥にかけられた眼鏡がキラリと光った。
「私の獲物を先に狙ってた奴がいたみたいね。こりゃまた物好きがいたものだわ!」
自分の事棚に上げてよく言うものだ。
先日の呟き通り、フーケがモット伯の館に忍び込もうとした矢先のこの騒ぎ。
彼女は同業者の仕業に違いないと踏んだ。
「面白い!どこの誰だか知らないがその面、是非とも拝んでみたい物ね!!」
唯一外から覗ける口元に笑みを浮かべると、フッとフーケはその場から姿を消した。
どこの誰だか知らないと言った物の、その正体は彼女もよくしる人物。もとい、人形である事は無論言うまでもない。
場面は戻って館の内部。逃亡者二人はいくつもの長い廊下を抜け、階段を
下りる。
「ああもう!無駄に広い屋敷ねぇ!!」
紙袋を被った翼のメイドがイライラしながら言った。
「待って!こっちです!」
来た道を思い出した黒髪のメイドが指差した通路を抜けた先。
そこは大きな階段の踊場だった。階段から先には大きな扉のある玄関、つまりは出口。
一目散に広い階段からホールに駆け下り、豪華な扉をこれまた蹴破る。
後は庭を抜け、門を突破してさようなら!!
と、行くはずだったのだが……
扉を抜けた先の広い庭園で水銀燈とシエスタを待っていたのは十数人の衛兵達。
剣や槍などの思い思いの武器をメイド二人に構えている。
どうやら迷ってる間に、逃げ出した事が早く伝達されてしまったらしい。
「そこまでだ。薄汚い賊めが…」
玄関ホール、階段の踊場からモット伯が杖をその手に持って現れた。
水銀燈はシエスタを自分の背に預けてそちらを睨む。
「薄汚い?貴族の癖して人攫いみたいな事してる男に言われたくないわねぇ?」
「人聞きの悪い事を!シエスタとは正当な手続きを経て私に仕える事になったのだ!断じて人攫い等ではない!」
フン、とそれを鼻で笑い水銀燈は肩を竦めた。
「よく言うわぁ!平民が貴族の言いなりなのをいいことに同意の上だなんてぇ。
人攫いも同然じゃない!ちゃんちゃらおかしいわぁ!」
「黙れ!それのどこが悪いか!!平民が貴族に奉仕するのは至極当然の事。
むしろ私のような高貴なる者に仕える事ができるのを感謝して欲しいものだな!!」
「高貴なる者ですってぇ?ふふ……あはははははははは!!」
その言葉に水銀燈は片手で顔を押さえ、天を仰ぎ壊れたように嘲笑った。
「何が可笑しい!!」
モット伯のヒステリックな怒声に彼女の狂ったような笑いがピタリと止む。
「自分の顔もろくに見えない馬鹿なのね…。それともこの屋敷には鏡が一枚も無いのかしら?」
そして袋の奥からは冷ややかな視線でモット伯を睨みつけた。
「己の権力を傘に乙女の純情を犯し、悪びれも無く手篭めにする……
おまけにそれを感謝しろだなんてどこまで傲慢なのよ」
酷く冷めた低い声で水銀燈は右手をかざす。
「救えないわ。アナタ」
羽の集まった右手に剣が現れ、水銀燈はそれをモット伯に向けた。
……クールな仕草も間抜けな覆面でぶち壊しなのがやっぱり惜しい。
突然現れたその剣に面食らうモット伯。杖も無しに剣を創造する魔法等、水のトライアングルメイジたる彼も初めて見た。
知らないわ♪そんな魔法♪
「錬金…?いや、違う!先住魔法だと!?貴様何者だ!?」
紙袋に穿たれた2つの穴の奥で紫紺の瞳がキラーンと妖しく光る。
その言葉を待っていた!と水銀燈は覆面の中でニヤリと笑った。
「…夜空の星が輝く陰で、ワルの笑いがこだまする。身分の違いに泣く人の、涙背負って乙女を救う!!」
実は前もって用意していた口上を唱えだし、剣を優雅に掲げて更に続ける。
「無垢なる祈りが私を呼んだ!私はアリス。救いのヒロイン!人呼んでアリスSOS!!
今日また誰か乙女のピンチ!お呼びとあらば、即参上!!月に変わって~」
翼を広げて身を翻し、くるりと横に一回転。
ビシィッ!と、モット伯を指差した。
「ジャンクにしてあげる!!」
アリスSOS。奇妙奇天烈な名前だが、アリスを目指す水銀燈がシエスタのSOSを受信してやって来たのだからアリスSOS。
別段どこも間違ってはいない。
決して彼女にネーミングセンスが無いのではない!素人は誤解しないで頂きたい!!
いかに水銀燈と言えども女の子。正義のヒロインを夢見たっていいじゃないか。
永遠のヒーロー、くんくんの大ファンだし。
だが、モット伯はおろか衛兵やシエスタまでもがあんぐりと口を開け、決めポーズをとっているお人形に目を向けていた。
刺すような痛々しい視線に、彼女も自分の口上が外れた事に気づく。
(くっ…。何よ…。何よ!何よ!何よ!人が苦労して考えた台詞をこのお馬鹿さん達はぁ!)
隠れた顔を真っ赤に染め上げ、恥ずかしさに体を震わせた。
「…どうやら盗人では無く道化者であったらしいな。つきあってられん」
モット伯は興醒めしたとばかりに眉間を押さえ部下達に命令を下す。
「もうよい。始末しろ。だがシエスタは傷つけるな。…なにしろ久しぶりの上物だからな?」
舌なめずりをしていやらしい目つきで、怯えるシエスタに視線を送った。
「シエスタ。狙いは私だけみたいだけど危ないから下がってなさい」
シエスタは言われた通り庭の隅に下がり水銀燈を見守る。
途端に槍を構えて三人の衛兵が走り込んできた。水銀燈の背後から勢いに任せ迫る三本の槍、それが翼の生えたむき出しの背に突き出された。
穂先が人形を貫いた光景を想像し、シエスタは思わず目を覆う。
だが槍が突き出されたのは何もあらぬ空虚な空間。呆気にとられる槍を持つ兵士。突如その後ろから声がした。
「クシュン!…あ~スローすぎてくしゃみが出るわぁ」
一瞬でその後ろに回り込んだ水銀燈が一つくしゃみをして含み笑いをする。
でもそれを言うなら欠伸ね、欠伸。ゲップとかよかマシだけど。
驚愕の表情でもたもたしながら槍を引き後ろを振り向こうとした男達に漆黒の閃光が走った!
「…ノロマは嫌いよ。秘剣!フューラーシャイン!!」
天使の左手が輝きその剣が踊る。その太刀筋は獲物の瞳に幾重もの光跡と映った事だろう。
遅れて襲い来る凄まじい衝撃に全身打ちつけられ、ドサッと三人は寸分狂わず操り糸の切れた人形の如く前のめりに倒れこんだ。
あと、フューラーシャインとはドイツ語で「免許証」と言う意味であり、
やっぱり、眩い閃光煌めく光速の必殺剣などでは断じてない。
「安心なさぁい…峰打だから…」
水銀燈がトントンと自分の肩を剣の峰で軽く叩き澄まし顔で言った。
「ひるむな!かかれぇーーっ!」
モット伯の号令のもと、さらに数人の衛兵と蝙蝠のような翼を生やした番犬が襲いかかる。
水銀燈の、その真っ黒な翼が細かく針のように逆立った。
「まとめてお相手してさしあげるわぁ。シュタウプザウガー(電機掃除機)!!」
かけ声と共に数え切れないほどの羽がその背より放たれ、黒い嵐となってその一団を飲み込む。
もはや説明するのも億劫なので必殺技みたいなドイツ語の横に括弧で日本語訳をつけさせて頂く。メンドクセ。
彼女も薔薇乙女(ドイツ製)である以上、この言語に心得があってもおかしくは無いのだろうが…
ただ響きがカッコイいいからみたいな感がするのは気のせいだろうか?
とにかく向かい来る敵を、名前通りあっという間に掃除した水銀燈。まさに圧倒的だ。
日頃ルイズから力を引き出して目立たないが、ガンダールヴのルーンだけでも十分強い。
「こぉんな、一山いくらのお馬鹿さん達では満足出来ないわぁ。
アナタが遊んでくださらない?…自称高貴な伯爵様」
(調子にのりやがって…)
そうして余裕ぶる水銀燈を、物陰から弓をつがえた兵が狙っていた。
彼女はそれに気付いていない。
(死ね!)
それにほくそ笑んだ弓兵がその引き絞った弦を放そうとしたその時!
「あびばぁぁぁっ!?」
ドカン!と轟音を立てて衛兵のいた空間が弾けた。
「危なかったわね!」
まだ少女ととれる高く愛らしい声が、上から聞こえてくる。
その場にいた全員が一斉に声のかかった方向を向いた。
声の主は屋敷を囲った高い塀の上で杖を片手に腕組みして中庭を見下ろしている。
隠れた双月が雲から出でて、その姿を照らし出した。
そこには黒いマントを羽織り、怪しい蝶々のマスクをかけた少女の姿が。
彼女は片割れの月と同じ桃色の髪を風に靡かせ眼下を見据える。
「まさかあの人…」
「ルイズ、何で来ちゃうのよ…!」
シエスタと水銀燈の言うとおり、門から入ったルイズが、何故か城壁のような塀の上から使い魔を救ったのだった。
さて、カッコつけて颯爽と登場したルイズだが、実は水銀燈が庭に突入するとこから一部始終見ていたりする。
しかもその決まったポーズと裏腹に出て来たことをちょっと後悔していた。
(やっちゃった。やっちゃったわ……)
正直使い魔と、ついでにシエスタを連れてとっとと逃げるつもりだったのに。と心中で呟く。
平民が貴族に従うのはこの世界の道理。ルイズもまたトリステインの貴族でありこれは常識である。
だが水銀燈の、口は悪いが少女の純真を賭けたモット伯への抗議と、その決意表明たる口上。
それが少しだけルイズを動かしたのだ。
貴族と平民のこの関係が間違っているとは言わない。
だが少なくともモット伯の横暴を黙認する気は無くなった。
(えーい!こうなったら成るようにしかならないわよ!!)
「今度は何だ!?」
苛立つモット伯の言葉に、ルイズは無理やりテンションをMAXにまで引き上げる。
「い、いかに平民を支配する貴族と言えど目に余るものがあるわね!そ、そ、そんな事だからあんたモテないのよ!!」
出来るだけ動揺を見せないようモット伯に言い放つ。
頑張れルイズ。ちょっと腰引けてるけど立派だから!
「私をモテないと言ったか貴様ァッ!!!」
それに対しモット伯は眉をひくつかせ、青筋立てて怒鳴り返した。
うわ、今までで一番マジキレしてるよこの人。
どうやら水銀燈のジャンク、ルイズのゼロばりのブロックワードだったらしい。
「そうよ!モテないからって無理やり若い子を手篭めにするなんて最低よ!
身分以前に女の子を何だと思ってるのよ!バーカ!バーカ!バーカ!!」
「言わせておけば!そもそも貴様は誰だ!名を名乗れ!!」
「えっ?」
思いも寄らぬ一言にルイズは言葉を詰まらせた。
ルイズは何も考えずに勢いに任せてステージに立ったのだ。仮の名前など考えてるはずも無い。
素直に「我こそはヴァリエール公爵家が三女!ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ!!
何か文句あるの?この女の敵!エリマキトカゲ!不気味な眉毛!!」
なーんて言った日には家名ごと罰せられる。と言うかお母様直々にぶっ転がされる。
「うーん、その…あ~」
ルイズは固まったままだらだらと冷や汗をかき始めた。
「あ、あんた達に…」
「言っておくが『貴様達に名乗る名は無い!』は無しだ」
「うぐっ!」
どこかで聞いた気がする名言でごかまかそうとする彼女に、モット伯の無慈悲な言葉が突き刺さる。
なす術も無くおろおろとうろたえていたその時。
「えっと……あ!!」
ルイズの頭上にランプが灯る。その脳裏にブリミルの天啓が舞い降りたのだ。
始祖よ、感謝します!と胸でつぶやき彼女は叫ぶ!
「わ、私は謎の怪傑、マスク・オブ・ゼロ!!」
手にした杖で、でたらめに横・斜め・横と空気を切って宣言する。
ルイズは知る由もないがは奇しくもそれは我らの世界の『Z』の軌跡。ZEROの頭文字のZである。
ゾロじゃないよ?ゾロじゃ。
なかなか心憎い演出であるが、残念ながらハルケギニアに英語のスペルは無いのでここでは全く意味は無い。
(まさかこの私が忌み嫌うゼロの名前を使うとは誰もが思わないはずよ。やっぱり顔がバレなければ大丈夫!)
自分のとっさの機転と始祖の恵みに、背中に冷や汗を流しながらもルイズは口元を釣り上げた。
だが各々方の反応を見て、それが始祖の天啓ではなく堕天使の囁きだったと気づく。
水銀燈の啖呵の時と同じかそれ以上に、皆さんアホの子のようにポカンと口を開けこちらを見ていらっしゃるのだ。
誰もが一度は経験する、一時のテンションに身を任せた後の虚しさ。
嗚呼、後悔先に立たず。
(ああ、そう言えば私堕ちた天使にとりつかれてたのよね……)
体の熱が急に冷めだし、ルイズはその堕ちた天使に遠い目を向けた。
「あははははははは!!」
紙袋をかぶった使い魔は自分を指差しておもいっきり大笑いしていた。
冷え切った体が怒りで再び熱を持ち始める。ピシリと手にした杖に稲妻が走った。
「……あんたみたいな恥ずかしい名乗りとカッコしたようなのに、
大笑いなんか……されたく、ないわよぉぉぉぉーーーーっ!!」
やたらめったら杖を振りルイズは怒りに任せて爆撃を開始!
標的など定めぬ無差別攻撃である。目に映るものすべてを爆破するつもりだ。
怒りに上乗せされた彼女の魔法で空気が弾け、屋敷の壁が壊れ、高そうな彫像が砕け散る!
あちこちで衛兵が、番犬が吹き飛んで失神する!
大して魔法が使えないどころの騒ぎではない。
これじゃ怪傑じゃなくて爆破テロだ。何しに来たんですか貴女。
「私を守る身でありながらこやつら、なんたる様だ!」
やりたい放題のルイズ無双。水銀燈もそうだったが、道化者の賊の分際でなんたる暴れっぷりかとモット伯はその惨状に爪を噛んだ。
おまけに上方からバカスカ魔法を撃たれては手も足も出ない。
古来より戦いにおいて頭上、背後をとられることはすなわち死を意味する!!
……って、世紀末のチンピラかなんかが言ってた。
「弓兵!前へ!」
射殺してでもあのメイジを止めようと弓使いの兵を呼ぶ。
「弓兵ってこの人達の事ぉ?」
だがこのドサクサで弓使いを全員のしてしまったらしく、折り重なって倒れた兵士達に腰掛け、黒翼のメイドが愉快そうに言った。
なんだかんだ言って連携とれてるようだ。このミーディアムと使い魔。
「ええい!かくなる上は貴様らの出番だ!!」
マントを翻し後ろに控えた側近達を呼ぶ。主の命により出てくる数人の影。
その手にはメイジの証たる魔法の杖が握られている。これがモット伯お抱えの側近のメイジ達、言うなれば彼の切り札。
「あの小娘を落とせ!!」
主の命令の下に、ルイズを狙って攻撃魔法が雨霰と放たれた。
「わ!わ!」
ルイズは殺到してくる氷の矢を身を大慌てで飛んで避け、風の刃を海老反に体を反らしてよける。
だが身を反らしすぎてバランスを崩し、頭をモロに打ち付けてしまったのはご愛嬌。
「ハァハァ…うぅ~。ざっとこんなものよ!」
後頭部を押さえつつ涙を目尻に浮かべ、ルイズ息を切らして強がった。
だがその矢先、火のメイジが放った火球がルイズの立っている足場に命中し爆発させた。
ルイズが「へ?」と疑問の声を上げたの束の間、破壊された足場から、彼女は真っ逆様に地面へと落ちていった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ルイズ!!」
水銀燈が助けに向かうもまだまだ残る雑兵達が行く手を阻む。
「どいて!邪魔よ!!」
水銀燈は舌打ちして、邪魔する衛士達を纏めて薙ぎ倒す。
――だが、間に合わない。
彼女は歯噛みし、なす術なく大地に引かれ落ちていくミーディアムを見送るしかなかった。
ルイズの命運も、もはやこれまでなのか?
「やれやれ…。……レビテーション」
誰かが放つ一言。その言葉と共に落ちていくルイズが魔法による力場に包まれ、落下が緩やかになった。
そのまま地面に着地すると、ルイズはそこにへたり込む。ぼけーっと呆け意識ここにあらずといった様子だ。
「ベルリンの赤い雨ーー!!」(べるりんのあかいあめ)
剣を一閃させ衛士の壁をなぎ倒し水銀燈はルイズに駆け寄った。
こんな状況でも技の名前を叫ぶのは忘れていないらしい。
と言うかそれ、もうドイツ語じゃないよね。
「ルイズ!大丈夫?」
「うん…なんとか…。でも誰が助けてくれたの……?」
そうだ。この四面楚歌の状況で一体誰がルイズを助けるような真似を?
キュルケ?それともタバサか?ギーシュ……無いね、うん。
「ええい誰だ!もう少しのところで勝手な真似をしおって!!」
モット伯は怒りうち震え辺りに怒声を撒き散らす。
お抱えのメイジ達は互いに顔を見合わせ困惑の表情を浮かべていた。裏切り者が出た訳では無いらしい。
「私がやったのよ」
水銀燈やルイズとは違う、妙齢の女性の声がそれに答えた。
モット伯が、再び声の聞こえた暗がりに向き直る。
いつの間にか何者かが、ルイズによって半身を吹き飛ばされた彫像に片膝を曲げて腰掛けている。
彼女は静かに、そして不気味に顔を俯かせ、フードを目深に被りローブの裾を夜風になびかせる。
水銀燈やルイズのような派手な出現では無い。だがそれが放つプレッシャーは二人以上。
モット伯はそれに戦慄した。
「つ、次から次へと!何者だ!」
モット伯自ら魔法を唱え三人目の賊に氷の矢を放った。
自分の顔めがけて飛んでくる氷の矢を、ローブの女性は軽く顔を動かし紙一重で避ける。
かすった魔法でフードが切り裂かれその顔が露わになった。
「何者かって?まあ、別に、名乗るほどの者じゃあないんだがね」
「嘘……」
「何であいつが……」
現れた顔を見て水銀燈とルイズが絶句した。
「強いて言えば……そうね、『土くれ』とでも言っておこうかしら?」
眼鏡の奥に光るのは理知的かつ猛禽類を思わせる切れ長の瞳。
人形とその主人をチラリと見やり、そしてモット伯に不敵に笑いかける。
土くれのフーケがこの修羅場に突如乱入したのだった。
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