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バンッと円卓を叩いてクロムウェルが立ち上がった。
「諸君!恐れる事はない!この作戦はもともと、トリステインの秘密兵器をも計算に入れ
て立案してある!そのために『レキシントン』号のみならず、多数の民間船を接収して改
造したのだから!」
おお…と円卓に感嘆のどよめきがあがる。
「確かにヤツらは謎だ!恐るべき戦力だ!しかし、所詮は大海に浮かぶ小舟!聖地回復運
動という大きな歴史の流れに、使い魔一匹ごときが逆らえるものか!なんのことはない、
あの使い魔がどこか一つの戦場で暴れ回るというのなら、それ以外の戦場を全てレコン・
キスタの旗で埋め尽くしてしまえばいい!やつらは、しょせん主と使い魔の二人だけでし
かないのだから!
無論、艦隊にそれなりの被害は出るだろう。だが、それも聖地回復という大義の前には
些細な事でしかない!!
それに、その報告書が正しければ…ヤツらには、致命的弱点があるのだよ!」
円卓を覆おうとしていた暗雲はどこかへ消え去り、閣議は終了した。朝食を追えた一同
はクロムウェルへ一礼し、皆ホールを後にした。
―――トリステイン魔法学院、昼前。
分厚いカーテンのひかれたルイズの部屋には、キュルケとタバサがいた。二人が見つめ
る鏡台の鏡が輝き、真紅・ルイズ・デルフリンガーを背に担いだジュン・翠星石が這い出
してきた。
「おっでれーたなぁ。あんな警備、見た事ないぜぇ」
「ううう、悔しいですぅ~。おんのれぇえ~~おくびょーもの共めぇええ」
「どうなってんの!?どうみても僕らがガリアの宮殿で暴れたのを知ってるとしか思えな
いよ!ガリアからアルビオンまで、情報が渡ったぁ!?あっという間にぃ!?」
「そうね。この様子じゃ港や宮殿内部へのルートを見つけてもダメね」
「あー!ムカツクわねえー!あたしのエクスプロージョンで、艦隊丸ごと吹っ飛ばしてや
ろうと思ったのにぃー!」
悔しさを露わにするルイズ達に、キュルケとタバサも様子を聞くまでもなく状況は理解
出来た。
話を聞いていたキュルケも腕組みして溜め息を吐く。
「はぁ~…ホントにレコン・キスタの情報網は凄いわねぇ。それかホントに裏でつながっ
てるのかしら?とにかく、昼食にしましょ」
「あ、ゴメン。僕、トイレ行ってるから、先に行ってて」
と言って部屋を出ようとしたジュンの襟を、ルイズががしっと捕まえた。顔は笑顔、で
も目が笑っていない。
「あの・・・ルイズさん、何?」
「ねぇ~ジュう~ん~、どーこいっくの?」
「だ、だから、トイレ・・・」
「ふぅ~~~~~ん」
真紅と翠星石も、笑顔なのに目が笑ってない。三人に取り囲まれ、ジュンも冷や汗。
キュルケはそんなルイズ達をニヤニヤと笑っている。タバサはやっぱり無表情だが、首
を傾げている。
「スぅイぃ~、ジュンを見張っててくれるかしらぁ~?」
「まっかせるですよー」
「な、なんで!?トイレくらい一人で」
「いーから来るですぅ!お前を一人で行かせるわけにはいかねーですぅ!!」
ジュンは、翠星石を頭に乗っけたままトイレに行かされた。
そんな様子を見て、首を傾げたタバサがキュルケをチラと見上げた。
「ああ、ジュンちゃんったらねぇ~。昨日、警護のオネーサン達やぁ、メイドさんやぁ、
近くの村に避難してきたイケナイお店のお嬢様達とねぇ…とぉ~っても仲良くしてたんで
すってぇ!」
「うっさいわよキュルケぇ!」「お黙りなさいっ!」
ルイズと真紅がハモりながら、キュルケを睨み付けるのであった。
「・・・第一、どうしてお前等が昨日の僕の事、そんなに詳しく知ってるんだよぉ!?」
ジュンは頭の上の翠星石にブツブツ文句を言いながら石畳を歩いていた。
「あ、まさかデル公!?」
「ちっちげーよ!俺ッちはンな事いわねーよぉ!」
「ふっふーん!教えてあげるですよぉ~」
翠星石がジュンの頭の上で、腰に手を当ててふんぞり返る。
「かーんたんですぅ!お前の背中にスィドリームつけといたですぅ~」
「なーっ!なんでそんな事をー!」
「あーんなフツーの人間達に、お前の護衛を任せてらんねーからですぅ!そしたら、お前
と来たら、おおまえと来たラあァー!ち、ちちち!チビ人間のクセにぃ!!!」
ポコポコと翠星石が頭を踏みつける。
「ぶぅえっ、べぇっ!別に僕は悪くないだろお!?」
「うっせーコンチキショーですぅっ!お前に悪い虫が付かないようにするのも、あたし達
の役目ですぅーだ!」
「人権侵害だあー!」
ジュンがフトウなタイグウに抗議していると、警備の女性武官数人とすれ違った。皆、
ジュンを見るとニッコリ笑って手を振り、ジュンも少し赤くなってペコリと礼をする。
ぎゅうぅにいいいい~~~
ジュンの頭の上から、翠星石がほっぺたを思いっきりつねりあげる。
「お・ま・え・と…いうやつわぁああああ」
「ひぃっひたひ!ひゃめれえーっ!」
「お・・・おでれーた、女は怖いねぇ」
遠くから眺める女官達も、朝食に向かう女学生達も、二人の姿をクスクス笑っていた。
昼食中、ジュンと真紅と翠星石は、いつものように入り口横のテーブルで食事をしてい
た。ただ最近は、ルイズも一緒。
そして少女達三人は、ジトォ~とジュンを睨んでいた。
「あの、さぁ・・・お前ら、いい加減にしろよなぁ」
「そーれはこっちのセリフですぅ!ねー、ルイズ?」
「そーよねー、ジュンったらこう見えて、イロオトコですもん。ねー、シンク?」
「そうね、さすが私のミーディアムね。本当に、誇らしいったらないわ」
アルヴィーズの食堂では、他の生徒も教員も食事している。メイドなどの平民や、警護
もいる。ただし、そのほとんどが女性。男性はほとんどみんな軍へ志願し、残っているの
はコルベールやジュンなど、ごく少数。
ジュンはトリステインの戦力としても、数少ない男性としても、目立っていた。なので
周囲の視線も集まってくる。ジュンがちょっと視線をずらせば、自然に周囲の女性と目が
合う。
その度にジュンは、真紅と翠星石にバターやパンを投げつけられ、ルイズに足を踏んづ
けられた。
「・・・なんで、こんな目に・・・」
そんなジュンのつぶやきも、冷たく睨み付けてくる三組の目に潰されてしまった…。
―――夕刻、トリステイン王宮会議室。
「・・・城下の避難、完了致しました」
「艦隊は既に臨戦態勢にあります」
「全軍、予定通りに展開しております。明日には陣の形成を完了致します」
「よろしい。それでは、あとはアルビオン艦隊が来るのを待つばかりですね」
会議室では、上座のマリアンヌと、隣に座るマザリーニが全軍の配置と市民の避難状況
などについて報告を受けていた。
豪華な夕食と貴重な年代物ワインも並べられていく。同時に、扉からはヴァリエール公
爵やラ・ラメー伯爵、その他将軍達も次々と入室し、席に着いていく。その表情は暗くは
ない、だが陽気でも無かった。皆、悲壮な決意を秘めてこの晩餐に臨んでいた。
全ての将軍や大臣達が机を囲んだ後、最後に入ってきたのはアンリエッタとウェールズ
だ。二人は手を取り合い、末席に肩を寄せ合って着席した。
居並ぶ重臣達を見渡したマリアンヌが、ワインを手に立ち上がった。
「皆、よくぞこれまでトリステインを支えて下さいました。まずその事に感謝します。
そして、このトリステイン存亡の危機に臆することなく、この晩餐にも席を並べて下さっ
た事、誇りに思います」
「女王陛下!何を弱気な事を言われますか!?」
そう言って立ち上がったのは、デムリ財務卿だ。
「このデムリ、武官でありませんので前線には立てません。ですが必ずや陛下を、王家を
お守り致します!金勘定しか出来ない非力な身ではありますが、なればこそ!軍資金につ
いてはお任せ下さい!」
「よくぞ言われた!デムリ殿!」
今度は魔法衛士隊マンティコア隊隊長ド・ゼッサールが立ち上がる。
「不肖、私も衛士隊隊長として、陛下の盾となる所存にございます。王家に降りかかるあ
らゆる魔法から、陛下も姫もお守りして見せましょう」
そんな二人の後に続くように、居並ぶ重臣達も次々とワイン片手に立ち上がり、気勢を
上げる。
「全くですぞ陛下!確かに空軍力では劣りますが、なあに!ヤツらもいずれは地上に降り
なければ占領が出来ンのです!そこからが本番ですぞ」
「そうそう!第一、あやつらは聖地回復などと掲げてはおりますが、しょせん烏合の衆!
利権目当てに集まったダニ共に過ぎません!」
「その通り、我らが地上で粘り続ければ、やつらは内部分裂を起こし、瓦解して自滅しま
す。我らはその時を待てばよいのです」
「何よりここは我らの国!やつらが土足で踏み込んだ所で、この国の民がヤツらの支配を
良しとはしません。民衆と共に、各地で解放の旗を上げるとしましょう!」
「これこれ諸君、まずは艦隊戦ですぞ。まだ我が艦隊が、負けると決まったわけではあり
ません」
そういって苦笑いと共に皆を制したのは、艦隊司令長官ラ・ラメー伯爵だ。
マザリーニが手を挙げて、皆を一旦着席させる。
「・・・諸君、ともかく決戦の時は刻一刻と近づいておる。我らはその時まで牙を研ぎ、
力を蓄えよう。そしてなによりこの一戦において、トリステインは弱国ではないこと、他
国の侵略には一丸となって立ち向かうという意思と誇りと力、何より王家への忠誠を示し
ましょうぞ」
おおっ!という喊声と共に、一同はワイングラスを高く掲げた。
そんな晩餐の中、アンリエッタとウェールズは静かに微笑みあっている。
「ウェールズ様…明日、行かれるのですね」
「うむ、アルビオンから来てくれた貴族達も、既に大勢が『イーグル』号に乗り込んでい
る。
ニューカッスルで死に損ねたこの身だが、生きて姫と共に過ごして、目が覚めた。アル
ビオン王家の誇りを示す、なんて言わない。ただ姫を守るため、明日は全てを賭けて戦う
とするよ」
「どうか、どうか生きてお戻り下さい。このアンリエッタを、再び一人にしないで下さい
まし」
「分かっている。必ず、必ず生きて帰る。二度とそなたを一人にするものか」
二人は机の下で、固く手を握り合っていた。
―――シャン・ド・マルス練兵場、深夜。
トリスタニアの中ほどにある、この練兵場には、数多くの連隊が駐屯していた。
戦いを前にたき火を囲んで気勢を上げたり、武器を磨いたり、詠唱の練習をしたり、馬
や使い魔を撫でながら語りかけたり、皆思い思いに夜を迎えている。
そんな練兵場の隅に、若い貴族の姿があった。薔薇の造花をキザッたらしく口にくわえ
たギーシュが、じっと地面を見つめて意識を集中している。
ぽこっぼこぼこ
彼の足下の地面が盛り上がり、大きなモグラが顔を出した。
「お疲れ様、僕のヴェルダンデ。本当によく頑張ったねぇ。これで君のお仕事は終わりだ
よ。さぁ、遠くへお行き。トリスタニアは危ないからね」
ギーシュは優しく自分の使い魔の頬を撫で、労をねぎらった。だが、遠くへ行けと命じ
られたジャイアントモールは、動こうとしない。ただ円らで愛らしい瞳が、主をジッと見
上げている。
「ダメだよ。君はとてもとても素晴らしい使い魔だけど、戦場では役に立たないんだ。君
は、もっと素晴らしい働きを、既にしてくれたんだよ。
さぁ行くんだ!短い間だったけど、君を召喚出来て本当に僕は幸せだったよ!僕は世界
一の幸せ者だったよ!」
それでもモグラは去ろうとしない。潤んだ瞳が、若い主を見上げ続けた。
「ヴェルダンデ・・・ああ、ありがとう!僕の一番の友達よ!」
ギーシュは膝をつき、モグラの頭を抱きしめて涙を流した。
そんな主と使い魔の姿も、城下に駐屯する数万の軍勢の中では、よくあるワンシーンの
一つでしかなかった。
平民も貴族も人間も動物も、等しく夜の闇に包まれる。
アルビオン~トリステイン戦争 開戦初日
アルビオン首都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿前大通りは、朝から群衆で埋め尽く
されていた。
石造りの整然とした町並みの中に色とりどりの旗が翻っている。楽隊の勇壮な演奏の中
を、人々の歓声を受けて華やかな騎士隊の隊列が進んでいく。宮殿内でオリヴァー・クロ
ムウェルの初代神聖皇帝戴冠式も滞りなく、神妙に執り行われていた。
正午、宮殿テラスからクロムウェルが姿を現し、民衆へ手を振る。同時に大歓声がわき
起こり、皇帝自身の口から神聖アルビオン共和国樹立とトリステインへの遠征が宣言され
た。
そして宮殿奥、ホワイトホールでは、遠見の鏡から式典の進行を眺める人物の姿があっ
た。それは本物のクロムウェルだ。
「ふむ…さすがに影武者で戴冠式をするのはやり過ぎかとも思ったけど、まぁいいか。念
には念を、とも言うしな」
ほどなくして鏡には、上空を悠然と進むアルビオン艦隊が映された。数多くの竜騎兵に
周囲を警護された艦隊は、ゆっくりとトリステインへ船首を向ける。
港町ロサイスとロンディニウムを繋ぐ交通の要衝、サウスゴータ。
そのサウスゴータの森の中、ロサイスから北東に50リーグほど離れたウエストウッド
村には、丸太と漆喰で作られた民家があった。村といっても、ある篤志家の援助で作られ
た孤児院みたいなものだったが。
そしてその篤志家と、その友人と、村を運営する女性が、孤児達と共に昼食を囲んでい
た。
「あー!見てみてぇー!」
一人の子供が上空を見上げると、アルビオン艦隊が竜騎士を引き連れて通過する所だっ
た。
「うわぁー!すっごおーい!」
「今度はどこいくのかなぁ?」
「しらねーのかよ、トリステインだってさ」
子供達は、無邪気に艦隊を珍しがり、その後を追って駆け出した。
「こらあー!みんなー、まだ食事中よー!」
「はーい!」
「ごめんよテファ姉ちゃん!」
テファと呼ばれた耳の長い少女に止められ、子供達はみんな食卓へ戻ってきた。
「まったく、あのティファニアといい、子供達といい、平和なものだな」
そう言って麦酒を口にしたのは、篤志家の友人であるワルドだった。マントを外して衛
士隊の制服も脱ぎ、今はただの村人にしかみえない――その鋭い眼光と鍛え抜かれた肉体
を除いて、だが。
「本当だねぇ・・・内戦直後のトリステイン遠征で、高い税金やら焼け出された民衆やら
で貴族への恨みがつのっているって言うのに。
杖で民衆を脅しての戴冠式典に艦隊パレードを兼ねた出陣式、ほ~んとにご苦労なこっ
たよ」
ぼやき混じりにパンを頬張っているのは、土くれこと篤志家のフーケ。
「で・・・あんたはどうすんだい?」
「どう、とは?」
「しらばっくれてんじゃないよ。今朝はずっと、あれの横でじぃ~っと考え込んでたじゃ
ないか」
そう言ってフーケが指さした先には、体を丸めてうたた寝するグリフォンがいた。その
大きくてフカフカの体の上では、小さな女の子も一緒に昼寝している。
「今の俺は、ただの子守だよ。子供達と遊ぶのに精一杯さ」
「ぬけぬけとまぁ、よく言うねぇ!子育てにグリフォンなんか連れてくるもんか!まった
く、あんなでっかくて目立つのをここまで連れてくるのに、どんだけ苦労したと思ってる
んだい!?」
「意外だな、お前からそんな事を言ってくるとは。こういう平和で穏やかな生活は嫌い
か?」
「そっ!そんなことはないけど、ねぇ・・・って、からかうんじゃないよ!」
「んもぉ~、マチルダ姉さんもワルドさんも、子供達の前でケンカしちゃだめです!」
「いや、別にケンカしてるワケじゃ」「ふふ、すまんなティファニア」
ティファニアに怒られ、二人とも黙って昼食を済ませる事にした。
昼食をモゴモゴと食べながらも、ワルドの目は遠くを見つめていた。
―――夜、ルイズの部屋
薔薇乙女達がトランクで眠りについた頃、ベッドの上ではルイズが寝返りをうち続けて
いた。
・・・寝れないなぁ・・・
もう何度も何度もコロコロ寝返りをうってるが、目が冴えて全然寝付けない。
ぼんやりと天井を見つめても、いつもの天井があるばかり。
「弱ったなぁ、グッスリ寝なきゃいけないのに」
ふと床を見れば、わら束の上にひいた毛布にくるまるジュンの背が見える。
「おーい」
返事なし。
「こらー、ジューン」
やっぱり返事はない。
「・・・女ったらし」
「…誰がだよ」
「やっぱり起きてるじゃない」
ジュンは背を向けたまま、小声で抗議した。
「ジュンも寝れないの?」
「う…ん、まあね」
「床で寝てるのがまずいんじゃない?」
「もう慣れたよ。他に寝る所なんて無いし」
「あるわよ」
「どこに?」
「ここに」
ヒョイとジュンが頭を上げると、ルイズがベッドの、自分の隣を指さしている。
「・・・冗談はよせよ」
慌てて毛布にくるまりなおすジュンの顔は、一瞬で真っ赤になっていた。
「あら、冗談じゃないわよ」
ルイズは悪戯っぽく微笑みながら、ジュンの背を見つめている。
「明日は大事な日だもの。ぐっすり寝てくれないと、こっちだって困るわ」
「そりゃお互い様。バカ言ってないで、早く寝ようぜ」
「ふーん、来てくれないんだぁ」
「あ、あったり前だろ」
「じゃあ~、オネーサンがジュンのトコに行ったげようかなぁ~?」
「かーっからかうなよ!」
「うふふ、ゴメンね。それじゃ、お休みなさい」
「ああ、お休み」
ルイズはジュンに背を向けて布団にくるまる。
ほどなくして、二人は夢の世界に旅立っていった。
「やれやれまったく…ジュンはやっぱ、まだまだお子様だねぇ・・・」
壁に立てかけられたデルフリンガーの言葉も、聞く者はもういなかった。
アルビオン~トリステイン戦争 二日目
―――ラ・ロシェール 朝
アルビオンへ行くフネのための港町であり、世界樹の枯れ木をくり抜いた立体型の桟橋
や、メイジが岩から切り出して作った建物群が峡谷にある。
そんな賑やかだったはずの街も、今は人影もない。桟橋に係留される船もない。かつて
は貴族達が泊まった高級宿屋『女神の杵』亭は、フーケに破壊されたままの状態で放置さ
れていた。
その上空を、数騎の風竜騎士が飛び回っている。
竜騎士が一騎降下し、『女神の杵』亭を窓から覗く。かつては高級貴族だけが使用した
一番高級な部屋も、テーブルや鏡台にホコリが積もりはじめている。他の竜騎士も降下し
て、いくつかの建物を見て回る。ほとんどの荷物は持ち去られ、あるいは盗まれ、あとに
は脱ぎ捨てられた服、小さな鞄、ガラクタ、子供の人形、ボロボロに錆びた剣やらが床に
散乱するばかり。
しばらく旋回した後、全くの無人である事を確認して、上空へ急上昇。竜騎士が向かう
雲の間には、アルビオン艦隊が滞空していた。
「本当に無人なのか。やつら、まさかラ・ロシェールまで放棄するとはな」
偵察隊からの報告を聞いて呆れているのは、艦隊司令長官兼トリステイン侵攻軍総指揮
官、といっても本職は貴族議会議員という政治家のサー・ジョンストンだ。
「兵力集中は基本ではあります・・・が、ここまで徹底するとは、驚きです」
そういって隣の上官に同意したのは侵攻艦隊旗艦の艦長、サー・ヘンリ・ボーウッド。
二人が前を見ると、遮るもののない青空と雲海が広がっている。
サー・ジョンストンの声は神経質そうで、心配げだ。
「大丈夫かね、艦長。やつら、何かとんでもない秘策をもって待ち受けているのではない
かな?」
「もちろん。やつらも少ない戦力を少しでも集中させ我らに奇襲をかけるべく、あれこれ
と努力している事でしょう」
「い、いや、私が言ってるのはそういう事ではなくて、だな」
「ガリアからの情報、謎の使い魔…ですか?」
「そ、そ、そうだ。信じたくはないが・・・」
「そうですな。無論、それも含めての艦隊編成をしております。今は、作戦を実行すると
しましょう」
ボーウッドは内心、この臆病な長官を『クロムウェルの腰巾着』と軽蔑していた。もと
もとレコン・キスタに共感もしていない。軍人は政治に関与すべきでない、との信念の下
で、レコン・キスタに就いた上官の命令のままに戦っていたら、ずるずると昇進して旗艦
の艦長にまでなってしまったのだから。
そんな、任務に私情を挟まぬ優秀な軍人ボーウッドでも、隣で恐怖に震える上司の気持
ちには共感していた。
「あの異常な警備態勢、そしてこの奇妙な艦隊を見れば、私とて不安にはなります。です
が、兵達の前で指揮官が動揺を見せてはなりませんぞ」
「う、うむ、わかっている、わかっている」
ボーウッドが『奇妙な艦隊』と評したアルビオン艦隊はラ・ロシェール上空を通り、雲
の中を一路トリステインへと向かった。
竜騎士が艦隊に戻ると、床に散乱していたガラクタの中で、うつぶせの人形の指ががピ
クリと動く。
白銀の髪に黒いドレスを着た人形はゆっくりと顔を上げ、竜騎士が飛び去った事を確認
すると、窓からアルビオン艦隊を見上げた。
『ふぅん・・・あれがアルビオン艦隊ね』
ボロボロに錆びた剣が答えた。
「ああ。まちがいねぇな。それにしてもおでれーた、すっげぇ大艦隊だ」
水銀燈は床に放り出していた鞄の中から、巨大な望遠レンズ付きデジカメを取り出し、
最大望遠でカメラを覗く。
『本当に変な艦隊ねぇ、ほとんどが普通の船…というか、ボロくて小さいわねぇ』
デルフリンガーはサビを取り、自身を輝く刀身に戻した。
「ああ、ボロいのは焼き討ち船だ。敵艦隊に突っ込ませて自爆させるんだぜ。でも、そん
なに多いのかよ?」
『ええ、半分以上がそうよぉ。他に、大砲はないけどやたら大きな船とかもいるわねぇ。
それが三列に並んでるわ。全部で・・・53,かしらぁ?左に17,真ん中が18,右が
18…やたらと間を空けて並んでるのねぇ?』
「大きいのは補給船だろうけど、半分以上が焼き討ち船ってのはヘンだなぁ。もともと戦
艦の数で勝ってるのに」
『なんだかわかんないけどぉ、とにかくあたしの役目はこれで終わりよぉ。帰るわねぇ』
カシャカシャとシャッター音を響かせた後、水銀燈はデルフリンガーを抱えて鏡台の中
に入っていった。
「へぇ~。あいつら、ラ・ロシェールを素通りしたのねぇ」
キュルケがデジカメのモニターを食い入るように覗き込んでいる。
「桟橋破壊は、後の艦隊運用、交易に支障がでる。トリステイン艦隊を、倒さないで占領
しても、維持が手間」
タバサもメガネをクイクイと直しながら、艦隊の映像を見つめている。
「それにしても、この三列の艦隊…やっぱりだ。ルイズさんの『エクスプロージョン』を
警戒してるんだ。これだけ各列が離れると、真ん中の一番でっかい戦艦、旗艦からの指揮
に問題が出る。なのに、あえてそれをするってことは・・・」
ジュンは手にするカメラの映像を次々と映し、奇妙なほど各列の間が空いた艦隊を見続
けた。
「各列のどれに『エクスプロージョン』が来ても、残った二列は無事・・・というわけだ
わね」
真紅がベッドに座って顎に手をあて、推理している。
「気になるのは、その戦艦達の後ろにいる、焼き討ち船の多さですねぇ。トリステイン艦
隊と戦うだけなら、そんなにいらないかもですぅ」
翠星石も真紅の横に座り、頭をひねっている。
厚くカーテンが引かれたルイズの部屋では、水銀燈が撮影してきた映像からアルビオン
艦隊の情報が分析されていた。
『その辺の事はあんた達で考えなさぁい。それじゃ、頑張りなさいよぉ』
「おう!お疲れさーん」
デルフリンガーに送られて、水銀燈はnのフィールドへ帰っていった。
コココン…ココン…コン
扉が奇妙なリズムでノックされた。
「あ、ルイズさん。おかえりなさーい」
ルイズは扉を開けて入ると同時に、はあぁ~っと大きな溜め息をついた。
「その様子ですとぉ、どうやら待機命令のままのようですねぇ」
「そのとーりよ、スイ。
まったく父さまったら『我が娘は大砲や火矢ではありませぬ』て軍議でタンカきったん
ですって!
・・・んな事言ったって、『虚無』無しじゃ勝てないわ!あたし、歩いてでもトリスタ
ニア行くわよ!」
「まぁまぁルイズさん、ちゃんとゼロ戦で運ぶからさ」
「ええ!運んでくれるだけで良いわ。お願いするわね」
「ああ、でも今はギリギリまで待とうか。でさ、ルイズさん。これ見てよ、この艦隊。全
部で53隻だけど、これはどうみても・・・」
カーテンの引かれた薄暗い部屋では、デジカメを囲んで小さな軍議が続いていた。
トリスタニアに近づくアルビオン艦隊の姿は、カラスやフクロウなどの使い魔を有する
メイジ達にも捕らえられていた。
トリステイン艦隊旗艦『メルカトール』号に乗り込んだマリコヌルその他のメイジが、
艦隊司令長官ラ・ラメー伯爵へ報告する。
「本当に、そんな編成で向かってきているのか?」
「は!はひぃ!間違い、あっありません!」
「そうか、ご苦労だった。各員持ち場に戻ってくれ」
マリコヌルは太った体を揺らしながら甲板へ戻っていった。
ラ・ラメー伯爵はトリステイン艦隊をぐるりと見渡す。
トリステイン艦隊は旗艦『メルカトール』号を中心とした輪陣形をとっていた。といっ
ても戦列艦は10隻しかいないので、円というよりはいびつな八角形。その周囲に、やは
り焼き討ち船としての古めかしい船が10隻浮いている。
輪陣形とは、旗艦を中心に円を描くような陣形だ。旗艦周囲を守る多数の補助艦と、小
型高機動な大量の空戦力によって成り立つ。現在トリステイン艦隊は、トリスタニア上空
に滞空している。このため首都警護竜騎士連隊はじめ、トリステイン全土から集結した竜
騎士・グリフォン等の空兵力が艦隊周辺を飛び回っている。
「どう読む?艦長」
ラ・ラメー伯爵は隣に立つ『メルカトール』号艦長フェビスに尋ねる。フェヴィスは口
ひげをいじりながら、しばし思案した。
「・・・ガリアの、ヴェルサルテイル宮殿の噂を信じたということでしょう」
「やはりそうだろうなぁ。まさか、ここまで信じてくれると、驚いてしまうな」
「意外と真実だったのかもしれません」
「ふふ、さあな。いずれにせよ、これは我らにとってチャンスだということだよ!」
「各個撃破の絶好の機会、千載一遇の好機ですな」
ラ・ラメー伯爵が飛ばした指示は、手旗信号や信号旗によって艦隊各艦と周囲を飛ぶの
騎士達へ伝えられた。艦隊はゆっくりと形を変え、まだ見えないアルビオン艦隊へ艦首を
向けて横一列に並んでいく。
艦隊一番右に並ぶ先導鑑に対し、最後尾となる鑑として『イーグル』号が一番左にあっ
た。
「ふむ、単横陣か…敵艦隊の射程直前で面舵にて一斉回頭、敵横陣列の右鑑列へ向かい、
すれ違いざまに撃ちのめす…というわけだ。敵戦列艦は18隻だが、3つに分かれれば6
隻前後。数で勝る事が出来る」
『イーグル』号ではウェールズが、艦隊の陣形から作戦の意図を読み取っていた。
「さようでございますな、おう」「おっと!私はもう皇太子でもなんでもないと、何度も
言ったろう?パリーよ」
「そ、そうでござったな、こほんっ。改めて、う、ウェールズ艦長」
パリーと呼ばれた労メイジは、言いにくそうにウェールズの名を呼んだ。
もう一度こほんっと咳払いをして、誤魔化すように話を続けた。
「それに、『ロイヤル・ソヴリン』号に積める竜騎士の数は20。例え他の艦にも無理矢
理積んだとしても、トリステインが数で上回る事が出来ますぞ!」
そういうと、パリーは拳を握りしめて涙を流し始めた。
「くぅ~!ニューカッスル城では、平民達を無事に投降させるため、共に城を出ざるをえ
んかった!もはやこの老骨も、路傍の石の如く屍を晒すか…と世をはかなんでおったが、
よもや再戦の機会を得るとは!
自害せなんで、ほんによかったぁ!これで、これで陛下に胸を張って会いに行く事が出
来ますぞ!!」
「よさないか、パリー、縁起でもない。これは死ぬための戦いじゃない、生きるための戦
いだ」
「お、おっと、失礼致しました」
ウェールズは伝令管を全て開け放ち、艦内全体に声を響かせる。
「諸君!よく聞いて欲しい、これより本艦はレコン・キスタ艦隊と砲火を交える。
だが、これは決してアルビオン王家の復讐でも捲土重来のためでもない。我らは皆、ト
リステインに亡命したのだ。だから、私も諸君等も、等しくトリステインの一国民に過ぎ
ない。
蛮勇は許さん、特攻も自害も認めん!生きろ。戦って戦って、戦いの最後の瞬間まで生
きるんだ!我らの新しい故郷、トリステインのために、這い蹲ってでも生き、杖が折れて
も戦うんだっ!!」
艦内各所から雄叫びや歓声が帰ってくる。ブリッジも皆が拳を振り上げ、口々に始祖へ
の祈りと必勝の誓いを叫ぶ。
「さぁパリーよ、この戦は速力が勝負だ。焼き討ち船をかわして、他の2艦列が駆けつけ
る前に、どれだけ敵の数を減らせるかが鍵となる。遅れを取るなよ!」
「ははっ!」
―――アンリエッタ、必ず私は帰る。待っててくれ―――
横一列に並ぶ全艦艇が船首を向けるその先に、アルビオン艦隊がポツンと見えたのは、
それからすぐの事だった。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
*注 艦隊簡易展開図
戦 戦艦
・ 小型船
○ 中型船
◎ 大型船
←トリステイン艦隊進行方向 メ:『メルカトール』号 イ:『イーグル』号
戦戦戦戦メ戦戦戦戦イ・・・・・・・・・・
戦 戦
戦 戦 戦
戦 戦 戦
戦 レ 戦
戦 戦 戦
戦 戦 戦
戦
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
○ ○ ○
○ ○ ○
◎ ◎
アルビオン艦隊 レ:『レキシントン』号
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
「見えました。・・・敵艦隊、単横陣です」
報告を聞いたボーウッドは、満足げに頷いた。
「うむ、予想通りだ。やつらは左右いずれかの艦隊に速攻をかける気ですな」
「だだ、大丈夫かね?特に左翼は戦艦が5隻しかいないんだよ!?やつらは10隻で、こ
れでは」
サー・ジョンストンの震える声に、ヤレヤレという感じでボーウッドは答えた。
「狙わせるために5隻にしたのですよ、作戦通りです。これでヤツらの動きは読めるし、
問題ありません」
「しっ!しかしだねっ!」
「大丈夫です。様々な事態に対応した作戦が練られてあるそうですから、今はこれで大丈
夫ですよ」
「そ、そう信じているが・・・そもそも、あの者の言うままに動いていていいのか?」
「閣下の作戦案は全て、あの女性が記憶しているそうですから。少なくとも、現在の所は
問題は生じていません。
ともかく、予定通りに始めましょう」
そういってボーウッドは、様々な指示を飛ばしながら、中央艦列最前列の艦首を見た。
そこには黒いコートをまとった痩身の女性が立っていた。
アルビオン艦隊中央艦列の先頭艦船首で、足下に大きな鞄を置いたシェフィールドが、
猛禽類のような笑みを浮かべている。
「・・・まったく、あたしがいない間に、ジョゼフさまの所で勝手してくれたようじゃな
い!」
そう吐き捨てると、シェフィールドは右腕を高々と掲げた。
「おかげでジョゼフさまと来たら、寝ても覚めてもあいつらの事ばっかり・・・ホント、
嫉妬しちゃうわねぇ」
高く掲げた右手を、一気に振り下ろす。と同時に、凄まじい熱気が中央戦列艦の後方で
わき起こる。
「さぁ、次はこちらのターンよ・・・楽しく遊びましょう!!」
戦列艦の後方から、シェフィールドの左右を通り抜け、燃えさかる船が次々と疾走して
いった。紅蓮の炎に彼女の黒いローブまでが赤く照らされ、激しくひるがえる。
「や!焼き討ち船、来ます!」
アルビオン艦隊の列の間を、真っ赤に燃える船が向かってくるのは『メルカトール』号
からでも見えていた。
だが・・・
「や、焼き討ちせ・・・ん・・・来ません!」
「な…んじゃっそりゃあー!!」
目の前で見えてる事実に、フェヴィス艦長は思わずおかしな叫びをあげてしまった。焼
き討ち船はトリステイン艦隊に向かうかと思いきや、途中で失速し、落ちていってしまっ
たのだ。
トリステイン艦隊にいるほとんどの人間が、あっけにとられて呆然と、落ちていく船の
列を見ていた。
間の抜けた沈黙が広がる中、甲板からマリコヌルの悲鳴が艦内にまで響いてきた。
「うわああーーー!!ま、街があーーーー!!!」
真っ赤に燃え上がった船が、次々とトリスタニアに落下していく。
ブルドンネ街大通りに、貴族達が住まう屋敷に、橋に、街のあらゆる場所に…いや、街
の風上全体に、中央艦列後方にいた11隻中9隻が、燃えさかりながら落ちていった。
「ばっバカな!?城下を全て焼き払う気か!?」「占領が目的じゃ・・・」「第一、この
艦隊を無視してまで街を焼いてどうすんだよぉ!?」「ち、地上が、陸軍が!」「俺の、
家があ、店があああ」
「落ち着け!とにかく我らは艦隊に集中するんだ!」
艦長の叫びに、熟練した乗員達が我を取り戻し、次の指示を待つ。それを見て急遽乗り
込んだ学生の士官候補生なども、ようやく落ち着いた。
ラ・ラメー伯爵が咳払いと共に、声を張り上げる。
「心配するな!城下の避難は既に済んでいる。街は再建出来る!今は、この一戦に集中す
るのだ!!」
そして伯爵は右手を振る。と同時に、艦隊は一斉に右へ回頭し、最大戦速で疾走し始め
た。周囲の竜騎士始め全ての幻獣も、その動きに併せて右へ駆ける。
フェヴィスが力の限りに声を張り上げ、艦内に檄を飛ばし続ける。
「大丈夫だ!右の艦列は僅か5隻、そして騎士の数はこちらが上だ!あの艦列を速攻で潰
し・・・他の、艦を・・・」
だが、彼の指示は途中で止まってしまった。
彼は、いやトリステイン艦隊の全ての人々が、目を奪われた。
アルビオン艦隊後方の、補給艦と思われていた大きな2隻の艦から飛び立つ竜騎士の群
れに。
「て・・・敵艦隊より、竜騎士が続々と離艦、来ます!その数、42…57!?か!数え
切れませんっ!!!」
士官からの報告は、悲鳴となった。
「戦列艦は5隻でも、動きの速い竜騎兵が圧倒していますからなぁ」
アルビオン艦隊旗艦では、ボーウッドは相変わらず冷静に戦況を分析している。
「大型商船を急遽改造しての竜騎士専用艦、『竜の巣』号と『母竜』号か…閣下の発想に
は驚かされるよ」
サー・ジョンストンも、相変わらずビクビクしながら戦況を眺めている。
天下無双と名高いアルビオン竜騎兵100騎が、竜騎兵以外も入れて半数にも満たない
トリステインの騎兵と、艦隊へ襲いかからんとしていた。
その下では、トリスタニアが炎に包まれていた。
第2話 その炎は罪深く END
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&setpagename(第五部 第二話 『その炎は罪深く』)
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~対アルビオン戦争 一日前、早朝
―――アルビオン軍事施設、ロサイス
朝日に照らされた空軍工廠。
送電線のような鉄塔型桟橋には、ずらりと軍艦が並んでいる。どれも今すぐにでも出航
可能な状態にされている。どの戦艦も、せわしなく出入りする人々、運び込まれる荷物、
整列する貴族と傭兵達で一杯だ。特に旗艦『レキシントン』号の威容は、それを見る人々
全てを圧倒している。
そしてそれ以上に、警備する人間・使い魔の数も桁違いだ。文字通りにアリが入り込む
隙間もない。軍港の内も、外も周囲数リーグに渡って、『どうしてここまで』と頭を捻り
たくなるほどの警備をひいている。港に出入りする人も荷物も、これでもかと言うほどし
つこく調べられていた。
警備の邪魔になる木々は全て切られ、民家は潰され、野原は灰にされ、港は荒れ地の中
にポツンと取り残されたかのようだ。その中に、様々な使い魔を引き連れたメイジ達と平
民の兵士達が立っていた。
荒れ地の中を巡回する上官に、付近のメイジと兵士が次々と敬礼していく。
「異常は?」
「はいっ!何もありません!」
「そりゃ、そうだろ・・・正直、なんでここまでしなきゃならんのだか」
「やはり、例の噂ではありませんか?」
「ああ、あれか?『ガリア王宮がトリステインの平民使い魔を怒らせて城ごと消された』
てやつか。・・・まさか偉いさん達は、こんなよた話を信じてるのかねぇ?」
「やはり、ただのデマでありますか?」
「当たり前だ。非常識にもほどがある。大方、トリステインのスパイが流した流言の類だ
ろ」
「ですが、やはりこの警備は異常としか・・・」
「それは…確かにな。遠征に参加しない陸軍連中の暇つぶし、にしても変だしなぁ」
上官も部下達も、あまりに異例な警備態勢に首を傾げていた。
第五部
第2話 その炎は罪深く
アルビオン首都ロンディニウム、王城ハヴィランド宮殿。この宮殿も、非常識なまでの
警備で囲まれ、守れている。
白一色に塗られた荘厳なホワイトホール。16本の円柱が取り囲み天井を支え、白い壁
は傷一つ無く輝いている。ホール中心の円卓には、明日公式に樹立が宣言される神聖アル
ビオン共和国の閣僚・将軍達が着席していた。
上座に座り、後ろにシェフィールドを従えたクロムウェルは、シェフィールドから手渡
された報告書に目を通しながら、肉を刺したフォーク片手に閣議を黙って聞いていた。そ
の閣議は朝食と共に、ゆったりと和やかな空気の中で進んでいく。
「・・・以上が式典の進行予定表であります」
「うむ、その通りで頼むよ。特に正午の式典最後、出陣式を兼ねた艦隊パレード。これが
一番重要だよ」
「その点は滞りなく手はずは整っております。艦隊は正午のパレードを終え次第、トリス
テインへ向かいます」
「トリステイン到着は次の日の昼頃か。地上へ滑空するだけだし、もっと速くいけるかも
な」
「ダータルネスからの輸送船等との合流と艦隊編成、それに船足の遅い民間船も多いです
ので、昼が限界ですね」
「そうか、まぁ急ぐ事もないか。さて、あちらさんは、どう出るかな?」
「普通に考えればラ・ロシェール前の、タルブ辺りで迎撃というところだな。あそこを押
さえられたら、我らの艦隊に地上補給拠点を与える事になるからだ」
「その時はラ・ロシェールで艦隊戦、別働隊でトリスタニアだ…といっても、この程度は
向こうも考えてるだろうが」
「うむ、そして勝敗は戦う前から決まっている事も、百も承知だろうよ」
「トリステインとしては、どの程度負けた所で白旗をあげて戦力を温存させるか、少しで
も有利な講和条約を結ぶか、だな」
「そうだな。正直、ここまで念入りに準備するのは、もはや外道かとすら思える。・・・
閣下、失礼ながら、本当にこの作戦でよろしいのか?」
閣下、と呼ばれたクロムウェルはフォークも机に置いて、一心不乱に報告書を読み続け
ていた。
「あ~、閣下。よろしいでしょうか?」
「…ん?・・・あ、ああ、失礼。なんだったかな?」
「え~、もともと軍事力で天地の差があるトリステインを相手に、ここまでする必要があ
るのか、ということです」
「ふむふむ、続けてくれたまえ」
「はい。あまりヤツらに被害を与えると、その後の講和条約締結や占領政策に支障をきた
すと思えます。我らレコン・キスタの地上拠点となるのですから、出来る限り無傷で手に
入れるべきでは?
それに、この桁外れな警備の件です。この異常な警備態勢に、軍内部のみならず国民か
らも不審の声が出ています。例の、トリステインの魔法人形の噂が真実では、と面白おか
しく吹聴する者も」
「ふむ、そうだね、そういう噂、だね・・・」
クロムウェルは、再び報告書に視線を落とした。
「まぁ、君の言う事ももっともだ。だが、我らとしても、一刻も早くハルケギニアを統一
し、聖地を奪還しなければならない!そのために一日でも早くトリステインを降伏させ、
我らの力を広く世に知らしめる必要がある!これは、そのための作戦だよ」
「ふむ・・・確かに」
「それと、噂の件。皆、これを見て欲しい」
そう言って、クロムウェルは手に持っていた報告書を隣の席に手渡した。その報告書が
回されると、手に取った将軍と閣僚の顔色が次々と変わっていった。食事を机に置き、食
い入るように読み続ける。
「読んでの通りだ。ガリアの同志からの報告書だよ。・・・全て、真実だ。
かの少年使い魔と魔法人形達は、確かに3日前にヴェルサルテイル宮殿を襲撃。王宮で
散々ふざけた悪戯をして、最後にプチ・トロワを消し飛ばして帰ったらしいよ!誰にも姿
を見られることなく、ね。彼等は、なんと臭いすら残さなかったそうだ!鼻の効く使い魔
が追えなかったと。
唯一手がかりになりそうだった遺留品の懐中時計も、いつの間にか消えてしまったそう
だよ。残ったのは落書きやら、ゴミばかり」
「まさか、そんな・・・」「魔法も使えない、平民の、それも子供が?」「これは、すぐ
箝口令を」「ガリアだって箝口令くらいひいていたろう、それでもこの有様・・・」「ガ
リアからアルビオンまで、僅か2日で噂が広まるとは」「トリステインのスパイによる情
報操作では?」
先ほどまでの和やかな空気は消えた。円卓は不安と緊張感に塗り替えられている。
バンッと円卓を叩いてクロムウェルが立ち上がった。
「諸君!恐れる事はない!この作戦はもともと、トリステインの秘密兵器をも計算に入れ
て立案してある!そのために『レキシントン』号のみならず、多数の民間船を接収して改
造したのだから!」
おお…と円卓に感嘆のどよめきがあがる。
「確かにヤツらは謎だ!恐るべき戦力だ!しかし、所詮は大海に浮かぶ小舟!聖地回復運
動という大きな歴史の流れに、使い魔一匹ごときが逆らえるものか!なんのことはない、
あの使い魔がどこか一つの戦場で暴れ回るというのなら、それ以外の戦場を全てレコン・
キスタの旗で埋め尽くしてしまえばいい!やつらは、しょせん主と使い魔の二人だけでし
かないのだから!
無論、艦隊にそれなりの被害は出るだろう。だが、それも聖地回復という大義の前には
些細な事でしかない!!
それに、その報告書が正しければ…ヤツらには、致命的弱点があるのだよ!」
円卓を覆おうとしていた暗雲はどこかへ消え去り、閣議は終了した。朝食を追えた一同
はクロムウェルへ一礼し、皆ホールを後にした。
―――トリステイン魔法学院、昼前。
分厚いカーテンのひかれたルイズの部屋には、キュルケとタバサがいた。二人が見つめ
る鏡台の鏡が輝き、真紅・ルイズ・デルフリンガーを背に担いだジュン・翠星石が這い出
してきた。
「おっでれーたなぁ。あんな警備、見た事ないぜぇ」
「ううう、悔しいですぅ~。おんのれぇえ~~おくびょーもの共めぇええ」
「どうなってんの!?どうみても僕らがガリアの宮殿で暴れたのを知ってるとしか思えな
いよ!ガリアからアルビオンまで、情報が渡ったぁ!?あっという間にぃ!?」
「そうね。この様子じゃ港や宮殿内部へのルートを見つけてもダメね」
「あー!ムカツクわねえー!あたしのエクスプロージョンで、艦隊丸ごと吹っ飛ばしてや
ろうと思ったのにぃー!」
悔しさを露わにするルイズ達に、キュルケとタバサも様子を聞くまでもなく状況は理解
出来た。
話を聞いていたキュルケも腕組みして溜め息を吐く。
「はぁ~…ホントにレコン・キスタの情報網は凄いわねぇ。それかホントに裏でつながっ
てるのかしら?とにかく、昼食にしましょ」
「あ、ゴメン。僕、トイレ行ってるから、先に行ってて」
と言って部屋を出ようとしたジュンの襟を、ルイズががしっと捕まえた。顔は笑顔、で
も目が笑っていない。
「あの・・・ルイズさん、何?」
「ねぇ~ジュう~ん~、どーこいっくの?」
「だ、だから、トイレ・・・」
「ふぅ~~~~~ん」
真紅と翠星石も、笑顔なのに目が笑ってない。三人に取り囲まれ、ジュンも冷や汗。
キュルケはそんなルイズ達をニヤニヤと笑っている。タバサはやっぱり無表情だが、首
を傾げている。
「スぅイぃ~、ジュンを見張っててくれるかしらぁ~?」
「まっかせるですよー」
「な、なんで!?トイレくらい一人で」
「いーから来るですぅ!お前を一人で行かせるわけにはいかねーですぅ!!」
ジュンは、翠星石を頭に乗っけたままトイレに行かされた。
そんな様子を見て、首を傾げたタバサがキュルケをチラと見上げた。
「ああ、ジュンちゃんったらねぇ~。昨日、警護のオネーサン達やぁ、メイドさんやぁ、
近くの村に避難してきたイケナイお店のお嬢様達とねぇ…とぉ~っても仲良くしてたんで
すってぇ!」
「うっさいわよキュルケぇ!」「お黙りなさいっ!」
ルイズと真紅がハモりながら、キュルケを睨み付けるのであった。
「・・・第一、どうしてお前等が昨日の僕の事、そんなに詳しく知ってるんだよぉ!?」
ジュンは頭の上の翠星石にブツブツ文句を言いながら石畳を歩いていた。
「あ、まさかデル公!?」
「ちっちげーよ!俺ッちはンな事いわねーよぉ!」
「ふっふーん!教えてあげるですよぉ~」
翠星石がジュンの頭の上で、腰に手を当ててふんぞり返る。
「かーんたんですぅ!お前の背中にスィドリームつけといたですぅ~」
「なーっ!なんでそんな事をー!」
「あーんなフツーの人間達に、お前の護衛を任せてらんねーからですぅ!そしたら、お前
と来たら、おおまえと来たラあァー!ち、ちちち!チビ人間のクセにぃ!!!」
ポコポコと翠星石が頭を踏みつける。
「ぶぅえっ、べぇっ!別に僕は悪くないだろお!?」
「うっせーコンチキショーですぅっ!お前に悪い虫が付かないようにするのも、あたし達
の役目ですぅーだ!」
「人権侵害だあー!」
ジュンがフトウなタイグウに抗議していると、警備の女性武官数人とすれ違った。皆、
ジュンを見るとニッコリ笑って手を振り、ジュンも少し赤くなってペコリと礼をする。
ぎゅうぅにいいいい~~~
ジュンの頭の上から、翠星石がほっぺたを思いっきりつねりあげる。
「お・ま・え・と…いうやつわぁああああ」
「ひぃっひたひ!ひゃめれえーっ!」
「お・・・おでれーた、女は怖いねぇ」
遠くから眺める女官達も、朝食に向かう女学生達も、二人の姿をクスクス笑っていた。
昼食中、ジュンと真紅と翠星石は、いつものように入り口横のテーブルで食事をしてい
た。ただ最近は、ルイズも一緒。
そして少女達三人は、ジトォ~とジュンを睨んでいた。
「あの、さぁ・・・お前ら、いい加減にしろよなぁ」
「そーれはこっちのセリフですぅ!ねー、ルイズ?」
「そーよねー、ジュンったらこう見えて、イロオトコですもん。ねー、シンク?」
「そうね、さすが私のミーディアムね。本当に、誇らしいったらないわ」
アルヴィーズの食堂では、他の生徒も教員も食事している。メイドなどの平民や、警護
もいる。ただし、そのほとんどが女性。男性はほとんどみんな軍へ志願し、残っているの
はコルベールやジュンなど、ごく少数。
ジュンはトリステインの戦力としても、数少ない男性としても、目立っていた。なので
周囲の視線も集まってくる。ジュンがちょっと視線をずらせば、自然に周囲の女性と目が
合う。
その度にジュンは、真紅と翠星石にバターやパンを投げつけられ、ルイズに足を踏んづ
けられた。
「・・・なんで、こんな目に・・・」
そんなジュンのつぶやきも、冷たく睨み付けてくる三組の目に潰されてしまった…。
―――夕刻、トリステイン王宮会議室。
「・・・城下の避難、完了致しました」
「艦隊は既に臨戦態勢にあります」
「全軍、予定通りに展開しております。明日には陣の形成を完了致します」
「よろしい。それでは、あとはアルビオン艦隊が来るのを待つばかりですね」
会議室では、上座のマリアンヌと、隣に座るマザリーニが全軍の配置と市民の避難状況
などについて報告を受けていた。
豪華な夕食と貴重な年代物ワインも並べられていく。同時に、扉からはヴァリエール公
爵やラ・ラメー伯爵、その他将軍達も次々と入室し、席に着いていく。その表情は暗くは
ない、だが陽気でも無かった。皆、悲壮な決意を秘めてこの晩餐に臨んでいた。
全ての将軍や大臣達が机を囲んだ後、最後に入ってきたのはアンリエッタとウェールズ
だ。二人は手を取り合い、末席に肩を寄せ合って着席した。
居並ぶ重臣達を見渡したマリアンヌが、ワインを手に立ち上がった。
「皆、よくぞこれまでトリステインを支えて下さいました。まずその事に感謝します。
そして、このトリステイン存亡の危機に臆することなく、この晩餐にも席を並べて下さっ
た事、誇りに思います」
「女王陛下!何を弱気な事を言われますか!?」
そう言って立ち上がったのは、デムリ財務卿だ。
「このデムリ、武官でありませんので前線には立てません。ですが必ずや陛下を、王家を
お守り致します!金勘定しか出来ない非力な身ではありますが、なればこそ!軍資金につ
いてはお任せ下さい!」
「よくぞ言われた!デムリ殿!」
今度は魔法衛士隊マンティコア隊隊長ド・ゼッサールが立ち上がる。
「不肖、私も衛士隊隊長として、陛下の盾となる所存にございます。王家に降りかかるあ
らゆる魔法から、陛下も姫もお守りして見せましょう」
そんな二人の後に続くように、居並ぶ重臣達も次々とワイン片手に立ち上がり、気勢を
上げる。
「全くですぞ陛下!確かに空軍力では劣りますが、なあに!ヤツらもいずれは地上に降り
なければ占領が出来ンのです!そこからが本番ですぞ」
「そうそう!第一、あやつらは聖地回復などと掲げてはおりますが、しょせん烏合の衆!
利権目当てに集まったダニ共に過ぎません!」
「その通り、我らが地上で粘り続ければ、やつらは内部分裂を起こし、瓦解して自滅しま
す。我らはその時を待てばよいのです」
「何よりここは我らの国!やつらが土足で踏み込んだ所で、この国の民がヤツらの支配を
良しとはしません。民衆と共に、各地で解放の旗を上げるとしましょう!」
「これこれ諸君、まずは艦隊戦ですぞ。まだ我が艦隊が、負けると決まったわけではあり
ません」
そういって苦笑いと共に皆を制したのは、艦隊司令長官ラ・ラメー伯爵だ。
マザリーニが手を挙げて、皆を一旦着席させる。
「・・・諸君、ともかく決戦の時は刻一刻と近づいておる。我らはその時まで牙を研ぎ、
力を蓄えよう。そしてなによりこの一戦において、トリステインは弱国ではないこと、他
国の侵略には一丸となって立ち向かうという意思と誇りと力、何より王家への忠誠を示し
ましょうぞ」
おおっ!という喊声と共に、一同はワイングラスを高く掲げた。
そんな晩餐の中、アンリエッタとウェールズは静かに微笑みあっている。
「ウェールズ様…明日、行かれるのですね」
「うむ、アルビオンから来てくれた貴族達も、既に大勢が『イーグル』号に乗り込んでい
る。
ニューカッスルで死に損ねたこの身だが、生きて姫と共に過ごして、目が覚めた。アル
ビオン王家の誇りを示す、なんて言わない。ただ姫を守るため、明日は全てを賭けて戦う
とするよ」
「どうか、どうか生きてお戻り下さい。このアンリエッタを、再び一人にしないで下さい
まし」
「分かっている。必ず、必ず生きて帰る。二度とそなたを一人にするものか」
二人は机の下で、固く手を握り合っていた。
―――シャン・ド・マルス練兵場、深夜。
トリスタニアの中ほどにある、この練兵場には、数多くの連隊が駐屯していた。
戦いを前にたき火を囲んで気勢を上げたり、武器を磨いたり、詠唱の練習をしたり、馬
や使い魔を撫でながら語りかけたり、皆思い思いに夜を迎えている。
そんな練兵場の隅に、若い貴族の姿があった。薔薇の造花をキザッたらしく口にくわえ
たギーシュが、じっと地面を見つめて意識を集中している。
ぽこっぼこぼこ
彼の足下の地面が盛り上がり、大きなモグラが顔を出した。
「お疲れ様、僕のヴェルダンデ。本当によく頑張ったねぇ。これで君のお仕事は終わりだ
よ。さぁ、遠くへお行き。トリスタニアは危ないからね」
ギーシュは優しく自分の使い魔の頬を撫で、労をねぎらった。だが、遠くへ行けと命じ
られたジャイアントモールは、動こうとしない。ただ円らで愛らしい瞳が、主をジッと見
上げている。
「ダメだよ。君はとてもとても素晴らしい使い魔だけど、戦場では役に立たないんだ。君
は、もっと素晴らしい働きを、既にしてくれたんだよ。
さぁ行くんだ!短い間だったけど、君を召喚出来て本当に僕は幸せだったよ!僕は世界
一の幸せ者だったよ!」
それでもモグラは去ろうとしない。潤んだ瞳が、若い主を見上げ続けた。
「ヴェルダンデ・・・ああ、ありがとう!僕の一番の友達よ!」
ギーシュは膝をつき、モグラの頭を抱きしめて涙を流した。
そんな主と使い魔の姿も、城下に駐屯する数万の軍勢の中では、よくあるワンシーンの
一つでしかなかった。
平民も貴族も人間も動物も、等しく夜の闇に包まれる。
アルビオン~トリステイン戦争 開戦初日
アルビオン首都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿前大通りは、朝から群衆で埋め尽く
されていた。
石造りの整然とした町並みの中に色とりどりの旗が翻っている。楽隊の勇壮な演奏の中
を、人々の歓声を受けて華やかな騎士隊の隊列が進んでいく。宮殿内でオリヴァー・クロ
ムウェルの初代神聖皇帝戴冠式も滞りなく、神妙に執り行われていた。
正午、宮殿テラスからクロムウェルが姿を現し、民衆へ手を振る。同時に大歓声がわき
起こり、皇帝自身の口から神聖アルビオン共和国樹立とトリステインへの遠征が宣言され
た。
そして宮殿奥、ホワイトホールでは、遠見の鏡から式典の進行を眺める人物の姿があっ
た。それは本物のクロムウェルだ。
「ふむ…さすがに影武者で戴冠式をするのはやり過ぎかとも思ったけど、まぁいいか。念
には念を、とも言うしな」
ほどなくして鏡には、上空を悠然と進むアルビオン艦隊が映された。数多くの竜騎兵に
周囲を警護された艦隊は、ゆっくりとトリステインへ船首を向ける。
港町ロサイスとロンディニウムを繋ぐ交通の要衝、サウスゴータ。
そのサウスゴータの森の中、ロサイスから北東に50リーグほど離れたウエストウッド
村には、丸太と漆喰で作られた民家があった。村といっても、ある篤志家の援助で作られ
た孤児院みたいなものだったが。
そしてその篤志家と、その友人と、村を運営する女性が、孤児達と共に昼食を囲んでい
た。
「あー!見てみてぇー!」
一人の子供が上空を見上げると、アルビオン艦隊が竜騎士を引き連れて通過する所だっ
た。
「うわぁー!すっごおーい!」
「今度はどこいくのかなぁ?」
「しらねーのかよ、トリステインだってさ」
子供達は、無邪気に艦隊を珍しがり、その後を追って駆け出した。
「こらあー!みんなー、まだ食事中よー!」
「はーい!」
「ごめんよテファ姉ちゃん!」
テファと呼ばれた耳の長い少女に止められ、子供達はみんな食卓へ戻ってきた。
「まったく、あのティファニアといい、子供達といい、平和なものだな」
そう言って麦酒を口にしたのは、篤志家の友人であるワルドだった。マントを外して衛
士隊の制服も脱ぎ、今はただの村人にしかみえない――その鋭い眼光と鍛え抜かれた肉体
を除いて、だが。
「本当だねぇ・・・内戦直後のトリステイン遠征で、高い税金やら焼け出された民衆やら
で貴族への恨みがつのっているって言うのに。
杖で民衆を脅しての戴冠式典に艦隊パレードを兼ねた出陣式、ほ~んとにご苦労なこっ
たよ」
ぼやき混じりにパンを頬張っているのは、土くれこと篤志家のフーケ。
「で・・・あんたはどうすんだい?」
「どう、とは?」
「しらばっくれてんじゃないよ。今朝はずっと、あれの横でじぃ~っと考え込んでたじゃ
ないか」
そう言ってフーケが指さした先には、体を丸めてうたた寝するグリフォンがいた。その
大きくてフカフカの体の上では、小さな女の子も一緒に昼寝している。
「今の俺は、ただの子守だよ。子供達と遊ぶのに精一杯さ」
「ぬけぬけとまぁ、よく言うねぇ!子育てにグリフォンなんか連れてくるもんか!まった
く、あんなでっかくて目立つのをここまで連れてくるのに、どんだけ苦労したと思ってる
んだい!?」
「意外だな、お前からそんな事を言ってくるとは。こういう平和で穏やかな生活は嫌い
か?」
「そっ!そんなことはないけど、ねぇ・・・って、からかうんじゃないよ!」
「んもぉ~、マチルダ姉さんもワルドさんも、子供達の前でケンカしちゃだめです!」
「いや、別にケンカしてるワケじゃ」「ふふ、すまんなティファニア」
ティファニアに怒られ、二人とも黙って昼食を済ませる事にした。
昼食をモゴモゴと食べながらも、ワルドの目は遠くを見つめていた。
―――夜、ルイズの部屋
薔薇乙女達がトランクで眠りについた頃、ベッドの上ではルイズが寝返りをうち続けて
いた。
・・・寝れないなぁ・・・
もう何度も何度もコロコロ寝返りをうってるが、目が冴えて全然寝付けない。
ぼんやりと天井を見つめても、いつもの天井があるばかり。
「弱ったなぁ、グッスリ寝なきゃいけないのに」
ふと床を見れば、わら束の上にひいた毛布にくるまるジュンの背が見える。
「おーい」
返事なし。
「こらー、ジューン」
やっぱり返事はない。
「・・・女ったらし」
「…誰がだよ」
「やっぱり起きてるじゃない」
ジュンは背を向けたまま、小声で抗議した。
「ジュンも寝れないの?」
「う…ん、まあね」
「床で寝てるのがまずいんじゃない?」
「もう慣れたよ。他に寝る所なんて無いし」
「あるわよ」
「どこに?」
「ここに」
ヒョイとジュンが頭を上げると、ルイズがベッドの、自分の隣を指さしている。
「・・・冗談はよせよ」
慌てて毛布にくるまりなおすジュンの顔は、一瞬で真っ赤になっていた。
「あら、冗談じゃないわよ」
ルイズは悪戯っぽく微笑みながら、ジュンの背を見つめている。
「明日は大事な日だもの。ぐっすり寝てくれないと、こっちだって困るわ」
「そりゃお互い様。バカ言ってないで、早く寝ようぜ」
「ふーん、来てくれないんだぁ」
「あ、あったり前だろ」
「じゃあ~、オネーサンがジュンのトコに行ったげようかなぁ~?」
「かーっからかうなよ!」
「うふふ、ゴメンね。それじゃ、お休みなさい」
「ああ、お休み」
ルイズはジュンに背を向けて布団にくるまる。
ほどなくして、二人は夢の世界に旅立っていった。
「やれやれまったく…ジュンはやっぱ、まだまだお子様だねぇ・・・」
壁に立てかけられたデルフリンガーの言葉も、聞く者はもういなかった。
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