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「ゼロの使い魔-闇の七人-2」(2008/02/28 (木) 17:59:50) の最新版変更点
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――夜。
学院の庭園の外れ。
およそ生徒達も近寄らない、忘れ去られた東屋に集う影があった。
一人、二人、三人、四人、五人、六人、七人……そして、最後の一人。
この魔法学院に暮らす、異世界人達。
皆が皆、音も、気配すらも感じさせずに其処にいる。
――およそ尋常な者で無いことは、見ている者がいれば、容易に理解できたろう。
「……で、どうすんだよ」
誰よりも先に口を開いたのはムラージであった。
否、そもそも、会合を開こうと言い出したのからして彼である。
平素の――あまりにも毒舌な言動からは想像もつかない行動。
「珍しいですね、ムラージ。あなたが肩入れするだなんて」
オチーヴァの言葉も、猫人はフンと鼻を鳴らして一蹴する。
「当たり前だ。シェスタは、俺たちに随分と良くしてくれたからな」
その言葉に一同が頷き、或いは沈黙を持ってして同意した。
誰にでも優しさをもって接する彼女。
殺伐とした世界で生き、誰からも排斥された一同に取っても、
その優しさは心のうちへと染み入るモノがあった。
別段、彼女が行ったことは大したことではない。
例えば不案内な場所で道に迷ったときに案内してくれたり、
彼らにとってもっとも重要な、しかし細々とした情報を教えてくれたり、
彼らの食事の支度を、それとなく厨房に頼んでくれたり、
ちょっとした量の仕事を手伝ってくれたこともあった。
繰り返して言うが、シェスタという少女の行いは、大したものではない。
誰にでもできる、本当に、本当に些細な優しさ、善行だ。
――だが、それですら彼ら「闇の一党」にとっては素晴らしいものに思えた。
「なら、俺たちは、あの娘を救い出してやらなきゃならねぇ」
誰が知ろう。
母親からも排斥され、暴力の道しか選べなかったオーグの哀しみを。
同胞からも疎まれ、最底辺で這い蹲って生きてきたエルフの苦しみを。
誰も信じることができず、嘘と裏切りと偽りを生きる獅子人の孤独を。
囚われ人となり、来る日も来る日も監視たちに苛まれた女の痛みを。
日の光に拒まれ、血を啜りながら生きざるをえなかった男の永遠を。
親から捨てられ、一生涯を闇の中で過ごさねばならない娘の静寂を。
姉と共に放逐され、唯一無二の親友すら手にかけた青年の苦悩を。
そしてオブリビオンの世界へ身を投じてしまった、蜥蜴人の絶望を。
この世界は恐ろしいほどに光に満ちている。
彼らが永遠に手放してしまった、穏やかな世界、日常。
或いは。
その象徴こそがシェスタという娘の。
ほんの些細な、しかし価値ある優しさであったのかもしれない。
ならば、それを護るのに何の躊躇がいるだろう。
迷うことも、悩むこともない。
皆の意見は一つだった。
「駄目だ」
だが、と鋭い一言が割り込んだ。
――リザードだった。
「この小汚い卵食い野郎め……ッ!」
声の主に向けて、ムラージの殺意が篭められた視線が突き刺さる。
だが、彼は小さく首を横に振るだけ。
無理もない。元よりこの男、他者の評価になぞ頓着しないのだから。
「夜母との契約ではない」
寡黙な蜥蜴人、リザードはボソボソと呟くように言葉をつむぐ。
だが、その囁くような声は、はっきりと皆の耳に届くのだ。
――人を惹きつける人間、もとい蜥蜴であった。
「だったらッ! 夜母の誓いとは無関係に――」
「……我らの力は夜母のもの。自らの意思で振るってはならん」
「…………なら見捨てるってのか、あの娘を!」
ダン、と拳を柱へと叩きつけるムラージ。
だがリザードは怯えた素振りを見せない。
否、そもそも闇の一党には脅迫なぞ通じないのだ。
「……小難しい理屈はオレにはわからないんだが。
誰かが望めば良いんじゃないかね。オレはそう思うぞ」
口を挟んだのはゴグロンだった。
巨漢のオーグが、ぽりぽりと頭を掻きながら告げる。
つまりは誰かが――夜母の助力を望めば良い。求めれば良い。
さすれば我ら闇の一党は動くことができるのだ、と。
我が意を得たり、とリザードが頷いた。
「我らは肉斬り包丁であって、それ以上でも以下でもない。
自らの意思で力を行使すれば、その時点で我らは闇の一党ではなくなる」
「………………なら、誰が望むってんだ」
「其処のお嬢さん方、なんてのはどうだろうね?」
テイチーヴァが含み笑いと共に口にした言葉に、暗闇の奥で誰かが驚く気配があった。
くすくすと言う笑い声。
気付いていたのはテレンドルも、マリーも同様だったらしい。
「いらっしゃいなお嬢さんがた。わたし達は別にとって食べたりしないわよ?」
「そうそう、ゴグロンじゃあるまいしね」
エルフが睨むのにあわせ、マリーはごめんごめんと笑っていた。
やれやれと皆が嘆息する。
この美しいエルフが、どうしてオーグに恋なぞしたのか。
彼らにとっても未だに解明されていない謎の一つだ。
ゴグロンは好んで語ろうとしないし、テレンドルは秘密だと笑って誤魔化している。
恐らくは、一生解明されることはあるまい。
招きに応じて現れた姿は二人。
この謎めいた会合にすら頓着していない青髪の娘。
そして、どこか怯えながら――否、興味津々といった様子の赤髪の娘。
タバサと、その親友を公言するキュルケ。二人の少女であった。
「つけられましたね、リザード」
「いや“尾行させた”のだろうよ、オチーヴァ。何にせよ……歓迎された行為ではないがね。
部外者が会合を訪れるなぞ、私が関わってから200年来で初めての出来事だ」
叱責を篭めて、或いは何処か楽しげに語る蜥蜴娘と、吸血鬼ヴィンセンテ。
二人に対してリザードは一つ頷き、赦されよ、と呟いた。
「まったく、ダーリンがこそこそ出かけて行くんだもの。
何かと思っちゃったじゃない」
「………聞かせてもらった」
まったく悪びれない二人の様子に、一党も苦笑しか浮かばない。
だが、其処には同時に喜びがあった。
これで、もう何を躊躇う必要も無くなるのだから。
「ならば望め」
誰かが言った。
或いはそれは、誰でもなかったのかもしれない。
闇の奥から、その声は聞こえてきたのだから。
「何を?」
タバサが。
キュルケが問うた。
「死を」
「血を」
「暴力を」
「モット伯の血を」
「彼の死を」
「契約を」
「夜の誓約を」
響き渡る声。
「……望めば、我らが救い出す」
最後の声は、リザードだった。
謎めいた蜥蜴男。だが、信頼に足る男。
悩む必要は無い。
「望むわ」
タバサの答えを受け、オチーヴァが重々しく頷いた。
「なら、我ら『闇の一党』が、彼に死を運びましょう」
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#navi(ゼロの使い魔-闇の七人)
――夜。
学院の庭園の外れ。
およそ生徒達も近寄らない、忘れ去られた東屋に集う影があった。
一人、二人、三人、四人、五人、六人、七人……そして、最後の一人。
この魔法学院に暮らす、異世界人達。
皆が皆、音も、気配すらも感じさせずに其処にいる。
――およそ尋常な者で無いことは、見ている者がいれば、容易に理解できたろう。
「……で、どうすんだよ」
誰よりも先に口を開いたのはムラージであった。
否、そもそも、会合を開こうと言い出したのからして彼である。
平素の――あまりにも毒舌な言動からは想像もつかない行動。
「珍しいですね、ムラージ。あなたが肩入れするだなんて」
オチーヴァの言葉も、猫人はフンと鼻を鳴らして一蹴する。
「当たり前だ。シェスタは、俺たちに随分と良くしてくれたからな」
その言葉に一同が頷き、或いは沈黙を持ってして同意した。
誰にでも優しさをもって接する彼女。
殺伐とした世界で生き、誰からも排斥された一同に取っても、
その優しさは心のうちへと染み入るモノがあった。
別段、彼女が行ったことは大したことではない。
例えば不案内な場所で道に迷ったときに案内してくれたり、
彼らにとってもっとも重要な、しかし細々とした情報を教えてくれたり、
彼らの食事の支度を、それとなく厨房に頼んでくれたり、
ちょっとした量の仕事を手伝ってくれたこともあった。
繰り返して言うが、シェスタという少女の行いは、大したものではない。
誰にでもできる、本当に、本当に些細な優しさ、善行だ。
――だが、それですら彼ら「闇の一党」にとっては素晴らしいものに思えた。
「なら、俺たちは、あの娘を救い出してやらなきゃならねぇ」
誰が知ろう。
母親からも排斥され、暴力の道しか選べなかったオーグの哀しみを。
同胞からも疎まれ、最底辺で這い蹲って生きてきたエルフの苦しみを。
誰も信じることができず、嘘と裏切りと偽りを生きる獅子人の孤独を。
囚われ人となり、来る日も来る日も監視たちに苛まれた女の痛みを。
日の光に拒まれ、血を啜りながら生きざるをえなかった男の永遠を。
親から捨てられ、一生涯を闇の中で過ごさねばならない娘の静寂を。
姉と共に放逐され、唯一無二の親友すら手にかけた青年の苦悩を。
そしてオブリビオンの世界へ身を投じてしまった、蜥蜴人の絶望を。
この世界は恐ろしいほどに光に満ちている。
彼らが永遠に手放してしまった、穏やかな世界、日常。
或いは。
その象徴こそがシェスタという娘の。
ほんの些細な、しかし価値ある優しさであったのかもしれない。
ならば、それを護るのに何の躊躇がいるだろう。
迷うことも、悩むこともない。
皆の意見は一つだった。
「駄目だ」
だが、と鋭い一言が割り込んだ。
――リザードだった。
「この小汚い卵食い野郎め……ッ!」
声の主に向けて、ムラージの殺意が篭められた視線が突き刺さる。
だが、彼は小さく首を横に振るだけ。
無理もない。元よりこの男、他者の評価になぞ頓着しないのだから。
「夜母との契約ではない」
寡黙な蜥蜴人、リザードはボソボソと呟くように言葉をつむぐ。
だが、その囁くような声は、はっきりと皆の耳に届くのだ。
――人を惹きつける人間、もとい蜥蜴であった。
「だったらッ! 夜母の誓いとは無関係に――」
「……我らの力は夜母のもの。自らの意思で振るってはならん」
「…………なら見捨てるってのか、あの娘を!」
ダン、と拳を柱へと叩きつけるムラージ。
だがリザードは怯えた素振りを見せない。
否、そもそも闇の一党には脅迫なぞ通じないのだ。
「……小難しい理屈はオレにはわからないんだが。
誰かが望めば良いんじゃないかね。オレはそう思うぞ」
口を挟んだのはゴグロンだった。
巨漢のオーグが、ぽりぽりと頭を掻きながら告げる。
つまりは誰かが――夜母の助力を望めば良い。求めれば良い。
さすれば我ら闇の一党は動くことができるのだ、と。
我が意を得たり、とリザードが頷いた。
「我らは肉斬り包丁であって、それ以上でも以下でもない。
自らの意思で力を行使すれば、その時点で我らは闇の一党ではなくなる」
「………………なら、誰が望むってんだ」
「其処のお嬢さん方、なんてのはどうだろうね?」
テイチーヴァが含み笑いと共に口にした言葉に、暗闇の奥で誰かが驚く気配があった。
くすくすと言う笑い声。
気付いていたのはテレンドルも、マリーも同様だったらしい。
「いらっしゃいなお嬢さんがた。わたし達は別にとって食べたりしないわよ?」
「そうそう、ゴグロンじゃあるまいしね」
エルフが睨むのにあわせ、マリーはごめんごめんと笑っていた。
やれやれと皆が嘆息する。
この美しいエルフが、どうしてオーグに恋なぞしたのか。
彼らにとっても未だに解明されていない謎の一つだ。
ゴグロンは好んで語ろうとしないし、テレンドルは秘密だと笑って誤魔化している。
恐らくは、一生解明されることはあるまい。
招きに応じて現れた姿は二人。
この謎めいた会合にすら頓着していない青髪の娘。
そして、どこか怯えながら――否、興味津々といった様子の赤髪の娘。
タバサと、その親友を公言するキュルケ。二人の少女であった。
「つけられましたね、リザード」
「いや“尾行させた”のだろうよ、オチーヴァ。何にせよ……歓迎された行為ではないがね。
部外者が会合を訪れるなぞ、私が関わってから200年来で初めての出来事だ」
叱責を篭めて、或いは何処か楽しげに語る蜥蜴娘と、吸血鬼ヴィンセンテ。
二人に対してリザードは一つ頷き、赦されよ、と呟いた。
「まったく、ダーリンがこそこそ出かけて行くんだもの。
何かと思っちゃったじゃない」
「………聞かせてもらった」
まったく悪びれない二人の様子に、一党も苦笑しか浮かばない。
だが、其処には同時に喜びがあった。
これで、もう何を躊躇う必要も無くなるのだから。
「ならば望め」
誰かが言った。
或いはそれは、誰でもなかったのかもしれない。
闇の奥から、その声は聞こえてきたのだから。
「何を?」
タバサが。
キュルケが問うた。
「死を」
「血を」
「暴力を」
「モット伯の血を」
「彼の死を」
「契約を」
「夜の誓約を」
響き渡る声。
「……望めば、我らが救い出す」
最後の声は、リザードだった。
謎めいた蜥蜴男。だが、信頼に足る男。
悩む必要は無い。
「望むわ」
タバサの答えを受け、オチーヴァが重々しく頷いた。
「なら、我ら『闇の一党』が、彼に死を運びましょう」
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