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&setpagename(第五話 傲慢たる死)
シエスタの様子がおかしい。
47が異変に気がついたのは決闘のお礼だとマルトーに厨房へ招待され、今までになく豪勢な料理を振る舞われた日の翌日だった。
その日の早朝、広場の方が騒がしいとルイズに引っ張られ外に出てみれば、一台の馬車が止まっていた。豪華な飾り付けから、学院外の、かなり高貴な貴族だと想像するに難しくない。
現に、普段なら大騒ぎする筈の生徒達が、遠巻きでその馬車を見ている。
その後、朝からの授業はこの為に遅刻するものが続出してしまった。47が人づてに聞いた所によると、あの馬車に乗って来たのはジュール・ド・モットと言い、やはり高い位に位置するメイジであった。
しかし、余り良い噂を耳にしない。今回学院を訪れたのも、王宮の勅使という名目であったが其の実、夜の遊び相手という意味をも含んだメイドを捜しているのだという。
色に狂った貴族、47が抱いた第一印象はそれであった。
興味本位であったが、デルフリンガーを背負ったまま広場の隅で馬車を監視する。ルイズの衣類を洗濯していると、その男が学院から出て来た。丁寧に整髪された髪と髭、学院内では見た事も無いような服飾を見て、第一印象は間違っていなかったと確信する。
後ろから、オスマンも一緒に出て来た。それから、二人は一言二言話をしてから分かれ、モットは馬車に乗り込む。その時の彼の顔を、47は確かに見た。強欲で、傲慢な男が浮かべる歪んだ笑みを。
それから、47は洗濯物を全てロープに掛け、これから散歩でもしようかという時にシエスタと再会した。奇しくも始めてあった時と似た状況だった。
違う点があるとすれば、47がブラウスを飛ばさず、シエスタの表情が暗く沈んでいたという点だ。47は直感的にモットと何か繋がりがあると予想する。
「いえ、私はメイドとして、今度はモット伯爵にお仕えするだけです」
しかし、いざその事を尋ねてみると、シエスタはこう答えて笑ってみせた。だが、偽りなど47には通じない。彼女の浮かべたそれは、見た目こそ笑顔であったが動きがぎこちない。
だから、47は続けて尋ねた。断る事はしなかったのかと。この学院でメイドを続けるつもりは無かったのかと。
「私達平民のメイドは、貴族にお仕えするのが仕事、ですから」
恐らく、47に迷惑をかけまいとして必死なのだろう。何せ、自分の失態のせいで彼に一度決闘までさせているのだ。シエスタはそれきり、まだ片付いていない仕事があると告げて足早に立ち去ってしまった。
「しかし、随分早く話が進むもんだな」
背負われていたデルフリンガーが、ここでようやく47に話しかけた。元々お喋りな性分の彼だが、雰囲気を察してずっと黙っていたのだろう。
「俺は、ああいうのを何度か見て来た。欲に、富にまみれた者は何時も決まって同じ事をする」
「そんなものかねえ。にしても、随分と冷静じゃないか相棒」
「そうだな」
そう。傲慢な者は大抵強引に物事を押し進めていく。学院としても、王宮の勅使だと名乗る相手を無下に出来ないのだろう。それは、見送りの時にわざわざ学院のトップもついて来た事から良くわかる。
昼になって、ルイズもまた怒りを露にしていたがそれ以上の事が出来ないもの納得だった。メイジとしても優秀、貴族としても優秀、そして勅使。一介の学院の生徒ごときがどうこう出来るものではない。
しかし悪い話も当然耳にしており、それが尚彼女を葛藤の渦へと巻き込んでいた。
「確かに、貴族は平民よりも立場は上だから、平民は言われるがままの所はある。でも、モット伯爵は麗しき女性の扱いがなっちゃいないのさ」
それは、他の生徒にしても同じだった。彼女と共に食堂に行くと、ギーシュが恐れを抱きながら47に話を切り出す。何とも歯がゆくなりそうな内容であったが、不信感は募るばかりなのだろう。
「確かに、以前僕は彼女に対して酷い事をしてしまった。でも、今は反省しているよ。
貴族としてどう振る舞えば良いのかをね。彼女は平民だが可愛くて、働き者だ。平民というのが惜しいくらいだよ」
キザな台詞を残して一方的にギーシュは会話をやめ歩き出す。その後ろ姿を暫く眺めていたら、モンモラシーが歩み寄って来たのが見えた。
成る程、そんなものかと47は納得する。
「私だって、出来る事なら引き止めたいのよ」
ルイズがこの日初めて不満を漏らしたのは皆が食事を終え、次の授業へと向かっている途中だった。
「それは、あのモットという男が憎い、という事なのか」
「……そう、かもね」
47の突拍子も無い質問に、ルイズは困惑しながらも肯定する。
それは、とどの詰まり自分嫌いが高じたものと言って良いのだろうが、そこまで突き詰めるのは酷だろう。
それ以外の会話は無く、無言のまま教室の前まで来る。此処で二人は一旦別れる。ルイズは授業に出て、47は適当な所で時間をつぶすのだ。
もっとも、今日の47は先約があった。少し急ぎ気味に47はコルベールの自室目指して歩く。
生徒の部屋と教師の部屋は離れた位置にあるので随分時間がかかってしまったが、コルベールは待たされたと言った様子を皆目見せず、快く47を迎えた。
彼の部屋は所狭しと研究用のフラスコや、試験管のようなものがあった。彼は適当に部屋を整理した後、隅にあった椅子を引っ張り出して47を座らせる。
「それで、ルーンの事なのだが」
「はい。そちらのインテリジェンスソード、いえ、ミスタデルフリンガーの言っていた事を考慮して調べてみました」
昨日、47がわざわざ出向きコルベールに伝えた事、それは武器屋での47とデルフリンガーとの会話に起因する。
「確かにガンダールヴというルーンは聞いた事があります。しかし、それは伝説上のものだとしか。
その上、それが刻まれる場所は左手です。貴方のルーンが刻まれた場所は右手。位置が違うのです」
意気投合した47に向かってデルフリンガーは嘗ての相棒と雰囲気が似ていると言っていたのだ。その者は伝説のルーン、ガンダールヴをその手に刻んでいた。
だから、似ていると感じた理由を、47もこのルーンを刻んでいるのではないか、とデルフリンガーは想像していたという事である。
「うぅん、何だか懐かしい感じがあったんだけどな。あんまり昔の事だから記憶がおぼろげになっているのかも」
しかし、一日かけてコルベールがガンダールヴについて調べてみても、47に刻まれたルーンとは一致しなかったのだ。背負われたままのデルフリンガーは悲しそうに呟く。
「ですが、他の可能性もあるのではないかと」
「他の、可能性とは……」
「はい。伝説のルーンというのはガンダールヴだけではないのです」
少しずり下がった眼鏡を押し上げ、興奮気味にコルベールは語り出す。
そもそもこの伝説のルーンを刻んだ者というのは、始祖ブリミルの使い魔を示す。
始祖ブリミルとは最も偉大な魔術師と称され、強力な使い魔を従えていた。
畏れ多いとして記録には殆ど残されてはいない。
だが、その使い魔は四人おり、ありとあらゆる武器や兵器を扱えるガンダールヴのルーンを持つ者、ありとあらゆる幻獣を従えられるヴィンダールヴのルーンを持つ者、
ありとあらゆる魔法道具を扱えるミョズニトニルンのルーンを持つ者。この三人までが判明しているらしい。
それを踏まえた上で、とコルベールは念を押しとある本を開いて彼らに見せた。47は見た事が無い文字ばかりで困惑したが、一ページの半分まるまる使って記した入れ墨のような絵に見覚えがあった。
自身の右手に刻まれたそれと、酷似していたのだ。
「つまり、この本に描かれているルーンと、ミスタ47の右手のそれが一緒だとすれば、ミスタ47。貴方はヴィンダーヴの力を持つ者になるのです」
最後の方は力みすぎて、言い切ると同時にコルベールは身を乗り出していた。47との距離が縮まっていた事に暫くしてから気づき、恥ずかしそうに咳払いをして自身も椅子に腰を下ろす。
「つまり、獣使いという事になるのか。この俺が」
「ははは、相棒のその言い方もあれだけどよ、まあそんなところかな。……しっかし妙だよなぁ。前の相棒にそっくりだと思ったんだけどよ」
47の後ろで、デルフリンガーがカタカタ音を立てた。どうやら自分の記憶の曖昧さをどうしても認めたくはないらしい。
「悪い言い方をすればその話は伝説でしかない。実際にあったかどうかも疑わしい」
フォローするつもりは無かったが、敢えて突き放すような言い方を47はする。視線を移すと、コルベールも悲しそうに肩を落としていた。
「だが、俺の刻まれたそのルーンというのが珍しい、未知のものであるのは間違いなさそうだな。また、何か分かったら教えてくれ」
沈んだ表情のまま、コルベールは頷く。だが、その表情には次なる目的への、飽くなき探究心が宿っていた。
一方、コルベールの部屋を後にした47は珍しく浮かない表情をしていた。
無論、それは常人には到底判別しようのない、極めて微弱な筋肉の動きに過ぎなかったが、デルフリンガーはいち早く彼の変化に気づく。
だが、別段彼に問う様子は無い。今、問うても明確な答えが返ってくる事は無いと分かりきっていたからだ。
伝説。47はこれの無意味さに半ば呆れる。彼とて、元の世界では伝説とまでされて、実在しないとさえ言われた暗殺者であった。だからこそ、こんな幻想世界にまで連れてこられて尚この二文字を聞かされるのには嫌気すら覚える。
何故、誰しも名を望むのか。そんなもの、望む望まれるに関わらず与えられると言うのに。そして、それが本人の願いすら時に押しつぶすというのに。
気がつけば、また広場に戻っていた。どうも最近は暇つぶしと称してここに来ている事が多いと47は思う。自分が初めて土を踏んだ場所だから安心するのだろうか。
「……怖い顔」
妙な感傷に浸っていて、47は隣に本を抱えたタバサが立っている事に気がつかなかった。彼女は珍しく本に目を通す事無く、47の向いている方向、空を一緒になって見上げている。
「失礼。ミスタバサ。こういう顔つきなんだ」
「でも、何時もと違う。何に怒っているの」
青髪の少女は、47に似て言葉を多く紡がない。しかし、的を射ていた。一番痛い所をつかれ、47は苦笑する。
「この世界は、どうも苦手だ」
「そう……。それは、私も」
彼女も、無表情だった。何を考えているのか分からないが、憂いを帯びたその表情は、過去に何かがあったのだと47に分からせるには十二分だった。
だから、47は追求はしない。ただ、時間が流れていくのを、怒りがおさまるのを待ち続ける。
すると、その少女はマントの下から袋を一つ差し出した。どうやら47に受け取ってほしいらしい。一瞬、怪訝そうな顔をした47であったが、その袋の中身がこの世界の通貨、金貨である事に気づく。
百枚はあるだろうか。ルイズと買い物に行った時、黄金の剣の価値が確か百枚だった。そして、その事を聞いたルイズが目も飛び出しそうな程に驚いていた辺り、かなりの大金なのだろう。
何故、殆ど会話もした事のないタバサが47にこれを渡すのか。彼女はやはり無表情のままだったが、47は直ぐに把握した。
「今日、モット伯爵のもとに行く、シエスタを連れ戻してほしい」
彼女の依頼は、簡潔な内容だった。
※※※
モット伯爵は上機嫌だった。何せ、数週間前にたまたま訪れた学院で容姿端麗な平民のメイドを見つけ、そしてそのメイドを今日手中に収める事が出来たのだから。
自室での独り酒も進む。メイドには部屋を既に用意していたが、今夜はそこを使わせるつもりは無い。
どんな風に弄んでやろうか。アルコールの回った脳内で様々な妄想が交錯する。
気がつけば高らかに笑っていた。自身が貴族の、それも位の高い家の者で良かったと、こういう時には思わずにはいられない。
ただ、気に食わなかったのは、学院内で歩きながら学院長と話をしていた時にルイズとか名乗った少女の存在だ。
「ヴァリエール家め……」
同じ貴族とは言え、勅使という事でこちらの方が位は遥か上だ。それなのに、生意気にもあの少女はシエスタを学院に残らせる事を嘆願してきた。
彼女の目には、疑念が混じっていた。メイドとして雇う事自体に偽りは無かったが、彼女はモット伯爵本人に流れる悪い噂を鵜呑みにしているのだろう。
「ふん、あながち間違いでもないがね」
また、独り言が漏れる。開き直ったかのような言葉だった。
多少苛立ち、頭が熱くなっていくのを感じたモットは夜遊びの前にさっぱりしようと風呂場へと足を運ぶ。
大理石の巨大な浴槽、黄金のライオンを象ったジャグジー。天井からはシャンデリアが吊るされている。
自身の財を見せつけるような豪華な造りの中での入浴で、モットは幾分か機嫌を戻す。熱い風呂につかり、多少は酔いも覚めて来たようである。
天井を見上げる。湯気と、覚めつつある酔いと、風呂の熱で視界が微かにぼやけていた。
学院とモットの邸宅まで一時間。流石にずっと馬車に揺られているのは体に酷だったようだ。
だが、それを嘆くのは、入浴を済ませるまでだ。その後は、とても愉しい時間が待っている。また、口角が歪んだ。
その刹那、モットの顔面が浴槽の中に沈んだ。本人の意思とは関係なく、熱湯の中に押し込まれる。
余りにも不意な出来事に、モットは状況が理解出来ない。強い力で、全く浴槽から頭を上げる事が叶わず、更に奥へと押し込まれていく。
自然と、体がくの字に曲がる。
悪い事に、押し込まれたとほぼ同時に、モットはお湯を大量に飲み込んでしまっていた。胃袋の中が熱湯で満たされ、内から強烈な痛みが走る。
最早、酸素を取り込む余裕など無い。口からは胃液の混じった唾液と共にわずかに残っていた空気が泡となって放出される。
モットの意識が遠のく。精神的な面から、視界がぼやけていく。呼吸の出来ぬ苦しみと、異常事態への恐怖から必死に手足を動かすが、もとより無理な体勢になっている為殆ど動かない。
声を上げようにも、顔はお湯の中。警備の者や、メイドに届く声など出る筈も無い。
微かに歪んだ視界の先にあったのは、己の二の足だけ。そこで、モットの意識は途絶えた。全身の力が抜け、浮力によって彼の体がうつ伏せのまま浮き始める。
湯に引っかからない様に、二の腕まで服をまくり上げたスキンヘッドの男が、彼の後ろに立っていた。
その表情は、たった今、一人の人間を殺したにもかかわらず、全く変化のない無表情だった。
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