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「幻想水滸伝異伝 零の一〇八星-02」(2007/12/28 (金) 00:06:15) の最新版変更点
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……27の真の紋章とは何なのか。それについて知っている者は、自分が元居た場所でもそうは居ないだろう。
多くの人間が考えるのはせいぜい『世界を揺るがすほどの力を持った紋章』といったくらいだろう。
ラズロもまたそうだった。この左手に罰の紋章が宿るまでは。
通常の紋章。たとえば、火を吹き水を流し風を起こし土を揺るがし雷を起こすこれら五行の紋章ならば、
それを制御することは不可能ではない。その力は、人の身にあっても害を及ぼさない程度のものだからだ。
しかし、27の真の紋章たる罰の紋章は違う。罰の紋章は大きな力と……そして『呪い』を持っている。
罰の紋章の呪い。老いることなく、生命の律を外れたものとして世界を彷徨うこと。
そして、それを宿したものの命を削っていくというものだ。その運命からは、いかな使い手も逃れることはできない。
それほどに、真の紋章の力は強大だった。
ある紋章師は、真の紋章とは世界の根幹をなすものだといった。
創世の物語にも登場する27の数字。それがもし失われれば、世界はどうなるかわからない。
ならば今ここに、異界にあって自分が持ち込んでしまった真の紋章……。その影響はどうなっているのだろうか?
今のところ、それを宿している自分の身に変化は無い。使い魔の刻印に圧された真の紋章は、ただそこに在るだけだ。
もしかすれば。真の紋章の力は、界を隔てたところで失われるほど脆弱な存在ではないのだろうか。
かつて、百万の世界を渡るという船に乗った導者が居た。
あの黄泉とも現世ともつかぬ異様な霧の船にあっても、罰の紋章……そしてもう一つの真の紋章『ソウルイーター』は、
欠片も揺らぐことなく厳然とそこにあった。界の壁程度では、世界の根幹をなす紋章の威を隔てることはできないかもしれない。
あるいはそれとも――ラズロが今こうして異界に身を置いていること。それもまた紋章の意思なのか。
☆
早朝。まだ朝靄も覚めきらぬ頃、ラズロは眼を覚ました。
規律の厳しいガイエン海上騎士団での生活のおかげか、ラズロは朝早く起きることには慣れていた。
毛布を畳み、藁束にシーツ代わりの布をかぶせただけの簡素なベッドから身を起こす。
このベッドはルイズが用意してくれたものだ。
ルイズは何事においても平民に厳しい少女であったが、さすがに病み上がりの人間を板間の上に寝かすようなことはせず。
教師にかけあって、魔法学院内で働く平民が使っている寝具を借り受けたのだ。
「使い魔の寝床を作ってやるのもご主人様の仕事だから仕方無い」
と、面倒そうに言っていたが。それでも自分を気遣ってわざわざ用意してくれたことを嬉しく感じた。
どこか険のある取っつきにくそうな印象はあるが、ルイズは本質的にとても優しい人間だろうとラズロは思う。
ただその優しさや気遣いを見せるのを照れくさく思ったり、格好の悪いことなのではないかと考えてしまっているきらいがある。
そんな不器用な態度が元の世界にいるであろう彼の『無二の友人』を思わせ、ふいに懐かしさにとらわれる。
彼は今、どうしているだろうか――。
「さっさと仕事しなさいよバカ犬~」
「!」
ルイズのベッドから聞こえた声に慌てて振り返ってみれば、ネグリジェ姿のルイズがむにゃむにゃと寝返りをうっている。
どうやら先ほどの言葉は寝言のようだった。あまりにも彼女らしい寝言に、ラズロはクスリと笑う。
彼女には、生死を彷徨っていた自分を看病してくれた恩がある。
そして経緯はどうあれ、自分は今はこの少女の『使い魔』というやつらしいのだ。
元居た世界を懐かしむのは後にしよう、とラズロはルイズのはだけたシーツをかぶせなおす
彼女が起こせと言っていた刻限まではまだ余裕がある。
夕べは自分のせいでいろいろと疲れただろう。もう少し寝かせておいてあげるのが『使い魔』の勤めだ。
ラズロは軽く体を動かしてみる。手足の動きは鈍く、いつもと比べると格段に切れが無い。
しかしそれでもなんとか動ける程度にまで体力は回復したといえるだろう。
そう判断し、昨晩ルイズにいいつけられていた仕事をこなすことにした。
まずは彼女が起きた後顔を洗う水を汲んでこなければ。そして洗濯の準備を――ああ、水汲み場の場所を聞かなくては。
さしあたってやらねばならないことを指折り数えていく。それもまた懐かしい感覚。
幼い頃からある領主の館で小間使いとして働いていたラズロにしてみれば、この生活はそれほど苦となるものではない。
形こそ変わったが、全て元に戻っただけ。というわけだ。
そうしてラズロの、『使い魔』としての生活が始まった。
☆
「むー……」
頬杖をつき憮然とした顔でルイズは椅子に座っている。
時刻は午後。授業も終り、生徒達は皆思い思いに時間を過ごしている。
ルイズもまた、貴族である彼女らしくこうして広場で優雅に午後のお茶を飲んでいた。
しかしその表情はどこか不機嫌そうで、お世辞にも晴れやかとは言いがたかった。
「あら、ルイズ。一人で寂しくお茶?」
そんな彼女のところに現れたのは、褐色の肌をした美しい少女だった。
「キュルケ……。悪いけど、今はあんたの顔を見たい気分じゃないのよ。
どこか私の目のつかないところに行ってくれないかしら? ツェルプストー」
「随分なご挨拶ね、ヴァリエール」
不機嫌さを隠そうともしないルイズの言葉に、キュルケと呼ばれた少女は肩をすくめる。
小柄でスレンダーなルイズとは対照的な、成熟した体を揺らしながらキュルケは席に着く。
それもルイズの目の前、真向いの席だった。
「なんで私の前に座るのよ!」
去れ、と言ったのにそれを無視したあてつけるような行動に、ただでさえ不機嫌な彼女はキュルケに噛み付くようだった。
それすら意に介さず、彼女の反応を面白がるようにキュルケは笑う。
「あら、別に貴女の指定席ってわけじゃないでしょう?」
「他にいくらでも空いてるとこあるじゃない!」
あたりを見回せば幾人かの生徒がお茶を飲んでいるが、それでも席がいっぱいになるということはない。
ルイズにちょっかいをだそうとわざわざ彼女の傍にきたことは明白だった。
「だいたい。お茶にするなら、タバサとでもすればいいでしょ」
「タバサならいないわよ。実家からの何か用事の呼び出しで帰省中」
それに、と言葉を続け。キュルケは人の悪い笑みを浮かべる。
「せっかくだから貴女のご自慢の使い魔クンを見せてもらおうと思ってね。もう元気になってるんでしょ?」
「うっ……」
ルイズは呻く。彼女が平民らしき少年を召喚したことは最初から周知の事実であったが、
召喚された直後にいきなり倒れてしまった彼のことを詳しく見ているものは多くない。
それ故にルイズが召喚した『使い魔』少年がどのような人物であるかをキュルケは知りたがっているのだ。
ルイズとしてはあまり説明をしたくない。平民を召喚したというだけでキュルケはもうからかう気でいっぱいなのだ。
たとえラズロがどのような少年であったとしても、キュルケにかかればからかいのネタになるしかない。
そして全く腹立たしいことに、ルイズがキュルケに口喧嘩で勝てたことは一度も無かった。
仕方無い。とルイズは諦めて事情を話す。
「ここには居ないわ。……さっきまで給仕してて、次は厨房のほうを手伝うからって」
ルイズの言葉にキュルケは怪訝そうな顔をする。給仕に厨房の手伝い。いずれも使い魔の仕事ではない。
「はぁ? ……何それ。なんで使い魔がそんなことするの? 貴女、小間使いを雇ったわけじゃないんでしょ?」
「知らないわよ! たしかにちょっと身の回りの世話は言いつけたけど、そこまでしろなんて言ってないわ」
それこそがつまりルイズの不機嫌の原因だった。
朝、ルイズが彼に起こされると既に言いつけてあったことは終えられていた。
着替えさせることには多少の抵抗を見せたものの、ごくごく素直に自分の言うことを聞いたのだ。
それはいい。だが驚いたのは先ほどのことだ。お茶をしようと思った彼女のところにいきなりケーキを持って現れ、
「メイドの女の子に水汲み場の場所を教えてもらったお礼に、給仕の手伝いをする」と言い出した。
それはたしかに悪いことではないが、なんだかんだで注目されている今そんなことをする必要はないだろうに。
周りの生徒達はもの珍しそうにラズロのことを見ていて、ルイズにはそれがたまらなく恥ずかしかった。
とはいえ一度席についてしまった以上、逃げ出すのもなんとなく癪だ。
結局ルイズはラズロの主人という好奇の目に耐えるしかなかった。
「だいたい私は――」
「待ってくれ! モンモランシー!」
「――ラズロに……って、何よ?」
なおもキュルケに対し愚痴とも訴えともつかないものを吐こうとするルイズの言葉を遮って、少年の言葉が広場に響いた。
「? ギーシュじゃない」
ルイズとキュルケが声のしたほうを見てみれば、一人の少年が広場の中央に立っていた。
軽く癖のある金髪が似合う美少年。しかしどこか軟弱そうな気配があり、せいぜい二枚目半止まりといった風情である。
彼が追いかけているのは一人の少女。ひっつめた金髪の巻き毛が似合う可愛い女の子、モンモランシーだ。
「ついでこないで!」
何かに苛立っているかのような声をあげ、そして――
「っ!」
パチン、と平手を一発ギーシュの頬に見舞う。
そしてそのまま、叩かれてポカンとする彼を置いて彼女は立ち去ってしまった。
ギーシュはそのまましばらく立ち尽くしていたが、やがて諦めたように肩を落として帰っていった。
「……あいつ何やってんの?」
変なものを見た、とばかりに言うルイズ。
「ああ。あれ? 一年の子とモンモランシー、二股かけてたのがバレて、両方からフラれたみたいよ。
二、三日前だったかしら? 貴女は使い魔君の看病をしてたから知らないだろうけど。
なんでもモンモランシーの贈り物を一年の子が見ちゃったからだとか」
二、三日前といえばルイズはラズロにつきっきりで居た頃だ。
何かちょっとした騒ぎがあったことは聞き及んでいたが、まさかギーシュがそんなことになっていたとは。
「ああ、それで……。いつかはそんなことになるだろうと思ってたけど」
呆れたとしか言いようが無い。
痴話喧嘩程度、若い生徒の多い学院内ではしょっちゅうだが、こんなわかりやすい話になるのはギーシュくらいのものだろう。
軟派な見た目の通り、ギーシュはかなり気が多いことで知られている。
そんな彼になびく女生徒も女生徒だが、ギーシュは黙っていれば美形なのでそれもわからなくもない。
「驚いたわよ。お茶をしてたらいきなり修羅場発生してるし。……なかなか面白い見世物だったけどね」
「相変わらず悪趣味ね、あんたも」
嫌そうな顔をするルイズ。
貞操観念が強く、そうした色恋沙汰(特に他人の)に全くと言っていいほど興味がもてないルイズにはわからない嗜好だ。
「人の恋路も自分の恋路も楽しむのがツェルプストー流よ。ま、お堅いヴァリエールのあんたにゃわかんないでしょうけど」
「ふん、わかりたくもないわね」
そう、毒づいてみてもキュルケは何処吹く風というところだ。気にした様子は無い。
こちらは散々怒らされているのに、この憎きツェルプストーといえばまるで相手になろうとしない。
「……さて、と。話題の使い魔クンが見られないならこんなとこに居てもしょうがないわね。部屋にでも戻ろうかしら」
「さっさとどっか行きなさいよ」
立ち上がるキュルケに、しっしっと邪険に手を振ってやるが、その態度もまた彼女の笑いを誘うだけだ。
去り際。キュルケは「からかわせてもらったお礼」とばかりに言葉を残す。
「ま、とにかく。使い魔について文句でもあるなら、ミスタ・コルベールにでも言ってみれば?」
☆
「……っ!」
無言で。しかし全力の力を込め、ラズロは一人ヴェストリの広場で剣を振るう。
手に持っているのは、彼が元の世界から持ち込んだ愛用の武器。幅広で短めの二対の剣、双剣だ。
もとは彼と敵対していた軍の船から持ち出したものだが、何故かよく手に馴染むため今でも愛用している。
これを失くさずに持ってこれたことはラズロにとっても幸いだった。
今日一日。学院で下働きをしていたラズロはある事実を痛感した。それは、自分の身体能力がおそろしく低下していることだ。
おそらくしばらくの間寝たきりだったことによるものだろう。
ルイズは三日間と言っていたが、自分が召喚されたときには既に意識を失っていたことから、
本当はどれほどの間眠っていたのか皆目検討もつかない。しかし、短くない時間であることはたしかだろう。
それまでが激戦に次ぐ激戦の連続を過ごしてきたラズロの肉体は、ほんの少しの休息で驚くほど萎えてしまっているのだ。
日常生活を送るのには支障がないとはいえ、それまでがそれまでだったためにこのままではどうにも座りが悪い。
せめて前と同じくらいまでは戦う力を回復させなければならない。
幸いなことに今は平時。戦いが目の前というわけではない。萎えてしまった筋力はまたつければいいだけのことである。
そう思い、主人であるルイズに自主訓練の時間をくれないかと願い出てみたのだが、
「まぁ……いいけど」
何故かルイズは渋い顔をしつつも了承してくれた。
無論のこと仕事を放り出すつもりもなく。
彼女の世話に関しては滞りなく進めていくつもりだったラズロには彼女が何故不機嫌なのかわからなかった。
……ひょっとして、頼りないと思われたんだろうか?
もしそうならば、よけいのこと頑張って早く元通りの力を取り戻さなければいけない。
使い魔の仕事の中には主人の護衛も含まれているという。
この世界にも魔物の類が存在しているのかどうかわからないが、それが仕事だというのならば全力を尽くさなければならない。
今の自分にあるのはこの双剣と――罰の紋章。
しかしこの左手の紋章はみだりに使うことが許されるものではない。
であるからこそ、ラズロはこうして一人鍛錬に励むのであった。
「やってるわね、ラズロさん」
……と、気がつけば広場の隅にいる自分の傍らに、一人の少女が立っていた。
少女の格好はメイド服姿。この学院で働く何人かのメイドの一人である。
「これ、ランプ。もう真っ暗よ?」
苦笑しながら差し出す彼女の手元には明かりが灯っている。それを見て始めて、日が暮れていることに気がついた。
考え事をしながらとはいえ夢中になってしまっていたことに気付き、恥ずかしいところを見せてしまったとラズロは顔を赤くする。
「も、もうこんな時間だったんだ」
「ずっと見てたのに気付かないんだもの。よっぽど夢中だったのね」
くすくすとおかしそうに笑う彼女。
彼女と出会ったのは今日の朝のこと。
洗濯をしようと水汲み場を探していたところ、偶然居合わせた彼女に出会って場所を教えてもらったのだ。
洗濯を終えたラズロはやることもなく、水汲み場を教えてもらったお礼に彼女を手伝った。
掃除に洗濯、給仕に厨房の手伝いと忙しかったが、いずれもラズロには懐かしい仕事ばかりだった。
「どうするの? まだ続けるならこのランプ置いていくけど」
「まだ続けようかな。キリがいいところまで」
日も暮れているというのに、鍛錬を続けるというラズロの言葉に彼女は驚く。
「熱心ねぇ」
「これしか僕にできることはないから……」
ラズロには何か特別な取り柄があるわけではない。
普通に働くことくらいはできるが、それはルイズの求める『使い魔』としては相応しくないだろう。
不可抗力とはいえ、彼女の希望を奪ってしまったことにわずかな罪悪感を感じるラズロとしては、
せめて護衛くらいはきちんとこなせるようになろうと思うのであった。
「ねえ、あなたってミス・ヴァリエールの……その、『使い魔』っていうのなんでしょ?
他の貴族の方が竜や動物を連れているのは知っているけれど、私達みたいな平民が使い魔になることなんてあるのかしら?」
不思議そうに言う彼女。
そのことはラズロにしても疑問であったが、メイジではない彼にはわからなかった。
「それは僕にもわからないけれど……」
しかし、客観的な事実としてラズロがルイズの『使い魔』であることに変わりはない。
「やるべきことがあって、それができる力があるなら――それを行うのに躊躇ってちゃいけないと思う」
もっとも、とラズロは恥ずかしげに付け足す。
「今はこうして剣を振るうので精一杯だけどね」
両手の剣の重み。今では満足に扱えないその武器だけが、自分が信じることのできるものになる。
「……馬鹿みたいに律儀な人ね、あなたって」
冗談めかした言葉とは裏腹に、そう言う彼女の瞳は優しげだった。
「よしっ! そんな律儀な君に免じて、あとで夕飯持ってきてあげる。まだ食べてないんでしょ?」
「え?」
言われて、そう言えば何も食べてなかったことに気付く。
「でも、今から用意してもらうのは迷惑なんじゃ……」
「平気平気。私と同室の娘が料理上手だからさ、その娘に手伝ってもらうし!」
そう言って明るく笑う。また後でね、と去っていく背中を見送り。最後にラズロはメイド服姿の少女に礼を言う。
「ありがとう、ローラさん」
(続く)
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