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ゼロの夢幻竜 第十三話「使い手の剣」
ルイズとラティアスは大通りであるブルドンネ街から外れた裏路地を進んでいく。
というのは、あれだけ注意したにも拘らず、ラティアスはしょっちゅうルイズのマントをくいくいと引っ張っては「あれは何?」といった感じで質問したからだ。
その度にルイズは彼女の耳元で囁く様に説明をしなければならなかった。
それにいい加減疲れてしまったルイズは目的の場所へさっさと向かうことにしたのだ。
さて、ここまで来ると表の華やかさはどこへやらといった雰囲気。
思わず息を止めたくなる様な悪臭が忽ち二人の鼻腔を襲う。
それに数歩ごとに嫌な感触が襲ってくる足元にも目をやりたくないものだ。
暫く歩くと四つ角に出る。幸いここは日も当たるし臭いもそこまで酷くはない。
ルイズは周囲をきょろきょろと見回す。
「ピエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺りなんだけど。あ、あった!」
剣の形をした銅の看板。
武器屋であるらしいそこに、ルイズとラティアスは石段を登り、羽扉を開けて中に入った。
内部は結構薄暗く、壁という壁、棚という棚に剣や槍、矛や盾等が乱雑に並べられている。
立派な甲冑が飾ってあったり、大きめの暖炉が据えられているあたり、室内の意匠には凝っているらしかったが、如何せん立地が立地なので少々余計とも言える。
店の奥では五〇過ぎの男がカウンターに寄りかかりながら、胡散臭そうに入ってきた二人を見つめていた。
が、その態度はルイズの紐タイ留めに描かれた五芒星を認めると一変する。
「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさあ。お上に目を付けられるような事なんかこれっぽっちもありませんや。」
「ちょっと。何と勘違いしてるのよ。……客よ。」
「こりゃおったまげた!貴族が剣を?おったまげた!」
「どうして?」
「いいえぇ、若奥様。坊主は聖具、貴族は杖、兵士は剣、そして陛下はお手を振りなさる、と。これが世の中ってものですぜ。」
「使うのは私じゃなくて私専属のメイドよ。」
言ってからルイズはラティアスの方をちらりと見る。
彼女は楽しそうにそこらの樽に置いてあった剣を引き抜いてブンブンと振っている。
或いは槍や矛を持って仮想の相手を突っつく真似をしていた。
その様子を妙に思った主人は怪訝そうな声でルイズに訊ねる。
「メイドとはあちらのお方の事ですかい?」
「そうよ。」
「こりゃまた随分と用心深いお方で。ゲルマニアかガリアの国境に近い所の出身ですかい?」
「どうしてそんな事を?」
「なあに、ちょっとした推測でさあ。デカい戦まではいかなくとも、お隣さんとのいざこざに備えてるのかね、と思いまして。」
「まあ、そんなところね。あの子に合うような武器を見繕ってくれる?」
その一言に主人の表情は暗くなる。
「若奥様。男の執事なら兎も角、あの様な小柄で非力な婦女子が振るう武器となると数は限られますぜ。」
「それでも良いわ。」
そうルイズが即答したのを聞いて、主人はいそいそと店の奥に引っ込む。
ややあって、彼は1メイル程の華奢なレイピアを持ってきた。
細かな装飾が施されており、短めの柄にハンドガードも付いているが、どことなく頼りなさそうな代物である。
が、あまり贅沢は言えないものである。
「おいくら?」
「手のかかった代物でさあ、魔法もかけられていて鉄でも切れますから安くはありませんぜ。」
「私は貴族よ!」
「おお、そうでした、そうでした。それでは……エキュー金貨で1500、新金貨で2000。」
主人の答えにルイズはすっかり呆れた為か開いた口が塞がらない。
それもその筈。彼女はその額面がどれ程の物かをよく知っていたからだ。
「ウチの国での年金三年分じゃないの。ふっかけてんじゃないでしょうねえ?!」
「とんでもない。最初に言ったでしょう?うちはまっとうな商売やってるって。これも十分真っ当な値段でさあ。」
「新金貨で100しか持って来てないわ。」
その瞬間主人の目が意地悪に鋭く光る。
彼の読みは当たった。恐らくこの貴族はまともに買い物すらやった事もないのだろう。
でなければ、少しふっかけてあったって剣の値段程度で驚くという事は無いだろう。
いや、それ以前に自分から財布の中身をばらすなぞ交渉事の下手糞な人間のやる事だ。
主人は話にならないとばかりに手を振る。
「こういった剣はどんなに安くても新金貨200は相場ですぜ。持ってないって言うんなら出直しな。」
ルイズの顔が憤りと恥ずかしさで一気に真っ赤になっていく。
そんな主人の様子をラティアスは寂しげに見つめていた。
と、その時だった。室内に低い男の声が響き渡った。
「へっ!そんなお飾りが1500?笑わせてくれるな!」
店の中にいるのは主人とルイズとラティアスだけである。
他に人影は見当たらない。
だが姿無き声は更に続いた。
「それとそこの嬢ちゃん。そんななりで武器を振るおうって?おでれーた!冗談も休み休み言え!あんたにゃその腕と同じくらい細い木の枝がお似合いだぜ!」
その声に店主は頭を抱え、苦虫を噛み潰したような顔をする。
ラティアスは訳が分からなくなって周りをきょろきょろと見回すが、やはり誰も見当たらない。
声は調子に乗ったのか、僅かに笑いを含めた声で締める。
「それが分かったんならとっととけつ上げてうちに帰りな!」
「失礼ね!さっきから一体誰よ?」
「おめえさんらの目は節穴か?!」
ルイズが声の発生源を見つけられない事に、その声は痺れを切らしたように怒鳴りだした。
そこで、ルイズがラティアスの近くに寄り、よく探すと声は正体を明かすように言った。
「ここだよ。ここ。まったくこんな事に気づかないとはな……」
声の主、それは一本の細い薄手の錆付いた剣だった。
刀身は長く1.5メイル程だろうか。
声がする度に鍔に当たる所がカチャカチャと動いていたので、気をつけていれば確かに分かるものだった。
ラティアスは喋るその剣を樽から引き抜き、それから全体を調べるように眺める。
主人はいい加減にしろとばかりに声を荒げて言う。
「やい、デル公!お客様に失礼な事を言うんじゃねえ!」
「お客様だァ?おいおい!剣どころかそれより軽いモンもまともに振れなさそうなガキんちょがお客様ってか?!ふざけるんじゃねよ!耳ちょんぎってやるからこっち来い!!」
そんな遣り取りを余所に、ルイズはデル公と呼ばれた剣を指差しながら主人に質問する。
「これって……インテリジェンスソード?」
「そうでさ、若奥様。意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。一体どこの物好き魔術師が始めたのやら。剣を喋らせるなんて……兎に角やたらめったら口が悪いわ、客に喧嘩を売るわでこちとら扱いに困ってるんですわ……
やいっ、デル公!これ以上お客様に生意気な口をきく様なら貴族様に頼んでてめえを溶かしてもらうからな!」
「おんもしれぇ!やれるもんならやってみろぃ!どうせこの世にゃ飽き飽きしてたところだよ!上等じゃねえか!」
「ようし、二言は無いからな!やってやるぞ!」
主人は腰を上げ二人の元に近づく。
その時、ラティアスは心の声を剣だけに向けて訊ねる。
「あなたの名前ってデル公っていうの?」
「違わい!デルフリンガー様だ!よォく覚えとけ!」
そこで剣はラティアスの話し方に気づいたのか、ルイズや主人にも聞こえないくらいの小さな声で喋り出した。
「……おいおい。こいつぁおでれーた。口もそこから出る声も使わずに話すってか。長いこと生きてるがこんな事は初めてだ。おまけによぉ……お前さんのこと見てくれで見損なってたが……『使い手』か。こいつはまじでおでれーたよ!」
「あのぅ……『使い手』って何ですか?」
「ふぅん。自分の実力も知らねえのかよ。よし、それじゃ良い機会だ。ちっとばかしその欠片ってヤツを見してやんよ。」
「何をするんですか?」
「なあに、ちょいとした事よ。それに貴族の娘っ子には良い薬にもなるだろうよ。先ずカウンターの上に置いてある剣の所まで行きな。」
言われてラティアスは剣を持ったままカウンターの所まで行く。
そこには確かに先程店主がルイズに薦めた剣があった。
剣、ことデルフリンガーは陽気な声で店主に向かって叫ぶ。
「ぃよう、主人!でろでろの鉄になる前に一花咲かせてくれよ!それと貴族の娘っ子!こっちをよぉく見てな!」
突然の口上に唖然とする二人。
が、デルフリンガーは構わず小声で続ける。
「いいか?俺が喋り終えたら直ぐに俺を振り上げてこの剣の真ん中辺りに叩きつけるんだ。」
「でもそんな事したら……!」
「兎に角やってみろぃ!それで俺とこの剣、どっちに価値があるのかはっきりする筈だぜ。」
「わ、分かりました!」
その言葉を言い終わらない内にラティアスは剣を振り上げ、思いっきりカウンターにデルフリンガーの刀身を叩き付けた。
瞬間、主人とルイズの叫び声と共にガキンという音が響き渡る。
「なああっ?!デル公!てめえっ!お客様を嗾けてなんてえ事をっ!!」
信じられない光景に店主は呻く。
それからルイズは一拍遅れてラティアスが何をしたのかを理解し、彼女を怒鳴りつけた。
「あんたっ!一体何してんのよっ!新金貨で2000もする物を……って、あら?」
ルイズの怒鳴り声は急激に小さくなった。
『鉄をも切る事が出来る』という触れ込みで紹介されたレイピアは真っ二つに割れていたからだ。
一方、錆付いた剣の方は何の変化も無い。
呆気に取られるルイズにデルフリンガーは補足説明をしていく。
「折られた剣の断面を見な。金属の混じり具合がバラバラだろ?つまりこいつぁ、剣の形をした鋳型にまともじゃねえ金属をぶち込んで作ったペテン物だって事さ。金色に光ってるのは只の塗装よぉ。
これじゃお前さんが婆さんになるまで研いだって何も切れやしねえよ!だから言ったろ?お飾りだって。」
得意気に話すデルフリンガーだったが、直ぐに黙る事となった。
ルイズが物凄い勢いで後ろを振り返り、これまた物凄い勢いで店主を睨みつけたからである。
店主はまるで金縛りをかけられた様にその場に立ちつくす。
すると、ラティアスがルイズだけに向けて話しかける。
「ご主人様!私これ欲しいです!」
いきなりの声に驚いたルイズだったが、それとはなしに聞こえるよう言葉を選んで応対する。
「はあ……もっと綺麗なやつがこいつを折ってくれれば良かったのに……この子がこの錆付きの剣、気に入ったらどうしよう。」
「でも凄いじゃないですか!こーんなに錆だらけで見た目ボロボロそうなので、おまけに、今剣を折ったってばかりなのに傷一つ付いてないですよ?!それに……」
ラティアスは一旦言葉をきって剣を構えるポーズを幾つかやってみる。
その時ラティアスだけにしか気づく事が出来なかったが、左手のルーンが朧気に発光していた。
「何かとても自分にぴったりしているみたいで……昔から使っていたみたいで……兎に角これ欲しいんです!買って下さい!」
「俺はよ、嬢ちゃんは俺の事気に入ったと思うぜ、娘っ子。俺を買いな。」
デルフリンガー自身までもが‘買え’と言い出す始末。
他に買えるような剣も無さそうなので、しょうがなくルイズは主人に値段を訊いた。
訂正、物凄い気迫込みで。
「あれ、お幾ら?」
「へ、へえ。新金貨100でさ。」
「随分と安いのね。」
「こっちにしてみりゃあ厄介払いでさあ……へへへっ。」
「ふうん……」
そう言いつつルイズは、ラティアスが首から下げていた自分の財布から、新金貨を10枚だけ手にして主人の手に掴ませた。
驚いたのは主人だ。
「新金貨100だって言いましたぜ?!」
「あんたねぇ……あんな錆付きの剣でも簡単に折れるような飾り物を、その20倍の値段で売り飛ばそうとしたくせに何言ってんのよっ?!メイジをペテンにかけるような真似して!10枚払うだけでも有り難く思いなさいよっ!!」
その烈火の如き怒りの勢いに主人は最早何も言えなくなる。
「おほー。気の強ぇ娘っ子だなぁ。こりゃ良い眺めだねぇ。ま、娘っ子に逆らわない方が得策だと俺は思うけどなあ、ご主人よぉ?」
と、デルフリンガーが言う。
とうとう主人は根負けしたのか、小さく「毎度」とだけ言って金貨を受け取る。
それからラティアスからデルフリンガーを受け取り、それを鞘に収めた後で改めてラティアスに渡した。
「どうしても煩いと思ったら、こうして鞘に入れれば落ち着きまさあ。」
しかしルイズはそれを聞く事も無く、ラティアスが剣を受け取ったと見ると、その手を引いてさっさと店から出て行った。
主人は呆然としていたが、カウンター上の折れた剣を見ると急に現実に引き戻される。
そしてやってられないとばかりに、引き出しから酒壜を取り出しあおり始めた。
「新金貨で1500もしたのに……ちっくしょおぉぅっ!今日はもう店じまいだっ!」
キュルケはタバサの使い魔が懸命に急いでいる事は分かっていた。
タバサはそれに加えて、その理由がルイズの使い魔ことラティアスに対しての、並々ならぬ対抗心からである事も見抜いていた。
それ故に自分達があと少しで街に着きそうだといったその時に、ルイズを乗せたラティアスとすれ違った時は言葉も無かった。
その次の瞬間、タバサの使い魔は背中に人を二人乗せているのも忘れたかのように、急転進して後を追い始める。
「こいつぁおでれーた!娘っ子が変身できるのもおでれーたが、こんな速さで飛べるのもおでれーたぜ!」
ルイズに抱かれているデルフは素直にラティアスの持つ力に驚嘆した。
風竜と競争するなら、例え数百リーグ差をつけていたってあっという間に追い抜いてしまうだろう。
いや、それ以前に比べる事さえもおこがましい。
途中何かとすれ違ったが、相手も相当な速度を出していた為か視認は不可能だった。
萌黄色の草原を一陣の風の如く疾走するラティアス。
その視界には早くも魔法学院の立派な校舎が入ってきた。
翼の角度を変えて徐々にスピードを落としていき、ゆっくりとアウストリの広場に着陸する。
その時ラティアスはふっと時間の事が気になった。
まだそんなに時間は経っていない筈―恐らくはまだ午前中―だから、ご主人様ことルイズに許可を貰い、シエスタを背中に乗せてまた街へ行くのも良いかもしれない。
彼女は自分がどれくらいの速度で飛ぶのか知らないだろうから、かなり加減しなければならないだろうが。
そう思いつつラティアスはルイズに向かって訊ねた。
「ご主人様。あの……シエスタさんと一緒に出かけたいんですけど良いでしょうか?」
「シエスタ?……ああ、あのメイドね。えーと、そうねぇ……良いわよ、行っても。
但し、帰ってきたら使い魔としての仕事をちゃんとするのよ?それとあんまり遅くなっちゃ駄目。街中って結構日も暮れる頃になったら物騒だから。それも忘れちゃ駄目よ。」
「はいっ!有り難う御座います!ご主人様!」
ルイズは忠告しつつ答える。
もし行き先がブルドンネ街なら、大通りにある多種多様な店等については先程口が疲れてしまうほど説明をしたから分からないという事は無いだろう。
ラティアスはかなり物覚えが良い方でもある。
そもそも元々この地に住んでいて、尚且つ何回かそこへ足を運んだ事のあるであろうメイドがいるのならあまり心配する事は無いと思えた。
ラティアスは一礼をすると、喜び勇んでシエスタのいるであろう使用人宿舎へと向かおうとした。
その時である。強烈な風を吹かせながら一匹の竜が殆ど同じ場所に降り立った。
ルイズはその姿を一目見て、自分と同じ学年の子が召喚した竜だと気づいた。
確かその名前は……思い出そうとして失敗する。
何分影の薄い生徒だった事と、使い魔の印象の方が大き過ぎたからかもしれない。
その竜ことシルフィードは相当参ったらしく、地に足を付けると同時にその場に崩折れてしまった。
そしてその背中から召喚した本人ともう一人、ルイズにとっては何時だろうとあまり顔を合わせたくない人物が現れた。
「キュルケ!何であんたがここに?!」
「あなたを追ってたのよ。正直に言うとラティアスをね。でも……信じられないわ。
この子の風竜も目一杯頑張ったんだけど、まさか街まで半分も行かない内に行って帰って来るなんて。」
それを聞いたルイズは少し得意げな声になって胸を張って言う。
「そ、そうよ!凄いでしょ?!やっぱり私に相応しい使い魔なのよ!風竜なんかと比べたらこの子が可哀相だわ!」
「おめでたい人ねえ~。使い魔とその主の魔法的な才能と力は平均される物なのよ。
ラティアスは爆発ばかりで何の魔法も出来ない『ゼロ』なあなたの大きな穴埋めと同じなの。
肝心の実力、ついてきてると本気で思ってるの?素敵なご本を読む事だけが魔法じゃないのよ?」
が、キュルケは呆れた調子できりかえした
傍で聞いていたラティアスは黙ってその様子を見ていたが、僅かに腹を立ててしまう。
そりゃあご主人様であるルイズは、通常の授業において魔法の実技をやろうとすれば爆発ばかりで上手くいった試しは無い。
だが先生からの質問には満足に答えられているし、毎日夜遅くまで勉学に励んでいるのを彼女は知っていた。
握っているデルフそっちのけでルイズの言葉の応酬は続く。
「な、何よ!そう言うあんたの使い魔は只のサラマンダーじゃない!只の!」
「只のって言うのは違うんじゃない?火竜山脈のサラマンダーよ。尻尾の火なんて好事家に見させたら値段の付きようもないわね。
それに使い魔としての条件もちゃんと全部満たしてるし。それに……」
「それに何?色ボケしたあんたにこっちの国でのお相手ホイホイつれて来るって言うの?」
冷ややかな笑みを浮かべて挑発するルイズ。
流石にその台詞にはキュルケもかちんと来たのか震えた声で答えた。
「言ってくれるわね、ヴァリエール……」
「何よ。本当の事でしょう?」
正に一触即発の状況。触れれば直ぐにでも火花が飛びそうだった。
暫く睨み合った後、最初に動いたのはルイズの方だ。
「あたしはねあんたの事が大っ嫌いなのよ。いい加減決着つけない?」
「あら、凄く奇遇ね。私もあなたと同じ意見よ。」
「それじゃ……」
「それなら……」
「「魔法で決闘よ!」」
怒りが剥き出しになった二人は遂に互いに怒鳴る事となった。
しかし、この世界の現行法ではメイジ、ひいては貴族同士が互いに決闘を行う事は出来ない。
それを思い出したキュルケの前に険しい表情をしたラティアスが現れる。
「事情は分かりました。あの、私がご主人様の代わりにお相手しても宜しいですか?」
「ちょっと!ラティアス?!」
突然割って入るラティアスにルイズは驚いた。
その様子を見てちぐはぐな間だと思いつつキュルケは言う。
「あらあら。私はルイズと決闘をするのよ。それも魔法を使ってね。まあ、この国の法律じゃ貴族同士の決闘は禁じられているけど。」
「だったら尚更です。誰も知らないからといって決まり事を破ったらいけません。あと、ご主人様とあなたが戦ったら圧倒的にご主人様には分が悪いです。使い魔の私でなら問題は無いでしょう。」
その言葉を聞いてキュルケは小さく吹き出した。
使い魔にまでそう思われているのでは可哀相どころの話ではないと思ったからだ。
だがラティアスは眉一つ動かさずに続ける。
「それとこの間の私の言葉覚えていますよね?」
「え?ああ、覚えているわよ。この間あなたが見当をつけた通り、私も相当な使い手だから覚悟しておきなさいね。今更謝ったって許さないわよ。」
キュルケは意地悪そうに笑ってみせる。
ラティアスはそれに対して、特に意に介した素振りを見せるわけでも無く続けた。
「許して頂かなくて結構です。時間は……今すぐですか?」
「今から?まさか。今日は虚無の曜日よ。私だって色々とやりたい事があるの。そうねえ、今夜にしましょう。それなら良いでしょ?」
「私もやりたい事があるんで……その条件のみました。」
「結構。場所は中庭。異論は認めないわ。」
「どこがその場所でも構いません。」
「大変結構。それじゃ私一旦部屋に戻るわ。せいぜい良い作戦たてておきなさい。」
そう言ってキュルケは、離れて顛末を見ていたタバサと共に寮塔の方へ向かっていった。
その姿をじっと見ていたラティアスにルイズは少々厳しい口調で話しかける。
「私が決闘の相手なのよ。どうして代わったの?」
「決まりは決まりです。誰も見ていなかったとしても守らなきゃいつか必ず罰が当たりますよ。」
「罰って……あんたねぇ……それと、キュルケはギーシュなんかとは力の差があり過ぎるのよ。幾らあんたが凄い力持っていても勝てるかどうか……」
「ご主人様は私があの時全力全開で戦ったと思ってらっしゃるんですね……」
その言葉にルイズは眉を顰める。
と、同時に心の中では大きな好奇心が沸いていた。
そうでなかったとしたら、彼女はまだ本領を発揮していない事になる。
それも踏まえて彼女は恐る恐るその理由を訊いてみた。
「どういう事なの?」
「私にはまだ隠しているちょっと面白い力があるって事です。」
ラティアスは返事と共にふっと不敵な笑みを浮かべた。
残っている隠し玉は一つや二つではないのだ……
その日の夜、本塔に程近い中庭には4人の人影があった。
元の姿のラティアス、それと対峙するキュルケ。
面白い物見たさで連れて行けと駄々をこねたデルフを抱えるルイズ。
そして相も変わらず本を読み続けているものの、キュルケの事が気になったタバサ。
双月の光は彼女達を包み込む様に照らし続けている。
ラティアスはあの後シエスタを連れて街に出ようかとしたが、大事を前に遊んでいたら負けてしまうと思い取りやめることにした。
というよりもシエスタはラティアスがルイズと出かける前から『一緒に出かけるのはまた今度』という事で納得していた訳なのでどう動いても大きな変更点は無かった訳だが。
かなり冷めた視線で見つめるラティアスにキュルケは杖を構えつつ話す。
「勝敗の決め方は?私は杖を奪われたらそこまでだけど……あなたはどうするの?」
「そうですね。飛べなくなったら……という事にしましょうか。」
「分かったわ。」
ラティアスは臆す事も無い。
その様子にキュルケの胸は鼓動を速くし始める。
ギーシュの時も大立ち回りをやってのけた彼女は、果たして自分に対してどんな責め方をしてくるのか。
「そっちからどうぞ。」
「それじゃ、いくわよ!」
その言葉を合図に遂に両者の衝突が始まった。
キュルケは先ず得意な『ファイヤーボール』で様子見を行ってみる。
素早い呪文の詠唱はメロン程の大きさもある大きな火球を幾つも作り出し、ラティアスに対してそれらを撃ち放つ。
ラティアスはそれらを素早く避けてキュルケに接近しようとする。
しかし、キュルケは炎の壁を自分に近い四方に展開させ、ラティアスの侵入を防いだ。
暑さもかなりのものがあるためラティアスは一旦後退って距離を取った。
それを見計らったかのように炎の壁は一瞬の内に解かれ、
中から現れたキュルケが自分の周りに予め作って滞空させておいた『ファイヤーボール』を、弾道を変えながら再び幾つも間断無く放ってきた。
その瞬間的な速さは目を見張る物で、やっと相手との間を詰められるような距離になっても避けるだけで精一杯である。
次にその距離になって攻撃しようとすれば、あっという間に炎の壁を展開され近づけなくされてしまう。
後はその繰り返しである。
ラティアスもギーシュに対して繰り出した物と同じ技を用いて対抗する。
確かにそれは一時的にせよ効果を齎した。
しかし、キュルケが編み出す炎の勢いの方が些か勝っているのだろうか、防壁とも呼ぶべき炎という名の牙城を崩すに至っていない。
一進一退の攻撃は尚も続く。
悟られぬようにしてキュルケに近づくしかないと考えたラティアスは、精神を集中させて全身の羽毛を震わせた。
これこそがラティアスがルイズに話した隠し玉の一つであった。
そしてそれと同時に炎の壁を消したキュルケ、事の成り行きを見守っていたルイズとタバサは自分の目がおかしくなったのかと思う一瞬を見た。
目の前で一瞬にしてラティアスがその姿を消したからである!
何が起きたのか把握するのに一瞬戸惑ったキュルケは慌てて炎の壁を展開する。
そして自分が暑さを苦痛に思わない範囲にまで壁の幅を狭めた。
その中で彼女は今自分の目の前で起こった出来事について必死で考える。
光の粒子が彼女の周囲に取り巻き、一際強く輝いたかと思ったら消えたのだ。
ラティアスは確かに素早い動きを繰り返していたが、それは見えなくなるほどの物ではなかった。
ならば光を利用したのだろうか?
双月の光と自身が繰り出した『ファイヤーボール』の光を使って?
しかしその答えが出る前に勝敗は決した。
キュルケの背中を、いきなり強力な風と猛烈に濃い霧が襲ったからである。
バランスと集中力を崩した彼女は前につんのめる形で地面に転ぶ。
それと同時に彼女の周囲にあった炎の壁も、滞空状態にあった『ファイヤーボール』も一偏に消えた。
キュルケは一体何が起きたのか把握しようとすると大変な事に気づく。
自分の右手に杖が無いのだ。
探そうとして身を起こそうとすると、自分の眼前に探そうとしている杖がその先を向けられた。
それを持っているのは、人間形態に変形したラティアス。
彼女は息一つ荒げる事無く、すっぱりと言い切った。
「あなたの、負けです……!!」
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ゼロの夢幻竜 第十三話「使い手の剣」
ルイズとラティアスは大通りであるブルドンネ街から外れた裏路地を進んでいく。
というのは、あれだけ注意したにも拘らず、ラティアスはしょっちゅうルイズのマントをくいくいと引っ張っては「あれは何?」といった感じで質問したからだ。
その度にルイズは彼女の耳元で囁く様に説明をしなければならなかった。
それにいい加減疲れてしまったルイズは目的の場所へさっさと向かうことにしたのだ。
さて、ここまで来ると表の華やかさはどこへやらといった雰囲気。
思わず息を止めたくなる様な悪臭が忽ち二人の鼻腔を襲う。
それに数歩ごとに嫌な感触が襲ってくる足元にも目をやりたくないものだ。
暫く歩くと四つ角に出る。幸いここは日も当たるし臭いもそこまで酷くはない。
ルイズは周囲をきょろきょろと見回す。
「ピエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺りなんだけど。あ、あった!」
剣の形をした銅の看板。
武器屋であるらしいそこに、ルイズとラティアスは石段を登り、羽扉を開けて中に入った。
内部は結構薄暗く、壁という壁、棚という棚に剣や槍、矛や盾等が乱雑に並べられている。
立派な甲冑が飾ってあったり、大きめの暖炉が据えられているあたり、室内の意匠には凝っているらしかったが、如何せん立地が立地なので少々余計とも言える。
店の奥では五〇過ぎの男がカウンターに寄りかかりながら、胡散臭そうに入ってきた二人を見つめていた。
が、その態度はルイズの紐タイ留めに描かれた五芒星を認めると一変する。
「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさあ。お上に目を付けられるような事なんかこれっぽっちもありませんや。」
「ちょっと。何と勘違いしてるのよ。……客よ。」
「こりゃおったまげた!貴族が剣を?おったまげた!」
「どうして?」
「いいえぇ、若奥様。坊主は聖具、貴族は杖、兵士は剣、そして陛下はお手を振りなさる、と。これが世の中ってものですぜ。」
「使うのは私じゃなくて私専属のメイドよ。」
言ってからルイズはラティアスの方をちらりと見る。
彼女は楽しそうにそこらの樽に置いてあった剣を引き抜いてブンブンと振っている。
或いは槍や矛を持って仮想の相手を突っつく真似をしていた。
その様子を妙に思った主人は怪訝そうな声でルイズに訊ねる。
「メイドとはあちらのお方の事ですかい?」
「そうよ。」
「こりゃまた随分と用心深いお方で。ゲルマニアかガリアの国境に近い所の出身ですかい?」
「どうしてそんな事を?」
「なあに、ちょっとした推測でさあ。デカい戦まではいかなくとも、お隣さんとのいざこざに備えてるのかね、と思いまして。」
「まあ、そんなところね。あの子に合うような武器を見繕ってくれる?」
その一言に主人の表情は暗くなる。
「若奥様。男の執事なら兎も角、あの様な小柄で非力な婦女子が振るう武器となると数は限られますぜ。」
「それでも良いわ。」
そうルイズが即答したのを聞いて、主人はいそいそと店の奥に引っ込む。
ややあって、彼は1メイル程の華奢なレイピアを持ってきた。
細かな装飾が施されており、短めの柄にハンドガードも付いているが、どことなく頼りなさそうな代物である。
が、あまり贅沢は言えないものである。
「おいくら?」
「手のかかった代物でさあ、魔法もかけられていて鉄でも切れますから安くはありませんぜ。」
「私は貴族よ!」
「おお、そうでした、そうでした。それでは……エキュー金貨で1500、新金貨で2000。」
主人の答えにルイズはすっかり呆れた為か開いた口が塞がらない。
それもその筈。彼女はその額面がどれ程の物かをよく知っていたからだ。
「ウチの国での年金三年分じゃないの。ふっかけてんじゃないでしょうねえ?!」
「とんでもない。最初に言ったでしょう?うちはまっとうな商売やってるって。これも十分真っ当な値段でさあ。」
「新金貨で100しか持って来てないわ。」
その瞬間主人の目が意地悪に鋭く光る。
彼の読みは当たった。恐らくこの貴族はまともに買い物すらやった事もないのだろう。
でなければ、少しふっかけてあったって剣の値段程度で驚くという事は無いだろう。
いや、それ以前に自分から財布の中身をばらすなぞ交渉事の下手糞な人間のやる事だ。
主人は話にならないとばかりに手を振る。
「こういった剣はどんなに安くても新金貨200は相場ですぜ。持ってないって言うんなら出直しな。」
ルイズの顔が憤りと恥ずかしさで一気に真っ赤になっていく。
そんな主人の様子をラティアスは寂しげに見つめていた。
と、その時だった。室内に低い男の声が響き渡った。
「へっ!そんなお飾りが1500?笑わせてくれるな!」
店の中にいるのは主人とルイズとラティアスだけである。
他に人影は見当たらない。
だが姿無き声は更に続いた。
「それとそこの嬢ちゃん。そんななりで武器を振るおうって?おでれーた!冗談も休み休み言え!あんたにゃその腕と同じくらい細い木の枝がお似合いだぜ!」
その声に店主は頭を抱え、苦虫を噛み潰したような顔をする。
ラティアスは訳が分からなくなって周りをきょろきょろと見回すが、やはり誰も見当たらない。
声は調子に乗ったのか、僅かに笑いを含めた声で締める。
「それが分かったんならとっととけつ上げてうちに帰りな!」
「失礼ね!さっきから一体誰よ?」
「おめえさんらの目は節穴か?!」
ルイズが声の発生源を見つけられない事に、その声は痺れを切らしたように怒鳴りだした。
そこで、ルイズがラティアスの近くに寄り、よく探すと声は正体を明かすように言った。
「ここだよ。ここ。まったくこんな事に気づかないとはな……」
声の主、それは一本の細い薄手の錆付いた剣だった。
刀身は長く1.5メイル程だろうか。
声がする度に鍔に当たる所がカチャカチャと動いていたので、気をつけていれば確かに分かるものだった。
ラティアスは喋るその剣を樽から引き抜き、それから全体を調べるように眺める。
主人はいい加減にしろとばかりに声を荒げて言う。
「やい、デル公!お客様に失礼な事を言うんじゃねえ!」
「お客様だァ?おいおい!剣どころかそれより軽いモンもまともに振れなさそうなガキんちょがお客様ってか?!ふざけるんじゃねよ!耳ちょんぎってやるからこっち来い!!」
そんな遣り取りを余所に、ルイズはデル公と呼ばれた剣を指差しながら主人に質問する。
「これって……インテリジェンスソード?」
「そうでさ、若奥様。意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。一体どこの物好き魔術師が始めたのやら。剣を喋らせるなんて……兎に角やたらめったら口が悪いわ、客に喧嘩を売るわでこちとら扱いに困ってるんですわ……
やいっ、デル公!これ以上お客様に生意気な口をきく様なら貴族様に頼んでてめえを溶かしてもらうからな!」
「おんもしれぇ!やれるもんならやってみろぃ!どうせこの世にゃ飽き飽きしてたところだよ!上等じゃねえか!」
「ようし、二言は無いからな!やってやるぞ!」
主人は腰を上げ二人の元に近づく。
その時、ラティアスは心の声を剣だけに向けて訊ねる。
「あなたの名前ってデル公っていうの?」
「違わい!デルフリンガー様だ!よォく覚えとけ!」
そこで剣はラティアスの話し方に気づいたのか、ルイズや主人にも聞こえないくらいの小さな声で喋り出した。
「……おいおい。こいつぁおでれーた。口もそこから出る声も使わずに話すってか。長いこと生きてるがこんな事は初めてだ。おまけによぉ……お前さんのこと見てくれで見損なってたが……『使い手』か。こいつはまじでおでれーたよ!」
「あのぅ……『使い手』って何ですか?」
「ふぅん。自分の実力も知らねえのかよ。よし、それじゃ良い機会だ。ちっとばかしその欠片ってヤツを見してやんよ。」
「何をするんですか?」
「なあに、ちょいとした事よ。それに貴族の娘っ子には良い薬にもなるだろうよ。先ずカウンターの上に置いてある剣の所まで行きな。」
言われてラティアスは剣を持ったままカウンターの所まで行く。
そこには確かに先程店主がルイズに薦めた剣があった。
剣、ことデルフリンガーは陽気な声で店主に向かって叫ぶ。
「ぃよう、主人!でろでろの鉄になる前に一花咲かせてくれよ!それと貴族の娘っ子!こっちをよぉく見てな!」
突然の口上に唖然とする二人。
が、デルフリンガーは構わず小声で続ける。
「いいか?俺が喋り終えたら直ぐに俺を振り上げてこの剣の真ん中辺りに叩きつけるんだ。」
「でもそんな事したら……!」
「兎に角やってみろぃ!それで俺とこの剣、どっちに価値があるのかはっきりする筈だぜ。」
「わ、分かりました!」
その言葉を言い終わらない内にラティアスは剣を振り上げ、思いっきりカウンターにデルフリンガーの刀身を叩き付けた。
瞬間、主人とルイズの叫び声と共にガキンという音が響き渡る。
「なああっ?!デル公!てめえっ!お客様を嗾けてなんてえ事をっ!!」
信じられない光景に店主は呻く。
それからルイズは一拍遅れてラティアスが何をしたのかを理解し、彼女を怒鳴りつけた。
「あんたっ!一体何してんのよっ!新金貨で2000もする物を……って、あら?」
ルイズの怒鳴り声は急激に小さくなった。
『鉄をも切る事が出来る』という触れ込みで紹介されたレイピアは真っ二つに割れていたからだ。
一方、錆付いた剣の方は何の変化も無い。
呆気に取られるルイズにデルフリンガーは補足説明をしていく。
「折られた剣の断面を見な。金属の混じり具合がバラバラだろ?つまりこいつぁ、剣の形をした鋳型にまともじゃねえ金属をぶち込んで作ったペテン物だって事さ。金色に光ってるのは只の塗装よぉ。
これじゃお前さんが婆さんになるまで研いだって何も切れやしねえよ!だから言ったろ?お飾りだって。」
得意気に話すデルフリンガーだったが、直ぐに黙る事となった。
ルイズが物凄い勢いで後ろを振り返り、これまた物凄い勢いで店主を睨みつけたからである。
店主はまるで金縛りをかけられた様にその場に立ちつくす。
すると、ラティアスがルイズだけに向けて話しかける。
「ご主人様!私これ欲しいです!」
いきなりの声に驚いたルイズだったが、それとはなしに聞こえるよう言葉を選んで応対する。
「はあ……もっと綺麗なやつがこいつを折ってくれれば良かったのに……この子がこの錆付きの剣、気に入ったらどうしよう。」
「でも凄いじゃないですか!こーんなに錆だらけで見た目ボロボロそうなので、おまけに、今剣を折ったってばかりなのに傷一つ付いてないですよ?!それに……」
ラティアスは一旦言葉をきって剣を構えるポーズを幾つかやってみる。
その時ラティアスだけにしか気づく事が出来なかったが、左手のルーンが朧気に発光していた。
「何かとても自分にぴったりしているみたいで……昔から使っていたみたいで……兎に角これ欲しいんです!買って下さい!」
「俺はよ、嬢ちゃんは俺の事気に入ったと思うぜ、娘っ子。俺を買いな。」
デルフリンガー自身までもが‘買え’と言い出す始末。
他に買えるような剣も無さそうなので、しょうがなくルイズは主人に値段を訊いた。
訂正、物凄い気迫込みで。
「あれ、お幾ら?」
「へ、へえ。新金貨100でさ。」
「随分と安いのね。」
「こっちにしてみりゃあ厄介払いでさあ……へへへっ。」
「ふうん……」
そう言いつつルイズは、ラティアスが首から下げていた自分の財布から、新金貨を10枚だけ手にして主人の手に掴ませた。
驚いたのは主人だ。
「新金貨100だって言いましたぜ?!」
「あんたねぇ……あんな錆付きの剣でも簡単に折れるような飾り物を、その20倍の値段で売り飛ばそうとしたくせに何言ってんのよっ?!メイジをペテンにかけるような真似して!10枚払うだけでも有り難く思いなさいよっ!!」
その烈火の如き怒りの勢いに主人は最早何も言えなくなる。
「おほー。気の強ぇ娘っ子だなぁ。こりゃ良い眺めだねぇ。ま、娘っ子に逆らわない方が得策だと俺は思うけどなあ、ご主人よぉ?」
と、デルフリンガーが言う。
とうとう主人は根負けしたのか、小さく「毎度」とだけ言って金貨を受け取る。
それからラティアスからデルフリンガーを受け取り、それを鞘に収めた後で改めてラティアスに渡した。
「どうしても煩いと思ったら、こうして鞘に入れれば落ち着きまさあ。」
しかしルイズはそれを聞く事も無く、ラティアスが剣を受け取ったと見ると、その手を引いてさっさと店から出て行った。
主人は呆然としていたが、カウンター上の折れた剣を見ると急に現実に引き戻される。
そしてやってられないとばかりに、引き出しから酒壜を取り出しあおり始めた。
「新金貨で1500もしたのに……ちっくしょおぉぅっ!今日はもう店じまいだっ!」
#navi(ゼロの夢幻竜)
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