「ゼロの教師-04」(2007/12/14 (金) 23:04:56) の最新版変更点
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昼間にも姿が見えていた月は、夜になりその威容を濃紺色の夜空に横たえていた。
赤と青のその姿は、やはり、アティには見覚えのないものだ。
その姿の大きさから見るに、随分とハルケギニアから近い位置にあるらしいが、これだけ大きな衛星を2つも持つと言う事は、ハルケギニアというこの世界は、リィンバウムよりも遥かに規模の大きな世界なのかもしれない。
と島の守人の1人である女性の語っていた、潮汐力と重力場についての講義を思い出した。彼女の言う科学の講義は興味深いものがあった反面、難解に過ぎるそれの大半を、アティは理解できなかったが、
成る程。学問というものは、例えそれが異世界であっても、役に立つものは多いようだ。
宛がわれた居室に備え付けられていた、やけに座り心地の良い椅子に腰掛け、窓から見える月を眺めていたアティは、改めて今日1日の間に起こった事を思い返していた。
ハルケギニア側での、召喚された記憶は未だにはっきりと思い出せるが、リィンバウム側で召喚された記憶は、殆どない。学校に向かう前、普段の習慣で島の外周をパトロールしていた事は覚えているが、
いつ、どのタイミングで呼び出されてしまったかについては、どうにも記憶が曖昧である。
これがリィンバウム世界の召喚術であれば、誓約の儀式をであれ召喚事故であれ、召喚される際にはそれだ。と分かる瞬間があるらしい。島民の大半が召喚獣である為、そういった情報には事欠かなかったので、
ルイズの起こした召喚事故がリィンバウムで使われている召喚術による事故である可能性が低い事は、考慮の端に追いやって問題はないだろう。
例外的な召喚に関しては、その例の範疇には入らないかもしれないが、4界でもない名も無き世界に呼ばれた時点で、既に異常事態なのだ。いくら場慣れしているアティとは言え、できれば召喚術そのものまでが異常動作を起こしているとは考えたくなかった。
それにしても、随分と落ち着いている。
どこか他人事のように、この異常事態を把握できるのは、果たして場慣れしているからという理由だけなのだろうか。
正直な所、どうしようもない事態に対し、開き直っているんだろうな、とため息交じりに考える。
召喚事故と聞いたばかりの時は、未だ自分がリィンバウムに居るものだとばかり思っていたので、さほどの驚きも感じなかった。全く驚かないと言えば嘘になるが、嵐の夜の海に飛び込み、見知らぬ土地に放り出される事に比べれば、まだ今の状況はマシというものだ。
それが、完全に見知らぬ、未発見の名も無き世界に呼ばれたとあって、内心どれだけ驚いた事か。これだけ驚いたのは、もう随分と久しぶりのような気がした。
島の皆は、心配しているだろうか。
当然しているに違いない。本来なら、パトロールが終わったら、すぐに学校に向かい、同僚の青年と授業について話し合い、子供達相手に教鞭を揮い、ふらりと現れる島の大人達の相手をして、友人達とお茶を飲みながら雑談を交わして、夕方になったら別れて。
そんな1日を過ごしていた筈だったものが、突然居なくなってしまったのだ。
きっと、突然居なくなった自分を探し回ってくれているのだろう。
考え始めると良くない考えや、不安ばかりが思い浮かんでしまうが、頬を強く叩くと、アティはテーブルの上に広げた所持品を見詰め、明日の授業に備える事に決めた。
どれだけ考えても、現状が好転する事はありえない。
それならば、やれる事を精一杯の力でやるのが、自分らしいと思えたから。
アティの初授業は、彼女の希望から授業のうちの1つを借り受ける形で、まずはアティの最初の目撃者でもある、2年生の生徒達に自己紹介と、簡単な講義をする事となり、現在教壇にはアティとコルベール、そして快くアティに授業の時間を譲ったシュヴルーズが並び立っている。
コルベールとは、前日の夜に授業内容や生徒達についての説明、魔法学院と島の学校の差異からくる、授業進行の方針等を話し合い、しばらくの間、アティの授業にはコルベールが立ち会う事となった。
シュヴルーズは、授業時間をアティに譲った為その時間が空いたのと、未知の魔法の存在への興味から、授業を観覧する事に決めたようだ。
アティの授業の内容は、初授業もあってか自己紹介とリィンバウム(ここではそれを国名とした)についてが大半を占めた。島の学校であれば、初授業は生徒達の喧騒との戦いだったのだが、そんな事を思っていたアティからすると、魔法学院の生徒達は少々物足りない程に静かで、
拍子抜けしてしまうくらいであった。アティについて、リィンバウムについては質問が多く見られたが、発言の際にしっかりと挙手が伴うのも、島の子供達とは違う点だ。そもそも同じ生徒でも年齢差が大きいので当然と言えばそうだろうが。
自己紹介に関しては、前日の内に質問内容を想定した回答を用意しておいたので、不自然な点があったとは思えなかった。リィンバウムについては、東の世界という設定も幸いしてか、召喚獣や召喚術については説明は避けたものの、未知の世界の話という点が良かったのか、
アティの一人語りも概ね好評を得ていた。
召喚術の授業は、それらの話の終わった最後のほんの少しの間に、簡単な説明と実演を交えて終了した。
やはりこれも前日の内にコルベールと相談した結果、召喚術は無属性と呼ばれる、名も無き世界の召喚術のみを授業として教える事に決めた。理由としては、無属性の召喚術が、確認されている限り、非生物の召喚術しか存在しない点が重視された。
アティは黙っていたが、無属性の召喚術に限定した理由は、召喚術とは、召喚した対象との関係が、術の出来に大きく関わる問題である為、サモン・サーヴァントから来る術者と召喚された側の関係が、とてもではないが良いものと考えられないと思えたからだ。
サモナイト石の所持数が少ない為、初めから誓約の儀式については実技を教える気はなかったが、元々召喚術において最も危険なものが、誓約の儀式だ。
召喚術にとって、召喚するという結果を導き出すのは、比較的簡単な問題だ。誓約済みのサモナイト石さえあれば、術の難易度にもよるが、術者と相性の合う世界の召喚術はそれこそ術師でもない人間でも行使は可能だ。勿論その効果や威力は術師とは比べるべくもないが、
既存の術を扱うという点に関して言えば、召喚術とはとても使い勝手の良いものなのだ。
しかし、誓約の儀式は未だに真名の刻まれていない無印の召喚石に、それを刻むという行為から始まる。
新しく呼び出した召喚獣の多くは、術者に対して敵意を持っている。突然見知らぬ世界に呼び出されたのだから仕方のない事だが、中には獰猛な獣や、そもそも最初から人間に対して害意を持つ悪魔や魔物などを呼び出す事もある。
そういった召喚獣を御し、思いのままに操る為に、術者は召喚されたものの真実の名前を探し出し、サモナイト石に刻むのだが、それが誓約の儀式と呼ばれるものだ。
誓約の儀式は失敗するのが当然とも言われるもので、現在存在している召喚術は、そういった失敗の果てに辿り着いた一種の到着点でもある。専門の術者であっても、未知の存在を召喚する事が困難であるのは、
召喚獣の真名が知られていないという点からきているが、既存の召喚獣であっても、誓約の儀式には多大な知識と、膨大な魔力を必要とするのだ。
そういった理由から、意識ある生物を召喚する4界の誓約の儀式を含む、一切の召喚術は、サモナイト石を所持していないという理由で説明までに留めたが、どうやら無属性の召喚術、
それも初歩の初歩の術であっても、どうやら生徒達の心を掴むには十分だったようだ。
サモンマテリアルと呼ばれるそれは、術として成立したものでありながら、召喚される物体が術を使う度に異なるという変り種の召喚術だ。最初は何故か土鍋が召喚され、次には船の錨が、
剣に鉄塊、果てはフライパンやおたままで無差別に呼び出す様は、召喚術というよりも奇術師の手品じみていたが、それが生徒達には興味が引かれるものだったようだ。
実技に関しては、初授業という事もあるが、サモンマテリアルのサモナイト石が1つしかない所為もあって、座席の順に試してみる形になり、全員が試せた訳ではないが、成功者は1人も居なかった。
その中に、ルイズが居なかったは単純に、彼女の座っていた席が室内の後方だったという理由だが、その事に室内に居た、アティと才人、そしてシュヴルーズの3名以外の全員が、安堵の息を漏らしたのを、彼女達は知らない。
そうして、授業が終わってしばらく。
昼食までの少しの間に、アティは召喚術に興味を持った、主に今回の授業で召喚術の実技を行えなかった生徒達に対して、補講と称した座談会のようなものを行う運びとなった。
座談会のような、とは言ったが、その内容は授業時間では及ばなかった召喚術についての説明の追加。、更に生徒達からの要望もあり、サモンマテリアル以外の召喚術の実演も行う事となった。
「では、ミス・アティのおっしゃるマナ、でしたか。 それを収束させる技術が私達には無いから、誰もサモン・マテリアルが成功しなかったのですか?」
アティが、杖を手にし召喚術の実演を踏まえた説明に対し、挙手と共に質問した赤い髪をした少女、キュルケに対しアティは首肯し、
「はい。私達の扱う召喚術には、こちらの魔法のような、ルーンの呪文や術の固有名は存在しないですね。
召喚されるものの名前はありますが、それを唱える必要はありません。
例えば、今から使う術は一般にシャイン・セイバーと呼ばれていますが……召喚っ」
鋭い声と共に、杖を頭上にかざした。
かざした杖の先には、名も無き世界の魔力を帯びた白い輝きがあった。その光が周囲を覆い、召喚石によって開かれた扉から、速やかに召喚対象を呼び寄せる。
シャイン・セイバーの名の通り、光をまとった剣が数本、アティの頭上に浮かびながら、その輝きを周囲に振りまいている。
「このように、召喚術には呪文らしいものは存在しません。人によっては無言で術を行使する事もありますが、召喚術の種類によっては広い範囲に広がるものもありますし、
何より周囲の味方に、今から召喚術を使いますよという宣言をした方が良い為、それぞれ個人が思う言葉を使う事が普通ですね」
送還もまた同じ事です。と呟くと、その言葉と共に頭上に浮かんでいた剣は、光の粒子となって消え去った。
「マナ、というものは世界のどこにでもある、空気のようなものだと考えられています。
それを杖やサモナイト石を触媒として収束し、収束したマナの力異界の扉を開ける。それが召喚術の基礎なのですが……」
「私達は、ルーンを紡ぐ事と、あとは精神力や集中力で魔法を行いますから」
「そうですね。多分、皆さんの魔法はルーンという特殊な呪文、呪印でマナをコモン・マジックや系統魔法に変換してるのだと思います。
私達は意識的にマナを制御していますが、皆さんは言葉によってマナを制御しているから、まずは、意識的にマナを制御する事がまず初めになりそうですね」
アティの説明に、質問をしたキュルケを含む、出席していた生徒達は首を傾げながらも、丁寧な説明には納得できるものがあったのか、各々が臨席の親しい友人と初めて耳にした、
マナというものに対しての憶測や、アティの召喚した剣について、子供らしい賑やかさを伴って話し始めた。
アティもこれが補講である為か、生徒同士の会話を好きにさせつつ、鋭い憶測を思い浮かんだ生徒にはフォローを与え、とにかく召喚術を試してみたいという生徒には、丁寧な説明を加えながら、失敗する生徒を励ました。
そうしてしばらくして、召喚術を未だに試していない生徒、ルイズが挙手をすると、そんな和やかな雰囲気は瞬時に冷めた空気へと変貌する。
「ミス・アティ。私にも召喚術を試させて頂けませんか!」
普段のような、周囲に緊張感と怒気を振りまく彼女しか知らない生徒は、溌剌とした彼女のそんな表情に驚きながら、しかし、
「やめろやめろ。ここに居る奴が誰もできなかったのに、ゼロのルイズが出来る訳ないだろう」
いつものように、彼女のやる気に釘を刺す者がそう囃し立てる。
それに対し、ルイズも反論するが、彼女に対する辛辣な言葉は中々止まない。
そんな空気に耐え兼ねて、アティにしては珍しく声を荒げ、生徒達の口論の仲裁に入る。生徒達もまた、出会ったばかりのアティに悪印象を残す事を恐れたのか、それでも最後にルイズに対して嘲笑を浮かべた。
「それじゃあ、ルイズさんも試してみましょう」
召喚石を持ち、未だに小声でルイズを野次る生徒を注意しつつ、彼女の席に近寄る。近寄ったルイズの机の上には、この僅かの時間の授業にも真剣に取り組んでいたのだろう、
びっしりと文字の書き込まれたメモ書きが置いてあるのが見えた。文字の書けないアティの授業は板書を利用しないものだが、メモには文字だけでなく、簡易ながら図を用いた、恐らくは彼女なりに分かりやすくまとめた説明らしきものも書かれていた。
アティを見る目には、期待と不安の入り混じったものがあった。
そんなルイズの肩に手を置き、優しく頭を撫でる。
「大丈夫。ルイズさんならきっと出来ます」
私の勘はよく当たるんですよ。微笑みながらそう言うアティは、ルイズにサモン・マテリアルの召喚石を手渡し、石を手にしたルイズの手を両手でそっと包んだ。
「頑張って」
そう言って離れるアティに、ルイズは笑顔で返す。
何故か、あれほどあった不安が薄れ、冷静に頭が働いているのを、ルイズは感じていた。普段であれば、あれだけ騒がれた後は、集中力も切れ切れになり、
半ば自棄になって魔法を使おうとしていたのに、召喚石を手にした今、彼女の頭は冴え渡っている。
授業中メモにまとめ、彼女なりに考えた召喚術を、改めて頭の中で反芻する。
それは、唯一自分が成功した魔法、サモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァントの事だ。2つの魔法はコモン・マジックと呼ばれる基礎魔法の分類されるもので、コモン・マジックには共通して、
それらの行使にルーンを必要としない特性がある。
例えばルイズがアティや才人を呼んだ呪文と、キュルケが自身の使い魔となったサラマンダーを呼び出した呪文は違う。それぞれが、思い思いの言葉を紡ぎ、集中した何かで思い描いた結果を出す。
それがコモン・マジックだ。その中には、ランプの魔法のように、言葉ではなく、動作で起こすものもある。
それは、アティの言う召喚術に近いものなのではないだろうか。
キュルケとの会話にもヒントはあった。
自分達は、言葉でマナを制御していると。
「私は心より求め、訴えるわ」
右手に杖を、左手にサモナイト石を持ち、サモン・サーヴァントの際に使った呪文に手直しを加え、集中する。
元々、自分には系統魔法の成功した感覚なんて知らない。
私が知っているのは、彼女と彼を呼び出した、この感覚だけだ。
「異界の果てより、我が導きに応えなさい!」
不意に、左手に持つサモナイト石を熱を帯び、ルイズの身体をサモン・サーヴァントの際に感じた説明し難い感覚が襲った
成功する! そうルイズが確信すると同時に、
「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民だ!」
そんな叫び声が、学院中に響き渡った。
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