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「ゼロの夢幻竜-11」(2009/02/11 (水) 14:21:34) の最新版変更点
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#navi(ゼロの夢幻竜)
広場の一騒動の後、ラティアスはゆっくり休む事が出来たか?
答えは否である。
学院長オールド・オスマンから、目を覚まし次第出来るだけ速やかに学院長室へ来る様に言われたからである。
日が暮れ、夜の帳が下りた頃にラティアスはルイズと共に、人間形態で学院長室を訪れた。
「二人ともよく来た。ま、そこに腰掛けとくれ。」
オスマンはセコイアで作られた重厚な机の前に置いてある、二つの椅子に向かって手を向ける。
ルイズが恭しく礼をしながら「失礼します」と言ってそこに掛けたのを見てラティアスもそれに倣う。
それをずっと見ていたオスマンは、先ずラティアスの方に向かって質問をする。
「いきなり呼び出したりしてすまんかったのう。じゃが、君達には色々訊いておかなければならない事があってな。先ず、メイド服を来たそこの君じゃが、本当にミス・ヴァリエールの使い魔なのかね?」
「はい。私はミス・ヴァリエールの使い魔です。名前をラティアスと言います。」
ルイズとオスマンの心の中にラティアスの声が響く。
しかしオスマンは流石にそれでは動じる事は無く、実に余裕のある態度でそれを受け入れる。
「ふむ、確かに人語を解し、直接心に精神感応術を使って訴えかけてくるのは驚きに値する。現存する並みの竜や、使い魔として契約した生き物でも易々とは出来ん芸当じゃ。
今の姿も人の目を欺く為のものなのじゃろう?なあに、わしはありのままを見せる事が好きな主義での、今の姿をずっと続けていなさいとは言わん。元の姿に戻りなさい。」
そう言われてラティアスは席を立って変身を解除する。
これにはオスマンも「ほう……」と一頻り感心する。
しかし、ここに呼び出した本題を忘れるほどではなかった。
「宜しい。では先ず訊きたいのじゃが君は何処から来たのだね?」
「ここではない地球という所から来ました。」
「チキュウ……うーむ、その場所は流石に初耳じゃ。では……」
「学院長先生!あのう……そういった質問について、昨夜ラティアスから色々と訊いた事を記した物があるんです。持って来ても宜しいでしょうか?」
ここで一からラティアスの素性を訊く様な事をしてしまえば昨夜の二の舞になる。
それを危惧したルイズは例の口述筆記集を思い出したのと合わせて、それをオスマンに見て貰う事を提案する。
「おお、もう調べてあるのかね?」
「はい。簡易的な纏めとも言えるものですが。」
「良いじゃろう。ここへ持ってきてくれるかの。」
「分かりました。」
ルイズがそう言うと、ラティアスは即座に浮かんでいる位置を少し下げる。
「ご主人様。寮塔までは私がお運びします。さ、どうぞ背中に。」
言われてルイズはラティアスの背に跨る。
学院長は窓から飛び立つ事を見越して、背後にあった窓を開けた。
そしてラティアスは弾かれる様に飛び立つ。
ものの一分もしない内にルイズは重そうな羊皮紙の束を携えて戻ってきた。
「これがその質問集です。」
「これはまた凄い物じゃのう。使い魔召喚の儀は昨日の事じゃったがようやった。では拝見させてもらうぞい。」
それからオスマンは羊皮紙の束を拡げそれらにじっくりと目を通していく。
時々、「ほう……」とか「うーむ……」とか言ったりする以外は異常なまでに静かだ。
それからとっくり一時間は経った頃、オスマンは全ての羊皮紙に目をやり終えた。
ふう、と一息吐いた後で彼は真剣な顔つきで言う。
「成程。ミス・ヴァリエール。君の使い魔がこの世界ではない、どこか別の異世界から召喚された事はよう分かった。しかしその事も含めてここに書いてある事の9割以上は他人に話してはいかんぞ。
今日の昼の騒動で学院中には知れたであろうが……」
「つまり、この質問集は極秘扱いという事になるんですか?」
「左様じゃ。風竜を凌ぐ飛行速度、精神感応術、人語の理解、人間の姿への変身、そして先住魔法ともとられかねない杖も詠唱も必要としない強力な術。たった一日でこれだけの事が明らかになったのじゃ。
まだ使い魔自身が気づいていない力があるとも言えるが、これが王宮やアカデミーに知れ渡ったら連中は君らを引き離すじゃろう。最悪使い魔は暇を持て余した王侯貴族共の戦争用兵器か、人の心も持たん研究員連中の実験材料にされかねん。
それで良い訳が無いじゃろ?」
「勿論です!この使い魔は……ラティアスは私のものです。そんな目に会わせる訳にはいきません!」
「わしもそれは同じじゃ。そこで……彼女には極力使い魔の姿、つまり今の姿でいて欲しいのじゃが、よいかな?」
その問いかけにラティアスは少し躊躇する。
「ラティアス、返事しなさいよ。」
だんまりの時間が長い事を不審に思ったルイズが、ラティアスに返事をするように促す。
ラティアスは学院長に質問するかのように訥々と語る。
「私が人間の姿をして心で話すことが出来るというのはこの学院の中だけの話に止まっているんですね?」
「今のところは……じゃが。それがどうかしたのかね?」
「もし差し支えなければ朝と宵だけで良いので、メイドさんのお仕事をお手伝いさせてもらえませんでしょうか?」
それは意外な質問だった。
まさかそんな質問が飛んでくるとは思っていなかったオスマンは言葉を濁す。
「給仕の仕事をか……確かに君の能力を考えればその仕事をするのに差し支えは無いと考えられる。じゃが何故そんな事を?」
「そうよ。そんな事はメイドにやらせておけば良いじゃない。今朝は特別だったとして、あなたがそんな事をし続ける理由なんか無いわ。」
その言葉に対してラティアスはふるふると首を振る。
「私は誰かのお役に立ちたいんです。勿論、ご主人様の元でお仕えしていなければならないとは思っていますが、もっと多くの人に認めてもらいたいんです。」
オスマンはラティアスの目をじっと見つめる。
彼女の目に何か感じる所でもあったのだろうか一息吐いてから言葉を選ぶ。
「先程わしが言った言葉に反する事となるが、朝夕の限られた時間の事じゃ。生徒達にも一種の緘口令を敷けばおいそれと外にばれる事も無いとわしは思いたいが……」
「お願いします。この通りです。」
そう言ってラティアスは頭を下げる。
「分かった。特別に認めよう。但しそれ以外の時間は、あくまでもミス・ヴァリエールの使い魔に徹するのじゃぞ。良いかな?」
「分かりました。」
ラティアスはルイズの見よう見まねで恭しくお辞儀をする。
明日が楽しみであるという感情を胸に押し込めながら。
一方、オスマンはラティアスの左手、『ガンダールヴ』の事について考えていた。
今、この場で詳しく説明するべきだろうか。
しかし彼は心の中でそれをしまい込む。
この場で伝説でしか語られていないことの話をしたとて当事者達を一方的な混乱に追いやるだけだ。
焦らずともいつかルーンの補助を受けた自身の力に気づき、自分に対して質問をぶつけてくる時が来るだろう。
その時こそが『ガンダールヴ』の力について語る時であると。
「ふむふむ……これは100年近くも前の物なのか。」
学院長室でオスマン、ルイズ、ラティアスが話し合っていた頃、コルベールはある書類とにらめっこをしていた。
『宝物庫目録』という物である。
学院には宝物庫という一画が存在する。
魔法学院成立以来の秘宝が納められているとの事で知られていたが、実像はあまりよく知られていないのが現状である。
知っていると言う者がいても、中に入っているのは換金出来ない程素晴らしい代物と確実にがらくたと言っていい代物が6:4の割合である位だと言うだろう。
今彼が目録とつきあっている理由は、そのがらくたと言われている物の中で学院長の使用許可が下りる物は無いかと探しているからであった。
と言うのも彼、コルベールが教鞭を振るいながらも熱中している事は発明であった。
魔法を使えば難無く出来る事を……と生徒達から言われても、20年来やっている事がそれである。
彼は直ぐにでも、自身の努力が報われる日が来るのではないかとは正直あまり思っていない。
正しい評価という物はいつも時間がかかる物である。
だからじっくりと待つ事が大事だといつも言い聞かせていた
さて、そんな彼にしてもこの量はないと思ったものだ。
目録はページにして数十ページに及ぶ物だからだ。
更に細々とした字や、複雑な図が大量に載っているために目的の物を見つけるにしてもそれなりの時間を要するものであった。
と、その時コルベールはある物に目を奪われる。
それは別に目的の物ではなかったが、膨大な説明が数ページに渡って延々と書き込まれていた故に注目せざるを得なかったのだ。
「えーと、『深海の宝珠』?」
名前のニュアンスからして何かのマジックアイテムだろうか?
コルベールは更に読み進める。
曰く、今は何重にもロックされた箱の中に入っているとの事。
曰く、魔法を用いて作られてはおらず、非常に鮮やかな宝珠ではあるものの、観賞用以外に用途が全くの不明との事。
曰く、単純な作りの様に見えて、魔法で調べてみれば実は複雑極まりない物との事。
曰く、王室より派遣された8人ものスクウェアクラスメイジが、過去何回も複製に挑戦したものの悉く失敗との事。
曰く、王室の宝物庫に置いていては常に賊の標的となりかねないために、この学院の宝物庫に置いているとの事。
そして驚異深い記述の最後は、こう締めくくられていた。
―この物体は王室からの密命により解体出来ない為、物理的な調査はこれ以上行えない。このハルケギニアの地で作られた物は、概して魔法の力を利用し複製が可能である。
それが不可能であるという事は、この品は我々の持つ技術体系とは全く違う物で作られたという事である。東方の地より持ち込まれた物でエルフの技術で作られた物と仮定しても、それで完全に説明がつく訳ではない。
事実その技術では無い事が、隣国アルビオンにて捕らえられたエルフの一人が齎した証言によって一応証明されている。
この方面に関しては更なる調査が待たれるが、我々の世界にいる如何なる知的生命の創造物で無い物と仮定すると、これは完全に正当な研究の道から外れる事となる。―
時の王政府がお手上げと判断した代物。
コルベールの興味は更にそそられた。
目録が記された年月日を見てみると相当なものである。
そろそろ更新の時期ではなかろうか。
もしそうなら是非自分の目でこの代物を見てみたいものだ。
そう思いつつ彼は目録のページを捲っていった。
が、彼は知らない。
後にこの『深海の宝珠』が意外な形で彼の前に正体を明かす事など。
「可愛いよなぁ……」
「なんだ、マリコルヌ?君はあの子に気があるのかい?」
「あったら悪いのか、ギーシュ?種族間を越えての愛なんて素晴らしいじゃないか!」
「あの子は僕をぼっこぼこに伸したんだぞ?」
「それがどうしたって言うんだ?!大体、僕は兎も角、君には愛しい者達がいるじゃないか!」
「い‘る’ではなくて、い‘た’んだよ……未だに縒りが戻らなくてね。どうすればいいものやら。」
「……なあ、悪い事は言わないから‘古株’は諦めた方が良いんじゃないか?」
「そういうわけにもいかんよ!」
「じゃあ、どうするつもりなんだい?」
「それを今考えているんじゃないかぁ……ハァ……」
ギーシュとの決闘騒ぎからかれこれ一週間近くが経とうとしていた。
ルイズ達が学院長室に呼ばれた翌日、本塔の扉には所狭しとラティアスの能力に関する情報の緘口令が貼られていた
しかし、一旦勢いが付いた噂という物はなかなか消える事が無い。
廊下でも、教室でも、そしてラティアスが朝と宵だけ働いているこの食堂でも声を抑えた話は止まる事は無かった。
何度も口にされているのはルイズが韻竜を召喚したのではないかという見当。
しかし、真面目に勉学に励んでいる者は、幾ら韻竜でもあの大きさと能力は有り得ないと断定した。
それらの者達は韻竜の一種と認めた上で、或いは風竜の変種と想定して話題にしている。
しかし彼等もまた、彼女は先住魔法を使う事が出来るのではないかとか頓珍漢な推測を立てていた。
だが、噂の中心となっている本人はそんな事など意にも介さず、穏やかで可愛らしい笑みを振りまきながらあちこちを忙しそうに走り回っている。
そんな彼女は容姿の良さも手伝ってか、多くの男子学生の視線を集めていた。
彼女の心を射止めようとする者達は挙って、共に食事をしたり後で部屋に来てくれないかと誘ってきた。
ラティアスは元の姿でルイズと行動を極力共にしていなければならない為に、その誘いへの断りをいちいち入れなくてはならなかった。
逆に身持ちのいない女性陣は忽ち嫉妬に駆られる事となった。
愛らしい魅力では自分達の上をいってる上に、少々消極的な姿勢で男性達をその気にさせているのだから余計に腹が立つ。
だが、キュルケの様に魅力を振りまきまくって男性を夢中にさせている訳ではない。
あくまでも給仕の仕事に徹しているだけだ。
何より中途半端な動機で彼女を怒らせでもしたら、あの杖も詠唱も要らぬ魔法で打ちのめされかねないのはよく分かっていた。
やがて食堂にいる生徒達が一人、また一人とその場を去る。
ラティアスがそろそろお仕事終わりの時間かしらと思っていた時だった。
急に近くにいたルイズに呼びつけられた。
「何でしょうか?ご主人様?」
「今日は虚無の曜日だし街に出ましょ。何か欲しい物はある?」
優しいお誘いの様に聞こえる文句は、声のせいかどこと無くつんけんとした雰囲気を含んでいる。
その理由は何故か。
キュルケに正体を明かすような真似をした事は一応大雑把ではあったものの正直に答えた事、勝手にギーシュの決闘を受けた一件は勝利した事で無しになった。
そこから、恐らく使い魔ばかりに注目が集まっているのを不快に思ったのだろうとラティアスは考えた。
「そうですね……私は元の姿の時は技を繰り出す事が出来ますけど、この人間状態ではご主人様をお守りする事は出来ません。」
「つまり身を守る為の武器か何かが欲しいって事ね。ブルドンネ街に行けば何かあるかもしれないけど……」
「じゃあ、そこに行く事で決まりですね。私後片付け手伝ってきます。」
言うとラティアスは踵を返してその場を後にする。
その様子を見ていたルイズは、つい誰にも聞かれないようなほど小さい声で独り言を口にしてしまう。
「私だって頼られてばかりじゃないようにしなきゃいけないのに……」
「『我らの竜』が仕事を終えたぞ!」
厨房に入って来たラティアスをそう呼んで歓迎するのは、厨房で働く40過ぎのコック長マルトーであった。
彼もシエスタと同じく平民で、仲間のコックと共に忙しい学院の厨房をきりもりしている。
そして魔法学院に勤めていながら魔法を毛嫌いするという人物でもあった。
そんな彼は、ラティアスがギーシュに勝利したと聞くと、まるで彼女を王族の人間の様に扱いだした。
ラティアスは時間的な制約があるとはいえ、給仕として働き出した事も含め、そういった特別扱いはなるべく控えて欲しいとお願いした。
ところがそんな彼女の姿勢をマルトーは『人格者は無闇に自分の功績を誇ったりはしないものだ』などと言い出して彼女を益々気に入りだした。
時々親愛の証等と称して肩や頭を触ったりするが、今ではその度にシエスタから「駄目ですよ、マルトーさん!」と突っ込まれるのが常になっている。
その雰囲気がラティアスには非常に温かい物に感じられてしかたなかった。
元の世界にいた時はそうもいかなかったからだ。
主人であるルイズと共に過ごす時間もまた価値ある物ではあるが。
椅子に腰掛けながらそうぼんやりと思っていると、シエスタが声をかけてきた。
「ラティアス、今日は私お暇を貰えたの。良かったら一緒に街までどうかなあって。」
「あっ……ごめんね、シエスタ。今日ご主人様と一緒に街に出る事になったの。お誘いはとっても嬉しかったんだけど……本当にごめんなさい。今度はご主人様に言って必ず何とかしてもらうから。」
そう答えるとシエスタの顔に明るさが戻る。
「分かったわ。ミス・ヴァリエールの命じゃ仕方ないよね。行ってきてもいいよ。」
「有り難う。」
そう返事をして、ラティアスは目の前に並べられた賄いにぱくつき始める。
その様子を見ていたマルトーが満足そうに言った。
「おお?いい喰いっぷりだねえ。余程腹減ってたのか?」
「はい。貴族の方があちこちから呼ぶものですから……」
「そうかぁ。いいよ、どんどん喰ってきな!一生懸命働いたらそれだけ腹が減るもんだ。
……それに比べて貴族の連中はなんだい!杖をちょいちょいっと動かして魔法を使っただけ仕事がどうのなんてぬかしてやがる連中がいる。
俺、いや俺達にとっちゃあんなもん仕事じゃねえよ。汗水垂らして働く事こそ『仕事』って名前を冠するべきだ。
それも知らないような奴は飯を喰う権利なんかありゃしねえ。『我等の竜』よ。お前さんもそう思うだろ?」
マルトーの熱弁にラティアスは答えられなかった。
突然話を振られたので、大きな芋の塊を喉に詰まらせてしまったからだ。
そんなこんなで楽しい時間は過ぎていく。
しかし直ぐにルイズと共に街へ向けて出立する時間となった。
「それでは皆さんお疲れ様です。夕方になったら戻って来ますので。」
そう言って戸口から出て行こうとするラティアス。
そんな彼女をマルトーが引き止める。
「あー、ちょっと待ってくれねえか。『我等の竜』よ。」
「何でしょうか?」
呼び止められたのでラティアスは首だけを半回転させる。
見るとマルトーは何かが入った薄手の袋を持ってにこにこしていた。
「いつもご苦労さん。これっぽっちしかねえし、まだ早いとは思うけど初任給だ。大事に使ってくれよ。」
「いいんですか?学院長もある程度出しはすると言ってましたけど?」
「いいって事よ。あれはあれ、これはこれさ。さ、早く行きな。ご主人様が待ってるんだろ?」
「はい!!」
喜び勇んでラティアスは厨房を後にする。
そんな後姿をマルトー達は微笑ましげに見つめるのであった。
所変わってここはルイズの部屋の前。
そこにはキュルケの姿があった。
早く目が覚めたものの、今日はこれと言ってする事も無かったので、ネタはともかくルイズを弄ってやろうかとでも考えていたのだ。
勿論、あの使い魔がいたらとっととそこを後にするつもりではいたが。
正直、ギーシュとの決闘が終わった後に自分に勝負を挑まれていたら勝算は無かったとも言える。
軍人としての教育も十分に受け、仮想の敵として風竜や飛行可能な火竜とも戦闘を行った事がある。
しかしあんな小さく高速で動き回るものを想定していた訳ではない。
またワルキューレを粉々にした、水、或いは風のラインかトライアングルクラスメイジでも簡単に出す事の出来ない威力の魔法が当たれば、洒落にはならない事になるのが目に見えている。
彼女自身も魔法の威力には自信を持っていたが、当たらなければお話にもならない。
仇敵の使い魔とはいえ少しくらいは懐柔くらい出来ないかしら?
そう思いながら『アンロック』の呪文を唱えて扉を開けると……中には誰もいなかった。
簡素な作りの部屋にぼそぼそと文句を言いつつ窓から外を見ると……
お目当ての者達が寮から一望出来るアウストリ広場にいた。
だが状況からしてゆっくり出来なさそうである。
ルイズがラティアスの背に跨り、ラティアスがその場からふわっと浮いたからだ。
間違いなく何処かに向けて飛び立つ姿勢だ。
そして案の定、ラティアスは放たれた矢の如き勢いで遥か彼方へと飛び去って行ってしまった。
半ば呆然としていた彼女は窓から入る一陣の風によって一気に現実へと引き戻される。
こうしちゃいられないとばかりにキュルケは部屋を元通りにしてから鍵をかけなおし、階段を昇っていった。
青い髪と青い瞳を持つルイズより小柄な少女。名はタバサ。
今彼女は部屋の中で読書に興じている。
邪魔が入らない限り殆ど寝食も忘れて、趣味である読書に集中できるこの虚無の曜日は彼女にとって最高の一日だ。
内容が難解な本が5、6冊あったとしても調子が良ければ難なく読み切る事が出来る。
だがそんな良い調子は一気に崩れた。
ドアを激しくノックする誰かが現れたからである。
対して彼女は自分の背丈よりも大きい杖を手に取り、風魔法の一種『サイレント』で音を遮断する。
それを確認した彼女は満足そうに膝元にある本に目を落とす。
だがそれを知らない闖入者はドアを開け、タバサの両肩を引っ掴み猛烈な勢いで口パクをしだす。
その闖入者はキュルケ。
これが彼女以外の人間なら『ウィンド・ブレイク』の一発でもやってとっとと部屋から追い出しているところだ。
が、彼女だけは一種の例外。
仕方なく『サイレント』を解除すると滝の水の様に言葉が迸る。
「タバサ!今から出かけるわよ!直ぐ支度して頂戴!」
「虚無の曜日」
「ええ、虚無の曜日がどれほどあなたにとって大切な物か私よく分かってるわ。けど今はそんな事言ってられないのよ!ルイズとラテ……あの使い魔が出かけたのよ!方向から恐らく城下街の方向だとは思うけど、何をしにいくのか物凄く気になるのよ!分かった?」
その質問にタバサはゆっくり首を振る。
質問の主意が分からないのと、何故自分にその話を持ってきたかが分からないのだ。
キュルケはやれやれとばかりに頭を抱える。
それからタバサの手元から本をぱっと取って同じ調子で捲し立てた。
「あなたの使い魔じゃないと追いつかないのよ!お願い!」
その泣きつきとも言える声にタバサは頷く。
「ありがとう!追いかけてくれるのね!」
タバサは相も変わらぬ無表情でその言葉を聞くと、窓へ寄り、そこを開けて鋭い音の口笛を鳴らす。
それから窓枠へよじ登り、いきなり外へと身を躍らせる。
半瞬遅れてキュルケがそれに続いた。
その二人をタバサの使い魔である風竜の幼生が難なく受け止める。
最近二人でいる時は、ドアの外に近い階段を使うよりもこちらの手法を多用している。
5階にあるタバサの部屋から飛び降りるという事も大分慣れてきた。
風竜はその両翼で風をしっかりと掴んでぐんぐんと上昇していき、あっという間に高度は二〇〇メイル程に達した。
「いつ見てもあなたのシルフィードは惚れ惚れするわよね~。」
キュルケが背鰭の一つを掴みながら感嘆の声をあげる。
シルフィードとは風の妖精の名であり、二人の乗っている風竜の名前でもある。
シルフィードは主に進行方向を尋ねる様に首を向けた。
「あっちの方向。赤と白の色をした竜。食べちゃダメ。」
と、その途端シルフィードは翼をいつもより大きく何回もはためかせ、猛スピードで街の方向に向かいだした。
鼻息まで荒くいつも飛ぶ時とは明らかに気合の入り方が違う。
急加速のせいでキュルケが危うく空中にダイブしかけるほどだった。
一方タバサは吹き付ける風を微風の様にしか感じていないらしく、黙々と本を読み続けている。
彼女だけは知っていた。
街へ向かったルイズとその使い魔を追ってくれと言っただけで、何故にシルフィードがこうもむきになるのかを……
ブルドンネ街はトリスタニアの城下にあり、幅5メイルにも達する大通りを有する町である。
その入り口とも言える場所にルイズと人間形態のラティアスがいた。
「あんた、やっぱり凄いわ。あんな速さが出せるなんて……」
ラティアスは嬉しそうに微笑む。
馬で三時間かかる道程を、たったの10分で飛びきったのだから感心するなと言う方が無理だ。
桃色がかったブロンドの髪がオールバックのストレートになり、飛んでいる間中ずっと姿勢を低くしていなければならなかった事を差し引いてもである。
ルイズは乗馬が得意であった為に、馬に乗っても腰を痛めるという事は無かったが、馬に乗るより正直こちらの方が速い。
横をふと見ると、ラティアスが活気溢れる大通りに見入っていた。
年の事を考えれば相当物珍しく映るのだろうか。
ルイズはそんなラティアスの手を引き、通りの中にずんずん入っていく。
「いい?ここからは私に話しかけないこと。周りをあまり珍しそうにきょろきょろ見ないこと。」
「えー?じゃあ何で私連れて来られたんですか?送り迎えの為だけだなんて答えは止して下さいよ。」
「あのねえ、武器を買うっていうのにその使う本人が来なくてどうするのよ。色々試してしっくり来る物を選ばなきゃお金の無駄でしょ?」
折角来たのに何だこの扱いは、と文句を言うラティアスを余所にルイズは涼しい顔をしている。
やがて二人の姿は人混みの中へと消えていった。
#navi(ゼロの夢幻竜)
#navi(ゼロの夢幻竜)
広場の一騒動の後、ラティアスはゆっくり休む事が出来たか?
答えは否である。
学院長オールド・オスマンから、目を覚まし次第出来るだけ速やかに学院長室へ来る様に言われたからである。
日が暮れ、夜の帳が下りた頃にラティアスはルイズと共に、人間形態で学院長室を訪れた。
「二人ともよく来た。ま、そこに腰掛けとくれ。」
オスマンはセコイアで作られた重厚な机の前に置いてある、二つの椅子に向かって手を向ける。
ルイズが恭しく礼をしながら「失礼します」と言ってそこに掛けたのを見てラティアスもそれに倣う。
それをずっと見ていたオスマンは、先ずラティアスの方に向かって質問をする。
「いきなり呼び出したりしてすまんかったのう。じゃが、君達には色々訊いておかなければならない事があってな。先ず、メイド服を来たそこの君じゃが、本当にミス・ヴァリエールの使い魔なのかね?」
「はい。私はミス・ヴァリエールの使い魔です。名前をラティアスと言います。」
ルイズとオスマンの心の中にラティアスの声が響く。
しかしオスマンは流石にそれでは動じる事は無く、実に余裕のある態度でそれを受け入れる。
「ふむ、確かに人語を解し、直接心に精神感応術を使って訴えかけてくるのは驚きに値する。現存する並みの竜や、使い魔として契約した生き物でも易々とは出来ん芸当じゃ。
今の姿も人の目を欺く為のものなのじゃろう?なあに、わしはありのままを見せる事が好きな主義での、今の姿をずっと続けていなさいとは言わん。元の姿に戻りなさい。」
そう言われてラティアスは席を立って変身を解除する。
これにはオスマンも「ほう……」と一頻り感心する。
しかし、ここに呼び出した本題を忘れるほどではなかった。
「宜しい。では先ず訊きたいのじゃが君は何処から来たのだね?」
「ここではない地球という所から来ました。」
「チキュウ……うーむ、その場所は流石に初耳じゃ。では……」
「学院長先生!あのう……そういった質問について、昨夜ラティアスから色々と訊いた事を記した物があるんです。持って来ても宜しいでしょうか?」
ここで一からラティアスの素性を訊く様な事をしてしまえば昨夜の二の舞になる。
それを危惧したルイズは例の口述筆記集を思い出したのと合わせて、それをオスマンに見て貰う事を提案する。
「おお、もう調べてあるのかね?」
「はい。簡易的な纏めとも言えるものですが。」
「良いじゃろう。ここへ持ってきてくれるかの。」
「分かりました。」
ルイズがそう言うと、ラティアスは即座に浮かんでいる位置を少し下げる。
「ご主人様。寮塔までは私がお運びします。さ、どうぞ背中に。」
言われてルイズはラティアスの背に跨る。
学院長は窓から飛び立つ事を見越して、背後にあった窓を開けた。
そしてラティアスは弾かれる様に飛び立つ。
ものの一分もしない内にルイズは重そうな羊皮紙の束を携えて戻ってきた。
「これがその質問集です。」
「これはまた凄い物じゃのう。使い魔召喚の儀は昨日の事じゃったがようやった。では拝見させてもらうぞい。」
それからオスマンは羊皮紙の束を拡げそれらにじっくりと目を通していく。
時々、「ほう……」とか「うーむ……」とか言ったりする以外は異常なまでに静かだ。
それからとっくり一時間は経った頃、オスマンは全ての羊皮紙に目をやり終えた。
ふう、と一息吐いた後で彼は真剣な顔つきで言う。
「成程。ミス・ヴァリエール。君の使い魔がこの世界ではない、どこか別の異世界から召喚された事はよう分かった。しかしその事も含めてここに書いてある事の9割以上は他人に話してはいかんぞ。
今日の昼の騒動で学院中には知れたであろうが……」
「つまり、この質問集は極秘扱いという事になるんですか?」
「左様じゃ。風竜を凌ぐ飛行速度、精神感応術、人語の理解、人間の姿への変身、そして先住魔法ともとられかねない杖も詠唱も必要としない強力な術。たった一日でこれだけの事が明らかになったのじゃ。
まだ使い魔自身が気づいていない力があるとも言えるが、これが王宮やアカデミーに知れ渡ったら連中は君らを引き離すじゃろう。最悪使い魔は暇を持て余した王侯貴族共の戦争用兵器か、人の心も持たん研究員連中の実験材料にされかねん。
それで良い訳が無いじゃろ?」
「勿論です!この使い魔は……ラティアスは私のものです。そんな目に会わせる訳にはいきません!」
「わしもそれは同じじゃ。そこで……彼女には極力使い魔の姿、つまり今の姿でいて欲しいのじゃが、よいかな?」
その問いかけにラティアスは少し躊躇する。
「ラティアス、返事しなさいよ。」
だんまりの時間が長い事を不審に思ったルイズが、ラティアスに返事をするように促す。
ラティアスは学院長に質問するかのように訥々と語る。
「私が人間の姿をして心で話すことが出来るというのはこの学院の中だけの話に止まっているんですね?」
「今のところは……じゃが。それがどうかしたのかね?」
「もし差し支えなければ朝と宵だけで良いので、メイドさんのお仕事をお手伝いさせてもらえませんでしょうか?」
それは意外な質問だった。
まさかそんな質問が飛んでくるとは思っていなかったオスマンは言葉を濁す。
「給仕の仕事をか……確かに君の能力を考えればその仕事をするのに差し支えは無いと考えられる。じゃが何故そんな事を?」
「そうよ。そんな事はメイドにやらせておけば良いじゃない。今朝は特別だったとして、あなたがそんな事をし続ける理由なんか無いわ。」
その言葉に対してラティアスはふるふると首を振る。
「私は誰かのお役に立ちたいんです。勿論、ご主人様の元でお仕えしていなければならないとは思っていますが、もっと多くの人に認めてもらいたいんです。」
オスマンはラティアスの目をじっと見つめる。
彼女の目に何か感じる所でもあったのだろうか一息吐いてから言葉を選ぶ。
「先程わしが言った言葉に反する事となるが、朝夕の限られた時間の事じゃ。生徒達にも一種の緘口令を敷けばおいそれと外にばれる事も無いとわしは思いたいが……」
「お願いします。この通りです。」
そう言ってラティアスは頭を下げる。
「分かった。特別に認めよう。但しそれ以外の時間は、あくまでもミス・ヴァリエールの使い魔に徹するのじゃぞ。良いかな?」
「分かりました。」
ラティアスはルイズの見よう見まねで恭しくお辞儀をする。
明日が楽しみであるという感情を胸に押し込めながら。
一方、オスマンはラティアスの左手、『ガンダールヴ』の事について考えていた。
今、この場で詳しく説明するべきだろうか。
しかし彼は心の中でそれをしまい込む。
この場で伝説でしか語られていないことの話をしたとて当事者達を一方的な混乱に追いやるだけだ。
焦らずともいつかルーンの補助を受けた自身の力に気づき、自分に対して質問をぶつけてくる時が来るだろう。
その時こそが『ガンダールヴ』の力について語る時であると。
「ふむふむ……これは100年近くも前の物なのか。」
学院長室でオスマン、ルイズ、ラティアスが話し合っていた頃、コルベールはある書類とにらめっこをしていた。
『宝物庫目録』という物である。
学院には宝物庫という一画が存在する。
魔法学院成立以来の秘宝が納められているとの事で知られていたが、実像はあまりよく知られていないのが現状である。
知っていると言う者がいても、中に入っているのは換金出来ない程素晴らしい代物と確実にがらくたと言っていい代物が6:4の割合である位だと言うだろう。
今彼が目録とつきあっている理由は、そのがらくたと言われている物の中で学院長の使用許可が下りる物は無いかと探しているからであった。
と言うのも彼、コルベールが教鞭を振るいながらも熱中している事は発明であった。
魔法を使えば難無く出来る事を……と生徒達から言われても、20年来やっている事がそれである。
彼は直ぐにでも、自身の努力が報われる日が来るのではないかとは正直あまり思っていない。
正しい評価という物はいつも時間がかかる物である。
だからじっくりと待つ事が大事だといつも言い聞かせていた
さて、そんな彼にしてもこの量はないと思ったものだ。
目録はページにして数十ページに及ぶ物だからだ。
更に細々とした字や、複雑な図が大量に載っているために目的の物を見つけるにしてもそれなりの時間を要するものであった。
と、その時コルベールはある物に目を奪われる。
それは別に目的の物ではなかったが、膨大な説明が数ページに渡って延々と書き込まれていた故に注目せざるを得なかったのだ。
「えーと、『深海の宝珠』?」
名前のニュアンスからして何かのマジックアイテムだろうか?
コルベールは更に読み進める。
曰く、今は何重にもロックされた箱の中に入っているとの事。
曰く、魔法を用いて作られてはおらず、非常に鮮やかな宝珠ではあるものの、観賞用以外に用途が全くの不明との事。
曰く、単純な作りの様に見えて、魔法で調べてみれば実は複雑極まりない物との事。
曰く、王室より派遣された8人ものスクウェアクラスメイジが、過去何回も複製に挑戦したものの悉く失敗との事。
曰く、王室の宝物庫に置いていては常に賊の標的となりかねないために、この学院の宝物庫に置いているとの事。
そして驚異深い記述の最後は、こう締めくくられていた。
―この物体は王室からの密命により解体出来ない為、物理的な調査はこれ以上行えない。このハルケギニアの地で作られた物は、概して魔法の力を利用し複製が可能である。
それが不可能であるという事は、この品は我々の持つ技術体系とは全く違う物で作られたという事である。東方の地より持ち込まれた物でエルフの技術で作られた物と仮定しても、それで完全に説明がつく訳ではない。
事実その技術では無い事が、隣国アルビオンにて捕らえられたエルフの一人が齎した証言によって一応証明されている。
この方面に関しては更なる調査が待たれるが、我々の世界にいる如何なる知的生命の創造物で無い物と仮定すると、これは完全に正当な研究の道から外れる事となる。―
時の王政府がお手上げと判断した代物。
コルベールの興味は更にそそられた。
目録が記された年月日を見てみると相当なものである。
そろそろ更新の時期ではなかろうか。
もしそうなら是非自分の目でこの代物を見てみたいものだ。
そう思いつつ彼は目録のページを捲っていった。
が、彼は知らない。
後にこの『深海の宝珠』が意外な形で彼の前に正体を明かす事など。
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