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「とある使い魔の一方通行-02」(2009/10/11 (日) 14:34:47) の最新版変更点
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「ンあ・・・」
一方通行が目を覚ますと、目の前にピンクがいた。
何かしゃべっているようなので、音の反射を解除する。
「た・・・あんた、丸一日寝てたのよ」
疲れたようにピンクがつぶやく。
「もう、あんた一体なんなのよ・・・いきなり気絶するし、どんなに持ち上げても動かないし・・・結局、先生に頼んでフライで運んで貰ったんだから」
そういえば軽い頭痛がする・・・あのまま熟睡してしまったのだろう。
眠っているときも自動的に反射は作用するのだから、どんな人間がどんなに力をこめて持ち上げようとしても持ち上がらないのは当たり前だ。
………と、自分の寝ている場所とピンクの発言の両方がおかしいところに気づく。
「あァ?今なんつッた?」
「だから、あんたは一体なんなんだっていったよ!」
「「フライ」つッたな?それで俺をここまで移動させたのか?」
「え、えぇ、そうよ。あのまま放置しなかったんだから感謝しなさいよね!」
オイ・・・何なンだよそいつは!
彼は、常に必要なもの以外はすべて反射している。
衝撃や熱などは勿論、光・紫外線などだ。
例えば風を操って持ち上げようとしても、風を反射してしまって持ち上げることはできない。
サイコキネシスでも、彼の力はそれすら反射する。
まともに彼を移動させようとしたら、「あの少年」の「右手」でもなければ無理だ。
なのに、その「先生」とやらは彼を移動させたのだという。
「その「フライ」ッてのは何なンだ?」
「フライはフライよ。あんた、フライも知らないの?」
「知らねェから聞いてンだよ」
「しなねぇからって・・・貴族に向かってそんな言葉使って・・・」
ピンクが細かく震えている。
「ま、まぁいいわ・・・後でしっかり教えてあげるから・・・フライってのはね、簡単にいえば空を飛ぶ魔法よ。ほかのものを飛ばすこともできるの」
「魔・・・法・・・?」
やっぱり頭いかれてンのか?
しかし、魔法なんてものでもなければ彼を動かせないのかもしれない。
現に、彼が出会った「ある少年」以外のすべての人間は、彼にまともに触れることすらできないのだから。
だが、魔法を使う人間が貴族をやっている国など聞いたことがない。
というかそんなものがあるのなら知らないわけがない。
だが、確かに魔法は存在するらしい。
ならば考えられるのは・・・
並行世界(パラレルワールド)か?
確か、並行世界を専門に扱っている研究所もあったはず。存在はしても、決してそこへ行くことができない世界といわれていた気がするが。
魔法なのだし、そんなこともできるのかもしれない。
「何、魔法も知らないの?本当にどこの田舎もんよ・・・」
ピンクが頭を抱えている。
「まぁ、いいわ・・・よくないけど・・・召喚しちゃったものはしょうがないんだから、前向きに考えなくちゃ・・・」
やはり、魔法によって自分は召喚されたらしい。
そう一方通行は理解した。
ならば・・・だ。
こいつに送り返してもらえば良いのだろう。
「オイ、俺を元の世界へ戻せ」
「・・・無理よ」
さっきの話から、使い魔とやらを召喚しなければ留年してしまうのだろう。
だが
「ふざけンな。俺にはオマエの都合なんざ関係ねェ。戻せ」
当然の台詞だ。
しかし、自分でもわかるくらい、中身がない台詞だった。
それも、当然だ。
自分がレベル6になる為に、1万人の人間を殺したのだ。
たとえ化け物といわれていても、彼もまた人間なのだ。
罪悪感はある。むしろ、日を追えば追うほど増えている。
自分の罪の借金が、どんどん増えていく・・・
利子に利子が重なる。
一人や二人の命を救った程度じゃ、到底償えない程に・・・
「だから無理だって言っていでしょう!呼び出す呪文はあっても戻す呪文なんてないのよ!」
そう言われたとき、本当は、心の底で、どう思ったのだろうか。
自分でもわからない。
ただ、利子だけが増えていく感覚は残る。
「・・・本当に、無理なのよ。サモン・サーヴァントは、世界のどこかにいる生き物を、使い魔として呼び出す魔法。呼びだした使い魔が死ぬまで、決して使えないの・・・」
どうやら、ウソでは無いようだ。
本当に、彼女は元の世界に戻す方法を知らないらしい。
「・・・って元の世界?あんた今、元の世界って言った?」
「あァ。俺のいた世界とここは別の世界だ」
「・・・頭痛くなってきた」
ピンクはそういうと、頭を抱えた。
何か証明できるものはあるかと聞かれたから、持っていた携帯電話を渡した。
通話などは当然できないが、あらかじめインプットされていたゲームを見せたら、しぶしぶながらそれがこの世界のものでは無いのだと納得したらしい。
「本当にどうしましょう・・・召喚したのがただの平民だと思ったら今度は異世界人なんて・・・本当にふざけてるわ・・・おぉ、始祖ブリミルよ!なぜこんな試練を私にお与えになったのでしょうか・・・」
むしろ聞きたいのは俺の方だと心の中で思う一方通行。
だが、ただ嘆いているだけでは何も変わらない。
230万人の頂点に立つ頭脳で、彼は冷静に、現実何ができるか、何をすべきかを考える。
とりあえずこのピンクは放っておいて、自分に「フライ」をかけたという教師にでもあった方がいいだろう。
その力を見ておきたいとおも思うし、何より教師なら生徒よりは多くの事を知っているはず。
もし、万が一戻れないのであれば、魔法がどんなものなんかは理解しておかなければならない。
「と、とにかく、貴方は私の使い魔になったのよ。使い魔が何をすればいいのかわかる?」
「知らねェ」
「使い魔っていうのはね・・・簡単にいえば主人の目となり耳となり、必要なものを探し、主人を守るものよ」
そうかよ、と適当に相槌を返し、体の調子を確かめてからベッドから立ち上がろうとする。
「目と耳は・・・駄目ね。聞こえないわ・・・必要なものを探すのも・・・魔法すら知らないんなら無理だし・・・守るっていっても、私より華奢なんじゃ・・・ってちょっと!」
言っている間にベッドから立ち上がった。
「待ちなさい!どこ行くのよ!」
ピンクの言葉を無視し、その先生とやらの場所へ向かおうとする。
ドアへ手をかけ、開いたところで
「づあ゙っ」
瞬間、足に激痛が走った。
一体、何が・・・!
目がくらむような痛みを覚えながら
―――まさか、あのピンクが何かしたのだろうか。
そう思って、後ろを振り向くと
椅子に小指をぶつけたのだろう。
ピンクは足を抱えて目にいっぱい涙を浮かべて、足を押えていた。
「つまり・・・」
「私がダメージを受けると、貴方もその痛みを感じるみたいね。その逆はないみたいだけど」
ふざけンな!
そう叫んで、ピンクを殴りたくなる衝動を抑える。
「全く・・・痛覚だけ感覚を共有する使い魔なんて聞いたことないわ」
痛みを共有するということは、自分はピンクに対し武力を用いることができず、ピンクを守らなければならないということだ。
一方通行は、痛みに対して全くと言っていいほど耐性が無い。
どんなお坊ちゃまでも、些細なことで痛みは感じる。
長い年月、それを重ねていくことで、ある程度は痛みに対する耐性はできる。
しかし、彼にはそれが無い。
どんな小さなダメージさえ、彼は反射してきたからだ。
つまり、彼はピンクよりも痛みに耐性がないということだ。
確かに痛いといっても、ピンクにとっては足の小指をぶつけたダメージは大したものでは無い。
しかし、一方通行はそれで息を切らすほどのダメージを受けたのだ。
ピンクに逆らって、自傷行為をされたら・・・
ピンクが死ねば、自分も死ぬかもしれない。
それは、一方通行がピンクに安易に逆らうことができないことを意味していた。
痛覚だけだといっても、自分も使い魔と感覚の共有を行うことができると知った彼女は、少しだけ気を持ち直した。
「貴方、名前は?」
「・・・一方通行」
「アクセラレータ?変な名前。アクセラレータ・・・アクセラレータ・・・うん。覚えたわ。それでアクセラレータ。よく聞きなさい!あなたのご主人様の名前を!」
「私の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。呼ぶときはルイズ様でいいわ」
「ンでルイズ。具体的に俺は何をさせられるンだ?」
「だからルイズ様って・・・まぁいいわ。貴方にできる事をやらせてあげる。掃除!洗濯!その他雑用!」
「ふざけンな。誰がンなことやるか。自分でやれ」
そういうと、若干得意そうに
「あら、誰があなたの衣食住の世話をすると思ってるの?この世界のおかね、持ってる?」
「持ってるわけねェだろ」
「あ、そ。じゃ、私がいなくちゃこの世界では生きていけないわよ。ここを出ても、すぐに野たれ死ぬわ」
実際、一方通行の場合、適当な民家に押し入って略奪を繰り返せば少なくとも野たれ死ぬことはない。
だが、「フライ」のように正体不明の魔法がある以上、うかつに行動することもできない。
それに、もし脱走した後で自殺でもされようものなら、本当に命が危ない。
ルイズから離れることは、二重の意味で危険なのだ。
「・・・わかったよ」
フッ
勝ち誇ったように笑ってから、「それじゃ、朝ごはんを食べに行くわよ」と言ってドアを出た。
「おはようルイズ」
廊下を歩いていると、後ろから燃えるような色の髪と褐色の肌、そして突き出たバストが艶めかしい女性だ。
それに対し、露骨に嫌そうな表情をしたルイズが
「おはようキュルケ」
と答える。
どうやら、あれはキュルケというらしい。
「あなたの使い魔って、それ?」
一方通行を指さして、馬鹿にした口調で言った。
「そうよ」
「あっはっは!本当に人間なのね!すごいじゃない!サモン・サーヴァントで人間読んじゃうなんてすごいじゃない。さすがはゼロのルイズ!」
ゼロ?そういえば、呼び出された時もゼロと呼ばれていた。
何かのあだ名なのだろうか。
「どうせ使い魔にするなら、こういうのじゃなくちゃ。ねぇ、フレイム~」
キュルケが勝ち誇った顔で使い魔を呼ぶ。
のっそりと、巨大なトカゲが現れた。
ちなみに、温度は彼にとっての適温になるように調整されているので、熱気等は一切感じない。
「これって、サラマンダー?」
ルイズが悔しそうに尋ねた。
「そうよ、見て?この尻尾。きっと火竜山脈のサラマンダーよ!」
さんざんルイズに向かって自慢をしていたが、それが終わるとさっさと食堂へ向かってしまった。
食堂についたルイズが、一方通行に床に置いたささやかな糧を与えた。
「オイ、お前、これ、何だ?」
「ご飯よ。本当は使い魔は外。あんたは特別な計らいで、床」
そういうと、祈りを捧げ、豪華な食事を美味しそうに頬張った。
一方通行は、あまり飯にこだわる人間では無い。
どちらかというと小食でもある。
しかし、これはどうだろう。
「どうしたの?食べないの?」
「あァ。食欲なくなっちまったわ」
そういうと、彼は食堂を出て行った。
しかし、行くあてもなくブラブラしていると・・・
「あ、あの・・・」
「あァ?」
「いえ・・・あの、ミス・ヴァリエールに召喚されたっていう・・・使い魔さんですか?」
「あ~・・・まァ、一応そういうことらしいな」
「そうですか・・・えと、こんな時間にどうかされたのですか?今は朝ご飯の時間のはずですが」
簡単にさっきの事を話すと、メイドの少女は同情した様子で、
「それは・・・災難でしたね・・・そうだ!もしよければ、賄いでもどうでしょうか?」
そう、100%善意です。というように言ってきた。
しかし、それが居心地悪かった。
自分でもなぜだかわからない。
もしかしたら、10数年ぶりに浴びた、まともな善意だったからかもしれない。
ただ、そのまま賄いを貰う気にはなれないことは確かだった。
「いや、俺ァ腹も大して減ってないンで」
「そうですか・・・でも、お腹がすいたら言ってくださいね!食堂に来てくだされば、いつでも御馳走できると思います」
「あァ、好意だけ受け取っておくよ」
そういうと、その場を離れるように逃げた。
そうこうするうちに、食事を終えたルイズと遭遇した。
「勝手にどっか行って・・・全く・・・」
それから教室に入るまで、ずっとブツブツ言っていた。
「しかし・・・まァ」
一方通行が変わりを見回すと、ありえないような光景が広がっている。
巨大な蛇。さっきのトカゲ。ぷくぷく浮かんでいる巨大な目玉。蛸人魚他。
学園都市の遺伝子組換え生物の研究所に行ったって見れないようなものが、さも当然のように大量に存在している。
こらァ、マジで異世界だなァ。
そんな事を考えていると、教師が入ってきた。
軽く挨拶をした後
「おやおや、変わった使い魔を召喚したようですね。ミス・ヴァリエール」
シュヴルーズというらしい教師が、一方通行を見てそういうと、口々に周りから囃し立てられた。
シュヴルーズは厳しい顔でそれらを見ると、杖を古い、囃し立てていた生徒の口を粘土でふさいだ。
「お友達をゼロだのなんだの言ってはいけません。罰としてその格好で授業を受けなさい」
教室の笑い声が収まった。
一方通行は、それらを冷めた目で見ていた。
………良く言うぜ全く。自分から種蒔いておいて。
にしても、あの粘土は何なのだろう。
あれが学園都市での光景ならば、空間移動か。
しかし、あれも魔法らしい。
レベル4クラスの超能力を、いともたやすく操る魔法。
やはり、魔法についてよく知らないうちに行動するのは危ないだろう。
教師が授業を開始した。
いくつかわからない単語があったが、それは隣のルイズに聞くことで大体理解できた。
曰く、「火」「風」「土」「水」の4系統がある。
現在は存在しないが、「虚無」の魔法がある。
重量な金属や大きな建造物等は、「土」の魔法によってできている。
それぞれクラスがあり、「ドット」「ライン」「トライアングル」「スクウェア」の4段階に分かれている。
固定化という魔法があり、この建物にも「スクウェア」クラスのそれが適用されている。
4大系統のほかに、最も優しい「コモン・マジック」がある。「フライ」もこれに相当するらしい。
金を作るには、「スクウェア」の実力が必要らしい。
そこまで理解したところで
「そうですねぇ。ここにある石ころを誰かに錬金してもらいましょうか。・・・ミス・ヴァリエール!」
「は、はい」
「先ほどからコソコソと使い魔とおしゃべりしていましたね。そんな余裕があるのですから、貴方にやってもらいましょう。」
どうやら、ルイズが錬金をするようだ。
「先生」
「なんですか?」
「やめておいた方がいいと思います・・・危険です。」
その言葉に、誰もがうなずいた。
どういうことだろう、と彼が考えていると。
「やります」
その言葉に、一方通行とシュヴルーズ以外の全員の顔が青くなった。
一体どういうことなのだろうか。
先ほどの様子を見る限り、錬金というのは原子配列を組み替えているわけではなさそうだ。
いや、実際のところどうかはわからないのだが、少なくとも大量のエネルギーが発生し、あたり一面が焦土とかしたり、多量の放射能が放出されたりするわけでもない。
考えている間にすでにルイズは呪文を唱え始めた。
同時にすべての生徒が机の下に顔を入れる。
「あァ?何やってンだァ?」
―――瞬間
机ごと、石ころが爆発した。
シュヴルーズは黒板にたたきつけられ、爆風と熱が一方通行まで襲いかかる。
そして、一方通行爆風に巻き込まれた。
「なっ・・・!」
反射が作用していない。
いや、風は受けていない。
しかし、熱が襲いかかる。
明らかにおかしい。
風とすすは反射できている。
しかし、熱のようなものだけが反射されない。
と、すべてが収まった。
煙が晴れ、前を見るとハンカチで顔の汚れを拭いたルイズが
「ちょっと失敗したみたいね」
まるで、料理で塩と砂糖を間違えたくらいの感覚で、事もなさげに言った。
ルイズは、部屋をめちゃくちゃにした罰として、魔法の使用を禁じられ部屋の掃除をやらされた。
「あんたも掃除手伝いなさいよ」
「オイ、何言ってンだよ。オマエの罰だろ」
「主人の不始末は使い魔の不始末、使い魔の不始末は主人の不始末よ。手伝いなさい。これ、命令」
チッ、舌うちして適当に箒に手を伸ばす。
「早くしなさいよ。お昼までに終わらせなくちゃ、ご飯たべれなくなっちゃうんだから」
「アーアーそーですか」
もう!というと、それっきり喋らなくなった。
掃除がもう終わるというころ。
「・・・あんたも私の事、ゼロって馬鹿にしてるんでしょ」
「あァ?」
「とぼけないでよ!ご主人様だ貴族だ言っておきながら、錬金の魔法すら使えないゼロだって!さっきからそんな顔してるくせに!」
「これは元からだバカ。それにあの爆発だってそこそこの物じゃねェのか?レベル3くらいはあンぞ」
「爆発って・・・ふざけないで!どうせ私は何をやっても爆発しかすることが脳のない落ちこぼれの魔法使いよ!」
「落ちこぼれって・・・ンじゃお前ェは、貴族のくせに魔法が使えない、落ちこぼれのゼロだって言ってほしいンか?」
マゾか?そう思うと
「そんなわけないじゃない!私はねぇ!これでもほかのみんなの何倍も努力して、勉強では学年で1番だって何回もとったわ!
なのに魔法だけはいつも失敗!どんなに!どんなに練習しても爆発!爆発!爆発!他の誰が失敗したって爆発なんて起きないのに、私だけは爆発しかおきない!」
「だから知らねェって・・・」
「・・・もういいわ。あんたご飯抜きね。ちゃんと掃除しておきなさいよ」
そういうと、箒を投げ捨てて出て行ってしまった。
何なンだ?いったい・・・
そう思うが、今何を言っても無駄だろう。
何も声をかけずに放っておいた。
どうせしばらく放っておいたら元の機嫌に戻るだろう。
「「落ちこぼれ」、か・・・」
ふと、口からそんな言葉が漏れていた。
「あの少年」も、レベル0の落ちこぼれだった。
そういえば、ほかの誰が失敗しても爆発なんて起きなといっていた。
もあしかしたら、あれもあの「右手」みたいな異端の能力者になるのだろうか。
「考えすぎか・・・魔法だしなァ」
そう考え、その場を後にした。
いくら一方通行でも、さすがに2食抜くのはつらい。
今後のことも考えると、何かしら食いつなぐ手段を考えないと本気で飢え死にしかねない。
「そういやァ・・・」
ふと、あのメイドの事が思い浮かんだ。
あまり世話にはなりたくなかったが、背に腹は変えられない。
ひとまず、足を食堂に向けた。
「あら、アクセラレータさん!どうしたんですか?・・・もしかして、またミス・ヴァリエールに・・・」
「あァ、まァな」
「あらあら、大変でしたね・・・どうぞ、私たちの賄いのシチューでよろしければ、是非食べて行ってください」
そう言って、メイドの少女は奥へはいって行く。
とりあえずついていくと、簡単なテーブルの上にシチューとパンが置いてあった。
「おう!おめえも大変だなぁ!大したもんはないが、食ってけ!」
おそらく料理長だろう・・・長いコック帽をかぶった大柄な男がそう言った。
「それにしても全く、貴族ってのは身勝手だなぁ。自分の不始末を人に押し付けて、おまけに飯を抜くなんて!」
簡単に説明すると、料理長の男(マルトーというらしい)が間髪入れずに口を開く。
ついで、メイドの少女(シエスタというらしい)も
「本当に・・・何も分からないうちにいきなり呼び出されて、使い魔にされてしまって・・・可哀そうです」
「俺ぁ仕事があるから、あまり構ってやれんが、何かあったらこのシエスタに言ってくれ!力になるぜ!」
ガッハッハと豪快に笑うと、奥へ引っ込んだ。
「さぁ、何も気にしないで食べてください!」
その言葉を受けて、一方通行はシチューへと手をつける
「・・・ンめェな」
はい!と嬉しそうに返事をするシエスタ。
学園都市にいたころも、食べているのはコンビニで買ったものやファミレス、実験室で出される簡単な食事だ。
よく考えると、こういう作った人と一緒に食べるご飯なんて、何年振りだろうか。
そう考えると、なぜだか余計にシチューがおいしく感じられる。
二言三言話しているうちに、彼はぺろりとシチューを平らげた。
「お粗末さまでした」
「ンまかったよ。助かった」
「いえいえ、困った時はお互いさまですから・・・いつでも来てくださいね!」
嬉しそうにいうシエスタ。
このままでは何か悪いと思ったのだろうか。
「何か手伝えることあるか?」
自分でも吃驚するようなことが、口から洩れていた。
少し目を瞬かせていたシエスタだが、にっこりと笑うと、
「それでは、デザートを運ぶのを手伝って頂いてもいいでしょうか?アクセラレータさん」
「あァ」
そのまま、シエスタと一緒にケーキが乗った台座を動かしながら食堂へとついた。
2人で別れて、順番にケーキを配っていく。
あらかた配り終えただろうか。
その時。
「アーッ!」
「ご、ごめんなさい!」
何者かの大きな悲鳴と、シエスタの謝る声が聞こえた。
その場へ行ってみる。
「な、な、な・・・なんてことをしてくれたんだ!」
「申し訳ありません、貴族様!」
「僕の・・・僕の香水を・・・!」
すると、周りで見ていた者達のうちの一人が、
「おい・・・あれ、モンモランシーの香水じゃないか?」
「本当だ・・・モンモランシーが自分の為だけに作る香水だな・・・」
「え・・・?いや、何を言ってるんだ!これは・・・」
「ギーシュ様!やっぱりモンモランシーと・・・」
「ケ、ケティ!これは違うんだ・・・」
ケティと呼ばれた少女が、目に涙をいっぱいに浮かべる。
そして、
「その香水が何よりの証拠です!さよならっ!」
バシン!
右の張り手ギーシュの頬にぶつかる。
そのままケティは去っていく。
と、入れ違いのように金髪の縦ロールの少女が現れた。
彼女は来るなり
「うそつき!」
と一言どなり、ギーシュに左の張り手をくらわせた。
「あ、あのレディたちは薔薇の存在の意味を理解していないようだ」
そういうと、ギロリ とシエスタをにらみ
「君が香水を壊したせいで、二人のレディの名誉に傷がついた!どうしてくれるんだね?」
その言葉に、周りの野次馬から苦笑が漏れたが、気にしない様子でシエスタを問い詰める。
シエスタはひたすら縮こまって、ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・と謝っている。
ギーシュは、今にもシエスタへ手を上げようとした。
「オイ、オマエ何やってンだ?」
一方通行が、ギーシュに向かって問うた。
「何だね?ああ、ルイズの召喚した平民か。みてわからないのかい?このおろかなふるまいをした平民に、礼を教えているのさ」
「礼だァ?ふざけンな。てめェがやってンのは、二股がばれたことに対する単なる八つ当たりだ。バカが」
その言葉に、ギーシュの顔が紅潮する。
「な、なんだと!元はと言えば、この平民が香水を割ったのがいけないんだ!」
「それ以前の問題だろ。お前が二股していなければ、コイツが謝れば済む問題だったンだ。てめェが二股なンざしてなければ、こンなことにはならなかったろうさ」
「ふ、ふざけるな!いや、そもそも平民に貴族の礼がなんたるかを問うた僕が馬鹿だった・・・もういい、下がりたまえ」
ギーシュがそう言って背を向けた。
だが
「ふざけンじゃねェ!それとも、二股がばれたやつあたりを平民にするのが貴族の礼なのかよ?」
そうだそうだー、とヤジ馬たちからも声があがった。
「ふ・・・いいだろう、そこまで言うのなら、君に貴族の礼がなんたるかを教えてやる!」
「決闘だっっ!!!」
「そうだな・・・10分後にでもヴェストリの広場に待つ。別に、来なくても構わないよ。命が惜しければ、ね」
そういうと、ギーシュは食堂を後にした
「ふン、決闘ねェ・・・いいぜ、やってやンよ」
そう呟くと、後ろから顔を真っ青にしたシエスタが
「だ・・・だめ・・・貴族と決闘なんかしたら・・・殺されちゃう・・・」
その時、一方通行の頭によぎった。
一万人の命の負債。
馬鹿だ、と思う。
今だって、彼が出てこなければこの少女が殴られただけで済んだだろう。
その矛先を自分に変えただけで、善人ぶろうとしているのか。
本当におかしな話だ。ふざけている。
―――だが、ここで何もしなければ、その負債は絶対に返せなくなる。そんな予感がしたのだ。
「私のせいで・・・」
そういうと、シエスタは走って食堂を出て行ってしまった。
すると、前からルイズがやってくる。
「ちょ、ちょっと何か勝手にやってるのよ!私も謝ってあげるから、ギーシュに謝りに行くわよ!」
「謝らねェ」
「そう、わかったのなら一緒に・・・ってなに言ってるの!?あんた、自分が何したかわかってるの!?貴族との決闘よ!あんた死んじゃうんだから!」
「知らねェよ。それより、広場はどこだ?」
ルイズを無視して、野次馬の一人に場所を聞き出す。
「ちょ・・・ちょっと!聞きなさい!あんた本当に死ぬわよ!」
何も聞こえないように、広場へ向かって歩いて行く。
「もう・・・!知らないわよ!勝手に決闘でも何でもやって死んじゃいなさい!」
そう云い捨てると、ルイズも食堂から走って出て行った。
一方通行が広場につくと、ギーシュを囲むようにして人壁が出ていた。
存外、ここには暇人が多いらしい。
「ふん、逃げずにきたか・・・どうやら、命が惜しくないようだね!」
「あいにく、お前ェごときに逃げなくちゃならないほど弱くはないンでな。」
「平民風情が・・・決闘を始めるぞ!」
本当に危なくなったら、飛び込んででも止めなくちゃ・・・
さっきはああ言ったが、ルイズは心の中でそう決意している。
本当に・・・あの使い魔は何を考えているのだろう。
よく考えてみれば、自分はあの使い魔について、名前と異世界から来たということしか知らない。
殆ど会話もしていない。
ただ、呼び出した相手の事をまともに知らずに死なれたくはなかった。
確かに、自分は平民が召喚されたとき落胆した。
死にたくなった。
でも、彼だって何も分からないままここに呼び出されたのだ。
自分の生活だってあるだろう。家族だっているだろう。
と、カトレアやエレオノール、やさしい父に怒るとものすごく怖い母を思う。
・・・許してあげよう。
あいつだって、メイドを守るためにやったことだし、悪いのはギーシュだ。
たとえ、自分が土下座することになっても、これからはアクセラレータに、少しだけ、そう、少しだけ優しくしてあげようと思った。
学院長室。
「オールドオスマン!大変です!大変なことがわかりました!」
使い魔召喚の儀式のときの立ち合いをして、フライで一方通行を部屋まで運んだ禿頭の教師が、大きな扉を乱暴にぶちあげて、肩で息をしながら入ってきた。
「何じゃ騒々しい。静かにせんかい」
「も、もうしわけありません。興奮していたもので・・・」
「それで、何が大変なのかね?ミス・クローデット」
「コルベール違いです。それに性別違います」
「おお、すまんすまん。それで、何が大変なのかね、ミスタ・コルベール」
「あぁ、そうでした・・・実は、先日行われた使い魔の儀式で召喚された、ミス・ヴァリエールの使い魔の事なのですが・・・」
「あぁ、あの平民のことかね?噂は聞いとるよ」
「それが・・・あの少年の右手に現れたルーンが珍しい形をしていたので、スケッチして調べたのです・・・」
「ふむ・・・それで?」
「なんと、あの少年は伝説の始祖ブリミルの使い魔、ヴィンダールヴのものと一致していたのです!」
「・・・ボケたかねミスタ・コルベール」
「ボケてません!」
「・・・まじ?」
「マジですマジ」
「むぅ・・・それが本当となると・・・大変なことになったのぉ」
「このことを、学院や王宮に報告しますか?」
「ほっとけ。どうせ伝えたってろくなことにらなんじゃろうて」
と、ドアが規則正しくノックされた。
「失礼します。オールド・オスマン」
出てきたのは、妙齢の美女。
メガネをかけ、短いスカートが色っぽい。
オスマンとコルベールの鼻の下が伸びている。
「おぉ、ミス・ロングビル。どうしたのかね?」
「それが・・・決闘が起きていて、大騒ぎになっています。」
「決闘か・・・で、誰と誰がそんな馬鹿なことを?」
「一人がギーシュ・ド・グラモン」
あのグラモンの馬鹿息子か、とオスマンが呟く。
「どうせ、女を取り合っての喧嘩じゃろう。相手は?」
「それが・・・メイジではないのです。ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです。」
オスマンの目が、鋭く鷹のように光った。
「教師達は、決闘を止めるために眠りの鐘の使用許可を求めています。」
「アホが・・・たかが子供の喧嘩を止めるために秘宝を持ち出すまでもあるまいて・・・放っておきなさい」
「わかりました」
ロングビルが去って行った。
コルベールとオスマンは目を見合わせると、
「オールド・オスマン」
「うむ」
コルベールが促し、オスマンが杖を振るった。
すると、壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。
―――そして決闘が始まった。
「僕はメイジだ!よって、魔法を使う・・・よもや、卑怯とは言うまいね?」
ギーシュが薔薇を振ると、地面から一体の銅像が現れた。
「僕の二つ名は「青銅のギーシュ」!よって、このワルキューレが君の相手をする!」
「ハッ、そんなチンケなもんで俺の相手をしようとはなァ!」
言いながら考える。
コモン・マジックやルイズの失敗魔法すら反射できなかったのだ。
おそらく、「土」系統の魔法のあの人形の攻撃は反射できないだろう。
見た目でも、まともに攻撃されたらただの怪我じゃ済まない事が理解できる。
しかし、あの程度なら。
あの程度なら、攻撃される前に楽に倒せるだろう。
そう、何も反射は最強の防御というだけではないのだ。
その反射によって、砂利を蹴ればその衝撃を操り、散弾銃のように攻撃することができる・・・例え地面が土でも、そこそこの威力はでる。
あの青銅でできたものなど、破壊できる程度の威力は。
「お・・・らァッ!」
ドンッ!っと土が凄まじい勢いで吹きとぶ。
「なっ!?」
中に含まれる小石も混じり、青銅のワルキューレをた易く粉砕する。
なんだあれ・・・。あの平民もメイジなのか!?いや、杖は持ってないぞ!先住魔法か!
野次馬達がざわめきだす。
だが、一番驚いたのはギーシュだ。
いくら平民相手だからと力を抜いていたとはいえ、自分のゴーレムが簡単に破壊されたのである。
「ふ、ふん・・・どうやら少しはやるようだね。いいだろう。本気を見せてあげるよ!」
杖を振ると、ワルキューレが6体現れた。
「6体、か・・・」
彼の頭が凄まじい勢いで演算を開始する。
あの力を見た以上、おそらく自分が出せるだけのワルキューレを出したに違いない。
6体以上同時に出せないのか、それとも力すべてを使って6体なのか。
後者ならば、土を飛ばすだけでも時間をかければ何とかなるだろう。
しかし、前者の場合、対策を見つけられて突破される可能性が高い。
さらに、先ほどと同じように攻撃すればそのすきにほかのやつらから攻撃を食らう。
距離を離せば、その分威力が落ちさらに時間がかかり、同じく危険度は増す。
ならば。
手を空中に伸ばし、かき回す。
「安心しな、一瞬で終わらせてやンよ」
手を振ったその瞬間。
1秒とかからず大気の流れを制御し、暴風を操る。
―――――轟ッ!!!
風速120メートルの暴風が、壁となってワルキューレを空へと巻き上げる。
30メートルは軽く超えた高さへとワルキューレが舞い上がり、落下した。
グシャッ!と音をたて、地面に激突する。
四肢は千切れ飛び、そのうちのいくつかはヤジ馬に直撃した。
「な・・・なな・・・な・・・」
驚きのあまり、言葉すら口にできないのか。
ギーシュだけでなく、野次馬達も混乱の極みにいた。
今のは一体なんだんだ!あいつは一体なんだ!スクウェアクラスのメイジなのか!いや、先住魔法だ!エルフだ!亜人だ!
それを無視するようにすたすたと歩いてギーシュの元へと歩いて行く。
「ひ・・・ひぃっ」
おびえたように距離を取ろうとするギーシュ。
そこへ
ズンッ!
土が散弾銃のように前へ飛び出す。
「ぐがっ」
ギーシュが1メートルは吹っ飛ぶ。
「がはっ・・・ハァハァ・・・」
肩で息をしながら、一方通行を見上げた。
その眼には、助かりたい。という文字が書いてある。それだけでは無い。
なぜ、自分がこんな目に合わなくちゃいけないんだ!とも書いてあった。
「た・・・助けてくれ!僕が悪かった!あやまるから!」
ゲスが・・・
殺す気で来たくせに、自分が危なくなると途端にこんな卑屈な表情をする。
ギーシュの言葉と表情が、彼を余計に駆り立てる。
ズンッ!
もう一発。今度は至近距離だ。
3メートルは吹っ飛んだだろうか。
やはり、土なので威力は低い。
だが、それが余計に苦しみを長引かせる。
腹部にもろに当たり、空気がすべて吐き出させられる。
ついでに、胃の内容物もすべて吐き出した。
「ガッ・・・ガフッ・・・たす・・・ゲッ」
もう一発。
「ギャッ」
もう一発。もう一発。もう一発。
何もしゃべれなくなり、のたうちまわるだけになった。
「そろそろ殺すかァ。なァ。おめェは俺を殺そうとしたんだ。俺がおめェを殺しても、文句はいわねェよな」
その言葉を聞き、ギーシュは余計に大きくもがきだした。
何を言ってるのかもわからない状態で、息を吐きながら口を開けたりしめたりしている。
地面から、どう考えても失敗したとしか思えないようなボロボロのワルキューレが姿をあらわした。
ギーシュが命を削って作りだした、最後のワルキューレ。
足が無く、腕も一本、頭もない。
ただ、一本の手で剣を握っていた。
………もー、いーかなァ。
一方通行が地面を蹴ろうとした。
瞬間。
目の前を、ピンク色の何かが遮った。
「も、もういいでしょ!ギーシュ死にそうじゃない!確かにこれは決闘だけど、でも命までとらなくたって!」
ルイズだ。
何でこいつをかばうのだろうか。
「オイオイ、何言ってくれちゃってンですかご主人様。こいつは俺を殺そうとしたンだぞ?ならコロサレル覚悟があるってこった」
「そ、そんなこと関係ない!あんたがギーシュを殺したら今度こそ本当にあんた殺されるのよ!平民が貴族を殺したなんて知られたら、あちこちから兵隊がやってくるわ!」
「・・・あァ、そういえば使い魔の不始末は主人の不始末だっけなァ。俺が殺したらお前がいろいろとヤバイってわけか」
ルイズが沈黙した。下を向いてぶるぶると震えている。
「ハイハイ、わかりましたよご主人様。貴族様は殺したらイケナインですね?」
「この・・・バカッ!」
「な・・・」
「私がやばい?そんなことどうでもいいわよ!あんたがギーシュを殺したら、あんたが死ぬのよ!そんなの放っておけるわけないじゃない!人を馬鹿にするのもいい加減にしなさい!!」
ボロボロと、ルイズは涙をこぼした
「あ、あんたが・・・死んじゃうのよ・・・い、いきなり召喚して悪かったって思ってるんだから・・・死んじゃったら謝ることだってできないじゃない・・・心配したってあたりまえじゃない・・・」
一歩通行は驚いていた。
違う世界だと、ここまで違うのか。
それとも、魔法のある世界だからか。
それとも、彼の事を何も知らないからか。
彼女は学園都市に居ても、一方通行にこんな風に、対等に接してくれるのだろうか。
わからない。
だけど、確かに今、彼女は彼と対等だった。
「心配」
そんな事を言われたのは、いつ以来だろう。
能力開発をする前、彼がまだありきたりな4つの漢字でできた名前だった頃だっただろうか。
思い出せない。
ただ、嬉しかった。
純粋に、心配されるということが、これほどうれしいことなのか。
当たり前だ。
だって、認めてくれたのだから。
一人の人間として。
最強でも無く、化け物でも無く、最弱でも無く、使い魔でも無く。
一万人を殺した、血に濡れた自分を。
「絶対」になんてならなくても。
石ころに躓いてしまったような偶然によって呼び出された自分が、この少女によって、初めて人間として扱われたのだ。
「ル・・・イズ」
「やっと・・・やっと名前で呼んだわねこの馬鹿」
泣いていながら、わずかにのぞく笑顔。
その、後ろ。
剣を振り上げたワルキューレ。
すでに、ギーシュは気を失いつつあった。
自分が何をしているのかわからないだろう。
ただ、死にたくない。
その一心で生み出した、出来そこないのワルキューレ。
それが、今、ルイズに向かって剣を振り上げた。
「どっ・・・けぇ!」
気がついたら、体がルイズを押しのけていた。
ルイズがダメージを受けたら自分もダメージを受ける。
そんな事を考えるより先に、体が動いた。
「アクセ・・・」
ルイズが振り向き、何事かを話しかけようとした瞬間に
ワルキューレの剣は、一方通行へと振り下ろされた。
「そんな・・・うそ・・・あくせられーた?・・・アクセラレータ!?」
出来そこないのワルキューレの腕は、完全に振り下ろされ、地面まで延びていた。
「そんな・・・私のせいで・・・私が出てこなければ・・・あぁ・・・あ・・・」
「何勘違いしてンだよ馬鹿」
え?とルイズが一方通行を見る。
傷一つない。
ワルキューレをよく見ると、手くびが千切れていた。
「そうだよなァ・・・良く考えたら、魔法なンざすでに制御してンじゃねェか」
たとえば、学院の床。
一方通行は、歩くときの衝撃すら「向き」を制御して、足に負担が一切来ないようにしていた。
そして、その床にはスクウェアクラスの固定化の魔法がかけられている。
魔法に対して一切の「向き」の制御がきかないのであれば、学院の中を全く負担をかけずに歩くなんてことができるはずがない。
つまり、彼の反射は魔法にも作用するようだ。
しかし、フライのようなコモン・マジックやルイズの失敗魔法だけは反射することができなかった。
4大系統のものは反射できても、それ以外は無理らしい。
それが何なのかはおいおい考えていけばいいだろう。
ギーシュの方を見ると、誰かが介抱している。
先ほど、ギーシュに左ビンタをくらわせたモンモランシーのようだ。
あちらは特にする必要はないと判断したところで、前からシエスタがおずおずと現れた。
顔が赤く染まり、目が真っ赤だ。
さっきまで泣いていたのかもしれない。
「良かった・・・アクセラレータさん・・・でも、ごめんなさい・・・逃げてしまって・・・。」
「気にすンな。あいつを見れば何の能力も無い人間にどうしようもないことくらいわかンよ。逃げても当然だろ」
「でも・・・だからと言って貴方を身代わりにして逃げたんです・・・」
「・・・飯の礼だ」
「え?」
「俺にシチューくれたろ。あれの礼にやったンだ。これでチャラだ。それよりも、よければ、また今度も、作ってくれないか?」
そういうと、パアっと顔を輝かした。
「はいっ!」
無理して優しく言った甲斐はあったのだろう。
その笑顔を見ると、心が洗われるような気がした。
そして、心がほんの少しだけ、本当に少しだけ軽くなったような気がした。
一万人の命の罪。
その、本当にわずかな部分。
例えるなら、一億円の借金の中から1円だけ返した。
だが、それでも十分だった。
きっと、この巨額の借金は一生何かをしたくらいじゃ返せない。
でも、何もしなければ絶対に返せない。
1円ずつでも、少しずつでも返す。
そのために、守ろう。
ルイズや、シエスタだけではない。
この世の闇から、光の世界を。
何も知らず、善良に生きている一般市民の幸せを、理不尽に奪う半端な悪党から。
完全な闇に浸かっている、筋金入りの悪党が。
すべてを守ることなどできない。
でも、彼の手の届く範囲だけでも。少しでも守る。
一方通行の中に、その決意が芽生えた。
「か・・・彼は一体何者なのでしょうか・・・?」
「むぅ・・・わからんのぉ。そもそも、あんなもの魔法ではあるまいて。先住魔法か、あるいはそれ以外か・・・」
「これが・・・ヴィンダールヴの力なのでしょうか」
「いや・・・伝説には、ヴィンダールヴはあくまで獣を操る力とあるが・・・今のは、寧ろ始祖ブリミルの領域・・・むぅ」
#navi(とある使い魔の一方通行)
「ンあ…」
一方通行が目を覚ますと、目の前にピンクがいた。
何かしゃべっているようなので、音の反射を解除する。
「た…あんた、丸一日寝てたのよ」
疲れたようにピンクがつぶやく。
「もう、あんた一体なんなのよ…いきなり気絶するし、どんなに持ち上げても動かないし…結局、先生に頼んでフライで運んで貰ったんだから」
そういえば軽い頭痛がする…あのまま熟睡してしまったのだろう。
眠っているときも自動的に反射は作用するのだから、どんな人間がどんなに力をこめて持ち上げようとしても持ち上がらないのは当たり前だ。
………と、自分の寝ている場所とピンクの発言の両方がおかしいところに気づく。
「あァ?今なんつッた?」
「だから、あんたは一体なんなんだっていったよ!」
「「フライ」つッたな?それで俺をここまで移動させたのか?」
「え、えぇ、そうよ。あのまま放置しなかったんだから感謝しなさいよね!」
オイ…何なンだよそいつは!
彼は、常に必要なもの以外はすべて反射している。
衝撃や熱などは勿論、光・紫外線などだ。
例えば風を操って持ち上げようとしても、風を反射してしまって持ち上げることはできない。
サイコキネシスでも、彼の力はそれすら反射する。
まともに彼を移動させようとしたら、「あの少年」の「右手」でもなければ無理だ。
なのに、その「先生」とやらは彼を移動させたのだという。
「その「フライ」ッてのは何なンだ?」
「フライはフライよ。あんた、フライも知らないの?」
「知らねェから聞いてンだよ」
「しなねぇからって…貴族に向かってそんな言葉使って…」
ピンクが細かく震えている。
「ま、まぁいいわ…後でしっかり教えてあげるから…フライってのはね、簡単にいえば空を飛ぶ魔法よ。ほかのものを飛ばすこともできるの」
「魔…法…?」
やっぱり頭いかれてンのか?
しかし、魔法なんてものでもなければ彼を動かせないのかもしれない。
現に、彼が出会った「ある少年」以外のすべての人間は、彼にまともに触れることすらできないのだから。
だが、魔法を使う人間が貴族をやっている国など聞いたことがない。
というかそんなものがあるのなら知らないわけがない。
だが、確かに魔法は存在するらしい。
ならば考えられるのは…
並行世界(パラレルワールド)か?
確か、並行世界を専門に扱っている研究所もあったはず。存在はしても、決してそこへ行くことができない世界といわれていた気がするが。
魔法なのだし、そんなこともできるのかもしれない。
「何、魔法も知らないの?本当にどこの田舎もんよ…」
ピンクが頭を抱えている。
「まぁ、いいわ…よくないけど…召喚しちゃったものはしょうがないんだから、前向きに考えなくちゃ…」
やはり、魔法によって自分は召喚されたらしい。
そう一方通行は理解した。
ならば…だ。
こいつに送り返してもらえば良いのだろう。
「オイ、俺を元の世界へ戻せ」
「…無理よ」
さっきの話から、使い魔とやらを召喚しなければ留年してしまうのだろう。
だが
「ふざけンな。俺にはオマエの都合なんざ関係ねェ。戻せ」
当然の台詞だ。
しかし、自分でもわかるくらい、中身がない台詞だった。
それも、当然だ。
自分がレベル6になる為に、1万人の人間を殺したのだ。
たとえ化け物といわれていても、彼もまた人間なのだ。
罪悪感はある。むしろ、日を追えば追うほど増えている。
自分の罪の借金が、どんどん増えていく…
利子に利子が重なる。
一人や二人の命を救った程度じゃ、到底償えない程に…
「だから無理だって言っていでしょう!呼び出す呪文はあっても戻す呪文なんてないのよ!」
そう言われたとき、本当は、心の底で、どう思ったのだろうか。
自分でもわからない。
ただ、利子だけが増えていく感覚は残る。
「…本当に、無理なのよ。サモン・サーヴァントは、世界のどこかにいる生き物を、使い魔として呼び出す魔法。呼びだした使い魔が死ぬまで、決して使えないの…」
どうやら、ウソでは無いようだ。
本当に、彼女は元の世界に戻す方法を知らないらしい。
「…って元の世界?あんた今、元の世界って言った?」
「あァ。俺のいた世界とここは別の世界だ」
「…頭痛くなってきた」
ピンクはそういうと、頭を抱えた。
何か証明できるものはあるかと聞かれたから、持っていた携帯電話を渡した。
通話などは当然できないが、あらかじめインプットされていたゲームを見せたら、しぶしぶながらそれがこの世界のものでは無いのだと納得したらしい。
「本当にどうしましょう…召喚したのがただの平民だと思ったら今度は異世界人なんて…本当にふざけてるわ…おぉ、始祖ブリミルよ!なぜこんな試練を私にお与えになったのでしょうか…」
むしろ聞きたいのは俺の方だと心の中で思う一方通行。
だが、ただ嘆いているだけでは何も変わらない。
230万人の頂点に立つ頭脳で、彼は冷静に、現実何ができるか、何をすべきかを考える。
とりあえずこのピンクは放っておいて、自分に「フライ」をかけたという教師にでもあった方がいいだろう。
その力を見ておきたいとおも思うし、何より教師なら生徒よりは多くの事を知っているはず。
もし、万が一戻れないのであれば、魔法がどんなものなんかは理解しておかなければならない。
「と、とにかく、貴方は私の使い魔になったのよ。使い魔が何をすればいいのかわかる?」
「知らねェ」
「使い魔っていうのはね…簡単にいえば主人の目となり耳となり、必要なものを探し、主人を守るものよ」
そうかよ、と適当に相槌を返し、体の調子を確かめてからベッドから立ち上がろうとする。
「目と耳は…駄目ね。聞こえないわ…必要なものを探すのも…魔法すら知らないんなら無理だし…守るっていっても、私より華奢なんじゃ…ってちょっと!」
言っている間にベッドから立ち上がった。
「待ちなさい!どこ行くのよ!」
ピンクの言葉を無視し、その先生とやらの場所へ向かおうとする。
ドアへ手をかけ、開いたところで
「づあ゙っ」
瞬間、足に激痛が走った。
一体、何が…!
目がくらむような痛みを覚えながら
―――まさか、あのピンクが何かしたのだろうか。
そう思って、後ろを振り向くと
椅子に小指をぶつけたのだろう。
ピンクは足を抱えて目にいっぱい涙を浮かべて、足を押えていた。
「つまり…」
「私がダメージを受けると、貴方もその痛みを感じるみたいね。その逆はないみたいだけど」
ふざけンな!
そう叫んで、ピンクを殴りたくなる衝動を抑える。
「全く…痛覚だけ感覚を共有する使い魔なんて聞いたことないわ」
痛みを共有するということは、自分はピンクに対し武力を用いることができず、ピンクを守らなければならないということだ。
一方通行は、痛みに対して全くと言っていいほど耐性が無い。
どんなお坊ちゃまでも、些細なことで痛みは感じる。
長い年月、それを重ねていくことで、ある程度は痛みに対する耐性はできる。
しかし、彼にはそれが無い。
どんな小さなダメージさえ、彼は反射してきたからだ。
つまり、彼はピンクよりも痛みに耐性がないということだ。
確かに痛いといっても、ピンクにとっては足の小指をぶつけたダメージは大したものでは無い。
しかし、一方通行はそれで息を切らすほどのダメージを受けたのだ。
ピンクに逆らって、自傷行為をされたら…
ピンクが死ねば、自分も死ぬかもしれない。
それは、一方通行がピンクに安易に逆らうことができないことを意味していた。
痛覚だけだといっても、自分も使い魔と感覚の共有を行うことができると知った彼女は、少しだけ気を持ち直した。
「貴方、名前は?」
「…一方通行」
「アクセラレータ?変な名前。アクセラレータ…アクセラレータ…うん。覚えたわ。それでアクセラレータ。よく聞きなさい!あなたのご主人様の名前を!」
「私の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。呼ぶときはルイズ様でいいわ」
「ンでルイズ。具体的に俺は何をさせられるンだ?」
「だからルイズ様って…まぁいいわ。貴方にできる事をやらせてあげる。掃除!洗濯!その他雑用!」
「ふざけンな。誰がンなことやるか。自分でやれ」
そういうと、若干得意そうに
「あら、誰があなたの衣食住の世話をすると思ってるの?この世界のおかね、持ってる?」
「持ってるわけねェだろ」
「あ、そ。じゃ、私がいなくちゃこの世界では生きていけないわよ。ここを出ても、すぐに野たれ死ぬわ」
実際、一方通行の場合、適当な民家に押し入って略奪を繰り返せば少なくとも野たれ死ぬことはない。
だが、「フライ」のように正体不明の魔法がある以上、うかつに行動することもできない。
それに、もし脱走した後で自殺でもされようものなら、本当に命が危ない。
ルイズから離れることは、二重の意味で危険なのだ。
「…わかったよ」
フッ
勝ち誇ったように笑ってから、「それじゃ、朝ごはんを食べに行くわよ」と言ってドアを出た。
「おはようルイズ」
廊下を歩いていると、後ろから燃えるような色の髪と褐色の肌、そして突き出たバストが艶めかしい女性だ。
それに対し、露骨に嫌そうな表情をしたルイズが
「おはようキュルケ」
と答える。
どうやら、あれはキュルケというらしい。
「あなたの使い魔って、それ?」
一方通行を指さして、馬鹿にした口調で言った。
「そうよ」
「あっはっは!本当に人間なのね!すごいじゃない!サモン・サーヴァントで人間読んじゃうなんてすごいじゃない。さすがはゼロのルイズ!」
ゼロ?そういえば、呼び出された時もゼロと呼ばれていた。
何かのあだ名なのだろうか。
「どうせ使い魔にするなら、こういうのじゃなくちゃ。ねぇ、フレイム~」
キュルケが勝ち誇った顔で使い魔を呼ぶ。
のっそりと、巨大なトカゲが現れた。
ちなみに、温度は彼にとっての適温になるように調整されているので、熱気等は一切感じない。
「これって、サラマンダー?」
ルイズが悔しそうに尋ねた。
「そうよ、見て?この尻尾。きっと火竜山脈のサラマンダーよ!」
さんざんルイズに向かって自慢をしていたが、それが終わるとさっさと食堂へ向かってしまった。
食堂についたルイズが、一方通行に床に置いたささやかな糧を与えた。
「オイ、お前、これ、何だ?」
「ご飯よ。本当は使い魔は外。あんたは特別な計らいで、床」
そういうと、祈りを捧げ、豪華な食事を美味しそうに頬張った。
一方通行は、あまり飯にこだわる人間では無い。
どちらかというと小食でもある。
しかし、これはどうだろう。
「どうしたの?食べないの?」
「あァ。食欲なくなっちまったわ」
そういうと、彼は食堂を出て行った。
しかし、行くあてもなくブラブラしていると…
「あ、あの…」
「あァ?」
「いえ…あの、ミス・ヴァリエールに召喚されたっていう…使い魔さんですか?」
「あ~…まァ、一応そういうことらしいな」
「そうですか…えと、こんな時間にどうかされたのですか?今は朝ご飯の時間のはずですが」
簡単にさっきの事を話すと、メイドの少女は同情した様子で、
「それは…災難でしたね…そうだ!もしよければ、賄いでもどうでしょうか?」
そう、100%善意です。というように言ってきた。
しかし、それが居心地悪かった。
自分でもなぜだかわからない。
もしかしたら、10数年ぶりに浴びた、まともな善意だったからかもしれない。
ただ、そのまま賄いを貰う気にはなれないことは確かだった。
「いや、俺ァ腹も大して減ってないンで」
「そうですか…でも、お腹がすいたら言ってくださいね!食堂に来てくだされば、いつでも御馳走できると思います」
「あァ、好意だけ受け取っておくよ」
そういうと、その場を離れるように逃げた。
そうこうするうちに、食事を終えたルイズと遭遇した。
「勝手にどっか行って…全く…」
それから教室に入るまで、ずっとブツブツ言っていた。
「しかし…まァ」
一方通行が変わりを見回すと、ありえないような光景が広がっている。
巨大な蛇。さっきのトカゲ。ぷくぷく浮かんでいる巨大な目玉。蛸人魚他。
学園都市の遺伝子組換え生物の研究所に行ったって見れないようなものが、さも当然のように大量に存在している。
こらァ、マジで異世界だなァ。
そんな事を考えていると、教師が入ってきた。
軽く挨拶をした後
「おやおや、変わった使い魔を召喚したようですね。ミス・ヴァリエール」
シュヴルーズというらしい教師が、一方通行を見てそういうと、口々に周りから囃し立てられた。
シュヴルーズは厳しい顔でそれらを見ると、杖を古い、囃し立てていた生徒の口を粘土でふさいだ。
「お友達をゼロだのなんだの言ってはいけません。罰としてその格好で授業を受けなさい」
教室の笑い声が収まった。
一方通行は、それらを冷めた目で見ていた。
………良く言うぜ全く。自分から種蒔いておいて。
にしても、あの粘土は何なのだろう。
あれが学園都市での光景ならば、空間移動か。
しかし、あれも魔法らしい。
レベル4クラスの超能力を、いともたやすく操る魔法。
やはり、魔法についてよく知らないうちに行動するのは危ないだろう。
教師が授業を開始した。
いくつかわからない単語があったが、それは隣のルイズに聞くことで大体理解できた。
曰く、「火」「風」「土」「水」の4系統がある。
現在は存在しないが、「虚無」の魔法がある。
重量な金属や大きな建造物等は、「土」の魔法によってできている。
それぞれクラスがあり、「ドット」「ライン」「トライアングル」「スクウェア」の4段階に分かれている。
固定化という魔法があり、この建物にも「スクウェア」クラスのそれが適用されている。
4大系統のほかに、最も優しい「コモン・マジック」がある。「フライ」もこれに相当するらしい。
金を作るには、「スクウェア」の実力が必要らしい。
そこまで理解したところで
「そうですねぇ。ここにある石ころを誰かに錬金してもらいましょうか。…ミス・ヴァリエール!」
「は、はい」
「先ほどからコソコソと使い魔とおしゃべりしていましたね。そんな余裕があるのですから、貴方にやってもらいましょう。」
どうやら、ルイズが錬金をするようだ。
「先生」
「なんですか?」
「やめておいた方がいいと思います…危険です。」
その言葉に、誰もがうなずいた。
どういうことだろう、と彼が考えていると。
「やります」
その言葉に、一方通行とシュヴルーズ以外の全員の顔が青くなった。
一体どういうことなのだろうか。
先ほどの様子を見る限り、錬金というのは原子配列を組み替えているわけではなさそうだ。
いや、実際のところどうかはわからないのだが、少なくとも大量のエネルギーが発生し、あたり一面が焦土とかしたり、多量の放射能が放出されたりするわけでもない。
考えている間にすでにルイズは呪文を唱え始めた。
同時にすべての生徒が机の下に顔を入れる。
「あァ?何やってンだァ?」
―――瞬間
机ごと、石ころが爆発した。
シュヴルーズは黒板にたたきつけられ、爆風と熱が一方通行まで襲いかかる。
そして、一方通行爆風に巻き込まれた。
「なっ…!」
反射が作用していない。
いや、風は受けていない。
しかし、熱が襲いかかる。
明らかにおかしい。
風とすすは反射できている。
しかし、熱のようなものだけが反射されない。
と、すべてが収まった。
煙が晴れ、前を見るとハンカチで顔の汚れを拭いたルイズが
「ちょっと失敗したみたいね」
まるで、料理で塩と砂糖を間違えたくらいの感覚で、事もなさげに言った。
ルイズは、部屋をめちゃくちゃにした罰として、魔法の使用を禁じられ部屋の掃除をやらされた。
「あんたも掃除手伝いなさいよ」
「オイ、何言ってンだよ。オマエの罰だろ」
「主人の不始末は使い魔の不始末、使い魔の不始末は主人の不始末よ。手伝いなさい。これ、命令」
チッ、舌うちして適当に箒に手を伸ばす。
「早くしなさいよ。お昼までに終わらせなくちゃ、ご飯たべれなくなっちゃうんだから」
「アーアーそーですか」
もう!というと、それっきり喋らなくなった。
掃除がもう終わるというころ。
「…あんたも私の事、ゼロって馬鹿にしてるんでしょ」
「あァ?」
「とぼけないでよ!ご主人様だ貴族だ言っておきながら、錬金の魔法すら使えないゼロだって!さっきからそんな顔してるくせに!」
「これは元からだバカ。それにあの爆発だってそこそこの物じゃねェのか?レベル3くらいはあンぞ」
「爆発って…ふざけないで!どうせ私は何をやっても爆発しかすることが脳のない落ちこぼれの魔法使いよ!」
「落ちこぼれって…ンじゃお前ェは、貴族のくせに魔法が使えない、落ちこぼれのゼロだって言ってほしいンか?」
マゾか?そう思うと
「そんなわけないじゃない!私はねぇ!これでもほかのみんなの何倍も努力して、勉強では学年で1番だって何回もとったわ!
なのに魔法だけはいつも失敗!どんなに!どんなに練習しても爆発!爆発!爆発!他の誰が失敗したって爆発なんて起きないのに、私だけは爆発しかおきない!」
「だから知らねェって…」
「…もういいわ。あんたご飯抜きね。ちゃんと掃除しておきなさいよ」
そういうと、箒を投げ捨てて出て行ってしまった。
何なンだ?いったい…
そう思うが、今何を言っても無駄だろう。
何も声をかけずに放っておいた。
どうせしばらく放っておいたら元の機嫌に戻るだろう。
「「落ちこぼれ」、か…」
ふと、口からそんな言葉が漏れていた。
「あの少年」も、レベル0の落ちこぼれだった。
そういえば、ほかの誰が失敗しても爆発なんて起きなといっていた。
もあしかしたら、あれもあの「右手」みたいな異端の能力者になるのだろうか。
「考えすぎか…魔法だしなァ」
そう考え、その場を後にした。
いくら一方通行でも、さすがに2食抜くのはつらい。
今後のことも考えると、何かしら食いつなぐ手段を考えないと本気で飢え死にしかねない。
「そういやァ…」
ふと、あのメイドの事が思い浮かんだ。
あまり世話にはなりたくなかったが、背に腹は変えられない。
ひとまず、足を食堂に向けた。
「あら、アクセラレータさん!どうしたんですか?…もしかして、またミス・ヴァリエールに…」
「あァ、まァな」
「あらあら、大変でしたね…どうぞ、私たちの賄いのシチューでよろしければ、是非食べて行ってください」
そう言って、メイドの少女は奥へはいって行く。
とりあえずついていくと、簡単なテーブルの上にシチューとパンが置いてあった。
「おう!おめえも大変だなぁ!大したもんはないが、食ってけ!」
おそらく料理長だろう…長いコック帽をかぶった大柄な男がそう言った。
「それにしても全く、貴族ってのは身勝手だなぁ。自分の不始末を人に押し付けて、おまけに飯を抜くなんて!」
簡単に説明すると、料理長の男(マルトーというらしい)が間髪入れずに口を開く。
ついで、メイドの少女(シエスタというらしい)も
「本当に…何も分からないうちにいきなり呼び出されて、使い魔にされてしまって…可哀そうです」
「俺ぁ仕事があるから、あまり構ってやれんが、何かあったらこのシエスタに言ってくれ!力になるぜ!」
ガッハッハと豪快に笑うと、奥へ引っ込んだ。
「さぁ、何も気にしないで食べてください!」
その言葉を受けて、一方通行はシチューへと手をつける
「…ンめェな」
はい!と嬉しそうに返事をするシエスタ。
学園都市にいたころも、食べているのはコンビニで買ったものやファミレス、実験室で出される簡単な食事だ。
よく考えると、こういう作った人と一緒に食べるご飯なんて、何年振りだろうか。
そう考えると、なぜだか余計にシチューがおいしく感じられる。
二言三言話しているうちに、彼はぺろりとシチューを平らげた。
「お粗末さまでした」
「ンまかったよ。助かった」
「いえいえ、困った時はお互いさまですから…いつでも来てくださいね!」
嬉しそうにいうシエスタ。
このままでは何か悪いと思ったのだろうか。
「何か手伝えることあるか?」
自分でも吃驚するようなことが、口から洩れていた。
少し目を瞬かせていたシエスタだが、にっこりと笑うと、
「それでは、デザートを運ぶのを手伝って頂いてもいいでしょうか?アクセラレータさん」
「あァ」
そのまま、シエスタと一緒にケーキが乗った台座を動かしながら食堂へとついた。
2人で別れて、順番にケーキを配っていく。
あらかた配り終えただろうか。
その時。
「アーッ!」
「ご、ごめんなさい!」
何者かの大きな悲鳴と、シエスタの謝る声が聞こえた。
その場へ行ってみる。
「な、な、な…なんてことをしてくれたんだ!」
「申し訳ありません、貴族様!」
「僕の…僕の香水を…!」
すると、周りで見ていた者達のうちの一人が、
「おい…あれ、モンモランシーの香水じゃないか?」
「本当だ…モンモランシーが自分の為だけに作る香水だな…」
「え…?いや、何を言ってるんだ!これは…」
「ギーシュ様!やっぱりモンモランシーと…」
「ケ、ケティ!これは違うんだ…」
ケティと呼ばれた少女が、目に涙をいっぱいに浮かべる。
そして、
「その香水が何よりの証拠です!さよならっ!」
バシン!
右の張り手ギーシュの頬にぶつかる。
そのままケティは去っていく。
と、入れ違いのように金髪の縦ロールの少女が現れた。
彼女は来るなり
「うそつき!」
と一言どなり、ギーシュに左の張り手をくらわせた。
「あ、あのレディたちは薔薇の存在の意味を理解していないようだ」
そういうと、ギロリ とシエスタをにらみ
「君が香水を壊したせいで、二人のレディの名誉に傷がついた!どうしてくれるんだね?」
その言葉に、周りの野次馬から苦笑が漏れたが、気にしない様子でシエスタを問い詰める。
シエスタはひたすら縮こまって、ごめんなさい…ごめんなさい…と謝っている。
ギーシュは、今にもシエスタへ手を上げようとした。
「オイ、オマエ何やってンだ?」
一方通行が、ギーシュに向かって問うた。
「何だね?ああ、ルイズの召喚した平民か。みてわからないのかい?このおろかなふるまいをした平民に、礼を教えているのさ」
「礼だァ?ふざけンな。てめェがやってンのは、二股がばれたことに対する単なる八つ当たりだ。バカが」
その言葉に、ギーシュの顔が紅潮する。
「な、なんだと!元はと言えば、この平民が香水を割ったのがいけないんだ!」
「それ以前の問題だろ。お前が二股していなければ、コイツが謝れば済む問題だったンだ。てめェが二股なンざしてなければ、こンなことにはならなかったろうさ」
「ふ、ふざけるな!いや、そもそも平民に貴族の礼がなんたるかを問うた僕が馬鹿だった…もういい、下がりたまえ」
ギーシュがそう言って背を向けた。
だが
「ふざけンじゃねェ!それとも、二股がばれたやつあたりを平民にするのが貴族の礼なのかよ?」
そうだそうだー、とヤジ馬たちからも声があがった。
「ふ…いいだろう、そこまで言うのなら、君に貴族の礼がなんたるかを教えてやる!」
「決闘だっっ!!!」
「そうだな…10分後にでもヴェストリの広場に待つ。別に、来なくても構わないよ。命が惜しければ、ね」
そういうと、ギーシュは食堂を後にした
「ふン、決闘ねェ…いいぜ、やってやンよ」
そう呟くと、後ろから顔を真っ青にしたシエスタが
「だ…だめ…貴族と決闘なんかしたら…殺されちゃう…」
その時、一方通行の頭によぎった。
一万人の命の負債。
馬鹿だ、と思う。
今だって、彼が出てこなければこの少女が殴られただけで済んだだろう。
その矛先を自分に変えただけで、善人ぶろうとしているのか。
本当におかしな話だ。ふざけている。
―――だが、ここで何もしなければ、その負債は絶対に返せなくなる。そんな予感がしたのだ。
「私のせいで…」
そういうと、シエスタは走って食堂を出て行ってしまった。
すると、前からルイズがやってくる。
「ちょ、ちょっと何か勝手にやってるのよ!私も謝ってあげるから、ギーシュに謝りに行くわよ!」
「謝らねェ」
「そう、わかったのなら一緒に…ってなに言ってるの!?あんた、自分が何したかわかってるの!?貴族との決闘よ!あんた死んじゃうんだから!」
「知らねェよ。それより、広場はどこだ?」
ルイズを無視して、野次馬の一人に場所を聞き出す。
「ちょ…ちょっと!聞きなさい!あんた本当に死ぬわよ!」
何も聞こえないように、広場へ向かって歩いて行く。
「もう…!知らないわよ!勝手に決闘でも何でもやって死んじゃいなさい!」
そう云い捨てると、ルイズも食堂から走って出て行った。
一方通行が広場につくと、ギーシュを囲むようにして人壁が出ていた。
存外、ここには暇人が多いらしい。
「ふん、逃げずにきたか…どうやら、命が惜しくないようだね!」
「あいにく、お前ェごときに逃げなくちゃならないほど弱くはないンでな。」
「平民風情が…決闘を始めるぞ!」
本当に危なくなったら、飛び込んででも止めなくちゃ…
さっきはああ言ったが、ルイズは心の中でそう決意している。
本当に…あの使い魔は何を考えているのだろう。
よく考えてみれば、自分はあの使い魔について、名前と異世界から来たということしか知らない。
殆ど会話もしていない。
ただ、呼び出した相手の事をまともに知らずに死なれたくはなかった。
確かに、自分は平民が召喚されたとき落胆した。
死にたくなった。
でも、彼だって何も分からないままここに呼び出されたのだ。
自分の生活だってあるだろう。家族だっているだろう。
と、カトレアやエレオノール、やさしい父に怒るとものすごく怖い母を思う。
…許してあげよう。
あいつだって、メイドを守るためにやったことだし、悪いのはギーシュだ。
たとえ、自分が土下座することになっても、これからはアクセラレータに、少しだけ、そう、少しだけ優しくしてあげようと思った。
学院長室。
「オールドオスマン!大変です!大変なことがわかりました!」
使い魔召喚の儀式のときの立ち合いをして、フライで一方通行を部屋まで運んだ禿頭の教師が、大きな扉を乱暴にぶちあげて、肩で息をしながら入ってきた。
「何じゃ騒々しい。静かにせんかい」
「も、もうしわけありません。興奮していたもので…」
「それで、何が大変なのかね?ミス・クローデット」
「コルベール違いです。それに性別違います」
「おお、すまんすまん。それで、何が大変なのかね、ミスタ・コルベール」
「あぁ、そうでした…実は、先日行われた使い魔の儀式で召喚された、ミス・ヴァリエールの使い魔の事なのですが…」
「あぁ、あの平民のことかね?噂は聞いとるよ」
「それが…あの少年の右手に現れたルーンが珍しい形をしていたので、スケッチして調べたのです…」
「ふむ…それで?」
「なんと、あの少年は伝説の始祖ブリミルの使い魔、ヴィンダールヴのものと一致していたのです!」
「…ボケたかねミスタ・コルベール」
「ボケてません!」
「…まじ?」
「マジですマジ」
「むぅ…それが本当となると…大変なことになったのぉ」
「このことを、学院や王宮に報告しますか?」
「ほっとけ。どうせ伝えたってろくなことにらなんじゃろうて」
と、ドアが規則正しくノックされた。
「失礼します。オールド・オスマン」
出てきたのは、妙齢の美女。
メガネをかけ、短いスカートが色っぽい。
オスマンとコルベールの鼻の下が伸びている。
「おぉ、ミス・ロングビル。どうしたのかね?」
「それが…決闘が起きていて、大騒ぎになっています。」
「決闘か…で、誰と誰がそんな馬鹿なことを?」
「一人がギーシュ・ド・グラモン」
あのグラモンの馬鹿息子か、とオスマンが呟く。
「どうせ、女を取り合っての喧嘩じゃろう。相手は?」
「それが…メイジではないのです。ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです。」
オスマンの目が、鋭く鷹のように光った。
「教師達は、決闘を止めるために眠りの鐘の使用許可を求めています。」
「アホが…たかが子供の喧嘩を止めるために秘宝を持ち出すまでもあるまいて…放っておきなさい」
「わかりました」
ロングビルが去って行った。
コルベールとオスマンは目を見合わせると、
「オールド・オスマン」
「うむ」
コルベールが促し、オスマンが杖を振るった。
すると、壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。
―――そして決闘が始まった。
「僕はメイジだ!よって、魔法を使う…よもや、卑怯とは言うまいね?」
ギーシュが薔薇を振ると、地面から一体の銅像が現れた。
「僕の二つ名は「青銅のギーシュ」!よって、このワルキューレが君の相手をする!」
「ハッ、そんなチンケなもんで俺の相手をしようとはなァ!」
言いながら考える。
コモン・マジックやルイズの失敗魔法すら反射できなかったのだ。
おそらく、「土」系統の魔法のあの人形の攻撃は反射できないだろう。
見た目でも、まともに攻撃されたらただの怪我じゃ済まない事が理解できる。
しかし、あの程度なら。
あの程度なら、攻撃される前に楽に倒せるだろう。
そう、何も反射は最強の防御というだけではないのだ。
その反射によって、砂利を蹴ればその衝撃を操り、散弾銃のように攻撃することができる…例え地面が土でも、そこそこの威力はでる。
あの青銅でできたものなど、破壊できる程度の威力は。
「お…らァッ!」
ドンッ!っと土が凄まじい勢いで吹きとぶ。
「なっ!?」
中に含まれる小石も混じり、青銅のワルキューレをた易く粉砕する。
なんだあれ…。あの平民もメイジなのか!?いや、杖は持ってないぞ!先住魔法か!
野次馬達がざわめきだす。
だが、一番驚いたのはギーシュだ。
いくら平民相手だからと力を抜いていたとはいえ、自分のゴーレムが簡単に破壊されたのである。
「ふ、ふん…どうやら少しはやるようだね。いいだろう。本気を見せてあげるよ!」
杖を振ると、ワルキューレが6体現れた。
「6体、か…」
彼の頭が凄まじい勢いで演算を開始する。
あの力を見た以上、おそらく自分が出せるだけのワルキューレを出したに違いない。
6体以上同時に出せないのか、それとも力すべてを使って6体なのか。
後者ならば、土を飛ばすだけでも時間をかければ何とかなるだろう。
しかし、前者の場合、対策を見つけられて突破される可能性が高い。
さらに、先ほどと同じように攻撃すればそのすきにほかのやつらから攻撃を食らう。
距離を離せば、その分威力が落ちさらに時間がかかり、同じく危険度は増す。
ならば。
手を空中に伸ばし、かき回す。
「安心しな、一瞬で終わらせてやンよ」
手を振ったその瞬間。
1秒とかからず大気の流れを制御し、暴風を操る。
―――――轟ッ!!!
風速120メートルの暴風が、壁となってワルキューレを空へと巻き上げる。
30メートルは軽く超えた高さへとワルキューレが舞い上がり、落下した。
グシャッ!と音をたて、地面に激突する。
四肢は千切れ飛び、そのうちのいくつかはヤジ馬に直撃した。
「な…なな…な…」
驚きのあまり、言葉すら口にできないのか。
ギーシュだけでなく、野次馬達も混乱の極みにいた。
今のは一体なんだんだ!あいつは一体なんだ!スクウェアクラスのメイジなのか!いや、先住魔法だ!エルフだ!亜人だ!
それを無視するようにすたすたと歩いてギーシュの元へと歩いて行く。
「ひ…ひぃっ」
おびえたように距離を取ろうとするギーシュ。
そこへ
ズンッ!
土が散弾銃のように前へ飛び出す。
「ぐがっ」
ギーシュが1メートルは吹っ飛ぶ。
「がはっ…ハァハァ…」
肩で息をしながら、一方通行を見上げた。
その眼には、助かりたい。という文字が書いてある。それだけでは無い。
なぜ、自分がこんな目に合わなくちゃいけないんだ!とも書いてあった。
「た…助けてくれ!僕が悪かった!あやまるから!」
ゲスが…
殺す気で来たくせに、自分が危なくなると途端にこんな卑屈な表情をする。
ギーシュの言葉と表情が、彼を余計に駆り立てる。
ズンッ!
もう一発。今度は至近距離だ。
3メートルは吹っ飛んだだろうか。
やはり、土なので威力は低い。
だが、それが余計に苦しみを長引かせる。
腹部にもろに当たり、空気がすべて吐き出させられる。
ついでに、胃の内容物もすべて吐き出した。
「ガッ…ガフッ…たす…ゲッ」
もう一発。
「ギャッ」
もう一発。もう一発。もう一発。
何もしゃべれなくなり、のたうちまわるだけになった。
「そろそろ殺すかァ。なァ。おめェは俺を殺そうとしたんだ。俺がおめェを殺しても、文句はいわねェよな」
その言葉を聞き、ギーシュは余計に大きくもがきだした。
何を言ってるのかもわからない状態で、息を吐きながら口を開けたりしめたりしている。
地面から、どう考えても失敗したとしか思えないようなボロボロのワルキューレが姿をあらわした。
ギーシュが命を削って作りだした、最後のワルキューレ。
足が無く、腕も一本、頭もない。
ただ、一本の手で剣を握っていた。
………もー、いーかなァ。
一方通行が地面を蹴ろうとした。
瞬間。
目の前を、ピンク色の何かが遮った。
「も、もういいでしょ!ギーシュ死にそうじゃない!確かにこれは決闘だけど、でも命までとらなくたって!」
ルイズだ。
何でこいつをかばうのだろうか。
「オイオイ、何言ってくれちゃってンですかご主人様。こいつは俺を殺そうとしたンだぞ?ならコロサレル覚悟があるってこった」
「そ、そんなこと関係ない!あんたがギーシュを殺したら今度こそ本当にあんた殺されるのよ!平民が貴族を殺したなんて知られたら、あちこちから兵隊がやってくるわ!」
「…あァ、そういえば使い魔の不始末は主人の不始末だっけなァ。俺が殺したらお前がいろいろとヤバイってわけか」
ルイズが沈黙した。下を向いてぶるぶると震えている。
「ハイハイ、わかりましたよご主人様。貴族様は殺したらイケナインですね?」
「この…バカッ!」
「な…」
「私がやばい?そんなことどうでもいいわよ!あんたがギーシュを殺したら、あんたが死ぬのよ!そんなの放っておけるわけないじゃない!人を馬鹿にするのもいい加減にしなさい!!」
ボロボロと、ルイズは涙をこぼした
「あ、あんたが…死んじゃうのよ…い、いきなり召喚して悪かったって思ってるんだから…死んじゃったら謝ることだってできないじゃない…心配したってあたりまえじゃない…」
一歩通行は驚いていた。
違う世界だと、ここまで違うのか。
それとも、魔法のある世界だからか。
それとも、彼の事を何も知らないからか。
彼女は学園都市に居ても、一方通行にこんな風に、対等に接してくれるのだろうか。
わからない。
だけど、確かに今、彼女は彼と対等だった。
「心配」
そんな事を言われたのは、いつ以来だろう。
能力開発をする前、彼がまだありきたりな4つの漢字でできた名前だった頃だっただろうか。
思い出せない。
ただ、嬉しかった。
純粋に、心配されるということが、これほどうれしいことなのか。
当たり前だ。
だって、認めてくれたのだから。
一人の人間として。
最強でも無く、化け物でも無く、最弱でも無く、使い魔でも無く。
一万人を殺した、血に濡れた自分を。
「絶対」になんてならなくても。
石ころに躓いてしまったような偶然によって呼び出された自分が、この少女によって、初めて人間として扱われたのだ。
「ル…イズ」
「やっと…やっと名前で呼んだわねこの馬鹿」
泣いていながら、わずかにのぞく笑顔。
その、後ろ。
剣を振り上げたワルキューレ。
すでに、ギーシュは気を失いつつあった。
自分が何をしているのかわからないだろう。
ただ、死にたくない。
その一心で生み出した、出来そこないのワルキューレ。
それが、今、ルイズに向かって剣を振り上げた。
「どっ…けぇ!」
気がついたら、体がルイズを押しのけていた。
ルイズがダメージを受けたら自分もダメージを受ける。
そんな事を考えるより先に、体が動いた。
「アクセ…」
ルイズが振り向き、何事かを話しかけようとした瞬間に
ワルキューレの剣は、一方通行へと振り下ろされた。
「そんな…うそ…あくせられーた?…アクセラレータ!?」
出来そこないのワルキューレの腕は、完全に振り下ろされ、地面まで延びていた。
「そんな…私のせいで…私が出てこなければ…あぁ…あ…」
「何勘違いしてンだよ馬鹿」
え?とルイズが一方通行を見る。
傷一つない。
ワルキューレをよく見ると、手くびが千切れていた。
「そうだよなァ…良く考えたら、魔法なンざすでに制御してンじゃねェか」
たとえば、学院の床。
一方通行は、歩くときの衝撃すら「向き」を制御して、足に負担が一切来ないようにしていた。
そして、その床にはスクウェアクラスの固定化の魔法がかけられている。
魔法に対して一切の「向き」の制御がきかないのであれば、学院の中を全く負担をかけずに歩くなんてことができるはずがない。
つまり、彼の反射は魔法にも作用するようだ。
しかし、フライのようなコモン・マジックやルイズの失敗魔法だけは反射することができなかった。
4大系統のものは反射できても、それ以外は無理らしい。
それが何なのかはおいおい考えていけばいいだろう。
ギーシュの方を見ると、誰かが介抱している。
先ほど、ギーシュに左ビンタをくらわせたモンモランシーのようだ。
あちらは特にする必要はないと判断したところで、前からシエスタがおずおずと現れた。
顔が赤く染まり、目が真っ赤だ。
さっきまで泣いていたのかもしれない。
「良かった…アクセラレータさん…でも、ごめんなさい…逃げてしまって…。」
「気にすンな。あいつを見れば何の能力も無い人間にどうしようもないことくらいわかンよ。逃げても当然だろ」
「でも…だからと言って貴方を身代わりにして逃げたんです…」
「…飯の礼だ」
「え?」
「俺にシチューくれたろ。あれの礼にやったンだ。これでチャラだ。それよりも、よければ、また今度も、作ってくれないか?」
そういうと、パアっと顔を輝かした。
「はいっ!」
無理して優しく言った甲斐はあったのだろう。
その笑顔を見ると、心が洗われるような気がした。
そして、心がほんの少しだけ、本当に少しだけ軽くなったような気がした。
一万人の命の罪。
その、本当にわずかな部分。
例えるなら、一億円の借金の中から1円だけ返した。
だが、それでも十分だった。
きっと、この巨額の借金は一生何かをしたくらいじゃ返せない。
でも、何もしなければ絶対に返せない。
1円ずつでも、少しずつでも返す。
そのために、守ろう。
ルイズや、シエスタだけではない。
この世の闇から、光の世界を。
何も知らず、善良に生きている一般市民の幸せを、理不尽に奪う半端な悪党から。
完全な闇に浸かっている、筋金入りの悪党が。
すべてを守ることなどできない。
でも、彼の手の届く範囲だけでも。少しでも守る。
一方通行の中に、その決意が芽生えた。
「か…彼は一体何者なのでしょうか…?」
「むぅ…わからんのぉ。そもそも、あんなもの魔法ではあるまいて。先住魔法か、あるいはそれ以外か…」
「これが…ヴィンダールヴの力なのでしょうか」
「いや…伝説には、ヴィンダールヴはあくまで獣を操る力とあるが…今のは、寧ろ始祖ブリミルの領域…むぅ」
#navi(とある使い魔の一方通行)
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