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「ゼロの夢幻竜-09」(2009/02/11 (水) 14:20:26) の最新版変更点
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#navi(ゼロの夢幻竜)
ラティアスは今日が良い日になると信じていた。
朝、ご主人様から頼まれた洗濯は手早くきちんと済ませる事が出来たし、僥倖ではあったが自身の変身能力を通して新たな友人も手に入れた。
ところが午前中の授業の一件を皮切りに不快な事が続いていく。
あの時教室に集まった生徒達はみんな揃いも揃ってご主人であるルイズを馬鹿にしていた。
確かにご主人は魔法が不得手かもしれない。
しかし彼女はルイズの勉強熱心な性格、いや実技が及ばない代わりに学科で追いついてやろうという精神の一端を、昨夜自分に行った質問ラッシュで垣間見る事となった。
そんなご主人の事も知らないで一方的にご主人を『ゼロ』呼ばわりしたのが気に喰わない。
ご主人様と二人きりの片付けの時、超能力を使ったおかげで作業がさっさと済んだのを褒められたのは良かったが。
それと赤毛の……キュルケという女性はご主人様を馬鹿にしてばっかりで正直心苦しい。
でも何故かは分からないが本気で、心底本気で馬鹿にしている訳ではないと言うのが何処と無く推し量れた。
その感情を有り難くも若干もどかしく感じている中、遂に我慢なら無い事が起きた。
先程のギーシュという少年が二股などという自分で蒔いた種から起こった別れ劇。
なのに、原因である彼はそれを自分の責任だと自覚して二人の少女に謝りに行くどころか、怒りの捌け口を無理矢理こちらに向けてきた。
こちらは事情なんか粉微塵も知らない為、只の親切心でやった事なのに。
今はいい加減に我慢の限界が来ていたラティアスの怒りが爆発した時であった。
意思疎通術をギーシュに絞った為に、彼はあちこちをきょろきょろと見回して、「誰だ!今僕の事を『女の子泣かせさん』と呼んだ娘は?!」と叫んでいる。
そして何の説明も無しにラティアスの意思疎通を喰らった者達と同じ様に頭を数回自分の手で叩く。
もっと混乱させてやろうとラティアスは更に続けた。
「二股をかけているあなたが悪いんですよ?それは事実じゃないですか。そもそも、そんなどっちつかずの事をやってずっとばれないとでも思っていたんですか?あと、自業自得と言えるその一件を他人のせいにして癇癪を起こすなんて、許される事ではないですよ……」
「誰だ!一体誰なんだ!さっきから話しかけているのは?!誰か答えてくれ!」
しかし皆は顔を合わせて「ギーシュに話しかけている娘なんて誰もいないよなあ?」と口を揃える。
それを聞いてギーシュはますます混乱する。
慌てて両手で両耳を押さえるが、そんな事をしても無意味だと分かっているラティアスは、徐々に平坦な口調にしていき精神的な恐怖感を煽っていく。
「私はあなたの直ぐ近くにいる。あなたはただ気づいていないだけ。ちゃんと本当の事に目を向けていれば……そんなに恐がる事もないのに。」
最早ギーシュは周りに気が触れたかと思われても構わなかった。
人の心に土足で上がりこんで来るのは誰なのかを探し出そうと躍起になっていた。
「やいっ!貴族を脅かすとは上等じゃないか!それにもし僕の近くにいるなら姿くらいこちらに分かる様にしたらどうだ!それが出来ないのなら君は真性の臆病者だ!卑怯者だ!どうした?!さあ、悔しかったら出て来い!」
その言葉にラティアスは人間形態のままギーシュに近づく。
そして彼の真正面、一メイルも離れていない場所に立つと満面の笑みで言い放った。
「私ですよ。女の子泣かせさん。」
あまりに信じられないその一言にギーシュは大笑いをし始めた。
だが、目の前にいるメイドが表情を一片も崩さずただ立ち続けるのを見た彼からは、次第に笑い声が消えていった。
そしてその顔が段々と引き攣っていく。
「本当に君なのか?」
「はい!」
と、次の瞬間ギーシュは近くにあった椅子の上で体を回転させると、さっと足を組んでこう言い放つ。
「馬鹿も休み休み言いたまえ……平民の癖にどんな術を使ったかは大変気になるが……いや、待てよ。平民でなければ君は貴族崩れのメイジか?」
「そこはあなたのご想像にお任せします。」
「そうか。だが今はそれを話すべき時じゃないので一応脇へ置いておこう。それよりもだな、君。僕は君が香水を差し出したときに知らないフリをしたじゃないか。話を合わせるぐらいの機転があってもいいものだろう?」
「……私の話ちっとも聞いてないじゃない……機転も何も男の子としてとってもみっともない事やってたあなたの方が悪いんでしょ?!」
呆れかえった表情と動作でラティアスは事実を述べる。
その時、ギーシュの眼が微かに光る。
「どうやら君は貴族に対する礼を知らないようだな。」
「……そんな物、知らなくても生きていける所から来ましたから。」
「ほう、それが事実ならちょっとした驚きだな。よかろう!君に礼儀を教えてやろう!丁度良い腹ごなしだ。」
「はあ。あなたが主演の一人芝居をお手伝いですか?気は乗りませんけど……やるしかないみたいですね。」
流石にその台詞には我慢ならなかったのか、ギーシュの口端がぴくぴくと痙攣した様に動く。
ラティアスは側までやって来たシエスタに、自分の持っていた銀の大きなトレイを渡してから、離れてと言う様に片手を彼女の前にすっと出す。
「今からここでやるんですか?」
「ふざけるな。貴族の食卓を平民の血で汚せるか。ヴェストリの広場で待っている。仕事が一段落したら来たまえ。」
ギーシュは数人の友人を引き連れその場を去って行った。
彼等の多くは何故何も喋らないメイドに怒鳴り散らしていたのかその理由をギーシュに訊いていた。
それと同時に発せられる、久々に面白い物が見られるぞというわくわくした声といったらない。
但し取り巻きの一人だけが、ラティアスが逃げ出さないようテーブルに座って見張っている。
それも気にせず仕事に戻ろうかとラティアスが振り向くと、シエスタが顔面蒼白で小刻みに震えながらその場に棒立ちになっていた。
「ラティアス……あ、あなた殺されちゃう……!」
「へっ?だ、大丈夫、心配しないでよ、シエスタ。幾らなんでもそこまでは……」
「貴族を本気で怒らせたら……」
それっきりシエスタは厨房の方へ走って逃げていってしまう。
その代わりに後ろからはかなりご立腹のルイズがやって来た。
「ラティアス!何してるのよ!」
「何ってご主人様、今は好意でメイドの仕事をしているだけで……」
「そうじゃないわ!全部見てたわよ!何で決闘の約束なんかしたのよ!」
「あの人は自分が悪いのに、責任を私に押し付けて怒ってきたからです。」
今のラティアスはいつもルイズに見せている可愛気のある表情はしていない。
あくまでも毅然とした態度でルイズの質問に答える。
その様子にルイズは溜め息を吐き、ラティアスの腕を掴んで歩き始めた。
「ギーシュに謝りなさい。」
「どうしてですか?」
「怪我したくないんでしょ?ならそうするしかないの。今ならまだ許してくれるかもしれないわ。」
その言葉にラティアスは、ルイズの腕を振り解いてから落ち着き払った声で言う。
「ご主人様。私はただ本当の事を言っただけです。それにこの姿を見ていただければ分かりますけど私も女の子です。あの二人の女の子の気持ちは痛いほどよく分かります。ですから……」
その先の言葉にルイズが耳を貸す事は無い。
ラティアスの腕を掴み直し再び歩き始める。
外に通じる戸の近くまで来た時、あまりの理不尽さを感じたラティアスは耐え切れずに質問した。
「ご主人様。何故私が謝らなければならないんですか?」
「あんたねぇ……いい?幾らあんたが力を持っていたとしても、使い魔が貴族に勝つ事なんて事は絶対に出来ないのよ!怪我で済んだらまだましな方だわ。」
「怪我をするかもしれないというのなら覚悟は出来ています。この世界の社会におけるルールに反した態度を取っているという自覚もあります。でも正しい事をした人が馬鹿を見続けなくてはならないなんておかしいんじゃないですか?!」
二人っきりの時は甘える様な声と口調をするラティアスが、その時ばかりはかなり厳しいものを発していた。
ルイズが黙った一瞬の隙を突いて、ラティアスは外に出て誰もいない事を見計らった後で変身を解き、ギーシュを探し出す。
「ああ、もう!あんな奴放っておけばいいのに!!」
ルイズはやっていられないとばかりに大声を響かせラティアスの後を追った。
教鞭が振るわれる『風』と『火』の塔の間にある、日の当たりがあまりよろしくない中庭、そここそがヴェストリ広場である。
今やそこには百人近い生徒達が集まっていた。
理由は勿論、決闘が行われるという噂を聞きつけたからである。
「諸君!決闘だ!!」
一大エンターテインメントが行われるかのような口ぶりでギーシュが言うと、広場のあちこちから喚声があがった。
ここ最近まともな娯楽から遠ざかっていた者にとっては最高の見物であったからだ。
そのギーシュと向かい合うように人間形態のラティアスが5メイル程離れた所に立っていた。
その表情は真剣そのものである。
頭の中で彼女は自責の念にかられていた。
自分もうっかりではすまない事をしたものだ。
ポケットから落ちた香水を取りに行って、落とした本人にそれが落ちた事を告げるなんて側に居たシエスタでも出来た事だ。
ただその事に真っ先に気付いたのが自分だったというだけ。
やはり、直ぐ後にその事を彼女に指摘すれば良かった。
声を出す事の出来ない自分が何故行こうとしたのか……これだけは言える。
自分は完全に親切心の元で行ったのだ。
それこそ声の事も忘れて……褒められるものだと思って……
そんな彼女の思いをそっちのけで周りは盛り上がっていく。
「ギーシュが決闘するぞ!相手は貴族崩れのメイドだ!」
まったく、人間の口とは有る事無い事をぽんぽん言う事が出来る様になっているものだ。
『口をきく事が出来ない、暗い過去を背負ったメイド』というラティアスの人間形態に於ける肩書きは、今や『元貴族で、弱いがメイジだった事もあるメイド』になっている。
ギーシュは向けられる声援に腕を振って応えている。
また、どちらが勝つのか見物の勝負は金貨を賭ける者まで出始める程だった。
「取り敢えず、逃げずに来た事は褒めてやろうじゃないか。」
ギーシュは手にしている薔薇の花弁を弄りながら歌う様に言う。
あんな事があった後なのに、いちいち仕草に格好を付ける理由が分からないラティアスは
溜め息混じりに一言告げる。
「全力できなさい。」
「全力だって?ふん。良いだろう。獅子は小さく脆弱な獲物でも狩る時に全力を出すものだ。ご期待に沿おうじゃないか。」
ギーシュはラティアスに対して余裕の表情を見せ薔薇の花を振る。
そこから一枚の花弁が宙に舞い、地面に落ちる直前、甲冑を来た女戦士の人形となった。
身長が人間と同じくらいのそれは、陽の光を受けて少しくすんだ青緑色に光る。
「僕はメイジだから魔法を使って戦わせてもらう。文句は無いだろう?因みに僕に与えられた二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ。」
得意気に話すギーシュ。
その返事として、ラティアスは意思疎通範囲を広場にいた全員にまで拡げて叫んだ。
「いいわ。じゃあこっちも全力でいくよ!」
ラティアスがお約束の姿勢を取ると体は一気に光に包まれ元の姿へと変わる。
同時に、広場全体に爆発した様な驚嘆の声、そしてパニックが広がる。
手に持っている物を落としてその場に何も出来ずに佇んでいる者はまだいい。
あまりの出来事に腰を抜かす者、攻撃されないよう寮塔へ全速力で駆けて行く者、そして気を失う者が続出した。
無理も無い。今まで自分達が人間だと思っていた存在が、目の前で突然別種の生き物の姿へと変貌したのだから。
勿論、ギーシュもその一人である。
彼はワルキューレ一体を使って相手を打ちのめした後は、お詫びの言葉でも言わせて早々に決着をつかせようとしていた。
その算段が始めから狂い、おまけに現れたのが自分の学年だけでなく、他の学年や学校に仕える平民達の間でも有名になったルイズの使い魔だったからたまったものではない。
一方ラティアスはそんな周りの反応を冷静に捉え、ギーシュに対して話しかける。
「一つだけ約束して。もし私が勝ったら泣かせた女の子達に謝りに行く事。」
「う、う、五月蝿いッ!『ゼロ』のルイズが召喚した使い魔の癖に随分と生意気じゃないか!こけおどしもいいところだ!風竜だかなんだか知らないが、身の程を弁えろ!!行けえっ、ワルキューレ!」
ギーシュはそう言って慌てて薔薇を振る。
それらもやはり剣や斧を持った青銅の人形に姿を変えた。
そして人形ことワルキューレ達は武器を構え、一斉にラティアスの方に向け突進する。
が、彼女はひらりと身をかわしつつ、こう付け加えた。
「もう一つ。ご主人様を馬鹿にした事を私の前で謝りなさい!」
ヴェストリの広場が異様な騒ぎに包まれていた頃、学院長室ではコルベールが泡を飛ばしながらオスマン氏に事情を説明していた。
召喚の儀、風竜とは違った生き物、その生き物の左手に契約の証として浮き出たルーン、そしてその意味……
ルーンのスケッチを見ていたオスマンは厳粛な声でコルベールの話を纏める。
「調査の結果、始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』に行き着いたという訳じゃな?」
「その通りです!あの奇妙な大型の鳥とも竜とも言える生き物の左手に刻まれたルーンは、伝説の使い魔『ガンダールヴ』に刻まれていた物と全く同じであります!」
「で?君の結論は?」
「あの使い魔は『ガンダールヴ』です!これが大事じゃなくて何なんですか?!オールド・オスマン!」
コルベールは興奮した雰囲気で一気にまくし立てる。
しかしオスマンは流石に動じることは無く、極めて落ち着いた口調で話を続ける。
「ふむ。確かにルーンは同じじゃ。あのヴァリエール家の三女が使い魔として呼び出した何とも形容のし難い生き物が『ガンダールヴ』となった、という事になるかの。」
「どうしましょうか?」
「まあ、待つのじゃ。証拠の決め手が今のところこのルーンしかないのであれば何の行動も起こせまい。」
「確かに……仰るとおりですな。」
するとドアの外側からノックが聞こえてくる。
「誰じゃ?」
「私です。オールド・オスマン。ロングビルです。」
「何かあったのかね?」
「はい。ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がおり騒ぎになっています。
何人か教師が止めに入ったのですが生徒達に邪魔されて上手くいっていないようです。」
「まったく……暇をもてあました貴族ほど質の悪い生き物はおらんわい。で、誰が暴れておるんじゃ?」
「二年生、シゲルクラス在籍のギーシュ・ド・グラモンです。」
「あのグラモンとこの馬鹿息子か。オヤジも色の道では剛の者じゃったが、息子も輪をかけて好きじゃ。大方女の子の取り合いじゃろう。それで相手は?」
「それがメイジではありません。平民のメイド……ではなく!ミス・ヴァリエールの使い魔のようです。」
その言葉にオスマン氏とコルベールは顔を見合わせる。
「平民のメイド?ミス・ヴァリエールの使い魔?という事は一体どういう事じゃ?」
その質問にミス・ロングビルは更に驚くべき事を告げる。
「はい。私も実際に見て驚いたのですが、あの使い魔は人間に姿を変える事が出来ます。また本人の心の内容を直接他人の心に伝達する、精神感応を行う事が出来るという話ですし、人語もきちんと分かっています。
一瞬先住魔法かと思ったほどで……それと、教師陣は決闘を止める為に『眠りの鐘』の使用許可を求めております。如何なされますか?」
「アホか。たかだか子供の起こした喧嘩を止めるのに秘法を使ってどうする。放って置きなさい。」
「分かりました。」
程無くミス・ロングビルがドアの前から立ち去っていく音が聞こえてきた。
「さてと、事態は『ガンダールヴ』の一件抜きでも無視出来ん事となったのう。その事について調べる前に、ミス・ヴァリエールが召喚した生き物が一体何でどういう力を持っているのか……話は先ずそこから始めた方が良さそうじゃな。」
そう言ってオスマン氏は杖を振る。
すると壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。
もう何も聞こえる物は無い。
取り巻きの生徒達が発する喚声も、ギーシュが喚き散らしている事も。
気にしていたら目の前に振り下ろされる剣や斧の動きが掴めなくなる。
彼女ことラティアスはすんでの所で常に相手の一撃を避けていた。
始め彼女はギーシュがワルキューレを一気に七体も召喚した事に対していささか立腹してしまった。
こちらが圧倒的に不利になるからなのは言うまでも無い。
だが直ぐに自身の優位性に気づいた。
自分は空を飛ぶことが出来る。
地面を移動する事しか出来ず、接近戦用の武器しか持ち合わせていないワルキューレに比べれば攻撃の範囲は格段にこちらの方が上である。
おまけに彼等は動きこそ速いものの、その動線は結構単調な物であるし、集中すれば読み取れなくも無い。
とは言え、いつまでも付き合っていればこちらの体力が干上がってしまう……
自分の持つ技で決めるしかない!
その時、広場に澄んだ声が響き渡る。
「ラティアス!」
ルイズだった。側には心配そうなシエスタ、そして2、3歩離れた所から面白そうに眺めているキュルケがいる。
彼女等の姿を認めたギーシュは震える声でルイズに質問をした。
「お、おい、ルイズ!君の使い魔は一体何なんだい?!人の姿はするし、僕に声も使わず話しかけてきた!おまけに僕に恥をかかせたばかりか愚弄までしてきたんだぞ!」
その内容にルイズはついラティアスを厳しい目線で見てしまう。
ラティアスにとってみればギーシュの方が、自分や自分の主人を馬鹿にしていた事を棚に上げているのだから、その事こそ頭に来ていた。
真っ先に怒鳴ったのはルイズの方だった。
「ラティアス!ギーシュに今すぐ、この場で、謝りなさい!いう事がきけないの?使い魔でしょ?!!」
「嫌です。」
「ちょっと!何でよ?!」
「私はご主人様の使い魔。言う事はきかなくちゃいけない。言われた事をこなさなきゃいけない。」
「そうよ!私は『決闘に応じろ』なんて一言も言ってないわ!あんた頭良いんでしょ?!それが分かってるなら勝手な真似は止めなさい!!」
決闘中であるにも拘らず惨めな物だな。
そう思ったギーシュはつい虚勢を張った。
「は、はは。っはははっ!主人の言う事も碌にきけない使い魔か!さ、流石は『ゼロ』のルイズが召喚しただけの事はあるな!実力があるように見えて結局ただのハッタリか!これはいいな。」
その言葉にラティアスの頭の中で何かがプツリと音をたてて切れた。
人間より低い体温をなしている血液の流れが、沸騰しそうなほど速くなっているのを彼女は感じ取る。
その時、ラティアスの左手にあるルーンが強く青白色に光りだした。
「私の居場所を作ってくれて、世話をしてくれているご主人様を馬鹿にするのは絶対に許さない!」
そう叫びラティアスは上空5メイルほどの所に揚がる。
そして口をかぱっと開けると、白く霧の様な球体の物が幾つもその周囲に現れた。
更に霧は猛烈に渦巻く風によって包まれ、勢いを急激に増やしていく。
周りがそれに注目したその瞬間、直径20サント程になった球体はワルキューレが集まっている部分に向けて何発も撃ち出された。
ギーシュが退く命令を出す前に、ワルキューレは一気に球体に巻き込まれる。
強烈な風にワルキューレは成す術も無く、空中で衝突を繰り返し、そして地面に叩きつけられていく。
驚く事に球体は地面に着弾すると、その何倍もの大きさにまで膨れ上がり互いに覆いきれていない所を覆っていった。
しっかりと立っていなければ飛ばされてしまうほど強烈な風が広場に吹き荒れる。
次いでじめっとする湿気が忽ち広がっていった。
それらが治まった後、ワルキューレが立っていたであろう場所に目を向けた生徒達はあっと息を飲んだ。
そこにはただあちこちに四散した青銅の破片しかなかったからである。
見かけは強靭そうでも中身ががらんどうだったワルキューレの成れの果てであった。
そして当のギーシュはというと……どうやらあの猛烈な風に飛ばされたらしく、背後にあった塔にいやというほど体を打ちつけた状態でその場にへたりこんでいた。
もし彼の意識がはっきりしていたとしても、ドットクラスの彼はもうワルキューレを呼び出すなんて事は出来なかったし、
出来たとしても肝心の薔薇に見立てた杖はもう一枚の花弁も残していなかったからだ。
ラティアスはそこまで飛んで行って人間形態に変身した後、未だ頭をふらふらとさせている彼の口から茎だけとなった薔薇を奪い、首元を引っ掴み怒鳴りつける。
「まだやる?!」
可愛らしい顔に似合わぬあまりの凄み。
杖である薔薇まで奪われてしまった為にギーシュは上ずった声で答える。
「ま、参った……君の勝ちだ。」
「じゃあ、さっきの約束ちゃんと守りなさい。」
「約束?さ、さあ?大きな音が続いていたもので何のことやら……」
「それ以上すっ呆けたら問答無用で直接さっきと同じやつを喰らわすわよ?」
「わっ、分かった!分かったから!……君の主人を馬鹿にして悪かった。すまない。」
ギーシュは座ったままラティアスに向けて頭を下げる。
その瞬間、見物人達は一斉に歓声をあげた。
凄い使い魔だ!だとかギーシュが負けたぞ!だとか。
ただしその当の使い魔はある疑問に首を捻っていた真っ最中だった。
ラティアスは自分の中では、威力の比較的小さい技を放ったつもりだった。
しかも自分は元いた世界でもそんなに強い技をくり出す方ではなかった。
だからここに来る前は、仲間内でもその事をからかわれたり冷やかされたりしたものだ。
しかし結果は自分の想像していた事以上の事が起こった。
せいぜい敵の動きを撹乱する為に使うつもりだったし、あんな威力は望んではなかった。
では一体何故あんな力が出てきたのだろう?
それと空中に上がった時から気になっていた左手のルーンの発光。
あれが光ると同時に体が今までより軽く感じられるようになった。
ひょっとすると、技が強力になったのもそのせいなんだろうか?
色々と考えていると、ルイズが彼女の方に向かって走り寄って来ていた。
それに合わせて命令を無視したお叱りを受けようと構えるが、突然全身をどっと襲った疲労感がそれを出来なくさせた。
ルイズはどたっと倒れたラティアスに思わず駆け寄り叫ぶ。
「ラティアス!」
その身を抱えようとするものの、想いの他重かった為か支えきれずに上半身だけを膝元に乗せた姿勢となった。
怪我と言う怪我はほぼ無い。
ラティアスはただ安らかそうに寝息をたてているだけだった。
そこへ騒ぎの一員であったギーシュがやって来て、ラティアスをしげしげと眺めつつ言った。
「ルイズ。一体何なんだ?この使い魔、いや、生き物は?風竜だ、なんてごまかしはきかないよ。それらのどんな種類よりも小さいし、口を使わずに僕の心へ直接話しかけもしてきた。見ての通り人にも変身する。
おまけにあの強靭な風の一撃。まあ、ああいうのを出せる生き物は、それこそ極稀にいるかもしれないし、まだ詳しい事は分からないけど僕自身あの技はラインかトライアングルクラスのものだと思う。人間だったらそれを杖無し、詠唱無しで繰り出すのは有り得ないがね。」
「私だってこの子が何なのかまだ全然分からないのよ。そんなに一偏に質問されたって分かる訳ないじゃない。」
しかしそれは多分に虚偽を含んでいた。
昨夜訊けるだけの事は訊いたから分からないと言う事はほんの少しばかり減った。
だがそれでもラティアスや、彼女が前にいた世界の事を全て理解した訳ではない。
現に今しがた彼女が見せた物でさえ、ルイズは詳しい説明を受けていなかった。
何か薄ぼんやりと技という物を発する事が出来ると言ってはいたが、ここまでの物とは考えていなかったからだ。
見る人が見ればハルケギニアの人々と対立しているエルフが使う先住魔法とも取られかねない。
首を傾げるギーシュを余所に、ルイズは再度ラティアスを担ごうとするものの、数歩歩んで失敗する。
見かねた生徒の誰かが『レビテーション』の魔法をラティアスにかける。
ルイズは彼女の体を押しつつ思う。
―ラティアス、あなたは一体何なの?―
学院長室で決闘の一部始終を見ていたオスマンとコルベールは、互いに神妙な面持ちで顔を合わせた。
またコルベールの顔には明らかに動揺が走っている。
とても見たことを信じられないといった表情といえばそれに当たるだろう。
「学院長はどうお考えになられますか?ミス・ヴァリエールの使い魔を。」
「ふむ……確かにある程度研鑽を積んだ者なら、伝説の古代竜である韻竜と言ってしまえば納得するじゃろ。しかしそう決め付けるのは間違いじゃ。
知っての通り韻竜は遠い昔に絶滅したと言われておるし、もしまだ存在するとしても、知られている絶滅種の文献を漁っても、あれほど小型の物はおるまい。新種と言われればそれまでじゃがな。」
そう言ってオスマンは豊かに蓄えた長い顎鬚を撫でながら続ける。
「『ガンダールヴ』の一件を君が推したいのも分かる。このスケッチを見せられた時にはもしやとも思った。」
「では、尚の事王宮に報告をしなければ……」
「それには及ばん。『千人の軍隊を壊滅させ、並みのメイジも歯が立たなかった』という伝説を真実だと仮定したならば、王室の盆暗どもは暇潰しの戦争を行う為に格好の玩具を手にした事になるぞい。
もっと言えば生物研究の題材として王立魔法研究所‘アカデミー’の連中も目を付けかねんしの。生徒にそんな不快な思いはさせたくないじゃろ、ミスタ・コルベール?」
その時オスマンの目の奥が鋭く光る。
彼もまた、生徒を上の意向で好き勝手に振り回されたくないと考えていたからだ。
「勿論ですとも。学院長の深謀には恐れ入ります。」
「この事は一切他言無用じゃ。よいな、ミスタ・コルベール?」
「は、はい!かしこまりました!」
「頼んだぞ。」
コルベールはしゃっちょこばって挨拶をする。
遠き伝説の世界にてその名が知られている伝説の使い魔『ガンダールヴ』。
本当にこの世で蘇ったのかと思いつつオスマンは、『遠見の鏡』が映す広場の様子をいつまでも見ていた。
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小ネタ:ブリミルの導き
ここは神聖なる始祖ブリミルのお導きを受ける事が出来る教会。
さあ、迷える子羊たちよ悩みを打ち明けなさい。
サイト「あのオレの出番は?」
神父「ここでその質問はKY甚だしいです。無いのがデフォルトと考えてください。」
ギーシュ「教えてください。僕は後何回ボッコボコにされなければならないんでしょうか?」
神父「確たる事は言えませんが、少なくともあと100回以上はそうなる覚悟をしていて下さい。それがあなたが持つ一種の宿命です。」
ギーシュ「<´д`>」
シエスタ「私のおじいちゃんの役職がころころ変わるんです。」
神父「臨機応変に順応して下さい。過去の史実としてそれを受け入れなければ光明は見えませんよ。」
ワルド「死亡フラグは回避できませんか?」
神父「少なくとも原作より扱いはそこそこ良い作品があるので悲観はせず強く生きてください。」
コルベール「額の後退が止まらないんです。」
神父「強く生きてください。」
テファ「あの私の出番は?」
神父「8巻辺りまで書き上げる職人さんがまだあまりいらっしゃらないので今は辛抱強く待っていてください。」
ルイズ「神父様、教えてください。後何回私は変な使い魔を召喚してファーストキスを奪われなければならないんでしょうか?」
神父「ギーシュ君の二倍近くの回数を想定しておいて下さい。当たりをひくもはずれをひくも職人さん次第ですが。」
お後が宜しいようで(笑)。
#navi(ゼロの夢幻竜)
#navi(ゼロの夢幻竜)
ラティアスは今日が良い日になると信じていた。
朝、ご主人様から頼まれた洗濯は手早くきちんと済ませる事が出来たし、僥倖ではあったが自身の変身能力を通して新たな友人も手に入れた。
ところが午前中の授業の一件を皮切りに不快な事が続いていく。
あの時教室に集まった生徒達はみんな揃いも揃ってご主人であるルイズを馬鹿にしていた。
確かにご主人は魔法が不得手かもしれない。
しかし彼女はルイズの勉強熱心な性格、いや実技が及ばない代わりに学科で追いついてやろうという精神の一端を、昨夜自分に行った質問ラッシュで垣間見る事となった。
そんなご主人の事も知らないで一方的にご主人を『ゼロ』呼ばわりしたのが気に喰わない。
ご主人様と二人きりの片付けの時、超能力を使ったおかげで作業がさっさと済んだのを褒められたのは良かったが。
それと赤毛の……キュルケという女性はご主人様を馬鹿にしてばっかりで正直心苦しい。
でも何故かは分からないが本気で、心底本気で馬鹿にしている訳ではないと言うのが何処と無く推し量れた。
その感情を有り難くも若干もどかしく感じている中、遂に我慢なら無い事が起きた。
先程のギーシュという少年が二股などという自分で蒔いた種から起こった別れ劇。
なのに、原因である彼はそれを自分の責任だと自覚して二人の少女に謝りに行くどころか、怒りの捌け口を無理矢理こちらに向けてきた。
こちらは事情なんか粉微塵も知らない為、只の親切心でやった事なのに。
今はいい加減に我慢の限界が来ていたラティアスの怒りが爆発した時であった。
意思疎通術をギーシュに絞った為に、彼はあちこちをきょろきょろと見回して、「誰だ!今僕の事を『女の子泣かせさん』と呼んだ娘は?!」と叫んでいる。
そして何の説明も無しにラティアスの意思疎通を喰らった者達と同じ様に頭を数回自分の手で叩く。
もっと混乱させてやろうとラティアスは更に続けた。
「二股をかけているあなたが悪いんですよ?それは事実じゃないですか。そもそも、そんなどっちつかずの事をやってずっとばれないとでも思っていたんですか?あと、自業自得と言えるその一件を他人のせいにして癇癪を起こすなんて、許される事ではないですよ……」
「誰だ!一体誰なんだ!さっきから話しかけているのは?!誰か答えてくれ!」
しかし皆は顔を合わせて「ギーシュに話しかけている娘なんて誰もいないよなあ?」と口を揃える。
それを聞いてギーシュはますます混乱する。
慌てて両手で両耳を押さえるが、そんな事をしても無意味だと分かっているラティアスは、徐々に平坦な口調にしていき精神的な恐怖感を煽っていく。
「私はあなたの直ぐ近くにいる。あなたはただ気づいていないだけ。ちゃんと本当の事に目を向けていれば……そんなに恐がる事もないのに。」
最早ギーシュは周りに気が触れたかと思われても構わなかった。
人の心に土足で上がりこんで来るのは誰なのかを探し出そうと躍起になっていた。
「やいっ!貴族を脅かすとは上等じゃないか!それにもし僕の近くにいるなら姿くらいこちらに分かる様にしたらどうだ!それが出来ないのなら君は真性の臆病者だ!卑怯者だ!どうした?!さあ、悔しかったら出て来い!」
その言葉にラティアスは人間形態のままギーシュに近づく。
そして彼の真正面、一メイルも離れていない場所に立つと満面の笑みで言い放った。
「私ですよ。女の子泣かせさん。」
あまりに信じられないその一言にギーシュは大笑いをし始めた。
だが、目の前にいるメイドが表情を一片も崩さずただ立ち続けるのを見た彼からは、次第に笑い声が消えていった。
そしてその顔が段々と引き攣っていく。
「本当に君なのか?」
「はい!」
と、次の瞬間ギーシュは近くにあった椅子の上で体を回転させると、さっと足を組んでこう言い放つ。
「馬鹿も休み休み言いたまえ……平民の癖にどんな術を使ったかは大変気になるが……いや、待てよ。平民でなければ君は貴族崩れのメイジか?」
「そこはあなたのご想像にお任せします。」
「そうか。だが今はそれを話すべき時じゃないので一応脇へ置いておこう。それよりもだな、君。僕は君が香水を差し出したときに知らないフリをしたじゃないか。話を合わせるぐらいの機転があってもいいものだろう?」
「……私の話ちっとも聞いてないじゃない……機転も何も男の子としてとってもみっともない事やってたあなたの方が悪いんでしょ?!」
呆れかえった表情と動作でラティアスは事実を述べる。
その時、ギーシュの眼が微かに光る。
「どうやら君は貴族に対する礼を知らないようだな。」
「……そんな物、知らなくても生きていける所から来ましたから。」
「ほう、それが事実ならちょっとした驚きだな。よかろう!君に礼儀を教えてやろう!丁度良い腹ごなしだ。」
「はあ。あなたが主演の一人芝居をお手伝いですか?気は乗りませんけど……やるしかないみたいですね。」
流石にその台詞には我慢ならなかったのか、ギーシュの口端がぴくぴくと痙攣した様に動く。
ラティアスは側までやって来たシエスタに、自分の持っていた銀の大きなトレイを渡してから、離れてと言う様に片手を彼女の前にすっと出す。
「今からここでやるんですか?」
「ふざけるな。貴族の食卓を平民の血で汚せるか。ヴェストリの広場で待っている。仕事が一段落したら来たまえ。」
ギーシュは数人の友人を引き連れその場を去って行った。
彼等の多くは何故何も喋らないメイドに怒鳴り散らしていたのかその理由をギーシュに訊いていた。
それと同時に発せられる、久々に面白い物が見られるぞというわくわくした声といったらない。
但し取り巻きの一人だけが、ラティアスが逃げ出さないようテーブルに座って見張っている。
それも気にせず仕事に戻ろうかとラティアスが振り向くと、シエスタが顔面蒼白で小刻みに震えながらその場に棒立ちになっていた。
「ラティアス……あ、あなた殺されちゃう……!」
「へっ?だ、大丈夫、心配しないでよ、シエスタ。幾らなんでもそこまでは……」
「貴族を本気で怒らせたら……」
それっきりシエスタは厨房の方へ走って逃げていってしまう。
その代わりに後ろからはかなりご立腹のルイズがやって来た。
「ラティアス!何してるのよ!」
「何ってご主人様、今は好意でメイドの仕事をしているだけで……」
「そうじゃないわ!全部見てたわよ!何で決闘の約束なんかしたのよ!」
「あの人は自分が悪いのに、責任を私に押し付けて怒ってきたからです。」
今のラティアスはいつもルイズに見せている可愛気のある表情はしていない。
あくまでも毅然とした態度でルイズの質問に答える。
その様子にルイズは溜め息を吐き、ラティアスの腕を掴んで歩き始めた。
「ギーシュに謝りなさい。」
「どうしてですか?」
「怪我したくないんでしょ?ならそうするしかないの。今ならまだ許してくれるかもしれないわ。」
その言葉にラティアスは、ルイズの腕を振り解いてから落ち着き払った声で言う。
「ご主人様。私はただ本当の事を言っただけです。それにこの姿を見ていただければ分かりますけど私も女の子です。あの二人の女の子の気持ちは痛いほどよく分かります。ですから……」
その先の言葉にルイズが耳を貸す事は無い。
ラティアスの腕を掴み直し再び歩き始める。
外に通じる戸の近くまで来た時、あまりの理不尽さを感じたラティアスは耐え切れずに質問した。
「ご主人様。何故私が謝らなければならないんですか?」
「あんたねぇ……いい?幾らあんたが力を持っていたとしても、使い魔が貴族に勝つ事なんて事は絶対に出来ないのよ!怪我で済んだらまだましな方だわ。」
「怪我をするかもしれないというのなら覚悟は出来ています。この世界の社会におけるルールに反した態度を取っているという自覚もあります。でも正しい事をした人が馬鹿を見続けなくてはならないなんておかしいんじゃないですか?!」
二人っきりの時は甘える様な声と口調をするラティアスが、その時ばかりはかなり厳しいものを発していた。
ルイズが黙った一瞬の隙を突いて、ラティアスは外に出て誰もいない事を見計らった後で変身を解き、ギーシュを探し出す。
「ああ、もう!あんな奴放っておけばいいのに!!」
ルイズはやっていられないとばかりに大声を響かせラティアスの後を追った。
教鞭が振るわれる『風』と『火』の塔の間にある、日の当たりがあまりよろしくない中庭、そここそがヴェストリ広場である。
今やそこには百人近い生徒達が集まっていた。
理由は勿論、決闘が行われるという噂を聞きつけたからである。
「諸君!決闘だ!!」
一大エンターテインメントが行われるかのような口ぶりでギーシュが言うと、広場のあちこちから喚声があがった。
ここ最近まともな娯楽から遠ざかっていた者にとっては最高の見物であったからだ。
そのギーシュと向かい合うように人間形態のラティアスが5メイル程離れた所に立っていた。
その表情は真剣そのものである。
頭の中で彼女は自責の念にかられていた。
自分もうっかりではすまない事をしたものだ。
ポケットから落ちた香水を取りに行って、落とした本人にそれが落ちた事を告げるなんて側に居たシエスタでも出来た事だ。
ただその事に真っ先に気付いたのが自分だったというだけ。
やはり、直ぐ後にその事を彼女に指摘すれば良かった。
声を出す事の出来ない自分が何故行こうとしたのか……これだけは言える。
自分は完全に親切心の元で行ったのだ。
それこそ声の事も忘れて……褒められるものだと思って……
そんな彼女の思いをそっちのけで周りは盛り上がっていく。
「ギーシュが決闘するぞ!相手は貴族崩れのメイドだ!」
まったく、人間の口とは有る事無い事をぽんぽん言う事が出来る様になっているものだ。
『口をきく事が出来ない、暗い過去を背負ったメイド』というラティアスの人間形態に於ける肩書きは、今や『元貴族で、弱いがメイジだった事もあるメイド』になっている。
ギーシュは向けられる声援に腕を振って応えている。
また、どちらが勝つのか見物の勝負は金貨を賭ける者まで出始める程だった。
「取り敢えず、逃げずに来た事は褒めてやろうじゃないか。」
ギーシュは手にしている薔薇の花弁を弄りながら歌う様に言う。
あんな事があった後なのに、いちいち仕草に格好を付ける理由が分からないラティアスは
溜め息混じりに一言告げる。
「全力できなさい。」
「全力だって?ふん。良いだろう。獅子は小さく脆弱な獲物でも狩る時に全力を出すものだ。ご期待に沿おうじゃないか。」
ギーシュはラティアスに対して余裕の表情を見せ薔薇の花を振る。
そこから一枚の花弁が宙に舞い、地面に落ちる直前、甲冑を来た女戦士の人形となった。
身長が人間と同じくらいのそれは、陽の光を受けて少しくすんだ青緑色に光る。
「僕はメイジだから魔法を使って戦わせてもらう。文句は無いだろう?因みに僕に与えられた二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ。」
得意気に話すギーシュ。
その返事として、ラティアスは意思疎通範囲を広場にいた全員にまで拡げて叫んだ。
「いいわ。じゃあこっちも全力でいくよ!」
ラティアスがお約束の姿勢を取ると体は一気に光に包まれ元の姿へと変わる。
同時に、広場全体に爆発した様な驚嘆の声、そしてパニックが広がる。
手に持っている物を落としてその場に何も出来ずに佇んでいる者はまだいい。
あまりの出来事に腰を抜かす者、攻撃されないよう寮塔へ全速力で駆けて行く者、そして気を失う者が続出した。
無理も無い。今まで自分達が人間だと思っていた存在が、目の前で突然別種の生き物の姿へと変貌したのだから。
勿論、ギーシュもその一人である。
彼はワルキューレ一体を使って相手を打ちのめした後は、お詫びの言葉でも言わせて早々に決着をつかせようとしていた。
その算段が始めから狂い、おまけに現れたのが自分の学年だけでなく、他の学年や学校に仕える平民達の間でも有名になったルイズの使い魔だったからたまったものではない。
一方ラティアスはそんな周りの反応を冷静に捉え、ギーシュに対して話しかける。
「一つだけ約束して。もし私が勝ったら泣かせた女の子達に謝りに行く事。」
「う、う、五月蝿いッ!『ゼロ』のルイズが召喚した使い魔の癖に随分と生意気じゃないか!こけおどしもいいところだ!風竜だかなんだか知らないが、身の程を弁えろ!!行けえっ、ワルキューレ!」
ギーシュはそう言って慌てて薔薇を振る。
それらもやはり剣や斧を持った青銅の人形に姿を変えた。
そして人形ことワルキューレ達は武器を構え、一斉にラティアスの方に向け突進する。
が、彼女はひらりと身をかわしつつ、こう付け加えた。
「もう一つ。ご主人様を馬鹿にした事を私の前で謝りなさい!」
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