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「罪深い使い魔-13」(2007/12/03 (月) 21:36:04) の最新版変更点
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誰も目をそらすことができない。この場にいる全員が、『それ』に見入っていた。
達哉の体から抜け出るようにして出現し、今は宙に浮いている奇妙な人型。
複雑な形状をした、どこか炎を連想させる赤い仮面。
派手で、真っ赤で、見方によってはユーモアすら感じさせる衣服。
全体の印象としては貴族を演じる道化師か、あるいは人の形をした炎のように見える。
ただ、それが人ではないことは誰の目にも明らかだった。
人間を超越した、圧倒的な存在感。これが人間であるはずがない。
しかし、それは人の言葉を発した。
『我は汝……汝は我……我は汝の心の海より出でし者……』
凛とした声。耳ではなく、直接心に響いてくるような力強い声。
その声は、ルイズにほんの少しばかりの思考能力を取り戻させた。
声色はまったく違うのに、なぜか非常に馴染みの深いもののように感じられる。
我は汝。汝は我。それは同一にして異なる者、異なる自分の意。
つまり――もう一人の自分。
『烈日と蒼穹の支配者、アポロなり……!』
不意に、ルイズの膝が笑う。
こいつ、本当にあのタツヤなの?
バカで役立たずで無口で……でも少しはいいところもある、あのタツヤなの?
あんた、平民じゃないの?
あんた、本当は、
「……メイジだったの?」
「違う」
無意識に口から出た言葉に、達哉は平然と返した。
そしてルイズを振り返る。見慣れた、達哉の顔がルイズの目に映る。
しかし、その表情はルイズが知らないものだった。
今までルイズが見たことのない、『敵』を前にした達哉の顔に、ルイズは息をのんだ。
「俺は、『ペルソナ使い』だ」
「なによ、ペルソナツカイって……」
ルイズは無理に笑おうとして、失敗する。口からは、掠れたような笑いしか出てこなかった。
達哉はそんなルイズになぜか、少し申し訳なさそうな顔をする。
「……説明は後だ。あいつは俺が引き受けるから、フーケは頼んだぞ」
そう言い残して、達哉は駆け出す。
誰も声をかけられない中で一人、達哉は猛然とゴーレムに戦いを挑んだ。
「ペルソナ」の呼び声と共に出現したもう一人の自分――『アポロ』を伴って。
「相棒、その『ペルソナ』ってやつ、娘っ子達にバラしちまってよかったのか?」
「これ以上は隠すだけ無駄だ」
デルフリンガーの言葉に、達哉はそっけなく答える。
どの道、長くは隠せないと思っていた。バレるのは時間の問題だったろう。
それに『向こう側』の気配が色濃くなった今、無理にルイズの元に留まる理由はない。
結果として今回の事件は良い機会だった。ルイズの元を離れるきっかけとしては。
「相棒も難儀してんな。まあ俺としちゃあ、俺を使ってくれるなら、相棒がどうしようと構わないがね」
「そうか、なら――少し付き合ってもらうぞ!」
ルイズ達と同じく動揺してるのか、ゴーレムも動きが止まっている。
達哉はそんなゴーレムの足下に飛び込み、吼えた。
「『ギガンフィスト』!」
アポロがその声に反応する。達哉の前に躍り出たアポロの拳が、唸りを上げてゴーレムに打ち出される。
それは昨夜ゴーレムの足首を奪った、『巨人の拳』の名にふさわしい渾身の右ストレート。
豪快な破砕音。衝撃がゴーレムの巨体を振動させ、それが収まった時には、またもゴーレムの足首は崩れていた。
しかし、今度は膝を折らない。若干短くなった足で器用にバランスを取り、そのまま下の土を取り込んで、再生を行う。
「遅い!」
そこへ、達哉はデルフリンガーで追撃を加えた。ルーンの効果だろうか。今までより剣が軽く、剣撃は重い。
ゴーレムの足はそれでバランスを崩し、片膝をつく格好になる。これで再生には時間がかかるはずだ。
さらに達哉は、残った足首にも『ギガンフィスト』を打ち込み、そのままゴーレムを倒しにかかる。
再び振るわれる拳。ところが今度はゴーレムの足首はなくならず、代わりにアポロの腕がゴーレムに深々と突き刺さる。
何が起こったのか、達哉は瞬時に察知した。
「く、『練金』か……!」
『ギガンフィスト』の命中部位、その周辺が薄い鉄板で覆われていた。直接命中した箇所の鉄板は突き破られているが、
こうなると、衝撃だけで破壊することはできない。
「やはり、そうやすやすと勝たせてはくれないらしいな!」
言いながら、達哉は背後から降りてきたゴーレムの拳を避ける。二度と殴られるのはゴメンだ。
さらにすれ違いざまにデルフリンガーで手首を大きく抉り、その傷口にアポロの右手をかざした。そして精神を集中させる。
『魔法』は、お前達メイジの専売特許じゃない!
「『アギダイン』!」
直後、アポロの手のから紅蓮の炎が放たれ、ゴーレムの手首へと吸い込まれていった。
あの『アポロ』だけでも驚くべきことだが、達哉はさらに信じられないことをしてみせた。
アポロから打ち出された、特大の炎。その炎が今、ゴーレムの手を文字通り焼いている。
それをゴーレムは、腕を振って無理矢理消火しようとした。
しかし、達哉は炎を出す前に、一度ゴーレムの手首を切りつけている。
亀裂から内側にまで侵入した炎と熱が、ゴーレムを形成する魔法を鈍らせたのだろう。
遠心力という負荷も合わさり、結果、ゴーレムの手は手首から外れて地面に落下した。
ルイズはそれが、先ほどキュルケの炎が大した効果を上げられなかったことを見て達哉が考えた、
達哉なりの戦術なのだろうと理解した。そして、そこで思考を停止させた。
「何よ、あれ……」
もうわけがわからない。
ペルソナツカイ。ペルソナ使いって、何?
私は一体、『何』を召喚したの?
ピィ――
不意に甲高い音が響き渡る。音の出所を探ってルイズが後ろを見ると、タバサが指笛を吹いていた。
それが合図なのか、すぐにタバサの使い魔である風竜が、タバサの元に舞い降りる。
到着が早い。きっと初めから上空で待機していたのだろう。
「乗って」
タバサが淡々と言う。彼女が取り乱した姿など見たことがないが、それでもこの落ち着きぶりには違和感があった。
「タバサ。貴方、あれ見て驚かないの?」
「知ってた」
「……へ?」
あまりにも平然と言うため、ルイズはその言葉の意味をすぐには飲み込めなかった。
やがて理解が及ぶと、そのまま一気に思考が加速する。
「いつ、どこで!?」
「最初に見たのは、『練金』の授業」
それって……タツヤを召喚した次の日!? っていうか、『最初』!?
言葉に詰まるルイズ。その隙をつくように、キュルケが口を挟んだ。
「おしゃべりは後よ、ルイズ。早くシルフィードに乗りなさい」
シルフィードがタバサの使い魔の名前。つまり今目の前にいる風竜の名前だということは知っている。
それでもルイズはその言葉通りに行動することができない。
達哉はフーケを探せと言った。なのに、
「タツヤを置いて、逃げるつもり!?」
「違う」
達哉を囮にして自分達だけ逃げるつもりかという問いを、タバサは即座に否定した。
「空から捜す」
「森の木々が深いのは貴方も知ってるでしょ! 空からじゃ見つからないわ!」
「かと言って、地上からのんびり捜している時間はないでしょ?」
キュルケのフォローが入る。ルイズはそれで納得した。
たしかに、森の中を歩いてフーケを捜索していては時間がかかる。
罠や、フーケ自身からの奇襲を警戒しなければならないため、慎重にならざるを得なくなるためだ。
空からの捜索はたしかに視界が悪いが、身の安全を確保しつつ捜索に専念できる。
それでもルイズは首を縦には振らない。
「……なら二人で行って。私はタツヤと一緒に戦うわ」
達哉の正体が何であれ、このまま達哉を放っておくことはできない。
達哉は昨夜、ゴーレム相手に敗北している。つまり、絶対的な優位には立っていないのだ。
ならば、主人である自分が手を貸すのは当然だ。
「反対」
タバサは首を横に振った。
「貴方が行ってもどうにもならないでしょ。ご自分の二つ名をお忘れ?」
キュルケが言葉を引き継ぐ。ルイズはキュルケを睨むが、キュルケはそれを受け流すことなく、逆に睨み返した。
「あんたも風竜に乗って、フーケを捜す『目』のひとつになりなさい。それがタツヤを助ける一番の近道よ」
ルイズはさらに何かを言いかけ、しかし結局は何も言わずに大人しく風竜の背にまたがった。
ここでキュルケの言う通りにするのはプライドが許さなかったが、今はプライドよりも優先すべきものがある。
そんなものがあったことに対する驚きが、ルイズを無言にした。
タバサとキュルケも慣れた調子で乗り、風竜はすぐに大地を離れる。
遠ざかる地面。達哉はあっという間に小さくなるが、ゴーレムはさして変わらない。
その圧倒的なスケールの違いがルイズの不安をかき立てたが、ゴーレムはまだ膝をついていた。達哉は頑張っている。
そしてルイズは、ふと昨夜のことを思い出す。自分が駆けつけたあの時、ゴーレムはやはり膝をついていた。
あの時も、達哉はゴーレムの足首を砕いたのだろう。アポロを使って。
ゴーレムを砕く拳。言うまでもなく、人間があんなものを食らったら一たまりもない。
人間大のガーゴイルにあんな力を持たせることは、普通できない。一体、何で出来ているのか。
――違う。そうじゃない!
ルイズは唇を噛む。そして、さらに思考に没頭していった。
あれはガーゴイルじゃない。タツヤが言ってたじゃない。「自分はメイジじゃない」って。
その通り。達哉は、メイジの尺度では測れない。あのアポロにしたって並のメイジでは作れない。
アポロの大きさは人間大でも、造形は細部に至るまで精巧に出来ていた。
あれと同じものを作ろうと思ったら、『土』のトライアングルだって難しい。
なのにあの炎。ゴーレムの手を落とした炎はどう控え目に見ても『火』のトライアングルスペルに匹敵する火力を有していた。
『土』のトライアングルに『火』のトライアングル。この時点で既にメイジの常識を外れている。
大体達哉は――杖を持っていない。
杖を持たずに魔法は使えない。例外はあるが、それは『人間が使う魔法じゃない』。
「それにしても、まさかあんな手を隠し持っていただなんてね」
不意に、キュルケが呟く。ルイズは横目でキュルケを見る。
初めアポロを見た時はルイズ同様混乱していたように見えたが、今ではその痕跡すら見受けられない。
しかしルイズにはそう簡単に気持ちの切り替えができなかった。
「あんた、どうしてそんなに冷静なの? 『あれ』を見て……」
いつもの覇気がないルイズ。それでキュルケは事情を察した。
「……つまり、貴方も知らなかったのね。あの『アポロ』を」
「…………」
その無言を肯定と理解したキュルケは肩をすくめる。
「自分の使い魔のことを知らないなんて……貴方、信用されてなかったのね」
「…………ッ!」
キュルケの言葉が、ルイズの胸に突き刺さる。
それはルイズが、無意識の内に考えないようにしていたことだった。
達哉の力についてあれこれと考えを巡らせてはいても、なぜそれを達哉が教えてくれなかったのかについては考えなかった。
なぜならそれは――考えるまでもないことだったからだ。
今になって思い知る。私は使い魔のことを、タツヤのことを何も知らない。知ろうとすらしなかった。
態度は悪いが、ちゃんと言うことを聞く。それだけで満足していた。
達哉の過去を妄想だと笑い飛ばし、真剣に耳を傾けることはしなかった。それなのに、信頼関係が築けていると錯覚していた。
私は達哉の話を信じず、達哉は本当の自分を隠していたのに。
「ふぇ……」
不意に泣けてくる。これほど自分のことを情けないと思ったのは初めてかもしれない。
同級生にゼロと罵られることよりも、使い魔に信用されていなかったことの方が何万倍も悔しく感じられた。
使い魔の信用ゼロ。私は今まで、タツヤにすら無言でゼロと言われ続けていたんだ。
それに気づかず、得意顔で命令を下していた私は、本当にゼロだったんだ……。
「ちょっと、泣いてる場合じゃないでしょ!」
キュルケは妹を叱る姉のような口調でルイズを咎める。
「なんでタツヤは一人でゴーレムを引き受けたと思っているの?
私達がこのまま逃げるかもしれないなんて思ったら、あんな行動は取れないのよ?
私の言いたいこと、わかるかしら?」
……どういうこと?
ルイズはきょとんとした顔でキュルケを見る。今だけはキュルケに対する憎らしさは心から消えていた。
仇敵であるはずのキュルケの言葉が胸に染み入る。
本当にわからないの、とキュルケは呆れ混じりに言葉を続けた。
「まったく……今のタツヤは信用してるのよ。貴方を。貴方はそんな使い魔の期待にどう応えるつもりなの?」
言われて、はっとするルイズ。
そうだ、タツヤは「頼む」と言った。この私に。私を……頼ってくれたんだ。
今の私はまだゼロじゃない。まだ、やり直せる!
ルイズの目に力が宿ったを見て、しかしキュルケはそんなルイズを茶化した。
「ま、正確に言うとタツヤが信じたのは『私達』なんだけれど。貴方一人だったら、タツヤも信じる気にはなれなかったんじゃないかしら」
「そんなことない! タツヤはいざとなったら私を頼るに決まってるわ!」
コロコロと態度を変えるルイズを見て、キュルケはその単純さを笑う。
それは嘲笑うというより、微笑ましさからくる笑みだったが、ルイズはバカにされたと思って怒りをあらわにした。
ともあれ、ルイズは完全に立ち直った。
キュルケは話題を当面の問題に戻す。
「さ、早くフーケを見つけるわよ。もたもたしてると、タツヤがゴーレムを倒しちゃいそうだもの」
……う、たしかに。
ルイズはまたゴーレムを見る。ゴーレムは未だ一歩も動いていない。
再生した側から達哉が破壊しているのだろう、身動きがとれなくなっている。
これならフーケを探すよりも、こちらも攻撃に参加した方が良いのではないかと思える。
その案をルイズは二人に提示したが、タバサはにべもなく切って捨てた。
「それでゴーレムを完全に破壊できる可能性は低い。確実を期すなら、フーケを見つけて叩いた方が効率的」
それに、とタバサは続ける。
「あの戦い方はかなりの体力を消耗するはず。おそらく、長くは保たない」
ルイズの緊張が高まる。
自分達がもたもたしていたら達哉はまたゴーレムに殴り飛ばされる。タバサはそう言っている。
『シュヴァリエ』である彼女がそう言うのだ。その見立てが間違っているとは思わない。
ルイズは達哉を見続けていたい気持ちをぐっと堪え、視線を眼下の森に固定した。
達哉を助けるために。
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