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「夏休みの使い魔-1」(2007/11/30 (金) 06:22:42) の最新版変更点
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それは―――彼らから見て、天頂方向より来た。
孤島でトンチキな推理劇を演じる事になったSOS団夏期合宿から帰ってきて、
ようやく俺は夏休み気分を味わい始めていた。
言うまでもなく学校からわんさと背負わされた課題の山なんぞを切り崩す気には全然ならず、
いつの間にやら八月も半ばを過ぎようとしていた頃……。
それは訪れた。
「あんた誰?」
抜けるような青空をバックに、俺の顔を覗き込む女の子が一人。
黒いマントの下に、白いブラウスとグレーのプリーツスカートを着込んでいる。
顔は……可愛い。桃色の髪に透き通るような白い肌。
勝気そうにくりくりと動く瞳が誰かさんを連想させ……いかん。
その目に一抹の不安を覚えた俺は、慌てて周囲の状況を確認する事にした。
俺はどうやら仰向けに寝転んでいるらしい。立ち上がって辺りを見回す。
携帯電話を取り出そうとして……寝巻き姿だった事に気付き、やめた。
「誰って……俺は……」
「どこの平民?」
平民?いや、確かに俺は生粋の平民と言えば平民だが、
改めてそれを指摘する事に一体全体何の意味があるというんだ?
「ゼロのルイズ!平民を召喚してどうするんだよ!」
「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」
「間違いって、いつも通りだろ!」
「ルイズはいつもそうだ!」
俺を覗き込んでいた奴は、どうやらルイズというらしい。
外人みたいだ。いや、実際外人なんだろう。
周囲を囲む少年少女も異国情緒を振り撒く顔立ちばかりで、
まるで少々昔に流行ったファンタジー映画に出てくる魔法使いのようにマントを羽織り、
ご丁寧に小さな棒まで手にしている。コスプレか?それとも真性の……。
「ミス・ヴァリエール。どうやら『サモン・サーヴァント』は成功したようですね」
「ミスタ・コルベール!」
大きな木の杖に真っ黒なローブ、薄い髪の毛にメガネと、
その存在の全てで自分は魔法使いです、と主張しているかのような男が前に進み出た。
「さあ、契約を済ませてしまいなさい。召喚と契約の間は短ければ短いほど良いのです」
「で、でも!人ですよ!」
「前例はありませんが、使い魔は使い魔です。召喚した以上は、責任を取らなくてはいけません」
使い魔?サモン・サーヴァント?何なんだ、さっきからこいつらは何を言ってるんだ。
まさか妙な儀式をして、俺を使い魔とやらに仕立て上げるつもりじゃないだろうな?
「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」
貴族?アホか。何が貴族だ。どうやらこの方々は自分は特別なんだと思いたいばかりに、
自分は魔法が使える、魔法が使えるんだから偉い、などと独特の論法を完成させた特殊な方々のようだ。
その貴族ってのも、どうせどこぞの団長様のように適当に偉そうな称号を選んだだけなんだろ?
俺は流石に嫌気がさして、何とかしてお暇しようと頭の中で適切な言い訳をこねくりまわしてみるのだが……。
「ちょっと、屈んでくれないと届かないでしょ!」
しかし。ルイズとかいう奴は俺の服を掴んで、ぐいっと引っ張ってある一言を放った。……ああ。
よりによって同じセリフを似たようなシチュエーションで吐く奴が二人いるとは思わなかった。
「協力しなさい」
俺は完全に虚を突かれて、このルイズとかいう奴のなすがまま、少し体を屈めてしまい……。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
抗議の声を上げようとした俺に、ルイズは強引に唇を重ねた。
こんなことって、こんなこと?
世界中の時間が、停止したかと思われた。
ルイズとやらは顔を真っ赤にしてわめき散らしている。
いわく、これはただの契約であって、それ以上の意味合いはない。
いわく、わたしの使い魔になったことを光栄に思うべき。
いわく、使い魔は主人の剣となり、盾となり、手足となり―――
それにしてもよく動く口だな、と、俺が何気なく口に右手を当てたその時。
目の前の右手がまるで焼印でも押されたように痛み出し、
俺は悲鳴を上げて転げまわる様を衆人環視のもとで見せ付ける派目になった。
小さい女の子だと思って油断していたが、あの『儀式』の間に何か小細工をされたのか!?
「ぐあっ……!俺の手に何をしやがった!」
ようやく搾り出した俺の抗議に、ルイズとやらは平然とした顔で宣告する。
「使い魔のルーンが刻まれているだけよ。もう大丈夫でしょ?」
いつのまにか痛みは治まり、右手には奇妙な文字が刻まれていた。
「ふむ……珍しいルーンだな」
いつのまにか近寄っていた中年魔法使いが、俺の右手に刻まれた文字を見てそう呟く。
「さて。教室に戻るとしましょう」
中年魔法使いはそう言い残すと、宙に浮いて教室とやらに向かう。
それを見ていた少年少女たちも、彼に倣うように空を飛んで、建物の中へと消える。
「すごい飛んでる!」
俺の驚愕の叫びに、ルイズとやらはこともなげに答えて、言った。
「メイジが飛ぶのは当たり前でしょ?」
メイジ?メイジで貴族?これ本当に魔法使い?
呆然と彼らの飛んでゆく姿を見続けるうちに、
後に残されたのは俺と、ルイズとかいう自称貴族様だけになった。
数分間の沈黙の後、まず始めに口を開いたのは俺だった。本来ならば、
何の罪もないごく普通の高校生であるこの俺をこんな目にあわせる理由を小一時間問い詰めたい所ではあるが、
このルイズとやらはどうみてもまだ子供だ。子供に対して本気で問い詰めるような態度をとってしまえば、
いかに正当な理由があろうとも、責められるのは年上のお兄さんであるこの俺のほう。
おもに妹との長い長い戦いにより獲得したこのような経験則から、
俺は内心のもやもやを理性という光で押さえ込んで、できるだけ穏やかな風を繕って話を切り出した。
「まず、俺をここに連れてきた理由を聞きたい。使い魔とか言ったが、具体的にはどうするつもりなんだ?」
それを問うた俺に、ルイズとやらは『やっと話を聞く気になったか』と言わんばかりの期待の眼差しを俺に向ける。
「使い魔はね、そう……まず、主人の目となり耳となる能力を与えられるの」
目となり耳となる?別段見る世界が変わったような感覚はないが……。
いまいち反応が良くない俺を見て、ルイズとやらは使い魔の解説を補足する。
「それからね、使い魔は主人の望むものを見つけてくれるのよ!秘薬とか、宝石とか」
期待を滲ませて俺を見つめるルイズとやらに、俺はしかしため息を一つついて返答とした。
だんだんとしょんぼりしてきたルイズとやらに少々罪悪感を憶えたが、できないものはできないのだから仕方ない。
なにせ俺自身は生粋の凡人、ただ周囲に少々変人が集まっているだけの高校生にすぎないのだからな。
「じゃあ、主人を色んな敵から守ることは……」
ルイズとやらは縋る様にそう言って、俺の返答を待つ。
「……できると思うか?」
おそらく予想はしていたであろうその答えに、ルイズとやらは深く肩を落として落胆を表現する。
「じゃあ……掃除、洗濯、雑用……」
しゃがみこんでいじけながらもようやく言葉をひねり出したルイズとやらに、
しかし俺は望む答えを用意することはできない。
「言っとくが俺は洗濯なんてできないぞ。掃除だって『キョン君はいいよ』って言われるぐらいで……」
「やるのよ」
ルイズとやらはどうにかして俺に存在価値を見出したいようだが、
あいにく俺は要求された使い魔としてのスペックを満たす自信は持ち合わせていないし、満たしたいとも思わない。
「白いブラウスが青斑色に変身したり、食器が神隠しにあったりする不思議時空を体験したいと言うなら話は別だが」
「あんた本当に使えないのね。いいわ、朝の洗い場にメイドがたむろしてるから、頼んで何とかしてもらいなさい」
「メイドに頼むって……やってくれなかったらどうするんだ?名前出してもいいのか?」
「そこまでご主人様に言われないと何もできないの!?バカ!ルイズ様の使い魔ですぐらい自分の判断で言っていいわよ!」
へいへい。いつまでここにいることになるのかはわからないが、どうやら俺はここでも似たような運命を辿る事になりそうだ。
雑用係としての運命をな。
……まさか、このルイズとやらも常識外れの特別な力があるとか、そんな奇跡……いや、悪夢はないよな?
俺は誰ともなくそう問いかけたが、もちろん答えが帰ってくることはなかった。
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