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マジシャン ザ ルイズ (25)正気か否か
浮遊大陸、白の王国、空の真珠、風の国。
詩人にそのように称えられたアルビオン王国は今に無く、取って代わったはずの神聖アルビオン共和国もまた無い。
そこにあるのはありとあらゆる者が死滅し、腐敗し、死に損なって徘徊する黄泉の国。
吐き気を催す邪悪の気配を感じる地、それが現在のアルビオンであった。
かつてはその美しさを歌に謡われた王都ロンディニウ。そしてその王城であるハヴィランド宮殿においてもそれは変わることが無い。
その中枢、王の間。
数少ない生者の一人が、王にのみ座ることを許された玉座に腰掛けていた。
周囲には闇、粘度を持ってこびりつく様な黒が蟠っている。
染み一つ無い真白を纏っているにも関わらず、違和感なく暗黒と同化している男、彼の名はジャン・ジャック・ド・ワルド。
灯によって生まれ変わり、多次元宇宙ドミニアを渡り歩く力を得た存在、プレインズウォーカーの一人である。
数万からなる死者の軍勢を従えた王は言葉を発さない。
だがその顔には、怒りと、苦悩と、そして狂気が刻まれていた。
世界そのものを左右しうる比類無き神の如き力、それを手に入れたワルドが思い煩うことはただ一つ。
(ルイズ……ルイズ、ルイズ、ルイズ、ルイズ、ルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズ
ルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズ
ルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズ
ルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズ
ルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズ
ルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズ
ルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズ
始祖の再誕、虚無の花嫁、次元の姫君、僕のルイズ!」
いつしか想いは何時しか奔流となって、その口から迸っていた。
ワルドにとって唯一つの執着、それはあの若き日の婚約者ルイズ。
彼はただ一人の女性を想い焦がれ、その一挙手一投足にまで思いをはせる。
彼女の瞳、彼女の髪、彼女の指先、彼女の身体、彼女の声、彼女の力、その全てを思い描いたワルドは得も言われぬ恍惚感を感じ……そして激怒した。
「――なぜだ!!??」
石作りの王城に、雷鳴の如き叫びがこだまとなって響き渡る。
返事をするものはいない。
そもそも、この城において生きることを許されたものは、彼を除けば二人しかない。
そしてその二人はこの場に居合わせておらず、ならば答えるものなどいるはずが無い。
「なぜだルイズ! なぜ君は僕を分かろうとしない!? なぜだなぜだなぜだ!?」
体から溢れ出た魔力が衝撃となって四方へと伸び、周囲の床がびしりと音を立ててひび割れた。
「僕はこんなにも君を愛しているというのに! なぜ君は受け入れようとしない!」
猛り狂う感情が魔力の放出に拍車をかけ、床や壁から細かな破片が飛び散る。
そう、ジャン・ジャック・ド・ワルドはルイズ・ド・ラ・ヴァリエールを、深く深く愛していた。
トリステインへの侵攻を企てていた神聖アルビオン共和国皇帝クロムウェルを真っ先に抹殺したのも、それを唆していたシェフィールドを葬ったのも全ては彼女の為。
虚無の担い手であるルイズに対して良からぬことを企てていたガリア王ジョゼフを誅殺したのも彼女の為。
両国を利用し、トリステインへと宣戦布告したのも、ゲルマニアを制圧したのも、ロマリアと交渉し不干渉を取り付けたのも全ては彼女を手に入れる為。
少々の予定外はあったが、何もかも彼女の為。どのような手段を用いてもルイズ個人を手に入れる為に起こした行動なのであった。
全ての戦争、全て争い、現在起きている全ての混乱、悲劇、憎しみ、悲しみは、一切がルイズという個人に帰結するものであった。
自分自身の愛の深さをルイズに示し、そして彼女の全てを手に入れる。
その為にもまずはトリステインという国を人質にして、その身を手に入れる。
そうしてからじっくりとルイズと心を通じ合わせるつもりでいた。
彼女が自分を愛するようになるまでは時間がかかるかもしれない、だが必ず分かってくれると思っていた。
――だがどうだ? 彼女が自分を見る目は怯えしか宿していなかったのではいか?――
握り締めた拍子に、玉座の縁が砕け散った。
「……違う」
そうだ、悪いのはあの男だ。
あの男がルイズの傍に立って、彼女を誑かしているのだ。
ウルザがルイズと自分の間に障壁となって立ちはだかっているのだ。
確かに、四千年もの年月を積み重ねたウルザの力は強大だ。
『転生』したばかりの存在である自分とは比べ物にならないほどの力や知識、技術を有しているだろ。
だがそれが何だと言うのだ。屈してなるものか。
あれは亡霊だ、過去に取り付かれた悪鬼だ。
未来を紡ぐ事ができない、ただの狂人だ。
過去を振り返るしか能の無い老人は死ね、未来を生きる自分に道を譲って死ね。
死ね
死ね死ね
死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
ワルドの瞳が朱に輝く。
そのとき、ふいに闇の中、影が動いた。
一つではない。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。否、正しくは五人。
闇に紛れ姿を隠した黒装束の男達。
それまで潜んでいた彼らは、錯乱したかのようなワルドの様子を好機と受け取ったのか、殺気を隠さず襲いかかった。
暗闇に生きる彼らにとって視界を閉ざす黒は傷害になり得ない。
そこすでに必殺の間合い。
けれど、彼らは読み誤った。
闇こそはワルドの化身。
その姿を捉えることなど、今の彼にとっては児戯より易い。
王座に座ったままのワルドが、右の手首を払う。
それだけで一人目の暗殺者の上半身が文字通り闇に食われ、消滅した。
――殺してやる――
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
左手で虚空を握りつぶす。
飛びかかろうとしていた二人目の暗殺者が、石榴のように赤く弾けた。
――僕とルイズの未来のために――
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
仲間の屍を踏み越え肉薄した暗殺者が、大振りなナイフをワルドの心臓へと突き立てようとする。
刃が触れた途端、三人目は時間を早送りされたように腐敗し朽ち果て、そして砂となって崩れ落ちた。
――貴様は死ね――
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
ワルドが朱色の軌跡を残しながら正面を向いた。
不運にも視線を正面から見てしまった哀れな四人目は、その瞬間に心臓を停止した。
――そして彼女を手に入れる――
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
慌てて逃げようとする最後の一人に、ワルドは一言呪いの言葉を呟いた。
その瞬間、五人目には永遠に逃れることのできない狂気と、慈悲深い緩慢なる死が約束された。
――待っていろ、プレインズウォーカー・ウルザ――
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
今なら分かる。人間とプレインズウォーカー、その存在としてステージの違いを。
人がプレインズウォーカーに挑むというのは、蟻が人に挑むことに似ている。
どれだけ粋がったところで、下等な虫けらが人間に挑むなど滑稽でしかない。
人の身でどれほどの修練を積み、どれほどの技を身につけたとしても、プレインズウォーカーに適うはずがない。
思い出されるのはラ・ロシェール、そしてニューカッスル城、二つの戦い。
人間ワルドがプレインズウォーカー・ウルザに挑んだ。
なんと滑稽なことだろう。自分はあのとき八つ裂きにされ、磨り潰され、塵芥に分解され、次元の彼方へと追放されてもおかしくなかった。
けれどあの老人はそれをしなかった、わざわざその力を抑え人としての身で自分と戦った。
――憎い――
それは余裕の表れか、滑稽な余興のつもりだったか、それとも人の身であった自分への哀れみか。
どれにしろ、あの男は自分を高みから見下していたのだ。
だが、自分は力を手に入れた。あのときとは違う。
足りない力は補えばいい、そうして自分は今度こそあの男を同じ目線で戦うことができる。
先の戦いでは邪魔が入ったが、次こそはあの男を十全の力をもって葬り去ろう。
そうしてルイズを手に入れるのだ。
再び一人になった闇の中、ワルドがおかしそうにくつくつと声を殺して嗤う。
暗殺者達の死体は、既に痕跡すら残さず消え去っていた。
ルイズを求めるワルド。
だが、彼は気づいているのだろうか?
その考えが、ところどころ破綻をきたしていることに。
そもそも、本来は目的の為の手段としてルイズを手に入れようとしていたことを覚えているのだろうか。
彼の胸元で、ペンダントが虚しく揺れていた。
小さな吐息が聞こえる。
人々が寝静まった静寂の時間、部屋には二人の姿。
一人はベットの中で安らかに眠るルイズ、そしてもう一人は机に向かうウルザ。
彼は机の上に置かれたランプの灯りを頼りに、開かれた本に淀みなくペンを走らせている。
そうして彼は今、手先を細かく動かしながらも別のことを考えていた。
思索に耽っているのはルイズの病についてのこと。
進行性変性症候群。
それが彼女を蝕む病の名であった。
その病こそは古代スラン文明の文献・伝承に繰り返しその名を語られる不治の病『ファイシス症』に違いなかった。
曰くファイシス症に侵された者は、身体の内外から腐り果て、やがては死に至る。
そして、その治療法は見つかっていない、昔も、今も。
ルイズが眠っている間に様々な検証を行った、だが、得たものは少ない。
手にできたものは、大きな確証に小さな進歩。
ルイズの身に起きている異変がファイシス症の急性発症であるとの確証と、ウルザの力を持ってしてもその病を取り除くのは不可能だという事実。
古代スラン文明において、パワーストーンに長期間接することで発症するとされたファイシス症、なぜそれが彼女に発症したかについては、彼なりにいくつかの推測を立てていた。
その中でも、これまで彼女が何度も示してきたパワーストーンへの高すぎる順応性が仇となったのではないかとの仮説が有力であるのだが、今更それを抑制したとしても発症した病の治癒には繋がらない。
実のところ、ウルザ自身もファイシス症の患者を実際に目にするのはこれが初めてとなる。
パワーストーンに支えられていた古代スラン文明が崩壊してすでに七〇〇〇年、力を残すパワーストーンそのものが希少である為、それに由来するファイシス症の患者は長く確認されていない。
かつてトレイリアのアカデミーにおいてこの分野についても研究が進められていたが、ウルザ自身はそのような研究に興味を惹かれなかった為深くは関わらなかった。
このことが今となっては悔やまれるとは当時は思っても見なかった。
あるいは家族を弔うべく、トレイリアをまきの山と化したバリンであったならば、何かを知っていたかもしれない。
ウルザ自身はあくまでアーティフィクサー、役割で言うなら魔術的なことはバリンが受け持つというのが、ここ千数百年の習慣だった。
息を吐き、絶え間なく動かしていたペンの動きが止まる。
バリンを、友であり、良きパートナーであり、そして最後は復讐にとりつかれたドミナリア最強のウィザードを思い出し、しばし思考と指先を停止させた。
ファイシス症の最もやっかいな点は、魔法による治療が不可能であるという一点に尽きる。
その治療に有効とされる方法は、彼の知識の内には外科的なアプローチの他にない。
あるいはバリンの知識があったとしても、彼には何も手が打てなかったかもしれない。
そういう意味では、この場にいるウルザこそが治療には相応しいと言える。
しかし、このプレインズウォーカーを持ってしても、決定的に欠けているものがある。
それはデータだ。
現在ウルザはルイズに対して、投薬による治療を続けている。
魔法を一切使用しない、科学的な薬剤療法。これは確かに魔法による治療に比べれば格段の効果が認められた。
実際に彼女は起きて話していたし、暫くすれば立って歩くことも可能だろう。
だが、それは目に見える外面の部分だけである。
彼女の体の内部や末端神経、そういった部分は確実に病魔は蝕まれている。そのことは彼女自身にもすでに自覚症状となって現れているに違いない。
やはり、投薬による治療には限界があると言わざるを得なかった。
ならばなぜ、このような効果の薄い治療を続けているのか、それは臨床データの決定的な不足に起因していた。
外科的治療を行うにしろ投薬治療を続けるにしろ、限られた時間の中でこれ以上の進展を求めるなら、臨床データの入手が急務といえる。
そして、現在のハルケギニアでそれが手にはいるとすればただ一つ。
思考を閉じて、再びペンを走らせる。
閉じれば厚さが拳一つ分はあろうかという本、そのページに超人的な速度で文字が躍る。
間断なく書き綴られていくのは、現在この世界で読み書きされる二種の文字、ルーン文字と公用文字。
ハルケギニアのメイジなら誰でも簡単に読み進められるそれで、ウルザは自身が知るドミニアの魔法とその理論とをびっしりと書き込んでいく。
ウルザの手によるそれは、この世界で初となるハルケギニアのメイジ向けに書かれたマナを用いた実践魔術書と言えるものだった。
今は白、緑、赤、青、黒、五色のマナについての項目を記述しているところであった。
膨大な紙面を割いて理論を説明し、マナの練り方と土地からの供給法、そして基本的ないくつかの魔法を書き記した。
治癒の軟膏/Healing Salveの作成法、巨大化/Giant Growth、ショック/Shock、ぐるぐる/Twiddleの使用法、暗黒の儀式の秘術。
基礎から応用、実践までを一冊に纏めた教導書であり、魔術書でもあり、秘本でもあるそれは、ただ一人のために書かれている。
ルイズを救う為の方法の一つ、その為の下準備としてウルザは書を記す。
試せる手段があるなら、それがたとえどの様な犠牲を払うこととなろうとも、ウルザはそれを試すつもりでいた。
そのことに対してルイズ自身がどのような感情を抱くとしても。
プレインズウォーカーには狂気が宿る。
久遠の闇からの祝福を受け、多次元宇宙ドミニアを渡る力を持ち、神の如き力と強大な魔力を有するプレインズウォーカー。
しかし、彼らは多かれ少なかれその身の内に、必ず狂気の種子を持っている。
故に、彼らの正気の度合いを測るのは難しい。
狂っているって?狂っているとしたら、それはお前自身だ。
―――ワルドからウルザへ
#center(){[[戻る>マジシャン ザ ルイズ 3章 (24)]] [[マジシャン ザ ルイズ]] [[進む>マジシャン ザ ルイズ 3章 (26)]]}
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マジシャン ザ ルイズ (25)正気か否か
浮遊大陸、白の王国、空の真珠、風の国。
詩人にそのように称えられたアルビオン王国は今に無く、取って代わったはずの神聖アルビオン共和国もまた無い。
そこにあるのはありとあらゆる者が死滅し、腐敗し、死に損なって徘徊する黄泉の国。
吐き気を催す邪悪の気配を感じる地、それが現在のアルビオンであった。
かつてはその美しさを歌に謡われた王都ロンディニウム。そしてその王城であるハヴィランド宮殿においてもそれは変わることが無い。
その中枢、王の間。
数少ない生者の一人が、王にのみ座ることを許された玉座に腰掛けていた。
周囲には闇、粘度を持ってこびりつく様な黒が蟠っている。
染み一つ無い真白を纏っているにも関わらず、違和感なく暗黒と同化している男、彼の名はジャン・ジャック・ド・ワルド。
灯によって生まれ変わり、多次元宇宙ドミニアを渡り歩く力を得た存在、プレインズウォーカーの一人である。
数万からなる死者の軍勢を従えた王は言葉を発さない。
だがその顔には、怒りと、苦悩と、そして狂気が刻まれていた。
世界そのものを左右しうる比類無き神の如き力、それを手に入れたワルドが思い煩うことはただ一つ。
(ルイズ……ルイズ、ルイズ、ルイズ、ルイズ、ルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズ
ルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズ
ルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズ
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始祖の再誕、虚無の花嫁、次元の姫君、僕のルイズ!」
いつしか想いは何時しか奔流となって、その口から迸っていた。
ワルドにとって唯一つの執着、それはあの若き日の婚約者ルイズ。
彼はただ一人の女性を想い焦がれ、その一挙手一投足にまで思いをはせる。
彼女の瞳、彼女の髪、彼女の指先、彼女の身体、彼女の声、彼女の力、その全てを思い描いたワルドは得も言われぬ恍惚感を感じ……そして激怒した。
「――なぜだ!!??」
石作りの王城に、雷鳴の如き叫びがこだまとなって響き渡る。
返事をするものはいない。
そもそも、この城において生きることを許されたものは、彼を除けば二人しかない。
そしてその二人はこの場に居合わせておらず、ならば答えるものなどいるはずが無い。
「なぜだルイズ! なぜ君は僕を分かろうとしない!? なぜだなぜだなぜだ!?」
体から溢れ出た魔力が衝撃となって四方へと伸び、周囲の床がびしりと音を立ててひび割れた。
「僕はこんなにも君を愛しているというのに! なぜ君は受け入れようとしない!」
猛り狂う感情が魔力の放出に拍車をかけ、床や壁から細かな破片が飛び散る。
そう、ジャン・ジャック・ド・ワルドはルイズ・ド・ラ・ヴァリエールを、深く深く愛していた。
トリステインへの侵攻を企てていた神聖アルビオン共和国皇帝クロムウェルを真っ先に抹殺したのも、それを唆していたシェフィールドを葬ったのも全ては彼女の為。
虚無の担い手であるルイズに対して良からぬことを企てていたガリア王ジョゼフを誅殺したのも彼女の為。
両国を利用し、トリステインへと宣戦布告したのも、ゲルマニアを制圧したのも、ロマリアと交渉し不干渉を取り付けたのも全ては彼女を手に入れる為。
少々の予定外はあったが、何もかも彼女の為。どのような手段を用いてもルイズ個人を手に入れる為に起こした行動なのであった。
全ての戦争、全て争い、現在起きている全ての混乱、悲劇、憎しみ、悲しみは、一切がルイズという個人に帰結するものであった。
自分自身の愛の深さをルイズに示し、そして彼女の全てを手に入れる。
その為にもまずはトリステインという国を人質にして、その身を手に入れる。
そうしてからじっくりとルイズと心を通じ合わせるつもりでいた。
彼女が自分を愛するようになるまでは時間がかかるかもしれない、だが必ず分かってくれると思っていた。
――だがどうだ? 彼女が自分を見る目は怯えしか宿していなかったのではいか?――
握り締めた拍子に、玉座の縁が砕け散った。
「……違う」
そうだ、悪いのはあの男だ。
あの男がルイズの傍に立って、彼女を誑かしているのだ。
ウルザがルイズと自分の間に障壁となって立ちはだかっているのだ。
確かに、四千年もの年月を積み重ねたウルザの力は強大だ。
『転生』したばかりの存在である自分とは比べ物にならないほどの力や知識、技術を有しているだろ。
だがそれが何だと言うのだ。屈してなるものか。
あれは亡霊だ、過去に取り付かれた悪鬼だ。
未来を紡ぐ事ができない、ただの狂人だ。
過去を振り返るしか能の無い老人は死ね、未来を生きる自分に道を譲って死ね。
死ね
死ね死ね
死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
ワルドの瞳が朱に輝く。
そのとき、ふいに闇の中、影が動いた。
一つではない。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。否、正しくは五人。
闇に紛れ姿を隠した黒装束の男達。
それまで潜んでいた彼らは、錯乱したかのようなワルドの様子を好機と受け取ったのか、殺気を隠さず襲いかかった。
暗闇に生きる彼らにとって視界を閉ざす黒は障害になり得ない。
そこすでに必殺の間合い。
けれど、彼らは読み誤った。
闇こそはワルドの化身。
その姿を捉えることなど、今の彼にとっては児戯より易い。
王座に座ったままのワルドが、右の手首を払う。
それだけで一人目の暗殺者の上半身が文字通り闇に食われ、消滅した。
――殺してやる――
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
左手で虚空を握りつぶす。
飛びかかろうとしていた二人目の暗殺者が、石榴のように赤く弾けた。
――僕とルイズの未来のために――
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
仲間の屍を踏み越え肉薄した暗殺者が、大振りなナイフをワルドの心臓へと突き立てようとする。
刃が触れた途端、三人目は時間を早送りされたように腐敗し朽ち果て、そして砂となって崩れ落ちた。
――貴様は死ね――
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
ワルドが朱色の軌跡を残しながら正面を向いた。
不運にも視線を正面から見てしまった哀れな四人目は、その瞬間に心臓を停止した。
――そして彼女を手に入れる――
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
慌てて逃げようとする最後の一人に、ワルドは一言呪いの言葉を呟いた。
その瞬間、五人目には永遠に逃れることのできない狂気と、慈悲深い緩慢なる死が約束された。
――待っていろ、プレインズウォーカー・ウルザ――
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
今なら分かる。人間とプレインズウォーカー、その存在としてステージの違いを。
人がプレインズウォーカーに挑むというのは、蟻が人に挑むことに似ている。
どれだけ粋がったところで、下等な虫けらが人間に挑むなど滑稽でしかない。
人の身でどれほどの修練を積み、どれほどの技を身につけたとしても、プレインズウォーカーに敵うはずがない。
思い出されるのはラ・ロシェール、そしてニューカッスル城、二つの戦い。
人間ワルドがプレインズウォーカー・ウルザに挑んだ。
なんと滑稽なことだろう。自分はあのとき八つ裂きにされ、磨り潰され、塵芥に分解され、次元の彼方へと追放されてもおかしくなかった。
けれどあの老人はそれをしなかった、わざわざその力を抑え人としての身で自分と戦った。
――憎い――
それは余裕の表れか、滑稽な余興のつもりだったか、それとも人の身であった自分への哀れみか。
どれにしろ、あの男は自分を高みから見下していたのだ。
だが、自分は力を手に入れた。あのときとは違う。
足りない力は補えばいい、そうして自分は今度こそあの男を同じ目線で戦うことができる。
先の戦いでは邪魔が入ったが、次こそはあの男を十全の力をもって葬り去ろう。
そうしてルイズを手に入れるのだ。
再び一人になった闇の中、ワルドがおかしそうにくつくつと声を殺して嗤う。
暗殺者達の死体は、既に痕跡すら残さず消え去っていた。
ルイズを求めるワルド。
だが、彼は気づいているのだろうか?
その考えが、ところどころ破綻をきたしていることに。
そもそも、本来は目的の為の手段としてルイズを手に入れようとしていたことを覚えているのだろうか。
彼の胸元で、ペンダントが虚しく揺れていた。
小さな吐息が聞こえる。
人々が寝静まった静寂の時間、部屋には二人の姿。
一人はベットの中で安らかに眠るルイズ、そしてもう一人は机に向かうウルザ。
彼は机の上に置かれたランプの灯りを頼りに、開かれた本に淀みなくペンを走らせている。
そうして彼は今、手先を細かく動かしながらも別のことを考えていた。
思索に耽っているのはルイズの病についてのこと。
進行性変性症候群。
それが彼女を蝕む病の名であった。
その病こそは古代スラン文明の文献・伝承に繰り返しその名を語られる不治の病『ファイシス症』に違いなかった。
曰くファイシス症に侵された者は、身体の内外から腐り果て、やがては死に至る。
そして、その治療法は見つかっていない、昔も、今も。
ルイズが眠っている間に様々な検証を行った、だが、得たものは少ない。
手にできたものは、大きな確証に小さな進歩。
ルイズの身に起きている異変がファイシス症の急性発症であるとの確証と、ウルザの力を持ってしてもその病を取り除くのは不可能だという事実。
古代スラン文明において、パワーストーンに長期間接することで発症するとされたファイシス症、なぜそれが彼女に発症したかについては、彼なりにいくつかの推測を立てていた。
その中でも、これまで彼女が何度も示してきたパワーストーンへの高すぎる順応性が仇となったのではないかとの仮説が有力であるのだが、今更それを抑制したとしても発症した病の治癒には繋がらない。
実のところ、ウルザ自身もファイシス症の患者を実際に目にするのはこれが初めてとなる。
パワーストーンに支えられていた古代スラン文明が崩壊してすでに七〇〇〇年、力を残すパワーストーンそのものが希少である為、それに由来するファイシス症の患者は長く確認されていない。
かつてトレイリアのアカデミーにおいてこの分野についても研究が進められていたが、ウルザ自身はそのような研究に興味を惹かれなかった為深くは関わらなかった。
このことが今となっては悔やまれるとは当時は思っても見なかった。
あるいは家族を弔うべく、トレイリアをまきの山と化したバリンであったならば、何かを知っていたかもしれない。
ウルザ自身はあくまでアーティフィクサー、役割で言うなら魔術的なことはバリンが受け持つというのが、ここ千数百年の習慣だった。
息を吐き、絶え間なく動かしていたペンの動きが止まる。
バリンを、友であり、良きパートナーであり、そして最後は復讐にとりつかれたドミナリア最強のウィザードを思い出し、しばし思考と指先を停止させた。
ファイシス症の最もやっかいな点は、魔法による治療が不可能であるという一点に尽きる。
その治療に有効とされる方法は、彼の知識の内には外科的なアプローチの他にない。
あるいはバリンの知識があったとしても、彼には何も手が打てなかったかもしれない。
そういう意味では、この場にいるウルザこそが治療には相応しいと言える。
しかし、このプレインズウォーカーを持ってしても、決定的に欠けているものがある。
それはデータだ。
現在ウルザはルイズに対して、投薬による治療を続けている。
魔法を一切使用しない、科学的な薬剤療法。これは確かに魔法による治療に比べれば格段の効果が認められた。
実際に彼女は起きて話していたし、暫くすれば立って歩くことも可能だろう。
だが、それは目に見える外面の部分だけである。
彼女の体の内部や末端神経、そういった部分は確実に病魔は蝕まれている。そのことは彼女自身にもすでに自覚症状となって現れているに違いない。
やはり、投薬による治療には限界があると言わざるを得なかった。
ならばなぜ、このような効果の薄い治療を続けているのか、それは臨床データの決定的な不足に起因していた。
外科的治療を行うにしろ投薬治療を続けるにしろ、限られた時間の中でこれ以上の進展を求めるなら、臨床データの入手が急務といえる。
そして、現在のハルケギニアでそれが手にはいるとすればただ一つ。
思考を閉じて、再びペンを走らせる。
閉じれば厚さが拳一つ分はあろうかという本、そのページに超人的な速度で文字が躍る。
間断なく書き綴られていくのは、現在この世界で読み書きされる二種の文字、ルーン文字と公用文字。
ハルケギニアのメイジなら誰でも簡単に読み進められるそれで、ウルザは自身が知るドミニアの魔法とその理論とをびっしりと書き込んでいく。
ウルザの手によるそれは、この世界で初となるハルケギニアのメイジ向けに書かれたマナを用いた実践魔術書と言えるものだった。
今は白、緑、赤、青、黒、五色のマナについての項目を記述しているところであった。
膨大な紙面を割いて理論を説明し、マナの練り方と土地からの供給法、そして基本的ないくつかの魔法を書き記した。
治癒の軟膏/Healing Salveの作成法、巨大化/Giant Growth、ショック/Shock、ぐるぐる/Twiddleの使用法、暗黒の儀式の秘術。
基礎から応用、実践までを一冊に纏めた教導書であり、魔術書でもあり、秘本でもあるそれは、ただ一人のために書かれている。
ルイズを救う為の方法の一つ、その為の下準備としてウルザは書を記す。
試せる手段があるなら、それがたとえどの様な犠牲を払うこととなろうとも、ウルザはそれを試すつもりでいた。
そのことに対してルイズ自身がどのような感情を抱くとしても。
プレインズウォーカーには狂気が宿る。
久遠の闇からの祝福を受け、多次元宇宙ドミニアを渡る力を持ち、神の如き力と強大な魔力を有するプレインズウォーカー。
しかし、彼らは多かれ少なかれその身の内に、必ず狂気の種子を持っている。
故に、彼らの正気の度合いを測るのは難しい。
狂っているって?狂っているとしたら、それはお前自身だ。
―――ワルドからウルザへ
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