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「ゼロの夢幻竜-04」(2009/02/11 (水) 14:09:27) の最新版変更点
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#navi(ゼロの夢幻竜)
夜。ラティアスはルイズの部屋で夜食のパンを食べていた。
テーブルの上にはそれ以外にも三つの小鉢がありそれぞれスープとサラダ、そして二個の林檎が入っている。
何故こうなっているのか?
時間は召喚の儀が終わり、ラティアスがルイズを学院の広場に送り届けた直後にまで遡る。
ご主人様の髪を大変な事にしてしまったラティアスは、ルイズに詫びた後使い魔達が集まっている中庭にてすやすやと眠り始めた。
その直前『ちょっといろいろあって、張り切りすぎたせいか眠くなっちゃいました。ご主人様、ごめんなさい。ちょっと休ませてください。』と一応ルイズに断りをいれて。
ルイズは夕食時になったら目を覚ましてご飯をねだりに来るのだろうと思い、快くそれを了承した。
問題はその夕食時である。何時まで経ってもラティアスは自分の元に来ないのだ。
明日の授業の前にみんなに自慢出来たのに、という不満げな感情もあったがそれ以上の物がある。
通常使い魔は外で食事―それもかなりお粗末な物―をする事になっていたが、ルイズは特別にラティアスを『アルヴィーズの食堂』に招き入れようと思っていた。
まあそれでも、貴族以外の者を椅子に座らせるなんて事は許されていないから、床で食事してと言わざるを得ないものだが。
―自分が召喚したラティアスと一緒に楽しく食事をしたかったのに……―
やがて食事も談笑も終えた生徒が一人、また一人と食堂から去って行き、遂にルイズ一人が食堂に残される。
目の前の皿という皿はほぼ空になっており、残された料理も元の量から10分の9程が無くなっている。
仕方なくルイズはテーブルの上から残っていた白パンを二つほど失敬し、部屋に戻ってそれをラティアスに与える事にしたのだ。
そして部屋に戻り窓を開けてから『ラティアスーッ!』と叫ぶと一分もしない内に彼女は部屋の窓から中へ飛び込んできた。
その直ぐ後で床にドテッと落ちた彼女は、心配して顔を覗きこむルイズに何かをぽつぽつと言う。
聞くと、ご主人様に呼ばれるまで待っていました、ご飯はまだです……との事。
その彼女にルイズは非常に申し訳なさそうにパンを差し出す。
しかし時間が大分経ったせいかすっかり中がすっかり冷めきり、表面がとてつもなく固くなっていた。
しかしそんなパンをラティアスは受け取り「おいしいな、おいしいな」と言いながら両手を使ってさも楽しそうに食べ始める。
その様子に胃がキリキリと痛むような感触を覚え、居ても立ってもいられなくなったルイズはラティアスに部屋で待つ様に言い、食堂まで走って行く。
ルイズが辿り着いた頃、食堂ではメイドの者達がいそいそと片付けをしている真っ最中だった。
まだ間に合う!
彼女は適当にその場にあった小鉢を三つほど取り、この中に残っている分で良いからシチューとサラダと何でも良いから果物を入れなさい、と高らかに言った。
最初メイドの者達はルイズが何を言い出したのか、そしてどういう意図があるのか分からなかった為に互いに顔を見合わせた。
が、貴族の依頼事は聞かなければ酷い目に会うのは分かっている。
メイド達は急いでその小鉢に言われた物を入れていく。
それを受け取ったルイズは得意気に部屋まで戻った。
そして今に至る訳である。
食事を腹八分目にまで収めたラティアスは満足そうに広々とした部屋の中をくるくると旋回する。
「あー、おいしかったあ!!有り難う御座います!ご主人様!」
ラティアスは高さを変えつつ尚もくるくると回り続ける。
その様子を見ていたルイズはしみじみと思った。
―今迄で最良の日があるとすればそれは正に今日だ。―
と、その時ルイズの心に窓際にいるラティアスの大声が響き渡る。
「えぇええええええ?!!お月様が二つあるぅぅっっ!!」
「どうしたのよ?いきなり大声なんか出したりして。月が二つあるのがそんなに珍しいの?」
ラティアスは丁度窓の外、夜天に輝く二つの月を見つけたのだ。
取り乱したような声がそれに続く。
「だって、だって!ご主人様!わたしの元いた所ではお月様は一つしかないんですよ!二つあるからびっくりしてるんですってば!!」
「一つしかないですって?どういう事……?」
その言葉をルイズは不思議に思う。
このハルケギニアでは、月が一つしか見えないといった事例は今までただの一回もない
常に二つ見えていなければおかしいのである。
その事はルイズにある疑問を抱かせていた。
ラティアスは本当にこの世界以外の何処か、異世界から来た存在なのだろうかと。
だが、勿論月の数が違うだけでそうだと断定する訳にはいかない。
そう思ったルイズは部屋にある机の引き出しからありったけの羊皮紙と新品のインク壷を一つ取り出す。
それをテーブルの上に置いてからルイズは敢えて脈絡の無い幾つかの質問をたて続けにしてみた。
「ラティアス、これから私の訊く事に正直に答えて。良いわね?」
「え?ええ。良いですよ。どんどんどうぞ。」
「じゃあね……あなたが元いた場所は何処?」
「地球です。近くに大きな町がありました。名前は覚えてないですけど。」
チキュウ?はて、そんな単語をルイズは今までに一度も聞いた事が無い。
取り敢えずトリステイン公用語で『ラティアス―元いた場所、チキュウ。ハルケギニアの地図には無い』と書き質問を続ける。
「そう……じゃ、そこの季節はあなたが此処に来る直前はいつ頃だった?って言うか季節ってあるの?」
「季節はあります。それも4つ。でも今みたいに春めいた感じじゃなくて凄ーく暑かったです。」
ここは同じ。違うという季節ももっと温暖な地から召喚されたのだとすれば納得がいく。
『元いた場所』の下に『四季あり。こちらと同じ。但しここより温暖な気候の可能性あり』と書いて続ける。
「ふんふん。次いくわよ。一年は何日?何ヶ月?1月って何日分?」
「一年は365日、12ヶ月あります。1月は30日あります。えーと、時たま31日になったり30日になったりします。
2番目の月はいつも28日で、4年に1回29日になる時もあります。と言ってもこれは人の感覚に限ってですけど。」
これは若干違う。月の数こそ同じだがこちらでは一年は384日である。
一月の数もころころ変わるなんて事は無い。
『一年の長さ―こちらとは19日の違い。月の数は同じ。しかしその長さはまちまち。』と書き加える。
「へえ……詳しく説明してくれてありがと。あとはね……あなたと同じ姿をした仲間はいるの?」
「はい!それはもうたくさんいます!私も数えた事は無いんですけど、元いた場所には私と同じ種類だけで多分500匹近くはいたんじゃないかと思います。」
「同じ種類で500匹近くねえ。あなたがその中に紛れ込んだら直ぐ分からなくなるわね。」
「ええ。でも呼ばれたらわたしの方がすぐにご主人様の元へ行くので問題はありません!」
彼女にとってはなんて事無い一言だったのだろう。
だがそれはルイズに良い使い魔を召喚したという充足感を再び与える一言だった。
「ホント?約束よ。それと……あなたとは姿が違うけど似た様な生き物っているの?」
「はい。前に人の多い所にいった時に研究者って人が言っていたのを聞くと、正確には493種類と言っていました。」
「結構いるのね。あんた1種類で500匹近くいるんだから全体で何匹くらいいるのかしら?」
「それはもう想像がつきません。何億、何十億……何百億っていう噂も聞いた事ありますし。」
「何百億ですって?!確かに想像がつかないわねえ。それじゃあ……」
そんなこんなで口述筆記による質疑と応答は続いていく。
最初はすらすらと答えていたラティアスだったが質問が200問目あたりになりはじめた頃から疲れが見え始めてきた。
300問目寸前で欠伸が引っ切り無しに出る様になり、そこから50問もいかない内に滞空しながら舟を漕ぎ始めた。
ルイズの方はと言うと、周りに様々な事がごちゃごちゃと書きこまれた羊皮紙が大量に溢れかえっている事、とっくにベッドに入っている時間であるにも拘らずラティアスへの質問攻めを続けていた。
そしてそれがようやく止んだのは、新学年を迎える前に買ったばかりだったインク壷のインクが空になった時だった。
ラティアスは「もお、らむぇぇ……」と言って部屋に来た時と同じ様に床へ勢い良くドテッと落ちる。
ルイズはラティアスを抱き締めお礼を言った後自分のベッドで彼女を寝かせる。
それからは眠気を必死で我慢して書いた事の纏め上げを行った。
研究熱心な一番上の姉、エレオノールの性格に似ているせいか。
はたまた実技は『ゼロ』でも学科試験は落とさない様に猛勉強を繰り返していたせいか。
不思議とその行為に疲れは感じなかった。
大事な所を抜き出し、下線を引いて、関連事項と照らし合わせて間違いは無いか確認する。
それはまるで重要な試験を明日に控えた学生のそれであった。
そして全ての纏めが出来上がったのは空がうっすらとビロードの様な黒から、深い紺碧色に変わろうかという頃だった。
無論、厳密に言えばこれで全部ではない。
質問の最中ラティアスが眠ってしまったので、聞き出せる事はまだ少ない方だと自覚はしている。
ともかく結論としてラティアスが、自分達が生きているこの世界とは全く違う世界から召喚された事だけははっきりした。
ラティアスが嘘を吐くとは到底考えられない事だし、億が一、兆が一そうだとしてもここまで巧みな物は吐きようも無い。
また人語を理解できる存在で、声を使わず意思疎通出来るのにここまで付き合う意図も分からない。
ふとベッドの方を見ると、ラティアスが軽い寝息をたてて眠っていた。
相変わらず安らかそうで抱き締めてやりたくなるような雰囲気を出していた。
朝の食事まではまだ二時間ほど時間がある。
その内の半分位をラティアスと一緒に寝ていたって良いじゃない。
ルイズはそう思って彼女の元に近づこうとする。
が、ルイズは突然目の前で起こった出来事に足を止める。
「えっ……?!何これ?私、疲れてどうかしたのかしら?」
寝惚けているのかと思ったルイズは何度か目を擦る。
ルイズの目前で一体何が起こったというのだろうか……?
ラティアスが眠っているのは分かる。
問題は彼女が呼吸をして体を上下させるのと、南の窓から強烈な朝日が入ってくるのが同時に起きた時の事である。
ガラスの破片の様に眩しく輝く彼女の羽毛が強烈に輝くのと同時に、そこに銀色をした小さな人型の塊が浮かび上がるのだ。
それも突然そうなるのではなくてスウッと変わるのである。
しかしそれはあくまで人型をしているだけである。
しかもコンマ5秒にも満たない一瞬の事なので、顔をはっきりと捉える事も出来なければ、胴体部分の凹凸も良く見えない。
だが確実にラティアスの体は人間の体に変わったかのように見える。
夢か幻でも見ているのだろうか?
暫くルイズはその光景に釘付けとなっていたが、ラティアスが目覚めた事で終わりを告げた。
「ふああ……はふぅ。ん……はわわっ!ご、ご主人様!おはようございます!」
「お、おはよう。よく眠れたかしら?」
「はい!とっても……って、わたしは使い魔のみなさんが寝る所で寝てなきゃいけないのに!
しかも、わたしがご主人様を起こさなきゃいけないのに!ご主人様、申しわけ有りません!!」
慌てふためき最後に涙声で謝るラティアスをルイズは一応落ち着かせる。
「お、落ち着いて。昨夜質問ばかりして眠たげにしているあなたを振り回した私がいけないのよ。だから落ち着いて。」
「わ……分かりました。」
その言葉にラティアスはほっと一安心する。
それから一時間半ほどルイズはテーブルに突っ伏して仮眠を取る事にした。
先に目を覚ましたのはラティアス。再び目を開けた時には随分と明るくなっていた。
それから彼女はルイズの服が、見たところ昨日のままであるという事に気づいたので、ルイズが起きたのと同時に取り敢えず言ってみる。
「改めましておはようございますご主人様。ところで服を着替えた方が良いんじゃないでしょうか?」
「え?ええ、そうだけど……」
「それじゃ、ちょっとそこに立っていて下さい。」
いいわよとルイズが返事をすると、ラティアスはしまっていた両手を出してルイズの着替えに取り掛かった。
クローゼットからご主人が着ている物と同じ物―つまりブラウスやスカート、ニーソックス―を、順次エスパーの力を使って取り出しベッドの上に置いていく。
その際、杖も使わなければ手も使わずにそれをやった事についてルイズは驚嘆していた。
ラティアスにとっては同じ仲間も出来る能力の一つに過ぎなかったが。
それからルイズに服の脱がし方というものを教えて貰いながら着替えを行う。
途中下着という物の存在があった為に、再びクローゼットの開閉をしなければならなかったが全てはスムーズに進んでいった。
着替えが終わったルイズは部屋を出ようとする。
その時汚れた服の入った籠を持ったラティアスが、開いた状態で忘れてられたクローゼットの引き出しを閉めようとした時何かに目を留めた。
それは鏡台の上に置かれた化粧箱。
隅の方に小さく何か書かれている。
この世界の文字が分からない為か気になって仕方が無い。
好奇心に負けた彼女は思い切ってルイズに訊いて見ることにした。
「ご主人様。これ何て書いてありますの?」
「それ?ああ、『カトレア』って書いてあるのよ。私の姉さんの名前。ここに入る時に譲っていただいた品なの。」
「そうなんですか……どんな人なんですか?」
「どんな人……ちょっと待って。……この間修復するから実家に戻す為に壁から外したのをうっかり忘れていたわ。」
そう言ってルイズは部屋の中に戻り、ベッドの後ろから何かをごそごそと取り出す。
出てきたのは割と小さく、少し色褪せてはいるが立派な画だった。
そこには3人の女性が寄り添って描かれている。
真ん中にいる少女がルイズだという事は直ぐに分かる。面立ちがほぼ今のままだからだ。
という事はその両隣に立つどちらかの女性がカトレアという事になる。
左隣の女性は年の程は15、6歳位で年相応に均整の取れた体をしているおり、コロコロと笑っているという言葉が似合っていそうな笑顔をしていた。
右隣の女性はその女性より3、4歳ほど年上に見える。凛々しく気品のある顔立ちをしていてその点では綺麗だと思えた。
鼻の下から嫌な匂いがしているにも拘らず、『笑ってください』と言われて無理矢理捻り出した様な笑みをしていなければ、だが。
さて、どっちだろうか。
答えはルイズが杖を使って直ぐに示した。
「左にいるのがカトレアお姉さまよ。右にいるのはエレオノールお姉さま。」
その言葉と共にラティアスは二人の姿を情報として処理し頭の片隅に保管する。
いずれ自分の姿を偽らなければならない時の為に、平面という断片的なものからでも参考にしておく必要があったからだ。
ルイズは絵を元の位置に戻し戸口まで行く。
「行きましょ!ラティアス!」
ルイズとラティアスが部屋を出ると、同じ様な三つの木で出来た扉の内一つが開く。
出てきたのは燃えるような赤毛をした女の子、キュルケである。
「あら、お早うルイズ。」
「お早う、キュルケ。」
キュルケはルイズを見るとにやっと笑ったが、ルイズは顔をしかめ忽ち不機嫌になった。
ラティアスはルイズが不機嫌になったのを見て、目の前にいるキュルケという女の子に意思疎通を許すか躊躇する。
それからラティアスは彼女をしげしげと眺めた。
身長、肌の色、雰囲気、体つきが全てルイズと対照的だ。
この事もやはり情報の一つとして処理され、頭の片隅に保管しておく。何が役に立つか分からないからだ。
その視線に当の本人が気づかない訳が無い。
「ねえ、ルイズ。あなたの……鳥?竜?どっちでもいいわ。こっちをジロジロ見すぎよ。ちゃんと躾は始めてるの?」
その言葉にはっとなったルイズはラティアスを「ちょっと!」という雰囲気で体を押す。
それに気づいたラティアスは、ゆっくりとルイズに振り向き一つだけ質問する。
「ご主人様。この人とは意思疎通をやってもいいでしょうか?」
「駄目。絶対駄目。天地がひっくり返ったって駄目!!」
「何が駄目なのよ?」
キュルケからの尤もらしい質問にルイズとラティアスはビクッとする。
そう。傍から見ればルイズが一方的にラティアスに対して話している様にしか見えないのだ。
ルイズは慌てて何でもないという風に手を振って話を続ける。
「何でもないわよ。それより何か用?」
その様子にキュルケは少し拍子抜けしてしまった。
ここで自分に突っかかってきたら、自分が昨日一発で召喚したサラマンダーのフレイムを見せてからかってやろうと考えていたのだ。
意外に自分を軽くあしらっている様な雰囲気さえ見せるルイズにキュルケは嘲笑混じりに答える。
「別に。私のフレイム見せるついでに、あなたの召喚した使い魔がどんなものなのか見てやろうかなって思っただけよ。
それにあなたその使い魔に随分入れ込んでいるようだけど、速く飛ぶ事なんて風竜にだって出来るわ。それ以外の使い道あるの?」
その言葉に反応したのか、キュルケの背後から真っ赤で巨大なトカゲが現れる。
大きさは虎と同じ位。尾では小さな炎が燃え盛っていた。
ラティアスはそれにも一応目をやるものの、人間を対象として監察している頭の中で叩き出された答えは『許容範囲外』。
お話にもならなかった。
そしてルイズはやれやれと言わんばかりに肩を竦めキュルケの側を通り過ぎながら言った。
「有るわよ。この子はね、とてもあなたの頭じゃ考えが及ばない位、物凄い能力を持っているわ。
それにあなたもその使い魔に随分入れ込んでいるようだけど、秘薬とかを持ってきたりする事なんて大方の使い魔が出来る事じゃない。それ以外の使い道あるの?」
それでお終いとばかりにルイズは階下へ降りていった。
その後に籠を抱えたラティアスが続く。
自分の使った嫌味を倍返しにされた様なその言葉に、キュルケは少しだけムッとしたが直ぐにやれやれといった表情になり、むんとした熱気を放つフレイムの頭を撫でる。
「この間は言い返す余裕も無くてむきになってばっかりだったのに……一端に言い返せるようになっちゃって……」
それはゼロと呼び続けていた相手が生意気に自分をやりこめた事への不満か。
それとも好敵手がやっと自分に相応しいほどの格を持った事への満足感か。
その答えの真意を知るものは誰も居ない……
寮の外、水汲み場の辺りでルイズはラティアスに、洗濯をなるべく早く終わらせて食堂に来るように言った。
だがその時になってラティアスは食堂の位置を知らない事に気づいた。
「どうしましょう。メイジが近くにいないで使い魔が本塔の中をうろうろするなんて事出来ないし……」
「ご主人様、大丈夫です。直ぐに洗濯を終わらせて食堂に行きます。」
「えっ?でも食堂がどこかなんてあなた知らないんでしょう?」
「大丈夫ですって!さ、早く行かないとみんなから遅れちゃいますよ。」
後ろから背を押されたルイズは、遂に仕方なくその場を後にした。
その場に残されたのはラティアスただ一匹だけ……
いや、違う。5メイル程離れた場所から仕事を終えたので休憩がてらに散歩をしているらしいメイドが一人いた。
ラティアスはそのメイドも一応観察しておく。
ポイントになったのは、ご主人様ことルイズや先程会ったキュルケとは違う、所謂メイド服を着ている所だ。
短く切られた黒髪はカチューシャで纏められており、面立ちは柔和その物である。
体つきに関してはルイズより少々斜め上を行っているらしく、出るところは出て引っ込んでいる所は引っ込んでいる。
それを情報として処理した後、ラティアスは水汲み場の近くにある物陰にその身を隠した。
処理できる情報は既に許容量一杯である。
それらの情報を選りすぐり、断片的な部分を組み立てていく事で仮の姿を得る事にした。
それに伴いラティアスは意識を集中させる。
先ず年とそれに伴う身長。これに関しては勿論ルイズと同い年くらいか1、2歳下に見えた方がいいだろう。
顔の印象は?ちょっと考えたが、部屋で見せてもらった絵に映っていた左の女性に似せる様にする。
髪の長さは?ルイズと同じ。
服装や装飾品は?これは同じでは面倒な事になる。校舎で先生に捕まるとか、誰かに話しかけられるとか。
無難な所で先程のメイドと同じ物にする事にした。
では体つきは?これは控えめな方で……
と、その項目にはいった時、ラティアスも持つ雌としての見栄が出張ってしまう。
ルイズを劣等感に沈ませたり、悲しませたりしたくは無かったが、こればかりはどうしようもない。
ご主人様ごめんなさいと呟いて、キュルケとメイドを足して2で割った様な外見にした。
最後に回してしまった髪の色だが、ルイズと同じでは怪しまれる。
キュルケと同じではルイズが黙ってはいないだろう。メイドと同じにするか。
と、考えたその時だった。
「あのう……どなたかそこにいらっしゃるんですか?」
姿が見えないが故に誰なのか分からないがラティアスは先程のメイドだと見当をつけた。
突然聞こえて来た声に驚いたラティアスは残っていた項目をうっかり自分の毛と同じにしてしまった。
但し、その色は老人を差す様な白髪ではなく銀の輝きを持つシルバーブロンドとなったが。
兎も角それで仮の姿の想像は一段落ついた。
それからラティアスは人間で言えば深呼吸をする様なポーズをとる。
直後眩い光が彼女を包み込み、その中で彼女は人間時の姿を構成していく。
光が止むと……そこには外見だけはお淑やかそうなメイドが一人出来あがっていた。
「や、やったぁ!!上手くいった!上手くいった!!」
ラティアスは初めて人間への変身が上手くいったせいか、隠れている場所を飛び出て水汲み場まで躍り出る。
そこで彼女ははっと我に返った。
自分の姿を凝視し続けている先程見かけたメイドがいる事を。
ラティアスはやってしまったという顔をする。
変身の瞬間こそ見られてはいないが、誰もいない内に念動力を使ってさっさと洗濯を終わらせようと思っていたからだ。
目の前にいるメイドは黙っていたが、直ぐに首を傾げてごく当たり前の質問を投げかける。
「あのう、新入りの方ですか?」
新入りという言葉にラティアスはぴんと来た。
どうやらこのメイドは自分をここに着たばかりのメイドと勘違いしたようだ。
いいえと答えたら怪しまれてしまう。
一応調子を合わせる様にラティアスは頷いた。
だがそれがまずかった。メイドはにこにこしながら当然出るであろう質問を口にする。
「そうなんですか!ここでは貴族の方が多いものですから緊張してしまって……私シエスタって言います。あの、あなたのお名前は?」
答えられるわけが無い。
ラティアスとその雄の形態にあたるラティオス一族は、人間に変身する事は出来る。
だが、声帯とそれに準じる発声機能の忠実な模倣は何代続いても不可能だった。
その為ラティアスは人間の外見に姿を変える事は出来ても、音声を使った意思疎通に関してはほぼ無理だった。
目の前にいるシエスタと名乗ったメイドの物腰は柔らかそうで、且つこちらへの敵意は無い。
それでも今、質問に意思疎通形式で答えたら何が起きるか分かったものではない。
しかし答えないままでは状況はより一層悪くなるだけだ。
耐え切れなくなったラティアスは、ままよ、と思い意思疎通を始める。
「嘘吐いてすみません。わたしはルイズ様の使い魔でラティアスといいます。」
瞬間シエスタは狐に摘まれた様な表情をしてその場に棒立ちになった。
何が起こっているのかよく分かっていない表情その物とも言える。
それはそうだ。いきなり自分の心に誰かの声が聞こえてきたのなら誰だって驚く。
ましてや目の前にいる人物が発しているとその本人に言われたって、口が動いていないじゃないかと言われるのがオチだ。
次に彼女は耳に手を当てる。しかし当然の如く何も聞こえない。
説明の為にラティアスはもう一度心の声を口にする。
「今あなたの心に直接話しています。ちょっと理由があって口がきけないのでそうさせてもらっています。それと……ほら、ちゃんと使い魔のルーンもここに。」
そう言ってラティアスは使い魔のルーンが刻まれた左手を相手が見やすいようにさっと掲げた。
シエスタはそれに顔を近づけるがそれでも信じられないといった顔をする。
それに未だに自分の手で耳の辺りをこんこんと叩いていた。
ラティアスは困った顔をし、小さな溜め息を吐いて考える。このままでは埒が開きそうもない。
鬼が出るか蛇が出るか。正にそんな雰囲気だったが至善の策が尽きたなら次善の索を使うまでだ。
「仕方ありませんね……私の本当の姿を見せます。でも絶対に人に言わないで下さいね。」
……とは言っても実際に見る以外信じて貰えなさそうだが。
そう思いつつラティアスは目を閉じて再び深呼吸をする様なポーズをとる。
そして目も眩む光と共にラティアスは一瞬で元の姿に戻る。
これで信じてもらえるかとラティアスは目を開けたが……
甘かった。その光景を穴が開きそうなほど見つめていたシエスタは、あまりの出来事に気を失い、ばったりとその場で後ろ向きに倒れてしまった。
やっぱり不味かったか……とラティアスはつい思ってしまうのであった。
彼女の所属する仕事場まで運んでいってやろうかと考えはしたが、何処が彼女の仕事場なのか見当がつかない。
どうにもしようが無いのでラティアスはシエスタを水汲み場の縁にもたれ掛かる形で寝かせる事にした。
さて次は洗濯である。
洗濯といっても洗う為の石鹸や洗濯板を持って来ていなかった。
しかしラティアスはそれでも一向に困る事はない。
服が格段に汚れていない今、石鹸は兎も角として道具に頼る必要は無かったからだ。
ラティアスは先ず、空中に直径2メイル程ある水の玉を作り出す。
そしてその中に洗濯物を入れ、後は目にも止まらぬ高速回転を行う。
その間彼女は体を少しも動かす事は無い。
全ては彼女自身が持つ強力な超能力という力によって起こされている事なのだから。
大きな竜巻の様な形を取っているそれを、ラティアスは時たま横向けにロールした状態で回転させたり、玉の状態に戻して激しく振動させたりする。
誰か見ていたら先ず間違い無く何事かと目を疑うような光景ではある。
5分ほどそれを繰り返すと、元からあまり汚れていなかった事もあるが洗濯物は染み一つ無くなっていた。
ラティアスにとって幸いだったのはその間の光景を人間は誰一人として見ていなかった事だった。
見ているとすればかなり離れた位置からではあるが、昨日召喚された使い魔達ぐらいなものだろうが、彼等の大方がそんな事は何処吹く風といった感じで思い思いの事をしている。
と、その時気を失っていたシエスタが目を覚ましその身を起こす。
「あ、気がつきましたか?と言うより大丈夫ですか?」
屈託の無い笑顔でラティアスは話しかけた。
しかしそれはシエスタにとっては少々パンチの効きすぎた寝覚めの一言だった。
「りゅ、りゅ、竜が喋ったぁあああああ~!!!わあわあわあ!!!」
シエスタは元の姿で宙にふわふわと浮いているラティアスを指差し、腰が抜けた姿勢で絶叫し動転する。
そんな彼女をラティアスは必死で落ち着かせる。
「落ち着いて!落ち着いて下さい!たのみますから落ち着いて下さい!何もしませんから!お願いですから落ち着いて静かにして下さい!」
その言葉に、それまで散々おろおろ喚いて再び気絶しそうだったシエスタは漸くある程度の平静さを取り戻した。
まだ体の隅は小刻みに震えているが、それでも話が通じる様な状態になっただけまだましである。
ラティアスはそれを確認すると一回小さく咳払いをして話を続けた。
「よかった……。私はこういう風にして意思疎通をさせる事が出来ます。あと人間への変身も。
さっき変身していたのは一種の試験です。その……上手く変身できるかどうかの。
……それで、あの、さっきの姿になっていいですか?もう気絶しないって言うのならやりますけど。」
その質問にシエスタは首をぶんぶんと振って頷く。
許可を貰ったラティアスは竜の姿を掻き消し、メイド姿の似合う少女にする。
最初の内は震えが止まらなかったシエスタも徐々に冷静になり、改めて人間状態のラティアスをぐるりと一周する形で眺める。
「本当に人間の姿になれるんですねえ~。」
「声が出せないのが残念です。本当はご主人様が意思疎通していいって言った人だけに喋っているんですけど、今回は事情が事情でしたから……」
照れ臭そうに俯くラティアスの姿を見てシエスタは先程の事を全て無かった事にし、微笑みながら右手を差し出す。
親愛の印とも言える握手の誘いだ。
「改めまして、ここでメイドをさせてもらっているシエスタです。」
「こちらも改めまして、ルイズ様の使い魔、ラティアスです。」
ラティアスも自身の右手を出して握手しながら挨拶し直す。
やがてどちらからともなく、小さな声を出してくすくす笑い出した。
シエスタは思う。
とんだ一日の始まりとなったが色々と面白い一日になりそうだと。
その模様の一部始終をほんの一瞬も目を離す事無く見つめている物があった。
使い魔の一匹、風竜の幼生であった。
ルイズは『アルヴィーズの食堂』でラティアスを待っていた。
朝食はつい先程始まりを告げたばかりで、テーブルの上にはまだ栄養のしっかり取れそうな料理が幾つも並んでいる。
今来たのならまだ楽しい食事は出来るだろう。
周りを見ると給仕として忙しそうに働くメイド達がいる。
ラティアスの分は彼女達に口利きさせてもらった方が良いかしら?
そうルイズが思った時、校門に面した入り口から一人のメイドがそおっと入ってくる。
遅刻したのかしらと、厨房から出入りしていない事を理由に訝しんだ。
が、そのメイドは脇目もふらず真っ直ぐに自分の所に向かってやって来る。
「何か用?」
そう言ってルイズはグラスに入ったワインをほんの一口だけ口にする。
が、次の瞬間聞こえてきた声に危うくそれを思いっきり目の前にある皿やテーブルクロスに向かって盛大に噴き出しかけた。
「只今着きました、ご主人様!」
#navi(ゼロの夢幻竜)
#navi(ゼロの夢幻竜)
夜。ラティアスはルイズの部屋で夜食のパンを食べていた。
テーブルの上にはそれ以外にも三つの小鉢がありそれぞれスープとサラダ、そして二個の林檎が入っている。
何故こうなっているのか?
時間は召喚の儀が終わり、ラティアスがルイズを学院の広場に送り届けた直後にまで遡る。
ご主人様の髪を大変な事にしてしまったラティアスは、ルイズに詫びた後使い魔達が集まっている中庭にてすやすやと眠り始めた。
その直前『ちょっといろいろあって、張り切りすぎたせいか眠くなっちゃいました。ご主人様、ごめんなさい。ちょっと休ませてください。』と一応ルイズに断りをいれて。
ルイズは夕食時になったら目を覚ましてご飯をねだりに来るのだろうと思い、快くそれを了承した。
問題はその夕食時である。何時まで経ってもラティアスは自分の元に来ないのだ。
明日の授業の前にみんなに自慢出来たのに、という不満げな感情もあったがそれ以上の物がある。
通常使い魔は外で食事―それもかなりお粗末な物―をする事になっていたが、ルイズは特別にラティアスを『アルヴィーズの食堂』に招き入れようと思っていた。
まあそれでも、貴族以外の者を椅子に座らせるなんて事は許されていないから、床で食事してと言わざるを得ないものだが。
―自分が召喚したラティアスと一緒に楽しく食事をしたかったのに……―
やがて食事も談笑も終えた生徒が一人、また一人と食堂から去って行き、遂にルイズ一人が食堂に残される。
目の前の皿という皿はほぼ空になっており、残された料理も元の量から10分の9程が無くなっている。
仕方なくルイズはテーブルの上から残っていた白パンを二つほど失敬し、部屋に戻ってそれをラティアスに与える事にしたのだ。
そして部屋に戻り窓を開けてから『ラティアスーッ!』と叫ぶと一分もしない内に彼女は部屋の窓から中へ飛び込んできた。
その直ぐ後で床にドテッと落ちた彼女は、心配して顔を覗きこむルイズに何かをぽつぽつと言う。
聞くと、ご主人様に呼ばれるまで待っていました、ご飯はまだです……との事。
その彼女にルイズは非常に申し訳なさそうにパンを差し出す。
しかし時間が大分経ったせいかすっかり中がすっかり冷めきり、表面がとてつもなく固くなっていた。
しかしそんなパンをラティアスは受け取り「おいしいな、おいしいな」と言いながら両手を使ってさも楽しそうに食べ始める。
その様子に胃がキリキリと痛むような感触を覚え、居ても立ってもいられなくなったルイズはラティアスに部屋で待つ様に言い、食堂まで走って行く。
ルイズが辿り着いた頃、食堂ではメイドの者達がいそいそと片付けをしている真っ最中だった。
まだ間に合う!
彼女は適当にその場にあった小鉢を三つほど取り、この中に残っている分で良いからシチューとサラダと何でも良いから果物を入れなさい、と高らかに言った。
最初メイドの者達はルイズが何を言い出したのか、そしてどういう意図があるのか分からなかった為に互いに顔を見合わせた。
が、貴族の依頼事は聞かなければ酷い目に会うのは分かっている。
メイド達は急いでその小鉢に言われた物を入れていく。
それを受け取ったルイズは得意気に部屋まで戻った。
そして今に至る訳である。
食事を腹八分目にまで収めたラティアスは満足そうに広々とした部屋の中をくるくると旋回する。
「あー、おいしかったあ!!有り難う御座います!ご主人様!」
ラティアスは高さを変えつつ尚もくるくると回り続ける。
その様子を見ていたルイズはしみじみと思った。
―今迄で最良の日があるとすればそれは正に今日だ。―
と、その時ルイズの心に窓際にいるラティアスの大声が響き渡る。
「えぇええええええ?!!お月様が二つあるぅぅっっ!!」
「どうしたのよ?いきなり大声なんか出したりして。月が二つあるのがそんなに珍しいの?」
ラティアスは丁度窓の外、夜天に輝く二つの月を見つけたのだ。
取り乱したような声がそれに続く。
「だって、だって!ご主人様!わたしの元いた所ではお月様は一つしかないんですよ!二つあるからびっくりしてるんですってば!!」
「一つしかないですって?どういう事……?」
その言葉をルイズは不思議に思う。
このハルケギニアでは、月が一つしか見えないといった事例は今までただの一回もない
常に二つ見えていなければおかしいのである。
その事はルイズにある疑問を抱かせていた。
ラティアスは本当にこの世界以外の何処か、異世界から来た存在なのだろうかと。
だが、勿論月の数が違うだけでそうだと断定する訳にはいかない。
そう思ったルイズは部屋にある机の引き出しからありったけの羊皮紙と新品のインク壷を一つ取り出す。
それをテーブルの上に置いてからルイズは敢えて脈絡の無い幾つかの質問をたて続けにしてみた。
「ラティアス、これから私の訊く事に正直に答えて。良いわね?」
「え?ええ。良いですよ。どんどんどうぞ。」
「じゃあね……あなたが元いた場所は何処?」
「地球です。近くに大きな町がありました。名前は覚えてないですけど。」
チキュウ?はて、そんな単語をルイズは今までに一度も聞いた事が無い。
取り敢えずトリステイン公用語で『ラティアス―元いた場所、チキュウ。ハルケギニアの地図には無い』と書き質問を続ける。
「そう……じゃ、そこの季節はあなたが此処に来る直前はいつ頃だった?って言うか季節ってあるの?」
「季節はあります。それも4つ。でも今みたいに春めいた感じじゃなくて凄ーく暑かったです。」
ここは同じ。違うという季節ももっと温暖な地から召喚されたのだとすれば納得がいく。
『元いた場所』の下に『四季あり。こちらと同じ。但しここより温暖な気候の可能性あり』と書いて続ける。
「ふんふん。次いくわよ。一年は何日?何ヶ月?1月って何日分?」
「一年は365日、12ヶ月あります。1月は30日あります。えーと、時たま31日になったり30日になったりします。
2番目の月はいつも28日で、4年に1回29日になる時もあります。と言ってもこれは人の感覚に限ってですけど。」
これは若干違う。月の数こそ同じだがこちらでは一年は384日である。
一月の数もころころ変わるなんて事は無い。
『一年の長さ―こちらとは19日の違い。月の数は同じ。しかしその長さはまちまち。』と書き加える。
「へえ……詳しく説明してくれてありがと。あとはね……あなたと同じ姿をした仲間はいるの?」
「はい!それはもうたくさんいます!私も数えた事は無いんですけど、元いた場所には私と同じ種類だけで多分500匹近くはいたんじゃないかと思います。」
「同じ種類で500匹近くねえ。あなたがその中に紛れ込んだら直ぐ分からなくなるわね。」
「ええ。でも呼ばれたらわたしの方がすぐにご主人様の元へ行くので問題はありません!」
彼女にとってはなんて事無い一言だったのだろう。
だがそれはルイズに良い使い魔を召喚したという充足感を再び与える一言だった。
「ホント?約束よ。それと……あなたとは姿が違うけど似た様な生き物っているの?」
「はい。前に人の多い所にいった時に研究者って人が言っていたのを聞くと、正確には493種類と言っていました。」
「結構いるのね。あんた1種類で500匹近くいるんだから全体で何匹くらいいるのかしら?」
「それはもう想像がつきません。何億、何十億……何百億っていう噂も聞いた事ありますし。」
「何百億ですって?!確かに想像がつかないわねえ。それじゃあ……」
そんなこんなで口述筆記による質疑と応答は続いていく。
最初はすらすらと答えていたラティアスだったが質問が200問目あたりになりはじめた頃から疲れが見え始めてきた。
300問目寸前で欠伸が引っ切り無しに出る様になり、そこから50問もいかない内に滞空しながら舟を漕ぎ始めた。
ルイズの方はと言うと、周りに様々な事がごちゃごちゃと書きこまれた羊皮紙が大量に溢れかえっている事、とっくにベッドに入っている時間であるにも拘らずラティアスへの質問攻めを続けていた。
そしてそれがようやく止んだのは、新学年を迎える前に買ったばかりだったインク壷のインクが空になった時だった。
ラティアスは「もお、らむぇぇ……」と言って部屋に来た時と同じ様に床へ勢い良くドテッと落ちる。
ルイズはラティアスを抱き締めお礼を言った後自分のベッドで彼女を寝かせる。
それからは眠気を必死で我慢して書いた事の纏め上げを行った。
研究熱心な一番上の姉、エレオノールの性格に似ているせいか。
はたまた実技は『ゼロ』でも学科試験は落とさない様に猛勉強を繰り返していたせいか。
不思議とその行為に疲れは感じなかった。
大事な所を抜き出し、下線を引いて、関連事項と照らし合わせて間違いは無いか確認する。
それはまるで重要な試験を明日に控えた学生のそれであった。
そして全ての纏めが出来上がったのは空がうっすらとビロードの様な黒から、深い紺碧色に変わろうかという頃だった。
無論、厳密に言えばこれで全部ではない。
質問の最中ラティアスが眠ってしまったので、聞き出せる事はまだ少ない方だと自覚はしている。
ともかく結論としてラティアスが、自分達が生きているこの世界とは全く違う世界から召喚された事だけははっきりした。
ラティアスが嘘を吐くとは到底考えられない事だし、億が一、兆が一そうだとしてもここまで巧みな物は吐きようも無い。
また人語を理解できる存在で、声を使わず意思疎通出来るのにここまで付き合う意図も分からない。
ふとベッドの方を見ると、ラティアスが軽い寝息をたてて眠っていた。
相変わらず安らかそうで抱き締めてやりたくなるような雰囲気を出していた。
朝の食事まではまだ二時間ほど時間がある。
その内の半分位をラティアスと一緒に寝ていたって良いじゃない。
ルイズはそう思って彼女の元に近づこうとする。
が、ルイズは突然目の前で起こった出来事に足を止める。
「えっ……?!何これ?私、疲れてどうかしたのかしら?」
寝惚けているのかと思ったルイズは何度か目を擦る。
ルイズの目前で一体何が起こったというのだろうか……?
#navi(ゼロの夢幻竜)
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