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「マジシャン ザ ルイズ 3章 (24)」(2008/09/05 (金) 20:37:38) の最新版変更点
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行き交う人の群れ、群れ、群れ。群集と言う言葉こそが相応しい光景。
賑わう王都。
それもそのはず、今は国を挙げてのお祭り騒ぎの真っ最中なのである。
数日前の夜のことだ。王都の住民達はすべからく皆、あの月光に照らされた禍々しい浮遊大陸の異様を目撃した。
南方に軍が出払って守りが薄くなったところに、図ったかのようなアルビオン軍の来襲。
王都中に動揺が走り、一時はパニック直前にまで緊張感が高まったほどであった。
しかしそれは、始まりと同様に唐突な終焉を迎えた。
『始祖の光』と呼ばれている謎の光の発現で。
王都中の民達は空を呆然と見上げ、声を失った。
そうしてその光が収まり、夜の闇が再び世界を支配したときには浮遊大陸アルビオンの姿はまるで光に溶かされた霧のように掻き消えていたのだった。
夢まぼろしのような一夜が明けた翌日、国中に王宮からの触れが出された。
そこには始祖ブリミルの加護によりトリステイン王国は神聖アルビオン共和国を退けることに成功した事実と、始祖に指名されたアンリエッタ姫が女王として即位するということが宣言されていた。
また、同時にその触れには翌日、女王の戴冠式と、戦勝パレードが行われることが示されていた。
急な通達に急な祝祭であったが、城下の国民達は王宮の目論見通りに、アルビオンのことなど忘れて喜びに沸いた。
そうして開催されているお祭り騒ぎこそ、今ギーシュとモンモランシーの前で行われている、これまでに無い規模の大祝祭なのであった。
更に、明日の夜には宮廷での舞踏会も開かれることになっているらしい。
まさに上へ下への大騒ぎとはこのことである。
「それにしても、良かったのかしら?」
「ん?何がだい、モンモランシー」
色とりどりに飾られた出店、商人らしき姿の一団が大声を出して呼び込みを行っている。
街を歩く人々は老若男女、その姿は貧者、富豪、平民、貴族と様々だ。
ある者は着飾り、ある者は身分相応の格好をし、またあるものは客寄せの仮装をしている。
そんな人ごみの海を歩く二人の手には小さな旗が握られていた。
旗には百合をかたどったトリステイン王家の紋章が描かれている。
二人はパレードの主役であるアンリエッタを一目見ようと、大通りを目指して歩いているところだった。
同じことを考えているのか、周囲見渡せば同じように旗を持って歩いている者もちらほら見受けられる。
「ルイズのことよ。あのまま置いてきちゃって良かったのかしら」
「うーん。でもほら、積もる話もあるだろうからね。何より家族水入らず二人で話すのを邪魔しちゃ悪いじゃないか」
決してルイズの姉、エレオノールが怖かったので逃げだしたなどとは、口が裂けても言えない。
「そうかしら?」
「そうだよ。帰りにでも何かお土産を買っていってあげれば大丈夫さ」
ただでさえ騒がしく雑多であった人ごみが、ますますその度合いを増してきた。
パレードに近づいている証拠である。
そんな中を歩を進める二人の前を、大柄な男が横切ろうとした。
ギーシュは慌てて足を止めたが、モンモランシーはそのことに気づかずぶつかってしまった。
「きゃっ!」
当然の帰結として弾き飛ばされるモンモランシー。華奢な体がバランスを崩して、白い石畳に尻餅をついた。
「あっ!こら!待ちたまえっ!」
ギーシュが男を呼び止めようと声を上げたが男は立ち止まらず、そのうちその後ろ姿も人の海に消えてしまった。
「いたた……」
「全く酷い奴だ。ほらモンモランシー、掴まって」
転んだモンモランシーに差し伸べられるギーシュの手。
微笑みかけた彼の笑顔が眩しかった。
ギーシュはモンモランシーの手を優しく握ると、今度は力強く引き起した。
彼女は意外な力強さに驚きを覚えながら立ち上がり、その姿を見て「まるで物語の中の王子様とお姫様みたいだな」と思った。
そしてギーシュの顔を思わずじっと見入ってしまうモンモランシー。
しかしそれも一瞬のこと、すぐさま我に返った。
握ったままだった手を慌てて離し、耳まで真っ赤にさせながら手をパタパタと動かして髪や服を整えた。
自分でも明らかにおかしい挙動をしているのはわかっているのだが、ギーシュのその笑顔や仕草は、思わぬ破壊力で心の城壁を打ち抜いてしまいそうだったのだ。
ありていに言えば――ちょっとときめいてしまったのだ。
(ば、ばばばば!馬鹿じゃないの!?相手はあのギーシュよっ!?ただの幼馴染よ!?)
馬鹿な考えと切って捨てようとする刹那、唐突に思い出されるウェザーライトⅡの艦橋。男らしく舵を握ったギーシュの引き締まった横顔。
そしてその後、自分は顔を近づけギーシュの唇にキ
(あ、あああああああああああああぁぁぁぁ!!??)
危うく掘り起こしかけた記憶を大慌てで埋める。
両手で顔を覆い、そのことは考えないようにした。
(確かに、盛り上がっちゃってそういう気持ちになったこともあったけど!ノーカウント!違うわ、あれは気の迷いよ!)
伏せていた顔を上げて、ちらりとギーシュを見る。
優しく微笑むギーシュ。その姿にモンモランシーの心臓がとくんっ、と鳴った。
(ぁぁぁああああ!?私ってば!私ってば!?)
もしも目の前にベットがあったら全力で潜り込んで手足を振り回していたに違いなかった。
真っ赤になったり真っ青になったり、そしてまた真っ赤になったりするモンモランシーを暖かい目で見守るギーシュ。
まあ、彼にとっては転んだ拍子にちらりと見えた、彼女の可愛らしい下着のことを思い出してニヤニヤしていただけだったのだが。
一方その頃、コルベールはルイズの部屋へと向かっていた。
弱った体のまま、たいした休みも取らずに作業に没頭していたことで、その目元にははっきりとくまができていた。
普段ならしっかりしている足取りもどこかおぼつかない。
そんな状態でもコルベールは生徒の顔を一目見ようと足を動かしているのだった。
愛する生徒の元気な顔を見るまでは一息つけない、それがこの二十年続けてきた『教師』としてのコルベールの生き方なのだ。
コルベールはいつの間にやら目的の部屋を通り過ぎていたことに気づいて慌てて引き返し、ルイズの部屋の前に立った。
部屋の中からは二人の女性の声が聞こえた。
一人は何を言っているのか聞き取れないが、もう一人は「あいだっ!」とか「やめて姉さまっ!」と連呼しているようであった。
「……ふむ」
賑やかな雰囲気に立ち入ることに一瞬の躊躇いを覚えたものの、コルベールはおもむろにドアを三回ノックした。
「あいだだっ!だだだっ!」
一度は開放されたものの、また地雷を踏んだルイズがエレオノールに頬を抓られていると、来客を伝えるコンコンコンというノック音が響いた。
「ほら、ちびルイズ。お客様よ、ヴァリエール家の子女らしく、礼儀正しくお迎えなさい」
ルイズはエレオノールの方を恨みがましい目で見た後、扉の外にいる人物に来訪を歓迎する言葉を伝えた。
コルベールが入室すると、大貴族が使うほど豪華でもないものの、小奇麗に趣味良く整えられた部屋に二人の女性がいた。
その片方、ベットから身を起こしている桃色のブロンドの少女の姿を視界に認めると、コルベールは顔を綻ばせた。
「やあ、ミス・ヴァリエール。加減はどうかな?」
「ミスタ・コルベール!」
その姿を見て興奮するルイズを、エレオノールが肩を掴んで抑えた。
「ミスタ・ウルザから無事とは聞いていましたが、お元気……」
そうですね、と続けようとしたルイズの言葉が詰まる。
目の下にはくま、顔色は土気色、心持ち立っている姿もふらふらしているように見える。
その姿がどう見ても元気そう、とは言いがたかったのだ。
「ご、ご無事で何よりです」
「ははは、今まで作業をしていてね。この後はゆっくりと休ませてもらおうと思っているよ」
休めるかは分からないが、とは続けなかった。
「ごきげんよう、コルベール先生」
「やあ、ミス・ヴァリエール。君もお変わりない様子で」
胸が?という言葉が脳裏をよぎるルイズ。
「ええ、コルベール先生は……大分変わられましたね」
頭が?ととっさに連想してしまうルイズ。
「エレオノール姉さま。姉さまはミスタ・コルベールと顔見知りでしたの?」
「ええ、そうよ。こうして顔を合わせるのは久しぶりですけどね」
「いやいや、昔から変わらぬ美しさですぞ」
にこやかな談笑と思いきや、エレオノールは挨拶もそこそこに、鋭く話の核心を突いた。
「それで、コルベール先生。うちの不肖の妹がどうしてあのフネに乗っていたのか、ご説明していただけませんか?」
虚無の使い魔こと、プレインズ・ウォーカーウルザが部屋に入ってきたのは、コルベールがエレオノールの執拗な追求に音を上げかけたそのときだった。
「ああ、ミスタ・ウルザ!良いところに来て下さいました」
先客を気にも留めず、ベッドの横に置かれた椅子に座ろうとしたウルザであったが、コルベールの懇願にも似た声に動きを止めた。
「何ごとかな、ミスタ・コルベール」
「いえ、大した用件ではないのですが……」
その言葉を聞いたエレオノールの目が釣り上がる。
「大したことでは無いとはどういうことですか。うちのルイズが戦争に参加することが大したことが無いと、先生は仰りたいのですか?」
「ああ、いえ、そう言うことでは無く……」
エレオノールに問い詰められるコルベール。先ほどからずっとこの調子である。
さしものコルベールとしても、そろそろ誰かに助け舟を出してもらいたいと思っていた頃合だった。
「ふむ……そちらのお嬢さんは、ミス・ルイズのご家族といったところかな?」
そういったウルザは少し顔を動かして、色眼鏡越しにエレオノールを見やった。
一方、ノックもせずにいきなり入ってきた白髪白髭色眼鏡に見慣れないローブを羽織ったこの老メイジに、エレオノールは困惑の表情を浮かべる。
「ええ。私はこの子の姉でヴァリエール家の長女、エレオノール・ド・ラ・ヴァリエールよ。そういうあなたはどこのどなた様かしら?見たところメイジのようですけれど……」
言葉だけは丁寧に、眼鏡越しの視線は不審者を見るような厳しい目つきでエレオノールが言った。
「私の名はウルザ。こことは陸続きではない『遠い地』より来たる者だ。ミス・ルイズに使い魔として召喚されここにいる」
「……使い魔?」
呆れたような、どこか諦めた表情でエレオノールはベットの上のルイズを見下ろした。
「ルイズ、本当なの?」
「ええっと……その、本当です」
おずおずと答えるルイズ。それを聞いたエレオノールは疲れたように、自分のこめかみをぐりぐりと押して溜息をついた。
「魔法からっきしのあなたが召喚の儀に成功したと言うのは喜ばしい知らせだけど……人間の、しかもメイジの方を召喚するというのは、流石ちびルイズ、一味も二味も違うわね」
「うう……」
ここ数ヶ月、人間的にある程度の成長を遂げているルイズであったが、この姉と母親にだけは頭が上がる気がしなかった。
「とんだご無礼を、わたくしの方からもお詫びいたしますわ。……ええと、ミスタ・ウルザとお呼びすればよろしいのかしら」
「それで結構だ。お嬢さんは……ミス・ヴァリエールでよろしいのかな?」
『お嬢さん』と呼ばれたエレオノール、ルイズはその顔色を恐る恐る伺った。
しかし、激怒しているかに思われたエレオノールは恥ずかしそうにうっすら頬を赤らめているだけだった。
「それではこの子との区別がつきませんわ。エレオノールで結構です」
「ふむ……」
言われたウルザが手を顎に当てて、髭を撫でる。
エレオノールはウルザが手を動かしているその口元から胸にかけ手をじっと見ていた。
「ではミス・エレオノールとお呼びしよう。よろしいかな?」
「ええ。私はそれで構いませんわ」
ルイズとしては姉の様子がどこかおかしい様に感じられたのだが、口出しするのははばかられた。
「それで、ミス・エレオノール。用件とは何ですかな?」
ウルザの質問に、素早くコルベールが声をあげた。
「彼女はミス・ルイズが先の戦いの場に居合わせたことの説明を求めているのです。
ミス・エレオノール、こちらのミスタ・ウルザは先の戦いにも参加した『例の船』の関係者です」
すかさず要点だけを伝え、自分の役目は終わったとルイズの横、ウルザが立っているのと逆の方へと移動するコルベール。
彼もルイズと同様にこのアカデミーの鬼才には苦手意識があるようだった。
「ミスタ・コルベールが仰った通り、私はここにこの子がどうして戦場にいたのかを問い質しに来たのですわ。
もしも何かの事故、手違いなどであのフネに乗ったということでしたら、わたくしはこの子をすぐに屋敷にまで連れ帰るよう、父に言いつけられております」
「姉さまっ!?」
それは困る。
自分にどれだけの時間が残されているか分からない。
それをル彼のため、この世界の為に使おうと決めたのだ。
屋敷の中で閉じ込められている余裕は、自分には無いのだ。
そういったルイズの葛藤や決意を無視して、エレオノールは言い放つ。
「お黙りなさい。大体、魔法も使えないあなたが戦場で一体何の役に立つと言うの」
うっ、と言葉に詰まるルイズ。
ルイズは今だ誰にも自分が虚無の系統に目覚めたことを他人に明かしたこと無いのだ。
コルベールやオスマンは、早い段階からウルザの口からそのことが説明されていた為、ルイズ自身が誰かに語る機会は無かったのである。
ゼロのルイズと呼ばれ馬鹿にされ続けてきたルイズだったが、自身が虚無の系統であることを知って以来、以前ほど風評が気になることは無くなっていた。
また、それ以上に自分が虚無の系統であることを吹聴してまわることに強い抵抗を感じていた。
それは『虚無』という選ばれた者の力に、潜在的に恐怖を感じていたかもしれなかった。
暫く顎鬚を撫でていたウルザが手を止めて、口を開いた。
「それは少々困る。彼女は今や『ウェザーライト計画』の要とも言える存在、ミス・ルイズ抜きでこのトリステインがこの先の戦いを続けることは難しいだろう」
いきなり突拍子も無いことを言われて、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔を見せるエレオノール。
ルイズは姉がそんな顔をするのをいつ振りに見ただろうかと思案したが、記憶に霞がかかって思い出すことはできなかった。
妹の視線に気づき、咳払いを一つ。これで調子を整えたエレオノールは、勢い良くウルザに食って掛かった。
「この子が要?魔法も使えない子がどうして王宮の計画らしい『ウェザーライト計画』とやらの要になると言うんですの?
はっきりとここで説明をしてください」
説明をするまではてこでも動かないと、全身から漂わせる気配が語っていた。
「ミス・ルイズ、君は君の口から自分の魔法について説明するべきだ」
「……え?」
てっきりウルザが説明するとばかり思っていたルイズが、思わず声を漏らす。
「ちびルイズ。あなたもしかして自分の系統に目覚めたの?」
エレオノールにそう問われてルイズはすぐさま答えることができない。
口にして、何かが変わってしまうのが怖かった。
だが、それ以上に家族である姉に、嘘をつくのが嫌だった。
少しだけ躊躇った後、ルイズはその口からはっきりとエレオノールに自分が何に目覚めたのかを伝える覚悟を決めた。
「姉さま。私の系統は……」
前へ進もう、臆せず、止まらず、前を見て。
迷っている時間は無い、自分に残された時間は少ないのだから。
「虚無です」
それを聞いたエレオノールが、何かの冗談だろうとコルベールとウルザの顔を交互に巡らせた。
そして、二人の真剣な表情に冗談ではないらしいと読み取ると、エレオノールは本日二度目の唖然とした顔を見せた。
「虚無?虚無ですって?そんなもの伝説の中にあるだけじゃない。アカデミーでだって虚無の系統の実在は報告されていないわ!」
声を荒げるエレオノール。しかし、ルイズの表情は真剣そのもので、自分が見たことも無いような『一人前』の顔をしていた。
いつも泣いていたルイズ、自分とカトレアの後ろばかりを歩いていたルイズ。
そのルイズがこんな顔をするようになっていたことに、エレオノールは姉として大きな驚きを感じた。
そのとき、またドアがコンコンとノックされた。
それを聞いて話は終わったとばかりに椅子に腰掛けるウルザ、コルベールは後のことが気になりながらも部屋を退出する旨をルイズに伝える。
ルイズはエレオノールのことが気になりながらも、ドアの外に待つ来客に声をかけて、入ってくるように伝えた。
そうして、ガチャリと音を立てて入ってきたのは歳若い魔法衛視隊の制服を着た騎士だった。
ルイズにとって魔法衛視隊の知り合いと言えば、元グリフォン隊の隊長であった彼のほかに無い。
見覚えの無い顔にきょとんとした顔をするルイズに、騎士は背筋を伸ばし、深く敬礼をした。
「ミス・ルイズ、ミスタ・ウルザ。お二方に手紙を渡すように預かってまいりました」
そういいながら騎士はきびきびとした動作で巻物を差し出す。
それを受け取ったルイズは、中を見て差出人を確認しようとしたが、そこで手が止まる。
そこにある封蝋に押された花押は、王家の紋章。
「!? これってまさか!?」
ルイズが上擦った声を上げるが、青年はきびきびとした声はそのままに、事務的な口調で返答した。
「自分は何も仰せつかっておりません。差出人の確認は中を見れば分かるそうであります」
直立不動の姿勢を崩さない青年。何かを言い含められているのか、その顔は緊張して目線は何も無い宙のただ一点を見ているばかりだった。
「……分かったわ」
青年が退室した後も、無言のまま手紙と封蝋の印章を見つめ続けるルイズ。
退出するつもりだったコルベールも、先ほどまで取り乱していたエレオノールもまた、無言。
ウルザはそれが何であるのか分かっているのか、興味なさそうに備え付けの机の引き出しから本を取り出して、何かを書き込み始めた。
ルイズは恐る恐るといった手つきで手紙を開封した。
手紙の中身、アンリエッタの筆跡で書かれていたそれは、王宮にて明日開かれる予定である軍議への出頭要請だった。
国を守る為、戦ってもらわねばなりません。
―――トリステインの女王
#center(){[[戻る>マジシャン ザ ルイズ 3章 (23)]] [[マジシャン ザ ルイズ]] [[進む>マジシャン ザ ルイズ 3章 (25)]]}
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マジシャン ザ ルイズ (24)女王の召集
行き交う人の群れ、群れ、群れ。群集と言う言葉こそが相応しい光景。
賑わう王都。
それもそのはず、今は国を挙げてのお祭り騒ぎの真っ最中なのである。
数日前の夜のことだ。王都の住民達はすべからく皆、あの月光に照らされた禍々しい浮遊大陸の異様を目撃した。
南方に軍が出払って守りが薄くなったところに、図ったかのようなアルビオン軍の来襲。
王都中に動揺が走り、一時はパニック直前にまで緊張感が高まったほどであった。
しかしそれは、始まりと同様に唐突な終焉を迎えた。
『始祖の光』と呼ばれている謎の光の発現で。
王都中の民達は空を呆然と見上げ、声を失った。
そうしてその光が収まり、夜の闇が再び世界を支配したときには浮遊大陸アルビオンの姿はまるで光に溶かされた霧のように掻き消えていたのだった。
夢まぼろしのような一夜が明けた翌日、国中に王宮からの触れが出された。
そこには始祖ブリミルの加護によりトリステイン王国は神聖アルビオン共和国を退けることに成功した事実と、始祖に指名されたアンリエッタ姫が女王として即位するということが宣言されていた。
また、同時にその触れには翌日、女王の戴冠式と、戦勝パレードが行われることが示されていた。
急な通達に急な祝祭であったが、城下の国民達は王宮の目論見通りに、アルビオンのことなど忘れて喜びに沸いた。
そうして開催されているお祭り騒ぎこそ、今ギーシュとモンモランシーの前で行われている、これまでに無い規模の大祝祭なのであった。
更に、明日の夜には宮廷での舞踏会も開かれることになっているらしい。
まさに上へ下への大騒ぎとはこのことである。
「それにしても、良かったのかしら?」
「ん?何がだい、モンモランシー」
色とりどりに飾られた出店、商人らしき姿の一団が大声を出して呼び込みを行っている。
街を歩く人々は老若男女、その姿は貧者、富豪、平民、貴族と様々だ。
ある者は着飾り、ある者は身分相応の格好をし、またあるものは客寄せの仮装をしている。
そんな人ごみの海を歩く二人の手には小さな旗が握られていた。
旗には百合をかたどったトリステイン王家の紋章が描かれている。
二人はパレードの主役であるアンリエッタを一目見ようと、大通りを目指して歩いているところだった。
同じことを考えているのか、周囲見渡せば同じように旗を持って歩いている者もちらほら見受けられる。
「ルイズのことよ。あのまま置いてきちゃって良かったのかしら」
「うーん。でもほら、積もる話もあるだろうからね。何より家族水入らず二人で話すのを邪魔しちゃ悪いじゃないか」
決してルイズの姉、エレオノールが怖かったので逃げだしたなどとは、口が裂けても言えない。
「そうかしら?」
「そうだよ。帰りにでも何かお土産を買っていってあげれば大丈夫さ」
ただでさえ騒がしく雑多であった人ごみが、ますますその度合いを増してきた。
パレードに近づいている証拠である。
そんな中を歩を進める二人の前を、大柄な男が横切ろうとした。
ギーシュは慌てて足を止めたが、モンモランシーはそのことに気づかずぶつかってしまった。
「きゃっ!」
当然の帰結として弾き飛ばされるモンモランシー。華奢な体がバランスを崩して、白い石畳に尻餅をついた。
「あっ!こら!待ちたまえっ!」
ギーシュが男を呼び止めようと声を上げたが男は立ち止まらず、そのうちその後ろ姿も人の海に消えてしまった。
「いたた……」
「全く酷い奴だ。ほらモンモランシー、掴まって」
転んだモンモランシーに差し伸べられるギーシュの手。
微笑みかけた彼の笑顔が眩しかった。
ギーシュはモンモランシーの手を優しく握ると、今度は力強く引き起した。
彼女は意外な力強さに驚きを覚えながら立ち上がり、その姿を見て「まるで物語の中の王子様とお姫様みたいだな」と思った。
そしてギーシュの顔を思わずじっと見入ってしまうモンモランシー。
しかしそれも一瞬のこと、すぐさま我に返った。
握ったままだった手を慌てて離し、耳まで真っ赤にさせながら手をパタパタと動かして髪や服を整えた。
自分でも明らかにおかしい挙動をしているのはわかっているのだが、ギーシュのその笑顔や仕草は、思わぬ破壊力で心の城壁を打ち抜いてしまいそうだったのだ。
ありていに言えば――ちょっとときめいてしまったのだ。
(ば、ばばばば!馬鹿じゃないの!?相手はあのギーシュよっ!?ただの幼馴染よ!?)
馬鹿な考えと切って捨てようとする刹那、唐突に思い出されるウェザーライトⅡの艦橋。男らしく舵を握ったギーシュの引き締まった横顔。
そしてその後、自分は顔を近づけギーシュの唇にキ
(あ、あああああああああああああぁぁぁぁ!!??)
危うく掘り起こしかけた記憶を大慌てで埋める。
両手で顔を覆い、そのことは考えないようにした。
(確かに、盛り上がっちゃってそういう気持ちになったこともあったけど!ノーカウント!違うわ、あれは気の迷いよ!)
伏せていた顔を上げて、ちらりとギーシュを見る。
優しく微笑むギーシュ。その姿にモンモランシーの心臓がとくんっ、と鳴った。
(ぁぁぁああああ!?私ってば!私ってば!?)
もしも目の前にベットがあったら全力で潜り込んで手足を振り回していたに違いなかった。
真っ赤になったり真っ青になったり、そしてまた真っ赤になったりするモンモランシーを暖かい目で見守るギーシュ。
まあ、彼にとっては転んだ拍子にちらりと見えた、彼女の可愛らしい下着のことを思い出してニヤニヤしていただけだったのだが。
一方その頃、コルベールはルイズの部屋へと向かっていた。
弱った体のまま、たいした休みも取らずに作業に没頭していたことで、その目元にははっきりとくまができていた。
普段ならしっかりしている足取りもどこかおぼつかない。
そんな状態でもコルベールは生徒の顔を一目見ようと足を動かしているのだった。
愛する生徒の元気な顔を見るまでは一息つけない、それがこの二十年続けてきた『教師』としてのコルベールの生き方なのだ。
コルベールはいつの間にやら目的の部屋を通り過ぎていたことに気づいて慌てて引き返し、ルイズの部屋の前に立った。
部屋の中からは二人の女性の声が聞こえた。
一人は何を言っているのか聞き取れないが、もう一人は「あいだっ!」とか「やめて姉さまっ!」と連呼しているようであった。
「……ふむ」
賑やかな雰囲気に立ち入ることに一瞬の躊躇いを覚えたものの、コルベールはおもむろにドアを三回ノックした。
「あいだだっ!だだだっ!」
一度は解放されたものの、また地雷を踏んだルイズがエレオノールに頬を抓られていると、来客を伝えるコンコンコンというノック音が響いた。
「ほら、ちびルイズ。お客様よ、ヴァリエール家の子女らしく、礼儀正しくお迎えなさい」
ルイズはエレオノールの方を恨みがましい目で見た後、扉の外にいる人物に来訪を歓迎する言葉を伝えた。
コルベールが入室すると、大貴族が使うほど豪華でもないものの、小奇麗に趣味良く整えられた部屋に二人の女性がいた。
その片方、ベットから身を起こしている桃色のブロンドの少女の姿を視界に認めると、コルベールは顔を綻ばせた。
「やあ、ミス・ヴァリエール。加減はどうかな?」
「ミスタ・コルベール!」
その姿を見て興奮するルイズを、エレオノールが肩を掴んで抑えた。
「ミスタ・ウルザから無事とは聞いていましたが、お元気……」
そうですね、と続けようとしたルイズの言葉が詰まる。
目の下にはくま、顔色は土気色、心持ち立っている姿もふらふらしているように見える。
その姿がどう見ても元気そう、とは言いがたかったのだ。
「ご、ご無事で何よりです」
「ははは、今まで作業をしていてね。この後はゆっくりと休ませてもらおうと思っているよ」
休めるかは分からないが、とは続けなかった。
「ごきげんよう、コルベール先生」
「やあ、ミス・ヴァリエール。君もお変わりない様子で」
胸が?という言葉が脳裏をよぎるルイズ。
「ええ、コルベール先生は……大分変わられましたね」
頭が?ととっさに連想してしまうルイズ。
「エレオノール姉さま。姉さまはミスタ・コルベールと顔見知りでしたの?」
「ええ、そうよ。こうして顔を合わせるのは久しぶりですけどね」
「いやいや、昔から変わらぬ美しさですぞ」
にこやかな談笑と思いきや、エレオノールは挨拶もそこそこに、鋭く話の核心を突いた。
「それで、コルベール先生。うちの不肖の妹がどうしてあのフネに乗っていたのか、ご説明していただけませんか?」
虚無の使い魔こと、プレインズ・ウォーカーウルザが部屋に入ってきたのは、コルベールがエレオノールの執拗な追求に音を上げかけたそのときだった。
「ああ、ミスタ・ウルザ!良いところに来て下さいました」
先客を気にも留めず、ベッドの横に置かれた椅子に座ろうとしたウルザであったが、コルベールの懇願にも似た声に動きを止めた。
「何ごとかな、ミスタ・コルベール」
「いえ、大した用件ではないのですが……」
その言葉を聞いたエレオノールの目が釣り上がる。
「大したことでは無いとはどういうことですか。うちのルイズが戦争に参加することが大したことが無いと、先生は仰りたいのですか?」
「ああ、いえ、そう言うことでは無く……」
エレオノールに問い詰められるコルベール。先ほどからずっとこの調子である。
さしものコルベールとしても、そろそろ誰かに助け舟を出してもらいたいと思っていた頃合だった。
「ふむ……そちらのお嬢さんは、ミス・ルイズのご家族といったところかな?」
そういったウルザは少し顔を動かして、色眼鏡越しにエレオノールを見やった。
一方、ノックもせずにいきなり入ってきた白髪白髭色眼鏡に見慣れないローブを羽織ったこの老メイジに、エレオノールは困惑の表情を浮かべる。
「ええ。私はこの子の姉でヴァリエール家の長女、エレオノール・ド・ラ・ヴァリエールよ。そういうあなたはどこのどなた様かしら?見たところメイジのようですけれど……」
言葉だけは丁寧に、眼鏡越しの視線は不審者を見るような厳しい目つきでエレオノールが言った。
「私の名はウルザ。こことは陸続きではない『遠い地』より来たる者だ。ミス・ルイズに使い魔として召喚されここにいる」
「……使い魔?」
呆れたような、どこか諦めた表情でエレオノールはベットの上のルイズを見下ろした。
「ルイズ、本当なの?」
「ええっと……その、本当です」
おずおずと答えるルイズ。それを聞いたエレオノールは疲れたように、自分のこめかみをぐりぐりと押して溜息をついた。
「魔法からっきしのあなたが召喚の儀に成功したと言うのは喜ばしい知らせだけど……人間の、しかもメイジの方を召喚するというのは、流石ちびルイズ、一味も二味も違うわね」
「うう……」
ここ数ヶ月、人間的にある程度の成長を遂げているルイズであったが、この姉と母親にだけは頭が上がる気がしなかった。
「とんだご無礼を、わたくしの方からもお詫びいたしますわ。……ええと、ミスタ・ウルザとお呼びすればよろしいのかしら」
「それで結構だ。お嬢さんは……ミス・ヴァリエールでよろしいのかな?」
『お嬢さん』と呼ばれたエレオノール、ルイズはその顔色を恐る恐る窺った。
しかし、激怒しているかに思われたエレオノールは恥ずかしそうにうっすら頬を赤らめているだけだった。
「それではこの子との区別がつきませんわ。エレオノールで結構です」
「ふむ……」
言われたウルザが手を顎に当てて、髭を撫でる。
エレオノールはウルザが手を動かしているその口元から胸にかけ手をじっと見ていた。
「ではミス・エレオノールとお呼びしよう。よろしいかな?」
「ええ。私はそれで構いませんわ」
ルイズとしては姉の様子がどこかおかしい様に感じられたのだが、口出しするのははばかられた。
「それで、ミス・エレオノール。用件とは何ですかな?」
ウルザの質問に、素早くコルベールが声をあげた。
「彼女はミス・ルイズが先の戦いの場に居合わせたことの説明を求めているのです。
ミス・エレオノール、こちらのミスタ・ウルザは先の戦いにも参加した『例の船』の関係者です」
すかさず要点だけを伝え、自分の役目は終わったとルイズの横、ウルザが立っているのと逆の方へと移動するコルベール。
彼もルイズと同様にこのアカデミーの鬼才には苦手意識があるようだった。
「ミスタ・コルベールが仰った通り、私はここにこの子がどうして戦場にいたのかを問い質しに来たのですわ。
もしも何かの事故、手違いなどであのフネに乗ったということでしたら、わたくしはこの子をすぐに屋敷にまで連れ帰るよう、父に言いつけられております」
「姉さまっ!?」
それは困る。
自分にどれだけの時間が残されているか分からない。
それをウルザのため、この世界の為に使おうと決めたのだ。
屋敷の中で閉じ込められている余裕は、自分には無いのだ。
そういったルイズの葛藤や決意を無視して、エレオノールは言い放つ。
「お黙りなさい。大体、魔法も使えないあなたが戦場で一体何の役に立つと言うの」
うっ、と言葉に詰まるルイズ。
ルイズは未だ誰にも自分が虚無の系統に目覚めたことを他人に明かしたことは無いのだ。
コルベールやオスマンは、早い段階からウルザの口からそのことが説明されていた為、ルイズ自身が誰かに語る機会は無かったのである。
ゼロのルイズと呼ばれ馬鹿にされ続けてきたルイズだったが、自身が虚無の系統であることを知って以来、以前ほど風評が気になることは無くなっていた。
また、それ以上に自分が虚無の系統であることを吹聴してまわることに強い抵抗を感じていた。
それは『虚無』という選ばれた者の力に、潜在的に恐怖を感じていたかもしれなかった。
暫く顎鬚を撫でていたウルザが手を止めて、口を開いた。
「それは少々困る。彼女は今や『ウェザーライト計画』の要とも言える存在、ミス・ルイズ抜きでこのトリステインがこの先の戦いを続けることは難しいだろう」
いきなり突拍子も無いことを言われて、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔を見せるエレオノール。
ルイズは姉がそんな顔をするのをいつ振りに見ただろうかと思案したが、記憶に霞がかかって思い出すことはできなかった。
妹の視線に気づき、咳払いを一つ。これで調子を整えたエレオノールは、勢い良くウルザに食って掛かった。
「この子が要?魔法も使えない子がどうして王宮の計画らしい『ウェザーライト計画』とやらの要になると言うんですの?
はっきりとここで説明をしてください」
説明をするまではてこでも動かないと、全身から漂わせる気配が語っていた。
「ミス・ルイズ、君は君の口から自分の魔法について説明するべきだ」
「……え?」
てっきりウルザが説明するとばかり思っていたルイズが、思わず声を漏らす。
「ちびルイズ。あなたもしかして自分の系統に目覚めたの?」
エレオノールにそう問われてルイズはすぐさま答えることができない。
口にして、何かが変わってしまうのが怖かった。
だが、それ以上に家族である姉に、嘘をつくのが嫌だった。
少しだけ躊躇った後、ルイズはその口からはっきりとエレオノールに自分が何に目覚めたのかを伝える覚悟を決めた。
「姉さま。私の系統は……」
前へ進もう、臆せず、止まらず、前を見て。
迷っている時間は無い、自分に残された時間は少ないのだから。
「虚無です」
それを聞いたエレオノールが、何かの冗談だろうとコルベールとウルザの顔を交互に巡らせた。
そして、二人の真剣な表情に冗談ではないらしいと読み取ると、エレオノールは本日二度目の唖然とした顔を見せた。
「虚無?虚無ですって?そんなもの伝説の中にあるだけじゃない。アカデミーでだって虚無の系統の実在は報告されていないわ!」
声を荒げるエレオノール。しかし、ルイズの表情は真剣そのもので、自分が見たことも無いような『一人前』の顔をしていた。
いつも泣いていたルイズ、自分とカトレアの後ろばかりを歩いていたルイズ。
そのルイズがこんな顔をするようになっていたことに、エレオノールは姉として大きな驚きを感じた。
そのとき、またドアがコンコンとノックされた。
それを聞いて話は終わったとばかりに椅子に腰掛けるウルザ、コルベールは後のことが気になりながらも部屋を退出する旨をルイズに伝える。
ルイズはエレオノールのことが気になりながらも、ドアの外に待つ来客に声をかけて、入ってくるように伝えた。
そうして、ガチャリと音を立てて入ってきたのは歳若い魔法衛士隊の制服を着た騎士だった。
ルイズにとって魔法衛士隊の知り合いと言えば、元グリフォン隊の隊長であった彼のほかに無い。
見覚えの無い顔にきょとんとした顔をするルイズに、騎士は背筋を伸ばし、深く敬礼をした。
「ミス・ルイズ、ミスタ・ウルザ。お二方に手紙を渡すように預かってまいりました」
そういいながら騎士はきびきびとした動作で巻物を差し出す。
それを受け取ったルイズは、中を見て差出人を確認しようとしたが、そこで手が止まる。
そこにある封蝋に押された花押は、王家の紋章。
「!? これってまさか!?」
ルイズが上擦った声を上げるが、青年はきびきびとした声はそのままに、事務的な口調で返答した。
「自分は何も仰せつかっておりません。差出人の確認は中を見れば分かるそうであります」
直立不動の姿勢を崩さない青年。何かを言い含められているのか、その顔は緊張して目線は何も無い宙のただ一点を見ているばかりだった。
「……分かったわ」
青年が退室した後も、無言のまま手紙と封蝋の印章を見つめ続けるルイズ。
退出するつもりだったコルベールも、先ほどまで取り乱していたエレオノールもまた、無言。
ウルザはそれが何であるのか分かっているのか、興味なさそうに備え付けの机の引き出しから本を取り出して、何かを書き込み始めた。
ルイズは恐る恐るといった手つきで手紙を開封した。
手紙の中身、アンリエッタの筆跡で書かれていたそれは、王宮にて明日開かれる予定である軍議への出頭要請だった。
国を守る為、戦ってもらわねばなりません。
―――トリステインの女王
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