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「ドラゴンクエスト外伝―ゼロの家庭教師―06」(2010/10/01 (金) 20:32:29) の最新版変更点
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#navi(ドラゴンクエスト外伝―ゼロの家庭教師―)
『先生の長い一日!!!』の巻 続き
その日の夜、一台の馬車がモット伯爵邸の敷地の門を潜った。
馬車は衛士の制止を受けることなくそのまま門を通過し、
中庭を抜けて敷地内の本館前に静かに停車。
御者は車を降り、続いて馬車を降りる女性を支え、館の中へと導いた。
「お待ちしておりましたよ、シエスタさん」
やや年老いた女中頭に迎え入れられた少女は、暗い面持ちで深々と一礼した。
彼女は館内の案内や、当家に仕える上での諸説明を受けた後、
促されるがままに伯爵の執務室を訪れた。
コン、コン
「失礼致します、ワインを御持ちしました」
「入りたまえ」
ソファにもたれたまま首を向けたモット伯は、
その視線の先にいる人物を見定め、口元を歪ませた。
「おお…ついに届いたか。待ち侘びたぞ、シエスタ」
伯爵が猫なで声を出して立ち上がると、訪問者を上から下に蛇が這うようにして眺めてまわった。
カチューシャで纏めた黒い髪、物憂げに伏せられた黒い瞳、
白く細い手の上には瓶とグラスを乗せた盆、
そしてワインレッドの衣装から布越しに窺える肢体……
「実に…実に豊潤そうな逸品だ。直ぐにでも味わいたくなる様な…」
ゆっくりと後ろに回りこみ、その項に顔をうずめるようにして囁く。
「…………」
「フフ、では先ずはワインから頂くとしようか」
俯いたまま僅かに顔を背け、ただただ耐え忍ぶ彼女の反応をしばらく楽しむと、
器からグラスを受け取り、再びソファに腰掛けワインが注がれていく様子を見守った。
「やはり良いものだ……」
そう呟いてグラスを手に取り、口元に寄せてしばし香りを楽しみ、
口に含んでその味を確かめ、喉を通して目を瞑り満足感を味わう…
――すると次の瞬間、強烈な眠気が伯爵を襲った。
(馬鹿な、これは『眠りの雲』!?)
カッ!と見開いた目の前には、怪訝そうにこちらを窺う顔がある。
(ち、違う…この部屋には杖も持たぬ平民しか…何…故…?)
急速に失われていく意識の中、ジュール・ド・モット伯爵は彼女の手中の一点を見つめていた。
もしやあの中身が……
モット伯が倒れこむ姿を悲鳴の一つも上げず、その過程を無言で見守っていた少女は、
ふと自身が抱え込んだボトルに視線を落とすと、新たなグラスに注ぎ始めた。
「さすがは伯爵、よいワインを飲んでいらっしゃるようで」
グラスを片手に妖しく微笑んだその顔は、確かにシエスタの姿そのものだった。
同じく夜、同じように馬車に揺られて伯爵邸にやってきた、
もう一人の少女が居た。
彼女は一行が館に着く前に馬車の後ろからそっと抜け出し、
忍び足で裏手に廻り、一旦はそこでじっと身を潜め、
勝手口から慎重に中を覗きこむと、何食わぬ顔をして進入した。
努めて平静に、なるだけ冷静に、できるだけ目立たぬように…
そうしてしばらく辺りをうろつき回っていたが、どうやら埒があかぬ様子で、
仕方なく偶々見かけた、召使いと思しき人物に声を掛けた。
「あの…わわ私今日初めてお世話になるものです…その…伯爵さまに呼ばれて…」
しどろもどろになりながら話しかけてくる少女の言葉を聞き、
使用人はしばらく考えてから口を開いた。
「伯爵さまは確か今……そう、執務室にいらっしゃるはずだ」
しかし答えを聞いても未だ落ち着かない様子の少女。
「…どうした、まだ何かあるのかい?」
「その…私、まだ中のことを良く覚えていなくって…」
使用人は「なんだい、そんなことか」と執務室までの道順を教えてやり、
お礼の言葉と共に別れた少女を見送った後、同情に満ちた声で呟いた。
「可愛い子だったが……伯爵様も罪深い方だ」
道案内を受け、今度は確かな足取りで執務室を目指す少女。
逸る気持ちを抑えて歩き、すれ違う人間にはぎこちないお辞儀を返し、
ようやくたどり着いた扉の前で一呼吸、左右を伺う。
人の居ないことを確認すると、扉をそっと開けて隙間から中を覗き込む。
緊張の一瞬、自分の高鳴る鼓動の音が響いてしまいそうな静寂の時間が過ぎ、
ほっ、とため息をついて少女は扉を開く。
そこには床に転がったモット伯を、縄でせっせと縛り上げるモット伯が居た。
「おやおや、随分とお早い到着ですねぇ~ルイズ!」
「作業は順調みたいね、アバン」
今夜の二人の侵入者、アバンとルイズの会合である。
「ハァ~、もう!死ぬほど緊張したじゃない!!!」
後ろ手に扉と鍵を閉めたルイズは、今までの想いを吐き出すように叫んだ。
そもそも平民に化けるというのは彼女にとって屈辱的だったが、屈辱を上回る緊張感がそれを忘れさせた。
そうして一息ついた後、気絶したまま縛り上げられたモット伯を見て、
次いでモット伯を肩に担いでクローゼットの中に放り込む、モット伯に扮したアバンを見て、
ルイズはちょっとばかり感慨深げに呟いた。
「……それにしても、ホンットに似てるわね~」
「そりゃそうですよ。『モシャス』はそっくりそのまま相手に変化する能力なんですから」
一仕事終えて手をパンパン、と払うアバン。
その姿は上から下までモット伯そのままであった。
「でもそんなことが出来るなんて今日まで知らなかったもの。そりゃ少しはビックリするじゃない!」
「既に人が竜に化けたんですよ?今更人が人に化けたって何の不思議もないでしょうに」
「む~~~」
むくれるルイズに苦笑するアバン。
「顔を変えるのも、相手を眠らせるのも、こちらの世界でもメイジなら十分可能な範疇でしょう?」
「でもアンタがあのメイドに化けた時は、顔だけじゃないじゃない!胸とか胸とか胸とか!!」
「まぁ確かにその辺はねぇ、でも他の手段でいくらでもなんとかできるじゃないですか。
…それこそ、今の貴方みたいにね。良く似合ってますよ、ルイズ!!」
桃色を帯びた見事なブロンドを、質素なバンドで後ろに纏め、
整った目元を覆い隠すべく、流れるような鼻先にかけられたのはアバンの眼鏡。
本来はシエスタのためにと支給されたメイド服、
ルイズの胸と服の生地との無限の狭間には、大量の詰め物が詰まっている……
「…それ、どういう意味かしらねぇ…?」
「へ?いや、なに、勿論見事な変装だと褒めてるだけですよ?」
何やらルイズの心の琴線に(悪い意味で)触れてしまったかもしれない…
そう感じたアバンは慌てて話しを切り替えた。
「オッホン、とにかく!重要なのは後になって手口から我々を特定できないことです。
ですから今日はド派手な大立ち回りは無し、貴方のオリジナリティ溢れる魔法も無しです。
不特定多数の人間が実行可能と思える、そういう作戦でなくてはいけません。
…さて、そろそろ次の行動に移りましょうか?」
ジト~っとした目で見送るルイズに、内心冷や汗をかきつつ退室したアバンだが、
そそくさと廊下にでると心機一転、緊張の糸を張り直す。
襟を正して『伯爵』としての威厳を纏いなおすや、
マントをたなびかせて堂々と歩き出した。
大広間の扉を勢い良く開け放ち、
中に居た使用人らが恭しく一礼するのに目もくれず室内に乗り込むと、
今や完全にジュール・ド・モット伯爵に成りきったアバンが厳かに宣言した。
「緊急事態である。大至急この屋敷に居る者全てをこの広間に集合させよ!!!」
ざわ…… ざわ……
領主からの突然の大召集令に、召使いや使用人はおろか、
門を守る番兵から調理場のコックまで集まった広場は、
今や異様な雰囲気に包まれていた。
(一体、何があったのだろう?)
集まった皆が皆、そういった不安を隠せぬ様子である。
「フム…どうやら皆集まったようだな」
彼らが主人、モット伯はそうのたまうと、広場の中央に進み出て周囲を見渡した。
その視線に合わせ、広場を包んだ喧騒がピタリと止む。
「諸君、単刀直入に言おう。
たった今、ある知人から寄せられた極秘情報によれば、明朝王宮より王室衛士隊の調査団が来るとのことだ。
名目は上は昨今、巷を騒がす『土くれのフーケ』なる盗賊の目撃情報があったためとのことだが、
本当の目的は…我が伯爵家である!」
固唾を呑んで見守る一同。
「諸君も既に聞いているやもしれないが、現在ハルケギニアの情勢は徐々にではあるが不安定化してきている。
王室は綱紀粛正と有力貴族諸侯への脅しを兼ね、見せしめの為のスケープゴートを探しており、
そして間の悪いことに我が伯爵家の『ある種の行為』の証拠のいくつかが掴まれたようだ。
普段ならば当局に手を回して穏便に処理も可能なのだが、今回は……」
「……お家取り潰しは間違いない、とのことだ」
無念そうに首を振って語調を弱めた伯爵、その様子は深刻そのものであり、
周囲に身の破滅を予感させるに十分なものだった。
「調査団の連中は陛下からの許可証をたてに私を拘束し、私財は全て没収されるだろう。
事態は逼迫し、最早一刻の猶予もない。そこで私は決断した。
国外に亡命しよう、と!!!」
急に語気を強めた伯爵に、身を強張らせる聴衆。
「さて諸君には無期限の休暇を与える。退職勧告と受け取ってもらってかまわん。
明日の朝までに全員この屋敷を引き払うように。それが私のためであり、諸君のためでもある」
「…とはいえ、急にこのようなこと言われても行く当てもない人間も多かろう…
そこで退職金に代わり、当家の屋敷の財産全てを諸君にくれてやる!!!
どうせ明日になれば王室に没収されるのだ、私は一切惜しくはない!!」
「ここにあるのは我が伯爵家が代々伝える名品ばかり!壺の一つでも持っていけば商売を始めるに十分な程。
それがこの屋敷にはごまんと転がっているのだ。諸君ら程度の生活なら補って余りある。
…さあ行け!早い者勝ちだ!!ただし妙な揉め事は起こすなよ。争いを見かけたら私自らその場で処分を下す。
それにどうせ両手に持ちきれない程の数なのだ、争う暇があるなら別のものを探す方が早かろう……」
あまりの急展開に唖然として身動き一つできぬ一同。
そんな周囲をしばし眺めたモット伯が、再び「さあ、早く行け!!」と強い命令を発すると、
お互いに顔を見合わせ、入り口付近の人間がまず動いたのを皮切りに、広間の大部分の人間が雪崩をうって駆け出した。
後に残った極僅かの者たち(年老いた老執事やメイド長など)は、思いのほか打ちひしがれ、途方に暮れた様子だったので、
歩み寄ってこれまでの労をねぎらい忠勤に感謝の言葉をかけ、予め物色しておいた金貨や宝飾類など特に高価で換金しやすい貴重品を分け与えると、
数の限られた馬車に手を取って乗せてやり、自ら馬車が見えなくなるまで見送ったモット伯ことアバン=デ=ジニュアール3世。
(ああいった忠義心に篤い手合いが今回の一番の障害…ここは早めに退場してもらった方がいいでしょう)
ここまでは順調に進む計画に心中笑みを浮かべると、詰めの作業に取り掛かるべくマントを翻した。
#navi(ドラゴンクエスト外伝―ゼロの家庭教師―)
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&setpagename(『先生の長い一日!!!』の巻)
その日の夜、一台の馬車がモット伯爵邸の敷地の門を潜った。
馬車は衛士の制止を受けることなくそのまま門を通過し、中庭を抜けて敷地内の本館前に静かに停車。
御者は車を降り、続いて馬車を降りる女性を支え、館の中へと導いた。
「お待ちしておりましたよ、シエスタさん」
やや年老いた女中頭に迎え入れられた少女は、暗い面持ちで深々と一礼した。
彼女は館内の案内や、当家に仕える上での諸説明を受けた後、促されるがままに伯爵の執務室を訪れた。
コン、コン
「失礼致します、ワインを御持ちしました」
「入りたまえ」
ソファにもたれたまま首を向けたモット伯は、その視線の先にいる人物を見定め、口元を歪ませた。
「おお…ついに届いたか。待ち侘びたぞ、シエスタ」
伯爵が猫なで声を出して立ち上がると、訪問者を上から下に蛇が這うようにして眺めてまわった。
カチューシャで纏めた黒い髪、物憂げに伏せられた黒い瞳、白く細い手の上には瓶とグラスを乗せた盆、そしてワインレッドの衣装から布越しに窺える肢体……
「実に…実に豊潤そうな逸品だ。直ぐにでも味わいたくなる様な…」
ゆっくりと後ろに回りこみ、その項に顔をうずめるようにして囁く。
「…………」
「フフ、では先ずはワインから頂くとしようか」
俯いたまま僅かに顔を背け、ただただ耐え忍ぶ彼女の反応をしばらく楽しむと、器からグラスを受け取り、再びソファに腰掛けワインが注がれていく様子を見守った。
「やはり良いものだ……」
そう呟いてグラスを手に取り、口元に寄せてしばし香りを楽しみ、口に含んでその味を確かめ、喉を通して目を瞑り満足感を味わう…
――すると次の瞬間、強烈な眠気が伯爵を襲った。
(馬鹿な、これは『眠りの雲』!?)
カッ! と見開いた目の前には、怪訝そうにこちらを窺う顔がある。
(ち、違う…この部屋には杖も持たぬ平民しか…何…故…?)
急速に失われていく意識の中、ジュール・ド・モット伯爵は彼女の手中の一点を見つめていた。
もしやあの中身が……
モット伯が倒れこむ姿を悲鳴の一つも上げず、その過程を無言で見守っていた少女は、ふと自身が抱え込んだボトルに視線を落とすと、新たなグラスに注ぎ始めた。
「さすがは伯爵、よいワインを飲んでいらっしゃるようで」
グラスを片手に妖しく微笑んだその顔は、確かにシエスタの姿そのものだった。
同じく夜、同じように馬車に揺られて伯爵邸にやってきた、もう一人の少女が居た。
彼女は一行が館に着く前に馬車の後ろからそっと抜け出し、忍び足で裏手に廻り、一旦はそこでじっと身を潜め、勝手口から慎重に中を覗きこむと、何食わぬ顔をして進入した。
努めて平静に、なるだけ冷静に、できるだけ目立たぬように…
そうしてしばらく辺りをうろつき回っていたが、どうやら埒があかぬ様子で、仕方なく偶々見かけた、召使いと思しき人物に声を掛けた。
「あの…わわ私今日初めてお世話になるものです…その…伯爵さまに呼ばれて…」
しどろもどろになりながら話しかけてくる少女の言葉を聞き、使用人はしばらく考えてから口を開いた。
「伯爵さまは確か今……そう、執務室にいらっしゃるはずだ」
しかし答えを聞いても未だ落ち着かない様子の少女。
「…どうした、まだ何かあるのかい?」
「その…私、まだ中のことを良く覚えていなくって…」
使用人は「なんだい、そんなことか」と執務室までの道順を教えてやり、お礼の言葉と共に別れた少女を見送った後、同情に満ちた声で呟いた。
「可愛い子だったが……伯爵様も罪深い方だ」
道案内を受け、今度は確かな足取りで執務室を目指す少女。
逸る気持ちを抑えて歩き、すれ違う人間にはぎこちないお辞儀を返し、ようやくたどり着いた扉の前で一呼吸、左右を伺う。
人の居ないことを確認すると、扉をそっと開けて隙間から中を覗き込む。
緊張の一瞬、自分の高鳴る鼓動の音が響いてしまいそうな静寂の時間が過ぎ、ほっ、とため息をついて少女は扉を開く。
そこには床に転がったモット伯を、縄でせっせと縛り上げるモット伯が居た。
「おやおや、随分とお早い到着ですねぇ~ルイズ!」
「作業は順調みたいね、アバン」
今夜の二人の侵入者、アバンとルイズの会合である。
「ハァ~、もう!死ぬほど緊張したじゃない!!!」
後ろ手に扉と鍵を閉めたルイズは、今までの想いを吐き出すように叫んだ。
そもそも平民に化けるというのは彼女にとって屈辱的だったが、屈辱を上回る緊張感がそれを忘れさせた。
そうして一息ついた後、気絶したまま縛り上げられたモット伯を見て、次いでモット伯を肩に担いでクローゼットの中に放り込む、モット伯に扮したアバンを見て、ルイズはちょっとばかり感慨深げに呟いた。
「……それにしても、ホンットに似てるわね~」
「そりゃそうですよ。『モシャス』はそっくりそのまま相手に変化する能力なんですから」
一仕事終えて手をパンパン、と払うアバン。
その姿は上から下までモット伯そのままであった。
「でもそんなことが出来るなんて今日まで知らなかったもの。そりゃ少しはビックリするじゃない!」
「既に人が竜に化けたんですよ? 今更人が人に化けたって何の不思議もないでしょうに」
「む~~~」
むくれるルイズに苦笑するアバン。
「顔を変えるのも、相手を眠らせるのも、こちらの世界でもメイジなら十分可能な範疇でしょう?」
「でもアンタがあのメイドに化けた時は、顔だけじゃないじゃない! 胸とか胸とか胸とか!!」
「まぁ確かにその辺はねぇ、でも他の手段でいくらでもなんとかできるじゃないですか。
…それこそ、今の貴方みたいにね。良く似合ってますよ、ルイズ!!」
桃色を帯びた見事なブロンドを、質素なバンドで後ろに纏め、整った目元を覆い隠すべく、流れるような鼻先にかけられたのはアバンの眼鏡。
本来はシエスタのためにと支給されたメイド服、ルイズの胸と服の生地との無限の狭間には、大量の詰め物が詰まっている……
「…それ、どういう意味かしらねぇ…?」
「へ? いや、なに、勿論見事な変装だと褒めてるだけですよ?」
何やらルイズの心の琴線に(悪い意味で)触れてしまったかもしれない…
そう感じたアバンは慌てて話しを切り替えた。
「オッホン、とにかく! 重要なのは後になって手口から我々を特定できないことです。ですから今日はド派手な大立ち回りは無し、貴方のオリジナリティ溢れる魔法も無しです。不特定多数の人間が実行可能と思える、そういう作戦でなくてはいけません。…さて、そろそろ次の行動に移りましょうか?」
ジト~っとした目で見送るルイズに、内心冷や汗をかきつつ退室したアバンだが、そそくさと廊下にでると心機一転、緊張の糸を張り直す。
襟を正して『伯爵』としての威厳を纏いなおすや、マントをたなびかせて堂々と歩き出した。
大広間の扉を勢い良く開け放ち、中に居た使用人らが恭しく一礼するのに目もくれず室内に乗り込むと、今や完全にジュール・ド・モット伯爵に成りきったアバンが厳かに宣言した。
「緊急事態である。大至急この屋敷に居る者全てをこの広間に集合させよ!!!」
ざわ…… ざわ……
領主からの突然の大召集令に、召使いや使用人はおろか、門を守る番兵から調理場のコックまで集まった広場は、今や異様な雰囲気に包まれていた。
(一体、何があったのだろう?)
集まった皆が皆、そういった不安を隠せぬ様子である。
「フム…どうやら皆集まったようだな」
彼らが主人、モット伯はそうのたまうと、広場の中央に進み出て周囲を見渡した。
その視線に合わせ、広場を包んだ喧騒がピタリと止む。
「諸君、単刀直入に言おう。たった今、ある知人から寄せられた極秘情報によれば、明朝王宮より王室衛士隊の調査団が来るとのことだ。名目は上は昨今、巷を騒がす『土くれのフーケ』なる盗賊の目撃情報があったためとのことだが、本当の目的は…我が伯爵家である!」
固唾を呑んで見守る一同。
「諸君も既に聞いているやもしれないが、現在ハルケギニアの情勢は徐々にではあるが不安定化してきている。王室は綱紀粛正と有力貴族諸侯への脅しを兼ね、見せしめの為のスケープゴートを探しており、そして間の悪いことに我が伯爵家の『ある種の行為』の証拠のいくつかが掴まれたようだ。普段ならば当局に手を回して穏便に処理も可能なのだが、今回は……」
「……お家取り潰しは間違いない、とのことだ」
無念そうに首を振って語調を弱めた伯爵、その様子は深刻そのものであり、周囲に身の破滅を予感させるに十分なものだった。
「調査団の連中は陛下からの許可証をたてに私を拘束し、私財は全て没収されるだろう。事態は逼迫し、最早一刻の猶予もない。そこで私は決断した。国外に亡命しよう、と!!!」
急に語気を強めた伯爵に、身を強張らせる聴衆。
「さて諸君には無期限の休暇を与える。退職勧告と受け取ってもらってかまわん。明日の朝までに全員この屋敷を引き払うように。それが私のためであり、諸君のためでもある」
「…とはいえ、急にこのようなこと言われても行く当てもない人間も多かろう…そこで退職金に代わり、当家の屋敷の財産全てを諸君にくれてやる!!! どうせ明日になれば王室に没収されるのだ、私は一切惜しくはない!!」
「ここにあるのは我が伯爵家が代々伝える名品ばかり! 壺の一つでも持っていけば商売を始めるに十分な程。それがこの屋敷にはごまんと転がっているのだ。諸君ら程度の生活なら補って余りある。…さあ行け! 早い者勝ちだ!! ただし妙な揉め事は起こすなよ。争いを見かけたら私自らその場で処分を下す。それにどうせ両手に持ちきれない程の数なのだ、争う暇があるなら別のものを探す方が早かろう……」
あまりの急展開に唖然として身動き一つできぬ一同。
そんな周囲をしばし眺めたモット伯が、再び「さあ、早く行け!!」と強い命令を発すると、お互いに顔を見合わせ、入り口付近の人間がまず動いたのを皮切りに、広間の大部分の人間が雪崩をうって駆け出した。
後に残った極僅かの者たち(年老いた老執事やメイド長など)は、思いのほか打ちひしがれ、途方に暮れた様子だったので、歩み寄ってこれまでの労をねぎらい忠勤に感謝の言葉をかけ、予め物色しておいた金貨や宝飾類など特に高価で換金しやすい貴重品を分け与えると、数の限られた馬車に手を取って乗せてやり、自ら馬車が見えなくなるまで見送ったモット伯ことアバン=デ=ジニュアール3世。
(ああいった忠義心に篤い手合いが今回の一番の障害…ここは早めに退場してもらった方がいいでしょう)
ここまでは順調に進む計画に心中笑みを浮かべると、詰めの作業に取り掛かるべくマントを翻した。
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