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「ZEROのスペシャリスト-03」(2008/12/20 (土) 10:13:11) の最新版変更点
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3a. 報告 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール
その朝は顔をなでる優しい風で目をさました。
窓からはいる、春のにおい。
それもいいけど、ほんとの目覚めの理由は別にある。
無意識のうちに探してた"その原因"は、机の上でくびをかしげてこちらを見返す。
レミーは鳥の中で寝てたはず、大丈夫って言ってたけどやっぱりベッドとか用意してあげたいな。
あ、ゆっくりしてる暇はないんだった。
手早く着替えると、昨日もらってきた厚手の布を左腕に巻きつける。
振り返るとレミーは軽く羽ばたいてわたしの腕に飛び移る、けれどやっぱり部屋の中ではせまいみたい。
「爪は痛くないか?」
「大丈夫。それより翼とかぶつけたりしない?」
「うむ…室内での飛行は避けた方が良さそうだな、色々と吹き飛ばしてしまったし。
今度からもっと腕を近づけてくれ」
苦い言葉に思わず笑ってしまう。
確かに机の上にあった軽い文房具なんかは全滅。ひどいありさま。
鳥の羽ばたきってこんな凄いんだ…
鳥の使い魔が風系統のメイジの証とされることに心の底から納得できる。
つまり。
わたしの系統は風なのかしら?
でも中身は緑の小人、レミーだし。うーん?
と、考え事なんてしてる場合じゃない。
足早に厨房へと向かい、忙しく働くコックからパンとスープをもらって腹に入れる。
貴族にあるまじき行儀の悪さだけど、始祖ブリミルには許してもらうしかない。
すべてはハルケギニアのためなんです。ごめんなさい。
お祈りの言葉も簡潔に。
記録的な早さで朝食を終えると、本塔の図書館へと向かう。
授業用の資料を借りる教師のためか、魔法学院の中で一番早くから開いている施設かもしれない。
司書に会釈して入館。
レミーを椅子の背に留らせて、30メイル近い巨大な本棚を目指す。
そんなに専門的な本は必要ないので、背の届く範囲でそれほど時間をかけずに数冊選び出せた。
すみっこに陣取り、本を開く。
「絵が描かれてるのはこれくらいよ」
「とにかく急ごう」
みんなは食堂で朝食前の祈りの時間、小声で話す分には誰にもばれない。
ページをめくる。
これは駄目だ、愛玩用の小鳥ばかり。
ページをめくる。
これも駄目。食用のタマゴばかりで親鳥の説明がほとんどない。
ページをめくる。
これ、かな?
「どうかしら、おもに山岳地帯にみられる危険な鳥たち、だって」
「嘴や爪の特徴は似てるな…大きさはどうだ?それと色は?」
「ええっと、翼を広げると50サントほどになる」
「小さすぎる」
「じゃあこれは?」
「頭部の特徴が違いすぎる」
そう、まずなによりも大切なのは、レミーの正体を隠すこと。
使い魔として召喚されても不思議じゃない、もっともらしい正体をでっちあげないといけない。
最初は「鳥の姿でいれば大丈夫じゃないの?」と思ったけど、レミーに言われて納得した。
ハルケギニアの誰も見たことがないような、異常な鳥だなんて言われたら困るのだ。
鳥の魔法人形は星の国の学者が見ても正体がばれないぐらい精巧だけど、さすがに餌を食べたりはできないらしいし。
だから鳥かごに入れられて何日も観察されたら絶対ばれる。
非常にまずい。
お断りしたい。
「ああ、その右上は?」
「メスは1メイルをこえる、だって。でも翼に白いすじがあるのが特徴でしょ?」
「解剖学的な特徴と違って色素の変異は珍しくない。これくらいで妥協しよう」
火竜山脈南の外れ、火がその支配を失うあたりに住まう大鷲の一種らしい。
うん、なにか聞かれたら「ロマリアの大鷲みたい」でいいや。
それ以上つっこむ失礼な奴は無視しちゃえ。
調べれば簡単にそれっぽいのは見つかるわけだし、言い訳としてはそれで十分ね。
いけない、授業が始まっちゃう。
本を返して教室へ急ぐ。
大鷲のレミー、左の腕にずしりと重い。
わたしルイズの、立派な使い魔。
わたしルイズの、大事な友達。
◇◇◇
教室の前には紙が一枚、休講のお知らせが貼られてた。
ミセス・シュヴルーズの体調不良により…っていったいどうしたんだろう?
疑問に思ったのはわたしだけじゃないみたい。
ああでもない、こうでもないと噂話。
昨日の夜遅くに水の塔の医務室へ担ぎ込まれたのは事実らしいけど。
大丈夫かしら。
「なんでも倒れたのはミセス・シュヴルーズだけじゃないそうよ」
「誰?」
「調べてる」
「病気なの?」
「うううん、倒れた人はね、見ちゃったらしいのよ…」
「見た?」
なんだか小声になる噂。
わたしも自然に耳をそばだたせる。
「寮の外の水場でね、ちいさな、緑の小人を!」
クラスメートの甲高い悲鳴を遠くに感じつつ、ぎくしゃくとレミーの方に顔を向ける。
鳥の仮面に表情なんてあるわけないけど、それでもわかる。
黙って、ばつが悪そうに首をひねってた。
----
3b. 報告 レミー・デンジャー
ルイズとの相談は深夜にまで及び、当面の方針を決定して終わった。
本格的な活動を始める前に色々と準備が必要だ。
先は長い。
ベッドを振り返る。
二つの月に照らされて十分に明るい、赤外線画像に切り替えるまでもなくルイズの眠る姿が見える。
呼吸も規則的、これなら目覚めることもないだろう。
窓に近寄ると微かに夜風が吹き込んでいる。
下を覗くと結構な高さがある。
この部屋はどうやら三階に位置するらしい。
これなら羽ばたかずに滑空して十分な距離を取れる、好都合だ。
もう一度、各部の動作をあらためる。
軽く跳ねて外に飛び出すと、少し我慢してから翼を広げる。
音もなく30メートルをこなし羽ばたいて上昇、動きは滑らかで異常は見当たらない。
ようやく安心してマシンの振動に身を任せる。
実際に飛んでみるまで、あの転送ショックによるダメージが心配だったのだ。
鳥マシンに故障があったら今後の計画に大きな手直しが必要となる。
幸いにして杞憂だったが。
力強く羽ばたいて、学院の敷地を上空から何度も確認する。
予想より規模が大きい。
中世レベルの文明を前提とすると、色々と判断を誤りかねないと自戒する。
この世界には魔法という未知の超心理技術が存在するのだ。
侮ってはならない。
外部からの調査には限界がある。
適当なところで切り上げ、女子寮から少し離れた木の枝に留まり、操縦桿から手を離して伸びをする。
予想外の出来事が続いたのだ、流石の私も疲労している。
USOのスペシャリストとて一人の人間、機械ではないしましてや万能でもない。
任務にあたっては徹底した準備をするのが当然であり、それがあってこそ予期せぬ危機に対処出来るのだ。
今回のような事故に遭えば、私のようなベテランであってもショックは大きい。
リラックスして精神を立て直さねば。
微かな水音に目をやると、水場があった。人気もないし、丁度いい。
下から見えない枝に移ってから爪をロック、マシンから這い出して周囲を窺う。
特に問題はない。
木の幹をたどって地上に降り立ち、水場へ。
滑車と桶には手が出せないが、音で予想した通りここには流水があった。
でかぶつ達には足りずとも私には十分な湧水量だ。
ざっと見て回り、流れのそばにある窪みを選ぶ。
完全に澱んではいない、水質に問題ない場所だ。
熱線銃を低出力の拡散モードにセットして射撃、数秒の放射で水は沸騰する。
ルイズの持ってきた食物を調べ、基本的に問題ないことはわかっているが念の為だ。
石材の表面に生えた苔類に毒がないとは限らない。
戦闘服を脱いで下着を洗う。特別汚れた訳じゃないが、清潔に出来るのならこしたことはない。
シガの小人は清潔好きなのだ。
熱い石の上に広げて乾きやすくした頃には、窪みの水温も入浴に適したものになっていた。
ふう。
軽い溜息が洩れる。まだ熱いお湯につかると、凝り固まった身体から疲れが抜ける。
心は自然と故郷の妻子へと向かう。
帰還には何年かかるかわからない、ボジルは父親を知らずに育つのだろうか。
いや、今からそんなことを考えてどうする…
半分眠りかけたところで意識が切り替わる。
建物の方に人の気配がある。まっすぐ歩けば数分で水場のそばに来るだろう。
ぬるくなったお湯から立ち上がる。そろそろ潮時か。
ガサリ。
驚愕しつつ振り返ると、信じ難いが数メートルも離れていない場所にフードを被った人物が立っていた。
馬鹿げている。これまで物音なんてひとつもしなかった。
惚けていた訳ではない。
シガ星人の感覚の鋭さを見損なっては困る。
たとえデフレクターで透明化していたとしても、でかぶつ達が歩けば空気の動きは発生するし、私がそれに気付かないなどあり得ない話だ。
その人物の顔がこちらを向く。
私は、USOのスペシャリストにあるまじきことだが、1秒ほど動けずにいた。
それほどまでに不意打ちだったのだ。
目が合う。
フードが顔だけでなく上体を覆い隠しているが、シルエットから判断すると女性らしい。
陰から覗く緑の瞳が私の身体を嘗め回すかのように動く。
見られる前なら服を持って物陰に隠れることも出来たが、こうなっては動けない。人形とでも思ってくれれば…
沈黙。
後ろの方で何か息を呑むような音がして、思い出す。
そういえば建物の気配に気付くのが先だったのに、驚きのあまりすっかり忘れていた。
目の前の人物も、はっとして私の背後に視線を移す。
今だ、もはや選択肢はない。
戦闘服の上に置いた銃に飛びつき、麻痺モードに切り替えると同時に発砲、振り向きざまにもう一度。
二人目も女性であることに気付いたのは、彼女が倒れるのと同時だった。
なんてことだ、今日だけで3人も銃撃するはめになるとは!
しかもその全員が女性ときている。
倒れた二人の視線から外れていることを確認し、衣服を身につけながら自省する。
もっと慎重に行動すべきではないか?
フード姿の接近に気付かなかった理由は不明だが、未知の世界で入浴とは大胆不敵に過ぎた。
ルイズの協力があるのだ、他人の目を気にせずにくつろげる日も遠くない。
リスクを冒す必要はどこにもないはず。
と、そこまで考えてやめる。
そんなこともわからぬほどに追い詰められたからに決まっている。
シガ星人は繊細なのだ。
USOでの訓練と、積み重ねた実戦経験をもってしても、人の感性はそうそう変わらない。
カソムなら、こんな状況でも野蛮に笑ってみせるだろうに。
エルトルスの巨人を思い出すと微かに頬が緩むのがわかる。
直径2メートルのぶっとい胴体に、でっかい胃袋しか入ってないような蛮族を思い出して笑うとは!
レミー・デンジャーよ、相当に参っているらしいな。
自嘲してホルスターに銃を収める。
倒れた女性を観察、呼吸に支障がないことを確かめてその場を去る。
朝までには麻痺も治るはず、彼女達に私がしてやれることは何もない。
今夜はもう帰ろう。
ハルケギニアの友人が眠る部屋へ。
倒れた二人を、ふたつの月が煌々と照らしていた。
[[Prev>ZEROのスペシャリスト-02]] / [[Top>ZEROのスペシャリスト]]
// [[Next>ZEROのスペシャリスト-04]]
#navI(ZEROのスペシャリスト)
3a. 報告 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール
その朝は顔をなでる優しい風で目をさました。
窓からはいる、春のにおい。
それもいいけど、ほんとの目覚めの理由は別にある。
無意識のうちに探してた"その原因"は、机の上でくびをかしげてこちらを見返す。
レミーは鳥の中で寝てたはず、大丈夫って言ってたけどやっぱりベッドとか用意してあげたいな。
あ、ゆっくりしてる暇はないんだった。
手早く着替えると、昨日もらってきた厚手の布を左腕に巻きつける。
振り返るとレミーは軽く羽ばたいてわたしの腕に飛び移る、けれどやっぱり部屋の中ではせまいみたい。
「爪は痛くないか?」
「大丈夫。それより翼とかぶつけたりしない?」
「うむ…室内での飛行は避けた方が良さそうだな、色々と吹き飛ばしてしまったし。
今度からもっと腕を近づけてくれ」
苦い言葉に思わず笑ってしまう。
確かに机の上にあった軽い文房具なんかは全滅。ひどいありさま。
鳥の羽ばたきってこんな凄いんだ…
鳥の使い魔が風系統のメイジの証とされることに心の底から納得できる。
つまり。
わたしの系統は風なのかしら?
でも中身は緑の小人、レミーだし。うーん?
と、考え事なんてしてる場合じゃない。
足早に厨房へと向かい、忙しく働くコックからパンとスープをもらって腹に入れる。
貴族にあるまじき行儀の悪さだけど、始祖ブリミルには許してもらうしかない。
すべてはハルケギニアのためなんです。ごめんなさい。
お祈りの言葉も簡潔に。
記録的な早さで朝食を終えると、本塔の図書館へと向かう。
授業用の資料を借りる教師のためか、魔法学院の中で一番早くから開いている施設かもしれない。
司書に会釈して入館。
レミーを椅子の背に留らせて、30メイル近い巨大な本棚を目指す。
そんなに専門的な本は必要ないので、背の届く範囲でそれほど時間をかけずに数冊選び出せた。
すみっこに陣取り、本を開く。
「絵が描かれてるのはこれくらいよ」
「とにかく急ごう」
みんなは食堂で朝食前の祈りの時間、小声で話す分には誰にもばれない。
ページをめくる。
これは駄目だ、愛玩用の小鳥ばかり。
ページをめくる。
これも駄目。食用のタマゴばかりで親鳥の説明がほとんどない。
ページをめくる。
これ、かな?
「どうかしら、おもに山岳地帯にみられる危険な鳥たち、だって」
「嘴や爪の特徴は似てるな…大きさはどうだ?それと色は?」
「ええっと、翼を広げると50サントほどになる」
「小さすぎる」
「じゃあこれは?」
「頭部の特徴が違いすぎる」
そう、まずなによりも大切なのは、レミーの正体を隠すこと。
使い魔として召喚されても不思議じゃない、もっともらしい正体をでっちあげないといけない。
最初は「鳥の姿でいれば大丈夫じゃないの?」と思ったけど、レミーに言われて納得した。
ハルケギニアの誰も見たことがないような、異常な鳥だなんて言われたら困るのだ。
鳥の魔法人形は星の国の学者が見ても正体がばれないぐらい精巧だけど、さすがに餌を食べたりはできないらしいし。
だから鳥かごに入れられて何日も観察されたら絶対ばれる。
非常にまずい。
お断りしたい。
「ああ、その右上は?」
「メスは1メイルをこえる、だって。でも翼に白いすじがあるのが特徴でしょ?」
「解剖学的な特徴と違って色素の変異は珍しくない。これくらいで妥協しよう」
火竜山脈南の外れ、火がその支配を失うあたりに住まう大鷲の一種らしい。
うん、なにか聞かれたら「ロマリアの大鷲みたい」でいいや。
それ以上つっこむ失礼な奴は無視しちゃえ。
調べれば簡単にそれっぽいのは見つかるわけだし、言い訳としてはそれで十分ね。
いけない、授業が始まっちゃう。
本を返して教室へ急ぐ。
大鷲のレミー、左の腕にずしりと重い。
わたしルイズの、立派な使い魔。
わたしルイズの、大事な友達。
◇◇◇
教室の前には紙が一枚、休講のお知らせが貼られてた。
ミセス・シュヴルーズの体調不良により…っていったいどうしたんだろう?
疑問に思ったのはわたしだけじゃないみたい。
ああでもない、こうでもないと噂話。
昨日の夜遅くに水の塔の医務室へ担ぎ込まれたのは事実らしいけど。
大丈夫かしら。
「なんでも倒れたのはミセス・シュヴルーズだけじゃないそうよ」
「誰?」
「調べてる」
「病気なの?」
「うううん、倒れた人はね、見ちゃったらしいのよ…」
「見た?」
なんだか小声になる噂。
わたしも自然に耳をそばだたせる。
「寮の外の水場でね、ちいさな、緑の小人を!」
クラスメートの甲高い悲鳴を遠くに感じつつ、ぎくしゃくとレミーの方に顔を向ける。
鳥の仮面に表情なんてあるわけないけど、それでもわかる。
黙って、ばつが悪そうに首をひねってた。
----
3b. 報告 レミー・デンジャー
ルイズとの相談は深夜にまで及び、当面の方針を決定して終わった。
本格的な活動を始める前に色々と準備が必要だ。
先は長い。
ベッドを振り返る。
二つの月に照らされて十分に明るい、赤外線画像に切り替えるまでもなくルイズの眠る姿が見える。
呼吸も規則的、これなら目覚めることもないだろう。
窓に近寄ると微かに夜風が吹き込んでいる。
下を覗くと結構な高さがある。
この部屋はどうやら三階に位置するらしい。
これなら羽ばたかずに滑空して十分な距離を取れる、好都合だ。
もう一度、各部の動作をあらためる。
軽く跳ねて外に飛び出すと、少し我慢してから翼を広げる。
音もなく30メートルをこなし羽ばたいて上昇、動きは滑らかで異常は見当たらない。
ようやく安心してマシンの振動に身を任せる。
実際に飛んでみるまで、あの転送ショックによるダメージが心配だったのだ。
鳥マシンに故障があったら今後の計画に大きな手直しが必要となる。
幸いにして杞憂だったが。
力強く羽ばたいて、学院の敷地を上空から何度も確認する。
予想より規模が大きい。
中世レベルの文明を前提とすると、色々と判断を誤りかねないと自戒する。
この世界には魔法という未知の超心理技術が存在するのだ。
侮ってはならない。
外部からの調査には限界がある。
適当なところで切り上げ、女子寮から少し離れた木の枝に留まり、操縦桿から手を離して伸びをする。
予想外の出来事が続いたのだ、流石の私も疲労している。
USOのスペシャリストとて一人の人間、機械ではないしましてや万能でもない。
任務にあたっては徹底した準備をするのが当然であり、それがあってこそ予期せぬ危機に対処出来るのだ。
今回のような事故に遭えば、私のようなベテランであってもショックは大きい。
リラックスして精神を立て直さねば。
微かな水音に目をやると、水場があった。人気もないし、丁度いい。
下から見えない枝に移ってから爪をロック、マシンから這い出して周囲を窺う。
特に問題はない。
木の幹をたどって地上に降り立ち、水場へ。
滑車と桶には手が出せないが、音で予想した通りここには流水があった。
でかぶつ達には足りずとも私には十分な湧水量だ。
ざっと見て回り、流れのそばにある窪みを選ぶ。
完全に澱んではいない、水質に問題ない場所だ。
熱線銃を低出力の拡散モードにセットして射撃、数秒の放射で水は沸騰する。
ルイズの持ってきた食物を調べ、基本的に問題ないことはわかっているが念の為だ。
石材の表面に生えた苔類に毒がないとは限らない。
戦闘服を脱いで下着を洗う。特別汚れた訳じゃないが、清潔に出来るのならこしたことはない。
シガの小人は清潔好きなのだ。
熱い石の上に広げて乾きやすくした頃には、窪みの水温も入浴に適したものになっていた。
ふう。
軽い溜息が洩れる。まだ熱いお湯につかると、凝り固まった身体から疲れが抜ける。
心は自然と故郷の妻子へと向かう。
帰還には何年かかるかわからない、ボジルは父親を知らずに育つのだろうか。
いや、今からそんなことを考えてどうする…
半分眠りかけたところで意識が切り替わる。
建物の方に人の気配がある。まっすぐ歩けば数分で水場のそばに来るだろう。
ぬるくなったお湯から立ち上がる。そろそろ潮時か。
ガサリ。
驚愕しつつ振り返ると、信じ難いが数メートルも離れていない場所にフードを被った人物が立っていた。
馬鹿げている。これまで物音なんてひとつもしなかった。
惚けていた訳ではない。
シガ星人の感覚の鋭さを見損なっては困る。
たとえデフレクターで透明化していたとしても、でかぶつ達が歩けば空気の動きは発生するし、私がそれに気付かないなどあり得ない話だ。
その人物の顔がこちらを向く。
私は、USOのスペシャリストにあるまじきことだが、1秒ほど動けずにいた。
それほどまでに不意打ちだったのだ。
目が合う。
フードが顔だけでなく上体を覆い隠しているが、シルエットから判断すると女性らしい。
陰から覗く緑の瞳が私の身体を嘗め回すかのように動く。
見られる前なら服を持って物陰に隠れることも出来たが、こうなっては動けない。人形とでも思ってくれれば…
沈黙。
後ろの方で何か息を呑むような音がして、思い出す。
そういえば建物の気配に気付くのが先だったのに、驚きのあまりすっかり忘れていた。
目の前の人物も、はっとして私の背後に視線を移す。
今だ、もはや選択肢はない。
戦闘服の上に置いた銃に飛びつき、麻痺モードに切り替えると同時に発砲、振り向きざまにもう一度。
二人目も女性であることに気付いたのは、彼女が倒れるのと同時だった。
なんてことだ、今日だけで3人も銃撃するはめになるとは!
しかもその全員が女性ときている。
倒れた二人の視線から外れていることを確認し、衣服を身につけながら自省する。
もっと慎重に行動すべきではないか?
フード姿の接近に気付かなかった理由は不明だが、未知の世界で入浴とは大胆不敵に過ぎた。
ルイズの協力があるのだ、他人の目を気にせずにくつろげる日も遠くない。
リスクを冒す必要はどこにもないはず。
と、そこまで考えてやめる。
そんなこともわからぬほどに追い詰められたからに決まっている。
シガ星人は繊細なのだ。
USOでの訓練と、積み重ねた実戦経験をもってしても、人の感性はそうそう変わらない。
カソムなら、こんな状況でも野蛮に笑ってみせるだろうに。
エルトルスの巨人を思い出すと微かに頬が緩むのがわかる。
直径2メートルのぶっとい胴体に、でっかい胃袋しか入ってないような蛮族を思い出して笑うとは!
レミー・デンジャーよ、相当に参っているらしいな。
自嘲してホルスターに銃を収める。
倒れた女性を観察、呼吸に支障がないことを確かめてその場を去る。
朝までには麻痺も治るはず、彼女達に私がしてやれることは何もない。
今夜はもう帰ろう。
ハルケギニアの友人が眠る部屋へ。
倒れた二人を、ふたつの月が煌々と照らしていた。
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