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VII/
結局、日が傾き始めるまで、ルイズは濤羅を開放しなかった。自分が知らぬ間に濤羅が
キュルケたちと買い物に行ったのがよほど気に入らなかったらしい。その上、あのクック
ベリーパイが彼女らの助言によるものだというのだから、その怒りもひとしおだ。そして
何より、ギーシュと同様、重要な任務についているというストレスが彼女を苛んでいたの
だろう。
それがわかっているから、濤羅としても早く宿に帰るべきだとなかなか強く出られなか
った。
幸い、襲われるようなことはなかったし、こうして帰る道すがら話すルイズの表情は、
随分と明るいものになっている。ほんの一時でも彼女が任務の重圧を忘れられたならば、
それは濤羅にとって望外の喜びだ。多少の不都合はかまわない。
それに、そう悪いことばかりではない。街を歩けば、アルビオンへの港町ということも
あって、道を歩く人々が口にする噂、店を構える商人がこぼす愚痴、そんなものからでも、
いくらか情報を集められた。
高騰する商品。近頃よく現れるという海賊。悪化する治安。街を訪れ、去っていく傭兵
たち。虚無を操るという貴族派の首魁。
結局はアンリエッタ姫の手紙を返して貰うえば帰るだけの濤羅らには、重要であろうと
大して関係ない話ばかりだったが、それでも役に立つものはあった。
ルイズらが泊まる「女神の杵」からかなり離れたところに位置する――それほど格が落
ちるのだ――「金の酒樽亭」という宿というよりも酒場に近い、そんなうらびれた旅籠に
たむろしていた傭兵らが、近頃二人組みのメイジに雇われ姿を消したというのだ。
彼らは、元は王党派に組していた傭兵らしい。雇い主の敗北が決定的になった折、その
まま逃げ帰ってきたらしい。そんな彼らを、誰が雇うというのか。
そのメイジが貴族派だというのなら、いささか腑に落ちない。勝利が確実だというのな
ら、わざわざ金を払ってまで彼らを雇い入れる必要はない。裏切り者とあればなおさらだ。
だが、濤羅の脳裏には、ラ・ローシェルに来る前に襲ってきた盗賊の姿が蘇っていた。
あくまで推測でしかない。だが、都合がよすぎるのだ。密命を帯びたとはいえ、他国の
大使を襲わせるには、いつでも切り捨てられる彼らはこの上なく相応しい。
仕事を終えたばかりで懐が暖かい傭兵を雇うには、それなりの報酬を用意したはずだ。
でなければ彼らは動かない。それも、使い捨てる予定だからではないのか。そして二人が
そんな大金を用意できたのも、大きな後ろ盾があるからではないのか。
盗賊と傭兵。どちらも似たようなものだ。流石にすぐに結びつけるのは早計というもの
だが、警戒して損はない。
宿に戻ったら、ワルドに相談を――そう思ったところで、言い知れぬ悪寒を感じた濤羅
は胸元を撫で付けた。その軌跡はマカオで豪軍に斬りつけられた傷跡をなぞっていた。
「何を、馬鹿な」
ワルドが豪軍に似ている。そう思ったのは何も根拠あってのものではない。安全を思う
なら、今日得た情報は、彼と共有し対策を考えておくべきだ。
「え、何か言った?」
三歩先を行くルイズが、振り返りざま問いかける。
彼女は何も知らない。濤羅と同じ話を聞いても、裏の世界から縁遠い彼女は同じ結論に
届かない。濤羅が告げぬ限り、気付くことはない。
だから、知られてはならない。せっかく気分が軽くなったというのに、わざわざ重たい
話題を提供してどうするというのか。ましてこれはあくまで濤羅の想像でしかない。
だから、知られてはならない。濤羅がワルドに不審を抱いていることなど、その婚約者
の彼女には決して知られてはならないのだ。
「いや、何も。それよりも早く戻ろう。みんなが待っている」
だから、濤羅はただ首を振ってその内心を隠すことしかできない。震える声を押し隠す
のに必死で表情も硬いものだったが、もとより鉄面皮だったのが功を奏し、ルイズは何も
気付かない。だが、なぜだろうか。ルイズは拗ねたように目を眇めている。
「そう、そんなにあの子達のことが気になるんだ」
唇を尖らせたルイズを見て、濤羅は慌ててわずかに動揺の気配を漏らした。
「でも、確かにそうね。ワルドも怒ってるかもしれないし、急ぎましょう」
それが満更でもなかったらしい。一転して破願させると、言うなりルイズは駆け出して
いた。慌てて濤羅がそれに続く。
走りながら濤羅は思う。救いなどありはしない。罪人の自分に、そんなものは相応しく
ない。だが、それでも願う。どうか彼女から笑顔だけは奪わないでくれと。
VII/
結局、日が傾き始めるまで、ルイズは濤羅を開放しなかった。自分が知らぬ間に濤羅が
キュルケたちと買い物に行ったのがよほど気に入らなかったらしい。その上、あのクック
ベリーパイが彼女らの助言によるものだというのだから、その怒りもひとしおだ。そして
何より、ギーシュと同様、重要な任務についているというストレスが彼女を苛んでいたの
だろう。
それがわかっているから、濤羅としても早く宿に帰るべきだとなかなか強く出られなか
った。
幸い、襲われるようなことはなかったし、こうして帰る道すがら話すルイズの表情は、
随分と明るいものになっている。ほんの一時でも彼女が任務の重圧を忘れられたならば、
それは濤羅にとって望外の喜びだ。多少の不都合はかまわない。
それに、そう悪いことばかりではない。街を歩けば、アルビオンへの港町ということも
あって、道を歩く人々が口にする噂、店を構える商人がこぼす愚痴、そんなものからでも、
いくらか情報を集められた。
高騰する商品。近頃よく現れるという海賊。悪化する治安。街を訪れ、去っていく傭兵
たち。虚無を操るという貴族派の首魁。
結局はアンリエッタ姫の手紙を返して貰うえば帰るだけの濤羅らには、重要であろうと
大して関係ない話ばかりだったが、それでも役に立つものはあった。
ルイズらが泊まる「女神の杵」からかなり離れたところに位置する――それほど格が落
ちるのだ――「金の酒樽亭」という宿というよりも酒場に近い、そんなうらびれた旅籠に
たむろしていた傭兵らが、近頃二人組みのメイジに雇われ姿を消したというのだ。
彼らは、元は王党派に組していた傭兵らしい。雇い主の敗北が決定的になった折、その
まま逃げ帰ってきたらしい。そんな彼らを、誰が雇うというのか。
そのメイジが貴族派だというのなら、いささか腑に落ちない。勝利が確実だというのな
ら、わざわざ金を払ってまで彼らを雇い入れる必要はない。裏切り者とあればなおさらだ。
だが、濤羅の脳裏には、ラ・ローシェルに来る前に襲ってきた盗賊の姿が蘇っていた。
あくまで推測でしかない。だが、都合がよすぎるのだ。密命を帯びたとはいえ、他国の
大使を襲わせるには、いつでも切り捨てられる彼らはこの上なく相応しい。
仕事を終えたばかりで懐が暖かい傭兵を雇うには、それなりの報酬を用意したはずだ。
でなければ彼らは動かない。それも、使い捨てる予定だからではないのか。そして二人が
そんな大金を用意できたのも、大きな後ろ盾があるからではないのか。
盗賊と傭兵。どちらも似たようなものだ。流石にすぐに結びつけるのは早計というもの
だが、警戒して損はない。
宿に戻ったら、ワルドに相談を――そう思ったところで、言い知れぬ悪寒を感じた濤羅
は胸元を撫で付けた。その軌跡はマカオで豪軍に斬りつけられた傷跡をなぞっていた。
「何を、馬鹿な」
ワルドが豪軍に似ている。そう思ったのは何も根拠あってのものではない。安全を思う
なら、今日得た情報は、彼と共有し対策を考えておくべきだ。
「え、何か言った?」
三歩先を行くルイズが、振り返りざま問いかける。
彼女は何も知らない。濤羅と同じ話を聞いても、裏の世界から縁遠い彼女は同じ結論に
届かない。濤羅が告げぬ限り、気付くことはない。
だから、知られてはならない。せっかく気分が軽くなったというのに、わざわざ重たい
話題を提供してどうするというのか。ましてこれはあくまで濤羅の想像でしかない。
だから、知られてはならない。濤羅がワルドに不審を抱いていることなど、その婚約者
の彼女には決して知られてはならないのだ。
「いや、何も。それよりも早く戻ろう。みんなが待っている」
だから、濤羅はただ首を振ってその内心を隠すことしかできない。震える声を押し隠す
のに必死で表情も硬いものだったが、もとより鉄面皮だったのが功を奏し、ルイズは何も
気付かない。だが、なぜだろうか。ルイズは拗ねたように目を眇めている。
「そう、そんなにあの子達のことが気になるんだ」
唇を尖らせたルイズを見て、濤羅は慌ててわずかに動揺の気配を漏らした。
「でも、確かにそうね。ワルドも怒ってるかもしれないし、急ぎましょう」
それが満更でもなかったらしい。一転して破願させると、言うなりルイズは駆け出して
いた。慌てて濤羅がそれに続く。
走りながら濤羅は思う。救いなどありはしない。罪人の自分に、そんなものは相応しく
ない。だが、それでも願う。どうか彼女から笑顔だけは奪わないでくれと。
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