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「罪深い使い魔-03」(2007/11/08 (木) 16:34:28) の最新版変更点
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#navi(罪深い使い魔)
メイジ達が授業を受ける教室は、高校の教室よりもむしろテレビで見た大学の講堂に似ていた。
そこにメイジと、どう見ても悪魔としか思えない外見の生き物達がひしめき合っている。
それらを眺めつつ、達哉はルイズが座った席の隣に腰を下ろした。
「ここはね、メイジの席。使い魔は座っちゃダメ」
「…………」
すでに文句はない。今さら文句などつけようはずもない。
出会って間もないが、もう達哉の中でルイズの評価は限りなく最低に近い。
それほど食べ物の恨みは大きかった。
ガタッ
達哉は無言で立ち上がると、つかつかと教室の奥へと向かい、壁にもたれかかった。
教室から出て行こうかとも思ったが、それよりも魔法使いが受ける授業に対する好奇心が上回った結果だ。
そんな達哉を生徒たちが好奇の目で見てくるが、当人は気にしない。
そういう人間は『向こう側』にもいた。無視するのは慣れている。
しばらく待っていると、教室の中に教師と思われるふくよかな体型の女性が入って来た。
「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に
様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
ルイズがピクリ、と震える。
シュヴルーズは教室の奥にいる達哉を見て「おや?」と首を傾けるが、すぐに理解が及ぶ。
「聞き及んでいますよ、ミス・ヴァリエール。随分と変わった使い魔を召喚したものですね」
その言葉で、教室中が笑いの渦に包まれた。
「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れて来るなよ!」
「違うわ! きちんと召喚したもの! こいつが来ちゃっただけよ!」
「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう!」
騒ぐ声はどんどん大きくなる。
こんなところはどこも一緒だな、と達哉は呆れた。
「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! かぜっぴきのマリコルヌが私を侮辱したわ!」
「かぜっぴきだと? 俺は風上のマリコルヌだ! 風邪なんか引いてないぞ!」
「あんたのガラガラ声は、まるで風邪でも引いてるみたいなのよ!」
マリコルヌとルイズが立ち上がり、睨み合う。場は一触即発の様相を呈していた。
達哉はシュヴルーズという教師がこの事態をどう収めるのか眺めていると、
なんとシュヴルーズは手に持っていた、小さな木の枝ほどの大きさの棒を振っただけで二人の体を席に下ろしてしまった。
今のが魔法か?
達哉は自分の知らない『魔法』に思わず目を見張る。
「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はおやめなさい」
達哉の嫌いな、教師の威厳をたっぷりと含んだ口調でシュヴルーズは言った。
「では、授業を始めますよ」
『赤土』のシュヴルーズが語る魔法の内容はどれも興味深いものだった。
「『錬金』か……」
達哉はシュヴルーズが『錬金』の魔法で、小石から真鍮を作り出した様を見て感心した。
シュヴルーズはできないと言っていたが、この世界では文字通りの『錬金術』が存在するらしい。
『土』の魔法と言っても、達哉は土塊や岩石をぶつける程度しか知らなかったが、
この世界ではもっと幅広い運用がなされているようだ。
魔法の四大系統、『火』『水』『土』『風』。
達哉の知識では、属性と言えば他にも『氷結』『雷撃』『神聖』『暗黒』など多岐にわたるが、
これらは四大系統の中に組み込まれているか、四大に比べてマイナーか力が弱いか、そもそも存在しないか。
あるいは失われたという『虚無』に属しているという可能性も考えられる。
この世界の属性を把握した達哉は、次に自分の『力』について考えた。
昨夜ルイズに話さなかった、自分の力。
言えば異世界から来た証明になるかもしれなかったが、逆にややこしい事態を招く可能性もあり言えなかった『仮面』の力。
……この世界の基準でいうなら、今の俺は『火』の系統に属していることになるな。
『付け替え』ができれば話は変わってくるのだが、残念ながら他のは
『向こう側』へ渡る際にすべて失ってしまったため、それもできない。
そのため今『呼び出す』ことができるのは、あの戦いで最後まで『降魔』していた一体のみ。
そして、そいつは所謂『火』系統の魔法しか使えない。
しかし……このことをルイズに明かすべきだろうか?
これだけ魔法が普及しているのだから、自分の能力も少し変わった魔法程度のものとして受け入れられるかもしれない。
ルイズも自分を見直し、多少は待遇を改善してくれるかもしれない。
だが、もし受け入れられなかったら?
それを思うと、まだ大っぴらに自分の力を晒す気にはなれなかった。
「……ん?」
思考に没頭していた達哉がふと周りを見ると、なぜか生徒たちが机や椅子の下に潜り込んでいる。
「なんだ?」
なにか不穏な空気を感じた達哉はルイズを見て、
次に瞬間には、その手に持った棒が小石に振り下ろされる様を目撃した。
……なるほど、それで『ゼロ』のルイズか。
小石の『錬金』に失敗し、まるで『メギド』のような爆発を起こしたルイズに向かって浴びせられる
「魔法の成功率ほとんどゼロ」という罵声を聞きながら、
どうやら自分がとんでもないご主人様に仕えてしまったらしいことを達哉は悟った。
そして、そんな達哉を見つめる人物が一人。
「…………」
「あら、どうしたのタバサ?」
この授業に出席し、近くにいた男を使って爆発を回避していたキュルケは、彼女の友人があらぬ方向を見ていることに気づいた。
なぜか教室の後方――あのヴァリエールが呼び出した使い魔を見ている。
使い魔は自分の服をはたいて土ぼこりを落としているが、先の爆発にも関わらず怪我らしい怪我はしていない。
上手く物陰に隠れたのだろう。
「…………」
キュルケの問いに、タバサと呼ばれた少女は何も答えない。
ただぽつりと、キュルケにも聞こえないくらい小さな声で、呟いた。
「光った」
授業は中断され、達哉はルイズの失敗魔法で散らかった教室を黙々と掃除していた。
「さっさと片付けなさいよ!」
達哉の記憶が確かなら、片づけを命じられたのはルイズのはずだ。
それがなぜ机に腰掛けてふんぞり返っているのか。
このことについてルイズに聞いてみると、
「私の不始末はあんたの不始末。あんたが後始末するのは当然でしょ」
「…………」
元々我慢強い方ではない達哉の不満は当然大きい。
それでも、現状ルイズという『保護者』を失えば自分が路頭に迷い、
結果『向こう側』に帰る方法を探すのが難しくなってしまうことを予想し、黙って従っている。
ただ少しだけ、この世界を守るために帰ろうとしてるのにこの扱いは理不尽じゃないか、とは思っていた。
「……わかったでしょ」
表面上大人しく掃除している達哉にルイズの声がかかる。
達哉は無視してやろうかとも思ったが、これ以上機嫌を損ねると何が起こるかわからないので一応相槌を打つ。
「なんのことだ?」
「なんで私が『ゼロ』って呼ばれてるのかよ」
「……ああ」
「どうせあんたも心の中じゃ笑ってるんでしょ。散々偉そうにしておいて、魔法もロクに使えないのかって」
……そういうことか。
何かと思えばバカらしい。
それが達哉の素直な気持ちだった。
「失敗したなら練習すればいい。笑う連中なんて無視すればいいだろ」
「簡単に言わないでよ!」
半ば予想していたことだが、ルイズはやはり怒り出した。
「練習なんてもうずっと繰り返してきたわよ! 何度も、何度も、精神力が切れて気絶するまで!
それでもどうにもならないのよ! 由緒正しきヴァリエール家の生まれなのに、全然成功しないのよ! 私は自分が情けないわ!」
「『サモン・サーヴァント』とかいうやつは成功しただろ」
達哉としてはむしろ失敗して欲しかったが、そこは口に出さない。
「あんたなんか成功なんて言えないわよ! ていうかなんであんたが出てくるのよ!?」
「知るか」
「この――」
「心配しなくても」
達哉はルイズの言葉を遮る。
「ここにずっと留まるつもりはない。方法がわかればすぐに『向こう側』へ帰ってやるさ。
俺だって好きでここにいるわけじゃないし、お前が俺を必要としていないのも、わかってる」
そう言って達哉は再び掃除に戻っていった。
これ以上話すことはない。話しても、お互い苛立ちが募るだけだ。
おそらくこの後ルイズの怒声が飛んでくるだろうが、達哉はそれをすべて無視することに決めた。
しかし――
「…………?」
いつまで経ってもルイズの声が聞こえてこない。
不審に思った達哉はルイズの方を見て……後悔した。
「グス……」
ルイズは……目いっぱいに涙を溜めて震えていた。
達哉はここでようやく、自分が失態を犯したことに気づいた。
……これは、俺がなんとかしなきゃいけないのか?
俺は、何も悪いことはしてないのに。
いや、罪は犯したけど、でもそれとこれは無関係だ。
……っ
「……ルイズ」
「……なによ」
「俺は……バカにはしてない」
「見え透いた嘘つかないで」
「本当だ」
「気遣いは無用よ。私は……ヒック……全然気になんてしてないんだから」
「お前がどう思おうが勝手だが、俺は嘘は言ってない。魔法が失敗続きだからってバカになんてするか」
「…………」
「さっき自分で言っただろ、何度も練習したって。俺は理想を追い求める人間を決してバカにはしない」
「…………」
「ゼロなんてあだ名も気にするな。俺も以前あだ名で笑われたことがあるが別に気になんてしてない」
「…………」
「……ルイズ?」
見ると、ルイズは俯いてしまっていた。
ダメだったか、と達哉はこれから来るであろうルイズの泣き声に備え身構えた。
しかし達哉の予想はまたも裏切られる。
「……あんたのあだ名って、なに?」
「…………」
よりによってそこに反応するか……!
「教えなさいよ、使い魔」
「……断る」
「命令よ、あんたのあだ名を今すぐ教えなさい」
「嫌だ」
「教えなさいよ! これからあんたのこと、ずっとそう呼んでやるんだから!!」
「…………!」
それからしばらくの間、教室で何事かを言い争う声が響いていたと何人かの生徒が証言する。
その声がやがて、甲高い女性の笑い声に取って代わられたということも。
「…………」
教室で笑い転げるルイズを無視して掃除を続ける達哉は、
やはり使い魔なんてやるものじゃないな、と苦渋に満ちた表情で呟いた。
#navi(罪深い使い魔)
#navi(罪深い使い魔)
最初に目にしたのは、見慣れない天井だった。
ここはどこだと疑問に思う前に、自分が異世界に来たことを思い出して達哉は憂鬱になる。
しかし『向こう側』で迎える朝も、やはり憂鬱なものだったに違いない。
そう思いながら寝返りをうつと、視界の端に昨夜ルイズが投げた下着がちょこんと置かれていた。
「洗濯か……」
面倒だが、使い魔の仕事を引き受けた以上サボるわけにもいかない。
達哉は暖かい毛布の感触に別れを告げて渋々起床した。
床で寝ていたせいで体中が痛かったが、軽くストレッチをするとそれも和らぐ。
下着を手に掴み、さっさと済ませようと部屋を出たところで大事なことに気づいた。
どこで洗うんだ?
当然達哉はこの学院の地理など知らない。
達哉は「ルイズを起こして聞いてみるか」と一瞬考え、すぐにその案を捨てた。
まだ朝は早い。そんなことをして下手に怒りを買うと後が面倒だ。
……まあ、適当に歩いていればその内見つかるか。
達哉は学院の探検がてら、洗濯場を探すことにした。
洗濯場があるとすれば一階か、外だろう。
そう当たりをつけて達哉は階段を降り、一階を適当にぶらついた。
日本の建物とは趣を異にする、どこか歴史を感じさせる装いの廊下を歩いていると、
イメージの中にある中世のヨーロッパ、そのどこかにある城か何かを散策しているような気分になる。
不謹慎だと思いつつも、達哉は少しだけ気分が高揚していた。
こうして知らない建物を歩いていると、仲間たちと冒険していた時のことを思い出すからだ。
もしここが悪魔の巣窟だったらどうするか?
例えば、そこの角から悪魔が……
「っ!?」
「きゃ!?」
いきなり角から現れた人影に、達哉は思わず身構えてしまう。
それを見て驚いたのか、人影から妙に可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。
見ると、それはメイド服に身を包んだ若い女性だった。
「あ、あの……どちら様ですか?」
女性は明らかな不審の眼差しで達哉を見つめている。達哉は自分の行動を恥じた。
「……別に怪しい者じゃない。ルイズというメイジに召喚された使い魔だ」
これで通じるかはわからなかったが、とりあえず達哉は正直に身分を明かした。
しかしそれに対する女性の反応は少々意外なものだった。
「あ、あなたが噂の」
噂、という単語に一瞬ギクリとするが、すぐに思い直す。すでに終わったことだ。
「噂?」
「はい。なんでも昨日貴族の方が平民を使い魔として呼び出してしまったとか」
「そうか……」
どうやら自分とルイズのことは、この学院ではちょっとしたゴシップになっているらしい。
それが悪い方向に働かなければいいが。
「あの……いきなり使い魔だなんて大変だと思いますけど、頑張ってくださいね。同じ平民として、私応援してますから」
「君は貴族じゃないのか?」
「ええ」
言われてみれば当然だった。貴族がメイド服なんて着るはずがない。
「私はシエスタと言います。貴族の方々をお世話するために、ここでご奉公させていただいてます」
「俺は周防達哉。達哉でいい。知っての通り、ここには使い魔としてしばらく世話になる」
「はい、よろしくお願いします」
にっこりと、自然な笑顔を見せるシエスタ。
こちらに来てから『あの』ルイズばかり相手にしていた達哉には、それが妙に眩しく見える。
「それでタツヤさん。今日はこんな朝早くからどちらに?」
言われて当初の目的を忘れていたことに気がついた達哉は、シエスタに懐に持っていた下着を見せた。
大の男が女物の下着を取り出す様はどう見ても不審者のそれだが、仕事と割り切っている達哉は気にしない。
達哉には少々天然の気があった。
「……この通り洗濯を命じられた。だが洗濯場がわからないんで、散歩しながら探していたところだ。
もしよかったら洗濯場を教えてくれないか?」
「え? ああ、それでしたら私がやっておきます」
いきなり出てきた下着に多少驚きながらも、事情を察したシエスタはそう申し出る。
達哉にとってもそれはありがたい話だったが……
「……いや、人任せにするとあとでルイズが怒るかもしれない。自分でやるよ」
「あ、そうですね。すみません、気がつかなくて……」
「謝るようなことじゃない。その気持ちには感謝している」
そう言って笑う達哉の顔は、シエスタには印象的だった。
歳は自分とそう変わらないように見えるのに、妙に大人びて見える。
おまけに顔の作りもいいので、シエスタは思わず見入ってしまった。
「…………」
急に固まってしまったシエスタを見て達哉は後悔した。
先ほどは驚かせてしまったので、せめて笑顔のひとつでもと思ったのだが、どうやら失敗したらしい。
思えば、意識して誰かに笑いかけるなんてほとんどしたことがない。
笑ったつもりが変な顔になって、怖がらせてしまったのかもしれない。
しかし、このままというわけにもいかない。
シエスタには悪いことをしたが、とにかく洗濯場は教えてもらわなければ。
「……シエスタ?」
「は、はい!?」
「その、そろそろ洗濯場の場所を教えて欲しいんだが……」
「あ、はい! こちらです!」
そう言って回れ右して歩き出すシエスタのギクシャクした動きを見て、
達哉は自分の予想が当たったことを悟り嘆息した。
その後洗濯場まで案内してもらった達哉は、なぜか快く手伝ってくれたシエスタの助けもあって
すぐに洗濯を終わらせることができた。
そしてワンモアチャンスとばかりにシエスタに笑顔で礼を言ったら今度は逃げられてしまい、残された達哉は
「『セブンス一イケてる男』なんて肩書きも、異世界じゃ役に立たないか……」
と、一人寂しそうに呟いていたとか。
「誰よあんた!」
いきなりのとんだご挨拶に顔をしかめることもなく、達哉は目覚めた主人に対してただ短く「使い魔だ」と答えた。
「ああ、使い魔ね。そうね、昨日、召喚したんだっけ」
あくび混じりにそう呟くルイズはすぐに使い魔に命令を下す。
「服」
「…………」
達哉は椅子にかかっていた制服を手渡す。
「下着」
「……下着もか」
「そこのー、クローゼットのー、一番下の引き出しに入ってる」
「…………」
引き出しの中から適当に下着を掴み取るとそれをルイズに向かって放る。
「服」
「まだ他にあるのか?」
「着せて」
「…………」
お前は王様か、とツッコミそうになったところで、ルイズが貴族だということを達哉は思い出す。
なるほど、これが貴族か。
諦観の混じった感想を抱きながら達哉はルイズの言うがままに着替えを手伝った。
少しはシエスタを見習え。
ルイズの着替えが終わると、二人は部屋を出て食堂へ向かう。
するとルイズの部屋のすぐ近くのドアが開き、中からこの学院の生徒とおぼしき制服姿の女性が現れた。
炎のように真っ赤な髪に彫りの深い顔、ルイズとは違いモデルのような体型と、豊満な女性らしいバストを
胸元の開いたブラウスで強調する美女。
「おはよう。ルイズ」
「……おはよう。キュルケ」
出てきた女性とルイズが挨拶をする。女性はにこやかに、ルイズは嫌そうに。
達哉はなぜか二人の間に火花が散ったような気がした。
「あなたの使い魔って、それ?」
キュルケと呼ばれた女性が嘲るような口調で達哉を指差す。
「そうよ」
「あっはっは! ほんとに人間なのね! すごいじゃない!
『サモン・サーヴァント』で、平民呼んじゃうなんて、あなたらしいわ。さすがは『ゼロ』のルイズ」
「うるさいわね!」
「…………」
これだけあからさまにされれば達哉にもわかる。二人は仲が悪く、そして自分はバカにされているのだ、と。
この手の輩は無視するのが一番だと知っている達哉は、口を挟むことなく二人のやり取りを見守る。
「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で呪文成功よ」
「あっそ」
「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよね。フレイム!」
キュルケの呼び声に応え、何者かがキュルケの部屋からのっそりと現れる。
「……っ!?」
それは真っ赤で、巨大なトカゲだった。しかし普通のトカゲと違って尻尾が炎に包まれている。
見ると、口からも小さく火が出ていた。
達哉はそれを悪魔かと思ったが、よく見ると雰囲気はまったく違う。
信じがたいが、これはこういう生き物なのだろう。
「これって、サラマンダー?」
「そうよ! 火トカゲよ! 見てよ、この尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、
間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? ブランドものよー。好事家に見せたら値段なんかつかないわよ!」
「そりゃよかったわね」
「素敵でしょ。あたしの属性ぴったり」
「あんた『火』属性だもんね」
「ええ。『微熱』のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。
あなたと違ってね?」
キュルケが得意気に胸を張る。ルイズも負けじと胸を張り返しているが、残念ながら勝負にすらなっていない。
達哉はその様に二人の力関係を見た気がした。
「あんたみたいにいちいち色気振りまくほど、暇じゃないだけよ」
そう言ってキュルケを睨むルイズだが、そんな態度で言っても単なる負け惜しみにしか聞こえない。
しかしそれを指摘するのは誰のためにもならないので、達哉も口を挟まない。
一方、キュルケはそんなルイズの様子を見て満足したのか、興味の対象をルイズからその使い魔へと移した。
「あなた、お名前は?」
「……周防達哉」
本日二度目になる自己紹介。しかし相手の反応は一度目とは雲泥の差だった。
「スオウタツヤ? ヘンな名前」
「…………」
こちらは名乗ったのに向こうからは名乗る気配さえない。
もっとも、初めから期待などしていなかったが。
「でも顔が良いのが救いよね。ねえあなた、もし良かったら私のペットになってみない?
使い魔はもう間に合ってるからいらないけど、ペットにならしてあげても良くってよ」
キュルケは腕を組んで自慢のバストを強調する。さあ、食らいついてこいと言わんばかりに。
「…………」
無視。
どちらかと言えば達哉は大人の女性の方が好みだが、単に色気を振りまくだけの女に興味はない。
ついでに言えば見下されているのも気に入らない。
そんな達哉を押しのけ、ルイズが騒ぎ立てる。
「人の使い魔に色目使ってんじゃないわよ!」
「あら怖い。それじゃあ、お先に失礼」
そう言うと、炎のような赤髪をさっとかきあげ、キュルケは去っていった。
サラマンダーがその後を追う。
「くやしー! なんなのあの女! 自分が火竜山脈のサラマンダーを召喚したからって! ああもう!」
心の中では負けを認めたらしいルイズは悔しさからか、拳を握り締めて怒声を吐き出している。
そんなルイズを尻目に達哉はようやく得心がいった。
「本来はああいうのが呼び出されるわけか」
自分のような人間ではなく、今のサラマンダーのような生き物が。
「ええそうよ! それにメイジの実力を測るには使い魔を見ろって言われているぐらいだわ!
なんであのバカ女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ!」
「…………」
自分を呼び出したルイズが不機嫌になった理由はわかった。
しかし勝手に呼び出しておいて勝手に機嫌を損ねられても達哉は面白くない。率直に言えば不愉快だ。
こっちはそのせいで大変なことになっているというのに……
「……ところで、あの女が言っていた『ゼロ』や『微熱』というのはなんだ?」
「ただのあだ名よ」
あだ名、か。
以前自分のあだ名で笑われたことのある達哉は少しだけ苦い気持ちになる。
しかし、『微熱』はともかく『ゼロ』はどういう意味だ?
聞きたくても、もううかつに話しかけられる空気ではなかったため、その疑問は口にしない。
達哉は再び食堂に向かって歩き始めたルイズの後を無言でついて行った。
そうして向かったトリステイン魔法学院の食堂はなるほど、貴族の食堂らしい豪華な造りになっていた。
達哉達が到着した時にはすでに席の半分以上が埋まっており、中は生徒達の談笑で賑わっていた。
「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ」
隣でルイズが得意気に説明している。
「メイジはほぼ全員が貴族なの。『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーの下、
貴族たるべき教育を、存分に受けるのよ。だから食堂も、貴族の食卓にふさわしいものでなければならないのよ」
「…………」
「わかった? ホントならあんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」
チンチン
返事代わりにライターを鳴らす。ルイズはそんな達哉の態度が気に入らないのか、また不機嫌な顔に戻った。
「ほら、さっさと椅子を引いてちょうだい。気の利かない使い魔ね」
椅子を引いてルイズを椅子に座らせ、自分もその隣に座る。
衣食住の面倒を見るとは言っていたものの、どこまで信用して良いかわからなかった達哉は
ルイズを少しだけ見直した。
しかし、ルイズに肩を叩かれてその評価も再び地に落ちることとなる。
ルイズは達哉に床を指し示す。
そこには皿に乗った黒いパンと、具のほとんど入ってないスープが置かれていた。
「あのね? ホントは使い魔は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、床」
「…………」
食事をもらえるのはありがたいが、これでは良い見世物だ。
実際すでに何人かの生徒がこちらを見てクスクスと笑っている。
「…………」
達哉はほとんど具のないスープをさっさと飲み干し、
パンを手にとって食堂を後にした。
達哉は食堂の出入り口の壁にもたれかかりながら、黒パンを口にする。
固く、お世辞にも美味しいとはいえないが、なんとか食べることはできる。
「あの……」
「…………」
見ると、そこには悲しげに顔を歪ませたシエスタがいた。
「こんなのって、酷いですよね……」
シエスタは事の一部始終を見ていたらしい。
どうやら先ほどの件は気にしていないらしいことに安心すると共に、
達哉は今しがた浮かんだ疑問について聞いておくことにする。
「ここではあれが平民の一般的な食事なのか?」
「そんなことありません。たしかに貴族の方々に比べたら質素なものですが、もう少しちゃんとした……」
「……そうか。だがシエスタが気にすることじゃない」
それにもう十分だ。
シエスタが自分のことのように憤ってくれた。
それだけで十分だった。
そんなことを考えていると、シエスタは何か思いついたようにぽん、と手を合わせ、
達哉に目を向けた。
「あの、よかったら、厨房でまかないを食べていきませんか? みなさん気の良い人たちばかりですし、
一人分くらいはすぐに用意できますよ」
「……いいのか?」
「はい!」
まさに渡りに船だった。実際あの程度の量ではぜんぜん足りない。
元の世界では達哉は、食べ盛りの高校生だったのだから。
しかしその申し出を受ける前に、達哉は何者かに脇を小突かれる。
見ると、彼のご主人様がふんぞり返ってこちらを見上げていた。
「授業に行くわよ。着いてきなさい」
……もう少しのんびり食ってろ。
さっさと歩き出す主人の背中を、仕方なく追いかける達哉。
ただその前にシエスタの方を見る。
「……昼に寄らせてもらって良いか?」
シエスタはにこやかに頷いて仕事に戻る。
それを見届けた後、少し先で達哉を待っていたルイズに合流した。
「何時の間に使用人と仲良くなったの?」
「…………」
黙殺。
この沈黙には先ほどの仕打ちに対する返礼も含まれているのだが、ルイズは気づかない。
「ふん。平民は平民同士の方が気が合うのかしらね」
そうかもしれない、と達哉はルイズを見下ろしながら思った。
少なくとも現時点で、この少女と仲良くなれる気はまったくしなかった。
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