「ゼロのトランスフォーマー9」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「ゼロのトランスフォーマー9」(2007/11/05 (月) 02:02:01) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
「あれ、タバサは?」
夏の季節も近づき、そろそろマントも薄生地夏用に衣替えする生徒達も増えた今日この頃。
うにゅぅと背伸びしながら、教室の席に腰を下ろしたルイズは、これから始まる1時間目の授業の準備をしつつ、
のそのそと教室に入室して来た、さも眠たそうに欠伸をするキュルケに問いた。
この微熱女、いつもあの無口っ子と一緒にいるのに、と思いながら。
「ま、あの子にとって授業が退屈なのは何時もの事だけどね」
微妙に遠まわしな返答ではあったが、タバサがいない理由は凡そ見当が付いた。
またサボったのである。年はルイズと同年代、容姿の方もルイズよりも幼児体系なタバサだが、
そこに秘めた魔法力は大した物で、すでにトライアングルクラスに昇格しており、
魔法学院の2年生の授業内容なぞ殆ど把握しているのだろう。
授業中も常に本を開いてる彼女にとって、講義をする教師の声は読書の妨げでしか無いのが窺い知れる。
しかしサボるにしても、その間タバサは何処にいるのだろうか。図書室で過ごしている事もあるそうだが、
使い魔の風竜に乗って学院から外出し、翌朝に何時の間にか帰ってきている目撃例もあるらしい。
一体何をやっているのだろう? 元から雰囲気からしてミステリアスな同級生ではあったが、
そもそもフルネームすら聞いた事が無い。噂によるとシュヴァリエの爵位をも得てるとか得てないとか…。
「ミス・ヴァリエール」
「へ? あ、はいっ」
暫し机に両肘を置き軽く頭を俯かせながらそんなタバサ考証をしていたルイズであったが、授業は始まっていた。
シュヴルーズに名指しで呼ばれ、はっと教壇を見る。そして、魔法の実演をするようにと手招きで呼ばれた。
はえ? と想定外の指名にきょとんとなるルイズ。
その瞬間、罵倒、ブーイング、批難、継いであらゆる文句が、ルイズ…でなく、シュヴルーズに浴びせられた。
以前もこれと似たような事があった。キュルケ達が止めたのにも関わらず、錬金の魔法をルイズに実演させ、
その結果はご存知のように、彼女がゼロと呼ばれたる所以をシュヴルーズに身をもって知らしめた。
魔法実演での生徒の失態はそれをやらせた教師の責任も大きい。
以前のケースだと教室を半壊させてしまったが、新赴任の教師だった故にルイズの事を知らなかった、
とシュヴルーズはそこまで責任を取られはしなかったが、今回は違う。
「ミセス・シュヴルーズ、貴方はまた同じ過ちを繰り返そうとしてるのですよ!?」
「ミス・ツェルプストー! 教師に向かって過ちとはなんですか!
さぁ、ミス・ヴァリエール、いつまでも明後日の方向を向いてないで、早く降りてらっしゃい」
シュヴルーズ自身、例の一件でルイズの事を魔法劣等生なのだと理解はした筈だが、彼女にはある考えがあった。
しかしさすがにプライドの高いルイズであっても、よもや爆風を浴びせてしまったシュヴルーズから
再び実演を要求されるとは思いもしなかったのだが、呼ばれたからにはしょうがない、としぶしぶ席を離れる。
ルイズが教壇に立った途端、他の生徒達は、火の炎盾、水の防御幕、風の鸚鵡返し壁、土の簡易防空壕、
その他十人十色、とさながら得意魔法披露宴の如く各々防御体勢に入り、そうでない者は急ぎ机に身を隠した。
わざわざそんな面倒な事をせずとも、教室から一端退散でもした方が手っ取り早くていいものだが、
ルイズの爆発に自身の防御魔法がどこまで耐えられるか耐久実験(あくまで爆発前提)及び、
今回は如何なる失敗をしでかすのか、と怖いモノ見たさが彼等をここに留まらせているのだろう。
「それでミセス・シュヴルーズ、何をすれば?」
特にクラスメイト達の行動に気を咎めるでも無く、ややヤケクソ気味にすっと杖を取り出すルイズ。
シュヴルーズは教壇の上にある1枚の羊皮紙を指差し、実演内容を説明した。
紙というのは当然ながら、一箇所だけ摘んで持ち上げると、重力に引き寄せられだらんと下に垂れてしまう。
しかし硬質の魔法を紙に掛ければ、羊皮紙は重力に従わず、まるで木の板の様に持ち上げる事ができる。
さらに、硬質の魔法を微調節し、そこに物質保存等にも使用する「固定化」のスペルも組み合わせて応用すれば、
「見た目やしなやかさは普通だが、ちょっとやそっとでは破れたり、燃えたり湿気たりもしない最上質の紙」を
作り出すこともできるのだ。それを実演せよとの事だが、
これは土系統者トライアングルメイジのシュヴルーズがなせる高度な術であり、
もしルイズがそんな紙を作り上げる事を成し遂げれたならば、ルイズは土系統魔法を巧に扱える証となる。
しかし、空を自在に飛ぶスタースクリームを召喚したルイズは、周りからは風系統者であろうと評されていた
(ラプター形態のスタースクリームは一時銀色のグリフォンと称されていた程である)。
そんな彼女に、何故シュヴルーズは上級土系統魔法の実演をさせようとしているのだろうか、
と防御魔法を張り巡らせつつも、生徒達はそろって疑問を浮かべた。まさかラインクラスでもあるまいし。
シュヴルーズの考えはこうだった。
以前ルイズはスタースクリームに、お仕置きとしてなのか、只の箒を彼の体に突き刺し込んだ事があった。
これによって、スタースクリームは散々苦しめられ、その後より一層ルイズに頭が上がらなくなった節がある。
シュヴルーズはその光景を目の当たりにしていたのだが、ルーンの作用で使い魔を制御した様には見えず、
後になって彼女は、これをルイズが箒に強力な硬質の魔法をかけた結果なのだと勝手に結論付けたのだ。
御覧なさい、この秘められた強力な「硬質」の魔法の程を! ミス・ヴァリエールも成長したのです!
と、生徒達の教育に熱心なシュヴルーズは、ゼロと貶される1人の女生徒の身を立ててあげようとしたのだが…
やっぱりルイズはルイズだった。
冷静に考えれば、そんな高度な「硬質」魔法が成功するならば、以前の「錬金」の実演で失敗する筈が無い。
最早定番、派手に爆発を巻き起こし教室を半壊させ、体中煤だらけになるルイズ。
すとんとその場に座り込み、くひゅんと鼻に侵入した羊皮紙の塵屑をくしゃみで排除し、
爆風により例によって破れたブラウスやスカートを目にし、また新調しなくちゃ、とぐすんと落ち込んだ。
頃合を見計り、防御魔法を解除した生徒達の冷たい視線は無論ルイズではなく、
当然の結果を招いたシュヴルーズに向けられた。しかし彼女は目を回して気絶中。
皆はやれやれと呆れながら塵や破片を机から払いのけたりして各人掃除を始めた。
そこにギトーが登場。あのミス・ヴァリエールが魔法実演すると耳に入り、嫌な予感がして来て見ればこの通り。
ギトーはシュヴルーズの元に駆け寄り、治癒魔法を扱えるモンモランシーを呼び、シュヴルーズを介抱させた。
「ミセス・シュヴルーズ! ミス・ヴァリエールに関しては、特に注意しなさいとあれ程警告しておいたのに…」
「ううううう」
下手すれば何れ減給処分にされてしまいますぞ、とさらに付加えるギトー。
そんな光景を見ながら、キュルケは杖でそれまで自身に纏わせていた火炎幕を消滅させ、
これから後片付けに呼び出されるであろうルイズの使い魔、スタースクリームの事を不憫に思うのだった。
その頃魔法学院敷地内の、2つの塔に挟まれひっそりと建てられた小屋にて。
魔法が主要されているハルケギニアにおいて、物の発明の素晴らしさはあまり理解されていない。
この掘っ立て小屋の主コルベールは、メイジでありながらも科学と発明を愛する、言わば変わり者であった。
部屋に明かりを灯すのも、暖炉に火をつけるのも、その他大概の事は全て魔法で解決できるのも関わらず、
コルベールはわざわざ魔法不使用の別の方法で、結果的には遠回りな過程を辿るのが周りから不思議がられていた。
『よう、今日は錆止め頼む』
「やぁいらっしゃい。すぐ準備するから、そこに座って待っててくれたまえ」
そんなコルベールに、あまり大きくない小屋の出入り口を潜って挨拶をするのはスタースクリーム。
時よりふらっとここに足を運び、コルベールにメンテナンスしてもらうのが彼の習慣となっていた。
メンテナンスと言っても、摩擦損傷や鋼鉄の体への錆の浸食を防ぐ為の油差等、極々最低限の処置だけであるが。
指示通り、木箱に金属の腰を下ろしたスタースクリームは、横にある台の上に右腕を膝を付くように置き、
徐に自身の右腕の外部装甲を左手で取り外した。すると、彼の右腕内部の精密機構が露出する。
続いて、同じ要領で左腕の装甲を外す。両腕共に、火器類がぎっしり凝縮されているのが見て判る。
彼にはガトリング砲やナルビームといった銃火器が装備されており、戦闘時以外はこうして、
体内に隠すように収納されている。いざと言う際は、腕から一瞬で砲の発射口が表に曝け出される仕組みだ。
自身に装着されている火器弾丸の残数を調べてみると、左腕装備の4mmガトリング砲の弾が残り470発
(本来なら20mm砲なのだが、召喚時にサーヴァントの影響なのかF-22の機体もろとも縮小されてしまった)、
さらに右腕装着のナルビーム用の残エネルギーは、ビームを撃ちっ放しするとして、凡そ32秒で底を突く。
ちなみに‘ナルビーム’とは、機械の動きを麻痺させる特殊光線で、例えば大型エンジンや発電所主動力源等を
意図的に制御する事が出来、これは嘗て他の機械生命体を敵としたスターにとって、最強にして最大の誇り…
だったのだが、精密機械の存在しないここハルケギニアでは然程使い道が無いのが現状である。
また、まだこの世界に召喚されて以来未使用だが、ガトリング砲と並ぶように格納された誘導ミサイル
(所謂サイドワインダーミサイルでこれもまた縮小済)が、切り札として14発温存されている。
正直言って、かなり頼りない弾数である。ガトリングなど、約20秒の撃ちっ放しで忽ち薬室は空になってしまう。
以前もしやと思い、ガトリングの弾丸をコルベールに見せ、これを複製量産できるかと訪ねた所、
多少期待はしていたのだが答えは残念ながらノーと返ってきた。
この世界にも一応マスケット銃など、戦いの術の1つとして拳銃もあり、弾丸作りも個人でやろうと思えば、
決して不可能でも無いらしいが、如何せんここハルケギニアは魔法や剣術が戦いの主要。鍛冶屋での、
弾薬生産技術が然程発展して無い上、銃としては種子島程では無いにせよ比較的原始的なマスケット銃の弾丸と、
F-22ラプター装備の高精度ガトリングの弾丸とでは、技術的にも圧倒的な違いが生じている。
つまる処、一寸の狂いも無い4mmの薬莢を多数複製するのは、現段階では錬金を使ったとしても困難なのだ。
高精度機関砲故、薬莢の寸法を1mm誤っただけでも、撃った際に暴発してしまう可能性もあった。
仮に丹念に作り1発や2発は複製できたとしても、それで限界。ガトリングでなく只の単発銃に成下がる。
逆に、弾薬や火薬等ならば錬金の魔法でも使えば入手は安易ではある。薬莢が唯一にして最大の問題だった。
そこで俺に良い考えがある。なんなら弾丸ぐらい自分で手作りするか?
材料ならわりかし簡単に用意できるそうだし、薬莢さえ作れれば。とスタースクリームは一瞬閃いたのだが…
ハンドメイド弾丸完成、ガトリングに装弾、さぁ喰らいやがれと勇んで撃とうとしたが見事に手元で爆発、
ガトリング砲その物が御釈迦になってしまった上、最後にルイズから「この愚か者ー!!」と折檻…。
てな場景がふと脳裏を過ぎった為、即座に断念した。
やはり弾丸の補給は今の所叶わぬ願いなのだろう。ナルビーム用の錬金不能な特殊エネルギーも同様である
(後にコルベールは、サイドワインダーに代わる新たな誘導型兵器を開発する事になるが、それはまだ先の話)。
だからこそ、弾丸節約を考慮して剣を購入してもらったのに、その剣は今日も今日とて飽きもせず学院内を
うろちょろしている有様で、噂によると厨房のシエスタとか言うメイドと仲良くやってるらしい。
何考えてんだあの馬鹿は? そもそも奴は何故に錆びた大剣なんかに擬態してたんだ? 前の体はどうした?
ってかそこまでデルフリンガーって偽名に拘る理由はなんなんだ? それに、奴の本来の‘主’は――
「遅れてすまない、油の残りがなかなか見つからなくてね。さて、始めようか」
と、弾丸の悩みから少々脱線してた所に、準備を終えたコルベールが心成しか嬉しそうにスターに近寄った。
彼の手に握られているのは、細長い木棒の先端に布を巻きつけ、それに植物性潤滑油を染み込ませた物で、
これならば、例えば戦闘時以外は右腕二の腕部分に収納されている、
ナルビーム発射砲の射出補助シリンダー等の、細かい部分にも油を差す事が可能だ。
脱脂綿に油を染み込ませそれをピンセットで差す方法もあるが、何度か試す内に前者のほうがやり易い事が判った。
しかし、わざわざ油なぞ塗らなくても、例えば固定化の魔法でも使えば、そうそう錆付いたりする事は無い。
が、スタースクリームはそれを拒んだ。正直、魔法と言うのは彼にとって未だ得体の知れない存在で、
今一信用ならないのだ。そんなモノを体に浴びせるなど、言語道断。
以前も何度か記したが、スタースクリームは元科学者である。
やはり科学的に説明不明な方法で身を任すのは、彼の科学者としてのプライドが許さないのだろう。
だが、今自身に差されている油は錬金魔法で増やした物だったりするのだが、
その辺まったく気にしない(或いは気付いていない)のもある意味スタースクリームらしいと言える。
尚、ここでやれる事は、機体質の管理だけで無く、
装甲が凹んだり、傷を付けられたりした程度なら、溶接や金槌でコルベールが補修してくれるのだ。
スタースクリームにとってコルベールの存在は本当に有難かった。
絶海の孤島に放たれてしまい、腕に負った擦り傷の完治すら儘ならなかったが、
そこに1人だけ簡単な治療ならできる医者がいた、といった心境か。
やろうと思えば1人でもやれるかもしれないが、やはり痒い部分に手が届かない場合もありうる。
因みに、俗に自動修復装置などと呼ばれる便利な機能は彼には具わってはいない。
『んなもんあったら苦労せんわな』
「うん? 何がだね?」
『いや別に』
雑談を交わしながら大人しくコルベールに身を任せるスタースクリーム。
以前の彼からすると絶対に考えられない光景である。
事実、ここに召喚された当初、スタースクリームはえらく屈強な態度だった。
あわよくば、ルイズ辺りを人質にでも盗り、この世界で闊歩してやるつもりですらあったのだが…、
ここハルケギニアの世情を知れば知るほど、それは不利であると理解したのだ。
例えば、一昨日3人のメイジと戦った夜。その時のルイズの「無茶しすぎ」という指摘は、確かにその通りであった。
いかにスタースクリームが己の体を熟知していようと、例えば変形機構維持装置が完全に破損してしまえば、
ここに該当補修パーツがある筈も無く、取替えは不可、2度と変形への夢はならないのだ。
極端例を言えば、スクウェアクラスのメイジに、最大出力の火炎魔法をモロに喰らわされた場合だと、
当たり所が悪ければ爆発四散も免れず、よってメイジ相手と交戦するのならば、一瞬の油断も許容されない。
―但し、スタースクリームが仮にそんな事態に陥ったとしても‘彼自身’の存在は――
ともかく、勝手を知らない魔法が飛び交う異世界で、調子に乗って身を晒すのは危険だと彼は判断した。
基本天然だが、高い応用能力は備えている航空参謀。空回りの確立が異様に高いのも事実ではあるが。
ここでしばし、のんびりと時の流れを気にせず過ごすのも悪くは無ぇか、とスタースクリームは呟いた。
「そうだね、焦る事は無いよ。君が以前いた世界と言うのは私も興味があるし足を踏み入れてみたいものが、
今はその時じゃ無いと思う。ミス・ヴァリエールの使い魔として召喚された以上、
先ずはここでの在り方をじっくり考えるのも良いんでないかね? スタースクリーム君」
コルベールの言葉で、スターは召喚された当初ここから帰る方法を探すなどと企てていた事を思い出した。
今にして思えば、極短期間だったとは言え何故元の世界に帰ろうと思っていたのだろうか。
帰還した所で、彼を心から待っていてくれる者などいないのに。
この航空参謀スタースクリーム様が孤独に脅えるだなんて、結構な笑い話だぜ。
そんな強がりも、疾うに忘却の彼方へ置いて来てしまった。
其れほどまでに、彼を生命の息吹溢れる下界に束縛した‘とある者’への復讐の念は強かった。
しかし今となっては、それすらも―
スターが内面に抱く、憤り、孤独、そして憎悪が混淆された塊は、悲憤慷慨という言葉すらも容易に霞む。
しかしコルベールが然り気無く放った言葉は、その塊をほんの僅かだが――砕いてくれた。
砕かれた反動なのか、彼の‘スパーク’――魂は激しく揺らいだ。
もし、トランスフォーマーに涙腺の機能を備える事を‘クインテッサ’が――
戦う運命を刻まれたロボット生命体達の創造主が――義務付けたのならばスタースクリームはそれを拒んだだろう。
そんな機能が付いていたら、今ここで、それもコルベールの前で、彼は泣き崩れたであろうから――
「しかし、知れば知るほど面白い体だねぇ。特にその変身能力ときたらだ」
右腕への処置を終えて、一旦油塗れになってしまった自身の手を布で拭いながら言うコルベールに、
スタースクリームは危く情けない声を上げようとした所を既の所で堰き止め、
指を細かく動かしたり、手首を回したりして右腕の調子を確認しながら、何時もの様に気丈な態度で答えた。
『ふむ、俺の変形に興味を持ったか。今さらという感じだな、他のやつ等は案外軽く受けとめてるぞ?』
「皆は解っちゃいないんだ。確かに、今では然程見かけなくなったが変身の魔法は存在する。
しかしその変身過程はあくまで魔法の力、と極めて曖昧な言葉でしか説明できないんだ。
アカデミーの研究が進めば或いは…とも思うがね。
理にかなった変身。いや、変身と言うよりも、魔法を使わないから、変形と呼ぶべきかな」
と言いながら、彼は続いて左腕に油を差し始めた。
スターは返答に困った。正直言って、変形の仕組みは自分でも解るようでよく解らないのだ。
ラプター形態では全長5メイルなのに、人型に変形すると2,5メイル弱に縮小される原理は説明の仕様が無い。
しかし、例えば玩具で変形過程を再現しようと思えば決して出来なくも無いだけ、まだマシである。
昔はもっと解説困難な状況だった。
隣に並んでた自身より背丈の高い者が、変形すると手の平サイズになる、
3体のロボットが合体した結果、何故か普通のポラロイドカメラになる等等。
スタースクリームはコルベールに言ってやった。
『無論魔法なんかじゃねぇが…大きさの概念は捨てるんだ!』
と。
「…あ、そうかね。えーと、それと、前々から気になってはいたんだが、君は栄養補給はどう対処してるのかね。
君の事をガーゴイルだと認識している者も少なからずいるが、それは見当違いだ。君は生命体だろう?」
トランスフォーマーである自分が、魔法人形ガーゴイル呼ばわりされる事に別段異論は無い。
この世界にロボットと言う言葉や概念は無い為、自身の存在を説明する際は、
我はガーゴイルだと名乗るのが一番手っ取り早くて無難であり、寧ろ便利な単語なのだ。
ルイズやキュルケはスタースクリームの事を決して魔法人形だとは思ってはいないが、
何がスターの栄養食若しくは動力資源なのかは、あまり気にしていない様子である。
以前スタースクリーム自身が『俺に物を食う概念は無い』と言っておいたからだ。
しかしコルベールは鋭かった。
「あのインテリジェンスソード。デルフだったかな? フリェンジュイーだったか。
彼は厨房でワインを飲んで養分を得ているようだね。君は彼と同じ類なのだろう?」
スタースクリームとデルフリンガーの本当の関係はややこしいのでルイズにすら伝えてはいないが、
コルベールはデルフもまたスターと同じ‘魔法を必要としない変形能力の持ち主’である事を見抜いたのだ。
そんなデルフが飲食を求めるのだから、スタースクリームも同様であろう、とコルベールは睨んだのである。
『まぁ、そのなんだ、個人差か。俺は何も摂取しなくとも良いように出来ててな。ただ―』
「ただ?」
『ラム酒ってヤツぁは美味い。バイト先で試しに飲んでみたんだが、ありゃなかなかイケるな』
記憶を辿ると、確かに前「エネルゴンに味も成分も瓜二つでびっくらこいたぜクキャッ」とか抜かしていたが、
あれはワインの事だったかのか。俺みたく好きで飲んでるんじゃなく、エネルギー補給が必要なんだろう。
なにせ、奴は――フレンジーは――まだ生きている――
デルフリンガー、と名前を偽ってまで、過去の終わりの知れない戦いに身を呈してきた自分を捨て、
ここで安堵の時間を得たいのであろうフレンジーの気持ちも、少しは判らなくも無い気がしてきたスターだった。
―その頃
「きゅい、また授業をお休みして痛っ出席日数足りなくなって痛っ留年しちゃわないか心配なのね痛たっ」
一昨日の魅惑の妖精亭での飲酒がまだ尾を引いてるのか、軽く頭痛に悩まされた風韻竜シルフィード
(自身、酒には決して弱くないのだが、一昨日飲んだ酒はどうやらかなり強い種類の代物だったらしい)
が、主人であるタバサを背に乗せ大空を飛んでいる。
伝書鳩ならぬ伝書梟が、トリステイン学院のタバサの部屋に現れたのは今朝方の事。
梟が加えていた書簡の判り切った内容を確認するまでも無くタバサは出発した。ガリアへの出頭命令が下ったのだ。
「ホントに痛っあのオデコ王女ったら痛っおねえさまをどれだけ痛っ扱き使えば気が済むのかしらなのね痛っ」
口から声を放てば放つほど、不協和音が頭に響くにも関わらず、シルフィードはお喋りを止めない。
これは風韻竜なりのタバサへの気遣いだった。ガリアへ出頭すると言う事は、
同時に何時生命の危機に曝されるか判らないような危険な任務を課せられるのを意味している。
いつだって、タバサはそんな修羅場を掻い潜り抜けてきたが、任務に同行するシルフィードは
そんな使い主が心配で堪らないのだ。煩いまでの能天気なお喋りは、元々の明るい性格もあるが、
「少しでもおねえさまの心休めになれば」と危険な任務に赴くタバサへの励ましでもあった。
一切の感情を表に出さないタバサに代わり、シルフィードが喜怒哀楽を体現していると言ってもいい。
当のタバサは本を開いたまま全く反応はしないが、シルフィードの心遣いは確り受け止めており寧ろ感謝していた。
ただ、やっぱりちょっと五月蝿いので杖でぽかぽか使い魔の頭を叩く。
元からの頭痛とも相俟って、シルフィードは大人しく黙り込み、ガリアの首都リュティスへの飛行を続けた。
古代種風韻竜は絶滅したとされ、シルフィードはその唯一若しくは数少ない生き残りである。
故に、飛行速度は伝説に残る程に速く、タバサが本を読み終える頃には目的地に到着しているであろう。
そんなシルフィードには憧れの対象が2人いた。自身を召喚し契約した強力な魔法使いであるタバサ、
そして唯一無二と思われていた風韻竜の高い飛翔能力を凌駕する飛行速度を誇り、
「トランスフォーム!」と、先住の魔法よりも短い呪文で瞬時に変身する、ルイズの使い魔スタースクリームだ。
しかし、同じ使い魔同士でもキュルケのフレイムやギーシュのヴェルダンデとは気軽に接しているが、
いざスタースクリームを前にすると、もじもじとタバサの小さな体の後ろに隠れ(余計に目立つ)、
その度に顔をうっすらと紅く染める処から察するに、どうもタバサへの好意とは若干趣向が異なる様子である。
タバサ自身は性格上、その辺に関し全く興味を示さず只見ているだけだと思われたが、実はそうでも無いらしい。
其れを裏付ける如く、スタースクリームと深い関わり合いのあるデルフリンガーとの会話を認めてやったり、
さらには変化の魔法と髪を茶色に染めるのを条件に、酒場でバイトするスターとの交流も許可したのだ。
ただ、一昨日は少々ハメを外し過ぎてしまったので、1ヶ月間‘魅惑の妖精亭’の出入りを禁じたが。
と、ふと気付くと、読んでいた本が作者の後書き欄を最後に締め括られていた。
本を閉じ、前方に広がる景色を観て見ると、目的地であるガリアの小宮殿が遠目で確認できた。
間も無く、宮殿の前庭上空でシルフィードは翼を羽ばたきながらゆっくり降下し、着陸。
「いってらっしゃい、お気をつけておねえあ痛たたたっ」
痛みの妨げで見送りの挨拶に失敗し、再び口を開こうとしたが、そこに衛士が駆け付けた為口篭ってしまった。
そんなシルフィードから降り、手綱を衛士に渡すと、桃色外壁の小宮殿の全形を一望する。
プチ・トロワと呼ばれる小宮殿を見て、タバサは以前訪れた時と比べ、宮殿の外見に違和感があるのを感じた。
よく見れば、宮殿内に続く建物の扉が、何時の間に工事したのか少しばかり大きく改築されているのだ。
しかしその時はそれに関し、大して気には無らなかった。ここの王女の気紛れは何時もの事である。
即座に思考内容を変え、竜用の頭痛薬でもあるだろうか、と考えながらタバサは宮殿内に入っていった。
ここプチ・トロワのまだ若い主は、余程の身分の来客で無い限りは、応接間を利用しない。
特に今日は遅い目覚めだったらしく、タバサは王女の寝室に赴く様に兵士から指示を受けた。
宮殿内を歩み、寝室に繋がるカーテンを潜ったタバサの目に飛び込んできたのは、
王女の装いで天幕付きのベッドに優々と横たわる青い髪の少女、
それと彼女の侍女達が命令通りに‘歓迎’として投げつけたのであろう卵や動物の腸詰。
そして、この小宮殿の扉を改築せざるを得なくなった原因と思われる、異質の存在―
それは、向かってベッドの右横に佇んでいる、身長2,5メイル程の不気味なガーゴイル。
恐らく、この余りにも異形のガーゴイルが宮殿内を難なく出入りできるように、扉を造り直したのだろう。
何処に触れても手に怪我してしまいそうな程の、なんとも禍々しい外見とは裏腹に、
普段から丁寧に磨かれている為か、橙色のボディからは黄金色と見違えんばかりの光沢が放たれており、
それらの点を踏まえ、そのガーゴイルは圧倒的な存在感を示していた。
「驚いたかしら? そりゃ無理も無いでしょうねぇ、こんな立派な護衛を見たらねぇ!」
自慢げに第一声を放つは、ガリア王国王女であり、タバサと同じ青い髪を持つ従姉妹のイザベラ。
その傲慢な性格上、彼女が他人を、あいや他ガーゴイルを褒め称えるとは非常に珍しい光景である。
「…調子狂うわ。お前って奴は本っ当に感情ってもんを持ち合わせてないようね?」
比較的肌色の面積が広い頭の額をぽりぽり掻きながら、鬱陶しいそうにタバサを見据えるイザベラ。
いや、タバサは表情に出さないだけで、ガーゴイルの存在に一目して興味を得ていた。
それは今まで目にして来たガーゴイルの中でも、極端に脳裏に焼き付けさせる姿をしていたからだ。
一般的にガーゴイルは、実在の動物やケルベロス等の幻獣の姿を模ったり、時折人間に似せて作られる事もある。
が、ここにいるガーゴイルは何をモチーフに造られたのか見当も付かない程複雑な構造をしており、
一体何処が胴体で、どれが手足なのかすら判断するのにも一瞬の時間を要した。
見れば、それは腕が異常に長く、やや蟹股ながらも2本の脚で確りと立っているにも関わらず、
獣の爪にも見て取れる手の甲が、床にぴったりと張り付いている事が判る。
つまり四つん這いの体勢なのだ。
また、特に目を引くのが、背中から尾の様に生えた、熊手状の突起物である。
尾とは言うが、床に垂れ下がっているのではなく、蠍の如く体よりも上に構え、常に中に浮かせていた。
それは伸縮自在らしく、タバサとそのガーゴイルとは距離3メイル程離れているにも関わらず、気付けば、
今にもタバサの額を斬りつけんとばかりに、尾の先端に具わってる合計8本の鉄爪が目の前にまで迫っている。
タバサの表情が変わる事は無いが、彼女のシンパである侍女達は、冷汗を顔に伝わせた。
しばし、そんな緊迫とした状態のまま室内に沈黙が流れ、
痺れを切らしたイザベラがむくりと上半身を起こすと、ベッドに腰掛けたまま足を床に下ろす。
「おやめ。ったく、大なり小なり反応が無きゃつまらないじゃない」
と、澄ました顔でイザベラが忠告すると、ガーゴイルは唸りながら熊手の尾を収縮させ、背中に隠した。
しかし、尾の先端まではガーゴイルの背中に隠しきれておらず、背から鋭い鉄爪が剥き出ているままだ。
2つの赤い光がタバサを睨んでいる。それが眼光であるとすれば、そのガーゴイルの頭部は何処か梟を彷彿とさせ、
尚且つ大きさは意外にもタバサの頭と同じかそれ以下で、図体の割には極端に小さい頭である事が解る。
両脚部の膝側面と足元に1つずつ、さらに背中に2つ、鞠サイズの見慣れない黒い車輪が備え付けられている。
その車輪の正体は、人工ゴムで作られた‘タイヤ’なのだが、さすがのタバサもそれを知る術は無い。
なにせハルケギニアには、ガソリンで地を走る人工物など存在しないのだから。
以上の特徴から察するに、やはりモチーフは不明のまま、というか余計に判別不能になってしまった。
ともかく人にも動物にも幻獣にも該当しない、他に全く類を見ない奇怪な容姿体躯である事は解った。
ここガリアはガーゴイルの技術が発展しており、言葉を理解し会話も出来るガーゴイルも数多存在する。
しかし今ここにいるガーゴイルは言葉を発さず、イザベラへの相槌も、まるで獣の様に唸るだけである。
言ってしまえば、王女の側近を勤めるのならば、もっと上品なガーゴイルはいくらだっているのだ。
当ガーゴイルのいたる意味で尖った外見は、むしろイザベラの趣味該当から外れていると言っても良い。
加えて、ここは王女の寝室。いくら護衛にせよ、これほど嵩張る存在がベッドの真横に陣取るなど普通ありえず、
さらに首輪の類も付けてる様には見受けられないため、いかにソレが特別扱いされているのかが窺い知れる。
イザベラの召喚した使い魔とも考えられるが、それならば「私の優秀な使い魔だ」とでも自賛しそうな気もする。
ルーンの有無を確認したかったが、左手の甲を床にくっ付けているため、現時点では使い魔か否かは判別出来ない。
「あなたの使い魔?」
と率直に質問しようとも思ったが、なんとなく碌な返答が帰ってこない気がしたので止めといた。
その後もイザベラは、相変わらず何考えてるのかさっぱり判らないわ、等とタバサに対しぶつぶつ言った後、
ふとガーゴイルの方に目をやり、口を開く。
「そうそう、ボーンクラッシャー。人形娘にそれを渡しておやり」
と、イザベラがテーブルの上にある書簡に指差し命令した事により、謎のガーゴイルの名が判明する。
‘骨粉砕機’と呼ばれたそれは、先程タバサを威嚇したあの鋭い熊手で書簡を器用にも掴み取り、
ひょいとタバサの手元に放った。武骨な見た目に反し、細かな作業もこなすらしい。
書簡を受け取るタバサだが、そんな物に心あらず、新たに名称も判ったそのガーゴイルについての咀嚼を続けた。
確かに、見方によっては肋骨を彷彿ともさせる姿に対して、なるほど‘骨’という直喩は秀逸な表現と言える。
ならば‘粉砕機’という単語は何処から湧いて出てきたのだろうか?
ボーンクラッシャー、と語呂も悪くは無いが、イザベラのセンスにしてはやや長い命名な気がしてならない。
とすると、ガーゴイル製造者に名付けられたのか、はたまた自らが名乗ったのかは定かではないが、
骨粉砕機の名はそのガーゴイルの固有名詞であると判断される。
このガーゴイルにボーンクラッシャーと言う名称があるのなら、タバサにもシャルロットと立派な本名を持つ。
が、イザベラはタバサの事を決して本名で呼ぼうとはしない。これに関してはタバサを嫌っているのが理由だが。
身分上、外交する事のある地主や政治家の名前は仕方無しに頭に入れておくとしても、
イザベラは宮殿を守る側近兵や身の回りの世話をしてくれる侍女達の名前すらもいちいち覚えていない
(これは彼女に限った事ではなく、部下や召使への扱いが適当な王も探せば結構出てくる)。
たかが護衛のガーゴイルとなれば尚更で、本来なら存在すら把握しているのかどうかも危い。
例外があるとすれば、せいぜいガリア東薔薇騎士団で最も良く働くカステルモールぐらいであろうか。
そんなイザベラから名前で呼んでもらえると言う事は、それは彼女から特に目に懸けられている証だと捉えて良い。
ボーンクラッシャーについてそこまで考えた処で、タバサはイザベラに早く任務に向かうよう促された。
因みに書簡の内容は、リュティス近郊のとある村に現れ占拠している十数匹の野良オーク鬼の退治。
これまでも多種多難の任務をこなしてきた、百戦錬磨のタバサにしてみれば比較的軽い任務である。
タバサは退室しようと身を反転したが、ふと何か思い出したのか、再びイザベラの方に顔を向けた。
「あん? いっちょまえに去り際の文句でもあるっての?」
「頭痛薬」
「一生痛んでろ! さっさと行きなっ!」
タバサが緞子の向こうに姿を消し、敢て聞こえるように大声で笑うイザベラであったが、
不意に顔を歪ませ、1人の侍女に対し手にした扇子をちょいなちょいなと振り、ここに来いと仕草する。
まだイザベラとそう歳の差の無いその侍女は恐る恐る、ギロリと瞳を光らせるボーンクラッシャーの前を横切り、
足を組んでベッドに座るイザベラの前で、王女が自身を見下ろす形になる様に膝を突いた。
「お前さぁ、今なんて言った? 正直に御言い」
「わ、私は何も…」
「残念だったわね。いかに恍けようったって、この耳がシャルロットって言葉を聞いた事実は変わらないの。
しかも、お労しや? 労しいですって? 私の方がよっぽど労しいわよ! ええこら!!
歓迎の卵投げだって全部外しやがって!!」
そう、確かにこの侍女は、タバサがここを退出した直後に、思わず呟いてしまっていた。
嗚呼お労しや、シャルロット様…、と。ある意味自業自得だと言えなくも無い。
しかし思わず口にしてしまったとは言え、漏れたのは蚊の飛ぶ音の方が大きいのではないかと思うほど小さな声。
常人ならばまず聞き取れない。しかし、イザベラは常にディテクト・マジックでも
使ってるんじゃないのかと思えるほど、高度な地獄耳の持ち主で、
こと‘シャルロット’という単語に関しては、例え暴風雨の中であろうと正確に聞き取れるのだ。
これが、自らの身分が何時まで保たれるのかに不安を覚え、そのコンプレックスにより生じた
身の回りの人間の言葉を確実に聞き入れる特化した身体能力なのかは定かでは無いが、
それにしても、どうも最近は過剰なまでに敏感になっている節はあるにはある。
微妙に引き攣った笑顔からは、いかにも不満であると主張するオーラが放たれており、
そんな表情を浮べながらベッドから立ち上がるイザベラを目の前に、呼び出された侍女は恐怖に慄く。
どうかお許しを、と侍女は床に叩きつける様にして何度も頭を下げるが、
「この前のは保守的なデザインだったけど、今日はちょっと趣向を変えてみない?」
と、必死な侍女になぞ目もくれず、ボーンクラッシャーに妙な言葉を振るイザベラ。
こくりこくりと頷くボーンクラッシャーだが、言っている意味を理解しているのかどうかは判らない。
イザベラの機嫌を損ねて罰を受けるなど、ここの侍女達にとってはトイレへ行く事よりも頻繁な日常行事なのだが、
近頃はワケが違う。そう、この新参入ボーンクラッシャーの存在が、罰への恐怖を増幅させているのだ。
にや~っと、好からぬ笑みを浮かべるイザベラに 彼女の命令を無表情で待つボーンクラッシャー。
かつてこれほどまでに、鬼に金棒と言う諺が似合う組み合わせが、このハルケギニアに他あっただろうか。
いいえ絶対無いわ、と自問自答しながら、今にも破裂しそうな心臓をどうにか抑える侍女。
と、イザベラが、ボーンクラッシャーの厳つい肩を、裏手でドアをノックする如くとんとんと叩く。
ぱっと主人の顔を覗くボーンクラッシャーに、イザベラは片目を瞑り、ウインクをして見せた。
普通ウインクをする女性の仕草は大変可愛らしいもので、特に美しい女性がしたならば尚更だ。
イザベラとて、多少目つきは悪いが、美人だと断言しても、誰も御世辞抜きで否定しない美貌の持ち主である。
が、彼女がボーンクラッシャーに送ったソレは、どう見ても侍女に死刑判決が下った瞬間にしか見えなかった。
「ボーンクラッシャー、こいつを美しく飾っておやり。せいぜい‘やさしく’ね」
待ってました、とばかりに、素早く尾を伸ばし構え上げ、狙いを侍女に定める橙ガーゴイル。
ウヴァッ、と呻きながら身を揺らすボーンクラッシャーを目前に、ひっ! と侍女は後退るが、
「せっかくやってあげるってのに、動いたら意味無いわよ? 不器用だしね、この子」
と言うイザベラの‘やさしい’忠告に、侍女はがたがた震えながらも、
彼女が此処で勤め始めて以来最大の勇気を振り絞って足を止めた。
パチンと指を鳴らすイザベラ。それを合図に、グゥと吼えながら、
ボーンクラッシャーは‘やさしく’侍女の服を熊手の尾で切り裂き始めた。
恐怖に縛られ、悲鳴を上げる事すら忘れた侍女は硬直し、戦慄に引き攣った表情のままその場に直立する。
御蔭でボーンクラッシャーは、自身の思うが儘に、服を斬新なデザインに仕立て上げる事が出来た。
胸元の生地を縦に10サント程切り開き、袖に縫われた派手なフリルはより複雑さを増し、下腹部が露わに……。
侍女の身体に一切の傷は付けられてはいないが、不幸な彼女はショックのあまり、その場で卒倒してしまった。
ショック死や失禁を免れたのは幸いか。
「ふぅん、今日はなかなか良いデキじゃないの。あっはははは!」
と、変わり果てた侍女(あくまで服が)を見下ろしながらイザベラは手を叩いてけらけらと笑った。
一息入れると彼女は他の侍女達に、気絶した侍女の処置を命令し、ついで赤ワインを1瓶持ってこさせる。
瓶を持ってきた侍女は、恐る恐るそれをイザベラに差し出そうとしたが、イザベラは無言で顎を左横に決る。
はっと新護衛のガーゴイルの方を向く侍女だが、彼女の手元からは知らぬ間にワイン瓶が消えていた。
鉄爪の尾によって既に取りあげられていたのだ。慌てて一礼し、元の位置に戻る侍女。
ふん、と鼻を鳴らすと、イザベラはボーンクラッシャーの小さな頭を、まるで犬でも可愛がる様に撫でてやった。
それに答え、このボンクラはヴァウゥと低く一鳴き。ますます犬である。
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: