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「罪深い使い魔-01」(2007/11/05 (月) 22:24:21) の最新版変更点
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「おいルイズ、いつまでやってるんだよ」
「『サモン・サーヴァント』も満足に出来ないのか?」
「いい加減にしろゼロのルイズ!」
うるさいわね。黙ってなさいよ! 集中できないでしょ!!
罵声を浴びせかけられた少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの端整な顔が怒りと屈辱で歪む。
この日彼女の怒りは頂点に達していた。
もっとも、それ自体はさして珍しいことではない。彼女にとってはむしろ怒らない日の方が珍しい。
「もう無理だって。諦めろよルイズ」
「諦める!? そんな必要はないわ、次は必ず成功するんだから!」
がー、と憤怒の形相で吼えるも、周りで見ている少年少女達は嘲りの笑みを止めない。
そんな威勢は、彼らにとってはただの負け犬の遠吠えでしかない。実際その通りだった。
「あー、ミス・ヴァリエール」
見かねた中年男性――この場では唯一の大人――が苦い表情で肩を怒らせたルイズに話しかける。
「今日のところはもうこのくらいにしないかね?」
「もう少し待ってください、ミスタ・コルベール。次は必ず呼び出して見せますから!」
ルイズは必死で訴えかけるも、男性は表情を崩さない。
同じやり取りを、すでに数え切れないほど繰り返しているからだ。
今騒いでる皆の不満もそこにあった。
「そう言って何十回失敗してると思ってんだ!」
「お前のせいで俺達全員足止め食ってんだぞ!」
既に時間が押している。もうずいぶん長い時間、皆は彼女につき合わされている。
彼らの怒りももっともなのだ。だから男性は周囲を宥めるようなことはせず、言うがままにさせている。
そして彼も消極的ながら周囲の味方だった。
「しかしミス・ヴァリエール。そろそろ切り上げないと次の授業に遅れてしまう。
なにも今日中に成功させることはないんだ。だから……」
「…………」
正論だった。それも年長者の意見では言い返すことが出来ない。
しかしはいそうですかと聞き入れてしまうほど彼女は潔くはない。
意識したわけではないが、ルイズは子犬のようにすがるような目で男性を見上げた。
「お願いします。あともう一回、もう一回だけ……」
「む……」
基本的に男は女性のこうした態度に弱い。それはこの男性も同様だったが、彼にも立場というものがある。
「……わかった。ただしこれで最後だ。次で失敗したら、君がなんと言おうと『儀式』は切り上げる」
「はい」
最後通牒。それを真剣な顔で受け止めたルイズは振り返り、何もない空間をきっ、と見つめる。
これ以上は無理。もう後はない。本当に後がない。本当に最後のチャンス。
「やってやるわよ……」
ぼそっと、まるで自分に言い聞かせるようにして小さく呟く。
「私だって……メイジなんだから!」
ルイズはこれから唱えるべき言葉を思い浮かべながら目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ! 神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ!
私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!!」
……『向こう側』に着いたのか?
旅の終わりは唐突で、そして文字通り衝撃的なものだった。
辿り着いたと思った瞬間、息が止まるほど全身を激しく揺さぶられた。
しかしなんだこれはと思うのも束の間、すぐにそれは収まったので彼はひとまず安堵する。
するべきことを果たし、彼は本来あるべき場所にたどり着いた。
悲しくはあったけど、納得はしていた。
さて、これから何をしようか。そんなことを考えながら彼はゆっくりと目を開け――絶句した。
「あんた誰?」
……人?
彼は自分のことを不遜な態度で見下ろす、マントを羽織った桃色の髪の少女を見て混乱する。
お前こそ誰だ。いや、そもそもなぜ人がいる? ここにはもう人間なんていないはずだ。
そう思いながら周囲に目を向けると、そこでもありえない光景を目撃する。
人間は目の前の少女一人じゃなかった。こちらに向かって野次らしき言葉を飛ばす、
おそらくは自分とそう歳の変わらない少年少女が自分と少女の周りをぐるりと取り囲んでいた。
顔立ちや、髪の色からして彼らはおそらく日本人じゃない。
そして彼らも目の前の少女と同じく、制服らしき服の上にマントを羽織った奇妙な格好をしている。
多分、少女と彼らは同じ集団に属しているのだろう。しかしわかることと言えばせいぜいその程度だ。
こいつらは一体何者なんだ? いや、そもそも……
「ここはどこだ……?」
地面にはやわらかい芝生。目の前には歴史を感じさせる巨大な洋風建築物。
空は抜けるような快晴で、さわやかなそよ風が体をなでていく。
まさか移動に失敗したのか。
そう思い、自分の体を見下ろすと、俺の格好は『向こう側』で着ていた制服姿だった。
間違いない。少なくともこの体は『向こう側』のものだ。
だとすると、本当にここが『向こう側』――滅びた世界なのか?
「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」
「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」
笑い転げる周囲に牙をむいて見せながら、桃色の髪の少女、ルイズは内心焦っていた。
数え切れないほどの失敗を繰り返してようやく成功したかに見えた『サモン・サーヴァント』で
呼び出されたのが人間――おそらくはどこぞの平民――だったのだから無理もない。
おまけに当の平民は呼び出されたショックからか、ぽかんとした表情で自分や周囲を見回し
「ここはどこだ」などと呟いている。
なによコレ。願いと全然違うじゃない!!
いくらなんでもこれはあんまりではないか。こんなものが成功と言えるのか。いや、言えるわけがない。
ルイズは自他に対する怒りに身を震わせながら、感情のままに吼えた。
「ミスタ・コルベール!」
目の前の少女が何事か叫んでいる。よくわからないが人の名前だろうか?
その予想は当たったようで、人垣の中で唯一の大人らしい中年の男が一歩前に進み出た。
この男も大仰なマントを羽織っている。
「なんだね。ミス・ヴァリエール」
「あの! もう一回召喚させてください!」
少女は何か切羽詰った様子で男に捲くし立てた。
しょうかん? 召喚か?
「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!」
「決まりだよ。二年生に進級する際、君たちは『使い魔』を召喚する。今、やっている通りだ」
二年生……まあ年頃からしてこいつらは学生なんだろう。すると目の前の少女は……中二?
しかし使い魔というのはなんだ? 少なくともそこらの学生の口から自然と出るような言葉ではない。
「それによって現れた『使い魔』で、今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進むんだ。
一度呼び出した『使い魔』は変更することはできない。何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。
奸むと好まざるにかかわらず、彼を使い魔にするしかない」
「でも! 平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」
こいつらは一体何を話し合っているんだ?
一段と大きくなった笑い声を他所に、彼は目の前で行われるやり取りに不気味なものを感じる。
誰もいないと思っていた『向こう側』に人がいたことは素直にうれしい。たとえそれが赤の他人でも、だ。
だがこいつらの会話は異常だ。何かがおかしい。
召喚、使い魔、平民。それらの単語になにか悪い意味が隠されているような気がしてならない。
「これは伝統なんだ。ミス・ヴァリエール。例外は認められない。彼はただの平民かもしれないが、
呼び出された以上、君の『使い魔』にならなければならない。
古今東西、人を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先する。
彼には君の使い魔になってもらわなくてはな」
「そんな……」
少女はがっくりと肩を落とし、それ以上は反論しなかった。
どうやら話し合いは決着したらしい。おそらくは、少女が望まない方向で。
「さて、では、儀式を続けなさい」
「えー、彼と」
「そうだ。早く。次の授業が始まってしまうじゃないか。君は召喚にどれだけ時間をかけたと思ってるんだね?
何回も何回も失敗して、やっと呼び出せたんだ。いいから早く契約したまえ」
ここでようやく少女はこちらへと向き直った。
さて、一体何から聞くべきだろうか?
「ねえ」
こちらが何かを言う前に、少女の方から話しかけてくる。
歳は私とそう変わらないわよね。顔は……まあまあかしら。でも変な髪形。きっとセンスはゼロだわ。
……ああもう、ゼロなんて言葉思いついちゃったじゃない! 本当憎たらしい平民ね!!
「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」
平民が怪訝そうな表情を浮かべる。
何? まだ状況を理解していないの? まったく、血の巡りの悪い平民ね。これは躾に苦労するかも。
ああ、なんだってこんなことに……
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
五つの力を司《つかさど》るペンタゴン……」
既に頭の中に完璧に暗記されている呪文を紡ぐ。これを唱える相手のことは、今は考えない。考えたくない。
「この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
さて、さっさと済ませよ。
私は呪文を唱え、平民に……って、なんであとずさるのよ!
なにをするつもりだ? いいからじっとしてなさい!
ここはどこだ? 黙りなさい!
駄目だ。まるで会話が成り立たない。
仕方なく俺は、なぜかにじり寄ってくる目の前の少女を抑えるため肩に手を置こうとしたが、
少女はそれを掻い潜って懐に潜り込んできた。
「お――」
言葉は、最後まで紡がれなかった。
「終わりました」
契約の儀式――キス――も終わり、私は目を白黒させている憎き平民からコルベール先生へと向き直る。
「『サモン・サーヴァント』は何回も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたね」
先生は賛辞の言葉を並べてくれるけど、私はそれを素直に受け取ることができない。
本来なら『サモン・サーヴァント』だって一発で成功して、今後ろにいるようなのじゃない、
もっとちゃんとした使い魔を呼び出せるはずだったのに……
相も変わらず私を侮辱する周囲に苛立ちの言葉をぶつけながら、私は実家のことを考えた。
きっと呆れてしまうだろう。いや、呆れるならまだいい。これを機に私を学校から引き戻すかもしれない。
もしそうなったら……
「ぐっ!?」
見ると、たった今使い魔にした平民が苦しそうにうずくまっていた。
「すぐ終わるわよ。待ってなさいよ。『使い魔のルーン』が刻まれているだけよ」
おそらく何が起こっているのかわからないだろう平民に向かって私は優しく説明してあげた。
ただ、若干声が荒立ってしまったのはこの際仕方がないわよね。
平民は聞こえているのか、いないのか膝立ちの姿勢のまま動こうとしない。
けれど、ルーンが刻み終わると平民はすっくと立ち上がって自分の左手のルーンをしげしげと見つめ始めた。
あ、こいつ結構背が高い。顔も良いからとりあえず従者としてなら使えるかも。
……使い魔としては論外だけど。
「珍しいルーンだな」
いつの間にか近づいていたコルベール先生は私の使い魔に刻まれたルーンを物珍しげに見て、
なにやらスケッチを始めた。
けれど私にはどうでもいいことなので放っておく。というかあんな使い魔見たくない。
「おや?」
コルベール先生から疑問の声が上がる。
「右腕にもルーンが? いや、これは刺青か」
見ると、コルベール先生は平民の右腕の袖を捲り上げていた。
たしかに手首から腕にかけて黒い紋様が刻まれている。変なの。
「ん?」
なぜか平民は自分の刺青を見て驚いたような表情をしていた。
刺青なんて自分でつけたものでしょ。一体なにを驚いてるのよ! バッカみたい!
あーもう本当イライラする!
ていうかその刺青の形、気持ち悪いわよ! まるで――
「誰かに腕を掴まれてるみたい」
私の言葉が聞こえたのか、平民はビクリと体を震わせて俯いた。
なに? ショックだったの? 実際そう見えるんだから仕方ないでしょ。
ていうかこいつ扱いにくそうね。えーと……。
……そういえば、まだ名前を聞いてなかった。
「あんた、名前はなんて言うの?」
私の問いに平民は妙に辛そうな顔をして、まるで声を搾り出すようにして答えた。
「……達哉。周防達哉(すおうたつや)だ」
宇宙の果て、異世界の彼方からやってきた下僕。神聖で、美しく、そして強力な『仮面』を有する使い魔。
この時点では知る由もないが、少女の心よりの求めはある意味で叶えられたのだ。
#navi(罪深い使い魔)
「おいルイズ、いつまでやってるんだよ」
「『サモン・サーヴァント』も満足に出来ないのか?」
「いい加減にしろゼロのルイズ!」
うるさいわね。黙ってなさいよ! 集中できないでしょ!!
罵声を浴びせかけられた少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの端整な顔が怒りと屈辱で歪む。
この日彼女の怒りは頂点に達していた。
もっとも、それ自体はさして珍しいことではない。彼女にとってはむしろ怒らない日の方が珍しい。
「もう無理だって。諦めろよルイズ」
「諦める!? そんな必要はないわ、次は必ず成功するんだから!」
がー、と憤怒の形相で吼えるも、周りで見ている少年少女達は嘲りの笑みを止めない。
そんな威勢は、彼らにとってはただの負け犬の遠吠えでしかない。実際その通りだった。
「あー、ミス・ヴァリエール」
見かねた中年男性――この場では唯一の大人――が苦い表情で肩を怒らせたルイズに話しかける。
「今日のところはもうこのくらいにしないかね?」
「もう少し待ってください、ミスタ・コルベール。次は必ず呼び出して見せますから!」
ルイズは必死で訴えかけるも、男性は表情を崩さない。
同じやり取りを、すでに数え切れないほど繰り返しているからだ。
今騒いでる皆の不満もそこにあった。
「そう言って何十回失敗してると思ってんだ!」
「お前のせいで俺達全員足止め食ってんだぞ!」
既に時間が押している。もうずいぶん長い時間、皆は彼女につき合わされている。
彼らの怒りももっともなのだ。だから男性は周囲を宥めるようなことはせず、言うがままにさせている。
そして彼も消極的ながら周囲の味方だった。
「しかしミス・ヴァリエール。そろそろ切り上げないと次の授業に遅れてしまう。
なにも今日中に成功させることはないんだ。だから……」
「…………」
正論だった。それも年長者の意見では言い返すことが出来ない。
しかしはいそうですかと聞き入れてしまうほど彼女は潔くはない。
意識したわけではないが、ルイズは子犬のようにすがるような目で男性を見上げた。
「お願いします。あともう一回、もう一回だけ……」
「む……」
基本的に男は女性のこうした態度に弱い。それはこの男性も同様だったが、彼にも立場というものがある。
「……わかった。ただしこれで最後だ。次で失敗したら、君がなんと言おうと『儀式』は切り上げる」
「はい」
最後通牒。それを真剣な顔で受け止めたルイズは振り返り、何もない空間をきっ、と見つめる。
これ以上は無理。もう後はない。本当に後がない。本当に最後のチャンス。
「やってやるわよ……」
ぼそっと、まるで自分に言い聞かせるようにして小さく呟く。
「私だって……メイジなんだから!」
ルイズはこれから唱えるべき言葉を思い浮かべながら目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ! 神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ!
私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!!」
……『向こう側』に着いたのか?
旅の終わりは唐突で、そして文字通り衝撃的なものだった。
辿り着いたと思った瞬間、息が止まるほど全身を激しく揺さぶられた。
しかしなんだこれはと思うのも束の間、すぐにそれは収まったので彼はひとまず安堵する。
するべきことを果たし、彼は本来あるべき場所にたどり着いた。
悲しくはあったけど、納得はしていた。
さて、これから何をしようか。そんなことを考えながら彼はゆっくりと目を開け――絶句した。
「あんた誰?」
……人?
彼は自分のことを不遜な態度で見下ろす、マントを羽織った桃色の髪の少女を見て混乱する。
お前こそ誰だ。いや、そもそもなぜ人がいる? ここにはもう人間なんていないはずだ。
そう思いながら周囲に目を向けると、そこでもありえない光景を目撃する。
人間は目の前の少女一人じゃなかった。こちらに向かって野次らしき言葉を飛ばす、
おそらくは自分とそう歳の変わらない少年少女が自分と少女の周りをぐるりと取り囲んでいた。
顔立ちや、髪の色からして彼らはおそらく日本人じゃない。
そして彼らも目の前の少女と同じく、制服らしき服の上にマントを羽織った奇妙な格好をしている。
多分、少女と彼らは同じ集団に属しているのだろう。しかしわかることと言えばせいぜいその程度だ。
こいつらは一体何者なんだ? いや、そもそも……
「ここはどこだ……?」
地面にはやわらかい芝生。目の前には歴史を感じさせる巨大な洋風建築物。
空は抜けるような快晴で、さわやかなそよ風が体をなでていく。
まさか移動に失敗したのか。
そう思い、自分の体を見下ろすと、俺の格好は『向こう側』で着ていた制服姿だった。
間違いない。少なくともこの体は『向こう側』のものだ。
だとすると、本当にここが『向こう側』――滅びた世界なのか?
「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」
「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」
笑い転げる周囲に牙をむいて見せながら、桃色の髪の少女、ルイズは内心焦っていた。
数え切れないほどの失敗を繰り返してようやく成功したかに見えた『サモン・サーヴァント』で
呼び出されたのが人間――おそらくはどこぞの平民――だったのだから無理もない。
おまけに当の平民は呼び出されたショックからか、ぽかんとした表情で自分や周囲を見回し
「ここはどこだ」などと呟いている。
なによコレ。願いと全然違うじゃない!!
いくらなんでもこれはあんまりではないか。こんなものが成功と言えるのか。いや、言えるわけがない。
ルイズは自他に対する怒りに身を震わせながら、感情のままに吼えた。
「ミスタ・コルベール!」
目の前の少女が何事か叫んでいる。よくわからないが人の名前だろうか?
その予想は当たったようで、人垣の中で唯一の大人らしい中年の男が一歩前に進み出た。
この男も大仰なマントを羽織っている。
「なんだね。ミス・ヴァリエール」
「あの! もう一回召喚させてください!」
少女は何か切羽詰った様子で男に捲くし立てた。
しょうかん? 召喚か?
「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!」
「決まりだよ。二年生に進級する際、君たちは『使い魔』を召喚する。今、やっている通りだ」
二年生……まあ年頃からしてこいつらは学生なんだろう。すると目の前の少女は……中二?
しかし使い魔というのはなんだ? 少なくともそこらの学生の口から自然と出るような言葉ではない。
「それによって現れた『使い魔』で、今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進むんだ。
一度呼び出した『使い魔』は変更することはできない。何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。
奸むと好まざるにかかわらず、彼を使い魔にするしかない」
「でも! 平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」
こいつらは一体何を話し合っているんだ?
一段と大きくなった笑い声を他所に、彼は目の前で行われるやり取りに不気味なものを感じる。
誰もいないと思っていた『向こう側』に人がいたことは素直にうれしい。たとえそれが赤の他人でも、だ。
だがこいつらの会話は異常だ。何かがおかしい。
召喚、使い魔、平民。それらの単語になにか悪い意味が隠されているような気がしてならない。
「これは伝統なんだ。ミス・ヴァリエール。例外は認められない。彼はただの平民かもしれないが、
呼び出された以上、君の『使い魔』にならなければならない。
古今東西、人を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先する。
彼には君の使い魔になってもらわなくてはな」
「そんな……」
少女はがっくりと肩を落とし、それ以上は反論しなかった。
どうやら話し合いは決着したらしい。おそらくは、少女が望まない方向で。
「さて、では、儀式を続けなさい」
「えー、彼と」
「そうだ。早く。次の授業が始まってしまうじゃないか。君は召喚にどれだけ時間をかけたと思ってるんだね?
何回も何回も失敗して、やっと呼び出せたんだ。いいから早く契約したまえ」
ここでようやく少女はこちらへと向き直った。
さて、一体何から聞くべきだろうか?
「ねえ」
こちらが何かを言う前に、少女の方から話しかけてくる。
歳は私とそう変わらないわよね。顔は……まあまあかしら。でも変な髪形。きっとセンスはゼロだわ。
……ああもう、ゼロなんて言葉思いついちゃったじゃない! 本当憎たらしい平民ね!!
「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」
平民が怪訝そうな表情を浮かべる。
何? まだ状況を理解していないの? まったく、血の巡りの悪い平民ね。これは躾に苦労するかも。
ああ、なんだってこんなことに……
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
五つの力を司《つかさど》るペンタゴン……」
既に頭の中に完璧に暗記されている呪文を紡ぐ。これを唱える相手のことは、今は考えない。考えたくない。
「この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
さて、さっさと済ませよ。
私は呪文を唱え、平民に……って、なんであとずさるのよ!
なにをするつもりだ? いいからじっとしてなさい!
ここはどこだ? 黙りなさい!
駄目だ。まるで会話が成り立たない。
仕方なく俺は、なぜかにじり寄ってくる目の前の少女を抑えるため肩に手を置こうとしたが、
少女はそれを掻い潜って懐に潜り込んできた。
「お――」
言葉は、最後まで紡がれなかった。
「終わりました」
契約の儀式――キス――も終わり、私は目を白黒させている憎き平民からコルベール先生へと向き直る。
「『サモン・サーヴァント』は何回も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたね」
先生は賛辞の言葉を並べてくれるけど、私はそれを素直に受け取ることができない。
本来なら『サモン・サーヴァント』だって一発で成功して、今後ろにいるようなのじゃない、
もっとちゃんとした使い魔を呼び出せるはずだったのに……
相も変わらず私を侮辱する周囲に苛立ちの言葉をぶつけながら、私は実家のことを考えた。
きっと呆れてしまうだろう。いや、呆れるならまだいい。これを機に私を学校から引き戻すかもしれない。
もしそうなったら……
「ぐっ!?」
見ると、たった今使い魔にした平民が苦しそうにうずくまっていた。
「すぐ終わるわよ。待ってなさいよ。『使い魔のルーン』が刻まれているだけよ」
おそらく何が起こっているのかわからないだろう平民に向かって私は優しく説明してあげた。
ただ、若干声が荒立ってしまったのはこの際仕方がないわよね。
平民は聞こえているのか、いないのか膝立ちの姿勢のまま動こうとしない。
けれど、ルーンが刻み終わると平民はすっくと立ち上がって自分の左手のルーンをしげしげと見つめ始めた。
あ、こいつ結構背が高い。顔も良いからとりあえず従者としてなら使えるかも。
……使い魔としては論外だけど。
「珍しいルーンだな」
いつの間にか近づいていたコルベール先生は私の使い魔に刻まれたルーンを物珍しげに見て、
なにやらスケッチを始めた。
けれど私にはどうでもいいことなので放っておく。というかあんな使い魔見たくない。
「おや?」
コルベール先生から疑問の声が上がる。
「右腕にもルーンが? いや、これは刺青か」
見ると、コルベール先生は平民の右腕の袖を捲り上げていた。
たしかに手首から腕にかけて黒い紋様が刻まれている。変なの。
「ん?」
なぜか平民は自分の刺青を見て驚いたような表情をしていた。
刺青なんて自分でつけたものでしょ。一体なにを驚いてるのよ! バッカみたい!
あーもう本当イライラする!
ていうかその刺青の形、気持ち悪いわよ! まるで――
「誰かに腕を掴まれてるみたい」
私の言葉が聞こえたのか、平民はビクリと体を震わせて俯いた。
なに? ショックだったの? 実際そう見えるんだから仕方ないでしょ。
ていうかこいつ扱いにくそうね。えーと……。
……そういえば、まだ名前を聞いてなかった。
「あんた、名前はなんて言うの?」
私の問いに平民は妙に辛そうな顔をして、まるで声を搾り出すようにして答えた。
「……達哉。周防達哉(すおうたつや)だ」
宇宙の果て、異世界の彼方からやってきた下僕。神聖で、美しく、そして強力な『仮面』を有する使い魔。
この時点では知る由もないが、少女の心よりの求めはある意味で叶えられたのだ。
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