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お昼休みになると、キュルケは昼食を誘いに来た男性達を無視して、タバサをスズリの
広場へ引っ張っていった。キョトンとするタバサをストンとベンチに座らせる。
「ちょっとー、ちょっとちょっとタバサー!正直に言いなさいよぉ。この前タルブの村に
行った時、何があったのよぉ!?」
「…ひこおき見つけた」
「ひこおきって、あのアウストリの広場にあるやつ?いえ、そうじゃなくて、ジュンちゃ
んに何があったのか、ということよ!」
タバサは首をかしげ、ついであさっての方を見た。
「他人事」
ぐりぐりぐりぐり
タバサの素っ気ない返事に、キュルケは青髪をこねくりまわす。
「んもー!つれないわねぇ、正直に言いなさいよー!あのメイドと、ジュンちゃんに何が
あったのよー!?」
「秘密」
「な、なになに?てことは、秘密にしなきゃならないようなことがあったんだぁ!今朝の
様子といい、間違いないわね♪
それでそれで、あなたはどうするよのぉ?」
どうするのよぉ、と聞かれたタバサはキュルケを見てキョトンとする。
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり
「何よ何よー!とぼける気ねコノコノー!気になるんでしょ?気になるんでしょーがジュ
ンちゃんが!ハッキリ言いなさいよぉ~」
ここまで来て、ようやくタバサはキュルケの勘違いに気がついた。
「ロバ・アル・カリイエの技術が知りたい」
今度はキュルケがキョトンとした。
「…東方の技術?」
頷くタバサ。
「そんだけ?」
やっぱり頷くタバサ。
「なぁ~んだぁ、つまんないのぉ」
キュルケはガックリ肩を落とした。
「ねぇタバサぁ、あんな鉄の塊が飛ぶなんて、本気で信じてる?あれ、ディティクト・マ
ジックで確かめたけど、絶対ただの鉄の塊よ?」
気の抜けたキュルケが、なんの気無しに尋ねてくる。タバサは少し考え込む。
「…分からない。でも、ジュンはウソをつく必要ない」
「それもそうか。平民は大変ねぇ、宙に浮くだけで、あんな大騒ぎしなきゃいけないだな
んて」
すっかり興味を失ったキュルケと、それ以上何も言わないタバサは、そのまま食堂へ向
かった。
放課後、タバサはシルフィードに乗って学院から街までの街道上を飛んでいた。
タバサは眼下の街道をじっと見ている。もっとも、肉眼で見える高度では無かったが。
「ねーねーお姉さま!どうしたのね?さっきからじっと下をみてばっかりなのね。少しは
シルフィとお話しするのね!」
それでもタバサはじっと下を見ていた。
「もー!どうするの?どこいくの!?さっきから行ったり来たりしてばっかりなの。これ
じゃお腹空いちゃうのね!きゅいきゅい!」
少しして、ようやくタバサはシルフィードの顔を見た。
「ジュンは、下の道を走った」
「ジュン?この前村まで乗せていった男の子なのね。あの子凄かった!馬と一緒に学校ま
で走ってたんだもの!でもでもでも、もちろんシルフィの方が早いのね!」
「そう。彼は走って街へ行ける」
そう言って、再びタバサは道を見た。
「でも、走れる事と、走る事は、違う。鍛錬とも、違う」
「きゅい?どゆことどゆこと」
シルフィードが首をかしげて聞いてくる。
「学院に着いた時、倒れそうだった」
「うんうんそうよね。ゼーゼー言ってたよね!」
「馬に乗れば、楽」
「確かにそうね、きゅい」
「でも、彼は乗馬が出来ない。経験無い」
「あらら、それじゃしょうがないのね。ビンボーな平民だわ!」
「でも、走ったら、疲れる」
「…お姉さまは、何がいいたいのね?」
ますます首をひねるシルフィードを、タバサが見つめた。
「乗馬を習えば良い」
「そ、そりゃそうなのね」
タバサは、ゆっくりと、珍しく長々と語り出した。
「彼は、ルイズに乗馬を教えてもらえば良い。勉強熱心で、剣士の彼が、学院での生活に
役立つ事を、教えてもらおうとしないのは、変。ルイズと馬に乗ってたから、馬が嫌いで
もない。なのに、魔法の勉強しか、してない。
彼は、乗馬を習う暇がないのか、習う必要がないのか、習いたくないのか」
シルフィードは、頭の上に『?』が幾つも浮いてるかのように見えた。
「きゅいきゅい、きゅいきゅい・・・。うーん、分かんないのね。でも、それって今の任
務に関係ある事?」
「分からない」
タバサも首をかしげていた。
「でも、ジュンと人形達を調べるのが任務」
「うぅ~ん…さすがにこれは関係ないと思えるんだわ、きゅいきゅい」
「かも、知れない。でも・・・」
「…でも?」
シルフィードの大きな瞳が、タバサの青い瞳を見つめる。
「彼は、彼等は、何かおかしい」
「何がおかしいの?」
「分からない」
韻竜は、学院に向けて飛び去った。
そして数日後。
トリステイン魔法学院の正門には、街への道がある。
その横には、もう一本の道が出来ていた。。
街への道とは違う、ひたすらまっすぐで、石の一つも落ちてない、真っ平らで幅の広い
道だ。
「まったく、オールド・オスマンといい、ミスタ・コルベールといい、一体何を考えてい
るのかしら?」
「ミセス・シュヴルーズ、あなたもこれがなんなのか知らないのですか?」
「ええ、知りませんわよ、ミスタ・グラモン。なんでもあの鉄の塊が空を飛ぶために必要
だ、というのですけど。なんの関係があるのか、さっぱり理解出来ませんわ!
一体全体、『かっそうろ』というのは、なんなのかしら?」
滑走路の横には、学院長の命令で協力させられた教師や生徒達がいた。そして、道の端
には、ゼロ戦があった。操縦席にはゴーグルをつけたジュン、通信機を取り除いた空間に
はルイズと真紅と翠星石、そしてデルフリンガーも乗っていた。
「あうう~狭いですぅ~」
「しょうがないわ。我慢なさい」
「あーもー!あんた達はもともと空飛べるじゃないのよ!なんで一緒に乗ってるのよ!」
「ダメですぅ!飛行機に何かあったら、お前らチビチビ達を助けなきゃですから!」
「でも、狭すぎねぇ。そうだわ、デルフリンガーだけでも降ろしましょう」
「まてまてシンクー!俺を降ろしたって大してかわんねーだろーがよぉ!」
「あのよぉ、お前等・・・頼むから、静かにしてくんない?」
低く押し殺したジュンの声に、ルイズ達はそろって『しぃ~っ』とジェスチャーした。
ジュンは各部計器の確認に余念がない。
ゼロ戦の周りにはコルベールとオールド・オスマン、タバサもいる。その後ろにはシル
フィードも座っていた。コルベールもオスマンも、興味津々だ。特にコルベールは手に汗
握って離陸の瞬間を待ちわびている。
「のう、ミスタ・コルベール・・・本当にこれは飛ぶのかのぉ」
「私は飛ぶと信じてますぞ!今はただ、準備が出来るのを待ちましょう!」
タバサは、じっと機体を見つめていた。
少し離れた場所では、一体何が始まるのかと遠巻きに見ている土メイジ達。彼等は、平
民のクセに何を下らない事を、あんなモノ飛ぶわけがない、ただ宙に浮くだけでこんな余
計な事をさせるとは、などの非難と軽蔑の声を上げていた。
学院の門からは、メイドなど平民達が見物している。平民達は、魔法人形遣いで剣士の
ジュンが今回も何か凄い事をする、とワクワク期待している。その中には、手を組んで成
功を祈っているシエスタの姿もあった。
操縦席のジュンが、コルベールに向けて親指を立てた。OKのサインだ。
事前の打ち合わせ通り、コルベールの魔法で、プロペラがごろごろと重そうに回る。
バスバスッババババババッ!
エンジンが始動し、プロペラが回り始める。更に回転数が上がり、ゼロ戦の後ろに突風
が吹き荒れる。
おお・・・
見物の人々が驚きの声を上げた。見た事もないほど高速回転する風車が、『ウィンド・
ブレイク』のような突風を生み出している。しかも平民が、ただの鉄の塊を使って。
見物の貴族達からは、まさか飛ぶのか、そんなはずはない、それでどうやって宙に浮く
んだ、という驚愕と困惑と否定の声が上がる。
平民達からは、行けるのか?飛んで!お願い!クソッたれの貴族共を一泡吹かせてく
れ!という祈りと期待の声援が上がる。
そんな期待と不安と嘲笑の声は、ジュンには既に届かなかった。
後ろで押し黙ったまま、ジュンの操縦に命を預ける人と人形達と剣の事も、もはや頭に
はなかった。
あるのは、夢を、誰でも一度は必ず抱く夢を叶える、それだけだった。
いける・・・いけるぞ!飛べる!
ジュンは包帯の下に隠されたルーンの輝きに導かれる。ブレーキを弱め、スロットルレ
バーを開いた。
弾かれたように、ゼロ戦が勢いよく加速を開始した。
「くぅ!」
後ろからルイズがうめき声を上げた。生まれて初めての急加速に内臓が押さえつけられ
て驚いたのだ。ジュンの体も座席に押しつけられる。
尾輪が地面から離れた。ジュンは、いやルイズも緊張と恐怖で手が汗で濡れている。
周囲からは、えっ!?走った?飛ぶんじゃないの??、という声が上がっている。
「ジュン!今だ!」
デルフリンガーの叫びで、ジュンは操縦桿を引いた。
ゼロ戦の脚が地面から離れた。
アルミ合金製の鳥は軽々と、ハルケギニアの空に飛翔した。
さっきまで真横にあった草原が、学舎が、森や池が、急速に眼下へ小さくなっていく。
いつも見上げていた遠くの山々が、今は下に見える。
空と雲が近づいてくる。
「やった・・・やった!飛んだあーーーっっ!!」
ジュンは雄叫びを上げた。
「・・・あ、あは、あははは・・・やった!やったじゃないのジュンっ!!飛んだ、飛ん
でるっ!信じられない!飛んでるーっ!!」
ルイズはもう、大はしゃぎでガラスに張り付いている。その瞳には涙が溢れていた。
「やったなぁジュンよ!よくやったぜ」
デルフリンガーも嬉しそうに声をかけた。
「ありがとなデル公!…でも、なんで離陸のタイミングが分かったんだ?」
「こいつは『武器』だろ?ひっついてりゃ、大概の事はわかるよ。忘れたか?俺は一応、
『伝説』なんだぜ?」
「すっご~いですぅ。ホントに飛んじゃったですぅ」
「これがルーンの力…本当に、凄い力だわ」
真紅と翠星石も、驚いて目を丸くしていた。普段から空を自由に飛べる彼女たちだが、
やはり『飛行機の操縦なんて知らないジュンがゼロ戦を飛ばす』という事実には言葉もな
かった。
地上はもっと大騒ぎだ。
貴族達は、多くは飛ぶとは思ってなかった。飛ぶかもと思っていた少数派も、応援して
いた平民達も、せいぜい『浮く』程度だろうと思っていた。
だが今彼等の頭上には、マンティコアはおろか竜をも凌駕する速さで、燕のような軽快
さで、自由自在に飛び回る鉄の塊があった。しかも、一切の魔力無しに、平民が飛ばして
いる。
平民達からは大歓声だ。「飛んで、飛んでるーっ!」「ウソだろおい、マジで飛んでる
よ…」「すげえ!すげえぞジュン!!やりやがったなぁおい!」「速い!竜騎士隊だって
あんな速さじゃ飛べないわよ!」「あはははっ!見てよあの貴族共のマヌケ面を!」と、
並み居る貴族を尻目に飛び回るゼロ戦に、あらん限りに声を張り上げ、エールを送ってい
る。
貴族達からは「そ、そんな・・・ばかな」「ウソだ!こんな事はあり得ない!」「ど、
どうせこれもあの人形達の仕業だ!」「始祖ブリミルよ、これは我らへの試練なのです
か!?」「ただの平民に、こんな事が出来るわけがないのよっ!」「い、異端だっ!」「い
や!エルフのスパイだ!」と、大混乱だ。
杖を構える者までいる。
「えーいっ!静まりなさい、見苦しいっ!」
オールド・オスマンが動揺するメイジ達を一喝した。
「これがロバ・アル・カリイエから来た平民、桜田ジュンがもたらした東方の技じゃ。彼
は我々に快く東の世界の技を示してくれているのじゃ!それをなんじゃと!?異端だの、
エルフのスパイだの!
平民の子供に恐れおののいてる暇があったら、己の無知と狭量を恥じいれいっ!!」
オスマン氏に叱責され、貴族達は口を閉ざした。
コルベールは、ただ天を見上げていた。火が、破壊を司る炎の系統が、ただの人を鳥の
ように、いや、鳥を超える速さで空を飛ばしていた。火を破壊以外に使いたいという彼の
20年にわたる悲願が、今、頭上で風を切り裂き大空を舞っている。
彼の頬には、涙がつたっていた。
「あの平民の少年…確か、サクラダ・ジュンって名前だったかな?」
ギーシュが、ゼロ戦を見上げながらつぶやいた。
「変な子供だと思ってたけど、どうやら違ったか…ハルケギニアとは違う国、違う世界、
違う魔法がある、という事なんだね」
彼にとって大事な杖であるはずの薔薇の造花は、地面に落ちていた。だが、もうそんな
事にすら気付かなかった。
轟音を響かせて飛び回るゼロ戦を、学院中の人々が見上げている。
「まさか…ジュンちゃん、本当にやったの!?すごい、まるで風竜のようだわ…」
寮塔の窓から身を乗り出すキュルケが、言葉を失った。
学院の上空を旋回していたゼロ戦は、やがて機首を上げ始めた。
「ねぇー!ジューン!」
「んー!?なにー!ルイズさーん!」
エンジンの大音響が響くコックピットで、ルイズがジュンの耳元で叫んだ。
「地球じゃあ!こんなのが当たり前に飛んでるのよねぇ!」
「そーだよー!」
少し考えたルイズが、決心したように思いっきり叫んだ。
「ねーねー!またいつか!地球に連れてってよ!」
「もちろんいーよー!姉ちゃんもきっと喜ぶよー!」
「おう!ジュンよぉ!そんときゃ俺も連れて行けよっ!」
「もちろんさデル公!みんなウチに来なよっ!真紅も翠星石もいーよなあ!?」
「当然よ!皆に美味しいお茶をご馳走するわ!」
「お茶菓子だってですね!苺大福とか!花丸ハンバーグとか!すっげーの出してやるです
よ!ビックリこきやがれですっ!」
ゼロ戦のエンジン音に負けないほどの元気な声が、狭いコクピットに響いた。
青空を貫いて、鉄の鳥がまっすぐ太陽へ飛んでいった。
ようやく地上に降りてきたジュンは、駆け寄ってきた学院の平民達に、もみくちゃにさ
れていた。真紅と翠星石は操縦席から、メイド達に抱きつかれ、シエスタやマルトーから
熱いキスを受けるジュンを暖かく見つめていた。ルイズは、操縦席の後ろでぼーっと夢見
心地だった。
貴族達は熱狂する平民達を見て、ある者は羨ましそうに、またある者は忌々しげに、そ
れぞれの想いを抱きながら遠巻きに眺めていた。
そして約束通り、コルベール、次にタバサを乗せて、ゼロ戦は飛翔した。燃料が切れる
まで、学院の空を舞い続けた。
「ぐぅへぇ~、さ、さすがに疲れたぁ~。・・・なんか、吐きそう」
「おう!まったくお疲れだなぁジュンよ。まぁ今夜はゆっくり休めや」
ジュンはもうヘロヘロで、ゼロ戦の脚にもたれて座っていた。傍らのデルフリンガーが
彼の労をねぎらう。
夕食前になり、さすがに学院に勤める平民達は夕食の準備のため戻った。貴族達も食事
に向かった。もう滑走路に残っているのはオスマン氏とコルベールとタバサ、真紅と翠星
石と、両手に人形達を抱いたルイズだけだ。
ルイズと学院長とコルベールは、今後のゼロ戦の扱いを相談していた。
タバサがトコトコとジュンの前に来て、頭を下げた。
「ありがとう」
「いやいやいーんですよぉ。それより約束は守って下さいね」
「守る」
タバサはじっとジュンを見つめた。
「ん~…なんですか?」
「何故、魔法の勉強を?」
「え…何故って」
「平民のあなたに魔法は使えない。魔法を使わなくても、あなたは空を飛べる」
「えー、そう言われてもなぁ」
困ったジュンは真紅と翠星石を見た。ルイズに抱かれた二人は顔を見合わせ、ジュンへ
軽く微笑んだ。彼は、少し頷いた。
「まぁ、簡単に言うと、僕もローゼンメイデンみたいのを作れればいいな~って思うんで
す。だから魔法を、特にガーゴイルを作る技を知りたいんですよ」
タバサは首をかしげた。
「あれも魔法で作ってる」
「知ってます。それでも、何か方法は無いかと探してるんです」
「おお!なるほど、そういう事でしたか!」
このジュンの言葉を聞いたコルベールが、感心して声を上げた。
「いや、そういう事なら話は早い!このコルベール、微力ながら助力致しますぞ!」
「うむ、このオスマンも学院長として、君が授業に参加する事を認めよう」
オスマン氏もヒゲを満足げに撫でながら同意した。
「助かります、是非よろしくお願いします」
ジュンはフラフラと立ち上がって、コルベールとオスマン氏に礼をした。
そんなジュンの姿を、タバサはずっと見つめていた。
「分かった」
タバサはポツリとつぶやいた。
そして、タバサはシルフィードを呼び、背に乗って空へ飛び去った。
「きゅいきゅい!どうしたのお姉さま、もう晩ご飯の時間だよ?」
タバサはシルフィードを、一気に上空3000メイルまで上昇させていた。
「分かった」
「え?分かったって?なにがなの?」
シルフィードがタバサを振り返る。
「ジュンの何がおかしいのか、わかった」
「えー!ほんとなのね!?」
シルフィードの大きな瞳が、もっと大きく見開かれる。
「分かった…信じられない。あり得ない…でも、そうとしか考えられない」
「なんなのなんなのなんなのー!教えて欲しいなきゅいきゅい!」
「言えない」
「えー!なんでなんで!?お姉さまのケチー!」
シルフィードはだだをこねるように体を左右にゆする。ゆすった拍子に、タバサを振り
落としてしまった。
「きゃー!お姉さまー!」
慌てて落下するタバサを追うシルフィードに目もくれず、タバサは真っ逆さまに落ちな
がら、「信じられない、あり得ない、これは予想でしかない、でも、これしか考えられな
い」と繰り返しつぶやいていた。
その日の夜。タバサは部屋で報告書を書いていた。
ベッドの上には一羽のフクロウ。ガリア王家からの伝書フクロウだ。
何度も何度も書き直し、一字一句言葉を慎重に選び、数枚に渡ってジュン達の事を記述
していく。
そして最後の紙を手に取った時、タバサの筆が止まった。
何度も頭を振り、目を閉じて思索を重ね、幾度も別の紙に試し書きをしては、丸めて捨
てていく。
扉の外からは、るいず~あたしも乗せてよぉ~いやよなんでツェルプストーの女に、と
か、ジュンちゃーん乗せてくれたら良い事してあげるわよぉ~、とか、きゃージュンから
離れろー、とか聞こえてくる。
だがタバサは、そんな雑音は気にもせず、報告書を書き直し続けていた。
外がようやく静かになった頃、タバサはやっと書き上げた報告書をフクロウに持たせよ
うとした。
だが、自分の書いた報告書を再度見直した。特に、最後のページを。
ジッと読み直し続けたタバサは、ふぅっとため息をついた。
「ただの憶測」
そして、最後のページを報告書から取り除いて、フクロウに持たせた。
フクロウは、窓から飛び去っていった。
『プチ・トロワ』の寝室では、タバサからの報告書を読んだイザベラが肩を震わせてい
た。
「な・・・なんなのよコレ、こんな事、あり得るわけが無いじゃないの!あんのガーゴイ
ル、何考えてんのよっ!」
イザベラの怒声に、壁際で控える侍女達が怯え、首をすくめた。
「平民が召喚されたってだけならまだしも・・・何よこれ!
見た目10歳くらいのチビな平民の子供が、巨大ゴーレムを切り刻む?トライアングル
クラスの土メイジを凌駕する魔力を持ったガーゴイルがいる!?それも、その子供が2体
も持ってるですってぇ!
冗談言わないでよ!そんなの、この宮殿のガーゴイルなんて目じゃないじゃない!『ス
キルニル』どころの話じゃないわ!!
おまけに、風竜並の速さで飛べる鉄の鳥まで手に入れたですってぇ!??魔法も使わず
空を飛べるって、一体どういう事よお!!そんなのエルフにだって無理に決まってるじゃ
ないの!
このあたしを、バカにしてるのかーーーーーっっ!!」
イザベラは報告書を読みながら、大声を張り上げて寝室を歩き回り、周囲の物を蹴散ら
していた。
散々怒鳴り散らし、肩で息をするくらいに疲れ果てた頃、ようやく落ち着いて報告書を
見直した。
「まったく・・・あいつは、何を考えてるんだかサッパリだわ。
…ま、いいわ。こんなのをお父様に見せれば、さすがにあいつも打ち首ね」
そういってイザベラは、報告書をガリア王へ提出するよう侍女に命じた。
タバサは、報告書から外した最後のページを、改めて読み直した。
「最後に、これは自身の推測に過ぎないが、追記する。
サクラダ・ジュンは、確かに使い魔としての契約をルイズと交わした。これは自らの目
で確認している。だが、彼は『自分の手でローゼンメイデンに匹敵するガーゴイルを製作
する』という目的を持って行動している。実際、彼はこの目的に従い、魔法学院で授業に
参加している。この目的は彼が行動する上で、主に仕えるという使い魔の義務に優先され
ている。
結論として、彼はルイズの使い魔ではない。どのように『契約』を無効化しているか、
現状では不明である。だが彼はコントラクト・サーヴァントと無関係に、自らの意思でル
イズのもとにとどまっている。これは、彼等の能力なら東方への帰還は困難ではないにも
関わらず、未だに学院に滞在しているという事実からもうかがえる。恐らく、トリステイ
ンで活動するための身分と資金と信用を得るためだろう。
加えて、彼等はトリステイン王宮ともアカデミーとも関わりなく行動している。彼等は
ルイズとの個人的信頼関係をもとに、学院に滞在している。これは先に述べた、王立魔法
研究所の主席研究員であるヴァリエール家長女エレオノールとの確執と戦闘からも伺え
る。
彼にとってルイズの使い魔とは、目的を果たすための手段に過ぎない。彼は学院で授業
を受けるため使い魔を演じているだけでしかない。彼は、自分が魔法を使えない平民だと
いう事実を、さしたる問題と考えていない。事実、彼は魔力も無しに、『フライ』を超え
る飛翔を見せた。なら、彼の目的実現に魔法は必須の条件でない、という可能性も考慮す
る必要がある。
ゆえに、もし他者が、ルイズが彼に与えた以上の身分と資金と信用、そしてガーゴイル
に関する知識を与えるならば、彼を懐柔し、彼の所有するガーゴイルと共に、戦列に加え
る事が可能である」
何度も何度も読み返した後、床に散らばる他の紙と共に、燃やした。
タバサは灰になっていく最後のページを、じっと見つめていた。
そして、つぶやいた。
「彼等が手に入れば…」
第2話 北花壇騎士 END
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&setpagename(薔薇乙女も使い魔 第三部 第2話 『北花壇騎士 下』)
お昼休みになると、キュルケは昼食を誘いに来た男性達を無視して、タバサをスズリの
広場へ引っ張っていった。キョトンとするタバサをストンとベンチに座らせる。
「ちょっとー、ちょっとちょっとタバサー!正直に言いなさいよぉ。この前タルブの村に
行った時、何があったのよぉ!?」
「…ひこおき見つけた」
「ひこおきって、あのアウストリの広場にあるやつ?いえ、そうじゃなくて、ジュンちゃ
んに何があったのか、ということよ!」
タバサは首をかしげ、ついであさっての方を見た。
「他人事」
ぐりぐりぐりぐり
タバサの素っ気ない返事に、キュルケは青髪をこねくりまわす。
「んもー!つれないわねぇ、正直に言いなさいよー!あのメイドと、ジュンちゃんに何が
あったのよー!?」
「秘密」
「な、なになに?てことは、秘密にしなきゃならないようなことがあったんだぁ!今朝の
様子といい、間違いないわね♪
それでそれで、あなたはどうするよのぉ?」
どうするのよぉ、と聞かれたタバサはキュルケを見てキョトンとする。
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり
「何よ何よー!とぼける気ねコノコノー!気になるんでしょ?気になるんでしょーがジュ
ンちゃんが!ハッキリ言いなさいよぉ~」
ここまで来て、ようやくタバサはキュルケの勘違いに気がついた。
「ロバ・アル・カリイエの技術が知りたい」
今度はキュルケがキョトンとした。
「…東方の技術?」
頷くタバサ。
「そんだけ?」
やっぱり頷くタバサ。
「なぁ~んだぁ、つまんないのぉ」
キュルケはガックリ肩を落とした。
「ねぇタバサぁ、あんな鉄の塊が飛ぶなんて、本気で信じてる?あれ、ディティクト・マ
ジックで確かめたけど、絶対ただの鉄の塊よ?」
気の抜けたキュルケが、なんの気無しに尋ねてくる。タバサは少し考え込む。
「…分からない。でも、ジュンはウソをつく必要ない」
「それもそうか。平民は大変ねぇ、宙に浮くだけで、あんな大騒ぎしなきゃいけないだな
んて」
すっかり興味を失ったキュルケと、それ以上何も言わないタバサは、そのまま食堂へ向
かった。
放課後、タバサはシルフィードに乗って学院から街までの街道上を飛んでいた。
タバサは眼下の街道をじっと見ている。もっとも、肉眼で見える高度では無かったが。
「ねーねーお姉さま!どうしたのね?さっきからじっと下をみてばっかりなのね。少しは
シルフィとお話しするのね!」
それでもタバサはじっと下を見ていた。
「もー!どうするの?どこいくの!?さっきから行ったり来たりしてばっかりなの。これ
じゃお腹空いちゃうのね!きゅいきゅい!」
少しして、ようやくタバサはシルフィードの顔を見た。
「ジュンは、下の道を走った」
「ジュン?この前村まで乗せていった男の子なのね。あの子凄かった!馬と一緒に学校ま
で走ってたんだもの!でもでもでも、もちろんシルフィの方が早いのね!」
「そう。彼は走って街へ行ける」
そう言って、再びタバサは道を見た。
「でも、走れる事と、走る事は、違う。鍛錬とも、違う」
「きゅい?どゆことどゆこと」
シルフィードが首をかしげて聞いてくる。
「学院に着いた時、倒れそうだった」
「うんうんそうよね。ゼーゼー言ってたよね!」
「馬に乗れば、楽」
「確かにそうね、きゅい」
「でも、彼は乗馬が出来ない。経験無い」
「あらら、それじゃしょうがないのね。ビンボーな平民だわ!」
「でも、走ったら、疲れる」
「…お姉さまは、何がいいたいのね?」
ますます首をひねるシルフィードを、タバサが見つめた。
「乗馬を習えば良い」
「そ、そりゃそうなのね」
タバサは、ゆっくりと、珍しく長々と語り出した。
「彼は、ルイズに乗馬を教えてもらえば良い。勉強熱心で、剣士の彼が、学院での生活に
役立つ事を、教えてもらおうとしないのは、変。ルイズと馬に乗ってたから、馬が嫌いで
もない。なのに、魔法の勉強しか、してない。
彼は、乗馬を習う暇がないのか、習う必要がないのか、習いたくないのか」
シルフィードは、頭の上に『?』が幾つも浮いてるかのように見えた。
「きゅいきゅい、きゅいきゅい・・・。うーん、分かんないのね。でも、それって今の任
務に関係ある事?」
「分からない」
タバサも首をかしげていた。
「でも、ジュンと人形達を調べるのが任務」
「うぅ~ん…さすがにこれは関係ないと思えるんだわ、きゅいきゅい」
「かも、知れない。でも・・・」
「…でも?」
シルフィードの大きな瞳が、タバサの青い瞳を見つめる。
「彼は、彼等は、何かおかしい」
「何がおかしいの?」
「分からない」
韻竜は、学院に向けて飛び去った。
そして数日後。
トリステイン魔法学院の正門には、街への道がある。
その横には、もう一本の道が出来ていた。。
街への道とは違う、ひたすらまっすぐで、石の一つも落ちてない、真っ平らで幅の広い
道だ。
「まったく、オールド・オスマンといい、ミスタ・コルベールといい、一体何を考えてい
るのかしら?」
「ミセス・シュヴルーズ、あなたもこれがなんなのか知らないのですか?」
「ええ、知りませんわよ、ミスタ・グラモン。なんでもあの鉄の塊が空を飛ぶために必要
だ、というのですけど。なんの関係があるのか、さっぱり理解出来ませんわ!
一体全体、『かっそうろ』というのは、なんなのかしら?」
滑走路の横には、学院長の命令で協力させられた教師や生徒達がいた。そして、道の端
には、ゼロ戦があった。操縦席にはゴーグルをつけたジュン、通信機を取り除いた空間に
はルイズと真紅と翠星石、そしてデルフリンガーも乗っていた。
「あうう~狭いですぅ~」
「しょうがないわ。我慢なさい」
「あーもー!あんた達はもともと空飛べるじゃないのよ!なんで一緒に乗ってるのよ!」
「ダメですぅ!飛行機に何かあったら、お前らチビチビ達を助けなきゃですから!」
「でも、狭すぎねぇ。そうだわ、デルフリンガーだけでも降ろしましょう」
「まてまてシンクー!俺を降ろしたって大してかわんねーだろーがよぉ!」
「あのよぉ、お前等・・・頼むから、静かにしてくんない?」
低く押し殺したジュンの声に、ルイズ達はそろって『しぃ~っ』とジェスチャーした。
ジュンは各部計器の確認に余念がない。
ゼロ戦の周りにはコルベールとオールド・オスマン、タバサもいる。その後ろにはシル
フィードも座っていた。コルベールもオスマンも、興味津々だ。特にコルベールは手に汗
握って離陸の瞬間を待ちわびている。
「のう、ミスタ・コルベール・・・本当にこれは飛ぶのかのぉ」
「私は飛ぶと信じてますぞ!今はただ、準備が出来るのを待ちましょう!」
タバサは、じっと機体を見つめていた。
少し離れた場所では、一体何が始まるのかと遠巻きに見ている土メイジ達。彼等は、平
民のクセに何を下らない事を、あんなモノ飛ぶわけがない、ただ宙に浮くだけでこんな余
計な事をさせるとは、などの非難と軽蔑の声を上げていた。
学院の門からは、メイドなど平民達が見物している。平民達は、魔法人形遣いで剣士の
ジュンが今回も何か凄い事をする、とワクワク期待している。その中には、手を組んで成
功を祈っているシエスタの姿もあった。
操縦席のジュンが、コルベールに向けて親指を立てた。OKのサインだ。
事前の打ち合わせ通り、コルベールの魔法で、プロペラがごろごろと重そうに回る。
バスバスッババババババッ!
エンジンが始動し、プロペラが回り始める。更に回転数が上がり、ゼロ戦の後ろに突風
が吹き荒れる。
おお・・・
見物の人々が驚きの声を上げた。見た事もないほど高速回転する風車が、『ウィンド・
ブレイク』のような突風を生み出している。しかも平民が、ただの鉄の塊を使って。
見物の貴族達からは、まさか飛ぶのか、そんなはずはない、それでどうやって宙に浮く
んだ、という驚愕と困惑と否定の声が上がる。
平民達からは、行けるのか?飛んで!お願い!クソッたれの貴族共を一泡吹かせてく
れ!という祈りと期待の声援が上がる。
そんな期待と不安と嘲笑の声は、ジュンには既に届かなかった。
後ろで押し黙ったまま、ジュンの操縦に命を預ける人と人形達と剣の事も、もはや頭に
はなかった。
あるのは、夢を、誰でも一度は必ず抱く夢を叶える、それだけだった。
いける・・・いけるぞ!飛べる!
ジュンは包帯の下に隠されたルーンの輝きに導かれる。ブレーキを弱め、スロットルレ
バーを開いた。
弾かれたように、ゼロ戦が勢いよく加速を開始した。
「くぅ!」
後ろからルイズがうめき声を上げた。生まれて初めての急加速に内臓が押さえつけられ
て驚いたのだ。ジュンの体も座席に押しつけられる。
尾輪が地面から離れた。ジュンは、いやルイズも緊張と恐怖で手が汗で濡れている。
周囲からは、えっ!?走った?飛ぶんじゃないの??、という声が上がっている。
「ジュン!今だ!」
デルフリンガーの叫びで、ジュンは操縦桿を引いた。
ゼロ戦の脚が地面から離れた。
アルミ合金製の鳥は軽々と、ハルケギニアの空に飛翔した。
さっきまで真横にあった草原が、学舎が、森や池が、急速に眼下へ小さくなっていく。
いつも見上げていた遠くの山々が、今は下に見える。
空と雲が近づいてくる。
「やった・・・やった!飛んだあーーーっっ!!」
ジュンは雄叫びを上げた。
「・・・あ、あは、あははは・・・やった!やったじゃないのジュンっ!!飛んだ、飛ん
でるっ!信じられない!飛んでるーっ!!」
ルイズはもう、大はしゃぎでガラスに張り付いている。その瞳には涙が溢れていた。
「やったなぁジュンよ!よくやったぜ」
デルフリンガーも嬉しそうに声をかけた。
「ありがとなデル公!…でも、なんで離陸のタイミングが分かったんだ?」
「こいつは『武器』だろ?ひっついてりゃ、大概の事はわかるよ。忘れたか?俺は一応、
『伝説』なんだぜ?」
「すっご~いですぅ。ホントに飛んじゃったですぅ」
「これがルーンの力…本当に、凄い力だわ」
真紅と翠星石も、驚いて目を丸くしていた。普段から空を自由に飛べる彼女たちだが、
やはり『飛行機の操縦なんて知らないジュンがゼロ戦を飛ばす』という事実には言葉もな
かった。
地上はもっと大騒ぎだ。
貴族達は、多くは飛ぶとは思ってなかった。飛ぶかもと思っていた少数派も、応援して
いた平民達も、せいぜい『浮く』程度だろうと思っていた。
だが今彼等の頭上には、マンティコアはおろか竜をも凌駕する速さで、燕のような軽快
さで、自由自在に飛び回る鉄の塊があった。しかも、一切の魔力無しに、平民が飛ばして
いる。
平民達からは大歓声だ。「飛んで、飛んでるーっ!」「ウソだろおい、マジで飛んでる
よ…」「すげえ!すげえぞジュン!!やりやがったなぁおい!」「速い!竜騎士隊だって
あんな速さじゃ飛べないわよ!」「あはははっ!見てよあの貴族共のマヌケ面を!」と、
並み居る貴族を尻目に飛び回るゼロ戦に、あらん限りに声を張り上げ、エールを送ってい
る。
貴族達からは「そ、そんな・・・ばかな」「ウソだ!こんな事はあり得ない!」「ど、
どうせこれもあの人形達の仕業だ!」「始祖ブリミルよ、これは我らへの試練なのです
か!?」「ただの平民に、こんな事が出来るわけがないのよっ!」「い、異端だっ!」「い
や!エルフのスパイだ!」と、大混乱だ。
杖を構える者までいる。
「えーいっ!静まりなさい、見苦しいっ!」
オールド・オスマンが動揺するメイジ達を一喝した。
「これがロバ・アル・カリイエから来た平民、桜田ジュンがもたらした東方の技じゃ。彼
は我々に快く東の世界の技を示してくれているのじゃ!それをなんじゃと!?異端だの、
エルフのスパイだの!
平民の子供に恐れおののいてる暇があったら、己の無知と狭量を恥じいれいっ!!」
オスマン氏に叱責され、貴族達は口を閉ざした。
コルベールは、ただ天を見上げていた。火が、破壊を司る炎の系統が、ただの人を鳥の
ように、いや、鳥を超える速さで空を飛ばしていた。火を破壊以外に使いたいという彼の
20年にわたる悲願が、今、頭上で風を切り裂き大空を舞っている。
彼の頬には、涙がつたっていた。
「あの平民の少年…確か、サクラダ・ジュンって名前だったかな?」
ギーシュが、ゼロ戦を見上げながらつぶやいた。
「変な子供だと思ってたけど、どうやら違ったか…ハルケギニアとは違う国、違う世界、
違う魔法がある、という事なんだね」
彼にとって大事な杖であるはずの薔薇の造花は、地面に落ちていた。だが、もうそんな
事にすら気付かなかった。
轟音を響かせて飛び回るゼロ戦を、学院中の人々が見上げている。
「まさか…ジュンちゃん、本当にやったの!?すごい、まるで風竜のようだわ…」
寮塔の窓から身を乗り出すキュルケが、言葉を失った。
学院の上空を旋回していたゼロ戦は、やがて機首を上げ始めた。
「ねぇー!ジューン!」
「んー!?なにー!ルイズさーん!」
エンジンの大音響が響くコックピットで、ルイズがジュンの耳元で叫んだ。
「地球じゃあ!こんなのが当たり前に飛んでるのよねぇ!」
「そーだよー!」
少し考えたルイズが、決心したように思いっきり叫んだ。
「ねーねー!またいつか!地球に連れてってよ!」
「もちろんいーよー!姉ちゃんもきっと喜ぶよー!」
「おう!ジュンよぉ!そんときゃ俺も連れて行けよっ!」
「もちろんさデル公!みんなウチに来なよっ!真紅も翠星石もいーよなあ!?」
「当然よ!皆に美味しいお茶をご馳走するわ!」
「お茶菓子だってですね!苺大福とか!花丸ハンバーグとか!すっげーの出してやるです
よ!ビックリこきやがれですっ!」
ゼロ戦のエンジン音に負けないほどの元気な声が、狭いコクピットに響いた。
青空を貫いて、鉄の鳥がまっすぐ太陽へ飛んでいった。
ようやく地上に降りてきたジュンは、駆け寄ってきた学院の平民達に、もみくちゃにさ
れていた。真紅と翠星石は操縦席から、メイド達に抱きつかれ、シエスタやマルトーから
熱いキスを受けるジュンを暖かく見つめていた。ルイズは、操縦席の後ろでぼーっと夢見
心地だった。
貴族達は熱狂する平民達を見て、ある者は羨ましそうに、またある者は忌々しげに、そ
れぞれの想いを抱きながら遠巻きに眺めていた。
そして約束通り、コルベール、次にタバサを乗せて、ゼロ戦は飛翔した。燃料が切れる
まで、学院の空を舞い続けた。
「ぐぅへぇ~、さ、さすがに疲れたぁ~。・・・なんか、吐きそう」
「おう!まったくお疲れだなぁジュンよ。まぁ今夜はゆっくり休めや」
ジュンはもうヘロヘロで、ゼロ戦の脚にもたれて座っていた。傍らのデルフリンガーが
彼の労をねぎらう。
夕食前になり、さすがに学院に勤める平民達は夕食の準備のため戻った。貴族達も食事
に向かった。もう滑走路に残っているのはオスマン氏とコルベールとタバサ、真紅と翠星
石と、両手に人形達を抱いたルイズだけだ。
ルイズと学院長とコルベールは、今後のゼロ戦の扱いを相談していた。
タバサがトコトコとジュンの前に来て、頭を下げた。
「ありがとう」
「いやいやいーんですよぉ。それより約束は守って下さいね」
「守る」
タバサはじっとジュンを見つめた。
「ん~…なんですか?」
「何故、魔法の勉強を?」
「え…何故って」
「平民のあなたに魔法は使えない。魔法を使わなくても、あなたは空を飛べる」
「えー、そう言われてもなぁ」
困ったジュンは真紅と翠星石を見た。ルイズに抱かれた二人は顔を見合わせ、ジュンへ
軽く微笑んだ。彼は、少し頷いた。
「まぁ、簡単に言うと、僕もローゼンメイデンみたいのを作れればいいな~って思うんで
す。だから魔法を、特にガーゴイルを作る技を知りたいんですよ」
タバサは首をかしげた。
「あれも魔法で作ってる」
「知ってます。それでも、何か方法は無いかと探してるんです」
「おお!なるほど、そういう事でしたか!」
このジュンの言葉を聞いたコルベールが、感心して声を上げた。
「いや、そういう事なら話は早い!このコルベール、微力ながら助力致しますぞ!」
「うむ、このオスマンも学院長として、君が授業に参加する事を認めよう」
オスマン氏もヒゲを満足げに撫でながら同意した。
「助かります、是非よろしくお願いします」
ジュンはフラフラと立ち上がって、コルベールとオスマン氏に礼をした。
そんなジュンの姿を、タバサはずっと見つめていた。
「分かった」
タバサはポツリとつぶやいた。
そして、タバサはシルフィードを呼び、背に乗って空へ飛び去った。
「きゅいきゅい!どうしたのお姉さま、もう晩ご飯の時間だよ?」
タバサはシルフィードを、一気に上空3000メイルまで上昇させていた。
「分かった」
「え?分かったって?なにがなの?」
シルフィードがタバサを振り返る。
「ジュンの何がおかしいのか、わかった」
「えー!ほんとなのね!?」
シルフィードの大きな瞳が、もっと大きく見開かれる。
「分かった…信じられない。あり得ない…でも、そうとしか考えられない」
「なんなのなんなのなんなのー!教えて欲しいなきゅいきゅい!」
「言えない」
「えー!なんでなんで!?お姉さまのケチー!」
シルフィードはだだをこねるように体を左右にゆする。ゆすった拍子に、タバサを振り
落としてしまった。
「きゃー!お姉さまー!」
慌てて落下するタバサを追うシルフィードに目もくれず、タバサは真っ逆さまに落ちな
がら、「信じられない、あり得ない、これは予想でしかない、でも、これしか考えられな
い」と繰り返しつぶやいていた。
その日の夜。タバサは部屋で報告書を書いていた。
ベッドの上には一羽のフクロウ。ガリア王家からの伝書フクロウだ。
何度も何度も書き直し、一字一句言葉を慎重に選び、数枚に渡ってジュン達の事を記述
していく。
そして最後の紙を手に取った時、タバサの筆が止まった。
何度も頭を振り、目を閉じて思索を重ね、幾度も別の紙に試し書きをしては、丸めて捨
てていく。
扉の外からは、るいず~あたしも乗せてよぉ~いやよなんでツェルプストーの女に、と
か、ジュンちゃーん乗せてくれたら良い事してあげるわよぉ~、とか、きゃージュンから
離れろー、とか聞こえてくる。
だがタバサは、そんな雑音は気にもせず、報告書を書き直し続けていた。
外がようやく静かになった頃、タバサはやっと書き上げた報告書をフクロウに持たせよ
うとした。
だが、自分の書いた報告書を再度見直した。特に、最後のページを。
ジッと読み直し続けたタバサは、ふぅっとため息をついた。
「ただの憶測」
そして、最後のページを報告書から取り除いて、フクロウに持たせた。
フクロウは、窓から飛び去っていった。
『プチ・トロワ』の寝室では、タバサからの報告書を読んだイザベラが肩を震わせてい
た。
「な・・・なんなのよコレ、こんな事、あり得るわけが無いじゃないの!あんのガーゴイ
ル、何考えてんのよっ!」
イザベラの怒声に、壁際で控える侍女達が怯え、首をすくめた。
「平民が召喚されたってだけならまだしも・・・何よこれ!
見た目10歳くらいのチビな平民の子供が、巨大ゴーレムを切り刻む?トライアングル
クラスの土メイジを凌駕する魔力を持ったガーゴイルがいる!?それも、その子供が2体
も持ってるですってぇ!
冗談言わないでよ!そんなの、この宮殿のガーゴイルなんて目じゃないじゃない!『ス
キルニル』どころの話じゃないわ!!
おまけに、風竜並の速さで飛べる鉄の鳥まで手に入れたですってぇ!??魔法も使わず
空を飛べるって、一体どういう事よお!!そんなのエルフにだって無理に決まってるじゃ
ないの!
このあたしを、バカにしてるのかーーーーーっっ!!」
イザベラは報告書を読みながら、大声を張り上げて寝室を歩き回り、周囲の物を蹴散ら
していた。
散々怒鳴り散らし、肩で息をするくらいに疲れ果てた頃、ようやく落ち着いて報告書を
見直した。
「まったく・・・あいつは、何を考えてるんだかサッパリだわ。
…ま、いいわ。こんなのをお父様に見せれば、さすがにあいつも打ち首ね」
そういってイザベラは、報告書をガリア王へ提出するよう侍女に命じた。
タバサは、報告書から外した最後のページを、改めて読み直した。
「最後に、これは自身の推測に過ぎないが、追記する。
サクラダ・ジュンは、確かに使い魔としての契約をルイズと交わした。これは自らの目
で確認している。だが、彼は『自分の手でローゼンメイデンに匹敵するガーゴイルを製作
する』という目的を持って行動している。実際、彼はこの目的に従い、魔法学院で授業に
参加している。この目的は彼が行動する上で、主に仕えるという使い魔の義務に優先され
ている。
結論として、彼はルイズの使い魔ではない。どのように『契約』を無効化しているか、
現状では不明である。だが彼はコントラクト・サーヴァントと無関係に、自らの意思でル
イズのもとにとどまっている。これは、彼等の能力なら東方への帰還は困難ではないにも
関わらず、未だに学院に滞在しているという事実からもうかがえる。恐らく、トリステイ
ンで活動するための身分と資金と信用を得るためだろう。
加えて、彼等はトリステイン王宮ともアカデミーとも関わりなく行動している。彼等は
ルイズとの個人的信頼関係をもとに、学院に滞在している。これは先に述べた、王立魔法
研究所の主席研究員であるヴァリエール家長女エレオノールとの確執と戦闘からも伺え
る。
彼にとってルイズの使い魔とは、目的を果たすための手段に過ぎない。彼は学院で授業
を受けるため使い魔を演じているだけでしかない。彼は、自分が魔法を使えない平民だと
いう事実を、さしたる問題と考えていない。事実、彼は魔力も無しに、『フライ』を超え
る飛翔を見せた。なら、彼の目的実現に魔法は必須の条件でない、という可能性も考慮す
る必要がある。
ゆえに、もし他者が、ルイズが彼に与えた以上の身分と資金と信用、そしてガーゴイル
に関する知識を与えるならば、彼を懐柔し、彼の所有するガーゴイルと共に、戦列に加え
る事が可能である」
何度も何度も読み返した後、床に散らばる他の紙と共に、燃やした。
タバサは灰になっていく最後のページを、じっと見つめていた。
そして、つぶやいた。
「彼等が手に入れば…」
第2話 北花壇騎士 END
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